2020年05月13日 10:05

「俺のじいさんはゼロ戦で戦った」「俺のじいさんは大和に乗った」

「俺のじいさんはゼロ戦で戦った」「俺のじいさんは大和に乗った」

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引用元:「俺のじいさんはゼロ戦で戦った」「俺のじいさんは大和に乗った」
https://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1587656543/

1: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:42:23 ID:L1z
「俺のじいさんは特攻で華々しく散った」
ワイ「ワイのじいさんはアカやったから憲兵に逮捕されたらしいわ」
これで大体沈黙される

2: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:42:44 ID:VgR
共産?

6: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:43:23 ID:L1z
>>2
せやで

5: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:43:17 ID:vhM
うちのじいさんは満鉄職員
もう一方のじいさんは造船所で働いてた

10: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:44:03 ID:L1z
満州で活動してたみたいや
ビラ配ってて逮捕された

25: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:45:45 ID:nzy
ワイのジッジは東京大空襲から逃げ切って
疎開先では艦載機から逃げ切った男やで!

28: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:46:22 ID:cUS
>>25
何してたとかじゃなくてこういう方が尊敬する

60: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:49:49 ID:nzy
>>28
逞しく生きてた世代やからな
今もピンピンしてるで

30: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:46:26 ID:ZrM
ワイの爺さんは何も語らなかった。婆さんにも親父にも、孫のワイにも
出征前の爺さんを知ってる爺さんの弟によると
昔は明るくて朗らかな性格だったのに、帰還すると人が変わってしまったように寡黙になったらしい

34: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:46:51 ID:L1z
ジッジは日本軍が大嫌いやったからな

56: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:49:30 ID:5HQ
ワイのヒイジッジ近衛兵やったとか聞いたな
最後中国で戦死したらしいけど

57: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:49:34 ID:Huv
ちなワイのジッジは当時9歳や

59: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:49:49 ID:LIt
ひいじいさんの遺影めっちゃ勲章つけててびびったわね

61: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:49:49 ID:vhM
死んだ母ちゃん満州で生まれた
ちょっと間違えれば残留孤児になってたって言ってたなぁ

67: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:50:17 ID:J49
わいのじいちゃんは味方に誤射で殺されかけたらしいわ

70: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:50:56 ID:5HQ
>>67
将官の死因の一割は部下に射殺云々

108: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:54:49 ID:J49
>>70
ほんとかどうかは知らんが後ろにいたやつが銃暴発させて肩ぶち抜かれたらしい
確かに銃痕あった

73: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:51:02 ID:cUS
ジッジは召集受けたときに集まった場所の自分の隣の班が硫黄島行きだったって言ってた
言ってたというか本に寄稿して読んで知ったけど

74: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:51:02 ID:nzy
もうじいちゃんが戦争の世代なのも小学生世代だと少ないんやなぁ…

98: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:53:35 ID:m15
東條のマッゴは戦争終わった後毎日のように実家に投石されたらしい

103: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)00:54:08 ID:vhM
>>98
エンジニアとして新幹線作りに携わったそうだ

170: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:03:47 ID:tbC
じいさんは戦争行ったのにお前らときたら・・・

173: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:04:01 ID:yeQ
>>170
コロナと戦ってるぞ

180: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:04:35 ID:tbC
>>173
えらい

186: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:06:42 ID:8os
ワイのジッジは工場で何かの部品作ってたらしいわ

202: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:09:54 ID:gmQ
ワイのジッジは…
よう知らんわ
従軍したことがないのは確か

244: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:18:32 ID:kpZ
当時の人達が今の日本を見たら何て思うんやろな?

252: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:20:02 ID:JzV
>>244
コロナやべー思うやろな

257: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:20:40 ID:MQZ
>>244
流行病はいつの時代も怖いなぁって

260: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:22:32 ID:uaU
ワイのジッジは乗る飛行機がないとかで琵琶湖でずっと訓練させられてた言ってたわ
本当か知らんけど

262: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:22:49 ID:cUS
戦争経験した世代の生の声聞けるのもあと僅かだよな

282: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:27:13 ID:6UK
ジッジ「戦争の悲惨さを後世に残すためにゼロ戦展示したろ!」
ガッキ「カッコいい!」

これ意味ある?

291: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:28:18 ID:Hca
うちの爺さん、プライベートライアンをぬるいという
現実の戦闘はあんなやさしいもんやないと

333: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:36:53 ID:eIZ
ワイのジッジはインドネシアで現地人に日本式の稲作を教えてたらしい
銃持ってどうこうみたいな戦闘の話を聞いたことがない

342: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:37:48 ID:EFy
ヒイジッジ「相手陣地前の友軍の死体取り戻すために機関銃の弾切れの間隔測って飛び出した」
ヒイジッジ「行軍中は遠巻きに馬賊がついてきて脱落したやつはみんなそいつらに殺された」
こう言う地味な逸話の方が信憑性ある

358: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:42:49 ID:vpr
ワイのジッジは誰にも語らんかったな

363: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:44:25 ID:Hca
正規軍どうしの決戦やった人ならまあ語る武勇伝もあろうが
民間人と見分けがつかんゲリラ相手に泥沼やった人はな
墓場まで持っていこうと思うやろ、そりゃな

378: 名無しさん@おーぷん 20/04/24(金)01:47:39 ID:Gqf
ジジイ「田舎だったから何もエピソードはないぞ」

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2020年05月13日 10:08 ID:Ts4A2CPq0▼このコメントに返信
俺のじいさん、役場勤めしていました。
2.名無しさん:2020年05月13日 10:10 ID:MrUuThHY0▼このコメントに返信
治安を乱したんだからアカを取り締まる治安維持法で逮捕されるのは当然。

アカがやり放題の現在でも復活してほしいわ…
3.名無しさん:2020年05月13日 10:10 ID:SY6fIzOF0▼このコメントに返信
???「ワイの父は操縦者の減圧服を開発したで」
ガンダムで減圧服エピソードがちょいちょいぶちこまれるのは、そう言うこと。
4.名無しさん:2020年05月13日 10:12 ID:dYUXNpKO0▼このコメントに返信
うちのじいさん、大陸に行って酒に酔って味方と大喧嘩して負傷兵で帰ってきたよ
5.名無しさん:2020年05月13日 10:13 ID:D87XWGw20▼このコメントに返信
ワイの爺さん山伏で、とうとう赤紙届かんかったらしいわ。
6.名無しさん:2020年05月13日 10:16 ID:05NgZWOs0▼このコメントに返信
※5
そもそも兵役に就いたことなかったんじゃね?
7.名無しさん:2020年05月13日 10:16 ID:dlg4G.hd0▼このコメントに返信
(特高警察じゃなく憲兵に捕まった?妙だな…)
8.名無しさん:2020年05月13日 10:19 ID:YIDuNp3.0▼このコメントに返信
ワイの爺様特定されるから言えないわ
何冊か本に成ってインタビューとか最近でも再掲載とかされてる
9.名無しさん:2020年05月13日 10:20 ID:jo8jE3qp0▼このコメントに返信
爺さん世代が当時20歳以上だった時点で、いっち周辺は年寄り
そろそろひい爺さんの世代になるよ
10.名無しさん:2020年05月13日 10:21 ID:c2KNBKyK0▼このコメントに返信
日本軍が嫌いだった? 普通は軍が嫌いだったでは?
11.名無しさん:2020年05月13日 10:21 ID:jo8jE3qp0▼このコメントに返信
※7
憲兵は軍関係者しか相手にしないからね
つまり、アカじゃなくて脱走兵か
12.名無しさん:2020年05月13日 10:23 ID:9q1IU2Sd0▼このコメントに返信
母方の大叔父さんが長門に乗ってた
父方の爺さんは兵役の年齢になる前に戦争が終わったわ
あの頃は15で結婚できたしな
13.名無しさん:2020年05月13日 10:23 ID:35uc74Ff0▼このコメントに返信
うちは百姓だから畑やっていたらしいけど
この手の話って当時の農村の人口比率を反映しないのは
ありがちだが少数または極端な例が伝番しやすいから?
14.名無しさん:2020年05月13日 10:23 ID:.Of.z2Xn0▼このコメントに返信
なんか奇妙な人物像だね、イッチのじいさん。
15.名無しさん:2020年05月13日 10:23 ID:vLoEtYcD0▼このコメントに返信
ワイの爺さん特攻隊に志願して滑った
テスト方法はシミ一つない真っ白な部屋で椅子に座らされて目隠しされて椅子をくるくる何回も回されて
「東西南北」を答えろだったらしい
16.名無しさん:2020年05月13日 10:23 ID:nK4bh1mp0▼このコメントに返信
※7

そこらへんはほんまもんの脚本家でも適当に書いてるからしゃーない。
17.名無しさん:2020年05月13日 10:23 ID:cgdzA2FL0▼このコメントに返信
うちのじいちゃん終戦で馬もらって乗って田舎まで帰ったって。(´ω`)馬…
18.名無しさん:2020年05月13日 10:24 ID:qEs.bMQC0▼このコメントに返信
わいのじいさんは台湾に出稼ぎに行って人生で一番楽しかった言うとったわ
かなり台湾ギャルとよろしくやったんやろな
19.名無しさん:2020年05月13日 10:24 ID:F..lvjcs0▼このコメントに返信
※7
憲兵も普通に町の見回りとかやってましたよ。
20.名無しさん:2020年05月13日 10:26 ID:ET11uYEd0▼このコメントに返信
俺のお袋は日赤の看護婦で陸軍病院に配属に成り
満州に行くよう命令が出てその支度の最中に終戦を迎えてる
去年そのお袋の十三回忌俺は今65歳
21.名無しさん:2020年05月13日 10:29 ID:vLoEtYcD0▼このコメントに返信
ラバウルでマラリアとデング熱と同時ににかかって軍医に見放されたけど
生きて戻ってきたからワイがおるわけで
22.名無しさん:2020年05月13日 10:29 ID:dlg4G.hd0▼このコメントに返信
>>11
具体的事例だと、島田美成って美術教員が憲兵に捕まって軍法会議にかけられてるけど、これは入営後の話だね。
23.名無しさん:2020年05月13日 10:29 ID:SY6fIzOF0▼このコメントに返信
>>7
東條内閣が日本国内の言論弾圧に使ってたから、逮捕されてる人はいる。
24.名無しさん:2020年05月13日 10:30 ID:X3ym5lio0▼このコメントに返信
※11
建前はそうだが、田舎とかだと区別はなかったぞ
特高が来るのはガチでヤバイ連中、普通に目をつけている程度なら区別はない
平時の常識が戦時に通用すると思うあたり、おめでたいとしか言いようがない
25.名無しさん:2020年05月13日 10:30 ID:ET11uYEd0▼このコメントに返信
※20ついで
叔父さんが1人戦死してる
後は全員無事帰国
26.名無しさん:2020年05月13日 10:31 ID:SY6fIzOF0▼このコメントに返信
※19
東條内閣が顰蹙を買った理由は、憲兵まで動員した言論弾圧やし。
27.名無しさん:2020年05月13日 10:31 ID:Tv89x.GF0▼このコメントに返信
俺のじいさんは元警官でその後銭湯やってた
28.名無しさん:2020年05月13日 10:32 ID:s64ELvpZ0▼このコメントに返信
ワイのじいさんは満州に出征し、シベリア抑留を経験して、京都舞鶴港に帰還
1991年海部内閣の時にシベリア抑留者に賞状と銀杯配られ、死ぬまで大切にしていた
29.名無しさん:2020年05月13日 10:32 ID:IZSDiabm0▼このコメントに返信
ワイのジッジは招集先が北海道だから銃一発も撃たずに終戦迎えたらしい
30.名無しさん:2020年05月13日 10:32 ID:SY6fIzOF0▼このコメントに返信
>>2
近衛の革新系官僚「ほーん」
31.名無しさん:2020年05月13日 10:32 ID:J6HtcB..0▼このコメントに返信
魚雷がイルカが泳いでるように見えたって商船員だった爺ちゃんが言ってたのは覚えてる
イルカみたい!って駄々こねて、水族館に連れて行ってもらった
32.名無しさん:2020年05月13日 10:33 ID:MT9UCrGr0▼このコメントに返信
うちの爺さんは日本郵船の軍属で南方に行った。
「わしの決めた航路では一隻も沈められなかった」とのこと。
33.名無しさん:2020年05月13日 10:33 ID:3DP8zQs40▼このコメントに返信
俺の爺さん死ぬまで戦争体験語らなかったな…
一応出兵してたらしいけど地獄を見たらしく、死ぬまでその体験を語ることは無かった。
34.名無しさん:2020年05月13日 10:34 ID:dLNSoZo90▼このコメントに返信
おれのじいさんは終戦の年に18歳で北陸から舞鶴に行っていたらしい。
恐らく軍属の立場で何らかの労働に出ていた。が、これ以上は本人が語っていないので分からない。
35.名無しさん:2020年05月13日 10:34 ID:DtVH0IGH0▼このコメントに返信
※7
憲兵だと軍隊内部の犯罪者って事になるからね
物資の横流しでもしてたんじゃね?
36.名無しさん:2020年05月13日 10:35 ID:hddFhrRO0▼このコメントに返信
※7

日本の憲兵は、普通の警察業務もやっとるで。
これは、軍事司法関係がフランス法由来だからや。
軍法会議はフランス語の訳語やで。
フランスだと、軍警察があって、警察業務やっているやろう(国家憲兵隊が警察業務やってる)。イタリアとかも同じや。

この辺は、国による。
37.名無しさん:2020年05月13日 10:35 ID:F..lvjcs0▼このコメントに返信
※11
いや、憲兵も普通に民間人の思想取り締まりとか
赤狩りとか
町の見回りとかやってたから。

硫黄島からの手紙でもやってただろ?

憲兵隊員の加瀬亮が上官と町の見回りしてて
犬がうるさいからって始末を命じられるシーン。
あれ、憲兵だからな。
38.名無しさん:2020年05月13日 10:36 ID:T9zMrCET0▼このコメントに返信
ウチのジッチャンはチビで病弱だったので外地へ出征できず、当時はめちゃくちゃ恥ずかしかったらしい
内地では宇品港近くでひたすら軍服をぬっていたとか
8月6日は幸いに市内から離れてたので原爆の熱線は浴びなかったものの、結局入市被曝をしてしまった
39.名無しさん:2020年05月13日 10:36 ID:Je4pxpFb0▼このコメントに返信
ガダルカナル沖で駆逐艦に乗ってて沈んだよ
40.名無しさん:2020年05月13日 10:36 ID:qyHEZK7i0▼このコメントに返信
マガジンもって対空砲火に差し替えしてたらしいな
優しい爺さんやった
41.名無しさん:2020年05月13日 10:36 ID:BPd.DX.G0▼このコメントに返信
俺のじいさんはゼロ戦に乗ったと言っている奴はいったい何歳なんだ?還暦を過ぎてるだろう?
42.名無しさん:2020年05月13日 10:36 ID:t8CfuHhJ0▼このコメントに返信
俺のじいさまのエピソード
徴兵に向かわされたが、何かやらかして
腰をぶっ叩かれて再起不能にさせられ
徴兵には行かなくて済んだらしいが
何やらかしたかは
墓まで持っていったから謎…
43.名無しさん:2020年05月13日 10:37 ID:Ye.TAwZk0▼このコメントに返信
爺さんインパール作戦に従軍したが途中でこれは絶対に生きて帰れないと思ったらしく、部下の兵隊さんに俺は今夜
脱走すると言ったら連れていってくれと頼まれたので7人ぐらいの兵隊さんと脱走して終戦まで山岳民族の村で潜んでいた。
終戦イギリス軍に投降した後日本に帰って所属部隊の消息を調べたら爺さんたち以外全員戦死したらしい。
44.名無しさん:2020年05月13日 10:37 ID:i2Is6GmV0▼このコメントに返信
ワイの爺さんは南方で後方勤務だったので戦闘には参加してないと言ってた
45.名無しさん:2020年05月13日 10:38 ID:OOER4mTi0▼このコメントに返信
※3
減圧服?与圧服ではなくて??
46.名無しさん:2020年05月13日 10:39 ID:iFjRKGKH0▼このコメントに返信
昔学生のころ電気科の教授が戦中はNECにいて酸素魚雷を開発してたって言ってた
47.名無しさん:2020年05月13日 10:39 ID:jweryYSD0▼このコメントに返信
ウチの田舎だと爺さん本人に戦争の詳細を聞くのはタブーだったな、たしか
48.名無しさん:2020年05月13日 10:39 ID:P5fji0H.0▼このコメントに返信
ジッジ、原爆の次の日に入市したらしいとしか伝わっていない。(オトン中一の時にガンでさ。)
(証人がほぼ断絶したので、真なら被爆3世なのだが、まぁ一族完全な日本人なので被爆手帳は貰えるワケないし、今後認められる事もない。そもそも自分は核武装容認派)

ジッジⅡ、自動車整備員だったので後方も良いトコだったそうで。
49.名無しさん:2020年05月13日 10:39 ID:bz2vKuna0▼このコメントに返信
ワイのじいさんは南方軍の隊(同郷で固められていたらしい)の40人のたった3人の生き残りだったって
50.名無しさん:2020年05月13日 10:39 ID:2gjBPJDj0▼このコメントに返信
うちの爺ちゃんは小児麻痺で足が不自由だった
普通に歩けるけど走る事が出来なかった
だから徴兵されず志願もしたが不合格・・・
兄弟も同級生も次々と出征し、中には戦死した人も居たから
そりゃあもう針のムシロだったそうだ
テーラーだったから工場で軍服作ってたんだと

母親の再婚相手のお父さんは、戦場で左腕を吹っ飛ばされて義手だった
たいそう日本と天皇を恨んでたらしい
異常なまでに無口な人で、亡くなるまで只の一度も俺と口きいた事ないw
51.名無しさん:2020年05月13日 10:40 ID:bKPAUihn0▼このコメントに返信
「私の父はA級戦犯」
こちらの方が余程相手が沈黙したけどな
軽々しく誰にでも言えた事ではないが
52.名無しさん:2020年05月13日 10:41 ID:n8p6PMAu0▼このコメントに返信
うちの爺さんはどこで何してたかは知らないが
戦病者になって帰ってきて、少し回復して短期間だけ職場復帰したけど、その後悪化して亡くなった。
で、職場復帰したせいで遺族年金が貰えなかったって事だけは知っている。
53.名無しさん:2020年05月13日 10:42 ID:b8QEhwaR0▼このコメントに返信
大半の奴は若者を死地に送り出してバンザイしてたよね
戦争に否定的な人を捕まえたり村八分にしてた
結局は負けて全ての利権も失って大勢死なして
否定派の方が正しかった事になるんだけど
みんな彼らに一言でも謝ってやったの?
日本全然反省してないよね
54.名無しさん:2020年05月13日 10:43 ID:fFDgh4Gv0▼このコメントに返信
家の爺ちゃん戦闘工兵兼着弾観測員でその師団でも重宝されて本土で新設師団の中核要員て事で引き揚げ終戦。
55.名無しさん:2020年05月13日 10:43 ID:Je4pxpFb0▼このコメントに返信
※47
自ら話したがる人はほぼ居なかったな
戦争に行くような歳の頃の人は、ベラベラ喋る口の軽い人は少ないし周りも聞かない
自ら武勇伝みたいなのを話したがる人は大抵フカシ、自分の話じゃなくて戦場で聞いた話
56.名無しさん:2020年05月13日 10:43 ID:XSJZj.5s0▼このコメントに返信
曾祖父さんだな。直接話は聞いてない。
57.名無しさん:2020年05月13日 10:43 ID:HAuA4UZ50▼このコメントに返信
「俺のじいさんはゼロ戦で戦った」「俺のじいさんは大和に乗った」
と言うほら話と同様にスレ主の爺もホラを吹いていた
58.名無しさん:2020年05月13日 10:43 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
わいの爺さんは学徒出陣で招集されて、戦車の近くまで走って戦車の下に爆弾放り込む部隊に配属されたけど、前線に行く前に結核で帰されて、そのまま終戦したと聞いた。
結核は誤診だったみたいで80まで生きたけど、同部隊の人は全滅だったとかなんとか。
孫のわいには直接話さないまま脳梗塞でボケちまったから当時の心境も聞く機会なかったけど、美談も武勇伝もなくていいから本当に生きててくれてよかったわ…
59.名無しさん:2020年05月13日 10:43 ID:d1gLNlpD0▼このコメントに返信
俺の爺様は…分かんねえんだよな
でも刀と勲章があったから軍人さんだったのは間違いないみたいなんだが…
60.名無しさん:2020年05月13日 10:44 ID:fFDgh4Gv0▼このコメントに返信
※53
と戦後オパヨ。
61.名無しさん:2020年05月13日 10:44 ID:mQ6Afcb20▼このコメントに返信
大叔父が阿賀野に乗っていた。
阿賀野が沈んだ後は、追風に救助されて乗船していたらしいけど、トラック島空襲でさらに沈められて死んだらしい。
海軍から意外に詳しい知らせがあった模様。
父方の爺さんは、徴兵されなかったけど、広島で被爆した。教師やってたらしい。生き延びたけどその後肺がんで早死。
母方の爺さんは中国方面へ出兵、体に銃創と銃剣による刺突痕があった…詳しくは語らず。享年87歳。
62.名無しさん:2020年05月13日 10:46 ID:tjCCKqSy0▼このコメントに返信
両親どちらの家系も、西南戦争から第一次世界大戦には出兵した人はいるけど、第二次世界大戦に出兵した人がいないんだよなあ。
63.名無しさん:2020年05月13日 10:46 ID:cRnQLyM10▼このコメントに返信
相続問題で戸籍取ったら、レイテで戦死とか書いてあってビビった
64.名無しさん:2020年05月13日 10:48 ID:SY6fIzOF0▼このコメントに返信
※35
東條内閣が言論弾圧で憲兵を使ったので、軍人以外でも逮捕者はいる。
65.名無しさん:2020年05月13日 10:48 ID:fFDgh4Gv0▼このコメントに返信
※63
陸軍の第一師団が投入されたりの総力戦だったからな~。
66.名無しさん:2020年05月13日 10:49 ID:EhwBHe8P0▼このコメントに返信
うちの爺さんは海軍の予科練で訓練中に終戦を迎えたとか
平凡だが平和が一番よね
67.名無しさん:2020年05月13日 10:49 ID:eHqCWM8C0▼このコメントに返信
曾爺ちゃんは満州の地方の航空基地勤務で戦闘経験ゼロのまま終戦を迎えてた
その後しばらく安否確認できなかったが半年後ぐらいに帰国したとの話
そして遺品の中に満州国の地図と戦後に行っただろう旅行の行程と手記が出てきた
戦争終わってのんきに旅行してたことが判明、現地で食った料理の感想とかも書かれてた…
ある意味すげぇ人だわ
68.名無しさん:2020年05月13日 10:50 ID:A3nz.iyq0▼このコメントに返信
ワイの爺さん731部隊やったわ
69.名無しさん:2020年05月13日 10:50 ID:.vG.Fpxm0▼このコメントに返信
※53
原発事故だって裁判になったけど全員無罪で誰も責任取ってないぞ。
そういう国柄なんだよ、空気読めよw
70.名無しさん:2020年05月13日 10:51 ID:TLH66NCQ0▼このコメントに返信
海軍の二等兵で回天に乗る予定やったが原爆落とされて終戦

「もっとやれたのに」だって(;^_^A
71.名無しさん:2020年05月13日 10:51 ID:DuXIyObC0▼このコメントに返信
ワイの爺さんもアカやったが、仲間に売られて反共産に転向してて草
72.名無しさん:2020年05月13日 10:51 ID:FAcl8OlR0▼このコメントに返信
爺さんが戦時中の人間とかお前らいくつだよ定期
73.名無しさん:2020年05月13日 10:52 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>41
5chもまとめのコメント欄も40〜60のおっさんばっかやで。
70年代のテレビ番組のまとめのコメ欄で普通に盛り上がってて愕然としたわ。
74.名無しさん:2020年05月13日 10:52 ID:fFDgh4Gv0▼このコメントに返信
※67
その爺さんもかしかして安否不明の半年の間世話になった人達探しや死んだ戦友の慰霊とかかもよ。
75.名無しさん:2020年05月13日 10:52 ID:.IvNhK8M0▼このコメントに返信
自分の伯父1は靖国に祀られてる。
伯父2は、先日90ウン才で大往生したんだけど、志願して予科練行ってて
終戦があと数日遅かったら出撃してたらしい。

76.名無しさん:2020年05月13日 10:53 ID:lRCYoaGE0▼このコメントに返信
父方:ビルマ方面から帰還
母方:上海方面から帰還後、終戦時は小倉の造兵廠に勤務(当然8月9日も)
77.名無しさん:2020年05月13日 10:53 ID:1v2.0MDf0▼このコメントに返信
父方のお祖父さは陸軍に徴兵されて、大陸で大砲を撃ってたと聞いた。軍隊生活の事を日記にしてたのを貰ったけど、まだ読んでない。
母方のお祖父さんは満鉄の職員やってたが、家族を残して病死。その後ソ連軍が攻めてきて、赤ん坊だった母達子供を連れて、祖母が
命からがら日本に帰った。現地人から赤ん坊くれって言われたとかで、下手すりゃ母は中国残留孤児になって、自分も生まれなかった。
78.名無しさん:2020年05月13日 10:54 ID:HeEURxvn0▼このコメントに返信
当時の日本軍部は社会主義思想の集まりだぞ。
同じ社会主義思想で少しの方向性が違うだけで内部分裂して主導権争いしてアカがアカを狩っていた。
二・二六事件がそれの代表的な事件
現在、何故か極右の軍国主義扱いされているという不思議、アカ左翼の軍国主義だろ。
79.名無しさん:2020年05月13日 10:55 ID:fFDgh4Gv0▼このコメントに返信
※72
戦前世代は、鍛え方が今と全然違う『修行』に近いから頑丈だよ90歳まで病気知らずとかの人も要るし。
80.名無しさん:2020年05月13日 10:55 ID:rGr.yMJp0▼このコメントに返信
じっじは徴兵されて訓練所?に向かう汽車の中で終戦を知ったって言っていたわ
ばっばは校庭で遊んでたら艦載機に銃撃された言うとった
81.名無しさん:2020年05月13日 10:56 ID:BSrZt32V0▼このコメントに返信
戦争ってのは勇敢な奴から逝くんや。
生き延びたのは卑怯で臆病な奴。そういう奴を総じて非国民って言ったんや。
ワイらはその卑怯で臆病な奴の子孫やで。まぁ、心当たりはあるやろ。
82.名無しさん:2020年05月13日 10:56 ID:F..lvjcs0▼このコメントに返信
※53

国民「私たちは国に騙されていただけなんです!」
国民「我々だって被害者だ!!」

反省するどころか・・・・・・
83.名無しさん:2020年05月13日 10:56 ID:UaU8W88f0▼このコメントに返信
俺のじいちゃん疎開してただけで草
ひいじいちゃんとは会ったことない
84.名無しさん:2020年05月13日 10:56 ID:.KvcWwRH0▼このコメントに返信
>ワイ「ワイのじいさんはアカやったから憲兵に逮捕されたらしいわ」
「へえ、それ君も受け継いでいるの?」って聞くわ
答え次第で疎遠になる
85.名無しさん:2020年05月13日 10:58 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
華々しい武勇伝よりも、どこどこに行って無事生きて帰ってきたとか帰ってこなかったってだけの話の方が、なんかリアルだし感慨深いよね。

妙に具体的だったり臭いエピソード添えられるとなんだか現実の話に聞こえなくなる。
戦場の話をそんな得意げに語る人も少なかっただろうし。
86.名無しさん:2020年05月13日 10:59 ID:gz0ucZuU0▼このコメントに返信
介護施設で働いてるけど戦争に行った人はもうほとんどいないな
女性だと空襲で逃げ回った話はよくしてるけど
87.名無しさん:2020年05月13日 10:59 ID:FJTWrxJt0▼このコメントに返信
砲撃で片耳の聴力やられてさらに捕虜になってた
捕虜生活は快適だったそうで
88.名無しさん:2020年05月13日 10:59 ID:pCDYxCnB0▼このコメントに返信
母方お婆ちゃんの兄は硫黄島で戦死した。
父方・母方ともに戦死はその人だけ。
気の毒に思う。
89.名無しさん:2020年05月13日 11:00 ID:Je4pxpFb0▼このコメントに返信
※82
そんな事言ってるのは一部だけ
負けて帰って来てすいませんって謝ってたような人が多かったんだから
そんであの頃の爺さん婆さんはアメリカ嫌いは多い、アメリカが解放してくれがなんてのは極一部が言ってただけ
90.名無しさん:2020年05月13日 11:00 ID:DCtkxMsC0▼このコメントに返信
私の曾祖父は「葛城」に乗った。(陸軍だけど)
当時空母を知らず「飛行甲板」って存在を知らなかったので、模型を見て「みょうに平べったいフェリーだなぁ」って思った記憶が。
島に住んでいたのでフェリーはなじみがあったが、実際には(瀬戸内海のそこらじゅうに居る)どのフェリーより大きいと知ったのは後の話。
ついでに、戦艦大和は昔の船だから、(瀬戸内海なのでときどき見る)自衛隊の護衛艦より小さいと思っていた。
 
別の曾祖父は軍需工場に居たけど、上司は海軍士官で(つまり軍が人員を送り込んでいた?)、友人には艦載機乗りも居たとか。
91.名無しさん:2020年05月13日 11:00 ID:5qbiN0cK0▼このコメントに返信
二人とも当時のエリート中のエリートで、尊敬すべき日本人である。
端的に言うと、日本人の勇気と愛国心を世界に知らしめた人たちである。
92.名無しさん:2020年05月13日 11:00 ID:vLoEtYcD0▼このコメントに返信
親戚が自伝残しているが
シベリアで陰毛を剃られたらしい
93.名無しさん:2020年05月13日 11:01 ID:jo8jE3qp0▼このコメントに返信
※37
映画はフィクションだから 何の証明にもならんぞ
映画を証拠にするのは特亜人
94.名無しさん:2020年05月13日 11:02 ID:SY6fIzOF0▼このコメントに返信
※68
本業ラーメン屋の皇族芸人?
95.名無しさん:2020年05月13日 11:03 ID:jo8jE3qp0▼このコメントに返信
※90
それは戦後に復員船として働いてた葛城に乗客として乗ったんだな
96.名無しさん:2020年05月13日 11:03 ID:.WidKP4O0▼このコメントに返信
ワイのじーさん戦うの嫌で自分に銃弾ぶち込んで負傷兵として帰還したで
97.名無しさん:2020年05月13日 11:03 ID:9A4cGDOQ0▼このコメントに返信
うちのじいさんは身長が低くて兵隊の審査に落ちたらしいわ。
本当かどうかわからんが、確かに低い。
もし、審査に通って戦争に行ってたらオレはここにいないかもな。
98.名無しさん:2020年05月13日 11:04 ID:EZl4omcp0▼このコメントに返信
うちの爺さんが戦場でドラム缶風呂入っていた写真を見た覚えがある
99.名無しさん:2020年05月13日 11:04 ID:pCDYxCnB0▼このコメントに返信
>>67
いや、のんきじゃないと思う。当時の混乱期に何事かがあったのだろう。
100.名無しさん:2020年05月13日 11:05 ID:LPxhqBND0▼このコメントに返信
ワイのじいさん中国で被弾して内地に病院送りになってる間に終戦したわ
101.名無しさん:2020年05月13日 11:06 ID:55kMjjXM0▼このコメントに返信
>>90
復員で帰国した時に乗った、って事だね
102.名無しさん:2020年05月13日 11:06 ID:l7vNdr6P0▼このコメントに返信
はー虚言癖って遺伝すんのやなーっ
103.名無しさん:2020年05月13日 11:10 ID:HNsbJCK30▼このコメントに返信
料理人だったから料理係で料理ばかり作ってたらしいが何故か最終的に占い師(ユタ)になってた
沖縄激戦区だったのに逆にスゲえなあ
104.名無しさん:2020年05月13日 11:11 ID:R..B.OTv0▼このコメントに返信
父方の爺さんは満州か知らないけど大陸で輸送系の部隊にいてトラックやらお偉いさんを乗せた車を運転していたとは聞いたなあ
105.名無しさん:2020年05月13日 11:11 ID:SY6fIzOF0▼このコメントに返信
???「お爺ちゃんは陸軍中将。父親に陸軍少佐。ほんでワイは日本を変えるために東大に行って、政治家やってるねん」

これはネトウ◯のアイドルやな……。
106.名無しさん:2020年05月13日 11:11 ID:P7bIiUGe0▼このコメントに返信
うちの親父は潜水艦乗り(ロ50)操舵手見習いの少年兵で最後の沖縄偵察に乗っていた
駆逐艦に追われて猛烈な爆雷攻撃を回避して生き延びた。
107.名無しさん:2020年05月13日 11:11 ID:.EAcSU7G0▼このコメントに返信
わしの
108.名無しさん:2020年05月13日 11:13 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
※72
今更何言ってんだ。まとめのコメ欄なんか50代ばっかだぞ。
でも終戦時に20代前半だった人の孫なら今の30前後でもおかしくはない。
109.名無しさん:2020年05月13日 11:15 ID:jYFfXfuw0▼このコメントに返信
うちのじーちゃんは、中国で釣りしたり宴会したり映画見たり、訓練で銃を撃つのは楽しかった、中国のいろんな場所に行けて面白かった、もう一回行けって言われたら喜んでいくらしい
南方の島に行った伯父はあんなとこ2度と行かないと言っている
インドネシアに行ったじーさんも宴会三昧で楽しかったらしい、日本に帰って来たとき、兵隊さんは飢えや病気に苦しんでも日本のために頑張ったって歓待されて、いやー宴会三昧で遊んでて楽しかったっすとはとても言えなくて苦しかったって話を合わせたって笑ってたな
結論、行った場所によるw
110.名無しさん:2020年05月13日 11:16 ID:UmO8NOo70▼このコメントに返信
ワイのジッジはまだ若くて徴兵されなかった
ちなワイ53歳
111.名無しさん:2020年05月13日 11:16 ID:YCcFqWkH0▼このコメントに返信
逆にワイの爺さんは憲兵だったわ
一切戦争の話はしなかったから死んで遺品整理してたらわかった
まぁ戦後の作品なんかじゃ憲兵なんてだいたい極悪人扱いだし孫には言えんわなぁ
112.名無しさん:2020年05月13日 11:16 ID:BD.y.pmX0▼このコメントに返信
※41
祖父 1920
父 1940
本人 1960

こんな奴いるのか?
113.名無しさん:2020年05月13日 11:16 ID:Je4pxpFb0▼このコメントに返信
※108
戦争帰って来た時にみんな子供作ったので終戦時の爺さん婆さんの年齢は大して関係無い
サザエさんのサザエとカツオが姉弟なのにやたらと歳が離れてるだろ
114.名無しさん:2020年05月13日 11:17 ID:ZSHbXGhj0▼このコメントに返信
うちの曾爺さんは身体的な理由で兵役逃れて銃作ってたみたい
戦後は地元の青果鮮魚市場と自宅に青果店開いて、今四代目
115.名無しさん:2020年05月13日 11:19 ID:1v2.0MDf0▼このコメントに返信
>>53
こういうスレに出てくるいつもの人?
ドイツはナチスのせいにしてるし、イタリアは指導者を吊るし上げにして、後からちゃっかり先勝国の顔をしてる。
ソビエトロシアは敵の何倍も犠牲者を出しても、勝てばお構いなし。アメリカはベトナムで負けたが反省などしていない。
日本は敗戦で刈り取った結果に一番向き合っている。占領政策で押し付けた憲法も自虐史観も受け入れて、半島に対する
本来言われのない賠償にまで応じた。毎年犠牲になった人達に対して黙祷が捧げられるが、何で靖国で国家の代表がそうすると
隣の国は目くじらを立てるのか、その説明をして欲しいね。
116.名無しさん:2020年05月13日 11:22 ID:7I7wD3o10▼このコメントに返信
お前ら年齢層知らんけど小さい頃学校の宿題でおじいちゃんに戦争の話聞いてくるみたいなの無かった?
117.名無しさん:2020年05月13日 11:22 ID:Z86Kxy7Y0▼このコメントに返信
うちの先祖は平家の末裔もよくあるネタ
118.名無しさん:2020年05月13日 11:23 ID:.QlU.CeJ0▼このコメントに返信
俺のじいさんは、満州で重機関銃で P-40を撃墜した。
119.名無しさん:2020年05月13日 11:24 ID:3Sk.0as90▼このコメントに返信
ワイのじいさんは糖尿病だったわ
120.名無しさん:2020年05月13日 11:25 ID:fFDgh4Gv0▼このコメントに返信
※115
この手のスレで発狂するのは、須らく負け犬オパヨか在日だから無理かもよ。
121.名無しさん:2020年05月13日 11:25 ID:Mut0x26E0▼このコメントに返信
砲術科だった死んだ爺さんに中学生の時に聞いた話しだと対空機銃で味方機を落としてしまった事と三沢でスキーしてた事と終戦間近塹壕掘りに来たのが小中学生位の子供たちでここで初めてもう戦争に負けるって思った事しか聞いてないな
爺さんの兄は基地の屋根の修理中に足を滑らせ転落死したらしいけど墓石には戦死って書いてある
122.名無しさん:2020年05月13日 11:26 ID:tqmn1B4t0▼このコメントに返信
俺の爺さんは満州で現地人とギョウザ食ってた。
現地で取れた瑪瑙をお土産に帰ってきてた。
123.名無しさん:2020年05月13日 11:26 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
「うちの爺さんは、○○作戦に参加した」とか、「○○島の激戦を経験した」とか「○○に乗っていた」とか、そんなのTwitterでよく見るけど、うちの爺さんは孫の自分にそんな話してくれなかったわ。

朗々と語ってるやつは自分で調べたのか、夏休みの宿題ででも聞いたのか、爺さんが語ってくれたのか?
ガキながらに、これは触れちゃいけない話題なんだなって思ってたけど、聞いたやつはどのタイミングでどんな心情で聞いたんだろう。
124.名無しさん:2020年05月13日 11:26 ID:moJBUM.70▼このコメントに返信
母方のジー様は 小尉で 戦後 生き残った部下を探して 全国巡り 労いの旅をしたと聞いてる
125.名無しさん:2020年05月13日 11:27 ID:8j7780Gh0▼このコメントに返信
親戚のじいさん、潜水艦に乗ってたらしいわ。
橋本龍太郎の賞状飾ってあった
126.名無しさん:2020年05月13日 11:28 ID:7I7wD3o10▼このコメントに返信
>>123
ワイは普通に宿題とボケた頃に延々若い頃の武勇伝語り始めたせいやな
127.名無しさん:2020年05月13日 11:29 ID:.QlU.CeJ0▼このコメントに返信
どこかで言ってた海上自衛官の結婚式の話。

 おじい  「私も昔、軍艦に乗ってたんですよ。」
 自衛官たち「へぇ~、どの船に乗られてたんですか? 」
 おじい  「・・・・大和です。」

自衛官たちは一斉に立ち上がり、最敬礼をしたとか。
128.名無しさん:2020年05月13日 11:31 ID:kv2E.6320▼このコメントに返信
うちの祖父はずっと田舎の農家で戦時のネタが全然聞けてない
「家族の原爆体験をインタビュー」て課題で山の向こうのことだったからわからんってレポートに困った記憶(広島民)
129.名無しさん:2020年05月13日 11:32 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>126
宿題で聞くってなかなかハードル高いよな…

うちの場合すぐ怒鳴る頑固爺さんだっから、そんな宿題出されたら聞きに行くのも怖くて宿題できなかったと思うわ…
130.名無しさん:2020年05月13日 11:32 ID:35uc74Ff0▼このコメントに返信
ちなみに当時の人口に対する軍人比率はピーク時で11%
つまり男性の約5人に1人しか兵役についていない
男性8割は一般人として過ごして、そのうち食料生産の観点から
農民比率は9割と非常に高いことが総務省の統計データからわかる
131.名無しさん:2020年05月13日 11:32 ID:1v2.0MDf0▼このコメントに返信
>>78
確かに当時の陸軍って怪しげな思想集団みたいになってたらしいけど、それでもソビエトを一貫して仮想的にして、
ドイツと防共協定を結んだ。あの2.26事件は財政健全化の為に政府が軍縮しようとした事に、皇道派がぶちギレた。
陸軍そのものが赤く染まってたなんて話は初めて聞いた。
132.名無しさん:2020年05月13日 11:34 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>127
その後会場は拍手喝采、隣にいた見知らぬイケメンと目が合って思わず握手するんですよね。
133.名無しさん:2020年05月13日 11:35 ID:6uMbAWck0▼このコメントに返信
ワイのじいさんじゃないけどおかんの兄がレイテ沖海戦で戦死したらしい
同じくおかんの別の兄は当時戦闘機の整備士で15年位前に亡くなったわ
じいさんは徴兵検査は受けたけど戦場には行かずに戦争が終わったらしい
134.名無しさん:2020年05月13日 11:35 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
わいの爺さんは戊辰戦争で錦の御旗担いでたで!
135.名無しさん:2020年05月13日 11:38 ID:XSJZj.5s0▼このコメントに返信
だって「白・丁」がNGワードだぜ、ここw
136.名無しさん:2020年05月13日 11:38 ID:EW27A5gd0▼このコメントに返信
うちの爺さん陸軍だったけど南方からの帰りに輸送船潜水艦に雷撃されて轟沈されたのよ。乗ってた船名から調べて雷撃した米潜水艦名、護衛して救助してくれた駆逐艦の艦名、船団名教えてあげたよ。それと米潜水艦は戦後まで生き残り、後に助けてくれた駆逐艦は沈没はしたもののほとんどの乗組員が助かったことも教えてあげたよ。ほへーって爺さんもいってたな。ある程度の所属部隊と日時で素人でも爺さん達の動きがわかることもある。生きてるうちに兵隊の頃の話を良く聞いたおかげかな。
137.名無しさん:2020年05月13日 11:39 ID:fFDgh4Gv0▼このコメントに返信
※121
事故でも勤務中で戦時なら基地司令の裁量で戦死扱いに出来たらしい遺族年金の少し違うしな。
138.名無しさん:2020年05月13日 11:41 ID:0NGzqn4w0▼このコメントに返信
爺さんは、ソ連兵に気に入られて第一陣で帰国出来ました。
139.名無しさん:2020年05月13日 11:41 ID:YCcFqWkH0▼このコメントに返信
>>123
知り合いは永遠の0流行った時にまねして軍歴証明書請求してたからそういうのもあるんじゃないかな?
とくに有名な戦いとかに参加してたわけじゃなかったってなんかがっかりしてたけど
140.名無しさん:2020年05月13日 11:42 ID:naVNt6400▼このコメントに返信
戦時中の、人様の祖父の話を読んでいくのは結構楽しい。ウチは父方の祖父は身体検査で引っ掛かって終了だし、母方の方は市議会議員で安穏としてたらしいから、話聞いてもつまらんかった。
141.名無しさん:2020年05月13日 11:42 ID:MKyN5Kve0▼このコメントに返信
祖父は東京へ出ていたが、たまたま実家に帰った直後に東京大空襲。
142.:2020年05月13日 11:43 ID:AMNQLdlp0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
143.名無しさん:2020年05月13日 11:43 ID:jjVsAqCT0▼このコメントに返信
嫁の爺さんはノモンハンでソ連と戦って潜水艦にも乗ってたわ。
卒業記念アルバムを見たけど、ここの奴らが見たら狂喜乱舞レベルだろうね。
ハルピンの写真とか撃墜した敵機の星マークの横で記念撮影とか、当時の軍の様子が分かったわ。
144.名無しさん:2020年05月13日 11:43 ID:3GCGtw1.0▼このコメントに返信
爺さんは南方で蛇を食ったとしか聞いてないが、地元の隊で南方ってガ島じゃねぇだろうなって思ったのが亡くなってずいぶん経った後
145.名無しさん:2020年05月13日 11:43 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>139
なるほどそういう知り方もあるのか。
気持ちは分かるけど、勝手にガッカリされる爺さんもたまったもんじゃないなw
146.名無しさん:2020年05月13日 11:44 ID:yTtzzg3V0▼このコメントに返信
ほとんどが伝聞で不確実なのだが
ウチの爺さんは、名前に「む」を含む佐世保所属の艦に乗っていて
戦前その艦で世界中を巡り、アメリカの街並みも目の当たりにしたらしい

アメリカとの戦争が始まると、早々に「勝てる訳ない」と退役
しかし戦局の悪化とともに、退役軍人と云う事もあって
地域の民間人への軍事教練に駆り出されたそうだ

結局、終戦前に汽車に撥ねられて亡くなったんだが
軍事教練に悩まされて自殺したんじゃないかと言われている



―んで、名前に「む」を含む艦が何かを知りたい
147.名無しさん:2020年05月13日 11:45 ID:xJBg7YvE0▼このコメントに返信
ウチの爺さんは満洲でデカい店やってたぞ。
148.名無しさん:2020年05月13日 11:46 ID:xJBg7YvE0▼このコメントに返信
>>146
ヤマトム
149.名無しさん:2020年05月13日 11:46 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>146
佐世保で「む」というば真っ先に武蔵が思い浮かぶんだけど、さすがにそんな有名艦ならご自身で調べてすぐに分かりそうなもんだよね
150.名無しさん:2020年05月13日 11:48 ID:fxvuWmWV0▼このコメントに返信
うちの爺さんは中国戦線で敵兵相手に発砲…できなかったらしい
今でも好きだわ。
151.名無しさん:2020年05月13日 11:48 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>149
あぁなんだ戦局悪化の頃は退役されてたのなら武蔵じゃないな。
よく読まず失礼しました。
152.名無しさん:2020年05月13日 11:48 ID:7I7wD3o10▼このコメントに返信
>>146
睦月が佐世保みたいなんだがアメリカに行ったかなあ?
そこがわからんな
153.名無しさん:2020年05月13日 11:50 ID:yTtzzg3V0▼このコメントに返信
>>149
残念ながら「武蔵」は爺さんの退役時にすら就役していないみたい
154.名無しさん:2020年05月13日 11:50 ID:u0drLwCa0▼このコメントに返信
ワイの曾じいさんはベトナムとかあっち行ったな
国立大学出身だからそこそこの地位にいたらしい
だけど敵とは一度も会わなかったらしいな
155.名無しさん:2020年05月13日 11:52 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
※143
ここの奴らは自分のこと語るのは好きだけど、他人の身内の昔話には興味ないだろ
歴史資料館とかに寄贈したら喜ばれるんじゃね?
156.名無しさん、、:2020年05月13日 11:57 ID:EHxvVuTq0▼このコメントに返信
戦中、戦後は若い男が急激に減ったから病弱やコネなんかで赤紙を逃れたごく少数の男達が美醜問わず死ぬほどモテてヤバかったっていう噂や。
157.名無しさん:2020年05月13日 11:58 ID:wN4Unp7O0▼このコメントに返信
うちのジッジの上の兄貴は、珊瑚海の時に艦載機で出撃したら空母沈んでて戻れず特攻したとか言われてた。
特攻の件は怪しいけど、普通に撃墜とかされたんだろうな。葬式は戦闘機飛んだりして派手だったらしい。

下の兄貴は大陸で陸軍士官として頑張って、部下共々無事に生還してきたらしい。
まだ若いジッジは主計科の飯炊きとして駆逐艦に乗り込んだけど、出航する前に終戦になったとか。
158.名無しさん:2020年05月13日 11:58 ID:v4nK5Xz.0▼このコメントに返信
爺さんは農家一筋でちっこい墓に大勢でお墓参り
隣に
爺さんの弟は、戦士して大っきい墓たってて、おまけで墓参り
159.名無しさん:2020年05月13日 11:59 ID:BPd.DX.G0▼このコメントに返信
112>だから、うちのじいさんはと言っている奴は、何歳ですか?昭和一桁台生まれは当時、まだ小学生じゃないですか?当然、ゼロ戦なんかには乗れない。その人たちも、現在80歳台ですよ。
160.名無しさん:2020年05月13日 12:01 ID:pCDYxCnB0▼このコメントに返信
>>142
思い出話は別物なんだよw
161.名無しさん:2020年05月13日 12:01 ID:qbZoHDpS0▼このコメントに返信
軍人・軍属だった人については厚労省か、防衛省に問い合わせれば、軍務記録が残っている可能性あるよ。
終戦時に大量の記録を破棄したらしいが、残った分については官庁が保管していて、申請して残っていれば、記録をくれるらしいよ。
厚労省のHPに乗ってた。
162.名無しさん:2020年05月13日 12:02 ID:pCDYxCnB0▼このコメントに返信
>>143
陸軍から海軍にジョブチェンジw
163.名無しさん:2020年05月13日 12:02 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>158
近所の墓地に星付きの一際大きくて立派なお墓があって、ガキの頃は大層えらい人の墓だと思ってたけど、高校生になってガンダムにハマってた頃にその墓をよく見たら伍長と書いてあってガッカリしたのを思い出した。
164.名無しさん:2020年05月13日 12:03 ID:q..Bvg7H0▼このコメントに返信
曾祖父。会社経営兼右翼活動。戦前は児玉誉士夫や赤尾敏が家に居た。東京大空襲を予見して空襲前日に地方疎開先から下町の屋敷に戻り死亡。
祖父。会社経営。大東亜戦争には反対で日本の敗戦を予見し 徴兵回避。戦後は流通業界の再編に尽力。死後、共に尽力した弟が代わりに文化勲章授与される。
祖母。会社経営。戦後の混乱期に家を襲ってきたヤクザ達を制圧(物理的に)。怖いおばあちゃん。
父。戦前は祖父の下で活動。戦時中は中国大陸で軍務に就く。戦後、戦犯容疑でGHQに逮捕される。
その後、祖母の元で社員兼用心棒。

165.名無しさん:2020年05月13日 12:04 ID:pCDYxCnB0▼このコメントに返信
>>155
韓国は独立してからが地獄だもんな。
166.名無しさん:2020年05月13日 12:04 ID:2GYHzNr50▼このコメントに返信
【かいがいのナパームちゃんが未登場てなアホ話は置いておいて欲しくないなぁ!】
167.名無しさん:2020年05月13日 12:05 ID:z2hTRrvH0▼このコメントに返信
祖父は一度目の徴兵では戦地に行ってない。
二度目の召集では高齢のため 本土防衛部隊へ。
168.名無しさん:2020年05月13日 12:10 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>159
横槍で申し訳ないけど、
今自分は30歳で、父が67、祖父(生きてたら94)。
そんな祖父は終戦近づいてきてから招集されたから零戦なるような上級の兵士じゃなかっただろうけど、
例えば、自分40歳、父77歳、祖父104歳(生きてたら)みたいな人ならゼロ戦乗っててもおかしくないと思うけど。

残念ながらまとめに張り付いてる人は40代50代多いしこのご時世テラワークでサボってる人も多いからね。
169.名無しさん:2020年05月13日 12:11 ID:fV0z62C20▼このコメントに返信
うちの爺ちゃんえらそうな武勇伝や悲惨な戦争のうんちゃらを語ってたけど
同期の知り合いに全部嘘で工員やってたとばらされてから寡黙になったわ
170.名無しさん:2020年05月13日 12:17 ID:gkpJdKzm0▼このコメントに返信
ウチのじいちゃんは学生の時に赤紙来たらしい。
同級生が何人も特攻隊として出撃したと言っていたが、それ以上は何も言わなかった。
171.名無しさん:2020年05月13日 12:17 ID:D87XWGw20▼このコメントに返信
※6
どういう扱いか分からんけど、なんかの宗教団体所属だと思う。
田舎の宗派は日蓮宗なんだが。。。
172.:2020年05月13日 12:19 ID:D87XWGw20▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
173.名無しさん:2020年05月13日 12:21 ID:55kMjjXM0▼このコメントに返信
>>162
まあまあ、移動のために潜水艦に便乗したのか知れないしw
174.名無しさん:2020年05月13日 12:32 ID:idhcp6OR0▼このコメントに返信
>>170
俺は日本各地で民俗の聞き取り調査するついでに戦時体験も訊くようにしてたけど、
召集経験があって戦地で戦ったことのある一般人はトラウマ抱えてる人しかいなかったな
175.名無しさん:2020年05月13日 12:37 ID:jo8jE3qp0▼このコメントに返信
※118
なんで満州にP-40が飛んで来るんだよ
中国戦線ならわかるが、満州はソ連侵攻までは平和だぞ
176.名無しさん:2020年05月13日 12:41 ID:eUk6nehQ0▼このコメントに返信
※159
横だが戦後すぐ位までは普通に子だくさんだったから、孫の年齢に結構な幅が出るのは十分ありえるぞ
俺自身四十代だが爺様は年食ってて徴兵対象年齢外だったし
一番若い従弟はやっとこ成人したばっかだし
177.名無しさん:2020年05月13日 12:44 ID:cm6ff19m0▼このコメントに返信
うちの爺さんは親と喧嘩して千葉→九州へ逃げて港湾作業してたそうな
向こうで愛人作って、終戦後には別れてしれっと帰ってきた割と屑
178.名無しさん:2020年05月13日 12:44 ID:QYrAuDzx0▼このコメントに返信
爺さんは広島県庁から科学動員協会という所に出向になって、学校や公民館なんかでニュース映画を上映する技師のような事をしてたらしい。
原爆で行方不明になってそれっきり骨も見付からないままだ。
179.名無しさん:2020年05月13日 12:45 ID:VP4gUQ5H0▼このコメントに返信
ワイ沖縄県民、ジッジは黙して何も語らず
ジッジ兄弟を残して一族郎党消滅したということだけマッマが教えてくれた
180.名無しさん:2020年05月13日 12:46 ID:wmRbIrPh0▼このコメントに返信
父方は呉基地で死んだ、母方は大和が沈んだ日に一緒に海へと消えた。
なお大和に乗っていたか護衛の船に乗っていたかなど、詳しい事は書かれていない紙キレ1枚だけの戦死報告が届いたもよう。
181.名無しさん:2020年05月13日 12:46 ID:Xmu3ufJl0▼このコメントに返信
ワイのジッジ奇兵隊、新潟まで遠征したらしいわ
なお維新後に反乱
182.名無しさん:2020年05月13日 12:49 ID:hsf55CfW0▼このコメントに返信
亡くなった祖父は赤城に乗艦し、ミッドウェイ海戦での生存者でした。砲頭の中にいて、爆弾の直撃を受けなかったおかげで助かったとか。空母への転属は拒否して南方へ行ったとか。今の自分があるのも祖父のおかげです。
183.名無しさん:2020年05月13日 12:51 ID:ZvLKiVci0▼このコメントに返信
ワイのジッジ、満鉄職員と国家公務員でなおかつ持病のため双方華麗なる徴兵回避をぶちかました模様
なお孫はワープア
184.名無しさん:2020年05月13日 12:52 ID:I1ilKBQq0▼このコメントに返信
>>179
俺のおじーは、学徒兵だった。小学生か中学生ぐらいだった。沖縄での負け戦は地獄だったのが解るから、聞けないよ。

弾薬、食料、医薬品が0でどうやってしのげと。コロナでひーひー言ってるこの状況はイージーモードなんだよなあ。まあ、独身だから言えるけども。
185.名無しさん:2020年05月13日 12:56 ID:zji880mz0▼このコメントに返信
>>41
団塊ジュニアだけど、団塊世代は戦後生まれだから、祖父が現役で戦争した世代は若くても60代じゃないと辻褄が合わない。
よってこいつらはうそまつw
お前らなんでネタだうそまつだ作家だって叩かんの?
186.名無しさん:2020年05月13日 12:57 ID:TZj4E1V90▼このコメントに返信
ワイのジッジ職業軍人でレイテ島から生きて帰ってきたわ。その後アメさんの捕虜になったりしたみたいやけど。待遇とか食事が良くてもっと早くアメさんの捕虜になったら良かった言うてた。
187.名無しさん:2020年05月13日 12:58 ID:SnG39hdT0▼このコメントに返信
うちのジッジは大正一桁生まれだった。
酔って御機嫌になると乃木さんのしりとり歌を躍りながら歌ってたわ
戦時中はたぶん満州とか、とにかく中国に渡ってて
組み立て式の武器か何かを分割してそれぞれが担いで徒歩で移動してる写真が家にある

戦争の話をきくと必ず
「歩いてるとチョキが直ぐ来る」って言っていて
子供の頃はチョキというが何なのか分からなかったが、
大人になってから母が教えてくれた。
チョキとはどうやら現地の売○婦で、日本語が話せないから代わりに敵意は無いって意味でジャンケンのジェスチャーをしながら近づいてくるんだと

亡くなってもうかなり経つが今でもジッジの歌声は覚えてるわ
188.名無しさん:2020年05月13日 12:58 ID:05NgZWOs0▼このコメントに返信
※46
戦前に存在して む がついて佐世保所属だと睦月かもしれん
武蔵は戦前には完成してないからね
189.名無しさん:2020年05月13日 13:00 ID:ti2q4wgL0▼このコメントに返信
なんかさ、「軍人として死んだら軍神で、パンピーはタダの虫けら」って風潮がゆるせねえんだけど。
オレのじーさんは、工場で軍需部品作らされてる(好きでやってたわけじゃねぇ)とき空襲で爆弾でふっとばされた。
見舞金が少しだけでたおかげで、ばーさんは生き延びたそうだが。
それでも、疎開してた連中で「お国にまともなご奉公もせずに死ぬとは何事か!」ってマジで文句言ってきたヤツラがいたそうだ。
190.名無しさん:2020年05月13日 13:01 ID:IbqDek1c0▼このコメントに返信
艦これが流行ったときのクッサイ真偽不明のじいちゃん自慢が流行ったな
おま
191.名無しさん:2020年05月13日 13:01 ID:IbqDek1c0▼このコメントに返信
艦これが流行ったときのクッサイ真偽不明のじいちゃん自慢が流行ったな
おま
192.名無しさん:2020年05月13日 13:04 ID:QWNaQtD60▼このコメントに返信
戦争したくないなら働いて税金納めろ
193.名無しさん:2020年05月13日 13:04 ID:HNsbJCK30▼このコメントに返信
>>132
一斉にメガネ置いた椅子に座るんやで
194.名無しさん:2020年05月13日 13:06 ID:idhcp6OR0▼このコメントに返信
徴兵入営後の師団が転戦中に南洋組と大陸組に分かれて、俺の祖父は大陸組に振り分けられたが南洋に行った部隊は全滅した
大陸で戦死者が続出する中でも自分は農家の一人息子だったから後方に配属されて生き延びたと、戦後それをずっと負い目に感じながら生きていたよ
195.名無しさん:2020年05月13日 13:09 ID:8S1ZReWI0▼このコメントに返信
>>1
わいのじいちゃん、爆撃機に乗ってて重慶なんかを爆撃してたんだけど、中国軍はいつも随伴の零戦を恐れて出てこなくて、爆弾落としに行っては帰ってくるだけの仕事みたいだったって。
で、日本軍が帰った後に中国空軍の戦闘機が飛んで来て、我々が日本軍を追い払ってやったんだみたいなフリをするって言ってた。
196.名無しさん:2020年05月13日 13:10 ID:FysYVRNG0▼このコメントに返信
アカだったから逮捕された
で、何が問題なんだ?
オレなら笑い飛ばしてやるが(ゲラゲラ)
197.名無しさん:2020年05月13日 13:11 ID:uvkR2vXN0▼このコメントに返信
うちの死んだジジィはシベリア抑留されとった
生きてるうちに話聞いとけばよかった…
198.名無しさん:2020年05月13日 13:13 ID:55kMjjXM0▼このコメントに返信
>>146
神威かなぁ?
アメリカに油の買い付けで何度も行ってるが、所属が佐世保かどうかわからないし、何より読みは「かむい」じゃなくて「かもい」だしなぁ

艦艇で「む」が付く船って意外と無いなぁ
海軍所属の元商船の特設艦艇なんだろうか?

199.名無しさん:2020年05月13日 13:18 ID:LLT.lqcd0▼このコメントに返信
大体虚構主義だな
200.名無しさん:2020年05月13日 13:19 ID:uL36jZ.z0▼このコメントに返信
俺の爺さんは
明軍相手にミサイルを発射したでw   掘る掘るw
201.名無しさん:2020年05月13日 13:20 ID:uL36jZ.z0▼このコメントに返信
映画で見たで 
明軍を撃退する李氏朝鮮王軍   爺はその中にいたw   痛wwww
202.名無しさん:2020年05月13日 13:24 ID:55kMjjXM0▼このコメントに返信
>>193
小さくて字が見えない!!
203.名無しさん:2020年05月13日 13:30 ID:55kMjjXM0▼このコメントに返信
>>188
その頃の駆逐艦で、太平洋横断するのかな?
204.名無しさん:2020年05月13日 13:32 ID:dODVy4Ts0▼このコメントに返信
村の中にパヨってたの居たらしいけどただの偏屈者扱いで逮捕されてなかったってさ
要は今と変わり無し
205.名無しさん:2020年05月13日 13:33 ID:His0fV4.0▼このコメントに返信
うちの祖父は勝ってるうちに負傷して帰ってこれた。蘇州かどっかから
南京への攻撃だったとか、片っ端から橋を壊されていて直そうとすると
飛行機が飛んできてやられるのが続いて隊によっては全滅したとこもあった
とか。工兵部隊(祖父含む)が夜のうちにはしごをかついで橋がわりになって
戦車を渡らせて進んだって。
206.名無しさん:2020年05月13日 13:34 ID:..4.zJoh0▼このコメントに返信
ワイのジジは上官の命令でハエを打ち落とした事がある、と言っていた。米軍と戦わず揚げた戦果はそれだけだった。長生きするはずだ、俺のジジ。
207.名無しさん:2020年05月13日 13:34 ID:QYrAuDzx0▼このコメントに返信
※189
前線の兵隊さんが大変だったのは否定しないが銃後のみんなも大変だったんだもんなあ。
あの数年間とその後を安逸に過ごしてた人なんて、少なくとも日本国内にはほぼ居ないと思うわ。
208.名無しさん:2020年05月13日 13:39 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>193
>>202
嘘松テンプレのエンディングのつもりだったんだけど…
209.名無しさん:2020年05月13日 13:40 ID:B2HvXPkl0▼このコメントに返信
ウチの爺さんは検査に落ちて徴兵されなかった
210.名無しさん:2020年05月13日 13:41 ID:z4PM4c5r0▼このコメントに返信
ウチの爺さんは、父方・母方双方とも軍属だったな・・・
父方:国鉄関連で、鉄道周辺の高射砲を撃つことはしてたらしい
   東京大空襲がトラウマになった様で、B29のエンジン音とか、テレビで聞くと、直ぐ消してたな
母方:自前の町工場を徴用されて、川西の孫請けで戦闘機の組立やってたらしい
   爺さん、長岡出身だったので、山本五十六元帥の海軍に徴用されてたの喜んで、昼夜なく働いてらしい

かみさんの家は、父方・国鉄で軍属、母方・陸軍だったな
父方:艦載機に追われながら、貨物を走らせてたらしい
   やはり、トラウマなのか、セスナの飛ぶ音が凄く嫌いだったみたい(ジェット機は問題ないんだがな)
母方:中国に出征したらしいんだが、終戦後、復員船がなかなか来ず、現地の支邦人の要請で、用心棒兼農業指導員みたいなことをして食い繋いでたらしい

211.名無しさん:2020年05月13日 13:43 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>206
そうやって戦争体験を愉快な話として孫に語ってくれる爺さんは素敵やな…
そうやって自らの心の中に封印して墓場に持っていった人はたくさんいるんだろうね
212.名無しさん:2020年05月13日 13:47 ID:EQZu3Sgg0▼このコメントに返信
通信兵やってたらしい
聞いたエピソードは二度ほど米軍の機銃掃射にあったぐらいと親戚が東南で無くなったくらいやな
213.名無しさん:2020年05月13日 13:49 ID:tHWfcxC60▼このコメントに返信
父方の爺さん(父方)は薩摩藩士で討幕軍にいた。親父は赤城に乗っていた。
母方の爺さんは網元で主にサンマを捕ってたらしい。網元の跡取りなので徴兵免除だったらしい。
214.名無しさん:2020年05月13日 13:49 ID:m4w.sw7p0▼このコメントに返信
父方の大叔父(祖父の弟)は、海軍の駆逐艦乗りで、南太平洋で眠ってるらしい。
母方の大伯父(祖父の長兄)は、戦闘機乗りだったらしいが、陸か海かは不明。
同じく戦死らしい。父方も母方も、祖父は早くに逝去し、祖母しか知らんが、
父方祖母は「〇〇さん(俺の大叔父)は、軍艦に乗ってた」とよく言ってた。
母方の祖母は、戦争中の話は全然しなかった。
本家を俺が継いだ時、受け取った品の中には「勲章と軍票」が入ってた。
215.名無しさん:2020年05月13日 13:49 ID:s64ELvpZ0▼このコメントに返信
※197
>>197
じっちゃんから聞いたシベリア抑留
①過酷な労働
②機械油の臭いのする黒パンが主食
③慣れない白夜で睡眠不足
④ロシア軍医は下手糞で、病気になるとバタバタ死ぬ
 じっちゃんのいた地区には日本軍の軍医がいたので生きて帰れたといっていた
216.名無しさん:2020年05月13日 13:56 ID:xZQxNYjz0▼このコメントに返信
うちの爺さんは徴兵されなかった
寸足らずで帰されたんじゃないかと家族で笑ってた
爺さんが小学生のころ親父が死んだらしいから
爺さんが兄弟を育ててた
だから徴兵されなかったとかあるのかね
217.名無しさん:2020年05月13日 13:59 ID:jIzOLydl0▼このコメントに返信
うちのお爺さんは台湾で学校の先生してた。
俺が生まれる前に亡くなってるけど、叔母の話から台湾良いとこだったみたいよ。
ちな親父の家系は誰も徴兵された事すらない何らかの特別扱いを受けていた模様。
218.名無しさん:2020年05月13日 14:00 ID:Ho6ZlXtO0▼このコメントに返信
うちのじいさんは駆逐艦に乗ってた
219.名無しさん:2020年05月13日 14:02 ID:D2q0kAK.0▼このコメントに返信
祖父は海兵団で、その兄はビルマで戦死だったみたい
祖父が亡くなってから仏壇の位牌や遺品整理で知った
生きてるうちに話を聞いておけばよかった
220.名無しさん:2020年05月13日 14:02 ID:eaLUd2MU0▼このコメントに返信
おいらの場合、親父。
志願で予科練行って、卒業して戻ってきたら機体が無くて、鹿児島でボート(震洋)の訓練してたら終戦だったって。
飛行機の操縦経験は赤とんぼだけだって言ってた。


221.名無しさん:2020年05月13日 14:02 ID:BPd.DX.G0▼このコメントに返信
ワイのじいちゃんはそのころ月に行っていた。
222.名無しさん:2020年05月13日 14:02 ID:B4n3O0YP0▼このコメントに返信
艦これの全盛期に大量に湧いたよな
223.名無しさん:2020年05月13日 14:04 ID:VP4gUQ5H0▼このコメントに返信
沖縄はまるごと焼き払ってから何もかもなくしたとこに米軍基地ができて生活基盤を失った住人が集まって町になっていった訳だが
「何もないところに基地を建てたら住人が寄ってきただけw」みたいに言われてんのホント腹立つ

そも、人間が何百年も住んでる島に「何もない誰のものでもない土地」なんて存在しないし
米軍基地が建ってる沖縄の平野部は沖縄戦までは普通に人間が住んでた場所だし
畑も家畜も全滅して備蓄も物流もズタズタにされたらそりゃ基地周辺しか人間が生きてける場所なんて存在しないだろうに

生まれた時から物流インフラの整った快適な生活を享受してる現代人が当時の沖縄県民を馬鹿にしてるのホントひで
224.名無しさん:2020年05月13日 14:05 ID:f4Fo4rzw0▼このコメントに返信
うちの爺さんは「ラバウル上空で戦死」だそうだ。
位牌の横に書いてあった。航空兵か輸送機かしらんけどな。
225.名無しさん:2020年05月13日 14:08 ID:YFYe5c1C0▼このコメントに返信
ワイの爺さん「わいは17歳で来年には戦場で武勲を建てられる(ドキワク)」
終戦〜耐え難きを耐え忍び難きを〜
ワイの爺さん「HA?」
226.名無しさん:2020年05月13日 14:11 ID:05NgZWOs0▼このコメントに返信
※203
ハワイで補給すればたぶん行ける
227.名無しさん:2020年05月13日 14:15 ID:0ySBmXKj0▼このコメントに返信
※188
>>188
一応。
1941年7月から佐世保第7船渠で、最終艤装しているので、
開戦時には、佐世保に「武蔵」は居る。
228.名無しさん:2020年05月13日 14:16 ID:W.FxEaaj0▼このコメントに返信
>>185

>祖父が現役で戦争した世代は若くても60代じゃないと辻褄が合わない。

…ってのがうそまつだからさw

229.名無しさん:2020年05月13日 14:16 ID:zohghxSr0▼このコメントに返信
父方の親戚のある人は満州の鉄道で働いていて、敗戦後に日本に帰ったが、本土の連中の貧しさに驚いたらしい
戦災でそうなったからというだけではない
満州で暮らしていた連中はどうも本土の想像を超える裕福な暮らしをしていたようである
(植民地人)とはそういうものなんだろう
自分の親戚だけでなく、ほかの読み物でも時々聞く話である
230.名無しさん:2020年05月13日 14:17 ID:V0mVOIhi0▼このコメントに返信
共産主義者はもっと恥じ入って
231.名無しさん:2020年05月13日 14:22 ID:Agf3NZ1o0▼このコメントに返信
うちの爺さんは白兵突撃の前日に終戦となって「何しに来たんだろ?」と思いながら帰国したらしい。
232.名無しさん:2020年05月13日 14:25 ID:0ySBmXKj0▼このコメントに返信
※146
>>146
給油艦「神威」?
233.名無しさん:2020年05月13日 14:32 ID:zZJujMN.0▼このコメントに返信
俺の爺さん達片方は国鉄職員もう片方は国内で軍の指導教官してたもんでどっちも戦地行かなかった
234.名無しさん:2020年05月13日 14:33 ID:lDlolvNY0▼このコメントに返信
>>159
俺は45で父が77、祖父は…ごめん分からないけど当時それなりの年齢だっただろう
福島が母方の実家で仏間の四方の高いところ(鴨居だっけ?)にずらっと軍人さんの写真が並んでた
当時俺は餓鬼だったんで不気味な感じしかしなかったが今なら自然に手を合わせてしまうだろうな

若い子にはピンと来ないかも知れないけれど俺らが20歳前後の頃にウィンドウズが普及しはじめた
ネット黎明期が俺らの世代。PCの自作とかも流行った頃だからPCについては一番詳しい世代かもよ
スマホも勿論バリバリ使うが最近ちょっと老眼が出てきてな…
235.名無しさん:2020年05月13日 14:46 ID:DAG6OIpS0▼このコメントに返信
ワイのじいちゃんは遠征に行かされる列車の中で漏らしたことで列車から下ろされて終戦を迎えた
236.名無しさん:2020年05月13日 14:50 ID:RBnmtYo50▼このコメントに返信
うちのジイ様は明治後期の生まれで、貧乏農家7人兄弟の3男坊。
昭和初期に東京に出て住み込みで働きながら、2年でクルマの免許を取ったそうな。(年に1回しか試験がなかったそうだ)
しばらく整備工をしていたが、軍隊へ志願して満州へわたり、憲兵隊の運転手として従事していて家庭も持ち、
満人とも仲良く暮らしていたそうだ。
終戦とともにシベリアへ抑留され、2年後に帰国。(家族の母子3人は朝鮮半島付近まで逃げたそうだが、病死ということになってるそうな)
その後に大陸で戦死した弟の嫁だったバー様と一緒になり、うちができた。
オレが小学生だった頃、抑留仲間のジイさま方が訪ねて来たり、軍人会に参加してたりしてたなぁ
237.名無しさん:2020年05月13日 14:50 ID:qwr8qKig0▼このコメントに返信
>>51
A級とかB級とかって、罪の重さじゃなくて種類だからね。
A級は平和を乱した罪。B級は戦争犯罪だったかな?
238.名無しさん:2020年05月13日 14:55 ID:qwr8qKig0▼このコメントに返信
>>82
戦争体験してそんなこと言う人見たこと無いね。
そういうこと言うやつは大体戦争を知らない赤いやつ。
239.名無しさん:2020年05月13日 14:57 ID:v62LIcG80▼このコメントに返信
父方の祖父は帝国大学医学部卒の軍医大佐だった。
太平洋戦争が始まる前から家族を残し単身でタイの病院で主に内科担当で現地人の診療をやっていたが、戦争が始まるや負傷兵の診療もやるようになった。戦後は巣鴨で小さな内科医院を経営していた。
240.名無しさん:2020年05月13日 15:00 ID:Yz935rBw0▼このコメントに返信
零戦、大和に乗ってたんなら生きて戻れてないから孫なんかいないだろうというギャグかと思ったら違うのか
241.名無しさん:2020年05月13日 15:02 ID:vwQ45TcP0▼このコメントに返信
>>159横

おかしな教育受けた『非』国民?
当時まだ小学生の昭和一桁台生まれの人たちは、「父」「おじ」「歳の離れた兄」と言うだろうな。

『じいさん』とは『grand father』のコト



242.名無しさん:2020年05月13日 15:06 ID:qwr8qKig0▼このコメントに返信
>>159
昔は12人兄弟とか普通にいたから、結構いますよ。
うちの親父は15人兄弟の末っ子だから、祖父は明治生まれ。
私は今44歳。
243.名無しさん:2020年05月13日 15:07 ID:LrTCF.KP0▼このコメントに返信
>>8
わいの爺さんも体験を元にした小説で賞を受賞してたわ
最終的には投獄されて終戦迎えたらしいけど
244.名無しさん:2020年05月13日 15:08 ID:55kMjjXM0▼このコメントに返信
>>227
そういう事じゃないからね

「む」が付く船でアメリカ含む世界を巡ったと言ってるんだから、おそらく士官候補生の実習の世界一周遠洋航海だと思われる

そしてそういう事が出来るのは、世界の緊張が高まる前、実質昭和一桁の時期だろうから武蔵はその候補には入らないんだよ
245.名無しさん:2020年05月13日 15:12 ID:e7ggjFsM0▼このコメントに返信
ワイのヒイジッジは満州に居て、サーベル持って馬に乗ってる写真が残っとるが階級が分からん。
終戦になって日本に帰るときにロシア領を通ってロシア人に助けられたという。

ジッジは15で陸に徴兵されて南方送りにされたけど、これも無事に帰ってきた。
現地の村長に、娘の婿になれと言われたと吹いてたが、真偽は分からん。
数年前に頭がボケてあの世に行ったので確認のしようがない。

バッバの兄貴は通信の勉強をしていたために南方行きの輸送船の乗員として徴用されて、
アメの潜水艦にやられてしまった。超優秀な人でたいそう惜しまれたそうな。
246.名無しさん:2020年05月13日 15:13 ID:Fd6L7U7.0▼このコメントに返信
うちはじいちゃんほとんど何も語らず死んだんやけどこないだ村の年寄りさんから偶然聞けたわ
村一番の長身の力持ちで、部隊に1つだけの機関銃手に抜擢されて八路軍(共産党)相手に七面六臂の活躍だったんだと
晩年の穏やかな姿からはまるで想像できなんだ

ちなみに八路軍ゲリラの斬首処刑はあったらしいが
慰安婦虐待とか嘘八百もいいとこだってよ
247.名無しさん:2020年05月13日 15:13 ID:55kMjjXM0▼このコメントに返信
>>226
駆逐艦使うのかな?

太平洋越えられないとは思ってないけど、睦月型じゃあかなり大変なんじゃないの?
それに、駆逐艦で何しに行くの?って思うんだけど
248.名無しさん:2020年05月13日 15:16 ID:qwr8qKig0▼このコメントに返信
>>189
そういう時代だったんだからしょうがないとしか言いようがないよ。
うちのじっじも徴兵検査落ちてしばらく身を隠してたって言ってた。
249.名無しさん:2020年05月13日 15:20 ID:qwr8qKig0▼このコメントに返信
>>215
知り合いのじっじも抑留されて帰ってきたけど、食事はトウモロコシ1粒入った塩水だったって。
夜話して次の日の朝には冷たくなってたなんてざらだったそうだよ。
関東軍出身だったんで自業自得だったと苦笑いしてた。
250.名無しさん:2020年05月13日 15:25 ID:qwr8qKig0▼このコメントに返信
>>247
たぶん商船だと思うけどな。なんとか丸。
251.名無しさん:2020年05月13日 15:38 ID:CgQNFpwM0▼このコメントに返信
※241
特攻だけがパイロットでは無いし
大和最後の出撃はかなりの船員を下ろしてる
252.名無しさん:2020年05月13日 15:39 ID:vJ5bCvzj0▼このコメントに返信
ウチの祖父は5年位戦場にいたらしいが殆ど話してくれた事はないな。
でも自分が空気銃を買った時はうれしそうに撃ち方を教えてくれたし、
水木しげるの様にプラモの戦艦を作るのを趣味にしてたのを考えると
封印したい思い出と言うわけでも無さそうだった。
253.名無しさん:2020年05月13日 15:40 ID:7I7wD3o10▼このコメントに返信
>>251
本土での迎撃任務の部隊なんかもいるしなあ
254.名無しさん:2020年05月13日 15:41 ID:ZJ5ipcF00▼このコメントに返信
俺のじいちゃんは大陸で中国兵を沢山撃ち●したって自慢げに話してくれてたけど
終戦後日本に帰って来た頃はかなり精神的に荒れてたらしい
具体的にどうだったのかは親父すら物心つく前の小さい頃の話で覚えていないし
ばあちゃんが離婚して小さい子供2人を置いて出て行った事からも手が付けられない状態だったらしいという憶測でしか分からん事なんだけど
当時を知ってるはずのじいちゃん本人も弟妹も語らず墓まで持っていってしまって今となっては知る事が出来ない
255.名無しさん:2020年05月13日 15:41 ID:CgQNFpwM0▼このコメントに返信
※251
※241は※240の間違い
256.名無しさん:2020年05月13日 15:43 ID:RBnmtYo50▼このコメントに返信
※249
10人に一人がタヒんじゃってた訳だからなぁ
作業中に見つけたヘビ、カエル、ネズミなんかごちそうだったそうな
257.名無しさん:2020年05月13日 15:44 ID:FNBckO9k0▼このコメントに返信
祖父は、大卒だったから主計少尉
大戦中は満州にいて
戦後に普通に帰ってきた
いろいろラッキーが重なったそうで
友人らはシベリア送りもいたとのこと
258.名無しさん:2020年05月13日 15:49 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
※252
うちの爺さんも孫である自分に戦争の話をしたことはなかったけど、紙工作が好きでよく当時の戦艦とか戦闘機の作り方教えてくれたわ。
子供としては最新のジェット戦闘機が作りたいのに、レシプロ機ばっかりでつまんなかったけど。

10年くらい前にオスプレイが話題になった頃もオスプレイ反対云々は何も無く、楽しそうにオスプレイの紙飛行機を自前で作ってたし、当人達は周囲が思ってるよりも兵器や戦争に対してドライな感じもするよね。
259.名無しさん:2020年05月13日 15:58 ID:Trm0aEH60▼このコメントに返信
ウチの爺さんは水力発電所の技師だったんだそうだ
水力発電所なんて山奥だから、空襲も来なくて
全然戦争を体験してない

260.名無しさん:2020年05月13日 16:03 ID:84znh.9w0▼このコメントに返信
うちのじい様は陸軍の教官で階級は軍曹だったらしい。
中国でも実戦に参加して、父親が言うには第6師団?とかいう所属先だったみたい。
身長が低い教官だったから飛び上がって殴りつけるとか、敵と身長差がある場合は相手の眼を狙えとか、ちょっと出かけるのに馬に乗って出かけたりとか聞いたわ。
もう俺が生まれる前に亡くなってたからよく知らんし、遺品もないしわからん。
知っているなら聞いてみたいが、教官って軍刀持ってるのかな?
261.名無しさん:2020年05月13日 16:06 ID:3PB7k0r90▼このコメントに返信
父方は満鉄職員で中国へ
母方は長男で農家だったため徴兵無し
父方の方は戦後も元職員で海外旅行してたわ
262.名無しさん:2020年05月13日 16:08 ID:nGDrxtsX0▼このコメントに返信
韓国人の戸籍のエピソード同じだな
263.名無しさん:2020年05月13日 16:11 ID:QYrAuDzx0▼このコメントに返信
※242
なんか思い出した。
明治45年生まれの婆ちゃん(とっくに故人)がむかし俺のお袋に向かって曰く
「あんたは男の子を3人も産んでくれて素晴らしいお嫁さんだ。3人いれば2人死んでも1人は残るから心強い」とかなんとか。
子供心にも物凄いこと言うなあと思いながら聞いてたけど、戦争を潜り抜けた人の感覚は途轍もなく強靭。
264.名無しさん:2020年05月13日 16:29 ID:nfW4L6GK0▼このコメントに返信
>>1
かまって欲しいだけな。
スッゴーい!て相づち入れてやれ。
265.名無しさん:2020年05月13日 16:30 ID:zFUa0pKv0▼このコメントに返信
のちのち『東日本大震災で原発がメルトダウンした時代や新型コロナで世界中がロックダウンした時代を生きた爺さん』になったら孫世代からなんだかすげぇと思われるんかな
266.名無しさん:2020年05月13日 16:30 ID:nfW4L6GK0▼このコメントに返信
>>2
治安を乱してるのは特公警察定期
267.名無しさん:2020年05月13日 16:46 ID:WN7oGdcg0▼このコメントに返信
ワイの父方の祖父はシナ大陸 捕虜になった後 帰還。
60キロの荷物を背負って一日23時間 行軍。 
母方の祖父は高射砲を撃っていた。
機銃掃射で、同じ高射砲の人 戦死。
生き残った祖父は 砲弾の入ったままの砲を射撃。
一機撃墜。
268.名無しさん:2020年05月13日 16:47 ID:WN7oGdcg0▼このコメントに返信
捕虜 終戦で武装解除後 捕虜になった。
269.名無しさん:2020年05月13日 16:55 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
大和の部品かっさらって指輪作ったとかいう嘘松がTwitter垢消さずに今もなお堂々とTwitter続けてるのは笑ったわ
270.名無しさん:2020年05月13日 16:57 ID:vSTOqVZL0▼このコメントに返信
うちのじーさんは醤油飲んで兵役逃れて空襲から逃げ回りつつ焼夷弾を拾っては目黒川に捨ててたそうな
なんの武勇伝もねえわ
271.名無しさん:2020年05月13日 16:59 ID:VlAfkspt0▼このコメントに返信
叔父さんは健脚買われて伝令されてたようだがインパール作戦で戦死
272.:2020年05月13日 17:05 ID:vybl.OzU0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
273.名無しさん:2020年05月13日 17:07 ID:HmosPJGN0▼このコメントに返信
ワイのじいさんシベリア抑留
274.名無しさん:2020年05月13日 17:08 ID:WRuqQk8F0▼このコメントに返信
俺のじいさんはばーちゃんに乗った
275.名無しさん:2020年05月13日 17:23 ID:nK4bh1mp0▼このコメントに返信
>>146
佐世保鎮守府の艦艇で「む」のつく一番の著名艦は陸奥だな
>>175
大量にレンドリースされたP39の間違いなのかも。
276.名無しさん:2020年05月13日 17:29 ID:XFY7.R3k0▼このコメントに返信
うちのじーさまは、志願兵で40師団だなあ
277.名無しさん:2020年05月13日 17:29 ID:oG.M9N8b0▼このコメントに返信
俺の父親は戦時中、九州帝国大学工学部航空工学科の学生だったそうで終戦まで招集はされなかったそうだ。
終戦後、航空工学科が廃止されたので電機工学科を2年からやり直した。
その話を聞いて以来、とりあえず理系に行こうと思ったね。
278.名無しさん:2020年05月13日 17:34 ID:uoWfOMRC0▼このコメントに返信
おじいさんが戦争世代の人って何歳なん?
自分は20代後半だけど戦争で戦死したのは曽祖父の世代やぞ?
279.名無しさん:2020年05月13日 17:40 ID:Rp.kXE.h0▼このコメントに返信
ウチの爺さんも近衛師団で中国大陸行ってたとか
聞いた記憶が・・・
もっと話を聞いとくんだったな~
280.名無しさん:2020年05月13日 17:45 ID:H7gMv.r.0▼このコメントに返信
うちの伯父は鉄道連隊でシベリア抑留、妻の伯父は終戦時、満州里駐留でシベリア抑留。もう一人の叔父は「能代」に乗艦、レイテ沖海戦で沈没したが生還、父方の祖父は南京作戦から徐州会戦、武漢三鎮攻略戦を戦ったが本土決戦に備えて五島列島に配備後終戦。
これだけ普通に軍役経験者が居るのに戦死者が居ない。皆五体満足で帰ってきた。運が良いのかな。
ついでに言うと、留守宅は東京大空襲で下町を逃げ回ったが、誰も死んでいない。父も川崎空襲を経験したが家族内に死者は無い。叔母は飯田橋で艦載機の機銃掃射を受けたが傷一つ無く生還。運の良い家系なんだろう。
281.名無しさん:2020年05月13日 17:46 ID:t0SwjZYs0▼このコメントに返信
祖父が南の島から終戦後に帰ってきたけど戦傷の影響で長生きできなかったみたい。
空母葛城と他の輸送船どちらで帰ってきたのか知りたいが亡くなってるので聞けんな…
282.名無しさん:2020年05月13日 17:48 ID:ASxPp0Qs0▼このコメントに返信
>>111
うちの爺さん横須賀で憲兵してたらしい
で、戦後除隊してから地元で再召集されて進駐軍と一緒に基地周辺に隠匿してた物資の接収してたそうな

内地で憲兵してたら、そんなに恨まれてないみたいよ?
283.名無しさん:2020年05月13日 17:55 ID:NnSnKZ8i0▼このコメントに返信
祖父は海軍で軽巡五十鈴に乗ってた。
写真も沢山見せて貰った。主砲の後ろが空いてて子供ながらにカッコ悪って思った。沈没前に転属になって無事帰還。プラモの防空タイプは知らん言ってた。

284.名無しさん:2020年05月13日 17:58 ID:fA3eZcJn0▼このコメントに返信
生意気な年下上官を夜の太平洋へ××したって笑って話してた
285.名無しさん:2020年05月13日 17:59 ID:V2iI80t20▼このコメントに返信
うちのじいさんは学徒動員で東京行って砲弾工場で働いてた
関東大空襲で工場くらって田舎に戻ってきたって言ってた
286.名無しさん:2020年05月13日 18:10 ID:qoe4JaEn0▼このコメントに返信
>>159
ワイは57才、父は昭和一桁生まれで生きてたら90才。15才の頃に学徒動員で小松の海軍予科練の後に久里浜の伏龍特別攻撃隊に行ったんよ。
潜水服で何時間も海の底を歩き棒の先に機雷つけて敵上陸艇に突っ込むアレ。実戦は無かったが訓練で亡くなった方も多かった。当時の特攻隊員は特別待遇で貴重品だった酒・タバコが振る舞われて断る訳にもいかず、そこで酒・タバコを覚えたらしい。
287.名無しさん:2020年05月13日 18:11 ID:GebfJBLh0▼このコメントに返信
父方は開戦後に陸軍に志願して大陸に行ったけど、特に何事もなく終戦
母方は喘息持ちで召集免除?されてたけど、終戦間際に召集されて訓練中に終戦

どっちも自分が生まれたときには他界してたから直接は聞けなかった
288.名無しさん:2020年05月13日 18:15 ID:bxe70zYJ0▼このコメントに返信
韓国人は皆両班の子孫だと嘘をつく。白・丁の子孫は消えちゃったw
289.名無しさん:2020年05月13日 18:15 ID:xfiF4XQB0▼このコメントに返信
親戚の爺ちゃんは一支で餓島に散った。
婆ちゃんは「爺ちゃんは優秀だった」って、だから一支に引っ張られちまったって言ってた。
遠縁の爺ちゃんは沖縄方面で散ったらしい。はがき一枚通知が来て終わりだったって。
何に乗ってたのか、何時何処でとか、調べるのが怖いからってそのまま・知らないままにしてある。
父方の爺ちゃんは志那?満州?出征後、いったん帰国。再編成中に再度出撃無く終戦。
母方の爺ちゃんはどっかの主計やってたって聞いた。
290.名無しさん:2020年05月13日 18:19 ID:JDsyyHxa0▼このコメントに返信
ワイのじいちゃんは爆弾運んでたらしい
前に走ってた車が地雷踏んで吹っ飛んだって言ってた
そんなじいちゃん指が何本かなくなってたな
291.名無しさん:2020年05月13日 18:31 ID:kA2OADEo0▼このコメントに返信
ワイのじっじ志願してお船乗ってったがお腹痛くなって船降りたったって
その後お友達と一緒にお船沈んじゃったって
亡くなるまで仏壇で南無南無してたわ
292.名無しさん:2020年05月13日 18:38 ID:b57zUrSw0▼このコメントに返信
うちの父方の爺さんは学生では母方の方は軍医で九州に配属されてたとか言ってたな
293.名無しさん:2020年05月13日 18:41 ID:xqbiaEZR0▼このコメントに返信
ワイのじいちゃんはその時子供でよかった
徴兵されてたらワイがこの世にいたかもわからん
294.名無しさん:2020年05月13日 18:43 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>278
それもう上の方で語り尽くされてるから読み返してみ?

終戦時25歳の人が32〜35の時に産んだ子供は今60後半。その子供(孫世代)が今20後半から30半ばでもおかしくない。
まとめのコメント欄にいるのは30前後から50後半の人間という証明にもなるね。
295.名無しさん:2020年05月13日 18:49 ID:eEineXYR0▼このコメントに返信
>>2
是非復活させてくれよ
お前をアカやと密告するわ
296.名無しさん:2020年05月13日 18:50 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>159
30代、40代、50代と各年代ワラワラ湧いてて草
でもそれだけ遠いようで近い時代ってことだよね。
297.名無しさん:2020年05月13日 19:01 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>185
まとめ欄は80代わらわらやからね
60代ってサバ読んで若く見せたい年頃なのよ
298.名無しさん:2020年05月13日 19:08 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
「出兵したけど、体調不良等何か理由があって途中で返された。そのお陰で生き延びた。でも同じ部隊の人はみんなやられた。」
これ系のってよく聞くし、自分の爺ちゃんも同じようなこと言ってた。
実際生き残った人の多くはそういう奇跡があったんだろうけど、ここまで共通するのには何か理由があるのかな?
激戦とかしてた頃に、そんなガバガバで呑気な徴兵してたんやろうか?

本当は出兵すらしてなかったけど、自分だけが生き残ってしまった後ろめたさがあって一応出兵したという設定にしておいたとかそんなことはないだろうか。
自分の爺ちゃんのことを疑いたくはないけど、あまりに同じ話をよく聞くから気になる
299.名無しさん:2020年05月13日 19:10 ID:lul9aj2f0▼このコメントに返信
初めて書き込みます、
私の母方のじいちゃんは、津田沼の鉄道第一連隊所属でした、
戦後もずっと津田沼に住んでいました、階級は少尉だと聞いています、よく鉄道連隊の特殊な機材の話をしてくれました、私が自衛隊に入隊して最初の休暇の時、制服を着て帰ったのですが、すごく喜んでくれました、なくなったとき、布団の上に軍刀が置いてあったのを覚えています。

父方のじいちゃんは、満州独立守備隊所属と聞いています
、重機関銃大隊らしいのですがよくわかりません
階級は曹長で終戦間際に訓練教官として日本に戻ってきたようです、ばあちゃんの話によると、とんでもない鬼曹長だったそうで、話を聞くとどうも本当のようです、私の父ちゃんも、よほど怖かったらしくじいちゃんの話は1度も聞いたことがありません。

私がまだ生きているうちに、こんなことを書き込めてよかった。
300.名無しさん:2020年05月13日 19:20 ID:9AyDle7.0▼このコメントに返信
※272
そういやうちの爺さん英語読めたの謎だったがそういう事か
1~2歳若くて戦争にはいかなかったそうだが
301.名無しさん:2020年05月13日 19:21 ID:.oF8ePqe0▼このコメントに返信
うちの爺ちゃんは一応軍に所属してたらしいけど国内で堤防?作ってたら戦争終わったって言ってた
302.名無しさん:2020年05月13日 19:27 ID:Pwsi2Wa60▼このコメントに返信
うちのばあさんの子供の時の話だと戦時中は家の周りが飛行場で攻撃されて怖い思いしていたらしい。
戦争が終わったときに閉鎖されて今はもう跡形もなく、畑だったり住宅地になってるけど。
303.名無しさん:2020年05月13日 19:31 ID:McGW4YIx0▼このコメントに返信
俺の爺さんは「理研の仁科博士からの依頼でウラン鉱石搬送用の容器を作ってた」、これマジですわ。
304.名無しさん:2020年05月13日 19:33 ID:lJ.PZBve0▼このコメントに返信
昔の人が日記を公表してたりするけど
そこによく出てくる単語に「日本魂」というのがある
今で言う「大和魂」のことやけど、これはどうやら戦後に使われるようになった言葉らしい
本物の人は「日本魂」という
「大和魂」って言う人はニセモノ
305.名無しさん:2020年05月13日 19:41 ID:FmbM2XUq0▼このコメントに返信
俺の父方のじいちゃんは大和の搭乗員候補で並んで前から数えてあと僅かの所で足切り食らったらしい
なおそのじいちゃんの子供のうち戦後生まれは俺の父親だけ
306.名無しさん:2020年05月13日 19:44 ID:284xne.B0▼このコメントに返信
私の祖父は満州に行って帰ってきませんでした。
遺影は20代のまま。いつの間にか私の方が年上になってしまった。祖母は一人息子を抱えて再婚もせずに、今は寝たきりの状態だけど
枕元に祖父の遺影を飾っている。
そんな祖母を見てもっと早く祖父の事を聞けばよかったと後悔しています。祖父は自分に息子が生まれたことを知っていたのか、今でもわかりません。
307.名無しさん:2020年05月13日 19:51 ID:7MUykCbT0▼このコメントに返信
ワイの昆孫はイスカンダルに行くんだぞ。
308.名無しさん:2020年05月13日 20:13 ID:xK9DxqeS0▼このコメントに返信
>>304
日本魂と書いて「やまとだましい」と読む。大和魂と同じ
309.名無しさん:2020年05月13日 20:16 ID:xK9DxqeS0▼このコメントに返信
>>298
終戦直後までは結核が多かったからね、結核は悪化するにつれ体が衰弱するから。
当時は国民病と言われた程に患者は多いし治療法もなく療養するしかなかった。
310.名無しさん:2020年05月13日 20:19 ID:tHWfcxC60▼このコメントに返信
※237
A級はアメリカへの戦争謀議罪
B級は米兵に対する殺人罪
C級はその他の一般犯罪(日本兵や軍属による他者(米兵を含む)への傷害や窃盗など)
311.名無しさん:2020年05月13日 20:22 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>309
そうそれ!うちの爺ちゃんも結核で帰ってきた!
単純に多かったってことなんか…
312.名無しさん:2020年05月13日 20:58 ID:P15hYKGY0▼このコメントに返信
うちのじいちゃん航空技師?として満洲かな?行ってたらしい。
あとちょっとでロシア兵に殺されるところやったとか何とか。
そこで生きて帰ってこれてオカンが生まれて自分がおるわけやけど。
313.名無しさん:2020年05月13日 21:01 ID:MDNo3nRM0▼このコメントに返信
>>エンジニアとして新幹線作りに携わったそうだ

東條さんの息子な。軍人に向いてないと見たのか「技術者になれ」といわれて三菱で航空機開発に関わってたそうだ。投石は「オヤジのコネで軍から逃げてた!」と思われての事と思う。まぁ東條さんのせいで、行かずに済んでた年齢層も巻添えで、硫黄島行きになったそうだから…
筋違いだけど、恨まれても仕方なところもあるな…
314.名無しさん:2020年05月13日 21:30 ID:MDNo3nRM0▼このコメントに返信
>>313
あと、自宅への投石といえば、日露戦時の第二艦隊司令長官宅や乃木大将宅が有名だよな…
315.名無しさん:2020年05月13日 21:47 ID:EbFk3rxo0▼このコメントに返信
曾祖母の兄が第15軍司令官、インド侵攻に猛反対して大本営に嫌われ人事交代させられ
後任に来たのが「牟田口廉也」
316.名無しさん:2020年05月13日 22:08 ID:RTsaIsKT0▼このコメントに返信
※310
しれっと嘘書くな
317.名無しさん:2020年05月13日 22:18 ID:rZY1G6bq0▼このコメントに返信
ワイのじいさんも近衛だったと聞いてる。
長男とか跡継ぎで思想とか家柄に問題が無ければ配属されやすかったんかね。
徴兵されてるから志願したわけじゃないみたいだしな。
318.名無しさん:2020年05月13日 22:21 ID:yWN4PRI.0▼このコメントに返信
うちのじいさんは陸軍で満州行って帰ってこなかったよ
結構ロマンチストだったみたいで戦地から送って来てた絵葉書がお洒落だった
319.名無しさん:2020年05月13日 22:37 ID:wEOMbUWs0▼このコメントに返信
伯父(故人)に昔聞いた話
戦時中巡洋艦に乗っていたんだが、ある日乗艦が敵の潜水艦からの魚雷くらって撃沈されてしまった
なんとか退艦できて沖合の大波の上を長いこと漂流していたそうな
退艦した乗組員は結構いたんだが、一人二人と力尽きていき、自分もそろそろかと覚悟したらしい
諦めかけたところでようやく僚艦が助けに来てくれた
甲板から縄を垂らして漂流者を引き上げていったらしいんだが、長時間の漂流で縄をつかむ体力も尽き果て、引き上げる途中で縄を放して海中に沈んでいった者が続出したそうな
それを見ていた伯父は「助かりたい!腕なんか折れても構わん!」と縄が絶対に解けないように腕にぐるぐる巻きにして引き上げてもらって九死に一生を得たということです
320.名無しさん:2020年05月13日 22:43 ID:J89e0Hmv0▼このコメントに返信
日本の停滞の原因ここに見たりだな
虚栄心を持つことでしか保たれない自我
祖先の歴史すら映ないといけなくて
価値がないと思い込んでる
何の特別感のないごくごく一般的で
面白味にかけることこそ戦前の人たちが
大切にしてきたことなのに
321.名無しさん:2020年05月13日 23:11 ID:gcoakGtm0▼このコメントに返信
>>320
ちょっと何言いたいか分かんないです
322.名無しさん:2020年05月13日 23:25 ID:JI.QU5Fl0▼このコメントに返信
普通に畑やってたって聞いたわ
近くに飛行場だか飛行機控除だったかがあったらしいが今は公園になっとる
323.名無しさん:2020年05月14日 00:42 ID:8dCpTHtI0▼このコメントに返信
俺のじっちゃんはずっと飯つくってた 捕虜時代も飯作ってた
324.名無しさん:2020年05月14日 00:48 ID:rv1tY4oS0▼このコメントに返信
自分は父方の祖父は自分が幼稚園児ん時鬼籍に入ったので聞けなんだ
母方の祖父は南方で輸送船?に乗っててそこをぐるぐる回っとったとだけ言っていた
帰国した時はマラリアにやられてたとは母から聞いた話

当時はまだほんの子供だったが成人して年月が経った今ならもっと色々話してくれただろうか
聞こうにも自分にはもう親だの父母だのと名の付く縁者はひとりもおらんが
325.名無しさん:2020年05月14日 01:31 ID:nlISEitT0▼このコメントに返信
うちの爺様は小学校の宿題で戦争体験聞きに行った時に「横須賀で銃がついた漁船みたいな舟乗ってた」って言ってたけど葬式の時に特攻隊に志願して訓練が終わった所で終戦迎えたって親父から聞いてびっくらこいた。
326.じょん・すみす:2020年05月14日 04:28 ID:Yo9CD3Zz0▼このコメントに返信
俺の爺さん、シベリアに抑留されてたらしい。
その話は詳しく聞かなかったし、幼心に
「あ、これは聞いちゃいけない話だな」
と思ったんだ。
手の甲にその時の凍傷の後があるんだぞ、とか
言ってたな。
327.名無しさん:2020年05月14日 06:22 ID:Ou3pMQqG0▼このコメントに返信
※320
日本 まともな歴史がある
中国 まともな歴史を忘れる
韓国 まともな歴史がない
328.名無しさん:2020年05月14日 07:52 ID:MiVEUR.p0▼このコメントに返信
※327
これ9割以上ウソだぞ
全部本当になる確率は宝くじで当てるより低い
統計データから軍役についた親戚コメントの予測値は0.2パーセント
つまり500に一つだけ

2割程度のほら吹きは許容できるが
さすがにこれでは中国人と韓国人の精神が一緒と見られてもしょうがないね
まともな歴史を忘れてたのは日本人も変わらない
現に故小野田少尉も愛想つかして国を出ていったしなあ

大体、身内のことをこんな所に書き込むこと自体が異常なんだけど
恥ずかしくなのかね?
329.名無しさん:2020年05月14日 07:58 ID:MiVEUR.p0▼このコメントに返信
自分のじいさんが軍人だったことにすることで
最も傷つくのは本当に軍人だった英霊らでしょうに
330.名無しさん:2020年05月14日 08:02 ID:j.ti6QR.0▼このコメントに返信
じいさんがのったなんて、いったいあなたは何歳?それともどこぞの捏造国民? 普通にいうならひいじいさんじゃね
331.名無しさん:2020年05月14日 08:13 ID:Aw1g78fL0▼このコメントに返信
※316
事実だぞ。自分でちゃんと極東軍事裁判を調べてこい。
332.名無しさん:2020年05月14日 08:20 ID:Aw1g78fL0▼このコメントに返信
※316
より正確に書くと。
第一類アメリカに対する戦争謀議
第二類アメリカ兵に対する殺人
第三類その他の一般犯罪
になる。

ついでに書いておくと。
A級平和に対する罪
B級人道に対する罪
C級その他の一般犯罪
っていうのはドイツで行われたニュルンベルク裁判の事。これはハーグ条約に基づいて行われた裁判。

極東軍事裁判はアメリカが作った占領下条例である「極東軍事裁判条例」に基づいて行われた裁判で国際条約は関係ない。
333.名無しさん:2020年05月14日 09:32 ID:Q.QIwNBv0▼このコメントに返信
※310
違うよ、A級は簡単に言うと戦争責任
    B級は将兵に対する戦争犯罪だよ、当たり前だけど米軍以外の被害者にも適用される。
    C級はユダヤ人関連(なので日本人のC級戦犯はいない)
334.名無しさん:2020年05月14日 14:26 ID:av8PgaMK0▼このコメントに返信
※330
疑うなよ
俺65だけど戦争は親の世代だよ爺さん達は徴兵されてるけど
戦地には行って無い、おじさん達は全員徴兵されて戦地に行ってる
ここに居るのは多分俺の子供世代だろう
335.名無しさん:2020年05月16日 06:17 ID:MKj5Hir00▼このコメントに返信
>>37
憲兵は文武両道でないとなれなかったけど、戦争末期は、臨時傭いの憲兵採用とか、かなり質が落ちたらしい。
バブル時代採用の自衛隊のように…
336.名無しさん:2020年05月16日 06:23 ID:MKj5Hir00▼このコメントに返信
>>228
その祖父、息子が遅くに子供つくったとは考えられんか?
337.名無しさん:2020年05月16日 06:25 ID:MKj5Hir00▼このコメントに返信
>>50
戦タヒの保障は厚いけど、片わは一時金だけだから、そりゃ恨むわ。日露戦後から問題になってた。
338.名無しさん:2020年05月16日 06:32 ID:MKj5Hir00▼このコメントに返信
>>53
戦争に否定的な人を捕まえたり村八分にしてた

こういうやつらが「戦争には反対だった!w」と抜かすのが日本人だよ。
339.名無しさん:2020年05月16日 06:40 ID:MKj5Hir00▼このコメントに返信
>>55
あと戦場に行ってないか、兵役逃れで軍隊にすら行ってない奴な!
こういうのが戦記モノ書くと間違いだらけで、例えば編成1つでも一個班は十人、班が十個で小隊、小隊が十個で中隊とか…
これ中学時代に講演に来た語り部が言ってたww経験してたらあり得んわな?
しかし、これが真実になる。真実を知る人は黙してるか戦タヒしてるから。
340.名無しさん:2020年05月16日 06:43 ID:MKj5Hir00▼このコメントに返信
>>99
だよね…満州からの逃避行とかググった方がいいかもね。
341.名無しさん:2020年05月16日 06:45 ID:MKj5Hir00▼このコメントに返信
>>72
少なくとも40代後半以上だろうな…おれもそうだし。
342.名無しさん:2020年05月16日 06:57 ID:MKj5Hir00▼このコメントに返信
>>131
上層部は、どっちも真っ赤っかだったそうだ。226は皇道派と統制派の抗争の果ての皇道派が自爆事件。ソ連は仮想敵たったけど本気で戦うなんて考えちゃいなかった。瀬島某はソ連のスパイ。ドイツ敗戦の報で「端から期待してなかったw」と言ってたそうだ。
あと山下大将は皇道派あがりだから、いくら戦功たてても冷飯食いで天皇からも疎まれてた。

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