2020年02月17日 09:05

豊臣政権が長続きしなかった最大の理由

豊臣政権が長続きしなかった最大の理由

hideyoshi

引用元:豊臣政権が長続きしなかった最大の理由
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1581776499/

1: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:21:39 ID:41O
なに?

2: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:22:07 ID:dFy
後継者

3: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:22:24 ID:HTa
秀次を殺した

5: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:22:42 ID:wIk
朝鮮出兵の失敗

6: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:23:54 ID:kC1
力が秀吉の一強すぎた

7: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:24:11 ID:ltt
やっぱノブが良かった

8: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:25:21 ID:8es
羽柴時代の秀吉なら秀次も殺さんかったんやろなぁ

9: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:26:29 ID:fdE
クソもらしを生かしたこと

10: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:26:39 ID:x99
秀頼が産まれてしまった事やろ
こいつが豊臣を狂わせた

12: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:27:49 ID:vXU
子なしやったからやろ

14: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:28:37 ID:cEo
>>12
当時は家単位での考えだったから養子取れば問題無し

13: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:28:09 ID:YZA
最初の嫁はんがガキ生んかったから

16: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:29:21 ID:cEo
>>13
秀吉が種無しだから寧々以外の多くの愛人も子供を産んでない
だから淀は不倫の子を産んだとよく言われてる

17: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:29:53 ID:vWj
秀長が死んだ

22: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:34:24 ID:LUy
晩年の秀吉って元々あぁいう性格だったのが出ちゃったんかな
若い頃は人たらしでいい人を演じてた的な

24: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:35:26 ID:daY
>>22
自分から信長ほど甘くはないと言ってるしそういうことかもしれない

27: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:36:57 ID:kC1
>>22
歳とったら性格悪くなる人もおるしなんとも言えん事やな

23: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:35:08 ID:qcS
関白宣言とかする人はダメよ

25: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:35:42 ID:Yy4
家康を殺しておかなかったから

26: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:36:13 ID:cEo
家康は当時は田舎の関東に左遷されたけどそこを大都市にしたから凄い

28: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:37:39 ID:F5h
>>26
有能

29: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:37:47 ID:ARh
>>26
あれは江戸時代に家康を持ち上げるために当時の関東をクソ田舎にしただけで、実際は言うほど田舎ではなかったらしいで

31: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:38:10 ID:LX4
譜代がおらんかったから

32: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:38:21 ID:cEo
というかやっぱ淀が悪いと思うな
とっくに徳川の世だったのにいつまでもそれを認めずにゴネるから滅ぼされた
家康もわざわざ血のつながった孫娘を秀頼に嫁がせたから最初からは豊臣を滅ぼす気は無かっただろうし

38: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:41:47 ID:41O
>>32
遅かれ早かれ徳川は豊臣を潰してたと思うで
家康なんかは信長と秀吉の失敗を見てきてる訳やし

45: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:44:50 ID:cEo
>>38
逆らわなければ規模を削られはするけど存続した可能性もあると思う
少し前までトップだった織田家も秀吉や家康に従ってたから断絶せずに済んだ

33: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:39:23 ID:qcS
信長の野望ってよりは秀吉の野望なんだよなあ
有能すぎて怖いぐらいやろ
成り上がってトップに立ったやつは大抵やばい奴やで

34: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:39:42 ID:gQx
京都に近かったから
これがワイの結論

37: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:41:16 ID:6vU
一族少ない上に裏切られるのがザコ

39: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:42:37 ID:NlH
なんで数少ない身内を殺してるんですかね…?

41: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:43:22 ID:DoT
>>39
そりゃもう秀頼ちゃんが一番可愛いからよ

40: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:42:52 ID:xk3
信忠以外は存在しないレベルで何も教えなかった結果信忠が消えたとたんあっさり壊滅した織田

43: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:44:23 ID:PCm
信長があのまま天下取ってたらどうなってたんやろなぁ

44: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:44:30 ID:Yy4
秀頼って秀吉の実子じゃないやろ
やっぱり淀に騙されたんやろなぁ・・・

48: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:45:37 ID:cEo
>>44
なおそれを指摘した奴は処刑

47: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:45:35 ID:daY
秀次処刑はしゃーないけど
秀次関係者へのヘイト稼ぎは必要でしたかね・・・・?

49: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:46:29 ID:xk3
>>47
最上とか反豊臣急先鋒になったしな
アホやで

53: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:46:59 ID:cEo
>>49
駒姫の親だっけ

51: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:46:45 ID:7IQ
秀長が長生きしてたらどうなってたやろか
結局粛清されてた可能性もわりとありそうやけど

54: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:47:19 ID:Dhv
秀吉って自分で全部築き上げて8割くらいぶっ壊して死んでいったよな

55: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:48:18 ID:mVb
信長も秀吉も悪い意味でトップやったんやろな
誰もついてけん

57: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:50:32 ID:A4z
知らんけど朝鮮出兵は有力大名の力を削ぐ為の高度な政略やと
とある関係者筋で言われてるとか言われてないとか

58: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:51:12 ID:PCm
>>57
参勤交代の過激バージョンか

61: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:52:30 ID:A4z
>>58
すまん正直適当に言ったわ

62: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:52:40 ID:7IQ
>>57
徳川は朝鮮出兵せずに力を温存してたんよな
秀吉はなんで徳川を浪費させんかったんやろ

64: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:53:05 ID:NlH
>>57
後付けやろなぁ

70: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:55:23 ID:qcS
>>57
とある関係筋で言われてるのは当時、世界を席巻していたスペインに舐められないように明をとっちめようとしたらしいで

60: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:51:32 ID:Yy4
家康を消耗させなダメやん

69: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:54:30 ID:kC1
家康は土地開発に力を注がんといけない時だったから出兵なんてしてる暇なんて無かったんや
こういう運がいい所が家康が最後に勝った理由なんやろな

72: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:55:43 ID:8X4
>>69
江戸とか昔は湿地帯のど真ん中やったんやろ?

74: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:56:36 ID:7IQ
>>69
それで秀吉を納得させるだけの政治力があったってことやな

75: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:56:41 ID:NlH
参勤交代も始めた時は別に大名の疲弊を意図したものではなかったと言われてとるしなぁ
目論み通り大名の力削げたから成功って論法は秀吉擁護したいだけちゃうかなって

78: 名無しさん@おーぷん 20/02/15(土)23:58:43 ID:cEo
>>75
普通に工事させてただけで財政削れたのは結果論とかなんとか・・・
後に豪奢な大名行列で疲弊してる奴には注意したりしてたらしい

79: 名無しさん@おーぷん 20/02/16(日)00:04:26 ID:4HZ
家康って参加しなかっただけで一応軍勢を引き連れて九州の佐賀の拠点まで行ってはいるんだよな

80: 名無しさん@おーぷん 20/02/16(日)00:05:06 ID:nVi
後方待機で参加した振りか・・

83: 名無しさん@おーぷん 20/02/16(日)00:18:51 ID:kVc
豊臣が完全終了したのは利家が死んだからやろなぁ
利家が死んで家康を押さえ付けられる人がおらんくなった

84: 名無しさん@おーぷん 20/02/16(日)00:58:01 ID:STO
>>83
つまり、秀吉存命中に家康の力を削いでおかなかったのが全ての原因だよな

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2020年02月17日 09:10 ID:2RBrjjLl0▼このコメントに返信
重税、コレに尽きる、、、
しかも減税政策は(秀吉しんで)家康主導で行ったしな、、、
2.名無しさん:2020年02月17日 09:10 ID:MI96bSTH0▼このコメントに返信
戦乱期統一した政権は10数年で乗っ取られるのは古来からのパターン
3.名無しさん:2020年02月17日 09:11 ID:epPxuuHD0▼このコメントに返信
秀次殺したのと外国出兵失敗
4.名無しさん:2020年02月17日 09:13 ID:WVPkV.4o0▼このコメントに返信
1位 秀長が早よ死んだ
2位 秀次を殺した
3位 家康を抑えきれなかった

こんなところやろ。
5.名無しさん:2020年02月17日 09:13 ID:K.WhnE240▼このコメントに返信
寧々は子供産んだけど早死にしたんだろ
6.名無しさん:2020年02月17日 09:16 ID:sDWkUOnL0▼このコメントに返信
家康関東に飛ばして東国諸将敵に回したこと
7.名無しさん:2020年02月17日 09:17 ID:H.sGtp1c0▼このコメントに返信
日本は中国のような統一王朝でも斉の桓公のような盟主よりまとまりが悪いからな。なぜ徳川幕府は幸運にも長続き出来たか、こう考えるほうがましだ。
8.名無しさん:2020年02月17日 09:18 ID:j5w.i5v10▼このコメントに返信
所詮は成り上がり秀吉1代限りのお家
9.名無しさん:2020年02月17日 09:20 ID:FpGOvkph0▼このコメントに返信
徳川家潰さんかったことやろ。秀吉は賤ヶ谷の戦いまでは好きやが、以降は田舎出の成金政治に没落してしまったのが悔やまれる。
10.名無しさん:2020年02月17日 09:24 ID:dUsdPw7.0▼このコメントに返信
単純に清正や正則などの武闘派を遠ざけた事だろ。関ヶ原も結局は豊臣恩顧の大名が活躍した訳だしそいつらが敵に居ないだけでも形勢は変わる。秀長が居なくても秀次を切腹させてても寧ろ家康の反旗は堂々と潰せる大義名分にしかならん。単純に家中が分裂したら勝てる戦も勝てん。側室はあくまでも側室で正室をちゃんと立ててたら家中の分裂は無かった。家康や三成の争いと言うより正室と側室の争い。
11.名無しさん:2020年02月17日 09:25 ID:TiShpEQz0▼このコメントに返信
やっぱり朝鮮出兵と重税かな?
12.名無しさん:2020年02月17日 09:26 ID:g0W..P5Q0▼このコメントに返信
秀次殺したのが最大要因だろうな
あれで諸大名は秀吉を見限った
13.名無しさん:2020年02月17日 09:27 ID:vhTDy0.80▼このコメントに返信
※4
家康を潰そうとしたら大地震が起きてそれどころじゃなくなったのが
惜しまれるところ
戦争より政治的に屈服させるしか出来なかった
家康は秀吉存命中はNo.2として動いていた。死後にうごめき出す辺り
曹操・曹丕( 曹叡)に重んじられたけど死後の老齢になって動き出すあたり
司馬懿そっくりだけど誰もそういうの言わないよね
14.名無しさん:2020年02月17日 09:28 ID:L.SMYDbZ0▼このコメントに返信
小牧長久手の戦いで家康をボコボコにできなかったこともあるんじゃないの?
あの戦いでは対家康では殴られて終わりだったと思う。
あの戦いで逆に家康をボコボコにしていたら、領土を削るとかもできたと思うけど。
15.名無しさん:2020年02月17日 09:29 ID:H.sGtp1c0▼このコメントに返信
※10
正室言うて寧々は嫡男なし、淀君の捨松ポアにしろ、敵対行為はほとんどクーデターなんだよな。
16.名無しさん:2020年02月17日 09:29 ID:vbCRQH8u0▼このコメントに返信
足元の確保に失敗したのが原因だろ。
全国平定した直後に国外派兵とかやったら平時体制になれないよ
17.名無しさん:2020年02月17日 09:31 ID:H.sGtp1c0▼このコメントに返信
※16
世界史的に大正解だから仕方ない、大航海時代にぼさっとしてたら領海全部他国のもんや
18.名無しさん:2020年02月17日 09:32 ID:vhTDy0.80▼このコメントに返信
※5
秀吉は種なしとか言われるけど畑が悪かったとは何故か言われない不思議
杉原家などの母方の血縁の多くが取り立てられ大名になったりしてるのに
秀吉の父や父方の血縁がいっさい取り立てられてないのは大政所が
とっかえひっかえ多くの男と寝て生活費を得ていたため
父が誰なんだか分からない状態なら取り立てようがない
秀長ですら異父弟とかいう有様
19.名無しさん:2020年02月17日 09:32 ID:iDhLj.Pl0▼このコメントに返信
No2跡継ぎを作り存続体制を構築・整備できたかできなかったかその差
豊臣 跡継ぎ幼少・母親過保護のエリート意識(織田の血筋)・三成キャリア組で現場知らず・現場組離れる
徳川 跡継ぎ豊富・たたき上げ家臣豊富・家康 長生きで体制構築
20.名無しさん:2020年02月17日 09:32 ID:jPoLsbeM0▼このコメントに返信
寧々さん派の子飼いvs三成他文官組+淀派やからなあ
ベンチャーが大企業になる中で叩き上げ組を後から来たサラリーマン組が排斥して会社爆散は今でもよくあるパターンや。
21.名無しさん:2020年02月17日 09:37 ID:g0W..P5Q0▼このコメントに返信
※20
現場組と事務方の争いというのは
土建屋では割と日常茶飯事
22.名無しさん:2020年02月17日 09:37 ID:vhTDy0.80▼このコメントに返信
※12
火のないところに煙は立たないというか
ウワサ立てられるくらいヤケになってたか潔白だったのか
実際のところは今も分からない
言い訳することもなく勝手に切腹しちゃったし
なぜ謹慎しているはずの寺に刃物があったのかが分からない
三成など奉行の意向を受けた使者は弁明の機会もあるから軽挙な振る舞いはするなと告げに言ったが
同行した福島が「太閤殿下はお怒りである!潔く腹を切られい!」と恫喝したため腹を切ったとも
23.名無しさん:2020年02月17日 09:37 ID:vB75xMLK0▼このコメントに返信
家康を暗殺しなかった。
秀吉が長生きしなかった。
秀頼が幼すぎた。
石田三成と家康が政権を壟断した。
だれもこのトラブルを収められなかった。
24.名無しさん:2020年02月17日 09:38 ID:e2LoDyqx0▼このコメントに返信
最後の方で血筋を残すのに固執して、家を残す手立てを疎かにしたせい。
途中までは名家の養子もらっていい感じだったのに。
25.名無しさん:2020年02月17日 09:39 ID:vhTDy0.80▼このコメントに返信
※10
北の政所と淀に対立はなかったのにまだそんなこと言ってるの
26.名無しさん:2020年02月17日 09:40 ID:H.sGtp1c0▼このコメントに返信
秀次始末したのは正男始末したのと同じで当然の処置
27.名無しさん:2020年02月17日 09:42 ID:vhTDy0.80▼このコメントに返信
※23
三成の地位は奉行の中では中間くらい
トップはずっと(石高的にも)浅野
何故か五奉行筆頭とか言われる三成
28.名無しさん:2020年02月17日 09:42 ID:g0PDDtHX0▼このコメントに返信
秀吉軍団は信長の流れで領地が拡大していくことを前提としていたけど、天下を統一してしまったから。
そして、新しい体制を見つけられず海外領土に踏み込んで失敗した。
徳川家は事態を収拾し、領土が増えない時代の社会秩序の構築に成功して長続きした。
現代に例えるなら、
織田家:高度成長期の自民党、豊臣家:バブル期とその崩壊期の自民党、:徳川家:小泉・安倍時代の自民党
29.名無しさん:2020年02月17日 09:43 ID:u.wrlg.Z0▼このコメントに返信
秀次消しだろうな
政権の初期なんてのは息子や弟など親藩を要地にことごとく封建して反乱を抑えるのが鉄則
それがほぼゼロで不安定もいいところなのにトップの秀次すら消すなんてバカのやること
30.名無しさん:2020年02月17日 09:43 ID:FAAOnvK50▼このコメントに返信
祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。
31.名無しさん:2020年02月17日 09:44 ID:xy4Lt2a60▼このコメントに返信
天罰だ

兄の国である韓国に攻め行った上に、全てを抹殺した上に強制連行するという悪逆無道の限りを尽くしたんだから

逆に徳川家康は韓国に謝罪し、強制連行した人たちを全員帰国されたから、江戸幕府は長期間続ける事が出来た

天はちゃんと見てるんだよ
32.名無しさん:2020年02月17日 09:44 ID:Ekx4Edz50▼このコメントに返信
信長のときもそうだったけど跡継ぎが幼少で身内から臨時の摂政も立てられなきゃ簒奪されるのも仕方ないだろ
33.名無しさん:2020年02月17日 09:45 ID:6bmyaufk0▼このコメントに返信
秀次というか、現職関白を切腹させたのは結構衝撃大きかったんじゃないか
34.名無しさん:2020年02月17日 09:46 ID:u.wrlg.Z0▼このコメントに返信
※26
自分の子供でもない秀頼を残してすることか?
大名たちもみな太閤の子でないことは知っていただろうし豊臣恩顧ですらつなぎ止めにはならない
親族を消して坊主数人集めた「祈祷」で生まれた他人のガキを残すとかw
35.名無しさん:2020年02月17日 09:48 ID:WVPkV.4o0▼このコメントに返信
>>26
中継ぎにすればよかったんやで。
皇室とかはそんなことしょっちゅうやってたしな。
36.名無しさん:2020年02月17日 09:48 ID:H.sGtp1c0▼このコメントに返信
秀次をやらなきゃ必ず秀頼を始末してた。甘く見るな
37.名無しさん:2020年02月17日 09:49 ID:MhDJIoyA0▼このコメントに返信
家康の力削いだら削いだで
また戦国時代になっちまうしな

自分の目の届かない所に対する睨みはあったにせよ
天下統一したとは言え
己に比肩する巨大なナンバー2を残しておいてしまったのがね
38.名無しさん:2020年02月17日 09:49 ID:epPxuuHD0▼このコメントに返信
秀次殺しは三成ら奉行衆の犯行
秀次が後を継ぐと三成などは秀次の部下の下につくことになるからな
出世欲の強い三成には我慢できない事だったろう
39.名無しさん:2020年02月17日 09:50 ID:Sr4j4lSe0▼このコメントに返信
家康を殺さなかった事。
40.名無しさん:2020年02月17日 09:51 ID:.EYoNr2k0▼このコメントに返信
昔も、宣教師など外国人を通じて、日本にも伝染病が入って来ていたと思う。ヨーロッパも奴隷を通じて伝染病が入って来ている。また、大航海時代になって、中南米などにも白人が病気を蔓延させ文明がそれで滅んでいる。イースター島のモアイ像も伝染病で多くの島民が死亡したと言われている。昔から戦争で伝染病で死亡した遺体を投射機で敵の城の中に投げ入れたり。ノミやシラミが着いた毛布や衣類を敵陣営に置いて来たりしている。
41.名無しさん:2020年02月17日 09:51 ID:H.sGtp1c0▼このコメントに返信
※34
寧々は清正や正則にそう吹聴してただろうな
始末するべきは家康じゃなく寧々、秀吉は甘すぎた。この鬼女は生かすべきじゃなかった
42.名無しさん:2020年02月17日 09:52 ID:lRYic5tm0▼このコメントに返信
>>31
だな。明治王も大陸に野心を抱いて日帝は同じ道を辿る…
43.名無しさん:2020年02月17日 09:53 ID:bmw9oPon0▼このコメントに返信
>>実際は言うほど田舎ではなかったらしいで
当時は江戸氏がいたし茨城あたりは将門の本拠地だったし誰もいない未開の地ではなかった
もっとも家康が開発した場所は海岸線はずーっと遠浅の干潟で北部は馬の産地=大草原で人は少ない
今閑散としている奥多摩のほうが和紙の産地+小規模鉱山で賑わってたぐらいだったのは間違いないんだよな
44.名無しさん:2020年02月17日 09:55 ID:Sr4j4lSe0▼このコメントに返信
※20
淀の方を悪役に仕立てたのは家康の謀略やで。
実際は優しい人で、生前取り巻きだった連中で仕置きの恐れがある状態で墓参りやってたらしい。

少なくともマリーアントワネットよりは人望有ったと思うで?
マリーも、「パンが無ければお菓子云々」はデマらしいけど。
45.名無しさん:2020年02月17日 09:56 ID:YgorE.J20▼このコメントに返信
大大名の力が強すぎた、後継者が幼すぎた

この二つがデカいだろうな
46.名無しさん:2020年02月17日 09:58 ID:J0R2fd1V0▼このコメントに返信
淀の性格だろうな。彼女の性格を考えると秀頼は天下人の秀頼じゃなきゃ納得できなかったんだろ。
おそらく周囲はそれはカタツムリだからメロンと促したはずだが、聞くような人ではなかったようだ。
淀殿しだいでは、武力を放棄して関白家の権威のみの公家の体表の公家っぽい武家みたいな存在で生き残ることはできたんじゃないか。
47.名無しさん:2020年02月17日 09:58 ID:HXT191iN0▼このコメントに返信
成り上がりなので譜代がいない
家督継承をまとめ上げて準備万端にしてたのに実子生まれたらそっち守るために破壊
とかヤバいことやりまくってるから残当
48.名無しさん:2020年02月17日 10:02 ID:miB8pjdR0▼このコメントに返信
>>5
確か娘を産んでた様な記憶
49.名無しさん:2020年02月17日 10:02 ID:tsNE5liS0▼このコメントに返信
社長が認知症になった会社みたいなもん
50.名無しさん:2020年02月17日 10:04 ID:H.sGtp1c0▼このコメントに返信
秀吉の知は日本史最上、清正や正則等の子飼いが何もしなければ関ヶ原自体起こってない。低能をコネで厚遇するのはリスクがある
51.名無しさん:2020年02月17日 10:05 ID:JX.mTbn80▼このコメントに返信
>>28少し違うと思う。信長は敵対勢力には容赦無いし大盤振る舞いしてる様で以外と領地を与えるのは抑えてる。勝家と秀吉の争いも味方を増やすのに力を入れてるし単独じゃないからね。

秀吉は敵対勢力の力を屈服させる戦略だし力を削いでるのも同じ。大老や奉行が政策の発案や実行も江戸と同じだし秀吉は寧ろ家康のやり方に近いと思う。配置変えたりして要所に重臣や身内を配置してるのも同じ。
世継ぎや大奥の制度だけが違うし家中が分裂しない様に徹底した仕組みだけが違うのだと思う。
秀頼か秀次かにしても家康も秀康や忠輝の問題があったしね。
正室と側室の争いで家中が別れたのが失敗なだけで家康なんかもそう言うの参考にしたから大奥だの御三家だの作ったんじゃないかな?
52.名無しさん:2020年02月17日 10:06 ID:OjoP50Gg0▼このコメントに返信
家康は長篠の戦の後、大阪に行って臣下になることを決めた。この時点で自分が天下を取ることはあきらめたのではないか。加藤、福島、細川、黒田などの秀吉を狂信的に崇拝する譜代の部下、またすでに従っている毛利、長曾我部などの存在は容易には崩せそうではない。後には伊達、島津も加わってくる。ここで戸惑っていると自分が崩されてしまう。現実主義者の家康はそう判断するしかない。朝鮮出兵の折も秀吉が朝鮮にわたるということを利家とともに必死に止めた。逆に行かせたほうが良いのにと思うのだが、そうはしなかった。これはあえてナンバー2でもよいとこの時点でも考えていたのではないか。しかしその後部下たちのごたごたがあり、ここで自分にもチャンスがあると考えたと思う。結局は世継ぎが確定していなかったことだと思う。
53.名無しさん:2020年02月17日 10:09 ID:u.wrlg.Z0▼このコメントに返信
※41
どう考えても秀頼は秀吉の子ではない
秀吉には側室何十人居たのに誰も産めなかった
逆に臣下に妾を下げ渡したら妊娠したという例はいくつかあって秀吉にタネが無いのは確実
秀頼は「祈祷」の子、そんなのを跡継ぎにしてどうすんだ
54.名無しさん:2020年02月17日 10:09 ID:6hvB.Xih0▼このコメントに返信
※5
種なしってのは完全にノーチャンスってことではなく超低確率ってのが実態
ちなみに淀だけ短期に連続で子を授かってる
こちらも第一子は早世したが
55.名無しさん:2020年02月17日 10:10 ID:g0PDDtHX0▼このコメントに返信
※46
反家康路線は淀殿が主導して秀頼の意思が見えなくなってるのが通説だけど、どうなんだろうね。
秀頼が18歳になったあたりから、本人も母親に影響されて色気出しちゃったんじゃないだろうか。
でも旧豊臣家臣の大名たちが、せめてもの旧主家への同情から、淀殿を悪者にして秀頼の不名誉を守ったのかもしれん。
56.名無しさん:2020年02月17日 10:10 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
※52
>>52
長篠の戦い?
57.名無しさん:2020年02月17日 10:10 ID:bAQ35zWS0▼このコメントに返信
10年内に秀長秀吉利家と上から3人丸ごと消えればそりゃ政権持たないわ
仮に家康死んで徳川削っておいても別の誰かが政権乗っ取るだけ
58.名無しさん:2020年02月17日 10:11 ID:H.sGtp1c0▼このコメントに返信
※53
秀吉の決めたことに黙って従ってれば良いんだ。武家なら残すべきは家、血じゃない
59.名無しさん:2020年02月17日 10:11 ID:ddmkebO40▼このコメントに返信
藤原摂関家が、幅きかせてた時も藤原政権とは言わないし
平家が公卿独占してた時も、平政権とは言わない

なんで、織豊あたりから政権って言われるんだ?
鎌倉開いた、源氏も源政権とは言わないし、北条が得宗になってからも北条政権とは言わないけど
60.名無しさん:2020年02月17日 10:12 ID:P..Ra0x90▼このコメントに返信
家康の力を削っていたらまた戦国逆戻りになったんじゃないか?
やっぱり徳川の世を受け入れて江戸幕府の1大名として名誉と家名を存続させるのがベストだったと思う。
61.名無しさん:2020年02月17日 10:12 ID:FSNX892E0▼このコメントに返信
>>43
江戸氏は南北朝室町期には衰退して勢力を失っており、戦国期の江戸は武蔵守護扇谷氏⇒扇谷執政太田氏⇒後北条氏の順で支配者が移り変わっている。そしてどの段階でも東京湾海上交通と古利根川水上交通の結節点として、古利根川渡河点を抑える要衝として、有力家臣団の常駐する武蔵南部最重要拠点として開発が進められている。東京都下という視点でみれば、古代国府がおかれ、鎌倉街道が通って農業生産性の高い府中市以西や、多摩川河岸段丘上に位置して多摩川支流の水を豊富に使えた狛江市~世田谷区周辺が発展していたのは確かだが、千代田城周辺は物流・商業の拠点であり、かなり開けた地方都市であったというのが現在の主流的な見方。
62.名無しさん:2020年02月17日 10:12 ID:yPjweuX.0▼このコメントに返信
※29
秀次失脚あたりで豊臣家の一門衆がバタバタ亡くなってるのも痛いよな
63.名無しさん:2020年02月17日 10:13 ID:DhPLaZJU0▼このコメントに返信
日本史におけるナポレオンみたいな扱い
武家でもない奴が政権とるとかwwwww的感じがあったかも
64.名無しさん:2020年02月17日 10:14 ID:Av6x6bzR0▼このコメントに返信
成り上がり者だったから
65.名無しさん:2020年02月17日 10:14 ID:pN3VVN.W0▼このコメントに返信
統一が、目前で部下の裏切りに沈んだ信長。
統一を果たしたが、統治の難しさを解決出来ず沈んだ秀吉。
取敢えず前任者の失敗を繰り返さない様に、しただけじゃねーの
66.名無しさん:2020年02月17日 10:14 ID:XFUTZk.t0▼このコメントに返信
>>59
調べれば何か理由ありそうだなあ
67.名無しさん:2020年02月17日 10:14 ID:Wo9Dul7N0▼このコメントに返信
地縁(譜代の家臣)とか血縁(一門衆)なさすぎ…というかそのハンディを克服して天下取れた時点で十二分にすごいけど。
68.名無しさん:2020年02月17日 10:14 ID:g0PDDtHX0▼このコメントに返信
※53
血筋だよ。淀殿は信長の姪。
秀吉の子と言い張れば、次期当主は織田家の血筋と合流できる。
譜代家臣がほぼゼロの豊臣家にとって、これ以上の体制安全保障策はない、と秀吉は計算したんだろう。
結果として、朝鮮の役のゴタゴタはそんな筋目論で抑えが効く状態ではなくなってしまったが。
69.名無しさん:2020年02月17日 10:14 ID:j0HLV5ec0▼このコメントに返信
諸侯に戦国の世が終わったということを知らしめるには時間の経過しかないんだよ
秀吉の天下なんてせいぜい15年程度で跡継ぎも幼く予断を許さない
そんな状況では豊臣家を支えてればそれで安心という考えにはなりづらい
70.名無しさん:2020年02月17日 10:16 ID:P..Ra0x90▼このコメントに返信
>>23
家康を暗殺したり徳川家を取り潰したりすれば、秀吉のカリスマで保ってた豊臣政権は秀吉の死で崩壊して戦国逆戻りだよ。
秀吉としては徳川の義理硬さに賭けて秀頼の後見人になってもらうしか選択肢がない。
71.名無しさん:2020年02月17日 10:17 ID:u.wrlg.Z0▼このコメントに返信
※58
あの当時にあって家とは血そのものじゃねえか
実際に黙って従わなかったという失敗に終わってるんじゃんけw
72.名無しさん:2020年02月17日 10:18 ID:Q7YpnM3c0▼このコメントに返信
秀吉どうこうじゃなく、長期政権築いた家康がおかしいだけ
三英傑って年齢近いのに、秀吉が寿命で死んでから天下取って、さらにそこから15年くらい生き続けた家康が異常
73.名無しさん:2020年02月17日 10:18 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
※59 >>59
平氏政権はいうだろ。
藤原政権は希にいうが、藤原じゃあ、誰が誰だか区別がつかんから摂関家による政治で摂関政治。
幕府が政権を握っていたときは、○○幕府だ。
でもって、織豊政権は室町幕府と江戸幕府のあいだの政権だからだろ?
74.名無しさん:2020年02月17日 10:18 ID:Wo9Dul7N0▼このコメントに返信
※27
関ヶ原の首謀者だから…なお、最近では大谷や宇喜多あたりに無理やり巻き込まれた挙句、その責任を押し付けられて斬首されただけ、という説もある。

家康側もその点はわかっていたようで、関ヶ原や佐和山で徹底抗戦した連中はともかく、うまく逃げられた三成の子供たちは見逃している。
75.名無しさん:2020年02月17日 10:21 ID:u.wrlg.Z0▼このコメントに返信
※68
女系は血筋としての値打ちはほとんどない
飾り程度の価値があるだけ
少なくとも家を繋ぐにあたって女系では繋いだことにならない
76.名無しさん:2020年02月17日 10:22 ID:Wo9Dul7N0▼このコメントに返信
※43
というかそもそも論として言われるようなド田舎だか地政学的に意味がない場所に名将・太田道灌は根拠地にしないし、北条家の主力を配置するわけねーだろ、という話。

まぁ、それを一国の首都にふさわしい都市づくりをしたのは家康、ひいては徳川家の功績ですけど。
77.名無しさん:2020年02月17日 10:22 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
※68
秀信「お、俺の立場は……」

まー、秀吉の晩年に織田家の影響力が強く残っていたとは思えないけどなあ。
つーか、織田家の譜代やノッブの子飼いを潰してきたのって秀吉じゃん(もちろん例外はある)。
78.名無しさん:2020年02月17日 10:23 ID:g0PDDtHX0▼このコメントに返信
※74
まあ三成本人は加藤・福島らとの対立で失脚しているから、
その後も事態に火をつけていた人が誰かいないと関ヶ原に至らなかったのは間違いない。
そして、主家の滅亡に手を貸したという意味では、三成と加藤らのアンチ三成派はほぼ同罪。
79.名無しさん:2020年02月17日 10:23 ID:qk1QfsF.0▼このコメントに返信
「秀頼を頼むで…頼むで…」
いわれて有力者は誓詞を書いたけど、書きながらどんな思いが頭をよぎったやろな
想像すると恐ろしいわ
80.名無しさん:2020年02月17日 10:23 ID:I4mbf.xX0▼このコメントに返信
まず基本的にナンバー2の家康が壊そうとすればそりゃ壊れるとしか
あえて秀吉サイドの敗因をあげるなら権力が絶大すぎたのが裏目にでた
秀吉は日本史上類を見ない独裁者として諸侯は平身低頭服従するしかなかった
専制君主がいなくなると歴史上往々にしてあることだが権力の所在が不明瞭になる
これは諸侯からすると怖い話で改易されるリスク要因が見えにくくなるので必死に情報を集めて後ろ盾を得ようとする
こんな状況は家康からすると願ったりかなったりで流言飛語が飛びやすく、自分には求心力が集まる
これの傍証として天下を取った徳川がついに豊臣ほど強く諸侯を統制下に置かなかったことがあげられる
81.名無しさん:2020年02月17日 10:24 ID:N3K.yC8.0▼このコメントに返信
>>1
猿だから
82.名無しさん:2020年02月17日 10:25 ID:rDm3tx8r0▼このコメントに返信
逆に家康が徳川200年を築けたのは、なりふり構わず豊臣を潰したから
自分が生きてるうちにやらなければ逆にやられる可能性があると思ったからこその行動だろう
実際そこまで間に合わせてから死ぬってのはほんとに出来すぎ
83.名無しさん:2020年02月17日 10:26 ID:fXj8gqXq0▼このコメントに返信
秀吉も自分に種がないってわかってるやろ。どれだけ賢いか活躍でわかるわ。
それで子供ができてーでおかしくなるのもわかる。
84.名無しさん:2020年02月17日 10:26 ID:UlBeBmIp0▼このコメントに返信
家康くんの 踏み台だったから
85.名無しさん:2020年02月17日 10:27 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
※71 >>71
秀秋「ワイの立場は……?」

他家から養子に入るのは珍しかったと思うが、戦国時代は血縁よりも地縁の方が強いので養子はしょっちゅうあっただろ。
86.名無しさん:2020年02月17日 10:27 ID:rIOvX2eL0▼このコメントに返信
北政所が幅利かせすぎた
田舎さむらいの娘で後ろ盾もなく嫡子も設けてないのに政治力を持ちすぎてる
87.名無しさん:2020年02月17日 10:29 ID:8CxRK.CN0▼このコメントに返信
自分の家がずっと統治できるようなしくみを作らなかったからでしょ。
秀吉個人はマックス上り詰めたけど、豊臣家が権勢を維持できるかというのは同じことじゃないよね。
家康はその点しっかりと固めたから死後も徳川家が頂点を維持できた
88.名無しさん:2020年02月17日 10:29 ID:qhY.nHCS0▼このコメントに返信
いさめる秀長が早くに亡くなったことと秀次事件よ。
89.名無しさん:2020年02月17日 10:30 ID:jedInj9o0▼このコメントに返信
一代て下から這い上がる激務に更に子供が生まれにくい不運付きじゃそこまで手が回らなかったんだろうなあ
家康の場合は信長と秀吉で戦国時代の主要因が片付けてからなんで、別種類の有能さで単純比較は難しい
90.名無しさん:2020年02月17日 10:32 ID:eo8mYfqZ0▼このコメントに返信
秀吉に成人した実子がいなかったのが最大の原因だろうな。又は実子でなくても信長から養子として貰ってきた秀勝が生きていたなら、血筋的にも文句無しで簡単には豊臣家は潰れなかったんじゃないかな?
91.名無しさん:2020年02月17日 10:33 ID:g0PDDtHX0▼このコメントに返信
※79
多分、本気で守る気があったのは利家だけ。そしてその利家と一心同体だった宇喜多秀家。
92.名無しさん:2020年02月17日 10:33 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
※86 >>86
自分に子どもがいなかったから、秀吉の親族と秀吉が拾ってきたやつらの面倒を見てたら、豊臣政権の肝っ玉かーちゃんになっちゃっただけだろ。
93.名無しさん:2020年02月17日 10:34 ID:nEC5zxn40▼このコメントに返信
下賤の出身だから親戚が希薄すぎる。おまけに種無しだし。若い頃から子供ができて10人も居れば全然ちがっただろうけどな。
あと、統一を急ぎすぎて、殲滅戦がすくいないので伏敵かかえすぎ。手間隙かかっても信長のような殲滅戦主体なら後顧の憂いは少ないけどな。
94.名無しさん:2020年02月17日 10:35 ID:6eVW3hFt0▼このコメントに返信
白人金髪ネーチャンとやったから!

梅毒が真の原因。
95.名無しさん:2020年02月17日 10:35 ID:f88tzZHG0▼このコメントに返信
>知らんけど朝鮮出兵は有力大名の力を削ぐ為の高度な政略やと

気前よく与えすぎて国内の封土が足りなくなっただけよ
96.名無しさん:2020年02月17日 10:35 ID:J0R2fd1V0▼このコメントに返信
※79
有為転変は世の習い
97.名無しさん:2020年02月17日 10:37 ID:k5nD0ERH0▼このコメントに返信
行動に日本人らしからぬ不可解なことが多い
「﹅」だったんじゃ ・ ・ ・ ?
98.名無しさん:2020年02月17日 10:38 ID:epPxuuHD0▼このコメントに返信
秀勝が生きていれば面白かっただろうな
もしかしたら秀次と同じ末路かもしれんが
99.名無しさん:2020年02月17日 10:39 ID:aXCx445u0▼このコメントに返信
>>2
やっぱ幕府開いてゴールインしたら余計な意地張らずにぶん投げた尊氏って神だわ
100.名無しさん:2020年02月17日 10:43 ID:6eVW3hFt0▼このコメントに返信
※90
>>90
二代目秀勝は、秀吉が謀殺だろ。
101.名無しさん:2020年02月17日 10:43 ID:wTqlAlCo0▼このコメントに返信
三成が潔癖症過ぎたのと北政所と淀の関係がもっとうまく言ってれば政権崩壊防げたやろ
関ケ原にしろ豊臣内部の問題を家康にうまく利用されただけで終わっとるやん

小牧長久手以降、豊臣政権対徳川って構図の合戦一度も起きてないだろ
102.名無しさん:2020年02月17日 10:45 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
※101 >>101
それは家康が外敵じゃなくて獅子身中の虫になったからだろ。
103.名無しさん:2020年02月17日 10:46 ID:epPxuuHD0▼このコメントに返信
関ケ原を起こした首謀者が第1級戦犯
104.名無しさん:2020年02月17日 10:47 ID:KsComgzK0▼このコメントに返信
※31

全くその通り。

秀吉の二の舞を避けるためにも、徹底的に避韓を貫かないと。
105.名無しさん:2020年02月17日 10:47 ID:u.wrlg.Z0▼このコメントに返信
※82
すっぴんからの成り上がりとして秀吉が漢の高祖・劉邦と同列の英傑であることは間違いない
しかし劉邦はやはり過去未来の長期政権の祖と同じく、息子たちを要地に封建しまくった
歴史に学ぶ人・徳川家康はその成功の定石に忠実で御三家だけでなくそれ以外にも沢山居た息子たちもすべてそのように各地に封じた
これが豊臣のごとくゼロであったなら反乱は頻発したこと間違いないだろうし「徳川の世」も一代で終わった可能性が高い
諸大名を潰した後に入れる息子たちが居たことは大きくそれを活かした家康こそは本物の英雄
106.名無しさん:2020年02月17日 10:51 ID:6eVW3hFt0▼このコメントに返信
※52
>>52
細川忠興・黒田孝高・黒田長政あたりは、狂信的秀吉信者じゃないぞ。
107.名無しさん:2020年02月17日 10:51 ID:wTqlAlCo0▼このコメントに返信
※102
獅子身中の虫?

政権維持を脅かす存在であれば身内でも排除するのが戦国の習いだろ
要は清正にしろ政所にしろ情勢判断が甘く私怨を優先しただけだろ

本当の意味で政権と豊臣の事を考えて大局見えてたのは三成だけだったと思うけどな
108.名無しさん:2020年02月17日 10:51 ID:Km.7Ubyx0▼このコメントに返信
秀次が生きていれば、秀頼との後継者争いになる可能性はあった…あったけど、秀頼が後を継いで秀次が補佐する体制を信じるしかなかったんじゃないかねえ。
周の周公・召公が幼い成王を補佐したように。

あとは淀君を死罪。
漢の武帝は幼い息子を後継者に選ぶにあたって、その母親を殺している。
そのくらい徹底すれば、少なくとも家は存続できたんじゃないかな。
109.名無しさん:2020年02月17日 10:53 ID:6eVW3hFt0▼このコメントに返信
※42
>>42
KOREAは、馬鹿だから、日帝といいながら日王と喚く。
漢字捨てた、低文化民族だからなの?
110.エンアカーシャ:2020年02月17日 10:53 ID:b3UC0LSJ0▼このコメントに返信
中国皇帝に、
朝鮮半島の代金として、10トンの金を支払ったのが、間違いだった、

朝鮮半島を、初年度に制圧、
首都を占領して、朝鮮国王を中国との国境に追い詰めて、7年間、放置したのもいけなかった、
7年間、豊臣は、朝鮮半島で、略奪せずに、統治していた、
証拠として、戦後、すぐに、徳川と年間20万両の貿易をしている、
半島が、略奪されていたなら、発生しなかった、
豊臣が略奪したとか、韓国のウソ歴史である、
7年間、略奪自由なら、半島には何も残らなかった、
矛盾が原因で、韓国の歴史は、ウソだと発覚 (笑)。
111.名無しさん:2020年02月17日 10:53 ID:G.mJpIGt0▼このコメントに返信
豊臣がダメっというより家康が凄かったって話だよな
後から考えると確かにダメな部分があるにはあるが、かといってあれだけ権勢誇った豊臣が滅びるような決定的な要素があるわけではないし

結局は「関ヶ原」「大坂の陣」に持ち込んだ家康の作戦勝ちって気がするわ
112.名無しさん:2020年02月17日 10:53 ID:vhTDy0.80▼このコメントに返信
※38
若江八人衆は三成の家臣になってる
主君を殺したヤツに士官する?
蒲生の旧臣も三成に仕えてるのに?
113.名無しさん:2020年02月17日 10:54 ID:KSXlgB090▼このコメントに返信
唐陣
ボケた暴君秀吉
秀次事件
秀頼無能
淀殿無能
 
ホボ秀吉の暴君化と後継者の無能で説明できるだろ。
114.名無しさん:2020年02月17日 10:56 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
秀吉の死後20年くらい秀長が生きててくれればなーんの問題もなく豊臣政権だったと思うなあ。
115.名無しさん:2020年02月17日 10:57 ID:6eVW3hFt0▼このコメントに返信
※108
>>108
天皇家ですら、皇統を別系統にするのに争うのだから、
豊臣家レベルでは、争いは防ぎようがない。
藤原家4兄弟も、死が解決策だったんだし。
時代下がると、同族争いしてるし。
116.名無しさん:2020年02月17日 10:58 ID:epPxuuHD0▼このコメントに返信
※112
主君を殺した奴に仕えるなんてよくある事
117.名無しさん:2020年02月17日 10:59 ID:hUyM.liR0▼このコメントに返信
豊臣の世の盤石化よりも自分の血を残すことを優先した結果じゃない?
生き物としては正しいけど為政者としては間違っていたとかそんな感じ
118.名無しさん:2020年02月17日 10:59 ID:6eVW3hFt0▼このコメントに返信
※102
>>102
獅子身中の虫に相応しいのは、福島正則だろ。
119.名無しさん:2020年02月17日 11:00 ID:vhTDy0.80▼このコメントに返信
※79
誓紙が紙切れに過ぎないことは
秀吉自身よく分かっていたが
もはや諸将の義理堅さに掛けるしかなかった
実際家康は律儀者として振る舞っていたので
秀頼をもり立ててくれるだろうと願うしかなった
まさか後事を託した後見人に我が子がぬっコロされることになろうとは思うまい
120.名無しさん:2020年02月17日 11:02 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
※116 >>116
んなーこといったら、池田輝政なんか、親父の仇から嫁もらって松平姓まで下賜されてるしな。
主家殺しくらいで騒ぐほどじゃない。
121.名無しさん:2020年02月17日 11:02 ID:u.wrlg.Z0▼このコメントに返信
※85
あんなものは秀吉の命令・押し付けじゃん
良く見ても太閤と隆景の「取引」、それによって外様の分家ふぜいが中納言という超高位に上るという異例の大出世
隆景にどうせ実子は無く、しかしこの取引で甥を毛利本家(こちらも当時輝元に実子無し)の跡継ぎに収めることにも成功する
もともと小早川の家自体に隆景は血族でないことからそれが絶えることはどうでも良い
122.名無しさん:2020年02月17日 11:05 ID:epPxuuHD0▼このコメントに返信
※119
秀吉も三法師をもり立てなかったしね
123.名無しさん:2020年02月17日 11:06 ID:H.sGtp1c0▼このコメントに返信
※119
そんな事を予見できない秀吉ではないし、現在でも見かける定番の嘘。
死に際に任されたとか。極真会館とかそれで現会長が乗っ取ったはず
124.名無しさん:2020年02月17日 11:07 ID:vhTDy0.80▼このコメントに返信
※93
織田家の大身の家臣は休む間もなく使い潰されていたので
子供が出来るのが異常に遅い
勝家に至っては養子だし
光秀の子息は謀叛時は10歳に満たない
秀吉はずっと出ずっぱり
これで子供が出来る方がおかしい
丹羽は畿内とかをウロウロしてるだけだったんで子供が出来た
滝川は前半生が不明だし
125.名無しさん:2020年02月17日 11:09 ID:jzniOlId0▼このコメントに返信
※79
小牧長久手の後、家康が秀吉に頭下げたみたいに秀頼が家康に頭下げてりゃ生き残れたかもね
秀吉が死んでから大坂の陣まで15年くらいは家康も様子見してくれてたんだし
126.名無しさん:2020年02月17日 11:09 ID:gOzc0kd20▼このコメントに返信
散々言われてるけど秀次派の粛清。
五大老・五奉行の制度が作れるならそれを亡くなる直前じゃなく秀次が関白の時に構築しておけば良かった。
秀頼成人のあかつきには秀次が秀頼に政権を譲ると諸大名の前で誓わせて。
あと武断派・文治派の扱い方。
政権中枢にいる文治派には余計な褒賞を与えるべきじゃない。三成に19万石は与え過ぎ。政治の中心から外された武断派が不公平だと考えるのも当然。
文治派の本多正信にわずか2万石しか与えなかった家康のような扱い方が正しい。
127.名無しさん:2020年02月17日 11:13 ID:vhTDy0.80▼このコメントに返信
※106
忠興は熱烈な信長の信奉者で
信長のことを誰も見向きもしなくなったあとに7回忌法要までやってる
それを知りながら「忠興のために信長を殺ったんだ!」と光秀が言ってもムダだった
黒田家は中央から排斥されたので家康派に鞍替え
128.名無しさん:2020年02月17日 11:13 ID:J6rzIDY10▼このコメントに返信
俺の責任だ。すまん。
129.名無しさん:2020年02月17日 11:14 ID:1zZMkouz0▼このコメントに返信
身内を家臣にしてたことが裏目に出たんやろな
130.名無しさん:2020年02月17日 11:16 ID:TiShpEQz0▼このコメントに返信
>>17
だけど大陸に手を出すとろくなことにならないっていう、悪しき先例になったな。
それを後の日本は学んでなかったみたいだが。
131.名無しさん:2020年02月17日 11:16 ID:HR5J2Kim0▼このコメントに返信
※126
こなしている激務からすると奉行職のほうが大変だけどな
三成なんか薩摩から奥州まで検地で駆けずり回った挙句に
堺奉行や各種取り次役、戦があれば目付に兵站管理やぞ
自分の面倒だけ見ればいい自称武断派の方がよっぽど楽だと思うが
132.名無しさん:2020年02月17日 11:18 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
※131
>>131
体育会はメシだけ食わせておけば大満足?
官僚は役職だけ与えておけば大満足?
133.名無しさん:2020年02月17日 11:19 ID:eo8mYfqZ0▼このコメントに返信
元々秀吉が天下を取った事自体が信長のピンチヒッター的なものだから、最初から長期政権になるものではなかったんじゃないか?
134.名無しさん:2020年02月17日 11:21 ID:gOzc0kd20▼このコメントに返信
>>131
楽か楽じゃないかの問題じゃない。
常に権力者の側にいてそれをバックに諸大名に命令できる立場の人間は建前上薄給じゃなきゃいけないって事。
現代の官僚がそこまで高給じゃないのと同じ。
135.名無しさん:2020年02月17日 11:22 ID:H.sGtp1c0▼このコメントに返信
※133
織田家って秀吉無しじゃ美濃取れたかわからんくらいの無能揃いじゃなかったっけ
136.名無しさん:2020年02月17日 11:23 ID:hwnMccPA0▼このコメントに返信
公家豊臣家ですらわずかに微妙だけど、「大身旗本豊臣家」まで譲歩すれば確実に存続行けたと思うな。
有楽斎路線。
137.名無しさん:2020年02月17日 11:24 ID:HR5J2Kim0▼このコメントに返信
※126
それと家康が与えなかったんでは無くて正信の方で後難を恐れて固辞していただけな。
ちな息子の正純も15万石は過剰であるとして減知を申し出ていたが却って秀忠の心象を害したようだと
細川忠利が忠興に報告している。
138.名無しさん:2020年02月17日 11:24 ID:9ZesyexB0▼このコメントに返信
サルが狸を潰せなかった力の限界。信長ならタヌキは人質時代の子供の時から知ってるから恐ろしくて逆らえなかったろうw
139.名無しさん:2020年02月17日 11:26 ID:HR5J2Kim0▼このコメントに返信
※134
おバカさんへ

それと家康が与えなかったんでは無くて正信の方で後難を恐れて固辞していただけな。
ちな息子の正純も15万石は過剰であるとして減知を申し出ていたが却って秀忠の心象を害したようだと
細川忠利が忠興に報告している。

もう少し勉強してから投稿しようね。
140.名無しさん:2020年02月17日 11:29 ID:gOzc0kd20▼このコメントに返信
>>137
三成の場合その後難がまさに関ヶ原だったんでしょ。
家康もそれを感じ取ったから正信の固辞を受け入れたんじゃないの?秀忠は知らんけど。
141.名無しさん:2020年02月17日 11:30 ID:TiShpEQz0▼このコメントに返信
>>31
またいつもの人かな?李氏朝鮮の儒教式の序列によれば、皇を名乗れるのは中華皇帝だけ。だから朝鮮は王と名乗る。
当然それより離れた日本の天皇も、王でなければならない。というか、その中華皇帝も李朝も滅びて百年以上経つが、
まだそういうのに目くじらを立てる人って本当にいるの?
142.名無しさん:2020年02月17日 11:31 ID:ok8XY.lQ0▼このコメントに返信

消費税を増税したから。
143.名無しさん:2020年02月17日 11:31 ID:BiMqmIJk0▼このコメントに返信
秀吉が天下取った後、家康他有力大名当主を引退させて次世代に実権を握らせ世代交代させてれば、下剋上上等の野心溢れるど戦国ど真ん中世代も好きに暴れることも出来ず家康なども一タヌキ爺として生涯を終えていたかもね
144.名無しさん:2020年02月17日 11:38 ID:hckRji0I0▼このコメントに返信
秀頼の教育かな。ヒステリーの淀殿から離して最初から英雄教育してたらと思うわ
145.名無しさん:2020年02月17日 11:40 ID:WQ590FuW0▼このコメントに返信
老害。
146.名無しさん:2020年02月17日 11:42 ID:ySUZT9to0▼このコメントに返信
やっぱ武家諸法度という成文法を発布したこととソレを身内外様に限らず厳正に行使したことが江戸幕府の強みだよな
豊臣政権は秀吉の個人商店に過ぎず事象が起こるたびに秀吉の判断が求められる
コレでは秀吉の気分次第で判断が変わり、秀吉亡き後は行政司法判断の根拠がほぼ無くなる
こんな政権を支持しろと言われても無理だわな
147.名無しさん:2020年02月17日 11:46 ID:6eVW3hFt0▼このコメントに返信
※144
>>144
今川氏真に生存戦略を学ぶべきだったな。
そうすれば、永世関白家として存続できたかもしれない。
この場合、岩倉家の台頭ができないので、明治維新自体、発生しない可能性でてくるが。
148.名無しさん:2020年02月17日 11:46 ID:srEHFW5O0▼このコメントに返信
文禄・慶長の役が無ければ秀吉死んだ瞬間に
各地で惣無事令無視の戦国時代に逆戻りだったろう。
あれのおかげで戦争する余裕のある勢力が激減、
特に血の気の多い島津や秀吉子飼いの福島、加藤等は
比較的大人しかった。やっぱ秀吉一番の失態は
独裁でありながら官僚政治を敷かなかった事だと思うよ。
149.名無しさん:2020年02月17日 11:56 ID:67oHxOQl0▼このコメントに返信
>>4
秀次がよっぽど出来た奴じゃないと秀頼との間でお家騒動起きそうやし
起きたら野心家は動き出すやろうし
3をどうにか出来なかった時点で詰みよね
150.名無しさん:2020年02月17日 11:56 ID:udwM85Yd0▼このコメントに返信
あれだけの女好きで
子どもがいないってのがなぁ
151.名無しさん:2020年02月17日 11:59 ID:ySUZT9to0▼このコメントに返信
※127
忠興は封地先で必ず総見院(寺)を建立し、肥後八代に移った晩年にも毎年のように信長の法要を大々的に行っている
丁度その時、肥後藩で重罪人が出て処罰しようとしたら忠興が怒り狂って
「総見院”様”の法要行っている時に殺生するんじゃねぇ!」って手紙を息子忠利宛に送って
忠利が困惑した記録も残っている

秀吉なんて屁ほどにも思っていないが、信長は死ぬまで尊崇ってレベルで敬っているよな
152.名無しさん:2020年02月17日 12:01 ID:epPxuuHD0▼このコメントに返信
※150
なぜか2人も子宝を賜った女性もおるやん
153.名無しさん:2020年02月17日 12:06 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※19
三成が現場知らずはない。
154.名無しさん:2020年02月17日 12:07 ID:tSpsWoAF0▼このコメントに返信
>>13
秀吉の晩年の行いは孫権を彷彿とさせるよな。あっちも二宮の変で政権内ズタズタにした訳だし
155.名無しさん:2020年02月17日 12:10 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※20
違う。家康・秀頼・淀殿対その他大老・奉行衆・会津出兵後発組が関ヶ原の構図。

関ヶ原時点では家康と淀殿は協調関係だし、三成と淀殿は特別仲がいい訳でもない。
156.名無しさん:2020年02月17日 12:12 ID:NbqmyMoR0▼このコメントに返信
劉禅に取って代わっちゃった諸葛亮みたいなもんでしょ?
157.名無しさん:2020年02月17日 12:12 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※35
中継ぎに家を乗っ取られる可能性あり。皇室ですら例はある(有名なのが後醍醐天皇)。
158.名無しさん:2020年02月17日 12:12 ID:nFlg3m0C0▼このコメントに返信
地盤看板 > 鞄
159.名無しさん:2020年02月17日 12:13 ID:hjsW37oZ0▼このコメントに返信
家康が裏切ったから
160.名無しさん:2020年02月17日 12:16 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※34
大事なのは秀頼が我が子だと秀吉自身が認めた事だよ。日本史上最高レベルの独裁者秀吉が言う事なら従うしかない。
161.名無しさん:2020年02月17日 12:18 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
※156 >>156
秀頼に才がないとおもったら家康殿が天下を取ってくれと秀吉が家康に後事を託したわけじゃないからな。
もうろくしすぎて、とにかく秀頼をよろしく頼むってうわごとのようにいって死んだだけやし。

※157 >>157
そりゃ、しゃーないわ。
中継ぎに乗っ取られるくらいなら、中継ぎ殺してもほかの誰かに乗っ取られるだろ?
162.名無しさん:2020年02月17日 12:20 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※46
違う。※44でも言われてるけど淀殿は悪女ではなかったし、家康にも遠慮していた。淀殿が望んだのは豊臣家の存続のみ。ただし特別扱いが条件だが。

豊臣の一連の無能さは秀頼によるもの。開戦に乗り気だったのも秀頼だし浪人衆を押さえきれず共に滅亡したのも秀頼の力のなさによるもの。
163.名無しさん:2020年02月17日 12:26 ID:VV..VvIT0▼このコメントに返信
豊臣が続いていてもよくもって三代ぐらいだろ
徳川幕府のように領地が諸大名と圧倒的な格差は無いし室町幕府のように諸大名が勝手なことやりだすのは確実
164.名無しさん:2020年02月17日 12:27 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※161
前提条件として、室町時代(特に後期)に将軍と前将軍又は将軍候補が争う例が何度もあったのは知ってるよね?

秀吉の元主君信長が義昭を担いだのも正にそれ。秀吉は室町時代の当事者としてそれを見てる。秀頼・秀次双方にその気がなくても必ず内乱は起きる。秀吉に至るまで何度も繰り返されてきたという事実が分かってないと秀吉の行動が理解できない。

だから秀吉は脅威を未然に防いだ。それだけ。
165.名無しさん:2020年02月17日 12:29 ID:jzniOlId0▼このコメントに返信
※159
当時の忠義は家でなく主個人に尽くすもの
褒美を出さない主人は見限られても仕方ない
166.名無しさん:2020年02月17日 12:31 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※101
勘違いされがちだけど淀殿と高台院の仲は良い。
167.名無しさん:2020年02月17日 12:35 ID:9z.9VxQ30▼このコメントに返信
秀次事件が決定打だけど、秀吉時には譜代レベルの管理が不十分だったと思う

家康は関ヶ原前と後で分けられたから良かったが、秀吉は小田原、九州征伐だったので地方の火種は燻ってたし、所詮は軍閥が権力者に尻尾を振っただけだった

転付しまくる人が居なかったことかなぁ
関ヶ原前の、上杉、最上とかの動き見ると因縁の土地にあり続ける限り、関ヶ原レベルの入れ替えは必要だった
168.名無しさん:2020年02月17日 12:35 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※135
何でそうなる。信長をはじめ有能揃いだよ。
169.名無しさん:2020年02月17日 12:38 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
※164
>>164
わかりやすいところでは、足利義政の後継を巡って養子の弟と赤ん坊の実子をそれぞれ担いで天下大乱になったからな。
秀吉の判断が間違っていたとまでは思わん。
170.名無しさん:2020年02月17日 12:38 ID:xJYMogO00▼このコメントに返信
生まれのいやしさだろう。
農民出身だから、武将としての仲間がいなかった。
171.名無しさん:2020年02月17日 12:43 ID:2d.8kupm0▼このコメントに返信
※164
芽を摘むついでに天下の土台崩しただけだから何もおかしくないよね
結果的にそれが早期崩壊に繋がったわけだけど誰がやってもこうなるよね
うんうん
172.名無しさん:2020年02月17日 12:46 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※169
さらに言えば武家の身内争いは御家芸みたいなもの(遡れば平将門まで行く)。

それを封殺した家康がいかに凄いか分かるだろうか。
173.名無しさん:2020年02月17日 12:47 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※171
土台は崩してないよ。土台の一部が徳川だっただけ。
174.名無しさん:2020年02月17日 12:53 ID:9z.9VxQ30▼このコメントに返信
>>171
信長の弟殺し、信忠弟同士の反駁、家康の嫡男殺し、家康の嫡男殺し、信玄の嫡男殺し、景勝の義兄弟殺し、伊達の弟殺し、三好細川の身内の殺し合い、義龍の親と弟殺し、朝倉の親族殺し、直家の嫁婿殺し

秀吉の防止したかったのは三好の闘争かねぇ
175.名無しさん:2020年02月17日 13:00 ID:Sr4j4lSe0▼このコメントに返信
※144
そのヒステリーってのは、どこソースよ?
人死(女中二名死亡)に心を痛めて和平結んだ心根の優しい女性だぞ?
176.名無しさん:2020年02月17日 13:00 ID:nMhv29fb0▼このコメントに返信
家康を朝鮮に行かせていたらもう少し長続きしたやろね
177.名無しさん:2020年02月17日 13:10 ID:yPjweuX.0▼このコメントに返信
※168
金が崎の退き口なんて秀吉の手柄みたいに喧伝されていたけど実際は明智光秀、池田勝正が大将格だったしな
178.名無しさん:2020年02月17日 13:11 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※176
秀吉のお気に入りで常に側仕えしていたから無理。家康は秀吉生前ほとんど江戸へ行っていない。
179.名無しさん:2020年02月17日 13:11 ID:WVPkV.4o0▼このコメントに返信
かえすがえすも秀長が長生きしてくれていれば……
180.名無しさん:2020年02月17日 13:21 ID:abUH.hYK0▼このコメントに返信
※4
秀長が生きてれば政治調整能力でなんとかできたかもしんないね
181.名無しさん:2020年02月17日 13:26 ID:MOdZwMPJ0▼このコメントに返信
※79
「知るか、ざまぁ」ぐらいじゃない?
秀吉が天下統一したからといって、皆が野心も遺恨も捨てて「平和な国をつくる為に協力して頑張ろう!」なんてなるとは思えないし
死んだら、また天下や領土拡大のチャンスが来るとか考えていそう
豊臣の天下を守ろうなんて人は少数かと。しかもその人達がねえ・・・
182.名無しさん:2020年02月17日 13:28 ID:J1roIwkT0▼このコメントに返信
朝鮮半島に手を出したからだろ。
あの土地は日本と近すぎ、ほっとく訳にもいかず(中国、キリスト教勢力の橋頭堡)押さえようとしたんじないか?

だが神話の時代から、地獄の呪われた土地が朝鮮半島。
あの中国さえ代々間接統治に留めた。

このパターンは繰り返され、現代まで日本に甚大なダメージを与え続けたんだよ
183.名無しさん:2020年02月17日 13:34 ID:WVPkV.4o0▼このコメントに返信
※180
>>180

秀長が長生きして秀頼が成人するまで頑張ってくれれば、秀次中継ぎ体制でも、幼君秀頼補佐体制でもどっちでもうまくいったはずや。
豊臣政権の周公旦だったはずやで。
184.名無しさん:2020年02月17日 14:00 ID:nJdJvC830▼このコメントに返信
織田政権を簒奪した悪党政権の正当性が弱すぎた
185.名無しさん:2020年02月17日 14:05 ID:srEHFW5O0▼このコメントに返信
※181
それが家康と利家は律儀に豊家を守ろうと
頑張った形跡が結構あるんだぞ。
二人ともどん底の戦国を骨の髄まで味わった身なだけに
秀吉亡き後の世が戦国に戻るのだけは阻止したかったんだろうね。
ダメなのは伊達と上杉だ。地理的に唐入りのダメージが無かった上に
お互いが犬猿の仲で戦争狂。伊達なんて秀吉存命中に無理矢理にでも
中国地方辺りに国替えしちゃえば良かったのにな。
186.名無しさん:2020年02月17日 14:07 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※184
官位で織田を超えたから正統性は十分だよ。最終的に正統性を判断するのは朝廷。でもそれなら徳川が豊臣を超えたら同じ事が言えるよねという話。
187.名無しさん:2020年02月17日 14:13 ID:5jPEdnVW0▼このコメントに返信
>>57
それを見越して先に動いてたのが三成なんだけど
器でわなかったようだね
188.名無しさん:2020年02月17日 14:28 ID:IDTgXwcO0▼このコメントに返信
歴史にくわしくないんだけど、天下統一したときになんで大坂幕府をひらかなかったんだろう
黄金の茶室とかつくってる暇ないよね
189.名無しさん:2020年02月17日 14:45 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※188
「幕府」という概念自体が江戸時代に生まれたもので、学者たちが徳川幕府に政体が近い(将軍をトップとする武家政権)に幕府の名をつけたから。秀吉は将軍ではないから幕府ではないという理屈。

秀吉はなろうと思えばなれたが、当時足利家の世襲職とされていた征夷大将軍になっても正統性が低いと考えられた(足利義昭は未だ健在)。

因みに関白は将軍より遥かに狭き門なので「将軍になれなかったから仕方なく関白を目指した」というのは間違い。
190.名無しさん:2020年02月17日 14:53 ID:H.degigl0▼このコメントに返信
お稲荷さん怒ると怖い
191.名無しさん:2020年02月17日 14:55 ID:jzniOlId0▼このコメントに返信
秀長が長生きしたらしたで、ボケた秀吉が秀頼のためとか言って処断しそう
192.名無しさん:2020年02月17日 14:57 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
※191 >>191
そうなったら豊臣政権は滅んで当然やろ。
193.名無しさん:2020年02月17日 15:00 ID:0bAQ.Q7N0▼このコメントに返信
でも秀吉は乱取りを禁止したよ
日本には奴隷制度はなかったとかポルトガル宣教師やキリシタン大名がとか言ってるアホ居るけど
元々戦国時代の日本では乱取りという人身売買奴隷制度があったんだ
戦国大名は略奪し、農民を戦利品として捕らえては市で二束三文で売り払ってたんだよ
アフリカや古代ローマや古代ギリシャや中世イスラムみたいだろう
桶狭間の戦いも今川義元が乱取りやってる最中に織田が突撃したらしいし、義の人扱いされてる上杉や武田だってやってるだろう
194.名無しさん:2020年02月17日 15:12 ID:Dy4dW7Hi0▼このコメントに返信
※193
大坂夏の陣の後でもやってるし、イクサの後で奴隷漁りしたり残党処理したのはほぼ世界そして最近まで共通やろ。まあヒトもサルの仲間だし、正義なんてのは時代に依っても立場に拠っても異なるイイ加減な(自己の為の正義以外は存在そのものが怪しい)概念だと思う。
195.名無しさん:2020年02月17日 15:12 ID:Lv0Z24nR0▼このコメントに返信
17>>>と同じ
弟の秀長の死。
196.名無しさん:2020年02月17日 15:43 ID:bETg2QC80▼このコメントに返信
まあ、ぽっと出の実力制の当主だったところにもってきて、譜代や血縁がおらんかったからや。

これ、織田政権も同じで、織田家って、譜代があんまりおらんねん(林とか佐久間とかおったけど、信長が改易したというのもあるが)。
このため、当主と後継者が、横死したところで、残った信孝なり信雄を補佐する大名が薄くなってしまったんや。
しかも、内部闘争開始するしな。
豊臣は、これに輪をかけて悪くて、有力なのが秀長しかおらんかった上に、先に死んでしまって、さらに、残った連中は若年で、その上、バンバン若死にした上に、秀次事件でとどめや。
政権を支える譜代や有力な血縁者がおらんねん。

徳川幕府は、なんだかんだで、三河の譜代がいて、幕府と利益共同体になって、支えようという話になったのと、家康自身に子供がいっぱいいて、婚姻政策で味方を増やしたというのがでかいで。当時は、血統万歳で、結婚が、一番の同盟やねん。
197.名無しさん:2020年02月17日 15:48 ID:87BxifK.0▼このコメントに返信
天正地震がなければ、家康亡ぼせたかな?
198.名無しさん:2020年02月17日 16:09 ID:jb4FryQm0▼このコメントに返信
※19
これ。
江戸幕府が何故存続できたのか。それは、システムとして幕府を構築できたから。
秀吉も信長も、家(幕府・政権)を存続させるシステムを構築できなかったので、ワンマン社長が居なくなって会社が空中分解した。
家康はワンマンの力があるうちに、社内外の敵対派閥を潰して、自分の一族だけが生き残れるようにシステムを構築できた。(将軍継承システム・御三家システムなど)
養子の秀次ナイナイして、次代継承のシステム構築時期を遅らせたのが羽柴家・秀吉の分岐点だったのかも。
結局、秀吉が居なくなって社長(羽柴)一族が社内統制取れなくなって、部下が勝手に主張して暴走して、
社外取締役だった徳川家が牛耳る遠因になった。
社長の息子(秀頼)が成長した頃には既に社外取締役だったはずの徳川家が会社の経営権も羽柴子飼いの部下も牛耳っている始末。
もう、甲子園一発逆転サヨナラホームランを狙うしか勝てません状態。
朝鮮出兵は、国内に溢れた浪人の処置と部下への褒美を上げるための土地不足解消、大戦での商人(豪商)向けの国内需要喚起、
海外情勢への挑戦(イスパニア等への武力外交見せつけなど含む)と推測してる。
本気で朝鮮・明が欲しかったわけじゃ無いだろ。戦が終わって浪人への仕事も斡旋しなきゃいけないのに、国内に仕事が無いんだから外で仕事を作るしかない。夜盗化する前に治安対策しなきゃいけない。
戦で邪魔な大名や浪人が減ってくれれば万歳。商人も稼がせて政権への支持集めて万々歳。キリスト教を武器にしてる奴らへもこうなるぞと見せつけの対処含めて更にドン。が半島出兵でしょ。
199.名無しさん:2020年02月17日 16:17 ID:sVSfCiqE0▼このコメントに返信
>>31
そうだね…
天はよく見てるから韓国に偉大な大統領文在寅を産み出したね!
北の同胞と手を取り、アジア一の強国、統一朝鮮へと導くのだ(ガッツポ
200.名無しさん:2020年02月17日 16:28 ID:moRjxXrU0▼このコメントに返信
今のように「鎌倉幕府」「室町幕府」「江戸幕府」となったのは明治20年以降と意外と新しい言葉。
鎌倉殿は実は鎌倉政権及び将軍の別称などだけではなく、室町幕府の将軍にも使われた名称。室町殿は足利政権と言うより足利義満以降の足利将軍の別称かと。江戸幕府は幕末ならば「幕府」と言っていましたが、それ以前は「公儀」「お上」などと呼んでいたようです。
鎌倉だと「武家」「関東」。室町だと「公方」などと呼ばれていたようです。
各幕府の初代将軍は誰一人「幕府を開く」などと宣言していない。
昔は初代が征夷大将軍に任じられた年を幕府成立の年としていましたが、現在は実質的に政権を握った年などとしている。なので鎌倉幕府はいくつか成立した年の説があり、一応現在は1185年として、室町幕府も1336年ではなくて1338年説もある。


201.名無しさん:2020年02月17日 16:50 ID:YI.TJFiS0▼このコメントに返信
>>9
つってもなあ、小牧長久手でも倒せなかった時点で北条攻め以上の戦役しないと無理だからなあ…そしてそうなれば島津毛利伊達なんかと組んでなにされるかわからんし…
202.名無しさん:2020年02月17日 16:54 ID:YI.TJFiS0▼このコメントに返信
>>68
血筋なんかそこまでの威力ねえだろ。
下克上上等の世界だし織田家自身守護から尾張を奪った家だし(しかもその守護代織田の家臣の家だったのが信長の織田家)
203.名無しさん:2020年02月17日 16:58 ID:sVSfCiqE0▼このコメントに返信
潰す隙を信長秀吉に与えないよう立ち回り続けた"狡猾な律儀者"家康と、隙だらけで徳川幕府に滅ぼされる口実を与えてしまった"自称天下人"豊臣家の差よ

ところで、いつ死んでもおかしくない家康が
よく豊臣潰すの15年も我慢してたね
ホントに潰す気あったのかなぁ?
204.名無しさん:2020年02月17日 17:13 ID:7NUTuHjQ0▼このコメントに返信
>>49
豊臣滅亡、なんか大塚家具のお家騒動に似てるんだよね。
205.名無しさん:2020年02月17日 17:14 ID:pKFnNT0u0▼このコメントに返信
成り上がるのは上手くても維持、システム構築のド下手さが秀吉の印象
自分がいなくても回るように人を残さなかったのが良くない ワンマン経営者と同じ末路
徳川いなくても近い内に滅んでた印象

206.名無しさん:2020年02月17日 17:35 ID:7NUTuHjQ0▼このコメントに返信
現代人が後になって考えりゃあ何でもいえることではあるけれども、唐入りを考えたとき、朝鮮経由という選択肢を取ったのは失敗だったと思う。元々貧乏くさい土地な上に、北に上れば上るほど寒くて不毛になっていく。しかも満州と違って山に阻まれるから出口もないしどんどん行軍がしんどくなる。

北京侵攻の最適ルートはソウル~仁川まで陸上を抑えて、その後は船で遼東半島を通って天津~北京だろうね。まぁ、日清戦争の流れが古代も現代も共通のセオリーだと思うよ。秀吉は海軍を使い切れないから、本当に明国を攻めたければ、5年待って海軍整備した方がよかったかもね。(ちなみに、中国は今でも、もし米国が本気で韓国つぶして政権掌握し、空母と原潜を黄海にぶっ込まれたら即詰む。)
207.名無しさん:2020年02月17日 17:37 ID:Ci3KJU8D0▼このコメントに返信
徳川政権に比べ
基盤が脆弱すぎる。
一門集がタダでさえ少ないのに粛清したことを問題視されているが
信長のように一門集がそろっていても秀吉に簒奪されたところをみれば
やはり譜代の家臣団が居なかったことが大きすぎる。
信長も優秀な人材を抜擢し過ぎ、譜代を蔑ろにしたせいで政権が案外もろかった。
家康のように忠義に暑い三河武士(譜代)に実権を握らせたことが
基盤強化に繋がった。
外様はあくまでも外様、自分の家のことが第一
先祖代々の譜代は、主家があってこその自分達の存在価値
根本から考え方が違う(お家第一=主家大事)
208.名無しさん:2020年02月17日 17:39 ID:gYNkTxmU0▼このコメントに返信
>>1
家康は関ヶ原後に7割の超重税かけてるよ
税金安かったのが秀吉時代
209.名無しさん:2020年02月17日 17:41 ID:hjsW37oZ0▼このコメントに返信
敵が攻めやすい大阪を本拠地としたから
頼朝みたいに鎌倉を本拠地とすれば長続きしたかも
210.名無しさん:2020年02月17日 17:49 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※203
>自称天下人
豊臣秀吉は間違いなく天下人だよ。息子に継承出来なかっただけ。

>ホントに潰す気あったのかなぁ?
なかったと思うよ。秀忠以下豊臣殲滅派の意見を無視し切れなかったんだろうね。
211.名無しさん:2020年02月17日 17:53 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※205
秀吉が飛び抜けた天才だったせいで周りに任せるという発想が出なかったんだろうね。その点家康は凡人タイプだったから自分の死後も考えて組織を構築できた。
212.名無しさん:2020年02月17日 17:56 ID:uDQ902im0▼このコメントに返信
※206
秀吉視点では朝鮮は日本領なんだよ。朝鮮は対馬の宗氏の配下という事になっていたから。だから道に使った。

※209
大坂は、交通の便が良い・朝廷に近い・難攻不落の理想の土地。かつて本願寺が居城としており信長も欲しがった。
213.名無しさん:2020年02月17日 17:59 ID:Wo9Dul7N0▼このコメントに返信
※197
ほぼ確実に。

小牧・長久手で機能していた秀吉包囲網が崩壊+真田が造反した挙句その鎮圧失敗したおかげで自分が包囲網食らっている+石川数正が機密をもって秀吉陣営に寝返る+根本的に国力差がちがいするぎる…という勝ち筋がまったくない。
214.名無しさん:2020年02月17日 18:04 ID:9z.9VxQ30▼このコメントに返信
>>196
逆にそれ考えると信長が一番譜代いたね
家康は、一向一揆の離脱とか、今川服従とか、数正離反とか家臣から離れてくの多いわ

だからこそ、長期政権疲れたのかもしれないけど。
215.名無しさん:2020年02月17日 18:07 ID:Pe4uvtVF0▼このコメントに返信
カリスマ経営者(秀吉)+堅実な大番頭(秀長)で成り立っていたところ、番頭が死んだらこの有様というか、お約束の経営者暴走。
216.名無しさん:2020年02月17日 18:17 ID:gwtVQedx0▼このコメントに返信
>>9
徳川潰すの成功したところで他の武将に反旗翻されるのが落ち
結局信長、家康に比べ能力が劣ってたってだけ
家康をなぜか過小評価する平行世界の秀吉好きが多いけど
政治と統治に関しちゃ家康だけは群を抜いて優れており、それをシステムとして管理運用する人の使い方も上手かった
なるべくしてなった結果
217.名無しさん:2020年02月17日 18:22 ID:Wo9Dul7N0▼このコメントに返信
※201
四国攻めの片手間で佐々攻め(双方合わせると20万)やっているので、それくらいは可能…というか小田原攻めの予行練習替わりで終わる可能性が大。この場合伊達政宗役は北条氏になるわけだが…
218.名無しさん:2020年02月17日 18:33 ID:gwtVQedx0▼このコメントに返信
>>130
歴史的な背景無視してなに言ってんだよw
どこの国も領土広げようと世界中でドンパチやってたのに
東を完全に海で囲まれた日本が攻めなきゃあっという間に包囲されちまうだろ
ロシアの仮面被った大陸と半島の奴等が漁民処するの待ってろってか

現代目線で過去を見る時空を越えたリベラルは歴史を語る資格ないと想う
219.名無しさん:2020年02月17日 18:37 ID:EXIiYMgI0▼このコメントに返信
※203
私見だけどなかったと思う
たまたま豊臣恩顧の大名が家康より先にバタバタ死んで世代交代がすすんだから、大名で豊臣家についたものがいないだけで、
彼らが生きてたらどっちについたかはわからないし、豊臣方につかれたら戦のリスクは高くなる
それよりは秀吉が信秀を取り込んだように、秀頼を取り込めればリスクもなく家康の評判も傷つかず最上の一手だもの
でもそれは豊臣家が拒み続けたから実現せず、であるならば滅ぼす以外の選択肢はない
220.名無しさん:2020年02月17日 18:39 ID:tOc7m0Rl0▼このコメントに返信
地震なかったら、家康詰んでたし、日本史といい世界史といい、何で都合よくな展開多いよな。三国志も晩年は蜀の度重なる不幸とつまらない展開だし。
221.名無しさん:2020年02月17日 19:00 ID:I7qmqj4o0▼このコメントに返信
織田家後継の後ろ盾という形で事実上の乗っ取りからの天下統一
その後の治世までは速やかにできたのは、秀吉の手腕と信長ドクトリンが
あってのものだったので「織田家家臣の羽柴秀吉」としては有能

惣無事令で武家としての天下統一を成し遂げて、関白として公家での
最高位にも上り詰めて、秀吉個人としてこれからどうするか?が
問われる地位になった時に育ちの卑しさしか残されていなかった

黄金の茶室に聚楽第といった「わかりやすく権力を誇示する趣味」に
財産を投じたりと、個人の資質としては驕る平家を1人に濃縮したかの
ような代物

代々積み重ねてきた武家であれば、口うるさく諫めるような家老にも
恵まれただろうけど、所謂武家の名門に当たる数々の家を目の上の
たんこぶとして遠ざけて冷遇して、才気溢れる個人をイエスマンと
して侍らせ行政に携わらせたのが五大老五奉行体制

家を守るノウハウを持っていた面々を避けて、耳障りのいい言葉を並べる
小才子に囲まれて、家を守る為の帝王学を誰からも教えられないまま
時が過ぎてしまったのが豊臣秀吉の晩年
222.名無しさん:2020年02月17日 19:02 ID:moRjxXrU0▼このコメントに返信
実は豊臣秀吉って一番天下獲っちゃいけない奴だったんじゃね?
223.名無しさん:2020年02月17日 19:21 ID:E0a5j5zq0▼このコメントに返信
>>216
そうだね、政治基盤は脆弱だったかも知れないけど、システムで
カバー出来たかも知れないが、五大老五奉行なんてユルユルの
システムじゃダメに決まってる。秀次がーとか秀頼ガーとかまして
晩年ボケてとか徳川の後世のプロパガンダに踊らせられてる輩は
知らんが。
224.名無しさん:2020年02月17日 19:24 ID:E0a5j5zq0▼このコメントに返信
>>12
逆だよ、あんな蛮行をほっといたら愛想つかされる、きちんと仕置
しないと示しがつかないだろ。徳川の後世のプロパガンダに乗せられるなよ。
225.名無しさん:2020年02月17日 19:24 ID:hckRji0I0▼このコメントに返信
※175
ヒドすぎw。ケーキ食べればっていうほうが実害がないだけまだマシですね
226.名無しさん:2020年02月17日 19:27 ID:E0a5j5zq0▼このコメントに返信
>>35
少なくとも秀次にもう少し分別が無いと無理。
227.名無しさん:2020年02月17日 19:29 ID:I7qmqj4o0▼このコメントに返信
※222
天下を獲れる器はあったけど、天下を治める器はなかっただけ
228.名無しさん:2020年02月17日 19:31 ID:E0a5j5zq0▼このコメントに返信
>>31
兄なのに弟に悪逆非道を尽くされるほど間抜けなの?で、どうにも
ならなくて明に助けてもらう程の腰抜けなの?
229.名無しさん:2020年02月17日 19:36 ID:E0a5j5zq0▼このコメントに返信
>>82
政治システムの差じゃないの。
230.名無しさん:2020年02月17日 19:47 ID:Wo9Dul7N0▼このコメントに返信
※222
極論すれば、天下人としての能力以外は全部不足している、といってもいいかと。

出自が大名とは言わなくてもそこそこの国人衆並みにあればいろいろな意味で話は違っていたんでしょうが…。
231.名無しさん:2020年02月17日 20:00 ID:.C616M.A0▼このコメントに返信
有能やったからやろ



天下を獲れる器はあったけど、民衆が支持しなかっただけ
232.名無しさん:2020年02月17日 20:02 ID:1zZMkouz0▼このコメントに返信
秀吉1人の力で持ってたからだよ
233.名無しさん:2020年02月17日 20:04 ID:.C616M.A0▼このコメントに返信
秀吉って自分で全部築き上げて8割くらいぶっ壊して死んでいったよな




民衆が誰もついてけん
234.名無しさん:2020年02月17日 20:08 ID:.C616M.A0▼このコメントに返信
天下を獲れる器はあったけど、民衆が支持しなかっただけ
235.名無しさん:2020年02月17日 20:09 ID:.C616M.A0▼このコメントに返信
信長も秀吉も悪い意味でトップやったんやろな
誰もついてけん
236.名無しさん:2020年02月17日 20:17 ID:dSg9ckwk0▼このコメントに返信
首都大阪はきつい
237.名無しさん:2020年02月17日 20:20 ID:eNey.wkX0▼このコメントに返信
民衆はそうでもない。侘び寂びが織部好みへの過渡期となり、辛気臭いものより面白い物が好まれるようになってた時代だ
朝鮮征伐の見返り0だったのと、石田三成の人望の無さで武将の人心は金をばらまく徳川に絡められてた
結局織部のように切腹や、改易や領地没収で決断のツケを払う羽目になる。民主党政権選んだ時の国民のように
238.名無しさん:2020年02月17日 20:22 ID:W.3sUMp60▼このコメントに返信
>>236
※236
首都は伏見やで
239.名無しさん:2020年02月17日 20:26 ID:JxPI.11b0▼このコメントに返信
秀吉は信長が死ぬ直前まで織田軍団の只の一武将に過ぎず、信長に取って変わって天下人なんて全く考えてなかった
それが信長の死で突然天下を狙う立場になったので、全てにおいて準備不足
幕府から外様を排除した家康と比べると、五大老制など私の死後は取って変わって下さいと言っているようなもの
240.名無しさん:2020年02月17日 20:28 ID:zENGhEp30▼このコメントに返信
秀吉子飼いの「賤ヶ岳の七本槍」のうち6人が秀吉の死後に三成と反目してるし、秀吉の死の直後に「七将の三成邸襲撃」の三将は七本槍ってんだからどの道無理だったんだよ
241.名無しさん:2020年02月17日 20:33 ID:Wo9Dul7N0▼このコメントに返信
※59
>藤原摂関家が、幅きかせてた時も藤原政権とは言わないし

摂関政治を指して藤原政権ともいうけど

>平家が公卿独占してた時も、平政権とは言わない

こちらの方は普通に平氏政権と呼んでいる

>なんで、織豊あたりから政権って言われるんだ?

というか平氏のころから江戸時代までひっくるめて「武家政権」と呼ばれているけど。
個別で政権と呼ばれていないのは鎌倉室町江戸などが”幕府”というわかりやすい呼び方があるだけかと。
242.名無しさん:2020年02月17日 20:38 ID:P..Ra0x90▼このコメントに返信
>>141
だからさ、日帝(大日本帝国)なのは天皇>王だからだろ?
君たちは日本の事を日帝と呼びつつ一方では日王と呼ぶ。バカなのか?

さらに、世界では現在でも天皇=Emperorと訳されていて、儀式敵な序列では最上位。

朝鮮なんて言う東アジアの1途上国のドメスティックな序列なんてなんの意味もねえよwww
243.名無しさん:2020年02月17日 20:40 ID:AdA5cJVK0▼このコメントに返信
> 秀頼って秀吉の実子じゃないやろ
> やっぱり淀に騙されたんやろなぁ・・・

秀頼って巨漢だったんやろ。秀吉はチンチクリン、淀の即ち織田家も大男はいない。
故に淀とシックスしたのは巨漢の利休だったのではあるまいか。

・・・と思ったが、淀の父親の浅井長政が大男だったわw
244.名無しさん:2020年02月17日 20:41 ID:Wo9Dul7N0▼このコメントに返信
※239
>幕府から外様を排除した家康

そもそも秀吉政権でその外様を排斥したら誰が残るので?という話…。

>五大老制など私の死後は取って変わって下さいと言っているようなもの

陳寿大先生曰く「年少などで君主が実権を握れない場合は中途半端に権力を分散するよりも一人に集中した方がいいぞ、うちの後主と丞相みたいに」

・……まぁ、魏や呉の末路を知り、八王の乱初期まで生きていたのでそう言いたくなる気持ちがわからなくもないけど。

ただ、正史を読み返してみるとこの丞相閣下の存在自体がいろいろと特殊例と思わなくもない。
245.名無しさん:2020年02月17日 20:45 ID:P..Ra0x90▼このコメントに返信
>>37
一門衆や譜代家臣のいない豊臣政権にあっては徳川家康や前田利家や上杉景勝や宇喜多秀家なと、義理堅さで通っている大名に跡継ぎの後見を頼むしか選択肢がないよ。
加藤清正や福島政則など子飼いの家臣も所詮は他人だしな。
家康は豊臣政権に屈服して以降は全く怪しい素振りを見せてないし、信じて託すしかない。
246.名無しさん:2020年02月17日 20:46 ID:W.3sUMp60▼このコメントに返信
>>239 ※239
幕府は徳川家の家政機関でもあるから徳川家譜代が運営に携わって、外様は関わらないのは当たり前やろ。
247.名無しさん:2020年02月17日 20:49 ID:3zHALVv30▼このコメントに返信
政権は潰えやすいのだよね。今の民主制度も、政権が倒れることが前提の制度だし
逆にここは、徳川幕府という政権が長く続いた理由を考えた方が早いかもしれんぞ

徳川家康は、「あの徳川家康が恐れた○○」が数多くありすぎてよくネタにされるが
それこそ政権が長引いた理由だ。負けて、生き延び、恐れて、対策を練り、外堀を埋めた
一方で、織田信長は内外に多く敵を安易に作り、豊臣秀吉は敵を甘く見過ぎたんだよ

これは、バブリーに出ては消える成金企業と、長く続いてる企業との差にも似てるね
現状で安心せず慢心せず、ある意味狡猾に先手先手を打つ事は、どの時代も重要だよ
248.名無しさん:2020年02月17日 20:53 ID:aIYmTFgN0▼このコメントに返信
秀吉が死んでからの家康の行動がエグすぎる
ネチネチと陰湿に豊臣家を追い詰めていいく
ああいうところが好きになれない
249.名無しさん:2020年02月17日 20:59 ID:I7qmqj4o0▼このコメントに返信
変な難癖つけてる推定外国人がいるけど、当時の大勢力だった明の皇帝は日本の王を
天皇が征夷大将軍に任じて国事を一任されている足利義満以下、世襲された将軍を
日本の王と定めて勘合符を発給したから、皇族を対等とは見てないにしても王族とは
一線を画していると、他でもない中国が残しているのを正しく学んだ方が恥をかかずに済むよ

明攻めの一説として、足利将軍を利用して追放した秀吉が明に認められず貿易がストップして
経済が先細りしていた事も一因ではないかって話だしね

土民の成り上がりものが由緒ある皇族を脅す形で関白を名乗るなんて、当時の皇帝サイドの
価値観では最も蔑まされる行為であるだろうしね

足利家は南北朝の決着を着け、帝の安寧を確保した功臣と認められたけど秀吉にはそれがない
250.名無しさん:2020年02月17日 21:09 ID:AAJCmOvT0▼このコメントに返信
幕府のような、システムをつくらなかったからかな?
信長はつくろうとしたところで頓挫した。

信長、秀吉の失敗を間近で見ていた家康だからこそ
当主の魅力、個人的なつながりの上に立つ支配体制は
長続きしないことを知っていたんだろうね。

尼子が中国地方の雄になれなかった事
武田が信玄没後、急速に力を落としたこと
義元亡き後、瓦解した今川

みなそうだよね。
251.名無しさん:2020年02月17日 21:09 ID:Bzp6P6FW0▼このコメントに返信
※239
厳密に言えば豊臣政権に「外様」はほぼいない。有力大名はほぼ全員羽柴姓豊臣姓だったから。

大名に豊臣姓をバラまいて氏長者秀吉が統率するのが豊臣政権。
252.名無しさん:2020年02月17日 21:14 ID:Bzp6P6FW0▼このコメントに返信
※249
秀吉は脅して関白になった訳じゃない。信長路線の継承者と認められた上で近衛家に取り入り、当時の慣習をフル活用して関白となった。
253.名無しさん:2020年02月17日 21:25 ID:I7qmqj4o0▼このコメントに返信
秀吉没後に豊臣の関白位も羽柴性・豊臣姓も後生大事に残されなかった結果から鑑みるに、当代限りの人というのが限界だったのは間違いない
本人がアリバイ作りをできたと過信したところで、海を隔てた明の皇帝は認めちゃくれなかったのも地位の正当性が薄い裏付けでもあるし
254.名無しさん:2020年02月17日 21:31 ID:zENGhEp30▼このコメントに返信
※253
そりゃ摂家で持ち回りで摂政・関白をやってたのに、突然世襲関白みたいなことされたら歴史から抹消したくなるだろ・・・
255.名無しさん:2020年02月17日 21:35 ID:EXIiYMgI0▼このコメントに返信
※251
それを言ったら徳川幕府も松平姓バラ撒いてるし、
秀吉と違って本来の徳川・松平一族は多いから政略結婚で血縁を固めまくってるので、
むしろ秀吉よりも積極的とも言える

その上で、政権を譜代主体で運営できた徳川幕府と、
一族や譜代格である秀次や小早川秀秋、黒田、三中老といった面々を次々処罰したり政権から遠ざけたりして、
政権運営を外様に頼らざるを得ない状況に自ら追い込んだ豊臣政権とでは雲泥の差だよ
256.名無しさん:2020年02月17日 21:36 ID:I7qmqj4o0▼このコメントに返信
※254
そう思うしかないんだけどね?
それを「認められた」とか歴史ロマン作品の人気者ヒデヨシをベースに歴史を語りたがる人がいるのがねぇ
257.名無しさん:2020年02月17日 21:57 ID:Bzp6P6FW0▼このコメントに返信
※255
徳川幕府が松平を撒いたのは秀吉の模倣だよ。
大事なのは「松平」である事。本家徳川との絶対的な差をつけた訳。

豊臣政権の場合秀次亡き後は織田・徳川が豊臣の親藩だからね。織田信雄・織田有楽斎等の織田一族は秀頼が一大名になってからも仕え続けている。
258.名無しさん:2020年02月17日 22:00 ID:Bzp6P6FW0▼このコメントに返信
※254
朝廷は前例主義なので秀吉・秀次が関白になった豊臣は立派な摂関家。家康が豊臣の持っていた関白任免権を朝廷に返還した後も秀頼には関白になる資格が残っていた。

なれなかったのは徳川幕府が朝廷人事に介入したから。
259.名無しさん:2020年02月17日 22:09 ID:I7qmqj4o0▼このコメントに返信
こじつけて模倣と言うのであれば、氏長者は古くは平安からあった手法であるし秀吉のそれを踏襲した訳でもなし
260.名無しさん:2020年02月17日 22:11 ID:pUHuKLlX0▼このコメントに返信
封建社会で世継ぎがいないというのは致命的。
261.名無しさん:2020年02月17日 22:18 ID:Bzp6P6FW0▼このコメントに返信
※259
「自分の姓をばら撒いて氏長者として統率する」って秀吉オリジナルだぞ。お気に入りの部下に与えた例ならあるけど秀吉程の規模はない。成り上がり者の秀吉だからこそ思いついた手だね。

松平ばら撒きだけでなく、徳川幕府の各種政策は豊臣政権及び過去の武家政権の模倣・改良が多い。
262.名無しさん:2020年02月17日 22:19 ID:EXIiYMgI0▼このコメントに返信
※255
前段についてはお互い異論なしでいいでしょ、俺もそういいたいしさ

後段ひいては251に対して、姓を与えてるからって外様を親藩・普代扱いするのは違うんじゃねって話よ
まあ極論すればそうだけど結局の所は徳川や上杉、毛利は外様よ、旧織田家臣団ですら秀吉の譜代の家臣とは言えない
また徳川幕府は前田家と婚姻を結んで松平性を与えてるけど、譜代大名と言えるか、いや言えない
なので豊臣政権下で豊臣姓を与えられたからって譜代なんてのはさすがに言い過ぎ
263.名無しさん:2020年02月17日 22:20 ID:EXIiYMgI0▼このコメントに返信
間違えた、262は257宛ね、すみません
264.名無しさん:2020年02月17日 22:24 ID:Bzp6P6FW0▼このコメントに返信
※262
>姓を与えてるからって外様を親藩・普代扱いするのは違うんじゃねって話よ
それは成り上がり者秀吉が稀有な例だからだよ。

何か勘違いしてるけど、豊臣姓を与えて「身内」にしたからと言って親藩・譜代になる訳じゃない。秀吉は大名の婚姻感覚で姓をばら撒いたという事。

あくまで豊臣の親藩は本来の身内と織田・徳川だけ。
265.名無しさん:2020年02月17日 22:25 ID:I7qmqj4o0▼このコメントに返信
織田の天下取りに乗っかって成り上がったのに徳川の何もかもを模倣呼ばわりとは恐れ入る
気分次第で秀吉のオリジナルな点をトリミングしたり徳川の模倣とアヤをつけたりと便利な棚を持っておられるようで
266.名無しさん:2020年02月17日 22:26 ID:I7qmqj4o0▼このコメントに返信
「僕の大好きな秀吉公」を汚しちゃったみたいでごめんね?
267.名無しさん:2020年02月17日 22:29 ID:Bzp6P6FW0▼このコメントに返信
※265
待ちなよ。秀吉の政策だって地方の大名がやっていた事の模倣・改良だが、秀吉の凄さはそれを全国規模でやった事。徳川幕府が全国を支配するのに参考に使うのは当たり前。

徳川幕府にオリジナリティが少ないのは事実だし、それは家康が過去の武家政権を分析して最適化したという意味で褒め言葉だぞ。奇抜な新ネタは要らない。昔ながらのやり方で安定するならそれでいいんだよ。
268.名無しさん:2020年02月17日 22:32 ID:Bzp6P6FW0▼このコメントに返信
※266
家康の美点は地味ながら確実に過去の失敗を修正している事なんだが。

御三家もそうだし譜代・外様をはっきり分けたのもそう。豊臣政権は参考であると同時に反面教師なんだよ。
269.名無しさん:2020年02月17日 22:39 ID:EXIiYMgI0▼このコメントに返信
※264
だからそれはわかってるんだって
251の
>厳密に言えば豊臣政権に「外様」はほぼいない。
これを問題視してるの

264で自分で言ってるこの発言、
>豊臣姓を与えて「身内」にしたからと言って親藩・譜代になる訳じゃない。
これを俺は251の君に言いたいの

264の君が言うように姓を与えても親藩譜代にはならない、でも251で君は外様はいないと言ってる
姓を与えて擬似一族にして自分の秩序の元においた秀吉は凄いそれはそのとおり、
でも外様が譜代にはなるわけじゃないし、239(これは俺じゃないけど)の言うように外様に政権を委ねて豊臣は失敗したわけよ
270.名無しさん:2020年02月17日 22:47 ID:n.emgTWq0▼このコメントに返信
>>31
豊臣と陸上で戦ったのは
主に明国だよここでの消耗も激しく
その後、清国に国を渡すことになったのでは?
という研究もある。
271.名無しさん:2020年02月17日 22:48 ID:Bzp6P6FW0▼このコメントに返信
※269
外様や身内に「」をつけていたよね。あれは本来の意味と分けるためにつけたんだが。

豊臣政権は緩やかな一族支配なんだよ。緩やかだから親藩でもなければ譜代でもない。だが外様にしては近過ぎる。側から見ればかなり中途半端な存在で秀吉という全能者がいる前提の体制。
日本史上トップクラスの専制君主だからこそ成り立っていたのであって秀吉が死んだらたちまち崩壊した。秀吉のやり方が失敗なのは認めてるからね。

次に天下を取った家康は本来三河守止まりだったが、秀吉が身内として家格・領地を上げまくったから将軍に相応しい大身となった。こう言ったらまた怒られるが家康を天下人にしたのは秀吉。
272.名無しさん:2020年02月17日 22:51 ID:n.emgTWq0▼このコメントに返信
>>45
徳川がいなかったら
室町時代みたいな守護大名クラスが
豊臣家を担いでいるみたいな
不安定な政権になったと思う。
273.名無しさん:2020年02月17日 23:02 ID:PRTrziiU0▼このコメントに返信
>>248
天下人なんて実力者がなるもの、家康にだって野心はあるから「儂いけんじゃね?自分が頑張っても豊臣政権やばそうだし」と思えば簒奪しようと動くのは当たり前でしょう。
天下を簒奪してからの事は豊臣側の自滅でしかないから同情も出来ませんわ。むしろ家康は豊臣存続路線で、根気強く付き合った方です。
『国家安康』以外にもやらかしているんですよ。
生き残るにせよ、チャンスを待って天下を奪回するにせよ、徳川政権に協力する姿勢を見せて謙虚に、余計な事はしないというのが鉄則。
274.名無しさん:2020年02月17日 23:17 ID:uqlBptzS0▼このコメントに返信
噂通り淀殿に対する不信感とかあったんじゃないの
秀頼が猿の子供だと誰も思ってなくて身内が次々と粛正されていって利家死亡がトリガーになって求心力が無くなっていったと
275.名無しさん:2020年02月17日 23:18 ID:154k7NNH0▼このコメントに返信
五大老五奉行制とか、うまいく訳がないだろ。
276.名無しさん:2020年02月17日 23:25 ID:85A1r1XN0▼このコメントに返信
※206
>>206
仁川から山東半島に渡り(遣唐使ルート)黄河以南(大運河)を抑えれば、
北京は陥落する。
277.名無しさん:2020年02月17日 23:42 ID:inn0Jrhy0▼このコメントに返信
何かを成し遂げるより、その成果をかっさらって存続させるシステム作ったやつが偉い。
という国民性がこの時出来上がってしまった
278.名無しさん:2020年02月17日 23:48 ID:mGVgK2tn0▼このコメントに返信
身内を見る目がなかった。
279.名無しさん:2020年02月18日 00:00 ID:dMGo8S4P0▼このコメントに返信
蒲生氏郷など、本音を話す人間を嫌悪するようになった。
秀吉が御伽衆や女中衆を集めたのは何も自己顕示のためでなく、
当初は情報を集めるためだった。
それがいつのまにか本末転倒してしまった。
家康はその轍を踏まないため、側近の配置は異なってる。
280.名無しさん:2020年02月18日 00:07 ID:tVKMe2gL0▼このコメントに返信
金目教の呪い
木下藤吉郎だった頃に忍者使って潰したから
281.名無しさん:2020年02月18日 01:06 ID:E1r11qTv0▼このコメントに返信
養子にしていた秀次とその一族を皆殺しにしたことが最大の失敗だね。秀次自身も有能だったし、生かしていれば秀頼が成長するまでの中継ぎとして機能したと思うわ。成長したあとも秀頼の後見人になっていれば家康もおいそれと手出しはできなかったかも。秀吉が目の黒いうちに政敵を排除した行動はわからんでもないが、出家させた後に追い打ちで皆殺しはまずかった。最上義光なんて秀次の側室になる前の娘を処刑されてるし、そりゃ豊臣家をうらむのは当然だわ。
282.名無しさん:2020年02月18日 03:53 ID:lTix.V150▼このコメントに返信
老人がいつまでも権力を握っているからだよ
283.名無しさん:2020年02月18日 05:55 ID:hqe9rmhL0▼このコメントに返信
>>223
そう言うアホなところだぞ太閤様々うるせえ奴等が白い目で見られるのは
時系列も無視、過程も無視、結果も無視
幕府も開けなかった人間と、数世紀に渡って太平の世を維持した人間比較して
「でも生きてたら○○の方がすごい!やって失敗した事がある人間よりやらなかった人間の方が可能性がある!」

いいか?俺が馬鹿にしてるのは秀吉公じゃなくお前だ
この話とはずれるし政治の話し持ち込むのは違うかもしれんが、お前見たいな奴が何も実行してない見えない可能性にかけて民主党応援してんだろうな
史書にない歴史でも死ぬまで紐解いてろよw
284.名無しさん:2020年02月18日 06:01 ID:1.cOk4qL0▼このコメントに返信
>>156
それを言うなら司馬懿。
285.名無しさん:2020年02月18日 06:12 ID:1.cOk4qL0▼このコメントに返信
>>281
秀次が有能とかちゃんちゃらおかしい。もう少し分別が有れば秀吉も
親族まで処罰する必要は無かった。虎の威を借るプッツン野郎だよ。
286.名無しさん:2020年02月18日 07:50 ID:vlUNrP4k0▼このコメントに返信
歳取ったから 共産国とか独裁国はみんな30代で首領様にさせる
287.名無しさん:2020年02月18日 08:10 ID:DkKG6Vle0▼このコメントに返信
※282
信長や家康を考えると秀吉個人の問題だと思うが。専制君主によくある全能感からかな。
288.名無しさん:2020年02月18日 08:14 ID:DkKG6Vle0▼このコメントに返信
※285
秀次は貴族的教養にある程度精通していたし、長久手があれだっただけで奥州平定では司令官として活躍してたからね。

有能・無能にかかわらず脅威を消しただけだろう。家康・秀忠が秀頼の子を処刑した様にね。
289.名無しさん:2020年02月18日 08:23 ID:.ILdPAVn0▼このコメントに返信
征夷大将軍になって幕府開いてればもうちっとは長続きしたかもなあ。
290.名無しさん:2020年02月18日 09:02 ID:4Jxny5ls0▼このコメントに返信
秀吉は、糖尿、かっけ、歯周病等、あらゆる病気を持ってました!
秀頼は180センチ以上有って美男子だったそうです、秀吉の身長は140センチ代で、どう見てもおかしいですよね!
291.名無しさん:2020年02月18日 10:48 ID:.GoIA3210▼このコメントに返信
栄養的に見れば食べ物だけは不足せんかったであろう秀頼が大身になるのは何もおかしくないし
富裕層が様々な病に掛かるのは当時の貧しい医学・栄養学を覚え場同じく不思議ではないな
信長もそこは酷かったらしいし、吝嗇かつ健康オタクの家康が例外
だからそこは論拠としては弱すぎる が状況から見ると他人の種の可能性を疑わざるを得ない

もしかしたら他人の種のために自ら心血注いで築いた政権を根元から切り崩す、皮肉であるな。
292.名無しさん:2020年02月18日 10:52 ID:QYa4B94a0▼このコメントに返信
※31
あんたの国に神様はもういないだろう。
宜保さんが、そう言ってた
293.名無しさん:2020年02月18日 10:58 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
※289
上洛の口実に利用した足利義昭を追放したのに、名誉職に落ちぶれた名ばかりとは言え将軍位を簒奪までしちゃったら、日本各地に散らばってる源氏が反秀吉で結託する口実ができちゃうからね
人たらしって後世の評価にしても、どんだけ無茶な事をやっても慕われるカリスマ性のある人物ではないから、全方位におべっか使ってゴマすりまくって取り入ろうとしていた事実の積み重ねによるものでもあるんだし
お家再興に血道を上げる忠臣もいなけりゃ幕末の倒幕の口実にも使って貰えさえしないくらいに、人物的には軽薄だったんじゃない?
294.名無しさん:2020年02月18日 11:43 ID:.zLor.eG0▼このコメントに返信
報いを待てや羽柴筑前
の報いが来ただけ
295.名無しさん:2020年02月18日 11:48 ID:qdvei6Yr0▼このコメントに返信
※293
>お家再興に血道を上げる忠臣もいなけりゃ

だから大坂の陣で徹底して豊臣家の血筋を根絶やし、加藤や福島などの家を忠臣をつぶしまくったのだろ。
そう考えればノッブやサルは元主家を残したけど「そこまで影響力がない」と判断されたのに対して徳川は「豊臣家の影響力」を恐れたからこそ…とも取れる。

>幕末の倒幕の口実にも使って貰えさえしない

藤堂家が「もと、豊臣家の家臣だったので…」とか言って寝返っているけどね…というか250年前に根絶やしになった家を口実ってさすがに無理ありすぎでしょ
296.名無しさん:2020年02月18日 11:55 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
※289
よく勘違いされてるけど秀吉は将軍にはなれたんだよ。秀吉は断ったけど。

あえてより難易度の高い関白を目指した。
色々理由が考えられるけど一番は足利義昭の存在。秀吉が将軍になっても前将軍義昭の権威は落ちないから反秀吉が担ぎ上げる可能性大(実際西国大名は京追放後の義昭を都合のいい御輿として利用していた)。

秀吉は関白となって義昭(つまり足利氏)から将軍職を取り上げる事で無力化した。家康が将軍職になれたのも足利氏の家職じゃなくなったからというのが大きい。
297.名無しさん:2020年02月18日 12:13 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
なんか本人を降霊したかのように「お気持ち」を断定して述べられてる件www
盲目的信者ってこんなのばっかだな
298.名無しさん:2020年02月18日 12:25 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
※297
君って室町幕府を調べた事あるかい?

調べた人なら分かるだろうけど、初代尊氏の頃から内ゲバが続いていたんだよ。三代義満の頃に後継以外は寺にぶち込む事にして一旦安定したがね。
しかし六代義教が僧籍から将軍になってからはその慣例が守らなくなってきて結局内ゲバが再開された。

かつて信長が義昭を担いだのは「足利の嫡流」だったから。それは追放後も変わらない。足利の嫡流か成り上がり者、どちらも将軍だとして常識的に考えて大名はどちらの権威を有難がるかね?

貴方は信者云々以前に時代背景を理解してないよ。
299.名無しさん:2020年02月18日 12:42 ID:BYyRvGex0▼このコメントに返信
>>289
源氏の棟梁に農民如きがなれるわけねーだろw
300.名無しさん:2020年02月18日 12:43 ID:BYyRvGex0▼このコメントに返信
>>295
そもそもお前大坂の陣の先陣部隊やないかとw
301.名無しさん:2020年02月18日 12:44 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
室町幕府を調べたら勝手にお気持ちを察して代弁できるなんて歴史学者の権威でもしない愚行
302.名無しさん:2020年02月18日 12:47 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
よく勘違いされてるけど秀吉は将軍にはなれたんだよ。秀吉は断ったけど。
秀吉は断ったけど。
断 っ た け ど 。

要出典
303.名無しさん:2020年02月18日 13:10 ID:qdvei6Yr0▼このコメントに返信
※299
源氏の棟梁=将軍になれる要条件ではない
そもそも秀吉がなったのはそのさらに上の公家の棟梁なんだが…。
304.名無しさん:2020年02月18日 13:19 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
※299
将軍になるのに「源氏の棟梁」は要らない。極端な話朝廷が認めればいいだけ。
だが世間の反応は別。

因みに秀吉は関白になるのに藤原氏の棟梁になってるからね(秀吉存命時には藤原氏の氏長者がいない)。
305.名無しさん:2020年02月18日 13:24 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
※301
足利義昭の影響力が低くないのは戦国期の学者なら誰でも知ってるレベル。

※302
『多聞院日記』。当時最高の知識層の一員である興福寺の僧侶が書いた一級資料。
戦国期の近畿を調べるならかなり重要になる史料だが、これの記述を否定するなら日記を上回るソースを見せて。
306.名無しさん:2020年02月18日 13:43 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
※305
『多聞院日記』どの写本の誰の編纂の何巻?

「よく勘違いされてるけど秀吉は将軍にはなれたんだよ。秀吉は断ったけど。」

これが何一つ間違っていない事の裏付けにタイトルだけを出されても困る
少なくとも征夷大将軍を誰に打診されて断ったのかくらいは明記されてないと断言できないよねぇ?

はよwww
307.名無しさん:2020年02月18日 13:47 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
※305
足利義昭の影響力が低くないのは戦国期の学者なら誰でも知ってたら、お気持ちを断定してしまっても問題ないんですかぁ?
まるで本人に聞いたかのように「あえてより難易度の高い関白を目指した」なんて断言しちゃっていいんですかぁ?
308.名無しさん:2020年02月18日 14:04 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
※306
ねえ、こちらは答えたんだから次は君だよ。
今時、題さえ分かれば内容の真偽なんて簡単に確認できる。

今度は君が「秀吉が将軍になれなかったから、しょうがなく関白を目指した」というソースを提示してね。これもネットで調べれば簡単に分かるだろうけど。

※307
>「あえてより難易度の高い関白を目指した」
武家の有力者なら任官にある程度の融通が効く征夷大将軍(結構な人数が該当)と五摂家の当主(つまり5人)。
算数ができるならどっちがなりにくいか分かるはずだが。

あと足利義昭については「調べろ」としか言えない。一つ確かなのは将軍返還後も秀吉に重用された事。
309.名無しさん:2020年02月18日 14:18 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
※308
「今度は君が「秀吉が将軍になれなかったから、しょうがなく関白を目指した」というソースを提示してね」

そんなん一っ言も言ってない件www
そうかー、そーやって有りもしない自分解釈満載の文言を作り上げて断言しちゃうヒトかー

かってに人様の発言を捏造しちゃった訳だけど、どんな一級資料のタイトルを持ち出して「勉強しなさい(キリッ」って言っちゃうん?
310.名無しさん:2020年02月18日 14:20 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
今いる他人の発言も勝手に捏造しちゃうんだから、そら死人の意図も計画も好き放題言えちゃうよねwww
311.名無しさん:2020年02月18日 14:48 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
※309※310
君って真面目に答える気ないだろう。まあいいけど。

因みに死者の意図をねじ曲げるのは秀吉に関してもある。「秀吉が将軍になれなかった不甲斐ない奴」のソースを辿れば林羅山に着く。
林羅山と言えば御用学者で徳川の都合のいい解釈へ結論を持っていく達人。
312.名無しさん:2020年02月18日 15:32 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
※311
林羅山とかどうでもいいから「秀吉が将軍になれなかったから、しょうがなく関白を目指した」とか沸いて出た発言のソース
はよw

手前勝手なお気持ちの真面目に答える気の有る無しの前に、つい最近自分の書いた内容の裏付けをして下さいな
313.名無しさん:2020年02月18日 16:22 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
※312
「」の部分については謝るよ。ごめんね。

裏付け?別に君が信じないならそれでいいからしないよ。一から十まで説明されないと分からない子供じゃないだろ?目の前の端末で調べるといい。

そんな事言ったら何から何までソースが必要になるぞ。
例えば藤原道長は「御堂関白」と呼ばれていたと説明して「関白になってないのに何故?ソースは?」と聞かれたら道長の日記『御堂関白記』を教えればいいが、「それは自称であって通称じゃない、そう呼ばれていたというソースは?」とか幾らでも難癖はつけられる。

これ以上続けても不毛なだけだから本題に戻ろう。君は何故豊臣政権が長続きしなかったと思う。ここにいるという事は自分の意見があるんだろ?
314.名無しさん:2020年02月18日 16:37 ID:qdvei6Yr0▼このコメントに返信
※156
315.名無しさん:2020年02月18日 16:49 ID:qdvei6Yr0▼このコメントに返信
※156
※314
劉備的には夷陵の戦いのボロ負けで多くの将兵を失いしかも外交的には孤立状態、国内で反乱がおきまくっている滅亡ほぼ確定の蜀をうまく清算して息子らがある程度たちゆくていどにしてやってほしい的ニュアンスだったかもしれないし、李厳ではなく(もしくは一緒ではなく)諸葛亮ならば息子たちをむげにはしないだろう、と思ってのことかも。

まさか、国家滅亡寸前の国をわずか数年で立て直して、国力比1:7で殴り込みをかけてしかも終始優勢とか言う「演義よりも正史のほうがバケモン」じみたやつだった、とはさすがに思っても見なかったりして。
316.名無しさん:2020年02月18日 16:51 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
※313
何から何までのソースの隙間を推測で埋めて話すならいいけど、お前のようにさも見てきたかのように断言するわ他人の発言さえも捏造するわな、お勉強してきたボクチンの感想しか認めんし押し付けたがる「ヤカラ的行為」を改めるだけでいいんだよ?

お前が今まで見てきた資料も推測も否定されちゃいかんけど、往生際が悪く逃げて誤魔化す性根は否定されるべき愚行だからな?

「」の部分だけ謝るとかトリミングして逃げないで 有りもしない自分解釈満載の文言を作り上げて断言しちゃうヒト から卒業しろよ
317.名無しさん:2020年02月18日 17:08 ID:wXJD8SOF0▼このコメントに返信
※316
>お勉強してきたボクチンの感想しか認めんし押し付けたがる「ヤカラ的行為」
どこのどの部分?「自分解釈満載の文言」とは何?

あえてより難易度の高い関白を目指した→藤原摂関家の当主五人しか候補者がいないんだから「難易度が高い」に嘘はない。
足利義昭の存在、秀吉が将軍になっても…→室町幕府後期の内ゲバを調べれば容易にたどり着く結論。
初代尊氏の頃から…→史実。
と説明はできるんだよ。

こっちは逃げたんじゃなくて、これ以上続けても本題から外れるだけだから仕切り直したいと言いたかったんだが。

それを言うなら君も中々面白い事書いているじゃないか。
「上洛の口実に利用した足利義昭を追放したのに、名誉職に落ちぶれた名ばかりとは言え将軍位を簒奪までしちゃったら、日本各地に散らばってる源氏が反秀吉で結託する口実ができちゃうからね」
これは何故断言できるの?しかも何故源氏が反秀吉に動くの?

「どんだけ無茶な事をやっても慕われるカリスマ性のある人物ではないから」
これも疑問だね。カリスマ性がないって何故言えるの?
318.名無しさん:2020年02月18日 18:05 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
※317

武家の有力者なら任官にある程度の融通が効く征夷大将軍(結構な人数が該当)と五摂家の当主(つまり5人)。
算数ができるならどっちがなりにくいか分かるはずだが

ここから「あえてより難易度の高い関白を目指した」と秀吉の決断を事実化のごとく語りだしちゃった自分の発言振り返ってどうぞ
319.名無しさん:2020年02月18日 18:35 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
何をどう仕切り直したいのかはプロサッシストじゃないから知らんけど、お気持ち担当大臣は死人の代弁やめときゃ博識な坊っちゃん程度で済むってだけだよ?

こっちのは全部レス読んで多分こんな感じだろうなーって推論だから、お気持ち代弁じゃなくて普通の事実と推測の列挙で「そーなんだー」で白旗上げる用意はできてるし
イタコじゃないから当時の人々の細かい機微なんて知らんからねw

見えてる情報から考えるのは楽しいけど、死人どころか他人の発言でさえ勝手に行間を作って事実化のように振りかざして吹っ掛ける結論有りきな輩のファンタジー小説はお断り
320.名無しさん:2020年02月18日 18:40 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
※318
「室町幕府後期の内ゲバを調べれば容易にたどり着く結論」って書いたよ。簡単に言うと秀吉が将軍になっても権威は義昭に勝てないという事。15代続いた武家の権威は伊達じゃない。

こちらだけでなく自分の奴も答えて欲しいな。※317の最後の二つにね。
これだけ偉そうに言うのだからまさか「自分解釈満載の文言」じゃないよね?

321.名無しさん:2020年02月18日 18:41 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
※319
「上洛の口実に利用した足利義昭を追放したのに、名誉職に落ちぶれた名ばかりとは言え将軍位を簒奪までしちゃったら、日本各地に散らばってる源氏が反秀吉で結託する口実ができちゃうからね」
「どんだけ無茶な事をやっても慕われるカリスマ性のある人物ではないから」

他人の発言でさえ勝手に行間を作って事実化のように振りかざして吹っ掛ける結論有りきな輩のファンタジー小説ってこれ?
322.名無しさん:2020年02月18日 18:43 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
※321
「あえてより難易度の高い関白を目指した」

これどこの誰情報よーw
はよ
323.名無しさん:2020年02月18日 18:54 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
※322
「日本各地に散らばってる源氏が反秀吉で結託する口実ができちゃうからね」

これどこの誰情報よー
はよ
324.名無しさん:2020年02月18日 18:59 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
「上洛の口実に利用した足利義昭を追放したのに、名誉職に落ちぶれた名ばかりとは言え将軍位を簒奪までしちゃったら、日本各地に散らばってる源氏が反秀吉で結託する口実ができちゃうからね」
これ※289の疑問に答えただけで具体的に誰がどうしたとかじゃなくない?
〜を簒奪までしちゃったら〜 〜口実ができちゃうからね
仮定に仮定を重ねた持論を断言しただけですが、死人のお気持ちを勝手に察して事実化しちゃってますかねぇ?

「どんだけ無茶な事をやっても慕われるカリスマ性のある人物ではないから」
人たらしって後世の評価にしても、[トリミングされましたw]、全方位におべっか使ってゴマすりまくって取り入ろうとしていた事実の積み重ねによるものでもあるんだし
後世の評価に対する持論なうえに、文末は「人物的には軽薄だったんじゃない?」とどこから見ても推論ですが何か?

で、トリミングしてはしゃいで反論した気になってないで「あえてより難易度の高い関白を目指した」と死人を降霊しちゃった以外の根拠を
はよ

オウム返しで逃げるのナシなw
325.名無しさん:2020年02月18日 19:03 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
>>324
「全方位におべっか使ってゴマすりまくって取り入ろうとしていた事実の積み重ねによるものでもあるんだし」
これの具体例は?そしてソースは?

「仮定に仮定を重ねた持論を断言しただけ」ってこちらも言えるんだよね?

逃げないからさ「日本各地に散らばってる源氏が反秀吉で結託する口実ができちゃうからね」の理由を教えてよ。ずっと気になっているんだ。義昭の危機が何故源氏の蜂起に結びつくのかね。
326.名無しさん:2020年02月18日 19:08 ID:KlN1T4720▼このコメントに返信
>>283
あのうちゃんと文意くんでる?俺は政治システムを作れなかった
秀吉は家康よりも統治能力で劣ってると書いてるのだが、どこを
どうすればそんな結論になるのやら、他人を罵倒する前に読め。
327.名無しさん:2020年02月18日 19:15 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
※324
君の言葉で言えば「死人のお気持ちを勝手に察して事実化」じゃなくて「事実を基にした持論を断言しただけ」なんだよね。何故死人が云々言うのかな?
328.名無しさん:2020年02月18日 19:18 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
※325
成り上がるまでの上にも下にも気遣いしまくったエピソード満載だけど、ご立派な一次資料とか出せませんからねぇ?
その秀吉を右に左に振り回しても背きまではされなかった信長様のカリスマ性と比べるのは反則だったりしちゃう?

日本各地に散らばってる源氏が反秀吉で結託する口実ができちゃうってのも、故あらば結託してボコりにくるのは
信長包囲網とかあったからだよ?
義昭を担いで上洛した殿様の地盤を引き継いだ秀吉が「将軍になるから」って足利家を潰したら源氏なめとんかコラ
って呉越同舟で武家のメンツを守りに来るんじゃないかなー?ってんですが、何か?

で、「あえてより難易度の高い関白を目指した」と死人を降霊しちゃった以外の根拠は?
仮定に仮定を重ねたら目指しちゃうお気持ちを断言できちゃう権利も得られちゃう感じ?
329.名無しさん:2020年02月18日 19:20 ID:lhRGENXV0▼このコメントに返信
※328
君の言葉で言えば「死人のお気持ちを勝手に察して事実化」じゃなくて「事実を基にした持論を断言しただけ」なんだよね。何故死人が云々言うのかな?
330.名無しさん:2020年02月18日 19:23 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
「あえてより難易度の高い関白を目指した(んじゃないかな〜?)」と察してほしかったりする?
331.名無しさん:2020年02月18日 19:28 ID:K2EqEihU0▼このコメントに返信
※328
>秀吉を右に左に振り回しても背きまではされなかった信長様のカリスマ性と比べるのは反則だったりしちゃう?

君は何をもって信長のカリスマが高いと思うの?何をもって信長のカリスマを測っているの?勘違いしないで欲しいが信長のカリスマの高さは否定しない。でもその根拠は?

>義昭を担いで上洛した殿様の地盤を引き継いだ秀吉が「将軍になるから」って足利家を潰したら源氏なめとんかコラって呉越同舟で武家のメンツを守りに来るんじゃないかなー?

どうだろうね。この時代の源氏にそれほどの団結力があるかな?
それなら関白秀吉が義昭から将軍を取り上げた(形式上は自主返上)時に動いたはずだし、そもそも信長が義昭を追放した時にもっと動いたんじゃないかな?
332.名無しさん:2020年02月18日 19:35 ID:K2EqEihU0▼このコメントに返信
※330
任官難易度が「将軍<<<関白」なのは推測じゃなくて事実ね。北畠親房や足利義満レベルでも関白にはなれなかったんだから。

「将軍対前将軍・将軍候補」が何度もあったという事実を基に考えれば分かるが、「将軍秀吉対前将軍義昭」になる可能性は高い。過去の例でも将軍ではない方が勝った事があった。ただ将軍になるだけならリスクが高いんだよ。

これは「事実を基にした持論を断言しただけ」ね。
333.名無しさん:2020年02月18日 19:47 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
お気持ち担当大臣のくせに察し悪いのも仕様なのかね?

難易度の高さ 関白 > 将軍 は事実でも

[あえて] より難易度の高い関白を [目指した] は事実でもなんでもねぇよ
勝手に死人の意思を固定するなっての
334.名無しさん:2020年02月18日 20:05 ID:K2EqEihU0▼このコメントに返信
※333
>[あえて] より難易度の高い関白を [目指した] は事実でもなんでもねぇよ
「事実を基にした持論を断言しただけ」だが。

「仮定に仮定を重ねた持論の断言」は良くて「事実を基にした持論を断言しただけ」は駄目なのか?君の基準が分からないね。

そもそも関白なんて「あえて目指さないと」百姓出身の秀吉とは一生縁がないよ。
まさか朝廷が秀吉懐柔のために関白を与えたと思ってるの?普通に考えて「機嫌取りなら将軍か太政大臣でいいじゃん」となるし。今までそうして来たんだから。
335.名無しさん:2020年02月18日 20:06 ID:WA1jga.m0▼このコメントに返信
※248
まるで秀吉が主君の織田家を大切に扱って乗っ取ってない様な言い方・・・・
336.名無しさん:2020年02月18日 20:21 ID:70PkEFyz0▼このコメントに返信
※335
秀吉も家康も元主家を尊重してはいるんだよ。自分が扱い易いペットとしてね。
337.名無しさん:2020年02月18日 20:51 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
そして、まるで見てきたかのように語るのだから終わってるね
自分の信じたシナリオ以外お断りなヒトに触って損したわw
338.名無しさん:2020年02月18日 21:02 ID:70PkEFyz0▼このコメントに返信
※337
なら君は秀吉の関白任官にどんなシナリオを見てるの?自分なりの意見はあるだろ。

そして聞くけど「仮定に仮定を重ねた持論の断言」は良くて「事実を基にした持論を断言しただけ」は駄目なのか?

結局君はふざけてるだけなのか。相手にして損したよ。
339.名無しさん:2020年02月18日 21:30 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
「事実を基にし(て思惑まで勝手に捏造してさも事実かのように能弁垂れ)た持論を断言しただけ」
論外

ドラマや映画を見て「史実はこうだった」と喚くアレとなんも変わらん
言われて悔しかった言葉をそのままオウム返しするのまでそっくり
340.名無しさん:2020年02月18日 21:40 ID:70PkEFyz0▼このコメントに返信
※339
いや、君のあやふやな基準が気に入らないだけでそれ以外は特に何も。君は中々面白いからね。

>「事実を基にし(て思惑まで勝手に捏造してさも事実かのように能弁垂れ)た持論を断言しただけ」
具体的にどこがそれなのか言わないと分からないよ。それなら「事実ですらない仮定を基にした持論の断言」こそ論外になるが。ただの妄想だし。
341.名無しさん:2020年02月18日 21:42 ID:Eci4QRKU0▼このコメントに返信
ID変えてまで粘着すんな
342.名無しさん:2020年02月18日 21:43 ID:70PkEFyz0▼このコメントに返信
※341
スマホだから見えない。
343.名無しさん:2020年02月20日 10:50 ID:d7.eyU0E0▼このコメントに返信
レスバ吹っ掛けた相手の、まだ流されてもないレスを噛みつきやすいように脳内変換して絡んだ馬鹿が出した資料なんて、
きっちり中身の記述も添えて説明しないと信用されるわけ無いじゃんw
太閤立志伝あたりでHIDEYOSHIのファンになったキッズいじめたら駄目だよ
横山版三国志で三国志の全てを知った気になってるのと一緒なんだからw

顔真っ赤にして言われた言葉をおうむ返しした挙げ句に『君は中々面白いからね』なんて、隠す気のないキッズ感しかないじゃんw

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