2020年01月12日 09:05

歴史上の人物で弱小だったのに強大な敵に打ち勝った奴っておるんか?

歴史上の人物で弱小だったのに強大な敵に打ち勝った奴っておるんか?

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引用元:歴史上の人物で弱小だったのに強大な敵に打ち勝った奴っておるんか?
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1577961253/

1: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:34:13 ID:WyJ
大体数でゴリ押しやん

2: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:34:54 ID:pH5
ノッブ…

5: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:35:45 ID:WyJ
>>2
最初から強そうオーラやん

3: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:35:03 ID:mPE
スパルタ「おっそうだな」

6: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:36:02 ID:3mt
日露はこれに含めてええやろ

9: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:36:36 ID:WyJ
>>6
ロシア革命でゴタゴタしてただけやないんか?

14: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:39:42 ID:3mt
>>9
それで軍人の数や戦艦の数が減るわけでもないかろ

10: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:36:55 ID:lqN
阿片戦争の英軍

11: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:37:27 ID:WyJ
>>10
当時のイギリスとか技術力ナンバー1やろ

12: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:39:20 ID:aLa
実際信長そこそこ桶狭間の前からそこそこ土地はもってなかったか

15: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:40:33 ID:vaP
弱小ではあるけど父親が内政面でかなり有能でその代から頭角表してる
ってパターンがかなりあると思うわ

16: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:42:05 ID:p0e
楠木正成知らないんか?太平記読めば分かるで

20: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:44:32 ID:WyJ
>>16
敵側が烏合の衆やし

18: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:43:48 ID:iNS
元寇

19: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:43:57 ID:voo
桶狭間は1:10ってのは嘘やね
1:2くらいだったもよう
それでもスゴいけど

27: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:49:28 ID:Now
>>19
昔の説だとしてもほぼ全軍でやや孤立気味の本陣狙い撃ちだから言うほど兵力差ないのよね

26: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:48:37 ID:rMl
そらもうナポレオンよ
たった一人でヨーロッパ制したのはヤバい

35: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)20:09:49 ID:WyJ
>>26
ナポレオン最初から強キャラやん

29: 名無しさん@おーぷん 20/01/02(木)19:50:00 ID:zpO
河越夜戦とか厳島の合戦とか桶狭間とかあれ壮快やったろうなあ

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.敵は韓.国・韓.国.人(シ.ン.パ・帰.化含む。):2020年01月12日 09:08 ID:YN6Dznan0▼このコメントに返信
敵は『韓.国・韓.国.人(帰.化・シ.ン.パ含む。🤭(*≧ω≦)🤭)』🤭(*≧ω≦)🤭


竹.島・北.方.領.土は必ず奪還する。🤭(*≧ω≦)🤭


横田めぐみ他、拉致被害者は必ず救出する。🤭(*≧ω≦)🤭
2.名無しさん:2020年01月12日 09:11 ID:dHJRIvxK0▼このコメントに返信
フランス革命市民
3.名無しさん:2020年01月12日 09:15 ID:jR1zvFc.0▼このコメントに返信
のぼうの城
4.名無しさん:2020年01月12日 09:19 ID:BMNja04F0▼このコメントに返信
毛利元就かな。
5.名無しさん:2020年01月12日 09:19 ID:aHwHJ9nP0▼このコメントに返信
コルテスくん
6.名無しさん:2020年01月12日 09:20 ID:5AzFVGKi0▼このコメントに返信
赤壁の戦い、20万VS3万
7.名無しさん:2020年01月12日 09:21 ID:w3HlLDSK0▼このコメントに返信
ピサロとかコルテスとか戦略的には弱小のはずだけど国滅ぼしてるな。
武器の差あるけど、持たずともそれが未知でなかったり原住民がちゃんと結束してりゃ人海戦術でどうにでもなったと。
まぁヨーロッパから持ち込まれた伝染病の耐性だけはどうしようもないけど
8.名無しさん:2020年01月12日 09:29 ID:PtN2DrYI0▼このコメントに返信
桶狭間は今川の勇将や猛将との戦いを回避して、本陣を襲えたからなあ
バラけて進軍したらアカン
9.名無しさん:2020年01月12日 09:30 ID:jnT5wkes0▼このコメントに返信
一々事例を挙げるのが面倒くさいくらいいっぱいあるだろ
10.名無しさん:2020年01月12日 09:31 ID:j.0VqYxe0▼このコメントに返信
某ブラウザゲームでおなじみ木村昌福少将 かな、海軍兵学校では下位の成績で
出世コースからはずれてたが絶望的な状況下でキスカ撤退、多号作戦、礼号作戦を成功させている
「打ち勝った」というより、ピンポンダッシュして逃走みたいな作戦だけど
11.名無しさん:2020年01月12日 09:36 ID:au9j40ug0▼このコメントに返信
人物が強キャラは駄目
技術差があっても駄目
相手が烏合の衆も駄目
どういう状況を想定してるんですかね?
12.名無しさん:2020年01月12日 09:36 ID:T11o6zpu0▼このコメントに返信
「打ち勝つ」の定義がわからん
戦闘レベルなのか、戦術レベルなのか、戦略レベルなのかがわからん。

戦闘、戦術レベルで弱小が強大をうち破ることはままあるが、
戦略レベルではほぼない。
なぜなら、戦略レベルでの勝利というのは、強大になることだからな。
13.名無しさん:2020年01月12日 09:37 ID:Alz8vsNC0▼このコメントに返信
織田信長
14.名無しさん:2020年01月12日 09:37 ID:tRbJDq8.0▼このコメントに返信
古代ギリシャのペルシャ戦争
あとアレクサンドロスのvsペルシャ
15.名無しさん:2020年01月12日 09:38 ID:31yU1JH00▼このコメントに返信
島津300対伊東3000の木崎原
16.名無しさん:2020年01月12日 09:38 ID:JDPJU.rM0▼このコメントに返信
功山寺決起
17.名無しさん:2020年01月12日 09:39 ID:T11o6zpu0▼このコメントに返信
※11
七人の侍かなぁ?
18.名無しさん:2020年01月12日 09:39 ID:Ws9qupHt0▼このコメントに返信
誰を挙げてもても最初から強そう言われたら何も言えんわ
無能かつ弱小で強大な敵に打ち勝った奴なんているかよ
19.名無しさん:2020年01月12日 09:40 ID:Fp0.RfY80▼このコメントに返信
「弱小」が、弱くて多勢も強くて少数もダメなら
なかなか当てはまらないかな

競技系ならあるかも
20.名無しさん:2020年01月12日 09:41 ID:lYQz4WbU0▼このコメントに返信
国だけどベトナムかな。
当時のアメリカは完全無欠の強弱だったし
それを弱小ベトナムが破ったのは確かに大金星。
21.名無しさん:2020年01月12日 09:44 ID:46Xo9a0a0▼このコメントに返信
強大な敵に打ち勝ったから、歴史上の人物になった例が多いと思うな。
エルアラメインのアレキサンダーとかカルタゴのハンニバルとか。
22.名無しさん:2020年01月12日 09:47 ID:T11o6zpu0▼このコメントに返信
弱小が強大に勝ったら、
それは少なくとも「弱」ではなかった、ということだ。

小が大に勝つ話は割とある。
23.名無しさん:2020年01月12日 09:49 ID:sdvXCzcg0▼このコメントに返信
最初から強キャラやん、て。それがなんの反論になってんだよ
24.名無しさん:2020年01月12日 09:53 ID:dD5upt4j0▼このコメントに返信
ジャンヌダルクとか?(適当)
25.名無しさん:2020年01月12日 09:54 ID:b1c9egvO0▼このコメントに返信
絶対認めないマンがスレたてるとこんな感じになる
26.名無しさん:2020年01月12日 09:54 ID:Hzz6uUFF0▼このコメントに返信
「選挙ヘイト」に直面した街 ヘイトスピーチ対策法の限界と課題 ← YouTubeで検索
27.:2020年01月12日 09:54 ID:Hzz6uUFF0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
28.コロンブス:2020年01月12日 09:55 ID:jmcss7dm0▼このコメントに返信
台湾の選挙、スレにしないの?
泣いているの?w
次は侵略地がどんどん独立するぞ。
29.名無しさん:2020年01月12日 09:57 ID:9cFkA4vP0▼このコメントに返信
いちいち反論してるが敵も万全なら数多い方が強いやんけ
30.名無しさん:2020年01月12日 09:59 ID:BMNja04F0▼このコメントに返信
秀吉
31.名無しさん:2020年01月12日 10:00 ID:CREUQ.0h0▼このコメントに返信
※8
でも、それが戦術というもの
他の家来はほとんどセオリーの籠城しか思いつかなかったんだから
32.名無しさん:2020年01月12日 10:01 ID:T11o6zpu0▼このコメントに返信
※30
後半は、数をそろえて心折れるまでぶん殴る太閤様やんけ。
33.名無しさん:2020年01月12日 10:01 ID:N9K9UrfW0▼このコメントに返信
小戦力で大戦力を倒そうとするのは基本的に難しいでしょ。
局地的に戦術的勝利できたとしても戦略的に敗北すると駄目だし。
34.名無しさん:2020年01月12日 10:01 ID:tN.WyT3v0▼このコメントに返信
※3
三成「敵方が開城したいって言ってきたわ」
佐竹「そりゃ良かったな」
秀吉(書状)「それじゃつまらん。そうじゃ佐吉、水攻めしろ」
三成「ええっ?」
長束「マジで?」
→結果
35.名無しさん@ほしゅそく:2020年01月12日 10:02 ID:fs8HhphJ0▼このコメントに返信
そらヘイヘやろ?
36.名無しさん:2020年01月12日 10:03 ID:T11o6zpu0▼このコメントに返信
※35
37.名無しさん:2020年01月12日 10:03 ID:T11o6zpu0▼このコメントに返信
※35
冬戦争は負けたわけじゃないけど、勝ったわけでもないからなぁ。
38.名無しさん:2020年01月12日 10:03 ID:mA.GUT7c0▼このコメントに返信
少数対多数でなんでも有りなら九戸政実
39.名無しさん:2020年01月12日 10:05 ID:NppDHIyD0▼このコメントに返信
最初から強キャラだからダメって
なんなんだよ、めんどくせぇイチだな。
40.名無しさん:2020年01月12日 10:05 ID:tN.WyT3v0▼このコメントに返信
※7
アステカ人「白い人だ!神様が戻ってこられたぞ!歓待しろ!」
ワアー!
スペイン人「なんだこの野蛮人射殺したろ!」
テストカポリトカとか海に旅立ったマヤ・アステカの神は白いと言われていたので
反抗出来なかった説
41.名無しさん:2020年01月12日 10:05 ID:DbFQdIIf0▼このコメントに返信
楠木正成公やろ
42.名無しさん:2020年01月12日 10:06 ID:bOY2Pvgk0▼このコメントに返信
ゲルマン流民移民でローマ崩壊とか?元寇で造船での手抜きとか?戦争に対して強烈な風刺画を描いてアメリカを負かしたとか?

本当に力を持っていない場合は戦いにすらならないし、攻撃の仕方も弱者のそれだけど、時に効果的になる。
43.名無しさん:2020年01月12日 10:06 ID:NKWFrfGN0▼このコメントに返信
シナの三国志とかみれば、出てくるんじゃないのか?
臆病な烏合の衆に、少数の勇敢な者の戦いなら、簡単に結果が出る。

物語上では、源平の時にもあったような。
44.名無しさん:2020年01月12日 10:06 ID:Ih42zRNy0▼このコメントに返信
細川護熙
45.名無しさん:2020年01月12日 10:08 ID:1DW71BEs0▼このコメントに返信
鬼島津が朝鮮でやった泗川の戦い
46.名無しさん:2020年01月12日 10:10 ID:IHrVUyac0▼このコメントに返信
※40
民族間の確執があり、コンキスタドールが来た事で内戦が勃発しただけやで。
47.名無しさん:2020年01月12日 10:10 ID:NKWFrfGN0▼このコメントに返信
そうそう、今川了俊さんの場合は、
勝てる状態を、自分で作って、九州平定をしている。
48.名無しさん:2020年01月12日 10:10 ID:6fLDM2oi0▼このコメントに返信
>>10
>某ブラウザゲームでおなじみ
全然要らない情報だな。むしろ木村少将は知ってても
そのゲームの方が見当もつかんわ。
49.名無しさん:2020年01月12日 10:10 ID:d7MO1GIm0▼このコメントに返信
ここまで頼朝が出てないとは・・・
世代間ギャップやなあ
50.名無しさん:2020年01月12日 10:11 ID:CtMF.NOa0▼このコメントに返信
なんだこのイッチ
せっかく上がった名前見て相手がどうだとか難癖つけて拒否るって
見ててイライラするスレだな
51.名無しさん:2020年01月12日 10:11 ID:6fLDM2oi0▼このコメントに返信
>>25
何しにスレ立てたんだろうな
52.名無しさん:2020年01月12日 10:12 ID:CREUQ.0h0▼このコメントに返信
※29

そう、いちいち反論してるのがおかしいよな

弱い方が必死になって策をめぐらし的の隙をついただけだから。
少勢が多勢に勝つには基本それしかない
その条件で、寡少側の将がそれを実践できるほど軍を一つに動かせた時に「奇跡」が起きる。

多勢側が少勢と同じような気持ちで驕りなく、油断なくち密に動いたらまず勝ち目はない。
少勢が多勢に動揺して一つにならなければ軍が崩れて最初から勝負にならない


多勢にはどうしてもおごりがあって油断と隙が生じる、その隙に対して、家来・家臣(部下)を多勢に対してよくある怯みや、なびかないように(裏切らないように)人心掌握をカリスマ性をもって果たせる将だけが奇跡を起こせる。

自分も一つ例を挙げるなら
真田唱幸だな。
彼は徳川の大軍に2度勝利してるが、特に一度目は最終的に負けもしなかった(2度目は関ケ原で西軍が負けたので、自分の戦に勝っても敗者側になってしまったが)

53.名無しさん:2020年01月12日 10:13 ID:BMNja04F0▼このコメントに返信
※45
警戒している百戦錬磨の大名でも術中にハマる島津の戦術は
よく知らない外国勢には信じられない効果があったかもしれないと思う。
54.名無しさん:2020年01月12日 10:14 ID:IHrVUyac0▼このコメントに返信
※14
当時のギリシャもマケドニアも、ペルシャに見劣りしないんですが……。
55.名無しさん:2020年01月12日 10:15 ID:RgAiC23E0▼このコメントに返信
幕末の長州征伐
 10万VS3500・・・・負ける方のどうかと思うが。この兵力差で歯向かおうとした方も
どうかしてる。この成功体験があるから絶望的国力差のある露西亜に挑むのも無理ない気がする。
56.名無しさん:2020年01月12日 10:16 ID:vvoZ7kha0▼このコメントに返信
※14
アレキサンダーは戦力比で13:1かな、これに匹敵するのはゴラン高原でのイスラエルの勝利だけだったはず。
シャロンは強キャラ認定かな?
57.名無しさん:2020年01月12日 10:19 ID:tN.WyT3v0▼このコメントに返信
※43
劉邦軍56万(烏合の衆)が項羽軍の城を包囲して余裕こいてたら
項羽が3万で打って出てあっさり蹴散らして劉邦軍に20万の損害をだして
劉邦が命からがら逃げ出すとかいうおかしいことやってるし
三國志だと800人の張遼率いる兵が10万の呉軍に突撃して
さんざんに打ち破ったが取り残された兵が「将軍は我らを見捨てるのですか!」と叫んだので
再度突撃して全員救出して戻ってくるとか「将軍は神のような人だ!」とかいうリアル三国無双してたし
(曹仁にもほぼ同じエピソードがあるがどっちが先なのか偶然被ったのか不明)
総大将の孫権が張遼に捕捉されてあわや討ち取られかかるとかやらかしてるし
この一件で孫権は張遼恐怖症になり張遼が病で伏しているときも「張遼が病気でも攻めるべきでない」と
ガグブルしてた
58.名無しさん:2020年01月12日 10:19 ID:WFAECtJu0▼このコメントに返信
※6
赤壁は謎多いからな。
そもそも陸地を南下して来た曹操軍には船が無いし水上戦闘の未経験者が多いから、
降伏したばかりの劉琮の水軍が赤壁での主力になる筈だろう。
正史での記述からすると曹操軍は長江を渡って南岸を進軍し赤壁で周瑜に敗れ、
北岸へ敵前で渡河して烏林に布陣し南岸の周瑜と対峙する事になる。
曹操の率いる全軍が劉琮の僅かな船で渡河して撤退したのに諸将に被害が無いとか考えられないので、
やっぱり周瑜と戦ったのは劉琮軍であり、曹操率いる本隊は北岸の烏林で様子を見てたんだろう。
赤壁で劉琮が破れて帰って来たし疫病による被害も大きいので、残りの船も焼いて撤退が妥当なところじゃないのかな。
59.名無しさん:2020年01月12日 10:19 ID:j.0VqYxe0▼このコメントに返信
※48
いらない情報追加で、一回あたまを冷やすって、しがらみとか惰性とか面子とかあるから現実にはなかなか難しかったりする。

1回目の出撃ではキスカ島の目前まで進出しながらも、霧が晴れた為突入を断念。強行突入を主張する部下たちに「帰ろう、帰ればまた来られるから」と諭して帰投し、状況をよく判断した指揮を行った。痺れを切らした軍令部や連合艦隊司令部からの催促や弱腰との非難にも意に介さず、旗艦で釣りをしたり、司令室で参謀と碁を打つなどして平気な顔をしていたという逸話がある。
60.名無しさん:2020年01月12日 10:20 ID:gCtTiLRS0▼このコメントに返信
※56
ギリシャの方が武装が良いし、ペルシャは大軍であるが故に兵站が圧迫しており大軍の利を全く生かせていないので、そこまでの戦力比があった分けじゃない。
61.名無しさん:2020年01月12日 10:24 ID:x2tprQaP0▼このコメントに返信
ピサロ
13人でインカ征服した
62.煩悩:2020年01月12日 10:25 ID:ntzGbXKO0▼このコメントに返信
少数が多数に勝ったんて沢山あるね、決まっていえるのは少数の方に名将が多い事かな。
毛利vs小寺の英河の戦いや中国大返しでの羽柴秀吉、黒田官兵衛の活躍かな。
63.名無しさん:2020年01月12日 10:28 ID:x2tprQaP0▼このコメントに返信
※62
劣勢を跳ね返してるから名将評価なのでは?
そして劣性側が負けてる戦は、それより何倍も多い
64.名無しさん:2020年01月12日 10:29 ID:gCtTiLRS0▼このコメントに返信
※62
兵が多いのは勝利条件の一つの要因でしかないからな。
65.名無しさん:2020年01月12日 10:32 ID:tN.WyT3v0▼このコメントに返信
※58
よく指摘されることだが面白いのは曹操側の史料には
「疫病が流行り、弱っていたところを劉備に敗れた」と書いていて
呉側の史料にも「曹操は船を焼かれ劉備に敗れた」と書いてあること
ほぼ出番のなかったはずの劉備が曹操を破ったとはこれ如何に
書かれていない劉備(軍)の活躍があったのか赤壁の戦いということ自体がなかったのか
(赤壁の経過が明代の翻陽湖の戦いと酷似していることが指摘されている)
真相は謎のまま
66.名無しさん:2020年01月12日 10:33 ID:AhRH7FIP0▼このコメントに返信
日清日露戦争。どっちも日本より強大な国だった。
67.煩悩:2020年01月12日 10:34 ID:ntzGbXKO0▼このコメントに返信
そんな事決まっているだろ、多数が勝って当たり前、何のために多数を集めるんだか、名将たちだって好きで少数じゃないさ。
信長だって秀吉だって多数でやれればそうしてるだろ。
68.名無しさん:2020年01月12日 10:36 ID:nCdEyCcn0▼このコメントに返信
ホー・チ・ミンだろうなあ。
ビジュアル的にも弱そうなオッサンだし。
69.名無しさん:2020年01月12日 10:37 ID:.cwKIWyi0▼このコメントに返信
毛利元就
70.名無しさん:2020年01月12日 10:41 ID:9JTBWpYV0▼このコメントに返信
※65
曹操側は劉備を戦争相手の代表に考えていた(劉備の方が孫権よりも官位が上)

呉側は史記を書いた人間が、当時の孫家の正統性に問題があると考えていたので、劉備の戦果を必要以上に書いたんじゃね?
71.名無しさん:2020年01月12日 10:44 ID:tN.WyT3v0▼このコメントに返信
※67
少数で敵を破る魔術師ヤン・ウェンリーでも持論は
「常に相手より多くの兵をもって戦うこと」だし
数が多いにこしたことはない
ドズルも「戦いは数だよ兄貴!」って言ってるし
どちらも共通してるのはひ弱な人間でも機械に乗れば戦力になる前提で話してること
ヤンは艦隊が多いほどいい、ドズルもMSが多いほどいいっていう考え
練度とか色々あるだろうけど
韓信も「(兵は)多ければ多いほどいい」って言ってるし
韓信の場合は本当に指揮できそうなのが怖い
ただ言えるのは全員まっとうな最期を迎えていないこと
72.名無しさん:2020年01月12日 10:49 ID:vvoZ7kha0▼このコメントに返信
※60
あのさあ、兵器の質とか練度とか兵站なんかも正確に数値化して戦力比を出せと言うの?アンタ出来るの?
出来ないのなら単純に兵力差で論じればいいんじゃないの。
73.名無しさん:2020年01月12日 10:51 ID:2iouNTPH0▼このコメントに返信
※71
単純な兵が多くなると兵站の維持が難しくなる。関羽の敗死やロンメルの北アフリカ防衛失敗を見れば分かるでしょ?
74.名無しさん:2020年01月12日 10:53 ID:Of1ARMpE0▼このコメントに返信
ハンニバル
75.名無しさん:2020年01月12日 10:55 ID:VlV0rNMh0▼このコメントに返信
日中戦争総司令の松井がいるだろ 多方面同時突破と並行追撃で装備と数で勝る
中国の精鋭軍を徹底壊滅キルレシオ10倍を叩きだした
76.名無しさん:2020年01月12日 10:55 ID:Su91SCoO0▼このコメントに返信
義経の軍団 義経は源氏の大将の一人だが 源氏の本体ではなく 少数の騎馬軍団を率いて 屋島の戦 一之谷の戦で本隊から離れ 平氏の本隊を相手に大勝利をあげた
77.名無しさん:2020年01月12日 10:56 ID:2iouNTPH0▼このコメントに返信
※72
単純な兵力差だけではギリシャやマケドニアの過大評価に繋がる。
78.名無しさん:2020年01月12日 10:57 ID:BMNja04F0▼このコメントに返信
西の元就、東の秀吉
元就は一代で田舎の零細商店の毛利商店を西国一の大会社に成長させた。
秀吉は新興成長企業織田カンパニーに入社して出世し、結果的に織田カンパニーの乗っ取りに成功する。
79.名無しさん:2020年01月12日 10:59 ID:X53AXoaj0▼このコメントに返信
このスレ主の理論展開には何言っても無駄。
弱小が勝った例を求めているのに、
・戦力比少ないのに勝った→質が違うから弱小じゃない
・弱兵で勝った→戦力比が多いので弱小じゃない
・弱小だったが結果的に打ち勝った→勝ったから弱小じゃない
と、結果的から決めつけているので何言っても無駄。
80.名無しさん:2020年01月12日 11:01 ID:mpoOxrVv0▼このコメントに返信
頼朝やろ
義経もそうやが
81.名無しさん:2020年01月12日 11:04 ID:iiEdhWxC0▼このコメントに返信
日本は黒船車でずっと生活が北朝鮮だったからな
平民の諸記事見れば一目瞭然
82.名無しさん:2020年01月12日 11:13 ID:vKUWADgC0▼このコメントに返信
ノッブが単独で強大な敵に勝ったことってないんじゃね。
桶狭間は六角や浅井などの近江からの援軍がいたからこそ織田軍が本陣狙えてるし、
美濃攻略は相手が弱るまで徹底的に十年くらいかけて嫌がらせして衰退して自軍より弱くなってから戦ってる。
それ以降は大軍使っての安牌な攻め戦。
覇者になる奴ってのはこういうもんだろ。
毛利元就は両川政策で防衛強化してから相手領地の住人攫いまくって、攫った住人を売って資産を築きつつ
相手を弱らせてから戦ってるから、やっぱりこんな感じだし。
83.煩悩:2020年01月12日 11:15 ID:ntzGbXKO0▼このコメントに返信
>>80
頼朝の場合、政治的には有能なんだが、戦術面では弱いかも、石橋山の合戦の大敗以降あまり戦いにはでていない。
戦いは向き不向きがあるからネ。
84.名無しさん:2020年01月12日 11:19 ID:.U8n.eLG0▼このコメントに返信
一代でアホみたいに広大な勢力図持った国って最初は大体弱小じゃね?
マケドニアやらモンゴルやら清やら
85.名無しさん:2020年01月12日 11:23 ID:yMte9KB80▼このコメントに返信
本スレのイッチはアホなのかな?
実際勝った例挙げると「強キャラ感が…」とか全く意味がわからん。
86.名無しさん:2020年01月12日 11:25 ID:5KyYHGw40▼このコメントに返信
※10
>「打ち勝った」というより、ピンポンダッシュして逃走みたいな作戦だけど

あの当時、米軍相手に下手に戦闘長引かせるとどうなるか?は
もう各自察してくれw俺の口から語る必要あるまいwww
87.名無しさん:2020年01月12日 11:25 ID:vvoZ7kha0▼このコメントに返信
※73
関羽は知らんが、ロンメルが兵站で苦しんだのは、ヒットラーが重要な戦線とみなしていなかったこと
海上輸送路が不確実だったこと(マルタが大きい)、アフリカの陸上輸送路が伸びきったこと、輸送用の
自動車、トラックそして燃料が不足していたことが原因であって兵力が多いからではない。
88.名無しさん:2020年01月12日 11:28 ID:G3uqj1x90▼このコメントに返信
真田昌幸は駄目なのか?
89.名無しさん:2020年01月12日 11:30 ID:hJPiexNU0▼このコメントに返信
多々良浜の戦いでは足利尊氏は僅か500騎で宮方軍4~5万人を破っているってさ。本当かどうか知らんけど。
90.名無しさん:2020年01月12日 11:31 ID:5KyYHGw40▼このコメントに返信
※61
インカ帝国と言えばつボイノリオの
「ピ~」だらけの名曲がwww
91.名無しさん:2020年01月12日 11:31 ID:vvoZ7kha0▼このコメントに返信
※77
で、そう評価すると何か不都合があるの?マケドニアは強兵で兵站で優っていたし、イスラエルは練度が高く
戦車の性能が優秀で戦場でのサポート能力が高かったから、どちらも実際の戦力比では負けて無かったとか
言いたいの?イッチと一緒じゃね。
92.名無しさん:2020年01月12日 11:34 ID:QsFGpD3i0▼このコメントに返信
毛利元就。

ベトナム戦争はソ連の支援とそのソ連に非軍事品としてトラックや航空機はたまたカネまで支援していたのがアメリカ。
アメリカ独立戦争もフランス+反英同盟軍がイギリスに勝ったというのが真相。
アメリカはゲリラ戦のみ。
93.名無しさん:2020年01月12日 11:35 ID:1BY3eNVo0▼このコメントに返信
舞の海やなw
小錦に勝ったw
94.名無しさん:2020年01月12日 11:35 ID:NLXhABwG0▼このコメントに返信
高杉晋作
しかも絶体絶命から四連勝
将に戦闘の天才
95.名無しさん:2020年01月12日 11:36 ID:F4.mhk.q0▼このコメントに返信
強キャラとかわけわかめw
無双シリーズかなにかの話かな?
96.名無しさん:2020年01月12日 11:37 ID:F4.mhk.q0▼このコメントに返信
>>18
勝った時点で強キャラ評価になるよなw
97.名無しさん:2020年01月12日 11:39 ID:NKWFrfGN0▼このコメントに返信
※81
三河守護の範頼の立場が無いじゃないか。
98.名無しさん:2020年01月12日 11:54 ID:I3xOXSBA0▼このコメントに返信
徳川家康こと松平竹千代がモロ当てはまるじゃん。
自身は人質でたらいまわし、今川の武将として初陣、どさくさ紛れで独立したけど。
今川氏真が伊達政宗みたいな性格だったら速攻で死んでた。
ノッブが死ぬまで織田勢力の一部だったし、独力では武田・北条・上杉どことも勝ってない。
秀吉が死ぬまで豊臣に協力してたし、苦労は十分認めてもいいと思う。
99.名無しさん:2020年01月12日 11:56 ID:lF80.prk0▼このコメントに返信
※87
必要以上の戦果を獲るために補給線を伸ばし、また、戦線を維持するために兵力や戦車を置きすぎていたからな。

兵站管理部門とロンメルの手紙の応酬はロンメルの司令官としての能力に疑惑が生じるので、一般書で扱われないけど、真面目な戦史研究でロンメルの評価は低い。
100.名無しさん:2020年01月12日 12:00 ID:1yJEB.zc0▼このコメントに返信
プロイセンのフリードリヒ大王。
辺境の弱小国を、英仏に次ぐ強国へと一気に押し上げた。
会戦でもたいていの場合、敵より少数でも勝利した。運も持ってたし。
101.名無しさん:2020年01月12日 12:01 ID:.SSQGvx60▼このコメントに返信
洋画の300思い出すけどあれ最後負けるんだよな確か
102.名無しさん:2020年01月12日 12:14 ID:V3NATuYT0▼このコメントに返信
ここまで竹中工務店による岐阜落とし無し
103.:2020年01月12日 12:31 ID:1vBGOme00▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
104.名無しさん:2020年01月12日 12:33 ID:JrPR2gDD0▼このコメントに返信
戦略と戦術と人員掌握と資本的な裏付けと食料生産運搬、武器の生産と練兵など、色々な要素はあるな
105.名無しさん:2020年01月12日 12:37 ID:Y9UjfXFR0▼このコメントに返信
単に頭も力も意思も弱い僕がこんなダメなのは仕方ないって言いたかったのか
それとも日本は中国に人口でも経済力でも劣ったから諦めろって敗北主義か
106.名無しさん:2020年01月12日 12:39 ID:o156PsFK0▼このコメントに返信
※76
その奇襲部隊は少数だったために、完全に平家軍の主力を撃滅とはならず。
平家は戦力を温存しつつ撤退に成功している。

典礼的な戦術的勝利・戦略的敗北。
107.名無しさん:2020年01月12日 12:42 ID:B462x4f10▼このコメントに返信
こんな反論にもなってない否定しかしない糞野郎のスレにはウイルスってだけ書いとけ
108.名無しさん:2020年01月12日 12:46 ID:hJPiexNU0▼このコメントに返信
戦争って基本的に「数×質」だからな。近代戦は質の部分が大きくなったけど、白兵戦主体の時代は数の持つ力は大きかっただろう。「数を集める」というのは名将としての必須条件だった筈だ。
109.名無しさん:2020年01月12日 12:47 ID:.9mCLM7L0▼このコメントに返信
※33
そう。だから大将首を取るしかない。
根元から覆すのは、戦略を超えて政略の部分に結びつける以外にないのよね。

銀英伝のラグナロク作戦時におけるヤンの基本構想がこれだろ。
110.名無しさん:2020年01月12日 12:47 ID:nbBFObem0▼このコメントに返信
秀吉は常に織田家の豊富な金食糧人を仕えたんで全然該当しないだろ
信長は当然だが、まだ家康のほうが該当する
そもそも当時劣性な関東から天下をとってるんで秀吉とは真逆だ
111.名無しさん:2020年01月12日 12:49 ID:nbBFObem0▼このコメントに返信
源平のころなら、たぶん木曽義仲じゃないかな
義経も戦はうまかったんだろうが
112.名無しさん:2020年01月12日 12:50 ID:naWiC9y10▼このコメントに返信
イッチ、サラミス海戦とかどうや?
ペルシャ側からすると100%の情報と優位戦力持って敗北、全軍撤退やぞw
なにせペルシャの王様自分の軍隊が負ける様子を最初から最後までポケーと見るしかなかったやからなw
113.名無しさん:2020年01月12日 12:51 ID:nbBFObem0▼このコメントに返信
戦術戦略とごっちゃになってしまった
114.名無しさん:2020年01月12日 12:51 ID:jO.n81.l0▼このコメントに返信
>>57中華はある程度数字を盛る文化だが、それを差っ引いても項羽と張遼ヤバいわ。
あと個人的には陳慶之を推す
115.名無しさん:2020年01月12日 12:56 ID:.9mCLM7L0▼このコメントに返信
※106
その結果西国に追い込まれたうえに、河野水軍とかが義経に懐柔されて京への復帰が絶望的になってんじゃん。
戦術的だろうが戦略的だろうが、平家は政治的に負けちゃいけなかった。
116.名無しさん:2020年01月12日 12:56 ID:Z7BNNpNd0▼このコメントに返信
赤壁の戦い
まぁ実際は曹操軍に疫病が流行ったり、長年遠征続きで疲労が溜まりすぎていてほとんど戦わず撤退したらしいけど。
117.名無しさん:2020年01月12日 12:58 ID:3xkYC9C20▼このコメントに返信
ソニーのVHS規格とか?
118.名無しさん:2020年01月12日 13:01 ID:goq.cce.0▼このコメントに返信
※58
そもそも火計が呉人の作り話や
魏志武帝紀には劉備と戦って不利だったという記録しかない、そして郭嘉伝では疫病にあって長江南岸の巴丘で船を焼いたとある
曹操は長江を渡って水陸で赤壁まで行きそこで劉備に負けて、来た道である長江南岸巴丘経由して引き返して江陵に戻ったのが実際の所
だいたいにして小船10艘、藁と魚油をぶつけて水上の敵の船団を丸焼けになんてできるわけがない
劉備の手柄だと荊州領有に正当性を失うから無理やり曹操を北岸に移動させて水軍で倒したことにした
だから呉系資料でだけ戦闘が鳥林で行われたとある、この地名は呉系以外の資料では出てこない
正史の執筆者陳寿は呉志だけは知識がなく呉の正史呉書を引き写したからこうなっただけで
陳寿は別の書では劉備が赤壁で大勝したと書いてる
119.名無しさん:2020年01月12日 13:07 ID:P5RH5bfq0▼このコメントに返信
>>7
ヨーロッパ人の方がばい菌だったらしいね。何しろ大航海時代の前世紀に黒死病やって、その生き残りだから耐性が凄い。
大航海時代成功の三本柱が、航海術、銃器、そして免疫力だったという。日本も幕末にコレラ持って来られるし、たまらんわ。
120.名無しさん:2020年01月12日 13:12 ID:goq.cce.0▼このコメントに返信
※57
合肥はたいてい勘違いされてるが800で撃退したわけでも突き破ったわけでもないんだぞ
張遼は騎兵で江を渡ってきた孫権の歩兵部隊をたたいただけで孫権はその後も合肥城を包囲してる。包囲後に疫病があって撤退したんであって
しかも10万は明らかに創作や、魏では功績を10倍にして申告するのがまかり通っていたとあるから
赤壁や夷陵でも3万から4万しか動員できない孫権が10万もの大軍をあの時期に用意できるわけがない
121.名無しさん:2020年01月12日 13:14 ID:P5RH5bfq0▼このコメントに返信
>>24
今で言うと何となく、あのグレタトンペリを思い浮かべる。
同じ16で挙兵して、戦士や指揮官というより兵達の感情掻き立てキャラ。
122.名無しさん:2020年01月12日 13:18 ID:P5RH5bfq0▼このコメントに返信
>>27
日本をナチスと一緒にすんな。右翼なんぞどの国でもいる。そういう奴らがのさばる時っていうのは、
国自体がよっぽどヤバくなった時だけだ。
123.名無しさん:2020年01月12日 13:24 ID:bx3ZgXjr0▼このコメントに返信
毛利元就やろ
信長は一回やけど、元就は三回やらかしてる
124.名無しさん:2020年01月12日 13:35 ID:ccTgWxAU0▼このコメントに返信
要するに下馬評を覆したってのを言いたいんやろ?日清や日露はまさにそれでしょ?ロシア海軍は長い船旅で疲れたとか清は烏合の衆とか腐敗してたとか、桶狭間は今川の本陣をとか、結果論で否定したらそう言う戦いは存在しない。全部負けた側の落ち度がある。だから単純に下馬評を覆した戦いにすれば幾らでもある
125.名無しさん:2020年01月12日 13:50 ID:oIxplYIA0▼このコメントに返信
ヘタレキャラで強大な敵に勝つというとベリサリウスとかかね。
126.名無しさん:2020年01月12日 13:55 ID:AHSLpMBx0▼このコメントに返信
>>12
マケドニアがペルシャ倒したのがそれやろ
戦術レベル積み重ねてたらなんか戦略的に勝ってたって感じはあるが
127.名無しさん:2020年01月12日 13:55 ID:qIAuJqjH0▼このコメントに返信
小泉やろ
確かに自民党ではあるが大派閥でもなかったし
あいつは恐ろしかったわ
128.名無しさん:2020年01月12日 14:01 ID:Y5dHItiI0▼このコメントに返信
毛利元就
兄の死から毛利家当主になるまでは
常に寡兵で大軍に勝ってた
129.名無しさん:2020年01月12日 14:03 ID:BziO5LZi0▼このコメントに返信
>>71
それって「実戦で役に立つ兵士は多いほどいい」ってことかな?
もしソロモン決戦のとき、旧ザクに乗った学徒兵が大量に居ても役に立たんだろうし
その場合は、旧ザクは大量に居ても実際に戦える兵士は居ないってことだよな?
130.名無しさん:2020年01月12日 14:06 ID:xE8d8.hb0▼このコメントに返信
※46
コルテス軍主力だったトラスカラ王国が全く無名なのは寂しいわ、、、
131.名無しさん:2020年01月12日 14:10 ID:MV.bYgHS0▼このコメントに返信
※6
>>6
荊州軍と呉軍の衝突なだけで、曹操軍本隊は無傷やで。
132.名無しさん:2020年01月12日 14:16 ID:goq.cce.0▼このコメントに返信
※131
そんな記録は一切ないぞ
133.名無しさん:2020年01月12日 14:20 ID:MV.bYgHS0▼このコメントに返信
※94
>>94
陸戦で小倉城焼き、海鮮でも勝とか、天才レベル。
134.名無しさん:2020年01月12日 14:21 ID:ycojcHEO0▼このコメントに返信
>>97
一進一退だったから弱いわけじゃないが
頼朝側の方が当時は平家一門より立場弱かったから
明確な勝利が必要だった
結局使いたくない義経を使わざるを得なかったな
135.名無しさん:2020年01月12日 14:21 ID:OMD6mUYz0▼このコメントに返信
これはズール戦争やろ
槍と弓で大砲と鉄砲に戦術的に勝ったんだから
136.名無しさん:2020年01月12日 14:26 ID:DSvHs2510▼このコメントに返信
まあ防衛戦で歴史上いくつも規模は違えどおきとる
まず侵攻側は勝つために数揃えるんやから
相手より数も練度も装備も劣る状態で戦い仕掛ける奴は勝ち戦で歴史に名は刻めんやろ・・・
137.名無しさん:2020年01月12日 14:27 ID:8bG5BmBj0▼このコメントに返信

弱者が 強者を 倒すとなると、戦国時代の 桶狭間を 思い浮かべる者が 多いが、海外に 目を向ければ、中越戦争があるだろう。
近年、近代戦争では 数で勝敗が決まる 事は 無く成った。
核兵器や 生物兵器を使えば、小国でも 十分、 大国と渡り合える可能性が 出来たて事かな。
138.名無しさん:2020年01月12日 14:33 ID:MV.bYgHS0▼このコメントに返信
※132
>>132
主攻の張遼・徐晃・、張郃・于禁は、夏口の劉備攻略だし、
曹操本陣の文官連中に、死者でてないのだから、
曹操軍は、督戦隊でしかないと思うが。
139.名無しさん:2020年01月12日 14:39 ID:6fLDM2oi0▼このコメントに返信
>>59
そっちは要る情報。有益なもの。
140.名無しさん:2020年01月12日 15:04 ID:SQ4ycOJ30▼このコメントに返信
>>138
そもそも軍の衝突があまりなく疫病が流行って退却ってのが実情と言えるな
江陵やら合肥やらを含めればもっと考慮の余地ありやけど赤壁自体そもそも要衝ではないしね
141.名無しさん:2020年01月12日 15:05 ID:wRu6XJnI0▼このコメントに返信
昆陽の戦い
142.名無しさん:2020年01月12日 15:10 ID:SQ4ycOJ30▼このコメントに返信
>>137
中越戦争言うくらいなら普通はベトナム戦争を言わんか?
ヴォーグエンザップとかすごいで?
143.名無しさん:2020年01月12日 15:21 ID:goq.cce.0▼このコメントに返信
※138
そんな記録もいっさいないぞ
そもそも劉備は赤壁にいたと魏志にも蜀志にも呉志にも書いてる
彼らがどこにいたのかは不明だし従軍してたのかもそうじゃないのかもしれない、文官連中が亡くなってるかどうかも不明
少なくとも曹操の初期の文官なんかはいつのまにか消えて記録もない人間が大量にいるんだから
少なくともわかることは曹操は長江南岸の巴丘にまではいたことその先で劉備周瑜に敗れて引き返したことぐらい
陳寿自身は司馬炎への上表文で劉備が赤壁で曹操を大いに破ったと言ってるけど
144.名無しさん:2020年01月12日 15:21 ID:dVpNTPwC0▼このコメントに返信
厳島合戦は実際参加した武将の禄を調べて動員数を推測したら、陶1:毛利0.8 くらいで戦力は拮抗していたって広島大学の誰かの仮説が中國新聞に掲載されてたぞ。
 
現代に流布している伝説は多分に誇張が含まれている可能性が高い。
145.名無しさん:2020年01月12日 15:30 ID:9ODnAYCc0▼このコメントに返信
桶狭間は10:1はさすがに盛りすぎにしても
2:1はない
総力がまず4:1くらいな上、織田家はその2ヶ月前まで分裂してたからな
146.名無しさん:2020年01月12日 15:31 ID:TEnbDWlh0▼このコメントに返信
※100
本人の優秀さは否定しないが、半分父親のお陰でもある。
ここら辺はマケドニアと同じ。
父親が弱小国家をある程度の強国に押し上げて息子が大業をなしたパターン。
両方とも父親が英才教育をしてくれている(フリちゃんの父王は明らかに行きすぎだが)

フリードリヒの歴史を調べたら父親の方が面白かった記憶がある。
147.名無しさん:2020年01月12日 15:34 ID:SQ4ycOJ30▼このコメントに返信
>>143
劉備がいたのは夏口やで?
赤壁はもう少し上流で劉備が赤壁に参戦出来なかったって説は水軍がない劉備が上流で戦うのは無理やからって説
148.名無しさん:2020年01月12日 15:40 ID:TEnbDWlh0▼このコメントに返信
※144
当時は戦う前は自軍の兵数を、勝利した暁には敵軍の兵数を盛るのが常識だからな。
なお負けた時には損害数を過少に宣伝する模様。
149.名無しさん:2020年01月12日 15:59 ID:goq.cce.0▼このコメントに返信
※147
それは説でもなんでもない、単なる史料無視や
君は劉備が後方待機してる漫画の蒼天航路あたりが史実だと思ってないか?
公至赤壁與(劉)備戰、不利。魏志武帝紀
先主、斜趨漢津、適與(関)羽『船』會、~先主(劉備)幷力、曹公戰於赤壁、大破之、焚其舟船。蜀志先主伝
瑜普、爲左右督、各領萬人、與(劉)備俱進、遇於赤壁、大破曹公軍。呉志呉主伝
權遂遣瑜及程普等、與備幷力逆曹公、遇於赤壁。時曹公軍、衆已有疾病、初一交戰、公軍敗退。呉志周瑜伝
先主(劉備)、自樊、將南渡江。別遣(関)羽、乘船數百艘會。蜀志関羽伝

赤壁の戦いについて詳しく記録した正史三国志のどの部分でも劉備は赤壁にいるし、劉備は荊州で味方に付けた水軍数百艘の船を関羽任せてそれと合流してる。水軍がないこともない。魏志では不利とあるだけなので戦闘は小規模だったのか、蜀志と呉志にあるように大勝だったのか、周瑜伝にあるような火攻めで呉軍が大活躍したのか、どれも記録によってまちまちだからそこの論争があるだけや。

蒼天航路の元ネタになった江表伝という呉系の史料をまとめた野史に劉備は後方で高みの見物を決め込んだという記録は一応存在するが、孫盛という晋代の歴史家に呉の人が手柄を独り占めするための曲筆と早々に否定されてて説なんかになりようがない
蒼天航路を真に受けてネットで自説として語ってる人はいるが、歴史学的な説ではない。
150.コロンブス:2020年01月12日 16:01 ID:jmcss7dm0▼このコメントに返信
※148
チャイナの場合話十分の一。
日本の場合話二分の一ぐらいじゃないかと思っている。

兵力の把握が客観的になったのは比較的最近になってからのことだと思う。
損害などは先の大戦でも双方盛ったり、損害は少なく報告しているからどこも信用はできない。
151.名無しさん:2020年01月12日 16:05 ID:1MFrSJuw0▼このコメントに返信
島津四兄弟
最大の功労者は龍造寺を倒した家久(not忠恒)ではなかろうか
152.名無しさん:2020年01月12日 16:12 ID:nVCP6xOB0▼このコメントに返信
シモヘイヘ
153.名無しさん:2020年01月12日 16:16 ID:W7aLJ.vf0▼このコメントに返信
根拠がやる夫ネタなんで偉そうに言えないけど
真田家って結構やってるみたいだったよ
VS北条とかVS徳川とか読み応えあったわ
ただ、防衛線なんだよね
やっぱ寡兵で大軍に立ち向かって勝利するなら防衛線が多くなんのかね
154.名無しさん:2020年01月12日 16:30 ID:CDLKHgEg0▼このコメントに返信
数もなく力もなく知略もなんにもない最弱が勝つ?
それって…漁夫の利以外あるか?
けれども例はある
どこぞの隣国が大戦時ろくに参戦もしてなかったのに都合よく歴史捏造して戦勝国気取りしてるだろ
155.名無しさん:2020年01月12日 16:35 ID:TEnbDWlh0▼このコメントに返信
※149
負けた魏が過少に書いて、勝った蜀呉が大仰に書くのはある意味普通でないか。
火攻めに関しては呉軍が管轄したエリアは火攻めを用いたって話では。
軍勢数に関しては荊州が直ぐに降伏したところを見ると
少なくとも10万を超す大軍だったと思うが百万は盛りすぎだと思う。
156.名無しさん:2020年01月12日 16:36 ID:3z9OPIwm0▼このコメントに返信
>>27
あほかコイツは、狙ってそれが出来たら苦労はしねえんだよ
だからすげえって話だろうが
157.名無しさん:2020年01月12日 16:48 ID:c3KuHWr90▼このコメントに返信
救国の英雄とまで言われているホレーショ・ネルソンだろ。
トラファルガーの海戦はネルソンがいなければ英国はマジで負けてた。
158.名無しさん:2020年01月12日 16:55 ID:Epj0P.aC0▼このコメントに返信
>>4

元就は条件に当てはまりそうだな。えーと領主の父親がなくなったら家臣に乗っ取られて子供の頃から貧しい生活、父親の妾に面倒見てもらってたんだっけ。
159.名無しさん:2020年01月12日 16:59 ID:Epj0P.aC0▼このコメントに返信
>>18

無能で弱小が勝つなら相手がさらに無能で烏合の衆で、もしくは相当に運が良かったか(天変地異が味方したとか)だよな。
でもそれだと「だめ、違う」なんだろ。じゃあどんなのがいいのか模範解答が欲しいわ
160.名無しさん:2020年01月12日 17:07 ID:SQ4ycOJ30▼このコメントに返信
>>149
曹操がいたのが北岸の烏林なのに主戦場を対岸の赤壁と言っていたりおかしなところはいろいろあるからね
劉備が夏口にいたのは逃走経路から言って確定
赤壁を含む荊州南郡は曹操の勢力下だから川を遡ったのも間違いない
それでいて赤壁の戦いは辻褄が合わない
161.名無しさん:2020年01月12日 17:09 ID:RUvXMqKx0▼このコメントに返信
アレキサンダーとか韓信とか。
162.名無しさん:2020年01月12日 17:31 ID:2QKU7ezn0▼このコメントに返信
信長って当時から強キャラと思われてたんか?
どう考えても後付けだろ
163.名無しさん:2020年01月12日 17:36 ID:SQ4ycOJ30▼このコメントに返信
>>162
齋藤氏を滅ぼすのに10年かかっとるしね
164.名無しさん:2020年01月12日 17:38 ID:.0nAXMaP0▼このコメントに返信
「昆陽の戦い」
後の後漢を復興する光武帝こと劉秀が、王莽の新軍50万を1万で破った。

中国史上では重要な戦いだが、日本じゃマイナー。
165.名無しさん:2020年01月12日 17:45 ID:goq.cce.0▼このコメントに返信
※160
曹操は長江を江陵のすぐ南で渡ってそこから巴丘という長江南岸を経由して進軍してるから何もおかしなところはない
公自江陵征備、至巴丘、~公至赤壁與備戰、不利。三国志武帝紀
劉備は夏口から赤壁に進軍したと上記のどの書にも書いてるし赤壁で曹操と戦ったというのはこれもまったく矛盾しない

與備幷力逆曹公、遇於赤壁。時曹公軍、衆已有疾病、初一交戰、公軍敗退、引次江北。三国志周瑜伝
周瑜伝でも赤壁の戦いについて、赤壁で戦ったあと北岸(おそらく烏林)に引き上げたとあるからこれも矛盾はしない
問題は烏林の名が呉志にしかなく北岸で火計を使った戦役が本当に存在したのかどうか
曹操が北岸に向かったという記録が呉志にしか存在しないから、そして正史で唯一矛盾してるのはこの烏林戦役の存在の方だから
後太祖征荊州還、於巴丘遇疾疫燒船 魏志郭嘉伝
曹操は帰還する際に巴丘を通過して自ら船を焼いたとある
つまり曹操は烏林には向かわず長江南岸の来た道を引き返してる、また戦略上周瑜伝の敗北後に敵前で江を渡るとも考えづらい
呉志呉主伝にも曹操が赤壁の戦いの後、自ら残った船を燃やしたとあり郭嘉伝の記録と一致する
また野史ではあるが曹操が赤壁之役では疫病で撤退しただけで周瑜に虚名をなさせたという手紙を書いたという記録がある
ここでも赤壁の名はでてくるが烏林の名はなく周瑜の武功は虚名だと言ってる
主戦場が烏林だったかどうかこそがいわゆる赤壁の戦い最大の謎なんだよ
166.名無しさん:2020年01月12日 17:51 ID:goq.cce.0▼このコメントに返信
※164
夢を壊したらアカンと思うが
実はあの戦いはちゃんと読めば光武帝が破ったのは敵将の一人王尋が率いる一万人だけで残りは洪水で水没したって書いてあるんだ
そして全軍で43万人を率いていたって記録は信憑性が薄いとされてて、別の記録では5万とか3万とか書いててこっちが正しいとされてる
重要ではあることは変わらんのだけどね
167.名無しさん:2020年01月12日 18:01 ID:CXXzrroV0▼このコメントに返信
河越夜戦は綱成が粘りすぎキャラ立ちすぎでめっちゃ好きだわ
ただ敵方どんだけうんこだったんだよとは真剣に思う
168.名無しさん:2020年01月12日 18:29 ID:uJr.m91r0▼このコメントに返信
信長が抑えてた領地小国に見えるが石高が凄かったと聞いたが
169.名無しさん:2020年01月12日 18:30 ID:vkW3HuWh0▼このコメントに返信
スレ自体は魅力的だったが、スレ立てた1がカスすぎてダメにしてしまった。
大軍を動かせる立場にいながら少数に完敗した将軍のように愚か者だ。
170.名無しさん:2020年01月12日 18:33 ID:KiuVAryK0▼このコメントに返信
シモヘイヘ
171.名無しさん:2020年01月12日 18:52 ID:Y4FJ.TpM0▼このコメントに返信
日露戦争でロシア革命云々とあるけど、それだって明石大佐が裏で革命の手助けをしていたんやで
172.名無しさん:2020年01月12日 18:52 ID:Nrg43Lhh0▼このコメントに返信
>>20
強弱て
173.名無しさん:2020年01月12日 18:52 ID:x04C.xps0▼このコメントに返信
元寇防ぎきった北条時宗with鎌倉武士団じゃね?
174.名無しさん:2020年01月12日 19:03 ID:auPYNJfJ0▼このコメントに返信
モルガルテンの戦い
175.名無しさん:2020年01月12日 19:48 ID:vKyyq4o00▼このコメントに返信
真田昌幸の2度の上田合戦がほぼ上がってないのはなぜなんだぜ?
176.名無しさん:2020年01月12日 19:53 ID:Tu5C9l.W0▼このコメントに返信
※175
ぶっちゃけると大した合戦じゃ無かったうえに第二次の方は存在すらしなかったからな
177.名無しさん:2020年01月12日 20:01 ID:iMzq6j2c0▼このコメントに返信
有名どころだとカンネーの戦いのハンニバルとか
あと誰がってわけでもないけど赤壁の戦いとか日本海海戦とか
戦う前から格上に勝ちに行ったって戦いはあるな
178.名無しさん:2020年01月12日 20:20 ID:Wiy8Msk90▼このコメントに返信
>>131
揚陸も視野に入れた水軍粉砕されたうえに逆上陸喰って本陣衝かれて本営は敗走してるだろ。
この時点で主力の地上部隊は連絡と情報を遮断されて孤立している。伝令以外の連絡手段を持たない時代の軍だからあっという間に連携の取れた組織的行動が出来なくなって組織が崩壊しちゃう。
実際、赤壁後の数年は魏の荊州方面は守勢に回ってるだろ。

後年の前秦vs.東晋の淝水の戦いなんてもっと酷いぞ。
179.名無しさん:2020年01月12日 21:20 ID:8xvWk1gu0▼このコメントに返信
応永の外寇もしくは糠岳戦争。
朝鮮軍。三軍(右軍・中軍・左軍)で編成され、軍船227隻、兵員17285人。死者2000人
宗貞盛軍。兵員500(推定)。死者100(推定)
180.名無しさん:2020年01月12日 21:35 ID:odrXLAky0▼このコメントに返信
チンギスハンかな
181.名無しさん:2020年01月12日 21:43 ID:IFfqCg6l0▼このコメントに返信
日本の近代スポーツ史は大概そんなだろ
まず弱小の雑魚から始まる
最近だとラグビーとかね
182.名無しさん:2020年01月12日 22:37 ID:.ozWS5XO0▼このコメントに返信
劉邦は最後まで弱かったけど勝ったぞ。
183.名無しさん:2020年01月12日 22:39 ID:S6hS68A40▼このコメントに返信
木曽義仲の川中島合戦、倶利伽羅峠の戦い
楠木正成の千早城籠城戦
島津義弘の泗川の戦い
184.名無しさん:2020年01月12日 23:13 ID:KgXONn5q0▼このコメントに返信
イッチが何言ってるのか分からん
勝ったら強そうに見えるのは当然やろ
185.名無しさん:2020年01月12日 23:23 ID:sr6o.Nll0▼このコメントに返信
伊勢宗瑞親子、斎藤道三親子、織田信長親子(信秀のほうね)は確実にそうだろうな。 
秀吉、石田三成はいいや。
186.名無しさん:2020年01月13日 00:05 ID:Q.zNoljB0▼このコメントに返信
毛利元就。
5倍の兵力差を覆して大将首取って滅亡に追い込むってのを「2回も」やってる。
1,000人の毛利・吉川軍で5,000人の安芸国守護武田氏を破る。当主を討ち取られた武田は20年余りで滅亡。
4,000人の毛利軍で20,000人の大内氏陶軍を破る。実質的支配者を討ち取られた大内氏は速やかに滅亡。数年でほぼ全領を毛利に、残りを大友に飲み込まれる。
187.名無しさん:2020年01月13日 00:49 ID:G6YUMlqH0▼このコメントに返信
チンギスハンやろ。
親が死んだ後、自分の部族に捨てられて家族数人になった所から世界史上最も巨大な帝国を作るまでに成り上がる。
188.名無しのまとめりー:2020年01月13日 01:52 ID:Cavnf75G0▼このコメントに返信
日露戦争の児玉源太郎
189.名無しさん:2020年01月13日 06:13 ID:AHC.REmv0▼このコメントに返信
何をもって弱小とし何をして強大のするのか定義されてないから勝ったほうが強大だったことになる
実際勝つには相応の理由があるのだから勝ったほうが何かしらの分野で強大だったことに間違いはない
190.名無しさん:2020年01月13日 11:39 ID:CVwcB0kS0▼このコメントに返信
第二ポエニ戦争でハンニバルのカンネーの戦いは2倍近いの数のローマ軍を包囲殲滅した有名な戦い
数で勝る敵を包囲殲滅するのは容易ではない
対外局地戦で勝利して敵が敗走した事で勝利するが殲滅までは至らない
191.名無しさん:2020年01月13日 13:04 ID:amSSt0cR0▼このコメントに返信
強キャラとか難癖つけたいだけだろ?アホかと盛り上げようとおもわんのか
192.名無しさん:2020年01月13日 14:09 ID:0nNhXoZE0▼このコメントに返信
>>50
体感巨峰はそういうスレを紹介するまとめやぞ
それが分かるようになってから出直してこい

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