2019年08月26日 09:05

戦国時代の農民ってほんま大変そう

戦国時代の農民ってほんま大変そう

20190123093711

引用元:戦国時代の農民ってほんま大変そう
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1566559432/

1: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:23:52 ID:BPs
戦乱ばっかで農作どころとちゃうやん
そら一揆やっておこるわ

2: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:24:25 ID:BPs
自衛やってするわな

4: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:24:34 ID:xA3
そうでもなかったけどな
割と楽しく暮らしてた

6: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:25:00 ID:K8k
合戦終わったみたいやから拾いに行こうや!

8: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:25:27 ID:BPs
>>6
つよい

9: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:25:52 ID:Yvi
どちらかというと江戸時代の農民のほうが
何か一旗あげたいとか
人と変わったことしたいと思っても何も出来ない

10: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:26:26 ID:BPs
>>9
江戸は秩序や平和があっても自由な選択肢はなかったんやね

11: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:26:45 ID:K8k
あれ落武者やん!狩ったろ!

21: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:30:28 ID:BPs
>>11
落ち武者刈りこわよ

12: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:27:01 ID:BPs
太閤みたいに成り上がりは戦国時代だけか

13: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:27:01 ID:Yvi
適応出来る人間にええけど
そうやない人間には地獄やな

14: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:27:49 ID:BPs
>>13
たしかに

17: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:28:20 ID:8Ky
田植えと刈り取り時期は戦はしない。
だから兵農分離を信長が行った。

26: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:31:32 ID:BPs
>>17
農作の時期になると農民を帰らさんといかんもんな

28: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:32:08 ID:K8k
そもそも武士は田畑を守る農民の自衛組織

35: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:34:09 ID:BPs
>>28
朝廷に治安維持能力がないから各々で自分の土地守らんといかんくなったんやろ

34: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:33:58 ID:hEG
むしろ農民としては最高の時代やぞ
そら農作業自体は江戸時代の方が発達してるけど自由がある
ある意味究極の実力至上主義社会やで

36: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:34:48 ID:IMV
士農工商で実は武士が一番困窮してたとかいう話を聞いたことがある

44: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:38:08 ID:lCq
北条ってなんであんな農民に優しかったんやろな
島津とか鬼やのに

45: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:38:41 ID:BPs
>>44
ほんまやな

46: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:38:57 ID:8Ky
>>44
耕作可能面積の差じゃないのか?

48: 名無しさん@おーぷん 19/08/23(金)20:40:39 ID:pQt
>>44
賢い農民を作ることは高い税収に繋がる
賢いつったって北条に従順で高い農業知識のある農民やけど

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2019年08月26日 09:09 ID:CLLgwj270▼このコメントに返信
5公5民
2.:2019年08月26日 09:09 ID:HI7bGTrE0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
3.名無しさん:2019年08月26日 09:12 ID:CLLgwj270▼このコメントに返信
武装農民
4.名無しさん:2019年08月26日 09:15 ID:m2BNoFZZ0▼このコメントに返信
日本全土が戦場になったわけではない。関ヶ原の戦いだって遠く離れた地方の農民は全く知らないと思う。「万国の農民、労働者よ!」
5.名無しさん:2019年08月26日 09:15 ID:yqXQFkzh0▼このコメントに返信
戦見物に行ったりしてる。
その後、落武者狩り。
6.:2019年08月26日 09:18 ID:I8lSj1oc0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
7.名無しさん:2019年08月26日 09:19 ID:TLf4LYaz0▼このコメントに返信
機械化されていない農業は、ガチで大変。
8.名無しさん:2019年08月26日 09:20 ID:cf2zD9Mw0▼このコメントに返信
鍬と鋤で農地全部耕すとか嫌やん
牛馬も使ってたけどさ
9.名無しさん:2019年08月26日 09:20 ID:P8uqaM.G0▼このコメントに返信
打ち取った生首が位の高い人に見えるように女性が化粧してたり
色々調べてみると面白いよな
10.名無しさん:2019年08月26日 09:22 ID:.iKP4YTR0▼このコメントに返信
北条が2公8民で島津は8公2民だっけか
11.名無しさん:2019年08月26日 09:24 ID:BR.LM.eJ0▼このコメントに返信
いい時代のはずないだろ
命も土地もいつ何時奪われるかわからんのに、それが幸せのはずがない
10代20代の野心と実力のある男にはいい時代だったかもしれんが、それ以外の人間の方が圧倒的に多いんだからな
12.名無しさん:2019年08月26日 09:24 ID:PAdh4xV10▼このコメントに返信
戦にいくのが出稼ぎみたいな感覚のところもあったんだっけ?
以前読んだ小説だと、色々なもの(含む女性)をぶんどってたら、撤退することになってなんとかしようと荷物関係のところにねじこもうとしていたような(記憶あやふや)。
13.名無しさん:2019年08月26日 09:27 ID:B.HHZnvn0▼このコメントに返信
武田「重要な出稼ぎやぞ」
14.名無しさん:2019年08月26日 09:28 ID:JUFhUaTw0▼このコメントに返信
国境とか毎回戦場になる土地の農村は辛かったやろな

逆に殿様のいる城下町付近の農民は気候変動が無い限り
禍福は糾える縄の如しな生活だったやろうけど
15.名無しさん:2019年08月26日 09:28 ID:mOa264jI0▼このコメントに返信
弁当用意して合戦見物したろ! 
16.名無しさん:2019年08月26日 09:29 ID:nguYmfL10▼このコメントに返信
マジレスすると「豊作の年でも餓死者が出た」そうだ。慢性的な食料不足だったと当時の記録にはある。が、日本はまだマシな方で、30年戦争当時(同時期のヨーロッパ)の農民は「麦がゆが食べられればマシ」な状態だったそうだ。
17.名無しさん:2019年08月26日 09:30 ID:K01H0xoi0▼このコメントに返信
>>1
そうでも無い

惣村といって
この時代の村は武装したゲリラ村であり

軍役や労役もするか交渉権があった
18.名無しさん:2019年08月26日 09:30 ID:2X1wWBDc0▼このコメントに返信
戦国期の農民は統治や年貢の徴収に不満があると一致団結して
逃散(ちょうさん)といって農地を放り出して山などに逃げ込み農業をボイコット出来た
だから領主や地主・庄屋はやられると困ったことになるのでご機嫌取りしなくてはいけなかった
逃散にはルールがあり、山から下りてきて作物を刈り取ったりしていけない
農地を見に来てはいけないなど何点かしていけないルールがあった
そうすると逃散とはみなされなくなる
農民も作物が取れないと困るので妥協点を探して和解した
フィクションのように年貢を搾取されるだけの無力な農民というのは余り正しくない
戦が娯楽で山の上から弁当持参して文字通り「観戦」して楽しんでいた
合戦場跡で鎧や刀をぶん取りできたしタヒ人から服も剥ぎ取っていた
うっかり護衛も付けずに山の中などをさまよっていると目が血走った農民に落ち武者狩りされる
明智光秀が狩られたのは有名な話

※17
「信長が兵農分離をやった」というのは正しい言い方じゃない
ニュアンスが違うわけだが説明しづらい
よく言われるのは武田などは農民が戦闘員で
信長は戦闘を主とする常備軍が戦闘員だったとかいう意味だと思われてるけど
信長は厳密に意志を持ってそれを目指していたわけじゃなく
通年で金で傭兵などを雇って戦っている内に自然とそうなっただけ
「信長には経済力があったから結果的に兵農分離になった」というのがある意味正しい
19.名無しさん:2019年08月26日 09:31 ID:m2BNoFZZ0▼このコメントに返信
次の地方選挙にはどうしても、地元の農民の票が欲しいだけ。
20.名無しさん:2019年08月26日 09:32 ID:FzCrGd7v0▼このコメントに返信
あれ?私が知ってる戦国時代の農民の生活と全然違う。。平行世界かな。
21.名無しさん:2019年08月26日 09:32 ID:2X1wWBDc0▼このコメントに返信
※18
本スレの17
22.名無しさん:2019年08月26日 09:32 ID:lOkkYnRC0▼このコメントに返信
※10
それは3代(2代)氏康が係争地であった武蔵下野を関東管領からブン取るためにやった農民扇動策だぞ
フツーに戦国期の平均的な5公5民だわ
ちなみに、後に安房里見を弱体化させる為に同じ事やったが、下総での「その後」がバレてたから農民反乱が起きなかった。
23.名無しさん:2019年08月26日 09:33 ID:q812Q3Gl0▼このコメントに返信
律令制時代の方が比較にならないほど大変。
24.名無しさん:2019年08月26日 09:35 ID:4kgAxAd80▼このコメントに返信
大名の支配力が弱いからむしろ権利を主張できた
背かれたら税収や兵の動員力に関わるから
支配が勝ち月の江戸時代は農民が大名に物申すなんてできん
25.名無しさん:2019年08月26日 09:36 ID:B.HHZnvn0▼このコメントに返信
※23
古代だしね…
仮に政策的なことを戦国と同じにしても、純粋に技術力生産力が違うもんな
26.名無しさん:2019年08月26日 09:37 ID:kN4dbPz20▼このコメントに返信
機械化されてないし、肥料の質も悪いし、農薬もない。
戦の手伝いをさせられることもあるだろうし中々ハードだな。
27.名無しさん:2019年08月26日 09:38 ID:2X1wWBDc0▼このコメントに返信
※16
同時期のヨーロッパもそうだが
だいたい1500~1700年までは小氷河期で地球全体が寒冷化して
農作物が取れなくなっていた
それゆえに世界各地で争い・戦争が頻発した
戦国時代や大航海時代は地球の寒冷化がもたらしたといっても過言でないけど
あまりそこに注目する人は少ない
28.名無しさん:2019年08月26日 09:38 ID:TkqMEMIQ0▼このコメントに返信
武装農民やぞ
29.名無しさん:2019年08月26日 09:38 ID:4kgAxAd80▼このコメントに返信
※24
勝ち月ってなんや
ガチガチの間違いです
30.名無しさん:2019年08月26日 09:38 ID:sm7Voskm0▼このコメントに返信
おあむちゃんは農民かどうか知らないけど
小さい子供のころからずっと同じ服で成長しても
代わりがなくて足とかむき出しのままそれを着続けて
いたという話を聞いたことがある。
31.名無しさん:2019年08月26日 09:40 ID:I8lSj1oc0▼このコメントに返信
※16
マジレスすると、豊作でも餓タヒするのは、戦国時代の貨幣制度と輸送がタヒんでおり、物々交換が主流だったから。

ヨーロッパは土地が貧しいので、家畜に頼っているが、その家畜も流行病でタヒぬので、豊作と餓タヒに直接な因果関係はない。
32.名無しさん:2019年08月26日 09:40 ID:swwiXSTf0▼このコメントに返信
※20
お前の知ってる「農民の生活」がワカラン以上
知らんがな・・・
としか言いようがない
33.名無しさん:2019年08月26日 09:41 ID:sm7Voskm0▼このコメントに返信
そろそろ「おあむちゃん」を大河でやってもいいと思うのだが。
たまには戦国時代の生活に視点をあててもいいと思う。
34.名無しさん:2019年08月26日 09:41 ID:B.HHZnvn0▼このコメントに返信
※27
文系的には、人間の歴史に人間以外の要素を入れるのは嫌なんだろ
35.名無しさん:2019年08月26日 09:44 ID:I8lSj1oc0▼このコメントに返信
※27
ヨーロッパ人のカロリー供給の多くは畜産なので、寒冷化の影響よりも動物特有の流行病の方がタヒぬ。

ついでに大航海を素因は寒冷化よりも宗教的な情熱の方が大きい。
36.名無しさん:2019年08月26日 09:45 ID:4kgAxAd80▼このコメントに返信
※16
地球規模の寒冷化が原因だ
政治体制とは関係ない
むしろ食うものがないから他国を侵略して食べ物を奪うという戦争の要因
37.名無しさん:2019年08月26日 09:45 ID:I8lSj1oc0▼このコメントに返信
※34
普通に入れてるよ。歴史の本を読んだことないの?
38.名無しさん:2019年08月26日 09:46 ID:2X1wWBDc0▼このコメントに返信
※12
上杉謙信がわざわざ関東に行ってたのは農兵の出稼ぎという見方も出来るくらい
他国に戦争しに行くことは
女や戦利品をブン取れるチャンスでどこでも普通にやっていた
人身売買の市も普通に行われ妻や夫を「買い戻す」ために金を払っていた
なぜなら「同じ日本人」という認識でなく「他国の人間」という認識だったから
高位の為政者以外の多くの人間に「日本人」という意識がされたのは
図らずも唐入りによってだと思う
39.名無しさん:2019年08月26日 09:48 ID:IEjjRWf80▼このコメントに返信
「おあむ」は「お庵」、つまり隠居尼僧への尊称。名前じゃない。
40.名無しさん:2019年08月26日 09:50 ID:ufT.04sE0▼このコメントに返信
落ち武者狩りも色々で、完全即殺から上手くのせて村の兵力強化
即殺はもったいない派との内部分裂
懐柔は余所者排除派との内部分裂
再出荷した村が金回りよかったのー
武器取り上げて、風呂で磨いて、募兵してる所に武器とセットで売る
41.名無しさん:2019年08月26日 09:50 ID:I8lSj1oc0▼このコメントに返信
※36
ヨーロッパの宗教戦争は、宗教熱が主。

日本人には絶対に理解しがたい所や。
42.名無しさん:2019年08月26日 09:51 ID:2X1wWBDc0▼このコメントに返信
※37
横からだけど戦国時代全体を扱うムック本等には出るけど
『歴史人』などの歴史雑誌ではあまり扱われないぞ
43.名無しさん:2019年08月26日 09:53 ID:SaAMSYeT0▼このコメントに返信
>>10
黒田先生は諸役含めると後北条の税率は大体江戸時代と同じって言ってたし、島津のそれは江戸時代の話で急拡大後に大減封された大名は大体生活苦しい
後北条が比較的進んでたと見られるのは独自の検地とかその辺
そもそも戦国大名の事務書類が残ってるのは少なくて、比較的残ってる後北条の研究が進んでるって話
ネット聞きかじりだとそう言う前提が入ってこないから気をつけたい
44.名無しさん:2019年08月26日 09:53 ID:I8lSj1oc0▼このコメントに返信
>>38
いつまで、俗説を信じているの?

上杉から買い戻す金は現在の価値で一駅分。それに、お金がない者は釈放。
45.名無しさん:2019年08月26日 09:54 ID:PnlRfUmB0▼このコメントに返信
今の日本の税率は島津並みなんだよな
46.名無しさん:2019年08月26日 09:56 ID:4kgAxAd80▼このコメントに返信
※37
共産主義が滅んだからな
むかしは人民史観が学会の主流だったから農民一揆は革命運動みたいなとんちんかんなこと言わんと教授になれんかった
47.名無しさん:2019年08月26日 09:57 ID:.G4Z67rr0▼このコメントに返信
※10
薩摩・大隅はシラス土壌でコメが獲れない。イモが入ってくるとある程度食えるようになるけど、コメの収量は相変わらずなので石高計算すると重税になる。武蔵野は大低湿地が広がり、人口密度が低かった。こんなところに重税を課したらますます人が居なくなる。
48.名無しさん:2019年08月26日 09:58 ID:DWrExc.B0▼このコメントに返信
※23
そうだな。
収穫の分配率もさることながら、兵役においても自国周辺でかり出されるならともかく、関東や東北から九州の辺境警備へかり出されるのは辛い。
49.名無しさん:2019年08月26日 09:59 ID:I8lSj1oc0▼このコメントに返信
※42
どことは言わないけど、某歴史雑誌は第三次資料で都合良く解釈する、韓国のウリナリファンタジー以下の物だから……。

ムック本は准教や院生が小遣い稼ぎでやっているので、安心して読め。
50.名無しさん:2019年08月26日 10:01 ID:I8lSj1oc0▼このコメントに返信
※47
そんな奴は歴史学会でもキワモノ扱いだったし、その弟子どもは放逐されたのでね。
51.名無しさん:2019年08月26日 10:05 ID:PiSU49TL0▼このコメントに返信
負けた途端に牙向く農民マジこええよな。そりゃ押さえつけますわ
幕末ですら戊辰戦争で白虎隊から身ぐるみ剥いだらしいし
農民目線じゃ士族の道徳義理人情なんかどうでもいいんだろな
52.名無しさん:2019年08月26日 10:07 ID:uID72euX0▼このコメントに返信
実際は江戸幕藩体制以降の悪政を強いられた農民が悲惨なんだけどな・・・
島原の乱にしたってあんなの戦乱の時代なら絶対に松倉氏は領民たちに滅ぼされてた
真田信之のアホな孫も同様に領民たちにあっさり滅ぼされて終わってた
53.名無しさん:2019年08月26日 10:09 ID:IEjjRWf80▼このコメントに返信
武蔵野は湿地じゃない。江戸時代を通じて上水・用水を引き畑作が可能になったが、結局水田稲作は出来なかった。
武蔵野の原風景が雑木林と畑なのは、江戸に炭と野菜を供給していたから。
54.名無しさん:2019年08月26日 10:09 ID:PiSU49TL0▼このコメントに返信
※52 あれは本当に笑えない位ひでえよな。武士唯一の斬首も残当
55.名無しさん:2019年08月26日 10:10 ID:P8uqaM.G0▼このコメントに返信
餓死が減ったのは大航海時代で色んな種類の食べ物が持ち込まれたからだね
食べ物の品種や種類が少ないと主食が不作になるとどーにもならん、食文化が発展したのも同じ時期だな
56.名無しさん:2019年08月26日 10:12 ID:Dm1tfdw70▼このコメントに返信
支配者がコロコロ変わりそのたびに年貢も変わり戦場には借り出され最前線で捨て駒扱い
戦が終われば落ち武者達が略奪と女をさらう 疫病や天災でもあれば食う物も水も無くアーメン
亡骸は野ざらしで野犬のエサ 毎日何が起こるか分からない日々 天下泰平の江戸時代は少しはマシ
自衛したくても強盗や悪党・落ち武者には敵わないから男はコロされ女はヤラれ放題。
その頃のDNAなのか凶暴なサイコパス人間・快楽殺人者がまだまだ現れる。
57.名無しさん:2019年08月26日 10:13 ID:PiSU49TL0▼このコメントに返信
※53 年代別石高でぐぐるとでてくるけど、平野が広大な分普通に関東は穀倉地帯やで
58.名無しさん:2019年08月26日 10:14 ID:SZIgr1co0▼このコメントに返信
北条早雲は 3公7民 ほんとかな
59.名無しさん:2019年08月26日 10:15 ID:AVCgq6Kr0▼このコメントに返信
戦国の頃は農民も血の気が多かったんだな
60.名無しさん:2019年08月26日 10:16 ID:G5RZV.5H0▼このコメントに返信
まあ半士半農も多かったけどな。
61.名無しさん:2019年08月26日 10:19 ID:pHtORpI.0▼このコメントに返信
そもそも武士は一族郎党の田畑を守る武装集団なんだよ。
一所懸命はこれから来ている。
故に戦国時代でも農民は戦いがあると刀や槍を持って戦いに参加していたんだよ。
秀吉の刀狩りは兵農分離の政策。
62.名無しさん:2019年08月26日 10:21 ID:cOjwof7E0▼このコメントに返信
領主に「勤労と納税」を約束する代わりに「治安維持(略奪の防止)」を要求してたぞ
その約束守る連中のみ「武士」と認めていたフシがある
単純に盗んだり人さらいするのは「野盗」、見つけ次第(農具で)コロしても構わなかった
戦のときは攻め込んで来る相手に「カネ」と交換で「治安維持(略奪の防止)」を約束させた
読み書きそろばんできなきゃこんな約束もできない
お寺で習ったのかな?
それとも、バックに村の住職(坊主)がいたとか(弱気)
63.名無しさん:2019年08月26日 10:23 ID:qd4P.wuU0▼このコメントに返信
百姓とは言っても実際は半農半士の武装集団。領主の命に従って合戦に参加したり、報奨金目当てに敵の敗残兵を狩ったりしてた。
戦国武将も実力のある豪農や金融業の土倉、運送業者の問丸は悪しざまに扱えなかった。

それを戦略的に上手く利用したのが信長と秀吉。
64.名無しさん:2019年08月26日 10:25 ID:pHtORpI.0▼このコメントに返信
※57
広大な平野には大河がある。
治水が整っていなかった昔は折角田植えしても洪水で流された。
それに湿地地帯が多く水田に不向きだった。
実際新潟平野の阿賀野川と信濃川に挟まれた所は昭和の中頃まで稲を刈って小船に積んで運んでいたんだってよ。
いまでは灌漑設備が整って一大穀倉地帯になっているが。
65.名無しさん:2019年08月26日 10:26 ID:SCjOR7dH0▼このコメントに返信
村の倉庫には鎧・弓・槍ぐらいは常備されてて財力のある村では鉄砲さえ持ってたようだ
66.名無しさん:2019年08月26日 10:29 ID:Dm1tfdw70▼このコメントに返信
56続き
農民達もたくましく生きる為に戦闘が終われば敗者の落ち武者狩りでコロして金を貰い
戦闘で亡くなった武者の懐の金など金品や刀や鎧や着物まで剥ぎ取り売り金に換える
戦死者は首無しで身ぐるみ剥がされ裸で野ざらしで野犬のエサか心ある人々が埋める
戦闘でも負けが分かればさっさと逃げるのが定番で勝利者も敵の農民には寛容で新たな労働者
城でも落とせば真っ先に細かい物や金を略奪で勝利後の美酒に有り付く
生きるか死ぬかの死と隣合わせの日々 誰にも助けてもらえず生き残る為に戦う日々
女達も妊娠したから今のようにグータラの毎日で出産してからも能天気に遊んでるが
戦国時代は出産=死・・出産後の母子共に死亡率が高く出産直前まで働き出産後は数日で
働く過酷な日々でそれは昭和まで続く今は楽し過ぎでそれでも文句
女達も少女でもオバサンでも何時襲われヤラれコロされるかの日々  戦場では世話係で借り出される
67.名無しさん:2019年08月26日 10:32 ID:YXOnCaIK0▼このコメントに返信
戦国時代に一揆起こしてたのは一向宗とかだぞ。
農民一揆は飢饉の時だ。
68.名無しさん:2019年08月26日 10:41 ID:I8lSj1oc0▼このコメントに返信
※67
一揆は名称であって、行為ではないからな。
69.名無しさん:2019年08月26日 10:47 ID:IEjjRWf80▼このコメントに返信
勘違いしてはいけない。
武装農民が武士。兵農未分離が戦国時代まで。
ただし、室町時代初期までは農民が大名になるなどという事も無かった。

大名や国衆クラスは耕さない、地侍クラスは帯刀して農耕もして、農民は農耕しつつ戦働きもした。

農民から関白になるなど戦国時代だったから。


70.名無しさん:2019年08月26日 10:48 ID:2X1wWBDc0▼このコメントに返信
※59
江戸時代も戦国の気風のせいで
ケンカっぱやく相変わらず平気で人をブッ○していた
あぶれた牢人も大勢いたので割と不穏だった
由井正雪あたりが幕府転覆を画策したりとか
71.名無しさん:2019年08月26日 10:49 ID:IEjjRWf80▼このコメントに返信
巨大城郭だった石山本願寺に籠城した連中も一揆。
72.名無しさん:2019年08月26日 10:49 ID:pHtORpI.0▼このコメントに返信
農民と言ってもいろいろある訳で。
自作農の農民とそこに雇われた農民、そして田畑借りている水呑百姓がいたんだよ。
自作農は当然武装しているし、戦に参加していた。
因みに我が家は江戸時代には自作農であった訳で刀や槍は戦前まであったんだよ。
我が亡き父親は、戦前刀を改造して鉈にして使っていたと言っていた。
参考までに記すと江戸時代後期、我が集落は60戸ありその中で自作農は5戸だったとのこと。
そして、分家は許されなかったそうだ。
田畑を分家に分け与えると細切れになっては家系が衰退する。
人を罵る時に使う「たわけ者」はここからきていると言われている。
73.名無しさん:2019年08月26日 10:51 ID:.WtFnFJo0▼このコメントに返信
江戸時代に農民は「名字帯刀」を禁じられたの名字はともかく、帯刀って「刀を腰に帯びること」なんだってな。
刀の単純所持はおkで、持ち歩くのが禁止なんだって。
農民の方も一揆の時に刀を使うと、単純所持も禁止になるから使わなかったと聞いて、驚いたよ。
74.名無しさん:2019年08月26日 10:56 ID:eKoSjkop0▼このコメントに返信
>>18
謙信も一年中戦争してて普通に常備兵持ってたからなあ
75.名無しさん:2019年08月26日 11:04 ID:Wlyr.YTK0▼このコメントに返信
※71
そもそも一揆ってのは主義主張を一貫する団体のことで
今で言えば組合とか自治会とかになる。
武装蜂起は組合がデモとかやるようなもん。
76.名無しさん:2019年08月26日 11:09 ID:ApDe.SRr0▼このコメントに返信
そもそも戦国末期まで農民の収入実態は自己申告で当時は脱税し放題だった
検地などやろうとすればそれは既得権の侵害となり一揆になることも珍しくない
現代でもクロヨン問題みたいに第一次産業の収入を把握するのは難しいのだ
77.名無しさん:2019年08月26日 11:10 ID:Va7DvrHB0▼このコメントに返信
※2
洞窟からでてこれない民族はNG
78.名無しさん:2019年08月26日 11:14 ID:bSgPpDZ30▼このコメントに返信
※72
水呑百姓は今で言う兼業農家のこと。田畑を借りて借地料(小作料)を払っていたのは小作人で水呑百姓とは別のもの。
彼らは副業が可能であることから農作業以外の仕事もしていたため、明治以降は形態の似ている水呑百姓と同一にされていたが本来は異なる。
地主である専業農家は本百姓と言って、検地台帳に登録された百姓。
ちなみに小作人は検地台帳に名前が登録されないので年貢は無く、借地料のみであり、農業以外の収入は基本的に無税であった(養蚕などは課税対象)。そのため江戸時代後半では農業以外の収入がある水呑百姓と小作人は結構余裕のある生活を送っていた。

79.名無しさん:2019年08月26日 11:23 ID:rt9iDdOM0▼このコメントに返信
※56
それは大陸や半島では事実だったが日本は違う、関ケ原の頃には戦場になりそうな村落では名主が侵攻してきた軍の代表に金銭を差し出せば略奪禁止の立て札が立てられ、その禁を破れば罰せられた。
落ち武者狩りなんてのも無かった、高名な将は部下が逃がし討たれた時に首をはねられている。
農民も雑兵は農家の次男三男だとわかっているから敗軍の兵は手当てを受け地元に返された。
戦死した兵は小さな塚が立てられ後日家族が墓参りに来る、そういった塚が残っている。
80.名無しさん:2019年08月26日 11:24 ID:DWrExc.B0▼このコメントに返信
※53
でもって、江戸からは糞尿を運んでたんだよな。西武鉄道が開業した当初も東京の糞尿を埼玉へ運ぶ通称「肥溜め列車」が走ってた。
ちなみに東急電鉄の歴史本で読んだ記憶だと東急沿線も鉄道開業までろくに作物が出来ない貧農地帯だったらしい。
まあ、作物が出来ないから租庸調の「調布」なんだが。
81.名無しさん:2019年08月26日 11:27 ID:DMSEgSv70▼このコメントに返信
現代の様に法治が徹底されてなくて、自力救済がデフォの時代で
農業用の土地が確保できてる集団が何故貧弱と思うのだろうか?

どう考えても手出しすると武器持って襲い掛かってくる怖い人の集まりだろ
82.名無しさん:2019年08月26日 11:46 ID:SCjOR7dH0▼このコメントに返信
つーかいまだに階級闘争史観まるだしの農民可愛そう論とか・・・
83.名無しさん:2019年08月26日 11:52 ID:sjBPgnPl0▼このコメントに返信
上杉みたいに農業繁忙期は一切戦争しないようなとこもあったよな
84.名無しさん:2019年08月26日 11:55 ID:Nn6QUCdE0▼このコメントに返信
太閤「農民は農民、武士になろうとか思ったらあかんで」
85.名無しさん:2019年08月26日 11:57 ID:mO4lDdHF0▼このコメントに返信
ほとんど屯田兵やろ
86.名無しさん:2019年08月26日 11:58 ID:GqIMmXW40▼このコメントに返信
※74

謙信の場合は紙から衣服、網までなんでも利用できる青苧の生産加工流通をほぼ一手に握っていたから年に何度も出兵できるほど大金持ちであって略奪とか捕虜売却はおまけ程度か家臣たちにのガス抜きのためだったりする。

ちなみにこの技術やシステムは米沢移転後もきっちり握っており、江戸時代の米沢藩の貴重な財源となっている。
87.名無しさん:2019年08月26日 12:03 ID:NsPq59G70▼このコメントに返信
※44
安かったのは謙信の信条か、天災による村の支払い能力のものかはわからない
1566年の北関東は確か天災に見舞われてたから農村に支払い能力がないなら安くせざるを得ないからね
島津の九州統一未遂の時も奴隷が大量に発生して村の支払い能力が大幅に超えたために、二~三文で投げ売られてなお売れ残ったからね
それに一ヶ月も人市を開いておいてその言い分は通らんでしょ、開放するなら売らずに全員開放すればいいし、
そもそも京都に進駐したときの信長みたいに、乱取りで人を拐かさないように徹底しときゃいいだろ、それがない以上その主張はおかしい

別に謙信を責めるわけじゃないのよ、当時はそれが当たり前のことなんだから
謙信自信は金持ち大名だけど、越後の民全員が裕福ではないのだから領民を豊かにする方策を建てるのは領主として褒められることだよ
でもまあ、「義将」謙信に都合悪いから否定したい人はいるようだけどさ
88.名無しさん:2019年08月26日 12:06 ID:xfMsRvlb0▼このコメントに返信
戦国時代の農民は飢えそうになったら逃げるとか一旗挙げるって選択肢があるけど
江戸時代にはそれすらないからな
しかも江戸時代の藩政は独立採算の為中央集権の癖に中央の支援が望めなかったため飢饉による飢え死にが続出した
89.名無しさん:2019年08月26日 12:06 ID:GqIMmXW40▼このコメントに返信
※45
その代わり日本の場合は他国と比べても比較的、助成金や補助金、社会福祉が充実しているし、年末調整や確定申告をちゃんとやっていれば戻るものは戻ってくる。

先進国で税金が高い国は概ね、そんな理由でもある。
90.名無しさん:2019年08月26日 12:15 ID:JMLamObt0▼このコメントに返信
黒船のペリー提督ですら日本の農民はスゲーって感心してた程だしな。

朝早く起きて農作業は当然ながら仕事が終わって家に帰ってから夜でももわら細工や傘等を作ったりして働いてるとビックリする程だしな。
91.名無しさん:2019年08月26日 12:19 ID:LrnajWxX0▼このコメントに返信
そもそも戦国時代待つまでもなく太平記の時点で勝った側の軍が近場の百姓に対して離脱した敵軍を襲い首と武装を奪え!ってお触れを出して落ち延びる部隊が道中で次々と襲われ死んでいく、って場面があるからな
普段は大人しくしてるけど落ち武者狩りの許可やチャンスがあったときは世紀末モヒカンみたいなもんよ
92.名無しさん:2019年08月26日 12:24 ID:8xtj3.Ds0▼このコメントに返信
ただの農民が戦時に徴用されて敗走した場合は同じ農民に落武者狩りされるっていう・・・
93.名無しさん:2019年08月26日 12:25 ID:fviQY5p20▼このコメントに返信
つい30年ほど前まで田畑に足を入れるだけで寄.生虫に感染し、ほぼ完治が不能で身体に深刻な影響を及ぼした感染病もあったし、農家は悲惨だったかもね。(ミヤイリガイ問題)
明治頃までは農家に生まれたら農家しか出来ない規制もあったようだし。(今の都市・地方戸籍の中国人のように)
94.:2019年08月26日 12:26 ID:GqIMmXW40▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
95.名無しさん:2019年08月26日 12:29 ID:7eNBNVIQ0▼このコメントに返信
あのころの農民って夜野党が刀持って家に押し入ってきたら女はすぐ犯されそうやん
よく生きてられると不思議になる
96.名無しさん:2019年08月26日 12:32 ID:j1Rj.el20▼このコメントに返信
あんまり持ち上げるもんではないのは確かだが
農民って土地の付属物扱いだから、上の支配権争いにはそれほど関わらないんだよねえ
でも税が増えたりすると一揆とかしちゃうし、青田刈りとか放置する領主に対して反発心を抱く
なんつーか扱いやすい相手ではないわな、普通に武装してるし 北条は特殊例

楽ではないけど 塗炭の苦しみとは違うだろう
97.名無しさん:2019年08月26日 12:44 ID:qZVa02Co0▼このコメントに返信
歴史の授業で室町時代の出来事で加賀の一向一揆が出てきたけどただの武闘派僧侶が農民つれて戦国大名に逆らったクーデターだと思ってた
当然あっという間に鎮圧されたものと

こないだ金沢に遊びにいったとき、資料館みたいなところで、加賀の一向一揆は100年続いたとあって目を疑った。
98.名無しさん:2019年08月26日 12:44 ID:CNFbHC8m0▼このコメントに返信
新発田藩の溝口殿様が白川会議に出ようとした時、絶対に人質になるから、百姓が街道でバリケード張って止めたんだ。
99.名無しさん:2019年08月26日 12:46 ID:GqIMmXW40▼このコメントに返信
※93
>ミヤイリガイ問題

それはほぼ山梨県+α限定で日本ではそんなに大きな問題にはなっていない(しかも、根絶・駆逐目的で突っ走ったためなぜ山梨県など一部で問題になったかはいまでも不明だったりするが)

>明治頃までは農家に生まれたら農家しか出来ない規制もあったようだし。

日本の場合はわりと緩々。

実際に農民でも丁稚奉公や徒弟による工商への道があるし、場合のよっては士(例:二宮尊徳)への道もあった。それは工商階級も同じですけど。(反対に士が他の階層に行くには無茶苦茶厳しい規制があり、江戸初期は死罪=事実上不可能)

で、本職が農民でも年貢を引いたあまった米や税金がかからない作物の生産場合によっては加工して商売やっていたり、するのでその点の区分だか規制はザルといえばザル。

むしろがっちがっちに規制され、身持ち以上の義務を押し付けられている士階級や農工商でも士階層に近い層(庄屋や政商、組合長など)のほうが色々な意味で悲惨な状況だったりする。(ちなみにいわゆるヒニン=戸籍に乗っていない人々はともかくいわゆるエタ=特定職業層や身体障害者はなぜか幕府や各藩から手厚く保護されており、士農工商など上の層よりもよほどいい生活している連中も多数いる)

とはいえ、近代的なシステムや思想とは無縁なので階級社会や制度は厳然としてあったのでそれなりの理不尽な規制や特権、差別があったのも事実ですが。
100.名無しさん:2019年08月26日 12:52 ID:qZVa02Co0▼このコメントに返信
>>71
本願寺だもん一向宗じゃん
101.名無しさん:2019年08月26日 12:52 ID:GqIMmXW40▼このコメントに返信
※95
あのころの農民って夜野党が刀持って家に押し入ってきたら、返り討ちに下挙句身包みはいでぶっ殺している方なんだよな・・・というか正直、武士だか足軽(しかも、徴兵ではなく自主参戦などの傭兵もどき)との兼業なんかザラで、庄屋などは有事の際は今で言う下級仕官で、村人率いて戦っているし。
102.名無しさん:2019年08月26日 12:59 ID:GqIMmXW40▼このコメントに返信
※100
享禄・天文の乱とかで宗教完成車以外でもやることはやっておりますけどね。

そういうのが日本で概ねなくなったのはノッブ・サッル・タヌキらの宗教改革だか弾圧、政教分離、行政への取り込み政策のおかげでしょうけど。
103.名無しさん:2019年08月26日 13:08 ID:qiU4Lgla0▼このコメントに返信
江戸時代のほうが辛いと思うわ。
200年くらい人口停滞してたんだろ。当時は避妊術も発達してないし、平均すると3人目の子供は堕胎するか生まれたのをころすかすぐに死んでたんだろ。戦国時代は人口が増えていた時代なので、3人目は江戸時代より生き延びる可能性が高かった。
104.名無しさん:2019年08月26日 13:09 ID:GqIMmXW40▼このコメントに返信
※97
まぁ、内実は

本願寺から派遣された連中VS地元の一向宗VS他宗派他宗教系の内ゲバで、食料が少なくなると突然連携して越前や能登、越中など周辺地域になだれ込んで略奪しまくる・・・とか言う世紀末的状態でしたけどね・・・

というか戦国シュミレーションでは90代後半以上は確定の朝倉宗滴とか上杉謙信が勝ちきれなかったってどんだけ修羅な軍団なのかと・・・。
105.名無しさん:2019年08月26日 13:26 ID:1FdRhr2N0▼このコメントに返信
あんまり圧政を布かれると隣国の領主の方がマシだって手引きしたりするらしいね。
刀狩りまでは普通に武装集団だし、江戸時代に比べたら生産性では負けるけど
ほのぼの殺伐と楽しそうではある。
106.名無しさん:2019年08月26日 13:31 ID:7VjMEuq40▼このコメントに返信
なにより、現代と収穫量の違いが全然で、一反(10アール)という面積の田んぼで穫れるお米の量が
現代なら500㎏程度なのに対して戦国の昔は200㎏強、しかも年貢として納めるお米は、害虫や病気に
よって着色したお米を取り除いた上級品だったから、当時の農家の食卓の貧相さときたら
それでも「御飯をいただけるのは、盆正とお祭りの時」くらいだったから
107.名無しさん:2019年08月26日 13:31 ID:GqIMmXW40▼このコメントに返信
※103
それは単に

・戦国時代から江戸初期にかけて一大開墾事業が全国区で行われたので農業生産量が一気にのびた=その分人口が増加した
・江戸時代中期以降はさすがに開墾も生産量も打ち止めになったので人口増加もそれに比例して止まった

ようは当時の日本における経済規模(主に第一次産業のみ)でまかなえる人口が最大で三千万強で江戸時代中期ににそれを達成してしまったと言うお話。
108.名無しさん:2019年08月26日 13:46 ID:041p9Jm.0▼このコメントに返信
戦国時代だと近畿地方とか尾張とかあのあたりは相当開墾されてたようだよ
なんか応仁の乱とかいっても実際はごく一部で激しい戦闘が頻発してただけなんだろう
109.名無しさん:2019年08月26日 13:51 ID:qiU4Lgla0▼このコメントに返信
※107
一見マクロ視点でみると生産量も増えて幸福のようにみえるが、一家庭のミクロ視点でみると、江戸時代の人口の飽和は殺し合いまくっていた戦国時代よりも悲惨ということだな。
江戸時代は一つの家庭では、平均して二人しか育たない。それ以上は胎児で殺されるか嬰児でころされるのが、戦国時代より常態化してたってことだもん。
戦国時代は略奪も飢餓も殺し合いもあったのに、一家庭のミクロ視点でみると、それでも子供は平均して2人以上増えてるんだから。
110.名無しさん:2019年08月26日 13:59 ID:elf.Pmnm0▼このコメントに返信
信長は、兵を募り士分を与えて専業化
秀吉は、兵農を選択させ分離
家康は、余った足軽に農地を与えて農民化で兵農を一体化させた

111.名無しさん:2019年08月26日 14:57 ID:lQE6HKck0▼このコメントに返信
※69
戦国大名の多くは荘園(貴族・寺社の私有農地)の現地管理者の末裔だから、地侍集団だわな。
112.名無しさん:2019年08月26日 15:01 ID:lQE6HKck0▼このコメントに返信
※81
日々の農作業で体が鍛えられてそう。農具を武具に持ち替えれば、体力があり、集団行動が出来て・・・屯田兵みたいなもの。
113.名無しさん:2019年08月26日 15:16 ID:TffhhRdK0▼このコメントに返信
>>99
よく知らないなら書き込むなよ、ほんと読んでて脱力するわ
114.名無しさん:2019年08月26日 15:34 ID:SuIgkLmJ0▼このコメントに返信
※81
※82
俺もそう思う。農民が本当に無力でか弱く、搾取されるだけの情けない存在だったら中世のどこかで日本は滅びていただろう。異論もあろうが欧州では戦争や飢餓、ペストで各国ヤバい時もあったが貿易や大航海時代でギリ復活⇒大化けした感じがする。公家や寺社は京都や奈良から地方の荘園を支配していたけど、地方にはなにも恩恵を与えず年貢を運ばせるだけじゃ輸送コストだけでも大変な負担だ。むしろ大名や領主たちは地方にもよるが農民の面倒をよく見ていたところもあるだろうし、地方に土着した地元密着型の大名の行政には荘園制は勝てない。まあ東北は米よりジャガイモや畜産のほうが良かったんじゃ?と思うけど、ジャガイモもサツマイモも江戸時代にならんと伝来しないし肉食の習慣もないし、北国で米が食料と経済の根幹というのも辛い面がある。
115.名無しさん:2019年08月26日 15:41 ID:SuIgkLmJ0▼このコメントに返信
むしろ明治になってから年貢を止めて地租(お金)を納めるようになってからのほうが農民的にはキツイらしい。
116.名無しさん:2019年08月26日 15:58 ID:Xsfg3o3I0▼このコメントに返信
江戸時代の農民は確かに限界まで搾取されるので、かわいそうだし大変だが、この時代までの農民なんか蛮族みたいな奴らやぞ
略奪とか普通だし、なんらな遠足気分で合戦に参加するような奴らばかり
117.名無しさん:2019年08月26日 16:18 ID:7x2Qn8fd0▼このコメントに返信
※100
「一向一揆」って名乗ってるけど、本願寺の命令はまったく聞かないけどな、、、
118.名無しさん:2019年08月26日 16:35 ID:7x2Qn8fd0▼このコメントに返信
※106
現在日本でも長野県(一反あたり539kg)に対し沖縄309kgって半分しか取れてないんだよ、、、
まぁ施肥にほぼ比例してんだけど、戦国時代では施肥技術が一般的(少なくとも近畿では)になったので
化成肥料使わないレベルでは(今も昔も)大して以外はなかったと推測されるかと、、、

とくに戦国時代の米は税として収める「商品」だったから
未熟粒(くず米)含む実収量と税として収められた分はかなり差があったと思われ、、、
つかくず米割合って昔も今もそんな変わらない(ほぼほぼ天候に左右される)んだよねぇ、、、
119.名無しさん:2019年08月26日 16:48 ID:q812Q3Gl0▼このコメントに返信
>>103
1600年に1200万人だった人口が1700年には2500万人まで倍増している。
江戸時代の戸籍は信頼度が高いが、北海道と西南諸島は含まれない。
ちなみに600年飛鳥時代の人口は600万人ほどだったらしいが、東北・北海道と南九州と西南諸島は含まれない。

江戸時代が人口が倍増したのは事実。停滞の時代など、とんでもない。
120.名無しさん:2019年08月26日 16:55 ID:hMUyjV5B0▼このコメントに返信
ご先祖様は戦で田んぼ荒らされたり年貢取り立てられまくって泣いてたんやろな…と思ってたが、案外たくましく生きとったんやな
ワイもがんばらんとなあ
121.名無しさん:2019年08月26日 17:20 ID:Ius.0oOo0▼このコメントに返信
農民って大名が一揆起こされないようにむちゃくちゃ気を使うくらいに厄介なあつかいだったよ
実質村の自警団や落武者狩りやらで武装していて村同士の抗争も度々あったから血の気は荒いし殺しあいもしばしば。

楽ではなかったかもしれんが一方的に虐げられていた立場でもない
122.名無しさん:2019年08月26日 17:22 ID:G99j6JRf0▼このコメントに返信
※103
あのねえ・・・七五三って行事知ってる? 現代みたいな医学が発達する前までは乳児ってガンガン死ぬんだよ
三歳5歳7歳と段階を踏んでお祝いしたのはそれだけ死が身近だったって事だよ
※109
見て来たような嘘を言いw
戦争が無い江戸時代の方がよっぽど農民の生活が向上してるわ
一揆などは発生しづらかったが団体交渉事件は多発してたのも江戸時代
処理に失敗すれば改易になったので大名クラスでさえ農民には気を使った時代だよ
唯一の例外は薩摩藩だけどあれは下級武士の人口比率がやたら多かったから(全人口の40%!)
123.名無しさん:2019年08月26日 17:22 ID:Ius.0oOo0▼このコメントに返信
>>112
大名がお願いだから一揆だけはやめて。希望があればきける範囲で努力するからほんと一揆だけはマジ勘弁っくらいに気を使う存在だった
124.名無しさん:2019年08月26日 17:31 ID:Ius.0oOo0▼このコメントに返信
>>122
こどもの日や雛祭りも子どもの健康を祈る習慣だし神頼みするくらい多産多死の時代だよね。
大名や公家や皇族でも乳幼児の死亡や幼くして病死が下々の人間よりも医療体制の比護はあったにしろ多かったよね。

125.名無しさん:2019年08月26日 17:43 ID:Dm1tfdw70▼このコメントに返信
今NHKで放映のアニメがバイキング時代の話である日突然に現れる兵に殺戮と略奪するのが
ヨーロッパなどの戦いで三日三晩燃え続け殺戮の限り略奪の限りの死体の山が灰になるのに
比べれば日本の戦国時代はまだ島国の内乱なので良い方  
黒澤明の映画7人の侍で言うのが最後に勝ったのはこの農民達だ  農民は強し
126.名無しさん:2019年08月26日 18:42 ID:ld7oUdLX0▼このコメントに返信
島津は、西郷が畑を開拓した土地があった。土地がない氏族は命をかけた土工で。農民はほとんど氏族
127.名無しさん:2019年08月26日 19:03 ID:GqIMmXW40▼このコメントに返信
※109
平和な時代になり経済的に豊かになれば古今東西、しかも現在進行形で少子化するのは珍しくもありませんが。

古代ローマ帝国しかり、則武帝の時代しかり、現在の日本をはじめとする先進国しかり。

これは戦乱などによる死亡者が激減した=多死がなくなったため多産をする必要性がなくなったの経済的に豊かになったことにより自分や子供により多く、集中的に投資ができるようになったから、というのが主な理由です。
128.名無しさん:2019年08月26日 19:06 ID:GqIMmXW40▼このコメントに返信
※117
途中でその本願寺も率先して参加しておりますけどね。

さすがに各地の一向一揆が尽くかつ徹底的に殲滅され、10年近くも包囲されれば我に返ったようですが・・・。
129.名無しさん:2019年08月26日 19:14 ID:DOzHtQoS0▼このコメントに返信

当時の農家では、戦争は、臨時収入がゲットできるイベント。
一家総出で戦(いくさ)に出た。

女は、男が取ってきた生首の顔に化粧したりな。
130.名無しさん:2019年08月26日 19:47 ID:1qU03UZG0▼このコメントに返信
※24
むしろ江戸時代の方が領地内で一揆起こされるとそれ口実に取り潰しの可能性が充分にあるから
大名からすりゃ「お願いだから一揆だけは勘弁してください」案件だったんだわ
むしろ戦国の方がごく一部の連中が一揆の主だった参加者37564とかやってる案件があるんだぞ・・・(某戦国DQN筆頭の弟とかな)
131.名無しさん:2019年08月26日 19:50 ID:1qU03UZG0▼このコメントに返信
※117
各地に散った坊主共が調子こいて好き勝手に一揆煽ってたからな・・・
更にそこから領主側に「俺が一揆の調停やってやんよ!」とか名乗り出るマッチポンプすらやってる
袈裟被った人間の屑とかもいたのが戦国時代の坊主
132.名無しさん:2019年08月26日 20:02 ID:1qU03UZG0▼このコメントに返信
※72
その辺も土地柄による、という奴だな
自分のとこは分家=表向きだけは小作農だが管理は完全ほぼ丸投げ、納税分の米他以外は好きなもの作っていいよ、というガバガバ仕様だった模様
そんな土地柄なんで戦後のGHQの農地改革とか「今までなぁなぁでやってきたものを一々書類化するだけで、中身なんざそれまでと一切なんも変わらない面倒なだけの代物」でしかなかったらしいw
まあ一応分家の正式な財産扱いにはなったのでクッソメンドクサイだけの事務手続き他を
四苦八苦しながら収めたうちの爺様(故人)は「良い人」扱いにはなってるけどなwwww
133.名無しさん:2019年08月26日 20:03 ID:8pEuagWO0▼このコメントに返信

一揆で死んだ人間は、日本の歴史上、2人くらいだっけか。

国民の8割が農民だった時代に、そんな不満だらけだったら革命起きてるだろ。
134.名無しさん:2019年08月26日 20:12 ID:1qU03UZG0▼このコメントに返信
※112
つか屯田兵自体、兵士になる人の多くが農家の次男三男だからこそ考案されたものだったのだしね
他だと猟師出身とかも開拓地の野生動物の駆除担当で重宝されてた模様
135.名無しさん:2019年08月26日 20:16 ID:1qU03UZG0▼このコメントに返信
※124
7歳までは神の子供扱い(その前に死亡=本当の親の神様が神の国に連れ戻した)なんて考え方もあったんで
産まれた直後には神様に連れていかれないようにと、穢れを連想させる名や
一見悪名に聞こえるような幼名を与える、というのもそこから派生した風習ですな・・・
136.名無しさん:2019年08月26日 20:52 ID:1qU03UZG0▼このコメントに返信
※120
基本的に戦争は収穫後でないと人手(雑兵)足らないんで
農村地帯が戦場になるのは刈り取り後の水切った田んぼなんよ、そういう場合だと戦争中は見物して戦争終了後に置き去りにされた武器類回収したりすしてた模様

尚、夜盗だの山賊だのに襲われるケースもありはしたが、大抵その構成員は「少し離れた村の食い詰め農民がジョブチェンジしたもの」なんだわ・・・w
そして、襲われる側も不作とかで食い詰めるとやっぱり夜盗や山賊にジョブチェンジして襲う、というな・・・w
まあ、昔の農民が村を出たら野盗にジョブチェンジ&返り討ちにするのはそこに住んでる農民、なのは
古今も洋の東西問わずも共通なんだけどねw
137.名無しさん:2019年08月26日 20:55 ID:AVmAI2dJ0▼このコメントに返信
ヨーロッパの農民方がもっと大変、領主に年貢払い、国王に払い、さらに教会に払う
日本の神社、寺は自前の農民抱えていたけど二重払いは無い
138.名無しさん:2019年08月26日 21:06 ID:qiU4Lgla0▼このコメントに返信
※127
経済的に余裕があると人口は普通に増えるから。
近代までは供給される食糧の上限と人口は密接に連動していて、江戸時代は中期からその上限に達してしまったから、人口の増加も止まった。
人口の増加は止まっても繁殖欲というか性欲は止まるわけないし、効果的な避妊法もないのでそのまま妊娠する。
ただ供給食糧の上限から人口の増加を許容できないので、掻爬されるか、子ごろしされるか、少ない食糧をわけあって誰かが死ぬまで待つ。
一つの家庭視点で見た場合、戦国時代にころされたり飢饉で死んだ数よりも、江戸時代に↑のように人口を強制的に抑制されたほうが多かった。
戦国時代と江戸時代で革命的な避妊方法が発展したというのなら違ってくるけどね。
139.名無しさん:2019年08月26日 21:15 ID:VvCcoO140▼このコメントに返信
※133
中卒かな?
140.名無しさん:2019年08月27日 00:03 ID:JZHWGOon0▼このコメントに返信
>経済的に余裕があると人口は普通に増えるから

今に日本をはじめ先進国は少子化=普通に減っておりますけど・・・。

>口の増加は止まっても繁殖欲というか性欲は止まるわけないし、効果的な避妊法もないのでそのまま妊娠する。
ただ供給食糧の上限から人口の増加を許容できないので

その理論でいうならば経済や生産高が江戸時代に比べて低い、途上過程にある戦国時代でも同じようなことが起こる…となりますが。

>江戸時代に↑のように人口を強制的に抑制されたほうが多かった。

この手の人口を強制的に抑制は古今東西どこにでもあるけど。戦国時代だろうが江戸時代だろうが日本だろうが欧州だろうが中国だろうがね。
それをなぜ江戸時代だけ強調するのか、それがわからない。
141.名無しさん:2019年08月27日 01:06 ID:eXGEYVRm0▼このコメントに返信
※140
>今に日本をはじめ先進国は少子化=普通に減っておりますけど
今の日本は一世帯2人以上を養うのが難しいから人口が減ってるんだよ。
それと現代は妊娠以前の避妊法が発達しているので、ライフスタイルを近代以前と違って選べるので、近代以前のような供給される食糧の上限≒人口というわけではない。
江戸時代は総石高の伸びが止まったら人口の伸びも止まっているし、明治になって国内流通が再編されて、輸出入が始まり、新たな農業技術が導入されると、人口はまた増えてるので、両者に因果関係があるのは一目瞭然。そうでない国も探せばあるだろうが、大多数はそうだし日本だってそうだった。

>その理論でいうならば経済や生産高が江戸時代に比べて低い、途上過程にある戦国時代でも同じようなことがおこる
>この手の人口を強制的に抑制は古今東西どこにでもあるけど。それをなぜ江戸時代だけ強調するのか、それがわからない。
戦国時代は石高の開発余地があり、その分人口の増える余地があるので江戸時代よりは生き延びる可能性は高かった。江戸中期以降は増加率1なので、戦国時代より生き残りづらい。強調しているのではなくて、戦国時代と人口増加の止まった江戸時代の比較をしてるだけね。
142.名無しさん:2019年08月27日 01:46 ID:JZHWGOon0▼このコメントに返信
※141
>今の日本

今の日本だけではない、と何度も言っておりますが…

>江戸時代は総石高の伸びが止まったら人口の伸びも止まっているし

この段階で戦国時代よりもはるかに総石高が上ですけど。なのになぜ戦国時代の方がマシとなるのか意味不明ですけど。

>明治になって国内流通が再編されて、輸出入が始まり、新たな農業技術が導入されると、人口はまた増えてる

近代化と産業革命の結果、第二次、三次産業の発展によりさらなる人口を養えるパイが増えた…という経済史の初歩の初歩ですが…。

>一世帯2人以上を養うのが難しいから

それは単に経済的に豊かになったため一人の人間に投資する額や分野が増え、その余裕や無駄を許容できるほど平和になった=多くの子供を産む必要性がなくなったたためですが。だから、日本に限らず平和で豊かな国や地域では少子化=人口減が問題となると。


143.名無しさん:2019年08月27日 01:49 ID:JZHWGOon0▼このコメントに返信
※141
>戦国時代は石高の開発余地があり、その分人口の増える余地があるので江戸時代よりは生き延びる可能性は高かった。

余地だか可能性だかの空手形で腹がふくれ、人間を養えるのであればその通りでしょうね。まぁ、無理だし、だからこそ多産でカバーしているだけにすぎませんけど。

>江戸中期以降は増加率1なので、戦国時代より生き残りづらい

経済や社会情勢的に不安定な戦国時代よりそれらが安定している江戸時代の方が生き残りにくいとは…。
あなたの理論では今の日本よりもt紛争地域の方が生き残りやすいとなりますが。

それとも子供を産めば後は勝手に育つとでも思っているのでしょうか?
144.名無しさん:2019年08月27日 01:56 ID:zXtD5kqy0▼このコメントに返信
※137
そりゃ革命が起きたり共産主義が生まれるわけだ
145.名無しさん:2019年08月27日 03:59 ID:eXGEYVRm0▼このコメントに返信
※143
人口増加率は1じゃなくて、増加してないんだから0%だね。訂正するわ。人口増加比が1ね。

>この段階で戦国時代よりもはるかに総石高が上ですけど
石高は上でも、その石高で養える人口が飽和状態になったから人口増加がストップしたんでしょ。

>余地だか可能性だかの空手形
いや空手形じゃないよ。実際に石高は伸びて、その分人口も伸びているんだから。もし石高が頭打ちになれば、その分の人を養えずに、人口の増加も止まる。でも戦国時代にはそうはならなかった。
そうなったのは江戸時代中期。

>経済や社会情勢的に不安定な戦国時代よりそれらが安定している江戸時代の方が生き残りにくいとは
なにせ人口増加率0%だもん。
石高は頭打ちで養える人口は定数しかないので、あぶれた人数は間引かれる。
江戸の街は男のほうが多くて男女比が2対1だったとかは有名な話だけど、じゃあ地方はどうだったのか?江戸中期の人別帳の出生者数によると、女が1とすると男は1.2だった。
人口増加は君の言うように明治の農業・産業革命でパイが増えるまで待たないといけない。
146.名無しさん:2019年08月27日 08:05 ID:UEPorNPb0▼このコメントに返信
違うよ 百姓はその名のとおり何でもやれるし、なれる 壱人両名というのも有った 百姓はお金持ち階層でもあったのだ
147.名無しさん:2019年08月27日 11:26 ID:r6gZOff50▼このコメントに返信
※143
江戸中期以降(特に関東)の人口増加率が1なのは
実際に生まれた子供は多いけれども、人別帳に乗せる生後一年後になるまでに「人工調節」したからだ、ってのが有力、、、
実は当時は農家でも豊かな方が人別帖の上では子供多いんだよ、、、
貧乏?になると子供の生まれる間隔が4,5年から10年になる、、、避妊手段なんてなかったのに、、、
実際、代官が生まれた子供を追跡して勝手に間引かないようにして人口増加させる政策で報奨されてたり、、、 

現在日本と同じ状況がね、江戸時代にもあったのよ、、、なので農業生産との関連は参考にはならんよ、、、
148.名無しさん:2019年08月27日 11:35 ID:P57losY50▼このコメントに返信
戦があったら敵味方から略奪アンド殺戮パーティされるから勿論地獄なんだけど、合戦を見学しようとおにぎり弁当作って楽しみにしてたって側面もある

※141
>>戦国時代は石高の開発余地があり、その分人口の増える余地があるので江戸時代よりは生き延びる可能性は高かった。
パーフェクトに嘘
どこでこんな嘘教え込まれたんだ?w
149.名無しさん:2019年08月27日 12:25 ID:TmcWY0YI0▼このコメントに返信
※145
>人口増加率は1じゃなくて、増加してないんだから0%だね。訂正するわ。人口増加比が1ね。

だからどうしたレベルですが

>石高は上でも、その石高で養える人口が飽和状態になったから人口増加がストップしたんでしょ。

それ+生活が安定したので多死の問題が概ね解決し、自分や少数の子に投資する分野や額が増えた=子供を多く産む理由がなくなったからだが

>いや空手形じゃないよ

今日餓死する人間に明日、焼肉を腹いっぱいに食べさせてあげようレベルの話を空手形と呼ばずしてなんと呼ぶので?
そもそも一次産業は二次、三次に比べて天候などに左右されやすい分野ですので必ずしも安定した収益がえら得るとは限らないのですが・・・。

>石高は頭打ちで養える人口は定数しかないので、あぶれた人数は間引かれる。

そもそも出産率が固定化されているのがおかしいな話なんですがね。発情したおサルさんじゃあるまいし他にやることがなかったのかと。

>人口増加は君の言うように明治の農業・産業革命でパイが増えるまで待たないといけない。

世界史の人口統計を見てみましょうね。そういうの日本に限ったことではございませんので。
150.:2019年08月27日 14:08 ID:M0hmN8yU0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
151.名無しさん:2019年08月27日 17:31 ID:eXGEYVRm0▼このコメントに返信
※149
※150
>それ+生活が安定したので多死の問題が概ね解決し、自分や少数の子に投資する分野や額が増えた=子供を多く産む理由がなくなったからだが
でも生まれてくるものを止める手段なんてないからころすしかないよね。
子供を多く産む理由がないというのは、子供を多く育てる余裕がないからで、自分の主張とも合致する。

>世界史の人口統計を見てみましょうね。そういうの日本に限ったことではございませんので。
これは同意だね。食糧の上限と人口は密接に因果関係にあることがわかる。
※150が言ってることもそういうことだろう。ただ自分と150の違うのは人口調節である間引きが
一般的にあったかどうかであるけど、
不自然に男が多いことと
江戸中期の障害者の少なさ、(慶長期の調査で障害者は1.7%、18世紀の調査で障害者が0.14%。それぞれ別の地域の調査なのでサンプルの比較としては妥当ではないけど、それにしてもこの差はあまりも大きく人為的な調節が介在していたことがわかる)
これらは堕胎ではなくて、生まれたあとでないとわからないから、間引きは一般的にあったしもちろん堕胎も普通にあっただろうし。
152.:2019年08月27日 17:42 ID:eXGEYVRm0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。

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