2019年08月16日 09:05

江戸時代ってメシ美味かったんか?

江戸時代ってメシ美味かったんか?

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引用元:江戸時代ってメシ美味かったんか?
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1565702107/

1: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:15:07.486 ID:7IxHbLQx0
んか?

4: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:15:48.762 ID:OQPwODG90
技術は進んでるし今の方が美味いだろ

5: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:16:06.593 ID:krod0Rmk0
米は税で取り上げられて稗や粟ばっか食ってからよく分からんな

6: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:16:18.196 ID:gRhvZMRxr
寿司とか食い放題?

131: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:05:25.522 ID:tVJQXLgR0
>>6
2つ食っておしまい

7: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:16:41.167 ID:Fb/5H5k4a
米がご馳走って文化だからなあ

8: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:17:12.791 ID:18Eaxxg0d
くそでかいおにぎりみたいな寿司食ってたよ

13: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:20:00.076 ID:M+Dd39pm0
鬼平犯科帳みてみろクソうまそうだぞ

14: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:20:20.233 ID:cBPB7gcQd
18~19世紀にかけて日本は
世界有数のグルメ国でしたよ

20: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:22:20.634 ID:jiwRS7Dj0
参勤交代で江戸に詰めてた武士の日記だと豆腐豆腐&豆腐

26: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:24:05.027 ID:r3gv+09O0
調味料て割と高級品じゃないの
平民は味噌味ばかりな希ガス

28: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:25:30.065 ID:cBPB7gcQd
>>26
醤油が普及したのはずいぶん後のことだね
それまでは煎り酒が定番の調味料

36: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:30:42.039 ID:k+kQOGBC0
>>28
それどんな調味料??

52: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:36:32.739 ID:cBPB7gcQd
>>36
梅干しを酒で煮詰めて鰹出汁を加える

53: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:37:03.426 ID:OQPwODG90
>>52
ちょっと美味そう

30: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:25:50.301 ID:T7IcJOZka
蕎麦はガチ

31: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:25:50.801 ID:O5NLzZjz0
魚介は釣ってくればあるんだろうけど
鮮度の問題でやっぱ高級だったんだよな
一汁一菜+飯 味噌はなんだかんだ言って偉大

37: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:31:01.250 ID:yojok6JR0
寿司がうまかったと聞くけどどうなんやろな

43: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:33:31.465 ID:OQPwODG90
>>37
今みたいに冷蔵冷凍できたわけじゃないだろうから
脂の多い魚は臭かっただろうな

156: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:42:01.877 ID:Rs6vrh4Nd
>>43
マグロのトロとか捨ててたらしいもんな

42: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:32:50.096 ID:VlaiST6Aa
時代劇のめざしと白米とたくあんがすげーうまそうに見える

46: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:34:50.389 ID:OQPwODG90
当時の米ってどんなだったんだろうな
今みたいな品種改良はされてなかったわけだし

48: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:35:48.198 ID:R1PcWMms0
つかまんが日本昔話の飯って何かうまそうだよな

51: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:36:28.213 ID:T7IcJOZka
トロは足が早いから棄てられてた

54: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:37:07.450 ID:lbZQ08ST0
寿司ネタは基本的に酢締めか漬けだったらしい

70: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:41:06.884 ID:krod0Rmk0
江戸時代の一般的な甘味と言えばやはり干し柿かな
砂糖は高級だし

74: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:43:04.431 ID:OQPwODG90
まあ江戸時代って言っても250年あるしな
関ケ原から幕末は幕末から現代より長いっていう

78: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:45:41.131 ID:k+kQOGBC0
>>74
そう考えると幕末から現代までの進歩は改めて凄いと思うわ

75: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:43:47.499 ID:kEkYNeIy0
米も品種改良が進んだ現代と比べるとまずいだろうな
知らなきゃそんな考えも出ないだろうが

91: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:51:09.976 ID:5FJ2DUJ9d
海産物辺りは昔の方が良さそうだし、俗世間を離れ海沿いに住んで魚釣って食って生きてりゃ大満足では

102: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:54:08.671 ID:UT7NFd5r0
>>91
白米コンプ発症して精神的に満足できなさそう

93: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:52:31.609 ID:O5NLzZjz0
そういえばカステラって
デタラメ卵と砂糖使うよな

伝来したのが室町時代末期って話だけど
きちっとあまーいのができたのはその後ずっとあとなんだろうか

100: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:53:50.559 ID:OQPwODG90
>>93
甘いカステラができるのは明治以降
江戸時代までは醤油付けて食ってたって聞いたことあるけど
ホントかどうかは怪しい

104: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:54:39.922 ID:O5NLzZjz0
>>100
へー
甘くないカステラなんてほぼパンだな

94: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:53:01.873 ID:5KmSbS+w0
鳥肉は普通に食べてたらしいし
獣の肉も薬と称して食べてたらしいね

97: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:53:43.266 ID:oNq3PzU0d
今の食材のほうが品種改良されてるし昔のメシとか食えなさそう

105: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:54:41.165 ID:cBPB7gcQd
うさぎは鳥だと言い張って食べてるしね
だから一頭二頭ではなく一羽二羽と数えるんだとか

111: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:56:44.545 ID:UT7NFd5r0
余った米は隠しどぶろくにするべ

113: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:58:03.059 ID:hkXXuFoaa
普通の農民は年貢と別に田んぼ自体隠してたみたいだしな

116: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:58:31.571 ID:cBPB7gcQd
江戸病なんて言葉も有ったね
白飯ばっかり食べるから脚気が流行ってたんだと
それで脚気には蕎麦がいいってんて江戸前蕎麦が生まれたと

121: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:00:17.003 ID:OQPwODG90
>>116
精米技術が上がって脚気が増えたんだっけ

124: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:02:29.953 ID:krod0Rmk0
玄米のときは豊富にビタミン、ミネラルなどの豊富な栄養素があったからな

133: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:08:12.909 ID:hkXXuFoaa
昔の本読むと、農民は食うもの普通にあったけど
下級の武士は食いっぱぐれギリギリで仕事も沢山あって大変
みたいな話をみかける

134: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:10:16.610 ID:5KmSbS+w0
江戸時代インフレが進んでいくのに
武士は給料は代々いっしょだから江戸末期は武士のほとんどが貧乏だぞ

135: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:10:42.580 ID:hkXXuFoaa
>>134
なるほど、インフレしてたんか

159: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/14(水) 00:04:57.764 ID:8mxYtlGZ0
>>135
米が給料だからねぇ
その米の生産量が上がれば、自然と値も安くなる

142: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:17:24.700 ID:5KmSbS+w0
イノシシとか駆除しないと畑を荒らされるから狩りしないといけないし
せっかく狩りしたら食べるでしょ

143: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:23:48.453 ID:5KmSbS+w0
狩りといえば江戸時代は武士は鉄砲禁止されてたのに
熊や猪やオオカミなんかを駆除するために農民が持つことは黙認されてたから
武士より農民の方が多く鉄砲を持ってたらしいね

146: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:26:02.511 ID:YI/bHzF90
やっぱり今みたいに牛肉じゃなくて
イノシシとかシカがメインだったんかな

149: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:27:37.304 ID:0EhU50vY0
>>146
牛は農業で使う大事な家畜
お牛様とか言われてて食べなかった

148: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:26:05.109 ID:FDEko4oHp
あの時代の飯屋ってメニュー日替わりの上一個しかないのがデフォって聞いたけどまじ?

150: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:28:52.507 ID:cBPB7gcQd
>>148
冷蔵庫の無い時代だからね
沢山在庫を抱えられないよ
その日市場で買えるもので作るしかないでしょ

152: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:30:40.715 ID:5KmSbS+w0
ぶっちゃけ農業で酷使された牛は筋肉が付きすぎて不味いから食べないだけだけどね
全身がスジ肉
今でも国によっては牛肉は豚肉や鳥肉に比べて価値がだいぶ落ちるよ

155: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:34:46.740 ID:4FTcF5WU0
天皇や将軍の食事でも現代の庶民の食事に勝てないと思うわ

157: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 23:54:11.832 ID:X1HHz1O70
調味料が少な過ぎてな
昔の寿司は醤油無くて酢か塩で食ってたから

160: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/14(水) 00:52:32.152 ID:/5sVQgqK0
夜中にラーメンとか食いたくなったらどうしてたんだよ

161: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/14(水) 00:52:57.820 ID:5vpgTXWf0
蕎麦屋の屋台だろ

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2019年08月16日 09:08 ID:A4aRaB4c0▼このコメントに返信
よく知らんけど現代の味覚に慣れた舌だと味薄いんとちゃうの
2.名無しさん:2019年08月16日 09:12 ID:qEPPr.MJ0▼このコメントに返信
炊き込みご飯は米の嵩増しに芋とか野菜を入れたのが元
3.名無しさん:2019年08月16日 09:14 ID:t5JfZOcR0▼このコメントに返信

ケバブとかパンケーキとかかき氷かタピオカドリンクはすでにあったと思う
行列出来てたはず
4.名無しさん:2019年08月16日 09:14 ID:HfyyFXqW0▼このコメントに返信
精米技術がなかったから細かい砂で歯がすり減ってたらしいね。ヨーロッパのパンも同じだったらしいが。
5.名無しさん:2019年08月16日 09:15 ID:XGrBOi.H0▼このコメントに返信
>米は税で取り上げられて稗や粟ばっか食ってからよく分からんな

まだこういうパヨクがルサンチマンあおるためにでっちあげた、権力に虐げられた庶民像みたいなのを信じてるバカが居るのか
6.名無しさん:2019年08月16日 09:15 ID:oGlHvpV20▼このコメントに返信
伊達政宗が編集した料理レシピによると
結構美味いものを食っていたように見えるけど、武家社会だし普段は質素だったんだろうな
7.名無しさん:2019年08月16日 09:15 ID:cG28HvyC0▼このコメントに返信
蕎麦はめちゃ美味かったんやろ?
8.名無しさん:2019年08月16日 09:16 ID:fEITQQl.0▼このコメントに返信
「ゴローニン事件」のロシア人ゴローニンが「日本における大根はロシアのキャベツのようなものである」と書いているそうだ。大根、タクアンは当時一般的に食べられていたらしい。〈塩が保存の為に使われていたから、全体的にしょっぱい味つけだったのかもしれない〉
9.名無しさん:2019年08月16日 09:16 ID:kXTZGZGY0▼このコメントに返信
鬼平で猫殿が作る料理美味しそう
10.名無しさん:2019年08月16日 09:16 ID:tKYGZ6wQ0▼このコメントに返信
カステラは江戸時代味噌汁に入れて食べてたりしてたと文献に残ってるな
それに意外と砂糖を使っていたらしく今ほど甘くはないが
当時のを再現しても結構甘いらしいぞ
後、米も伊勢神宮が戦国時代終わったあたりから頑張って品種改良して各地に広めてたらしいな
美味いかは知らんが
11.名無しさん:2019年08月16日 09:18 ID:6bSfKtsf0▼このコメントに返信
※1
当時の地方武士なんかの日記とか随想録によると
江戸は薄味だって
地方の料理の方が「1日中働き詰めの農家が食べる味」が基本だったから濃い目の味付けだったとも
考えてみると今でもほとんどの郷土料理は味付けが濃いめ(特に東日本)
12.名無しさん:2019年08月16日 09:18 ID:NBuCMaUF0▼このコメントに返信
ハッキリ言って、その時代からほとんど進化してないのが外国の食生活な
日本は変態的に味と技術が進化した
13.名無しさん:2019年08月16日 09:20 ID:6bSfKtsf0▼このコメントに返信
※6
正宗さんは今でいう「料理マニア」だったからなぁ
若い頃からあちこちの食材集めては創作料理じみたもの作ってたらしいし
何かの話で「一番好きなのは愛(めごひめ、正室)で2番は料理、3番目に戦」とか言ってたらしいし
14.名無しさん:2019年08月16日 09:22 ID:.50.gN.80▼このコメントに返信
まず 野菜の味が全然違う
野菜は青臭く
果物は甘くなく
余談だけど蕎麦は蒸篭での蒸し料理(上に出てたので)

野菜が今とまったく違う味だったはずなんだけど
うわさだけど ほうれん草は栄養が5分の1になったとか
15.名無しさん:2019年08月16日 09:22 ID:Kg.nIOjs0▼このコメントに返信
松茸はほぼ雑草扱い 椎茸が高級品とか
鮪の赤身は運んでる間に今でいう熟成が進んで旨くなってたとか寿司やの漫画でみたな

とりあえず現代人は江戸時代の何食っても腹壊しそうだけど。
16.名無しさん:2019年08月16日 09:22 ID:kXTZGZGY0▼このコメントに返信
江戸城に登城した毛利輝元が持参したお弁当に鮭の切り身が入っていた。同室の大名たちが珍しがって集まってきたので輝元はみんなに少しずつわけてあげた。この光景を想像するだけで微笑ましくなってくる
17.名無しさん:2019年08月16日 09:25 ID:yZcMmCu.0▼このコメントに返信
※8
大根は昔も今も、収穫量日本がトップ
日本人、大根大好きすぎ
18.名無しさん:2019年08月16日 09:25 ID:cG28HvyC0▼このコメントに返信
※16
この辺が欧米の連中がびっくらこいた事よね
日本では権力者たちが大して高価な衣服も身につけず粗食だという事実を
19.名無しさん:2019年08月16日 09:25 ID:SOivOgU.0▼このコメントに返信
塩醤油味噌の味しかないんだろ
20.名無しさん:2019年08月16日 09:27 ID:cSSTZdT70▼このコメントに返信
レシピ本出てるやん?
自分で作って見たら?
21.名無しさん:2019年08月16日 09:29 ID:nQnCShQO0▼このコメントに返信
大正まで待て
22.名無しさん:2019年08月16日 09:31 ID:kXTZGZGY0▼このコメントに返信
>>17

信長の好物も大根の味噌漬けだったからな
23.名無しさん:2019年08月16日 09:32 ID:82aLXeGB0▼このコメントに返信
江戸時代の途中から新大陸の食材が入ってきたので、前期後期でわけるべき。
トマト、かぼちゃ、じゃがいも、とうもろこし、唐辛子、苺、カカオ、タバコなど
24.名無しさん:2019年08月16日 09:34 ID:XiDFlNoU0▼このコメントに返信
※12
フランス料理が確立したのが18世紀末から19世紀初頭で、それ以前の庶民の食事は、ごった煮と黒パンかオートミールもしくは茹でただけのじゃがいも。
食事に使うフォークも庶民に普及したのは近代に入ってから。それまでは中東と同じ手づかみ。
25.名無しさん:2019年08月16日 09:34 ID:kXTZGZGY0▼このコメントに返信
今の感覚だと油分が足りなくて物足りないわな
26.名無しさん:2019年08月16日 09:35 ID:kXTZGZGY0▼このコメントに返信
饗応の料理はともかく普段の料理は質素だったんだろうなぁ
27.名無しさん:2019年08月16日 09:36 ID:QfHS8uw60▼このコメントに返信
お腹が空けば何でもうまい
28.名無しさん:2019年08月16日 09:36 ID:qtvetbrx0▼このコメントに返信
うまいものもあるだろうが現代の基準からしたら粗食で薄味だろうな。病院食みたいな感じのを毎日食べるようなもんだろ?
29.名無しさん:2019年08月16日 09:37 ID:PtJgOr7a0▼このコメントに返信
生魚は海の近くのみ
ちょっと内陸へ入ると塩漬かカチカチの干物
冬の間は、漬物しか野菜はない
30.名無しさん:2019年08月16日 09:40 ID:cG28HvyC0▼このコメントに返信
醤油も「たまり」オンリーだったらしいな
31.名無しさん:2019年08月16日 09:40 ID:5qSASiDH0▼このコメントに返信
江戸の町中では肉は食えないが、浅草で川を渡れば肉が食えた
だから今でも浅草には猪鍋の店とか多い

なお、沢庵が出来るのは江戸中期
白菜が食卓に並ぶのは明治になってから
意外と食材は限られてる
32.名無しさん:2019年08月16日 09:43 ID:qtvetbrx0▼このコメントに返信
>>25
油も肉も野菜も不足してるんじゃない?
いまの感覚からしたら
33.名無しさん:2019年08月16日 09:43 ID:XiDFlNoU0▼このコメントに返信
江戸時代は甘味ブームで日本中でサトウキビがつくられていた。換金用に作りすぎて五穀の生産量が減った為各藩が生産量規制をしても農民が言うことを聞かなくてこまっていた。
34.名無しさん:2019年08月16日 09:43 ID:5qSASiDH0▼このコメントに返信
主食は米に雑穀を混ぜたおかゆ
なぜなら少量で腹がふくれるから
田舎では米は贅沢品
明治になって徴兵した時に文句が少なかったのは
白米を腹いっぱい食べれたから
35.名無しさん:2019年08月16日 09:45 ID:vwZDZWfI0▼このコメントに返信
出鱈目すぎる
浮世絵とか見ればどんな料理が出てたかわかるだろうに
江戸時代には醤油が使われてるし、寿司に鮮魚が使われてる日持ちしないってのはトロの部位で鮪も食われてる
自分で料理してたらわかるが刺身ってのは昆布締めなんかで水気を抜きゃ日持ちするようになんだよ
36.名無しさん:2019年08月16日 09:49 ID:4sgho.UN0▼このコメントに返信
>>1
食塩摂取量は多かったから、ひたすら塩辛かったかと思われ。醤油が出てきてさらに出汁文化が発達してきてやっと塩を薄められるように改善されてきた。

大正時代に宮沢賢治が「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」と書いてるのは誇張でもなんでもなくあの時代までの一般的な食生活。
37.名無しさん:2019年08月16日 09:50 ID:VbJnjSZm0▼このコメントに返信
小説『異世界食堂』は文明レベルが数百年遅れてる向こう側の世界とでは
食材や調味料の質が全然違うってことをきちんと描写してて好感が持てた。
あっちでは牛肉いえば農作業で酷使され老いた牛の固い肉しか食えないので
豚肉や鶏肉より不味いという認識が定着してて、店自慢のビーフシチューも
ビフテキも牛カルビ丼も、実際に食べて味を知った特定の常連客を除いては
注文する人が極めて少なかったり。
38.名無しさん:2019年08月16日 09:52 ID:4sgho.UN0▼このコメントに返信
>>19
醤油の普及は江戸後半
39.名無しさん:2019年08月16日 09:53 ID:KnHhaQbO0▼このコメントに返信
まず、食材が不味かったからな
今の肉や野菜が美味いのは業者のたゆまぬ品種改良努力のおかげ
魚は今と同じだけど沿岸部だけのものだったし
まぁ山間部は山菜があるけどタンパク質摂取って点で見るとやっぱ不利だな
山間部住みはドM
40.名無しさん:2019年08月16日 09:54 ID:hc03V4VW0▼このコメントに返信
1980年ぐらいまでは、ご飯の砂でジャリッとする事が年1回ぐらいあった
今と比べたら昔は、作物の種類が格段に少ない
肉はほぼ食えない、記録に残ってる=食べてた、は浅はか。記録に残すほど希少経験
魚は冷凍技術が無いので劣化しやすく臭いが、タンパク質に飢えている体なら喜ぶ
屋外で食べてると大人が現れて横取りする
屋内でも大人が現れて横取りする、親戚や出入り業者と推測
親に言っても補充無しで、こちらに非があるように言われる
41.名無しさん:2019年08月16日 09:54 ID:qtvetbrx0▼このコメントに返信
>>6
政宗は料理研究家みたいなとこもあったしな。質素なりにひと手間加えたりしてたんじゃない?
42.名無しさん:2019年08月16日 09:54 ID:7E.IAQQW0▼このコメントに返信
現代、大人で一日に三合以上食べる人ってあんまりいないだろうね
江戸時代の一部の大都市は五合、明治から昭和前半の軍人はそれ以上のこともあったっていうんだからすごいわ
43.名無しさん:2019年08月16日 09:54 ID:0.lpd.H00▼このコメントに返信
>>14
米を含む全ての食材が品種改良されるのは高度成長期に入ってからで
たかだか50年ほどの話だからな
肥料も今の化学肥料に比べたら栄養素はまるで足りてないし
灌漑施設もため池が精一杯で当然ダムもないから常時水不足なので
そんな環境でまともな作物が育つわけない
44.名無しさん:2019年08月16日 09:58 ID:ysxo8mk00▼このコメントに返信
江戸は庶民中心の文化、日本中から産物が集まり、外食文化が庶民中心で広がった時代
寿司 蕎麦 てんぷら うなぎなんて言うまでもないしな
冷蔵が不可能な時代に、工夫してあれだけの食文化を発展させたのは凄いことだぞ
江戸は庶民中心の文化だから、グルメも庶民(というより平民、金持ちは武士ではなく商人だった)向けだったことは世界的にも珍しいぞ
45.名無しさん:2019年08月16日 09:59 ID:4sgho.UN0▼このコメントに返信
>>37
開拓期を舞台にした米国の小説だとビフテキ=靴底と大差ない固さは定番。村のお祭り料理が豚、家庭のパーティだと鶏か七面鳥。
46.名無しさん:2019年08月16日 09:59 ID:XLq1p2gm0▼このコメントに返信
>>42
現代食はおかずのカロリー凄いから。肉体労働してておかず抜きなら現代人もそのくらい食べたくなるだろ。
47.名無しさん:2019年08月16日 09:59 ID:7fz90W1R0▼このコメントに返信
現代人が食べても美味しく感じるものは多くは無かったと思う。
現代基準でいうととんでもなくしょっぱいものが大半だった。
味の濃いものをちょっとだけつまんでバクバクと玄米を掻きこむ食事スタイル。
精米しなければ米は栄養豊富なので玄米を大量に食べていれば栄養はそれなりに摂取できた。
48.名無しさん:2019年08月16日 10:00 ID:.Mm0Odf10▼このコメントに返信
銀平飯科帳ってマンガを読むといいよ
49.名無しさん:2019年08月16日 10:03 ID:jWfv.k3f0▼このコメントに返信
その頃、海外は何を食べていたのか?
50.名無しさん:2019年08月16日 10:03 ID:XiDFlNoU0▼このコメントに返信
農村で嵩ましした食事が多かったのは米イコール金だったから。米はあってもできるだけ食べず蓄財をしていた。
油は地方では栽培した菜種と交換か油屋に持ち込んで絞ってもらった。灯り以外にも油はけっこう贅沢に使っていたようだ。

麦は臼で割り麦飯に食べられないふすまは牛や馬の餌にした。余った麦は商人が冷や麦やそうめんに交換してくれた。

下総の辺りでは農耕用の家畜は馬が牛より多かった。事故等がおき家畜が死んだ場合、部落で協力して解体し、持ち主は謝礼として肉を配った。
51.名無しさん:2019年08月16日 10:05 ID:cSSTZdT70▼このコメントに返信
ベトナムやカンボジアでは何食ってたんだろ。。。
52.名無しさん:2019年08月16日 10:07 ID:x43kpb2l0▼このコメントに返信
近江では江戸時代以前から(1590年)牛肉を食べていたと文献にある
また近江の彦根藩では将軍家や有力大名に牛肉を献上していたとの記録もある
干し肉や味噌漬け、粕漬に加工して食べていた
53.名無しさん:2019年08月16日 10:09 ID:1RqnAG.j0▼このコメントに返信
>>1
くっそ塩辛いおかず少量に大量の米
54.名無しさん:2019年08月16日 10:12 ID:CuoCVkPm0▼このコメントに返信
卵が高級品の時点で現代人じゃ結構厳しいと思う
55.名無しさん:2019年08月16日 10:13 ID:YFgHKSdY0▼このコメントに返信
>>4
それは知らんけど、江戸時代の歯磨き粉って今みたいな練り歯磨きじゃなくて特別粒の細かい砂を選別して使ってるガチの研磨剤オンリーだから歯磨き熱心にしてる人ほど歯が磨り減ってたみたい
56.名無しさん:2019年08月16日 10:15 ID:0l7iLZNf0▼このコメントに返信
食中毒は多かったみたいだね
57.名無しさん:2019年08月16日 10:15 ID:4sgho.UN0▼このコメントに返信
>>31
白菜は日清戦争の戦利品。大正時代に爆発的に普及した。

それまでは清国が国外持ち出しを認めてなかったし、半結球するだけの小振りの原種だった。日清戦争で獲得した白菜を品種分離して世界で初めて今と同じ結球する大きく美味しい白菜を作った。
当初は国内に需要が少なく清国一号と命名して清国向けの輸出商品だった。

当時は作物の改良が盛んで、有名な「はじまりの黒毛和牛」こと田尻号なんかも20世紀初頭に交配されて出現した。もちろん田尻号の前には黒毛和牛なんて存在しない。
58.名無しさん:2019年08月16日 10:16 ID:YFgHKSdY0▼このコメントに返信
>>5
当時の武士の残した文書で「新田作って米価が下がったって喜ぶのは町人だけで俺ら武士はもっと貧乏になってんじゃねーかチキショー!」なんて内容のがあったりするくらいなんだけどね
59.名無しさん:2019年08月16日 10:18 ID:8OmDN86h0▼このコメントに返信
※6
伊達家の教えでは
・良いもん食っとけ、栄養つけてデカイ身体作って他者にバカにされないようにしろ
・普段良いもん食ってるから戦場では粗食に耐えれる
ってな感じだった
60.名無しさん:2019年08月16日 10:19 ID:7E.IAQQW0▼このコメントに返信
>>46
労働者で五合ってのはあり得るか
そうでないなら米だけで2600カロリー以上になってしまうようで逆に体に悪そう
61.名無しさん:2019年08月16日 10:23 ID:qtvetbrx0▼このコメントに返信
>>54
あとラードとか油の類いの少なさもあてはまるかな。
油で炒める当たり前な調理が制限されたら料理のレパートリーは一気に少なくなるよ
62.名無しさん:2019年08月16日 10:23 ID:BJrIvf.O0▼このコメントに返信
※48
これ
言おうと思ったら書かれてた
63.名無しさん:2019年08月16日 10:26 ID:id5zxe130▼このコメントに返信
ある程度庶民の文化が進んでる時代に
食い物が不味いのはあり得ないな
64.名無しさん:2019年08月16日 10:28 ID:.nqs0uIv0▼このコメントに返信
江戸時代の米の生産量は、当時の日本の人口の必要量あった
江戸時代末期の各藩のコメの生産量の合計は約3千万石、当時の日本の人口は約3千万人
江戸時代に外国と食料の輸出入は無かったと考えていい
1石はひとりが1年間に食べる米の量だからみんなが米を食べられた

>5: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/08/13(火) 22:16:06.593 ID:krod0Rmk0
>米は税で取り上げられて稗や粟ばっか食ってからよく分からんな


税として取り上げた武士が、米を10人分食うとか5人分食うとか無理なんだから
税として米を取り上げられた農民も回り回って米を食べられたはずだ
65.名無しさん:2019年08月16日 10:28 ID:pi6gz9iT0▼このコメントに返信
※34
強い白米信仰と脚気に対する知識が不足してたから
軍で脚気が流行ったって笑い話があったよな
66.名無しさん:2019年08月16日 10:29 ID:EhV1qDA90▼このコメントに返信
地域による。
67.名無しさん:2019年08月16日 10:31 ID:XiDFlNoU0▼このコメントに返信
野菜類に関しては、品種改良か進んでいないため現代よりも濃厚な味だった。

現在の品種改良は主に対病性、収量の向上、癖をなくす事を主に考えられており、灰汁を減らす代わりに味は薄くなっている。

使われている肥料も発酵させた人糞や馬糞に堆肥、腐葉土などで、各種栄養素を豊富に含み土を豊かにし味の濃い野菜となった。苦みも窒素が少ない為現代の野菜より少なかった。

反面有機肥料主体の農業は、化成肥料主体の農業に対し窒素分が少なく、収穫物の大きさや量、収量の安定性が劣っていた。

畑に使うのは馬糞で、牛糞は田んぼに使用した。これは、馬糞由来の肥料は栄養が多すぎて稲が徒長し倒れる為である。
68.名無しさん:2019年08月16日 10:32 ID:4sgho.UN0▼このコメントに返信
>>60
「えびすこ」で検索すると大食い力士関連の話題がいっぱい出てくる。面白いよ。
69.名無しさん:2019年08月16日 10:36 ID:0v7D7uUw0▼このコメントに返信
※65
あれ白米食えるよで募集しておいて上手い飯たくさん兵士に食わせてやらないのはかわいそうだっていう非常に人情的な
そう、人情が邪魔したんやな
70.名無しさん:2019年08月16日 10:36 ID:DxQ3OS4B0▼このコメントに返信
稲の病気や天候不順で生育が悪ければ、稲だけを生産していたらそのまま餓死一直線になる
だから稲以外にも稗や粟を含む複数の雑穀を同時に育てるのは、安全管理上当たり前のこと
ついでに言えば作物ができたのならば、捨てないで食べるのも当たり前のことで
さらに言えば雑穀だけで食べても美味しくはないので、米に「雑穀」を混ぜるのも当たり前

なぜか当り前のことだらけの話を、「貧しいから」に変換する謎の勢力が出る謎
71.名無しさん:2019年08月16日 10:41 ID:0hkaeLhY0▼このコメントに返信
そもそも魚は干物ぐらいで生は産地の近くでもないと腐るだろうし野菜も種類少ないし甘味と言えば干し柿って感じだからなぁ
江戸や上方以外はほぼ自給自足みたいなもんでしょ
72.名無しさん:2019年08月16日 10:42 ID:KGm.BI5q0▼このコメントに返信
>>54
卵の安定供給もニワトリの品種改良有っての話だからね
その前は鳥らしく年に1〜2回産んだら良い方
大規模にやろうとすると狐が天敵
薬扱いだった時期もあるからとれたらサッサと金持ちに売っちゃう
73.名無しさん:2019年08月16日 10:45 ID:DxQ3OS4B0▼このコメントに返信
※72
大量に卵を産める鶏ができたのは、20世紀になってからだったと記憶しています
74.名無しさん:2019年08月16日 10:46 ID:XiDFlNoU0▼このコメントに返信
>>72
鶏は卵が無くなるとまた産卵する。品種改良前の在来種でも一羽あたり年間20個近い卵をうんだ。
75.名無しさん:2019年08月16日 10:47 ID:NfQDGp6U0▼このコメントに返信
幕末に引っ掛けたのか、韓国人管理人www
病院行けよ韓国人管理人www
76.名無しさん:2019年08月16日 10:50 ID:zG5Uv6zD0▼このコメントに返信
そんなの江戸時代の人の味覚と同じにならないと分からんよな
今と違って脂は腐るの早いからほとんど摂取せずに食べ慣れてないんだし
77.名無しさん:2019年08月16日 10:52 ID:bof95BIq0▼このコメントに返信
北前船のおかげで関西はだし文化、江戸はそばやうどんの屋台が流行るぐらい醤油とか使ってるし
寿司なんて今の4倍以上の大きさの物をファストフード的に食べてる。
冷蔵庫が無いからとか質が悪いとか意見もあるけど、商売してるんだからそこは品質重視で
番付っていうグルメ雑誌みたいなのが出てるぐらい。
田舎が自給自足なのは今も同じだし、そこまで酷い食生活でも無いよ。
78.名無しさん:2019年08月16日 10:56 ID:1uGjxgh20▼このコメントに返信
>>36
昔の人は毎日体を動かすから塩分多めの食事が合ってたんだよ。
車も電車も無いし炊事洗濯全部手作業だしな。
飛脚なんかマラソン選手よりもハードな距離を毎日走ってるし。
79.名無しさん:2019年08月16日 10:59 ID:4aq4siYC0▼このコメントに返信
※43
というか食が安定供給されるようになってまだ50年程度だな
現代でも不作だと野菜とか笑えない値上がりをすることもあるが
値上がりだけで手に入れようと思えば手には入れられる
飢餓不可避って状況がないだけでも相当進歩した
80.名無しさん:2019年08月16日 10:59 ID:bErxb7nn0▼このコメントに返信

江戸時代に庶民文化が花開いたんだよな。寿司も鰻のかば焼きも、昔は庶民のやっすいB級グルメだった。
蕎麦の屋台もあったんだよな。時代劇にあるような、車タイプじゃないけど。

昔から日本人は食に拘りあるからなあ。
81.名無しさん:2019年08月16日 11:00 ID:c7rdUBqG0▼このコメントに返信
※4
なぜ脚気が江戸患だったのかな?
82.名無しさん:2019年08月16日 11:02 ID:bErxb7nn0▼このコメントに返信

江戸時代についてなら、杉浦日向子さんの「百日紅」がお勧めだよ。
本当に惜しい人を亡くした。
83.名無しさん:2019年08月16日 11:06 ID:2ree.26W0▼このコメントに返信
うなぎの蒲焼に関しては江戸時代から基本の味付けは大きく変わっていないそうな。
それにトロを捨てたなんてレアケース、賄いとしてネギま鍋なんかにして食べたりするのが殆ど。
表向き肉食は禁じられていたが実際は牛も豚も食べたし薬として「ももんじ屋(肉屋)」も栄えた。
九州地方では年貢代わりに牛や豚を納める事もあり将軍家もまた牛や豚を良く食べた。
また内臓類も煮込みなどで非人を中心に食べられていた。
84.名無しさん:2019年08月16日 11:08 ID:o09ORD9s0▼このコメントに返信
銀平飯科帳おすすめ
85.名無しさん:2019年08月16日 11:10 ID:VID1s0QY0▼このコメントに返信
>>43
おれの地元、水道が通ったのは戦後で農業は溜め池。苗は田圃に指指して穴開けてそこに植えて水をいれていた。
水をめぐって村同士で頃仕合もあったとか…
井戸水が塩分含んでて農業使えなかった。
86.名無しさん:2019年08月16日 11:11 ID:VID1s0QY0▼このコメントに返信
>>15
松茸と卵と交換させられたって話もあるな…まぁ、卵は戦後まで高級品だったからな…
87.名無しさん:2019年08月16日 11:12 ID:VID1s0QY0▼このコメントに返信
>>16
旨すぎて、皆、感動したんだっけ?
88.名無しさん:2019年08月16日 11:13 ID:VID1s0QY0▼このコメントに返信
>>22
ぐるぐる巻きの大根の漬け物のルーツだっけ?
89.名無しさん:2019年08月16日 11:14 ID:wsDosDpt0▼このコメントに返信
白砂糖はそれなりに高価なものだったかもしれないが麦芽糖に代表される甘味は古くからあったから甘いお菓子は珍しくなかったはず。
「餡」が中国風の「肉中心のあんかけの餡」でなく「甘いあんこ」の事に変質したのも室町時代後半から江戸時代にかけての頃。
90.名無しさん:2019年08月16日 11:15 ID:qOEZFU.b0▼このコメントに返信
戦前の食事で想像できるところもあるけど、大分、塩辛かった。
これは、米の飯をいかにすくないおかずで食うかということを念頭に置いていたから。
稲作文化圏だと大体同じような傾向になるそうな。米がいっぱいとれるから。
91.名無しさん:2019年08月16日 11:15 ID:L0z0GJKx0▼このコメントに返信
米、大根、豆腐で「三白」と云ふ。
92.名無しさん:2019年08月16日 11:16 ID:VID1s0QY0▼このコメントに返信
>>24
アニメのベルサイユの薔薇であったな…オスカルか庶民の家でご飯をごちそうになって「これだけ?(´・ω・`)」ってびっくりするシーン…
93.名無しさん:2019年08月16日 11:19 ID:XiDFlNoU0▼このコメントに返信
>>85
内の地元、戦後の区画整理前は田んぼを入れ替わりで回していた。そうすれば悪い田んぼをあてがわれた人も次の年にはいい田んぼをつかえたんだとか。
溜め池周辺の田んぼはわき水が冷たくて米があまり取れなかったらしい。

ちなみに、コシヒカリも緑の革命の親品種になった農林10号も戦前に開発された品種。
94.名無しさん:2019年08月16日 11:19 ID:VID1s0QY0▼このコメントに返信
>>29
鮫料理が発達したの、内陸なんだよな…捕れたところでは食べなかった。
そういえば鯨の肉も捕ってる三重県のスーパーでは流通してなくて、捕れない隣県が多く消費してるのも面白かったな…
95.名無しさん:2019年08月16日 11:26 ID:VID1s0QY0▼このコメントに返信
>>60
だから現代の視点で見るからそう思うんだよ。移動は徒歩、炊事洗濯は手作業…それを毎日やってみたら?
96.名無しさん:2019年08月16日 11:30 ID:9R1GuznI0▼このコメントに返信
まぁ不味い前提で語られ過ぎなとこもあるよな

現代でも多くの探検家やノンフィクション作家が、昔とさほど変わらない生活をしている辺境地帯に行って現地メシを食ったらベタ褒めってことはざらにあるしな。
ああいう奴らって食べ物に関しちゃ正直というか、不味かったり、口に合わんかったら本に普通にネガティブに書くしテレビとかよりはよっぽど信用できる。
97.名無しさん:2019年08月16日 11:31 ID:VID1s0QY0▼このコメントに返信
>>70
そりゃ現政府の正当性を印象づけるため…
98.名無しさん:2019年08月16日 11:32 ID:rWXUKXZP0▼このコメントに返信
平安時代は、ヨーグルト(醍醐)やチーズ(蘇)や豚(猪)喰ってるのに、
江戸の庶民文化では、広まってないな。
畜産自体が、エネルギーの無駄だからとゆうわけじゃなかろうに。
不思議だ。
99.名無しさん:2019年08月16日 11:35 ID:rWXUKXZP0▼このコメントに返信
※6
>>6
船台なら冬場は、白鳥や鴨がメインディッシュになる日が多いのかな?
100.名無しさん:2019年08月16日 11:38 ID:JNfisCho0▼このコメントに返信
>>14
大阪城の防空壕にいたってばーちゃんが、サツマイモはスジだらけで食えたもんじゃなかったと言っていた。
さすがにそれよかマシだとは思うけど、あまりいいものではなかったんじゃない。
水戸光圀もデカくなったキュウリ不味い(当時は若いうちに食べる考えがなかった)と言っていたし
101.名無しさん:2019年08月16日 11:40 ID:JNfisCho0▼このコメントに返信
>>20
野菜そのものの味が違いすぎるから、無難に美味しくなりそう。少なくとも、美味しい方向にバフはかかる
102.名無しさん:2019年08月16日 11:44 ID:rWXUKXZP0▼このコメントに返信
※16
>>16
領内で鮭が採れないのに?
江戸城下で塩鮭購入なら、関東以北の大名からは、馬鹿にされる件だな。
103.名無しさん:2019年08月16日 11:46 ID:sh2PqEfZ0▼このコメントに返信
一説では江戸には400店以上
屋台や露店も含めれば800店以上の鰻屋があった
嘉永5年(1852年)に発行された『江戸前大蒲焼番付表』には
そのうち221店が紹介されている

つまり江戸時代の頃から
ガイドブックを見ながら食べ歩き食べ比べを行う文化があり
それだけの食に対するこだわりがあったことは間違いない
104.名無しさん:2019年08月16日 11:46 ID:ojz84c2A0▼このコメントに返信
空腹は最高の調味料。一食一食今より大事に食ってたんだろう。そりゃー美味かったろうよ
105.名無しさん:2019年08月16日 11:55 ID:rWXUKXZP0▼このコメントに返信
※49
>>49
ジャガイモ
そして、小麦粉のパンより雑穀入りケーキのほうが安い。
”パンがたべれないのならケーキを食べればよい”の時代。
マリーさんが言ったとゆうのは、デマですがね。
106.名無しさん:2019年08月16日 11:59 ID:jSOkKyd60▼このコメントに返信
商家に奉公してた小僧さん達の夜の買い食いといえば
夜鳴き蕎麦より安価で手軽だったのが、いなり寿司
新入りに先輩達が銭渡して幾つ買ってこいって使いにだす
帰ってきたら、応ご苦労これお前の分なって
雑魚寝の部屋で就寝前にみんなで和気藹々
新入りの小僧さんは楽しい美味しいで
奉公に出てよかったと日々の仕事にも張りがあったそうな
107.名無しさん:2019年08月16日 12:01 ID:49n0P.MZ0▼このコメントに返信
>>55
柳の枝が一般的じゃないのか
108.名無しさん:2019年08月16日 12:09 ID:49n0P.MZ0▼このコメントに返信
>>29
別に淡水魚だって普通に食べただろうにドジョウもナマズもいたんだから
109.名無しさん:2019年08月16日 12:12 ID:zG5Uv6zD0▼このコメントに返信
※83
江戸期の葱鮪鍋なんて幕末のほんの一瞬だけだぞ
正確には1831年の天保元年以降
110.名無しさん:2019年08月16日 12:23 ID:xx7s21TZ0▼このコメントに返信
当時は海や川が近くあれば今みたいに汚れてないから <゜)))彡 とかたんぱく源には困らない気がするが?
とはいえ労働者階級は炭水化物が無いと体がもたないから、その確保に苦慮してたのかなぁ。
111.名無しさん:2019年08月16日 12:28 ID:vLw3rStG0▼このコメントに返信
たしかに今より美味かったな
いろいろお供えしてくれるけど、食えるものがない
友達みんなげっそり痩せたわ
幽霊が減ったのはこのせい
112.名無しさん:2019年08月16日 12:32 ID:cofECT.S0▼このコメントに返信
江戸時代にそんな白米が食べられてたら1950年代に貧乏人は麦を食えって池田隼人が言ったのが信じられねえな。
113.名無しさん:2019年08月16日 12:32 ID:VQRVqgdO0▼このコメントに返信
嘘ばっかり書いてるな、昔のカステラは水あめで作っていたから普通に甘かったんだって。
蜂蜜で風味の増す方法も、書見でわかる。
あの頃から普通に和菓子文化があったから、甘いものも其れなりに手に入れられたんだよ当時の日本はw
固い飴玉も江戸時代からだしね
114.名無しさん:2019年08月16日 12:33 ID:5qSASiDH0▼このコメントに返信
>>108 ※108
淡水魚が採れるといっても、養殖してるわけじゃなく、大量には採れない
皆で腹いっぱい食べるようなことは無理だった
十和田湖の八郎太郎の伝説なんか、イワナを3匹独り占めして食べただけで呪われてる
115.名無しさん:2019年08月16日 12:37 ID:HdRifwdT0▼このコメントに返信
まぁサンマを焼いたのや、タイの天ぷらがご馳走な時代だからね
116.名無しさん:2019年08月16日 12:43 ID:49n0P.MZ0▼このコメントに返信
江戸時代の食生活を粗食とか貧しい食事にしたい人が多くいるみたいだけど
そりゃ貧乏なのか裕福かにもよるだろうよ基準をどこに置くかでしかないよ
江戸の街なら周りは田んぼや畑自然が豊かだから食料は豊富だったろう
治水もされてて町の糞尿は農家に運ばれて肥料にもなってて循環社会だった
果物も今ほではなくてもあったでしょ林檎、柿、梨、柚子、枇杷、瓜 あと山菜も
大根や里芋の根菜類に葱、大豆や小豆の豆類、食材は豊富にあったと思うよ
117.名無しさん:2019年08月16日 12:45 ID:n1HK5md30▼このコメントに返信
江戸時代にも美食番付みたいな
いまでいうグルメ情報誌みたいなのあったらしいから
庶民も食を楽しむ余裕があったし
食文化だって相当発展してたんじゃないだろうか。
118.名無しさん:2019年08月16日 12:46 ID:ZUI2csMe0▼このコメントに返信
現代の味覚からしたら「不味い」に決まってんだろ。
常時料亭レベルの食事が可能な富裕層なんて千人もいなかったと思うぞ、一握りの豪商だけだろう。

ある大名が江戸城で弁当を開けたら焼鮭の切り身が入っていたので
珍重とか言って周りの大名と分け合って食べたとかいうレベル。
庶民の食事なんか本当に一汁一菜と飯だけ。
119.名無しさん:2019年08月16日 12:55 ID:n1HK5md30▼このコメントに返信
※37
日本の最高級霜降り肉を欧米に持ち込んだとき、欧米人は
「油ばかりで気持ち悪い」
「吐き気がする」
「この牛は病気なんじゃないか?」
という評価しかしなかったし

日本のふかふかのパンをヨーロッパに持ち込んだ人は
「パン特有の固さがない。マズイ」
と言われて全然評価されなかったし

日本のリンゴを持ち込んだ農家さんは
「酸味がない。なんだこれ?」
つって受け入れられなかったので

日本の食材が初見でガンガン受け入れられる『異世界食堂』は
正直、マンガ特有の御都合主義しか感じなかった。
まあ、そこも含めてギャグっぽくて面白かったのだけれど。
120.名無しさん:2019年08月16日 13:12 ID:j0Z4Hvb20▼このコメントに返信
>>83
徳川慶喜が豚肉好きだったんだよね。
他の将軍たちも肉が好きだったの?
121.名無しさん:2019年08月16日 13:21 ID:5qSASiDH0▼このコメントに返信
>>120 ※120
将軍様は表立って肉食は出来ない
江戸城から出られないんだから
慶喜が肉食したのも明治以降だろ
122.名無しさん:2019年08月16日 13:29 ID:MuUPKek60▼このコメントに返信
※121
鹿などの狩りの獲物を食うけど?
123.名無しさん:2019年08月16日 13:31 ID:MuUPKek60▼このコメントに返信
※121
ちなみに豚そのものは日本では一部地域の限定飼育だったので
豚肉が食われるようになるのが全国で飼育の始まる明治以降なのは仕方ない
無いものは食えないからな
124.名無しさん:2019年08月16日 13:38 ID:49n0P.MZ0▼このコメントに返信
>>114
江戸名物のドジョウ鍋なんて田んぼにいくらでもいたんだがな
川で魚釣ったことない人かな?投網もあるんだよ鯉こくなんて
ポピュラーな料理だけどね川に近い地域なら淡水メインだよ
ハゼの甘露煮のように川魚の甘露煮も普通でしょエビも蟹もね
125.コロンブス:2019年08月16日 13:42 ID:cpWqSJuo0▼このコメントに返信
農家の貧しさなどというのは日本貶めの歴史観で誇張されているきらいはある。
実際今の日本人でも自分の生活は卑下して語るものだし贅沢しているとは言わない。
昔の一般的な庶民の生活が豊かだったとは言えないだろうが、思っているよりは普通に近い感じだったと思う。
江戸などでは商品経済が発展し、おしゃれをし、観劇に出向き、外食が大流行、そのランキング本がベストセラーになるぐらいの文化の高さと豊かさがあった。
卵なども今の養鶏場のシステムもあったので、きちんと商売になっている。
魚に関しては、鰯は肥料にするぐらい取れていて、見向きもされない雑魚として思われていたということはあったということでしょう。
米が取れなくても江戸中期以降は芋が栽培されて飢饉は少なくなっているし、肉食もされている。
米が取れにくい薩摩の武士が大柄な人が多い(西郷も大久保も180CM超)のは豚を普通に食べていたから。米がない分、他の食材で補っていたとすれば逆に食材は豊かだったでしょう。(江戸の庶民は逆に米が多いという印象)
味は今の方が洗練されているのは間違いないだろうが、昔が今より劣っていた訳でもないと思う。
126.名無しさん:2019年08月16日 13:46 ID:49n0P.MZ0▼このコメントに返信
>>123
横だがさすがにそれはない豚といってるがそこは猪と解釈すべきだろう
時代的にね 鷹狩で雉や兎、瓜坊なんかも獲物になるだろうね
127.名無しさん:2019年08月16日 13:51 ID:1obfrqmT0▼このコメントに返信
米を一人一日4合食うそうだ
128.名無しさん:2019年08月16日 13:55 ID:26DS1FMm0▼このコメントに返信
世界で食文化が一気に開花したのが大航海時代で色んな食べ物が他国から入ってきた後だからな
味覚の違いは在れど現代人でも余裕で美味しいって言えるようなのもあるだろうな
129.名無しさん:2019年08月16日 14:08 ID:FqbNlWt90▼このコメントに返信
パンはなかった。「では、ケーキを食べなさい」おフランスの女王様
130.名無しさん:2019年08月16日 14:19 ID:DxQ3OS4B0▼このコメントに返信
※98
平安の貴族の記録の話じゃね? それって…
131.名無しさん:2019年08月16日 14:26 ID:DxQ3OS4B0▼このコメントに返信
※129
なおマリー・アントワネットはその「ケーキを食べれば~」に代表されるような捏造話を筆頭とする酷い話とは裏腹に
実際にはかなり人格的にも出来たお人だったようですね
なぜひどい話が出来上がったかというと、革命政府側が自己正当性のために意図にやった模様
132.名無しさん:2019年08月16日 14:27 ID:0v1sY46u0▼このコメントに返信
※1
逆だよ、保存するのに塩が使われていたから塩辛いオカズで飯をかき込む

※113
江戸初期の甘味は、米から作る水飴の米飴、米麹の甘酒、味醂 輸入品だが砂糖も室町時代には流通していた

※118
当時は流通が難しく切り身の鮭が食えるのは、鮭が遡上する地域だけで全国的には珍重品
将軍でも切り身の鮭を食べる機会が少なかった時代だよ

一汁一菜は粗食を表す言葉で実際の食事じゃないよ
江戸時代は火事が多く、長屋での煮炊きは朝方のみで
飯と汁物程度しか作れなかったため外食産業が盛んになった
一汁三菜を守った武家より庶民の方がグルメなぐらいだよ

※121
江戸城には各地の藩から献上品が届いていたて
彦根藩の牛肉の味噌漬けや薩摩藩の黒豚の塩漬けや燻製は
薬食いとして珍重され将軍も食べていたよ

鹿、兎、猪等は、合戦を想定した野戦食として食べることもあった
133.名無しさん:2019年08月16日 14:43 ID:bT.ug.f00▼このコメントに返信
※119
さすがに偏狭すぎる
当然だが個々人で評価は違う
和牛もパンもりんごも現在では受け入れられてる事を考慮していない
134.名無しさん:2019年08月16日 14:44 ID:w3OZS7RM0▼このコメントに返信
>>98
そんなのは食ってたのは一部の貴族だけなんだろうな
武家のお偉いさんよりも少数でしかもごく一部限定だろうて
そもそも普段からそんなにそういうのを食ってたのなら、それ関連の食文化ができてるはず
135.名無しさん:2019年08月16日 14:47 ID:Fqb1IbuN0▼このコメントに返信
そばやうどん、ほうとうとか美味しそうだが
136.名無しさん:2019年08月16日 14:54 ID:Fqb1IbuN0▼このコメントに返信
江戸時代は200種以上の料理本やグルメガイドブックが流行したらしい
まあ楽しめたのは町人で、農村部は楽しめなかっただろうけど
137.名無しさん:2019年08月16日 15:14 ID:b1BFhNVO0▼このコメントに返信
海岸に行けば今じゃ高級グルメ扱いの江戸前ハゼなんかが釣り放題でその日のうちに天ぷらにして食ってたんだぞ
エサも干潟をちょっと掘ればゴカイが出て来る
138.名無しさん:2019年08月16日 15:23 ID:M.IpUJte0▼このコメントに返信
猪の肉を味噌漬けにして焼いたのなら今も昔も変わらない味な気がする。
139.名無しさん:2019年08月16日 15:25 ID:4sgho.UN0▼このコメントに返信
>>99
伊達のレシピで最多ででてくるのは鶴肉
140.名無しさん:2019年08月16日 15:42 ID:4sgho.UN0▼このコメントに返信
>>127
賢治の4合は「これで済ませれば控えめ」な詩なので実際はそれより多い人の方が多かったと思われ
141.名無しさん:2019年08月16日 15:53 ID:0v1sY46u0▼このコメントに返信
※136
江戸近郊の農家は有事には足軽として徳川家に仕える同心で年貢も軽かく豪農だったから
江戸で農産品を売って遊び歩く若い農民も多かったそうだよ
142.名無しさん:2019年08月16日 16:00 ID:WQ6fQzA.0▼このコメントに返信
江戸は参勤交代などのおかげで、日本各地から人が集まって来るところで人口が密集していた。そのため火事が起きると被害が拡大しやくなるので、火を使う事を極力避ける人も多かった。とくに独り者はその傾向が強く、宵越しの金を持たないのが粋、などと称して貯金しない事が持て囃される風潮だったので、その金を目当てにした外食店や加工済み食品の訪問販売が発達した。食べ物屋の競争が激化すれば、味が進歩するのは当然の成り行き。家族持ちは限られた収入で多人数を養う必要があり、自分たちで煮炊きする必要があるために火を使っていたが、それでも訪問販売は利用していたので、味の進歩にも貢献していた、とも言える。
143.名無しさん:2019年08月16日 16:36 ID:49n0P.MZ0▼このコメントに返信
>>39
山には山のタンパク源があったよイナゴ、タニシ、蜂の子、豆類には豊富に含有してる
煮物の高野豆腐とか ちょっと贅沢に蚕とかねw 雉、兎何てのは害獣駆除もかねて
琵琶湖周辺では流しの下に食用に今でも鯉を飼ってるね
144.名無しさん:2019年08月16日 16:39 ID:1wBrzBIE0▼このコメントに返信
京都でまともな魚料理が食べられるようになったのは
明治以降、鉄道網が発達して魚を鉄道輸送する事に気が付いてから。
若狭湾や大阪湾で魚介類がとれて流通していても京都までは輸送ができず
新鮮な状態で市場に届ける事は困難だった。
145.名無しさん:2019年08月16日 16:54 ID:49n0P.MZ0▼このコメントに返信
>>144
江戸時代の話しててなんで急に京都出てきたのか知らんがまぁいい
京都鯖街道で検索してみ1200年以上前からあるらしいぞ
江戸時代に新鮮である必要なんてないよ冷蔵庫ないんだし干物だよ
146.名無しさん:2019年08月16日 16:55 ID:Geogrtuw0▼このコメントに返信
※144
塩鯖と鱧があるじゃないか、、、塩鮭も律令時代から税として京都にやってきてたぜ、、、
つかヒラメとか白身の生魚は昭和までは昆布締めにして運んできたのよ、、、
それに琵琶湖があるから、ナマズ鮎船あたりは生きたまま運ばれてた、、、

刺し身に一手間加える、ってのは京都で生まれた調理法だと思うなぁ、、、
147.名無しさん:2019年08月16日 17:08 ID:Geogrtuw0▼このコメントに返信
つか「昔の野菜まずい」っていうけれど、、、
高菜小松菜からし菜やら京野菜やら地元野菜は、品種も栽培方法は江戸時代から変わらんからね、、、
ちがいは虫食いがあるかどうかくらい、、、今のそれら食ってマズいなんておもわないだろ??

まぁほうれん草は特殊な事例で、日本で昔から栽培されてきた東洋種と
今の主流が(昭和40年代に)アニメポパイと同時にやってきた西欧種になって
作られるのがショウ酸が少ない品種になったから成分が変わってきただけの話、、、

野菜ってのは時代や地域で品種が変わればモノ自体変わんだよ、、、いい例が米なんてそう、、、
今の人は栽培経験ないから野菜の名前上げると昔から一つしかないと思い込んでるだよなぁ、、、
148.名無しさん:2019年08月16日 17:14 ID:xtyV7fAy0▼このコメントに返信
>>43
いやいや。流通や保存技術の進化もあるだろうけど、ここ20〜30年でも野菜の味は大幅に変わってる。ほうれん草なんかはエグみが全然違うだろ?
栄養価は知らん。

米は全体的に底上げされてるけど、特に低価格帯の味が確実に違う。(クソみたいなブレンド米は除く)
まぁ。米は質の上昇の割に価格が下がったとも言えるけど。
149.名無しさん:2019年08月16日 17:47 ID:1wBrzBIE0▼このコメントに返信
※145
江戸時代にも京都には人が居て文化を育んでいたよ。
で、お江戸では(たぶん他の都市でも海が近ければ)寿司だの刺身だの煮物、焼き物から佃煮まで
種々雑多な料理が作られ庶民の口に入ってたよ。
一方、京料理で、魚は保存食(干物、塩漬け)か生命力の高いハモぐらいしか無かったんだ。
昔聞いた話だと、腐りにくかったって理由でサメやエイも食べてた。って聞いたけど。どうなんだろ?
食材が限られてしまえば料理の幅も限られてしまう。
鉄道が京都に料理の文化(食材や技術)を運んだんだ。
150.名無しさん:2019年08月16日 17:55 ID:5qH3waiK0▼このコメントに返信
いったいどこででたらめ知識を仕入れて頭の中で完結してドヤってコメント書き込むやつがいるんだろうな。
目の前で触っているのでググレよ・・・って思う
川の生物にドジョウ、ウナギ、エビ、フナ、シジミを知らなさそうなコメントも見るよな
魚については川海あるし保存には干物ですので釣り好きなら魅力なんじゃないかな

貧乏小作人が日本全体百姓のイメージにしてしまってるのはアカンと思う
あと、酒の麹の甘さはとんでもないほど甘いので砂糖無くても代用可能
151.名無しさん:2019年08月16日 18:01 ID:1wBrzBIE0▼このコメントに返信
※148
キュウリ、ナス、トマト、レタス、ニンジン・・・。
固有のアクと言うか、本来のクセのような物が無くなって
一派うけしやすいマイルドな味になったと思う。
品種改良のなせる業かと。
サツマイモなんて、味より量の時代があって
その頃それで育った年寄りが今でも嫌う。
時代で、消費者が何を野菜に求めたか?が見えて
品種改良の歴史を調べたら面白いよ。
152.名無しさん:2019年08月16日 18:12 ID:49n0P.MZ0▼このコメントに返信
>>147
くようy
153.名無しさん:2019年08月16日 18:12 ID:QqM1K.Py0▼このコメントに返信
>>149
鯉もあるよね
江戸時代、まだまだ鯉は価値があったようだ
関係ないが鮭で有名な新潟村上ってのは鯉でも有名だったみたい
154.名無しさん:2019年08月16日 18:18 ID:49n0P.MZ0▼このコメントに返信
>>152
ごめん誤爆w 京野菜なんかはなんとか継続しようと努力してるよね
逆に今の流通に合わなくて消滅していった野菜もたくさんあると思うよ
地方特有の野菜とかね 干瓢とかよく食べようと思ったなぁと感心する
155.名無しさん:2019年08月16日 18:26 ID:49n0P.MZ0▼このコメントに返信
>>115
旬のそれらは自分にとってもご馳走だよw
156.名無しさん:2019年08月16日 18:59 ID:7fz90W1R0▼このコメントに返信
※129
そんなことを王妃自身は言ってなく革命政府側が民衆を味方につけるために流布した捏造話だとするのが現代では主流の考え。
それにケーキといっても当時のフランスではパンという呼称は一等小麦を使用したものに限定することが義務付けられていて二等小麦以下を使用したらパンという呼称は使えなくてブリオッシュと呼ばれていた。
「パンが無かったらケーキを食べればいいじゃない」という文言を訳した当時の日本人はブリオッシュという言葉をケーキと訳してしまったのだがケーキというよりは菓子パンというのが正解に近いし、現代の日本人の感覚で言えばブリオッシュもパンの一つだとして認識されており区別している人は少ないと思う。
157.名無しさん:2019年08月16日 19:13 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信


>参勤交代で江戸に詰めてた武士の日記だと豆腐豆腐&豆腐

「豆腐百珍」と言うのがある。
江戸時代、むしろ豆腐は滅茶苦茶高くて、今の価値だと1丁が1000円に相当する
まぁサイズも数倍なんだけどな。それでも破格だ。

で、豆腐百珍というレシピ本があり、
ベタな物から、珍しい豆腐料理まで100種類以上を紹介してる。
これがベストセラーになった。

ひとつの食材に、100種類ものレシピを考えることと、
そんな本がめっちゃヒットすると言う、余裕、土壌、市場、がうかがえる。
それをグルメと呼ぶんじゃないのかい?
158.名無しさん:2019年08月16日 19:16 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※129
>パンはなかった。「では、ケーキを食べなさい」おフランスの女王様

日教組が、日本軍を独裁者に仕立てる為、
ヒトラーや織田信長と一緒に、アントワネットを使ってる訳だよ。
「ブリオッシュ→ケーキ→お菓子」と言う変遷を辿って「改竄」された。

日本人は、ケーキと言うと真っ先に「イチゴショート」を思い出すが、
アントワネットの時代にそう言うケーキはまだ誕生してない。
また欧米では、小麦粉と水分で練って焼いた物はすべてケーキと呼ぶ。
日本の餅は「ライスケーキ」と呼ばれる。 お菓子ではない。

当時におけるケーキとは、ブリオッシュとほとんど変わらない、
小麦粉と牛乳と卵を練って焼いた物。

日本で言うなら、「そうめんが無いならうどんを食べればいい」レベルのお話し。
159.名無しさん:2019年08月16日 19:19 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※3
>ケバブとかパンケーキとかかき氷かタピオカドリンクはすでにあったと思う行列出来てたはず

江戸時代初期や大火の後、日本中から職人が集められて、
作業現場には屋台がたくさん出来た。
それが、握り寿司、天ぷら、おでん、蕎麦切りの始まり。

ケバブはないが、肉の串焼きの屋台はあった。ももんじ屋ってヤツだ。
カキ氷はないが、地下水で冷やした果物はある。江戸の町は果樹園だらけだった。
タピオカドリングはないが、地下水で冷えた、白玉入りのソフトドリンクはある。
160.名無しさん:2019年08月16日 19:22 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※6
>結構美味いものを食っていたように見えるけど、武家社会だし普段は質素だったんだろうな

武士は食わねど高楊枝、士族の商法、伊達の素足もないから起こる。
武士は貧乏だったさ。何せ武家屋敷の敷地に畑を作って自給自足してたからな。
自分が雇い入れてる下男達の食事に増せてもらって、おかずもらったりな。
161.名無しさん:2019年08月16日 19:24 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※14
>果物は甘くなく

江戸時代以前から、果物は「水菓子」と呼ばれていた。
甘くなかったら菓子とは言わん。
162.名無しさん:2019年08月16日 19:28 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※19
>塩醤油味噌の味しかないんだろ

漬け物の形で、多彩な風味で料理にしていた。
おまえの言う多彩な調味料は、
精々が、マヨネーズ、ウスターソース、ケチャップ、チリソース、オイスターくらいか?
163.名無しさん:2019年08月16日 19:32 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※25
>今の感覚だと油分が足りなくて物足りないわな

揚げ物と、肉類を言ってるんだろうけど、
天ぷらが出来るずっと前から、精進料理に揚げ物があった。つまりポルトガルと関係ない。
生魚は脂が乗ってるし、トロ部分は加熱して食ってた。

トロを捨ててた説は大嘘だよ。食べ物を捨てる訳がない。生では食べなかっただけ。
トロ部分は脂が多いから、醤油が染み込まず「ヅケ」に出来ないので、日持ちがしない。

あらゆる獣肉を出す「ももんじ屋」が、江戸だけで200軒あったから、脂身も食べてたはず。
生類憐みの令が74回も出されるほど、庶民達は肉が大好きだった。
164.名無しさん:2019年08月16日 19:34 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※29
>生魚は海の近くのみちょっと内陸へ入ると塩漬かカチカチの干物

「干物は粗末な物で、生魚の方が贅沢で高級品」てのは、現代の価値観だろ。

>冬の間は、漬物しか野菜はない

豚汁ひとつ取ったって、
芋、大根、ニンジン、キノコ、タケノコ、コンニャク、色々ある。
165.名無しさん:2019年08月16日 19:35 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※32
>油も肉も野菜も不足してるんじゃない?いまの感覚からしたら

主食は、穀物と大豆(タンパク質=プロテイン)だから、
農民は野良仕事のお陰で筋骨隆々だった。
農民=ガリガリってのは、後世で戦前を貧しくしたくて仕方がない、
日教組やマスコミの創作。
166.名無しさん:2019年08月16日 19:38 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※40
>肉はほぼ食えない、記録に残ってる=食べてた、は浅はか。記録に残すほど希少経験

荒唐無稽も大概だな。
167.名無しさん:2019年08月16日 19:44 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※71
>野菜も種類少ないし甘味と言えば干し柿って感じだからなぁ

江戸時代前期、幕府の命令で砂糖を大量生産していた。輸出もしてる。
現在ある、和菓子のデザインはその時期にほとんど確立している。
168.名無しさん:2019年08月16日 19:45 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
>江戸時代の一般的な甘味と言えばやはり干し柿かな 砂糖は高級だし

あと、砂糖が普及する前は、甘味料は水飴だった。
169.名無しさん:2019年08月16日 19:49 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※76
>今と違って脂は腐るの早いからほとんど摂取せずに食べ慣れてないんだし

「トロは捨てられてた説」がすっかり定着したな。アホなマスコミのせいで。

トロを捨ててた説は大嘘だよ。食べ物を捨てる訳がない。
生では食べなかっただけ。加熱して食ってた。

なぜトロは生で食べないかと言うと
脂が多いから、醤油が染み込まず「ヅケ」に出来ないので、日持ちがしない。
醤油漬けてのは、単に味付けや調理法ではなく、日持ちさせる知恵だ。
トロは染み込まないので、煮たり焼いて食ってた。

まさか、「江戸時代の人は脂っこいのが苦手で、トロは食べなかった」なんて贅沢言う訳ない。
ウナギの蒲焼や天ぷらは、小腹の好いた職人(肉体労働)が、屋台で軽くつまむケータリングだったわ。
170.名無しさん:2019年08月16日 19:53 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※98
>平安時代は、ヨーグルト(醍醐)やチーズ(蘇)や豚(猪)喰ってるのに、
>江戸の庶民文化では、広まってないな。

「豚の角煮」は鹿児島の郷土料理。
それが今の日本のラーメンで、チャーシューの名前で載せられてる。

しかし本場中国のチャーシューは文字通り「焼き豚」。
でもそれじゃ肉が硬過ぎるので、日本古来の「煮豚料理」を載せるようになった。

チャーシューは、煮て作るのが一般的なのに、「焼き豚」と書くのはその為。
つまり、焼き豚やチャーシューは名ばかりで、実際に客に出してるのは郷土料理の煮豚。
171.名無しさん:2019年08月16日 19:57 ID:bozJgZUB0▼このコメントに返信
異世界食堂は出てるのに居酒屋のぶは出てない・・・
172.名無しさん:2019年08月16日 20:34 ID:ZI1z90dS0▼このコメントに返信
> 夜中にラーメンとか食いたくなったらどうしてたんだよ

っ 「日が暮れたらとっとと寝る」
173.名無しさん:2019年08月16日 20:38 ID:sk8O10c30▼このコメントに返信
>>25
豆腐百珍とかの当時のレシピ本とか見てみると揚げ物はあんまないけどほ胡麻油つかった炒め物とかは結構出てるよ

脂質って面では意外と肉や魚でとってたみたいで、それらがない精進料理はガンモドキや厚揚げなんかの植物油で揚げたメニューが一品くらいは含まれた献立になってるし
174.名無しさん:2019年08月16日 21:05 ID:z28cKajS0▼このコメントに返信
熱帯夜には氷室饅頭食べたい
175.名無しさん:2019年08月16日 21:27 ID:YFgHKSdY0▼このコメントに返信
>>114
ドジョウに関しては、江戸時代には飲食店である程度の大量供給が可能な程度の漁獲量があったのよ

イワナとかの渓流魚は漁法の関係で一度の漁獲量も限られるけど、ドジョウは農閑期に水位が低下した溜め池や用水路の底を泥ごと浚うことでまとまった数が獲れた

また鯉や鮒など網や専用の籠で漁獲したものを飼育しておいて折々に食することは割と行われてた
176.名無しさん:2019年08月16日 21:28 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
>> 夜中にラーメンとか食いたくなったらどうしてたんだよ

「夜鷹そば」てのがいて、夜遊びしてるヤツや、水商売の女がさっと立ち食いしに来てた。
177.コロンブス:2019年08月16日 21:43 ID:cpWqSJuo0▼このコメントに返信
※160
変な印象操作はやめなさい。
武家屋敷には畑が付いており、菜園として使っているところは多かったんだろうと思う。
だからといって下男の食事に混ぜてもらうということはないだろう。
労働は下男に任せていた。
武士が農業をやっていたわけではない。
178.名無しさん:2019年08月16日 21:58 ID:on7y1zkd0▼このコメントに返信
江戸時代あたりから、庶民文化が花開く裕福さになってたので、庶民の食文化が発達し始めたって印象やなぁ
179.名無しさん:2019年08月16日 22:40 ID:C87tZQ730▼このコメントに返信
旨いか旨くないかは幼児期に刷り込まれた嗜好。
西生まれの西育ちだが、関東に来て数十年もたつが関東の食い物がうまいと思ったことは一度もない。
特に駅うどんはひどい。よく食ってるな。こんな濃いもん。
180.名無しさん:2019年08月16日 23:31 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※177
>だからといって下男の食事に混ぜてもらうということはないだろう。

俺は、江戸時代関連の書物が手元に80冊ある。そこから受け売りしてるに過ぎない。
お前の知識不足を棚上げして、相手の捏造に仕立てるな。
181.名無しさん:2019年08月16日 23:34 ID:mtbzWZWv0▼このコメントに返信
※179
>特に駅うどんはひどい。よく食ってるな。こんな濃いもん。

醤油が濃いんじゃなく、ダシが濃いというだけの事を理解できない、「だしキッチガイの関西人」お疲れ。
182.名無しさん:2019年08月16日 23:52 ID:49n0P.MZ0▼このコメントに返信
そういえばうっかり忘れてたが鯨は縄文時代から取ってたらしい
江戸時代には鯨組何てのがあって組織的に漁をしてた脂肪は油として
皮は膠、髭は工芸品にすべて余す所なく使われて肉は加工品にされた
恐らく塩漬けにされたりした 普段取らない地域でも取れた時には
「そりゃもうお祭り騒ぎよ」何て事になってたと思う(適当
183.名無しさん:2019年08月17日 02:35 ID:RextzVOc0▼このコメントに返信
※177
武士も普通に農業してたよw
仙台藩なども人件費抑制策として奨励してた時期もある。
家庭菜園とか代官所の周辺や大名屋敷、籠城に備えて城内にも畑はある。
食事についてはその家の家風による。
川路聖謨などは使用人と一緒に雑談しながら食事をとっていたとか記録がある。
184.名無しさん:2019年08月17日 03:36 ID:jDZTelSQ0▼このコメントに返信
カステラは、当時からお菓子だぞ
185.名無しさん:2019年08月17日 04:18 ID:jDZTelSQ0▼このコメントに返信
>>119
異世界食堂のコミカライズ版は、ラノベが原作だぞ
186.コロンブス:2019年08月17日 07:48 ID:goEFhV6G0▼このコメントに返信
※180
下男の食事に混ぜてもらうのが、ひもじくてお情けちょうだい的な書き方をしている、お前の悪意と馬鹿さに神が怒っただけだ。
半島にでも帰れ。
基地外。
私の書き込みをずっと読み込んでからお礼をして傅き、敬えw
187.名無しさん:2019年08月17日 10:14 ID:nRR28bJb0▼このコメントに返信
※186
>お前の悪意と馬鹿さに神が怒っただけだ。
>半島にでも帰れ。
>基地外。
>私の書き込みをずっと読み込んでからお礼をして傅き、敬えw

お前は、親を●して、自分も自●しろ、キッチガイ知的障害者。
188.:2019年08月17日 10:15 ID:nRR28bJb0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
189.名無しさん:2019年08月17日 15:38 ID:wTMPqgFo0▼このコメントに返信
西日本は肉や魚を食いまくっていたが、東日本は何を食っていた?
190.名無しさん:2019年08月17日 20:35 ID:nRR28bJb0▼このコメントに返信
※189
東日本こそ、毛皮をたくさん取ってたから余った肉を食ってたぞ。
まんが日本昔話で、囲炉裏に鍋が乗ってるだろ。
囲炉裏は暖房であり、東日本の風土なんだから。
191.名無しさん:2019年08月17日 21:58 ID:7wnvGw2e0▼このコメントに返信
※179
よくわからんが、関西人のうどん自慢は
韓国人のキムチ自慢と同レベルのものだと思ってる。

他地方(主に関東)の食文化を貶めないと
うどんの自慢すらできないところも
日本を貶めないと自国を語れない韓国とソックリだし。
192.:2019年08月18日 01:08 ID:5Xespnbr0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
193.名無しさん:2019年08月18日 12:48 ID:7nQYF70P0▼このコメントに返信
※192
>うちはこれでも武家だw

武家が、よりによって先住民族侵略の象徴「コロンブス」を自称して堪るか。
うちは、五稜郭の戦いで新撰組を討った側が祖先だ。
194.:2019年08月18日 12:49 ID:7nQYF70P0▼このコメントに返信
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195.名無しさん:2019年08月18日 12:50 ID:7nQYF70P0▼このコメントに返信
※192
>うちはこれでも武家だw

それから、武家の話題をした直後に、「俺は武家だ!」なんて
タイムリーでご都合があって堪るか。
「嘘をつける時に嘘をつかないのは損だ」は、韓国文化だ。

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