2019年06月12日 09:05

モンゴル帝国って何であんな凄まじい世界制覇できたんだろうか?

モンゴル帝国って何であんな凄まじい世界制覇できたんだろうか?

モンゴル

引用元:モンゴル帝国って何であんな凄まじい世界制覇できたんだろうか?
http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/morningcoffee/1556140377/

1: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 06:12:57.10 0
記述できるような高度な言語は持ってなかったけど
シルクロードなる優れた流通網を築いてのだから
頭脳は優れていたのだろうか ただの暴力じゃ漢民族は支配できないだろうし
あと今のモンゴルの状態も気になる

10: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 06:22:20.43 0
相撲強いからな

11: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 06:31:48.28 0
馬に乗っても強いし降りても強いし最強だな

13: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 06:37:01.44 0
モンゴルの子供が参加する世界最大の馬のレースのナーダムってのを動画で見たんだが
あれが大人の軍隊で砂埃上げて迫ってきたら恐ろしいだろうと思ったわ

20: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 06:54:36.05 0
馬でペチペチ弓撃って逃げるのを繰り返したから

21: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 06:55:18.18 0
奇襲には勝てないからね

29: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 07:27:44.19 0
騎馬民族だったから

40: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 08:21:34.00 0
制覇してない
戦略機動力で軍隊移動させただけ
間接統治
バグダード攻略は凄いと思うけど

48: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 09:21:46.36 0
>>40
これ

43: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 08:39:02.46 0
親の財産は末子相続で年長の子供は親より先に行って
自分の土地と羊を自分で確保しなきゃいけない
だから躊躇無く先へ先へと混血しながら
先に進んだって読んだ

61: ルウ 2019/04/25(木) 12:39:30.70 0
>>43
末子相続は良いと思う
やはり継承の前後で内乱とか分裂は起こる訳だから
財産分与で財産が分割されていく訳だから
継承の回数はより少ない方が都合がいい

46: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 09:12:26.00 0
戦術的にも結構巧みだよね真ん中の部隊が負けて逃げるふりして敵を引き込んで左右から包囲するとか

62: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 13:10:05.04 0
>>46
古今東西結局その単純な戦法が効果絶大なんだな

63: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 13:27:53.05 0
>>62
包囲が最強やね

50: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 10:30:43.31 0
馬を戦車とか戦闘機と思ってもらうと
当時のモンゴルの恐ろしさがわかりやすいのでは

55: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 11:43:25.04 0
どこでも誰でも同じ事が出来たかというとそうでは無いだろうが
フランチャイズ式のような統治機構が上手くいったんじゃなかろうか

60: ルウ 2019/04/25(木) 12:28:54.23 0
徹底抗戦したら城壁都市の中の女子供まで皆殺し
早く降伏すればするほど優遇とか徹底してたから周辺国に噂も広まっている
巨大帝国になればなるほど動員数多くなればなるほど敵の降伏も増えていったんじゃないか
あとは支配領内の宗教信仰への寛容さ
改宗を強要したりするとどうしても軋轢が起こって火種になる

68: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 16:41:59.73 0
帝国っていうけど連邦国家に近い体制だったみたいね
戦って消耗するより軍門に降ったほうがいいや的な

69: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 16:43:46.48 0
改宗を迫るとかではないので
死ぬ気で戦う理由もなかったり

71: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 17:33:13.50 0
>>69
恭順しないとみなごろしだけどな

73: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 20:18:35.90 0
版図を広げるよりそこを数世代に渡り維持することのほうが
ずっと難しいってこれほどわかりやすい教本もないよな

76: 名無し募集中。。。 2019/04/25(木) 21:22:37.12 0
統治したというより統治してるやつらに俺のシマと認めさせただけだから
行政というより暴力団の縄張りに近いので軍事だけで一気に広げられた

84: 名無し募集中。。。 2019/04/26(金) 01:08:09.95 0
大軍で馬に乗って大陸を駆け回っていたイメージあるけど実はそうでもなくて
占領地の統治は降伏した連中にそのまま任せたり
交易の中心的存在だったウイグル人商人を保護して経済の活性化に努めたり
広大な領土を効率よく経営していた

88: 名無し募集中。。。 2019/04/26(金) 01:50:05.56 0
ベトナムさんが何度か押し返してるとこがスゲーんじゃね

90: 名無し募集中。。。 2019/04/26(金) 06:52:39.97 0
台湾ですら中国によって統治されたのは清朝が最初だから
この時代に日本やフィリピンを征服するのは無理

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


★★★★★★★★★★★★★★ 最新オススメ記事 ★★★★★★★★★★★★★★

コメント

1.名無しさん:2019年06月12日 09:08 ID:kZPDOKJ00▼このコメントに返信
走りながら後向きに騎射できたから。
2.名無しさん:2019年06月12日 09:08 ID:WClx6ZnO0▼このコメントに返信
今なんか空気になってるのって何なの?
3.名無しさん:2019年06月12日 09:09 ID:ueCf.A8Y0▼このコメントに返信
島津の釣り野伏ってモンゴルのパクリだったんだな
日本ってひいき目なしに見ると全てがパクリだよね
4.名無しさん:2019年06月12日 09:11 ID:E5lxNRQ20▼このコメントに返信
多分チンギスハンじゃなくてもユーラシアの覇権は確立できたと思うけど
チンギスハンが指導者じゃなければあそこまで拡張しようとはしなかったんだろうな
5.名無しさん:2019年06月12日 09:13 ID:i22xSiBP0▼このコメントに返信
※3
釣り出してカウンター仕掛ける戦術は紀元前からあるわい
6.名無しさん:2019年06月12日 09:13 ID:3WTzIXbh0▼このコメントに返信
韓国人とモンゴル人は顔つきや体つきが似ているけど、性格はまったく違うようだ。
韓国人は意外と精神的に脆くてすぐに自決してしまうというが
モンゴル人は決して自殺しないときいたことがある。
むちゃくちゃメンタルが強いようだ。
7.名無しさん:2019年06月12日 09:14 ID:qOSQkGGR0▼このコメントに返信
モンゴルに限らず古代から中世にかけて世界最強の戦闘集団だったのは西も東も騎馬民族だっただろう。ただそれらがバラバラだった為に世界を支配出来るような大勢力にならなかっただけで、チンギス・ハーンが初めてそれを纏め上げて世界帝国に発展させただけ。
8.名無しさん:2019年06月12日 09:14 ID:FgcQAXYh0▼このコメントに返信
モンゴルの陰?経済面?にはホラズム帝国がーって何かで読んだことあるけど知ってる人いますか?
9.名無しさん:2019年06月12日 09:15 ID:mk6eBSif0▼このコメントに返信
貨幣経済導入してたり意外と凄いよね
10.名無しさん:2019年06月12日 09:18 ID:3WTzIXbh0▼このコメントに返信
砂漠で遊牧民生活をしていると体と精神力が鍛えられるのかもしれないな。
ハンパなく頑強な肉体とムチャクチャ強い精神力が根底にあるのかもしれないとか思う。
11.名無しさん:2019年06月12日 09:21 ID:PYsEGyNe0▼このコメントに返信
>>3
韓半島無ければ文化が無かったでしょうね
12.名無しさん:2019年06月12日 09:24 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
つーか、中国とか中東てほとんど遊牧民が実際には王朝を作っているんじゃないの?
有名なところだと唐とか、パルティアとかササン朝も中核の軍事力はトルコ系やモンゴル系の遊牧民
モンゴルは確かに目立つけど、実際はユーラシアの王朝はかなり遊牧民が築いてきたらしい
オスマントルコもそうじゃん
13.名無しさん:2019年06月12日 09:25 ID:dhK.kAQk0▼このコメントに返信
単に人口密度が低いからでは
ちなみに世界制覇はしていないしユーラシア大陸北部のほとんどだれもいないようなところをナワバリとしてただけ
14.名無しさん:2019年06月12日 09:26 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※13
それは嘘でしょう?
南宋は?インド北部は?中東は?当時の文明の中心地ですよ
15.名無しさん:2019年06月12日 09:28 ID:sGFqrMPM0▼このコメントに返信
食料(羊や山羊)が自分で歩くからね
兵站が容易なんだよw
16.:2019年06月12日 09:30 ID:CwIDTBRn0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
17.名無しさん:2019年06月12日 09:30 ID:qRxdHJHU0▼このコメントに返信
12世紀頃のユーラシア大陸のど真ん中あたりってどの程度人が生息できたのか?
面積は広いけどスカスカなのでは?
18.名無しさん:2019年06月12日 09:31 ID:pxFTSnN10▼このコメントに返信
もともと、遥かに文化や学問、軍隊の強い中国の秦や漢だとしても、
突然、現れる騎馬民族の大軍に、広大な村や地方の城を守る事ができなかった。
守ろうとすると膨大な費用が必要だし無理だ。
そこで万里の長城を作ったが守れず、仕方なく貢物をしてモンゴルが飢えないようにしていた。
モンゴルがせめても物を奪い、名目上、支配しているだけで、その地域の行政はそのまま。
貢がないと大軍で攻め込む。
暴力団的なやり方だから、従うしかなかったんだろうね。
小国で防御しても、従えた国から大量の兵隊をランダムに送り込むから耐えられないだろう。
統治して村や町を作らず、軍隊だけの存在だからどうにもならなかっただろうね。
国とも言えないかもね。
19.名無しさん:2019年06月12日 09:31 ID:CIaRQBjN0▼このコメントに返信
※12
例えばペルーで日系人が大統領になったからと言って日本がペルーを治下におさめたかと言えばそれは違う
唐は結局漢化政策を推進しているのだから元は遊牧民でも遊牧系中国人王朝と言える
北斉がそのまま統一してたら分からないけど長続きはしなかっただろうし
20.名無しさん:2019年06月12日 09:33 ID:xw7wuVWS0▼このコメントに返信
当時のモンゴル軍の戦法は、後に島津が好んで使用した「釣り野伏せ」の元祖だから強くて当然
大陸では初めて侵攻した場所でも有効に使えたが、日本は背後が海で強力な水軍が日本に存在したから通用しなかった
21.名無しさん:2019年06月12日 09:33 ID:0aZCnCcw0▼このコメントに返信
馬を上手く機動力として戦った。しかし、馬では海上では戦えない。やがて、バイキングの末裔の白人たちが、大航海時代に船を使って世界に植民地を求めて移動する。所詮、大陸国家の中国は、海洋国家の米国に勝てない。
22.名無しさん:2019年06月12日 09:36 ID:XQBrq.Rh0▼このコメントに返信
※3
集団でいる獣を狩る時に少数を釣り出して包囲するのは狩りの基本。文字より古い歴史がある。
戦争に応用した記録もギリシャ時代、モンゴルより千年以上前からある。
23.名無しさん:2019年06月12日 09:40 ID:tYXJdA0L0▼このコメントに返信
テムジン=頼朝 ?
弓と馬だろう。
24.名無しさん:2019年06月12日 09:41 ID:1iGDceW30▼このコメントに返信
世界制覇はしてないぞ?(  ̄▽ ̄)
せいぜいユーラシア大陸の6割くらいじゃないかな?(  ̄▽ ̄)
25.名無しさん:2019年06月12日 09:43 ID:SHFpYvIO0▼このコメントに返信
想像してみ
朝青龍とか白鳳とかみたいなのが馬に乗って大挙して押し寄せてくるんだぜ
26.名無しさん:2019年06月12日 09:46 ID:lsBgImcr0▼このコメントに返信
イスラム商人の支持を得られた事による、財政面での支援も大きかったとの説も。
外征時の虐殺やらなにやらが取りざたされる事も多いが、なんだかんだマルコポーロが東の果てに行きつける程の交易路の確立は、人類史に残る功績と言っても良い。
27.名無しさん:2019年06月12日 09:47 ID:Q4vQgwYf0▼このコメントに返信
戦国時代の馬はポニー並みだと貶す奴いるけど
ユーラシアを制覇したモンゴル軍の馬は
ポニーサイズという事もお忘れなく
28.名無しさん:2019年06月12日 09:49 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※19
それ漢文史観に騙されすぎですわ
中華王朝の実権は皇族と宦官と軍人が握っている
で特に軍人は唐代は地方で節度使をやっているが、こいつらはほとんどトルコ系
軍隊もトルコ系だけど、記録がないので後世には伝わらない
29.名無しさん:2019年06月12日 09:52 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
例えば、唐代に最強の軍隊は北京周辺に駐屯しているが、こいつらがことごとくトルコ系なんですわ
有名な安史の乱なんかまさにトルコ系が全中国を乗っ取ろうとした話
で討伐の軍隊もウイグル系という寸法。唐王朝がいかにトルコやモンゴルに依存していた証拠
30.名無しさん:2019年06月12日 09:52 ID:P8uIEgr50▼このコメントに返信
お抱え商人のルート開拓やっとったら結果的に大帝国になっただけちゃうの。
ルートが出来上がって通商が活発化して安定すればええ。
せやから萎むのも早い。
31.名無しさん:2019年06月12日 09:53 ID:jKVYOg.S0▼このコメントに返信
※12
唐は正確な出自はわかっていない
涼州だから端から混血である可能性は高いが
32.名無しさん:2019年06月12日 09:54 ID:w5LP4caI0▼このコメントに返信
※2
明に追われてモンゴルから出られず
200年に渡り清に従属
独立したけどまたソ連に従属、アジアの衛星国に
チョイバルサンがお得意の大粛清
ソ連崩壊後民主化
そして現在

主権がない状態が続けばね
33.名無しさん:2019年06月12日 09:54 ID:jKVYOg.S0▼このコメントに返信
※30
縮んだ訳ではなく拡散して地元に定着してしまった
34.名無しさん:2019年06月12日 09:55 ID:P8uIEgr50▼このコメントに返信
※33
ああ、せやね。
35.名無しさん:2019年06月12日 09:55 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※31
99%北魏の貴族なので鮮卑拓跋系ですわ
そんなん常識
36.名無しさん:2019年06月12日 09:57 ID:jKVYOg.S0▼このコメントに返信
>>28
トルコ系ってキッタン人やから異民族って言えばそうやけど遼と同じ北方アジア人やぞ
37.名無しさん:2019年06月12日 09:58 ID:Q4vQgwYf0▼このコメントに返信
日本の戦国武将の馬でサイズが記録してあるのを見ると
前田慶次の「松風」は4尺7寸、本田忠勝の「三国黒」が4尺9寸、

加藤清正の「帝釈栗毛」は6尺3寸とされるが清正のは真偽が疑わしい。
加藤清正は朝鮮半島で「トラ退治」してトラを絶滅させた事になっているが、作り話とされていて、元来のほら吹きだった疑いがある。

それはともかく武田信虎の「鬼鹿毛」は4尺8寸、織田信長や上杉謙信など有名武将の馬は4尺7寸から5尺以上だったとされている。
馬の大きさは体高(肩までの高さ)で表され、競走馬のサラブレッドは160cm台である場合が多く、競走馬のアラブ種だと約140cm台です。
戦国武将の名馬の平均体高を4尺7寸とすると47寸なので142cmになり、JRAのアラブ競馬でパッパカ走っていたアラブ馬と「まったく同じサイズ」でポニーではない。JRAはアラブ種の競馬を廃止したが、地方競馬では見る事ができ、サラブレッドと比較してもそれほど小さくは無い。




38.名無しさん:2019年06月12日 09:58 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※32
それもいいすぎでしょう
少なくとも清朝の軍事力の過半はモンゴル騎兵だし、清朝の貴族も3割くらいはモンゴル系
李鴻章が北洋艦隊を作り、清の実権を握るまではモンゴル系は相当な力を持ってましたよ
39.名無しさん:2019年06月12日 09:59 ID:lfsddsx70▼このコメントに返信
>>90
ちがうくね?
清朝は当時の日本の問い合わせに対して台湾は化外の地、すなわち統治領域の外って答えていると思ったよ。
40.名無しさん:2019年06月12日 09:59 ID:pvHOh51s0▼このコメントに返信
そうだよね、フン族、スキタイ族?、トルコ族、女直族、ウイグル族、鮮卑族、なんだかわからないけど皆強いよね
モンゴルは特に強いけど。そこ押さえれば別にどうってことのない質問。
41.名無しさん:2019年06月12日 09:59 ID:jKVYOg.S0▼このコメントに返信
※35
当時は王朝跨いで仕えてる人間も多いぞ?
出身王朝には意味はない
42.名無しさん:2019年06月12日 10:00 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※36
突厥てトルコの略だけどな
トルコ帝国がウイグルに滅ぼされるまでは北中国・モンゴルの主人はトルコ系よ
43.名無しさん:2019年06月12日 10:01 ID:JQkz3WHC0▼このコメントに返信
>ただの暴力じゃ漢民族は支配できないだろうし

なんか中国人を勘違いしてそうだけど、秦から始まる歴代中華帝国の国々の殆どは北方騎馬民族(今で言うとモンゴルやウィグル)が建国した国だぞ。
44.名無しさん:2019年06月12日 10:02 ID:ArNm4fGo0▼このコメントに返信
現代的な国家観で、自然の障害や国境で囲まれた内線を全て統治範囲とみなすから突出して広大に見える。点と線で見れば他の大帝国と比べて大差ない。例えば現代の関東と北海道に帝国があったとして、北海道の方が巨大な帝国と言うようなもの。
軍事的には距離をねじ伏せた騎馬の力が凄まじいが、何故か全てチンギスハーンの功績にされる事が多いのが不思議。
45.名無しさん:2019年06月12日 10:03 ID:BrqpiYBM0▼このコメントに返信
海外の◯◯立つだけなら性別関係ないっすよ!
46.名無しさん:2019年06月12日 10:04 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※40
北朝鮮とか満州とかあの辺の野蛮人は特に精強なイメージあるな
高句麗は隋唐を何度も破ったし
47.名無しさん:2019年06月12日 10:04 ID:jKVYOg.S0▼このコメントに返信
※42
流れ的には遼をおん出されたキッタン人がトルコで定着したってかんじやな
48.名無しさん:2019年06月12日 10:05 ID:JQkz3WHC0▼このコメントに返信
※10
その頃は砂漠じゃなかったよ。
49.名無しさん:2019年06月12日 10:05 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
確か満州(女真)人やモンゴル人が1万騎いれば敵はいないとか中国では昔から言われている
50.名無しさん:2019年06月12日 10:06 ID:miA77lDo0▼このコメントに返信
部族間抗争で策略と戦術が最高峰レベルに到達したのと
戦術眼を持つ常勝の指導者が登場したことが
モンゴル台頭の要因。
日本も100年ほど続いた戦国末期には
戦にも策略にも熟達していて
朝鮮や明を寡兵で蹴散らしただろ。
51.名無しさん:2019年06月12日 10:06 ID:xo66BLGD0▼このコメントに返信


日本の歴史家が小さいと言っている犬のような日本馬は、実は江戸時代に農耕に使用するため、外国から小型品種を導入し、わざわざ小型化したものでした。
日本列島には元来「馬」というせ生物が存在しなかったと考えられ、古墳時代に誰かが馬を連れてきてから、断続的に大陸から新品種が導入され、戦国武将はモンゴル種の立派な馬を、江戸時代の農民は小型の農耕馬を使っていました。
幕末に西洋人が「これは犬か」と聞いたのは田畑で農作業をする馬であり、戦場で使われるのはもっと大型の品種で、特に有名武将にとって馬はステータスシンボルで、現代の高級車や自家用ジェットに相当します。
農耕馬は体高120cm台で武将が乗る名馬は140cm台、戦国武将の所有馬は現代のアラブ馬と同じ大きさだったのは分かりました。
西洋の名馬の大きさはどうたったかというと、1800年ごろにナポレオンが乗っていた「マレンゴ」は142cmだったと記録されています
モンゴル馬のような品種は人間を乗せて何十キロでも走れて山や坂道も登れたので、ナポレオンは最も実戦向きの馬を選んだと考えられます。
アメリカでは西部劇に馬が登場するが、実際には実用性に劣るサラブレッドではなく、クォーター種やアラブのような中型種でした。
三国志には多くの名馬が登場し、ジンギスカンなど蒙古にも多くの名馬が居たが、それらも戦国武将の馬より大きくはありませんでした。
というわけで「戦国時代の日本の馬は小さかった」とい
うわけではありません。
52.名無しさん:2019年06月12日 10:06 ID:meskY54t0▼このコメントに返信
兵站
軍隊が強いだけの国はくさるほど存在するが本国から遠ざかるほど維持が難しくなる
全盛期のローマ帝国の領土がアラビア半島の西側だけだったのは戦闘でパルティア軍を粉砕出来ても船で物資を運べない砂漠の奥までとてもじゃないが補給線を維持出来ない
モンゴルは家畜とともに移動する遊牧民族ゆえ本国と前線の距離を気にしなくて良い(本国なんて遊牧民として堕落し定住生活するまでない)
53.名無しさん:2019年06月12日 10:08 ID:JQkz3WHC0▼このコメントに返信
※23
それは昔の日本人が満州に郷愁を抱くように誘導したファンタジーだよ
54.名無しさん:2019年06月12日 10:10 ID:tdgvoFXa0▼このコメントに返信
浅学の俺には広大な土地で短期間にひたすら殺しまわった印象しかない
帝国って言っても、域内に何ら文化的な創造にも発展にも寄与してないような…
上で出てるような陸の交易路が拓かれて長く安定したなら、そこは功績かも知れんけど
55.名無しさん:2019年06月12日 10:11 ID:zGY41aoA0▼このコメントに返信
>ただの暴力じゃ漢民族は支配できないだろうし

異民族でも中国を支配すると中国人になってしまう
56.名無しさん:2019年06月12日 10:12 ID:qsOcCqdN0▼このコメントに返信
あの時代
モンゴル軍がヒト56し過ぎて地球の気温が下がったからね
温暖化対策へのヒントだね
57.名無しさん:2019年06月12日 10:16 ID:5.6C0fLB0▼このコメントに返信
※54
西洋に火薬をもたらした帝国やで
58.名無しさん:2019年06月12日 10:16 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
確か満州人(女真)は中国で一番平均身長が高くて、軍人や公務員が多いと聞いたことがある
59.名無しさん:2019年06月12日 10:18 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※55
それモンゴルでは嘘だから
モンゴル(元)の宮廷では、公用語はモンゴル語とペルシャ語だからね
そもそも皇帝の側近も大概中東系だし
60.名無しさん:2019年06月12日 10:19 ID:AKbFqudg0▼このコメントに返信
騎馬軍団で敵軍に近づき、遠方から騎射で被害なし。
敵軍が進軍してきたら後ろ向きで騎射。
ほとんど被害を出さずに、一方的に敵軍を叩いた。

通常戦争が終わると兵士の補充やら馬の補充、訓練、編成のし直しetc
モンゴル軍にはこれがなかった。
消耗するのはほとんど矢のみ。連戦ができた。
不利な局面でも馬に乗って素早く逃げて、被害が負け戦でも少ない。

あとパオという移動式テントに住んで守るべき、作るべき城もない。
女子供ですら由美をもってを先頭に参加する。一族全員が兵士(弓矢部隊)

守るべきものを持たない、兵士しかいない、消耗をほとんどしない軍団 

これが圧倒的な強さを誇った
61.名無しさん:2019年06月12日 10:23 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
モンゴルが特別かと言えば・・・まあ中国と中東を抑えた点ではそうだけど
遊牧民が中国だけ、中東だけ抑えた話ならいくらでもあるからな
62.名無しさん:2019年06月12日 10:23 ID:FluZmAom0▼このコメントに返信
乙嫁語りを読むと、あーこれ銃が無い世界だったら遊牧民は無敵だよなと思う。
乙嫁語りは銃も大砲も鉄道ももうすぐロシア人とともに大量流入してくる世界で、遊牧民の終焉の時代だけど。
そこらの姉ちゃんや婆さんが、異常に騎乗技術や弓術に熟達している。
肉が食べたくなったら、飛んでる鳥を一瞬で射落としたり。もう道端から野草を収穫するくらいの気軽さ。
ヨボヨボの婆さんが遠距離狙撃こなしたり、騎乗して平気で岩山登ったり。
男はさらに上。
63.名無しさん:2019年06月12日 10:26 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※62
19世紀でもアフガンの遊牧民にイギリスが勝てないからね
まじで機関銃が出るまでは遊牧民は強かったね
小銃や火縄ぐらいでは遊牧民には農耕民は勝てん
64.名無しさん:2019年06月12日 10:28 ID:uyn6SB2E0▼このコメントに返信
末子相続ってどうなんや?
「俺末っ子! 兄貴ざまぁw 親の財産相続うめえええwww!」ってやってたら、
「お前も今度お兄ちゃんなるよって出てく準備せんと!」と親に言われるのか?
65.名無しさん:2019年06月12日 10:32 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※64
つーかどんどん息子たちは家畜を連れて分家を作るのよ
(遊牧は広大なスペースがいるから)で、最後に残った子供が親の家畜と部下を引き継ぐ
66.名無しさん:2019年06月12日 10:34 ID:uyn6SB2E0▼このコメントに返信
Mount and Blade ってゲームで遊んでると遊牧民(ケルジットハン国)が一番うざい。
後ろ向きに撃ちながら逃げるので戦闘時間が長引いて爽快感がない。
その一方で強い(有利)なのか、敵勢力の中では拡大しがち。
67.名無しさん:2019年06月12日 10:36 ID:DHaarBjW0▼このコメントに返信
ヒトラーの電撃作戦じゃないか。
当時あの軍隊の移動速度は半端ない。
防御が間に合わない速度で侵攻して来る。
68.名無しさん:2019年06月12日 10:38 ID:dhK.kAQk0▼このコメントに返信
モンゴルと元をごっちゃにしてるやつ大杉
確かに元は一応国家としてのテイをなしてるがモンゴルは遊牧民の集まりにすぎない
69.名無しさん:2019年06月12日 10:47 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※68
五毛さん、お宅は1912年まで満州人&モンゴルの支配下にあった事実を隠蔽したいの?
70.名無しさん:2019年06月12日 10:48 ID:uyn6SB2E0▼このコメントに返信
※65
いやさ、長年末っ子で「俺が最後だ」と思ってたら、
老いた親が頑張って弟を作ってしまったケース。
まぁ心や技術の準備が出来てなくても出てくんだろうなあ。
71.名無しさん:2019年06月12日 10:57 ID:6eCHGLJM0▼このコメントに返信
昔NHKでやってた「大モンゴル」によれば
最大版図時には当時の世界人口の半分を支配下に置いていたってことだし
中国と中東という当時の先進地域は支配してたからほぼ世界征服でいいんじゃないか
ヨーロッパなんて当時は途上国もいいとこだしなあ
72.名無しさん:2019年06月12日 10:57 ID:25cOSB2G0▼このコメントに返信
間接統治だから制覇してないってどういう理屈だw
モンゴル以外でも間接統治の帝国なんていくらでもあるのに、それ全部制覇してない扱いか
73.名無しさん:2019年06月12日 10:58 ID:25cOSB2G0▼このコメントに返信
※68
軽くで良いからモンゴル帝国と元を調べなおしたほうが良い
74.名無しさん:2019年06月12日 11:00 ID:R4jy78cI0▼このコメントに返信
アッティラのフン族ってのは結局モンゴル人なのかね
75.名無しさん:2019年06月12日 11:00 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※70
大概相続争いになり母や妻の一族を含めて殺し合いになるとさ
モンゴルは女性も普通に馬に乗り弓を引くから母親や妻も戦う
76.名無しさん:2019年06月12日 11:02 ID:.qb2nXiR0▼このコメントに返信
一万人の朝青龍が馬にのって突っ込んでくると考えると強い<モンゴル
77.名無しさん:2019年06月12日 11:03 ID:5.6C0fLB0▼このコメントに返信
>>70
家に残ってるっても遊牧して一家をひきつれてる訳やしやること変わらんよ
78.名無しさん:2019年06月12日 11:06 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※74
当時はまだモンゴル人はシベリアとモンゴルの境の奥地に逼塞中
匈奴という、今のモンゴルとは異なる人種が支配していた
それが何系がいまだにわからないがわりに長身で髭が濃いなどの特徴がある
79.名無しさん:2019年06月12日 11:07 ID:R4jy78cI0▼このコメントに返信
>>37
ポニーってのは小型馬の総称であって品種ではないんだよ
だから140cm台の馬は総じてポニー、おそらく太古から日本に定住し繁殖したと言われている木曽馬も扱いはポニー
80.名無しさん:2019年06月12日 11:22 ID:Dt0dcQKr0▼このコメントに返信
※64
遊牧民そんな甘くない
物心ついたら馬に乗って家畜の放牧行かされるような生活
なおオオカミが出る模様
兄たちは結婚するとさっさと家を出るので仕事が増える
最終的に親から「私らの介護と妹の世話はお前がするんやで」と言われて逃げ場を失う
ある日突然知らない女の子が家にいて親に「お前ら結婚するんやで」って言われる
気が付いたら夫婦で介護と子育てと妹を嫁にやる準備で大わらわ
家を継ぐというより家を出られないと言った方がいい
そもそも財産は家畜くらいしか無いぞ
81.名無しさん:2019年06月12日 11:23 ID:5ZT53sPt0▼このコメントに返信
なお、ベトナム、ジャワ、日本遠征

慣れへん船、慣れへん気候 赤壁の曹操と同じ過ちをやらかしおった
82.名無しさん:2019年06月12日 11:26 ID:tFyGyDEh0▼このコメントに返信
当時の周辺国が村だったからじゃね?
83.名無しさん:2019年06月12日 11:32 ID:hQffJ.9W0▼このコメントに返信
同じで広い原野に点在する都市国家を押さえて交易路を確保だから、ランドパワー的な支配統治して税収を取るというよりも、その場所を常に自由に使えるコトを最優先という海軍的な考え方。
そしてランドパワー的にその地域を支配するコトになったら元やキプチャク・ハン国のように原住民の統治機構に頼らざるを得なくなり最終的には騎馬民族をやめて原住民化してしまう。
元の成立がモンゴル帝国の終わりとは言いえて妙。
84.名無しさん:2019年06月12日 11:34 ID:rb0X8nv40▼このコメントに返信
>>6
朝鮮戦争では自国民や部下を爆発させてまで敗走してアメリカ軍にクソ最低な民族と蔑まれたくらいだからな
85.名無しさん:2019年06月12日 11:49 ID:HaBROl1l0▼このコメントに返信
征服はしても統治したかと言われると微妙だし
86.名無しさん:2019年06月12日 11:52 ID:mPFQ2wsj0▼このコメントに返信
>>11
万年奴隷の、テョンが笑わせる
87.名無しさん:2019年06月12日 11:54 ID:1RaQwtjW0▼このコメントに返信
機動力が抜群で、抵抗するヤツは皆殺し、占領→略奪→次の都市とか繰り返して、通った後は無人の荒野、統治をあまり重要視せず版図を広げた結果?
88.名無しさん:2019年06月12日 11:59 ID:ySeLNQXF0▼このコメントに返信
モンゴル人は匈奴の一派なのか?
89.名無しさん:2019年06月12日 12:01 ID:0pfbMwWF0▼このコメントに返信
兵站ガン無視出来るからな  あれに勝てる気がしない
討伐に出ても女子供まで馬で逃げられるから四方に分散されて終了~
鉄砲の出現で連中が天下をとる事は無くなった
90.名無しさん:2019年06月12日 12:09 ID:R61h3gsi0▼このコメントに返信
モンゴル帝国は”近代国家”の概念じゃないからだよ。ちょっと昔までは現在の「領土」や「国土」という近代国家の概念はなく、”命令を聞く人”、”税金を納めてくれる人”がいる範囲が「領土」だった。

モンゴルみたいな遊牧騎馬民は草原を移動して暮らしているので、一点にとどまる『都市』や、周辺の畑などの『領地』に最初から興味がなく、馬を使って貿易をしたり、たまに部族が連合して都市を襲撃略奪するという生活をしていた。

それがチンギスハーンという傑物が出てきて、略奪ではなく都市を支配下において徴税するということをやり始めた。また、チンギスハーンは得られた税を仲間に平等に配ったので、不平不満をいうものがでず裏切り者もほとんど出なかったので、ハーン(選挙で選ばれるので実は企業のCEOみたいな存在)の政権が長続きしたのもの大きい。
なお、モンゴル帝国が滅んだのも、チンギスの一族が平等を重んじたせい。息子たちに平等に財産を分けたので、時代を経るごとに帝国が分割され小さくなった。

あと、モンゴルを支えたのはイスラーム商人たち。モンゴル人はステップロードを使った商売をやっていたので、紅海・インド洋で商売をしていたイスラーム商人と意気投合した。貿易というのは途中に関税で儲ける国があると、商売人が損するので、邪魔する国(関税障壁)を物理的に排除する動機があったんだよ。

91.名無しさん:2019年06月12日 12:09 ID:xBoU.zTa0▼このコメントに返信
遊牧民というフレーズに対してあいつら戦闘民族過ぎるからな
遊牧民が移動しただけで国がいくつも滅んだとか目を疑うような文章を見ることになる
92.名無しさん:2019年06月12日 12:10 ID:onAeEgwH0▼このコメントに返信
モンゴルの強さは文明国ドン引きの残虐性。
なお鎌倉武士の残虐性は超えられない壁だった模様。
93.名無しさん:2019年06月12日 12:11 ID:yVnRVHzm0▼このコメントに返信
馬を機動力として使うというのが当時は革新的発想だったから。
94.名無しさん:2019年06月12日 12:28 ID:0uz9jTg.0▼このコメントに返信
元スレ60とかコメ欄90あたりでも書かれているが
基本は優秀で忠誠を誓う奴は取り立てるという実力主義だから
いまのアメリカと同じと考えればわかりやすい

これの問題点は、トップがそれ以上に優秀か、そうでなくても使いこなすということを知っている必要があること
民族や血筋、宗派にこだわるとどこかで破綻する
軍事的にどーたらってのは、あくまでも付帯的要因
95.名無しさん:2019年06月12日 12:33 ID:4vCGG1gx0▼このコメントに返信
牟田口廉也のジンギスカン作戦も上手くいくはずだった
だが!時代がそれを許さなかったのは不憫である
96.名無しさん:2019年06月12日 12:37 ID:zKHaM.OJ0▼このコメントに返信
結局のところ、モンゴル軍は領土がほしいわけじゃなく金品食料と後は若干の兵がほしいだけだから、降伏して差し出せば次に行くし、逆らえば殺戮後に略奪して次に行く。
重要なのは、降伏後一緒に従軍すると分け前が確実に貰えること。この分け前は徹底した決まりがありそれに従って必ず公平に貰える。従軍したら差し出した分より多く財産ができてしまうという流れ。降伏従軍して分け前貰った噂が広がれば、もうその先、勝ち目ない都市は戦うの馬鹿じゃん?
97.名無しさん:2019年06月12日 12:44 ID:YBU53MA00▼このコメントに返信
鉄と流通を支配してて強くて制度が優れてて残虐だったんだろ
だからセルジューク朝もロシアも屈服したし、ドイツもポーランドも惨敗したし、金も西夏も西遼もホラズム王国もバグダードも大理も南宋も滅ぼされた
モンゴルに匹敵する大帝国の誕生は大航海時代以降の大英帝国を待たなければならない
98.名無しさん:2019年06月12日 12:49 ID:25cOSB2G0▼このコメントに返信
※97
ポーランドはボッコボコのボコにされたけど負けてはないぞ
ポーランド兵が負けた、というつもりだったのならその通りだから重箱の隅だけど
99.名無しさん:2019年06月12日 12:52 ID:CHpVtY8K0▼このコメントに返信
馬の足が速いから。
とにかく早く拡張して、拡張したきりほったらかし。
100.名無しさん:2019年06月12日 12:53 ID:jAtvc9lR0▼このコメントに返信
※15
まさにコレ。
101.名無しさん:2019年06月12日 12:57 ID:WPKYRjzN0▼このコメントに返信
当時の世界の最先端地域で、経済力も抜きん出ていた中国北部を征服できたことが大きい。
とりわけ、この地域では石炭(コークス)を使った製鉄が行われていて、
モンゴル軍は鉄製の武器を豊富に使うことが出来た。日本は豊富な森林資源と砂鉄も豊富で、
これを背景にして、たたら製鉄ながら豊富に製鉄できる国だったので、蒙古を撃退できた。
102.名無しさん:2019年06月12日 12:58 ID:sGFqrMPM0▼このコメントに返信
※31
唐は鮮卑族じゃなかったかな
どちらにしろ後漢滅亡でいわゆる中国は一度終了している
人口が10分の一に減って周辺の蛮族が流入してきている
だから、民族の中身そのものが変わってしまったと言っていい
103.名無しさん:2019年06月12日 13:08 ID:5.6C0fLB0▼このコメントに返信
※102
諸説諸々あるけどわかってないのが実態やねん
出身が涼州ってだけがわかっている
104.名無しさん:2019年06月12日 13:13 ID:ySeLNQXF0▼このコメントに返信
匈奴、鮮卑、フン族
これらの民族はどんな民族だったのか
モンゴル民族とどういう関係なのか知りたぁ~い
105.名無しさん:2019年06月12日 13:26 ID:18ZXCoYy0▼このコメントに返信
モンゴルが短期間に領土拡大できたのは
その一、圧倒的な騎馬戦闘能力。子供の頃から馬上に慣れ親しんだ。だから騎兵では人馬一体で戦える。
その二、部族主義を解体、モンゴル帝国として軍隊を編成し直した。
その三、当時の先進国の技術者や知識人(シナやムスリム)のアドバイスを活用、原始的な騎兵戦を近代化した。
その四、スパイの活用、敵情視察して諜報活動をしていた。
それでも、侵略に成功しなかったのは日本とベトナム。海や山に囲まれた場所は騎兵は役に立たないからね。多勢の軍隊を送るにも兵糧や軍事装備の配給が課題になる。モンゴルが得意とした偽装撤退戦法も海戦やゲリラ戦では役に立たない。史上最大とされたモンゴル帝国の領土は時代の転換とともに内憂外患で維持できず、分裂、消滅していったことを忘れるべきではない。
106.名無しさん:2019年06月12日 13:28 ID:2y2QCbmn0▼このコメントに返信
※80
遊牧民は毎日が軍事教練状態だね
狩猟や乗馬を毎日しているから全員(女子供も含む)戦士状態
そりゃ強いわ
107.名無しさん:2019年06月12日 13:36 ID:lzZOqG3n0▼このコメントに返信
あの時代戦線を一気に伸ばすには無理が有ったんだろう
取った領地を固めながら進めないと
108.名無しさん:2019年06月12日 13:37 ID:00kXQxxi0▼このコメントに返信
支配下に置いた土地の面積で比べると
実は大英帝国のがデカいんだけどね
109.名無しさん:2019年06月12日 13:46 ID:TcdvGG8M0▼このコメントに返信
海路の開拓が進むまでは遊牧民が直接的にも間接的にも流通(交易)を担ってる部分があったからな
蔵なんか持ってるわけではないからイメージしづらいが思ってる以上に裕福だったりする

さすがにモンゴルは別格だけど、都市部や王朝なんかが衰退すると相対的に元気になるのが遊牧民だな
110.名無しさん:2019年06月12日 13:46 ID:jPL.TgcP0▼このコメントに返信
行く先々が紛争中。
西夏、西遼、モンゴル紛争の亡命者受け入れたりで混乱中→「追撃キター!」
金、耶律を西に追い払って宋と紛争中→「分け前よこせってなんかきたー!」
ホラズム、セルジューク、紛争中→「東からなんかキター!」
ロシア諸侯、紛争中→「東からなんかキター!」
111.名無しさん:2019年06月12日 13:54 ID:jPL.TgcP0▼このコメントに返信
アイユーブ、十字軍追っ払って一息→「負けるかコンチクショー!」
大越、宋が弱体で国内に注力中→「負けるかコンチクショー!」
鎌倉幕府、朝廷も抑えたし、得宗家の確立も軌道に乗った→「負けるかコンチクショー!」

半島、崔氏政権暗闘中→「バンゾクキター!」
112.名無しさん:2019年06月12日 13:56 ID:25cOSB2G0▼このコメントに返信
※102
民族が入れ替わるほど死んだと思ってるのか
十分の一になったりなんてしてないぞ
戦時中は戸籍がちゃんと取れないから戸籍人口は額面上、余裕でそれくらい減るけど、戦乱が収まって数年もすればちゃんと統計取れるようになって何倍にも膨れ上がるような数字だぞ
113.名無しさん:2019年06月12日 14:08 ID:BSHdcheu0▼このコメントに返信
統治はしてないから。
だから「帝国」、周辺国を傘下に組み込んだ連邦国家なわけよ。
114.名無しさん:2019年06月12日 14:41 ID:meskY54t0▼このコメントに返信
※107
足場固めたから滅んだんだ
弱点の後方がないのが強みだったのに定住して領地管理やりだしたら本拠地から離れて行動できないし
女子供でも一日中馬に乗って生活してたのが御殿に住み美食を貪れば兵として弱くなる
115.:2019年06月12日 15:07 ID:0Km.NhQE0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
116.名無しさん:2019年06月12日 15:14 ID:.jM0BEml0▼このコメントに返信
※2
優良な馬の血統を多く抱える名馬の産地ってのは
今でいえば優秀な車を自国生産できる国って事だから
自動車に代表される内燃機関の乗り物が馬よりも使い勝手が悪かった時代までは
モンゴルは一目置かれていた
117.名無しさん:2019年06月12日 15:52 ID:C3J1k5oi0▼このコメントに返信
※6
現代の韓国人の祖先はシベリアのエヴェンキ族と同じルーツじゃなかったっけ。
118.名無しさん:2019年06月12日 16:00 ID:ZXQlKTM90▼このコメントに返信
アホが勘違いしがちだが、巨大な帝国を作るのに一番重要なのは軍事力ではない。
一度組み込んだ地域をいかに敵に回さないかだ。そこが巧かったからモンゴルは大帝国になった。
119.名無しさん:2019年06月12日 16:18 ID:ztmP7vfh0▼このコメントに返信
占領した地域の人間を人質に先兵として更に他の地域を侵略させたから
自分の腹は痛まない侵略、戦える戦力を他国に向けさせる事で反乱を抑え内政は楽に
 
120.名無しさん:2019年06月12日 16:22 ID:ktqYCazs0▼このコメントに返信
簡単、国土が平らで騎馬戦が強い。そのまま西に行ってもほとんど平。馬さえ通れれば攻撃力は落ちない。だが、日本とベトナムには負けた。双方水に強い。ベトナムでは船団で攻めたが、干満が激しい入り江で満潮時隠れて見えない杭が膨大な数で撃ち込まれていて、干潮時に船が動けなくなった。そこで撃たれた。日本人ベトナム人は作戦がうまい。大陸民族には水に引き込む作戦が有効なのは今も同じ。大陸民族は一度海の上でパニックになると収支がつかなくなる。日清戦争で清国はそれで日本に負けた。 海戦の場合、中国の潜水艦を上から脅すと潜水艦の中はパニくる。
中国人が水に弱いことは世界でも知られている。
121.名無しさん:2019年06月12日 16:27 ID:ktqYCazs0▼このコメントに返信
※51
ナポレオンがアルプスを越えた時乗っていたのはロバ。名画のナポレオンは宣伝用に描かせたもの。実際の速描はロバで疲れ果てて登っている様子がひそかに描かれている。
122.名無しさん:2019年06月12日 16:59 ID:w8tUYaIt0▼このコメントに返信
統治する気がなくただ滅ぼした荒らしただけ
統治する能力もなかったんだけど
123.名無しさん:2019年06月12日 16:59 ID:9XJ9l8yz0▼このコメントに返信
モンゴル族が交易したんじゃなくて
あくまで元々あったシルクロード交易をモンゴル族が支配しただけだからな、、、
だから当時でも交易商人にモンゴル族出身はほぼほぼいない、、、

日本で言う信長秀吉と同じなんだよね、経済には通行の安全ってのがいちばん重要なんだけど
それ自体が経済的政策と言えるかどうかは、かなり微妙なところ、、、
124.名無しさん:2019年06月12日 17:03 ID:w8tUYaIt0▼このコメントに返信
陸賈「馬上で天下を取っても馬上から天下を治めることはできない」
中華の人である劉邦でさえ説諭されてようやく理解したのに、ツングース系に分かる理屈ではない
あいつらはただのバーサーカ
125.名無しさん:2019年06月12日 17:14 ID:QiCd3qJK0▼このコメントに返信
経済史の本で読んだけど、
・モンゴル地方の遊牧民は戦闘能力が高い。
・中国、ヨーロッパ、イスラムなどに行政や文化で遅れている自覚があった。
 自分達の文化を占領地に押しつけず、占領地の文化や宗教を容認、さらには積極的に取り入れた。
 結果、各地の最先端な文化を集約することとなった。
・土地に執着がなく、モンゴル人が占領地に入植しなかった。税金もらえれば良かった!
・抵抗者には徹底的な破壊と虐殺を行った。
・関税を統一した。関門ごとに払わなくて済むようになり、関税自体も安かったので、
 交易が盛んになった。マルコ・ポーロが旅できたのは、商人が自由に行き来できていた証拠。

ですと。

でも急速拡大した帝国のため、強固な政治システムを作ることが難しく、
強力な指導者を失ったあとは分裂してしまった、そうです。
126.名無しさん:2019年06月12日 17:53 ID:gpKLnwpt0▼このコメントに返信
君主の投票の時期が来てなけやジンギス・カンは帰国する必要
無かったからヨーロッパ全部制覇してたろうな。
あの時代に何と民主主義。
127.名無しさん:2019年06月12日 18:09 ID:FCEcLoal0▼このコメントに返信
騎馬が強かったのはもちろん
遊牧民族だから羊もつれてて戦線が伸びても兵站気にせんでええからな
128.名無しさん:2019年06月12日 18:17 ID:IETdD03q0▼このコメントに返信
>>3
あれだけ属国歴が長かったのに漢化出来ないくらい知能が低かったんやろ?
129.名無しさん:2019年06月12日 18:41 ID:iV1CXOJM0▼このコメントに返信
もともとペルシアや中華のようにモンゴルがあったところにも一つの世界を形作る大国があった
それが突厥帝国であり、耶律氏が支配する、遼として知られる契丹もその文明圏の継承国の1つであり、
モンゴルは契丹の直接の後継国家として広大な領土を短期間で手中にした
具体的には
金が契丹を倒す>>契丹が西へ亡命(西遼)>>チンギスがナイマンを破る>>ナイマンのクチュルクが契丹に亡命
>>クチュルクが契丹皇帝を襲撃して自分が帝位に>>チンギスが再びクチュルクを破る
>>契丹貴族の耶律阿海の仲介で契丹を吸収>>金国に編入されていた契丹兵たちがこれを知って蜂起
>>チンギスもこれに呼応して金と戦い、これを倒す
だからクチュルクが契丹を裏切らず、一体となってチンギスに対峙していれば、蒙古vs契丹の睨み合いが続いて
モンゴルもあんな大帝国にはなっていなかったかも

130.名無しさん:2019年06月12日 18:44 ID:p4tTYMQN0▼このコメントに返信
※3 在日な島津嫌いだよな。
131.名無しさん:2019年06月12日 18:44 ID:vn4Ezs5e0▼このコメントに返信
カリスマが一人出れば制覇できそう、高校野球も凄いピッチャーが出ると優勝できる。
132.名無しさん:2019年06月12日 18:47 ID:p4tTYMQN0▼このコメントに返信
チベットや東トルキスタンだけじゃなく、内モンゴル人民革命党粛清事件を忘れないでくれ。
133.名無しさん:2019年06月12日 18:51 ID:iK2R1OCf0▼このコメントに返信
馬という動物が存在したおかげだろ
134.名無しさん:2019年06月12日 18:58 ID:II1Unm6Y0▼このコメントに返信
>>74
アッティラ王が早くに病死してなかったら…もっと長生きしていたら…
歴史にifは無いというがそんな世界線も見てみたかった…
135.名無しさん:2019年06月12日 19:11 ID:iV1CXOJM0▼このコメントに返信
元は大元大蒙古国の大元という美称を中国人が国号と勘違いして元朝と名付けられた
大蒙古は大きな蒙古という意味ではなく大将の蒙古という意味で大将とは勿論チンギスハーン
大元大蒙古国は、本家チンギス蒙古騎士団領くらいの意味
だからあれほどチンギスの子孫に拘ったわけだ

136.名無しさん:2019年06月12日 20:15 ID:R6k2gaf90▼このコメントに返信
貧乏で泥棒。野蛮人で全員戦争人員だった。それだけ。
狩猟民族、馬、弓が必須なだけに男が全て戦争できる強みがあり、貧乏で食うために相手から奪うのが生存に不可欠というモチベーション。貧乏だから相手から攻められない。北方遊牧民族が統合されたタイミングで大陸隣接地域が攻め取られるのも納得。
137.名無しさん:2019年06月12日 21:13 ID:FZOEr9cG0▼このコメントに返信
敵の男全部殺して、子供産める女は孕ませまくったからだろ
138.名無しさん:2019年06月12日 22:08 ID:Wjh8yHjV0▼このコメントに返信
>>25
すまん
笑ってしまった
139.名無しさん:2019年06月12日 22:16 ID:HkXMD.rM0▼このコメントに返信
※25
馬が潰れる。
140.名無しさん:2019年06月12日 22:21 ID:HkXMD.rM0▼このコメントに返信
家族引き連れ、馬も乗り替えながらの、機動戦闘の騎射戦。
軽騎兵の突撃。
さながら、WWⅡドイツの電撃戦。
食糧は干し肉。移動しつつ食べてた。
141.名無しさん:2019年06月12日 22:30 ID:64QyZuYJ0▼このコメントに返信
モンゴルは征服などしておらず寄生しただけ
中東に行ったらイスラム教徒になり欧州に行ったらキリスト教徒になってしまった
表面的な武力や経済力はあってもイデオロギーをもたない民族は存続できないという悪いお手本
142.名無しさん:2019年06月13日 07:10 ID:ZwMPQk8b0▼このコメントに返信
強かったから。
143.名無しさん:2019年06月13日 07:25 ID:XpK.GCd00▼このコメントに返信
そんなん当時は人口が少なかったからに決まってんじゃん
144.名無しさん:2019年06月13日 09:08 ID:4FN8jPbS0▼このコメントに返信
※25
よし、室伏重敵弾兵1万で迎え撃て
って世界かな?

お題なら、戦略的奇襲。みんな地元の統治だけ考えてたのに、外から無制限制覇に来たもんで、対応出来なかった。
日本で言えば、戦国後期の信長。本気で天下布武に乗り出したんで、周辺は対応が後手後手。
当然だが、やりきるだけの能力が無けりゃ、物量に押し切られて唯のお騒がせで終わるけど。
日本とマムルーク相手には、戦術も武装も奇襲にならず、正面から粉砕されたな。機動的予備を失うと拡張限界。
145.名無しさん:2019年06月13日 10:00 ID:4HUiYstb0▼このコメントに返信
当時のヨーロッパの戦争は基本的に人の死なない戦争。
万の数の軍同士の戦いでも死者数3名とか普通にある。
つまりは模擬戦のように戦って負けると捕虜になり、
奴隷もしくは身代金で解放されるのが常識だった。
だからヨーロッパの外で戦争すると極端に弱い。
モンゴルあいてでもそうだし、アフリカや中東相手でもそう。
馴れ合いのなれてガチで戦うと腰が引けるし、戦を舐めてる節がある。
女子供に行列させて行軍とか馬鹿でしかない。
146.名無しさん:2019年06月13日 12:28 ID:ylXscXDw0▼このコメントに返信
基本的に遊牧騎馬民族は強いが内ゲバに忙しいから害はそれなり程度
そいつらを束ねる強力な指導者が生まれてしまったからさあ大変
しかもその指導者がどういうわけか征服事業に生きがいを見出した征服キチ
そこに加えて最初期に中華を叩いて攻城技術まで整えてしまったので
戦略的機動性と野戦の強さ、攻城能力を兼ね備えるチート騎馬民族と化したと言うね
147.名無しさん:2019年06月13日 13:18 ID:iC7c3D3g0▼このコメントに返信
オアシスを拠点にする小国が乱立して出入国のたびに
献上品を要求してくることに嫌気がさしていた交易商人達が行路の端から端までを
単一国家が管理保護してくれることを望んだから。
有力者だったホラズムにその気があれば歴史はまた変わったろうね。
148.名無しさん:2019年06月13日 22:16 ID:rqyvYCtH0▼このコメントに返信
①ムスリムネットワークの活用
②駅伝制
③中央アジア全体の商業ネットワークの全面的な保護
④早期に降伏した国家には最大限の恩恵を与えたこと。
⑤戦力分断外交
⑥騎乗馬や家畜の万全の補給体制
⑦諜報員の最大活用、極めて高い諜報能力
⑧戦力分断戦術
⑨非常に統制の取れた一撃離脱戦術の駆使
⑩現地文化や現地慣習の最大限の尊重
⑪「見せしめ」の為の徹底的な残虐行為、略奪行為(殆どしない)
⑫新領土征服に際しての、降伏した敵への「名誉挽回」「切り取り次第」の最大活用
⑬火薬の最大活用と、火薬補給ネットワークの整備
⑭当時の世界でも突出した合議制の発達
⑮高度人材の活用(日本の高度人材とは違い、本当の意味での高度人材)
他にも有るけど。

お名前