2019年03月21日 09:05

なんで信長は織田幕府開かなかったんや?

なんで信長は織田幕府開かなかったんや?

03

引用元:なんで信長は織田幕府開かなかったんや?
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1553042935/

1: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)09:48:55 ID:tZO
さっさと義昭から将軍職没収して自分が将軍になればよかったのに

2: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)09:49:40 ID:Yrb
天下統一目前で死んだからやぞ

3: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)09:50:18 ID:Xe7
追放した後も義昭と仲直りしようとしたことがあったし自分で幕府開くのはできなかったんやろなあ

5: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)09:50:57 ID:AVz
>>1
朝倉・浅井・上杉・武田・一向宗・毛利がまだ全盛期な時にか

14: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:04:07 ID:0OB
幕府ひらくメリットまだ無い時期やん

15: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:04:17 ID:iQZ
家康は関ヶ原というビッグイベントに勝ち、他に家康を倒せる奴がいなかったから幕府を開けた

19: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:06:13 ID:b6t
東には上杉武田、西には毛利
さすがに不安定にも程がある

25: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:09:40 ID:PUL
作ったら周りみんな即敵対やで

29: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:10:18 ID:AVz
1560~から1570年代だと
武田と上杉と毛利と朝倉と浅井はどれくらいヤバイの

48: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:17:37 ID:b6t
>>29
毛利の8ヶ国掌握が66年
第四次川中島が61年、第五次が64年
信玄が家康をフルボッコにした三方ヶ原の戦いが73年
朝倉は宗滴死んでからあまり強いイメージないけどどうなんだろ

51: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:19:57 ID:AVz
天皇と将軍に気に入られようとして媚売ったら
逆に包囲網を築かされる無能武将
>>48
毛利と武田と上杉が全盛期じゃないですかやだー

30: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:10:40 ID:5lL
信長って秀吉みたいにお粥と村の大根とか温泉好きでもないし家康みたいに健康オタクじゃないし
本能寺なくても塩辛いもん食って定期的に癇癪起こすから本能寺なくても高血圧上杉謙信コースよな

31: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:11:39 ID:jMI
健康オタクでジジイになっても元気に大坂の陣指揮する脱糞が化け物なんやろ

44: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:16:47 ID:mIh
でも信長はほんまに幕府開こうとしてたんか?

49: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:18:25 ID:Xe7
>>44
別に幕府開く必要ないような気がする
室町幕府のこと考えると将軍のイメージ良くないだろうし

50: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:19:42 ID:mIh
>>49
せやんな
たぶん信長が殺されずに日本統一してたとしても幕府は開かんかった気するわ

54: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:20:50 ID:5lL
>>49
でも信長と秀吉は失策関係なくころころ領地かえるし土地が確約されんと不満貯まるやろ
その結果家康が鎌倉幕府みたいな古い体制に戻して成功したし

47: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:17:28 ID:mIh
幕府開くつもりやったら最初から上洛してたんちゃうの?
なんであんなややこしいことしてたんや

53: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:20:16 ID:jMI
将軍になるとしても信忠だよね
本人はとっくに隠居してたんやし

55: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:21:52 ID:Kx6
織田信長が生き残ってたら

普通に海外進出で鎖国的な日本でなく海外と戦争しまくりだった気がする

56: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:22:09 ID:jMI
ってかなんで信忠って二条城で自害したんや
京脱出に成功すればワンチャン織田再興できたやろ

59: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:22:57 ID:dy5
>>56
すぐそこまで援軍来てたしな

60: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:23:47 ID:jMI
>>59
秀吉もっと大返し速ければ間に合ったんやろか?

66: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:25:13 ID:Xe7
>>60
本能寺の変が発生してから明智が出した密書を手に入れて大返ししたわけでどう頑張っても間に合わんやろ
それこそ秀吉も謀反起こそうとしてたとかじゃなきゃ

58: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:22:45 ID:Xe7
信長の時代の海外進出先の候補って明と朝鮮しかないからなあ

64: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:24:57 ID:AVz
信忠殿が生きられたらいろんな悲劇は防げられたな

68: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:25:57 ID:hei
ノッブは征夷大将軍になるつもりはなかったんかもしれへんで

70: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:26:30 ID:Sco
>>68
あちこち移動したい派なイメージ

85: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:36:00 ID:7LJ
征夷大将軍、太政大臣、関白のどれかになってくれって迫られててそれを決めてるところに本能寺の変があったとか聞いたことあるわ

88: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:38:01 ID:jMI
>>85
三職推任問題やな
当時内大臣を辞職して無冠だったから天皇が世間体あるし天下人ならなんか職につけよ
っていってきたのをノッブは無視してる

89: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:38:53 ID:hei
>>88
無視することでさらに格を高めようとしてた可能性

91: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:39:33 ID:dy5
>>89
信長がいくら天下人間近だったとはいえ朝廷の影響力を舐め過ぎや

109: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:51:07 ID:MbE
信長おったら外国との交流は盛んになって
従来仏教は壊滅させられてたやろな
じゃぁキリスト教がはびこるかって言われたら
ある日突然ぶちギレて大粛清があったかも
わからんけど

112: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:52:06 ID:ptK
>>109
信長は仏教を大事にしとるで
変な権威がない地域に根付いている仏教は

120: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:54:53 ID:YVn
>>109
比叡山は武装して調子のりすぎやったからあいつらは潰してよかったが
かといってバテレンは日本人を奴隷にしとったから
結果として信長が消えてくれてよかった
明智よーやったとワイは思う

127: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:56:45 ID:jMI
>>120
猿も最初は容認してたけど
宣教師が日本人奴隷にすんの見てブチ切れたんやっけ?
秀吉有能やな

133: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:57:51 ID:nar
>>127
いや口実に使っただけで実際にはやってない(少なくとも史料的な裏付けはない)

137: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)10:59:46 ID:tcL
>>133
一応マジな禁教は江戸になってからやと言われてるな
秀吉の時はまだ甘かったと

139: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)11:00:21 ID:nar
>>137
やなくて宣教使が売ったとかの話や

145: 名無しさん@おーぷん 2019/03/20(水)11:04:34 ID:tcL
>>139
ああそっちかすまん
せやな
主犯格はキリシタン大名と南蛮商人達やな

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2019年03月21日 09:15 ID:.osBYjZ80▼このコメントに返信
本能寺の変の義昭黒幕説はまさにこのシナリオだったな。信長が自分を差し置いて都に上洛し天皇を擁して自分の幕府を開こうとしたのを察知した義昭が、秀吉に出世レースに負けそうで焦ってた光秀を誑かして信長討取らせたと。光秀が信長の首を確保できなかった上に中国大返しなんてWミラクル発動で失敗したが。
2.名無しさん:2019年03月21日 09:20 ID:ubUyeD1e0▼このコメントに返信
本能寺の変で信長に殉じたりして運命を狂わされた人は多い。多くはほとんど名も無く消えてしまったが、
もしも変がなければ日本の国政の中枢にいたかもしれない人たち。一寸先は闇だな。

3.名無しさん:2019年03月21日 09:21 ID:aHrmYO7q0▼このコメントに返信
曹操みたいなものかね
4.名無しさん:2019年03月21日 09:21 ID:YTrwwdc30▼このコメントに返信
幕府名乗っただけじゃ誰も納得しないでしょうが。
あっちこっちで皆虎視眈々と天下狙ってた時代なのに。
5.名無しさん:2019年03月21日 09:23 ID:b.QBN7mT0▼このコメントに返信
幕府を開けば絶大な権力を得て天下に号令する事が出来るが群雄に妬まれ連合を組まれて衆矢に晒されることになる
戦国時代とは将軍家の力が弱まり大名が命令に従わなくなったから起こった事であり、各地の反発は必至
まずは地方を討伐しそれから幕府を開くべきだろう
6.名無しさん:2019年03月21日 09:26 ID:UI19HFxE0▼このコメントに返信
※2
今でいう内閣官房の人たちだからな、信長馬回りの連中は。
7.名無しさん:2019年03月21日 09:27 ID:eOayEZEw0▼このコメントに返信
宣教師は布教に差し障るから奴隷貿易は寧ろ止める側なんだよなあ…
この時代の大名と商人はどんな宗教でも基本的に畜生だから何とも言えん。(ex.上杉の関東侵攻は奴隷狩り)
8.名無しさん:2019年03月21日 09:30 ID:eY5kLT.C0▼このコメントに返信
織田家は平氏の血筋じゃなかったっけ?
9.名無しさん:2019年03月21日 09:34 ID:xDtk1JMI0▼このコメントに返信
信長は平家を名乗っていたから、最初から征夷大将軍になるつもりはなかった。
家康は源家の血筋の徳川に婿養子に入って征夷大将軍を目指した。
以上。
10.名無しさん:2019年03月21日 09:35 ID:ubUyeD1e0▼このコメントに返信
ノブ 「して欧州の絶対王政とはいかなるものか?」

フロ 「平たく言えば、宗教的・世俗的な権威を一身に集めようとするものであります。」

ノブ 「ホウ、面白い。武門の家が坊主どもと商人どもの頭目にもなるわけか。フフフ・・・・話を聞こう!」

フロ 「たとえばエゲレスでは・・・・」
11.名無しさん:2019年03月21日 09:41 ID:MKOeGsy50▼このコメントに返信
幕府がすべてじゃないってのはあると思うが、家康は幕府開府時点で徳川家だけで400万石+要所なんで信長や秀吉よりも強力な地盤があったのが違う
12.下流老人:2019年03月21日 09:41 ID:X0gm6gEP0▼このコメントに返信
織田信長がそんな普通のことを考える訳ないじゃん、多分、天皇家に代わろうとしたんだよ、だから明智に討たれたんだよ、明智は土岐源氏だからネ。
13.名無しさん:2019年03月21日 09:43 ID:VOM0v6tu0▼このコメントに返信
互いに互いを牽制しあう群雄たちだが
そのうちの一人が幕府を解説すれば、その1人は群雄全てを敵にまわす。
14.名無しさん:2019年03月21日 09:43 ID:Hq.LMCYE0▼このコメントに返信
平手政秀の供養のために政秀寺建ててるし比叡山焼き討ちのときも森可成の墓がある聖衆来迎寺には手出ししなかった。

寺として正しくあれば寛容だよ
15.名無しさん:2019年03月21日 09:43 ID:7ZakBKr50▼このコメントに返信
当時の武士にとっては征夷大将軍=足利家という認識であり、信長が征夷大将軍についた場合、信長に敵対している勢力は勿論の事、信長に従っている外様衆や国人たちの反発が予想されたらしい。 三職推任が持ち上がった時には、信長がまだ時期では無いと思ってどれも受けなかった可能性もあるが、一部の研究者の中には信長がどれかを選んでいたと主張する者もいる。
16.名無しさん:2019年03月21日 09:47 ID:u0Yf05jV0▼このコメントに返信
織田は平氏の五文字で終わる話題ではあるが
信長は早くから公家に接近してるし武士の枠内で政治をするきがなかったんやろうなあ
17.名無しさん:2019年03月21日 09:53 ID:.CeQ58Yr0▼このコメントに返信
足利義昭がいた(存命だった)からです
彼は死ぬまで将軍でした
三職推認で将軍選んでいたら征夷大将軍が2人という事態になっていた
18.名無しさん:2019年03月21日 09:53 ID:HQWyFFlT0▼このコメントに返信
武士が頭領を必要としてた源氏や足利の頃と違って信長の生まれた時代だともう将軍に実権がないわけだからそれ見て育ってる信長の感覚的にはわざわざ意味のない征夷大将軍なんてものになりたいとは思わなかったんじゃないかな
19.名無しさん:2019年03月21日 09:55 ID:Vvldvk.w0▼このコメントに返信
※8
織田は剣神社(織田明神)って越前にある神社の系譜だから神官系やで
それが尾張へ移住して城代として使えるときに平氏名乗ったほうが武家社会では舐められないからって平氏名乗った
20.名無しさん:2019年03月21日 09:58 ID:.CeQ58Yr0▼このコメントに返信
※19
初期は藤原名乗ったり平姓にしたり
あっちゃこっちゃ行ってる信長
そんなんでいいんか
21.名無しさん:2019年03月21日 09:58 ID:stEYXxq80▼このコメントに返信
※12
リアルで天皇に弓を引いたDQNがいる土岐氏が何だって?
22.名無しさん:2019年03月21日 09:59 ID:Vvldvk.w0▼このコメントに返信
三国志で袁術がどういう結末を迎えたかを見てればわかるやろ
実力がないやつが勝手に名乗っても認められずに群雄の反発を招くだけやで
23.名無しさん:2019年03月21日 09:59 ID:stEYXxq80▼このコメントに返信
※20
信長の曾祖父が勝手に名乗ったんやろ。
24.名無しさん:2019年03月21日 10:01 ID:JFnDTqKG0▼このコメントに返信
権威と権力を分裂させてしまう幕府より、一体化する公武合体を目指してたんじゃね
権力構造としては、それが合理的かつ当たり前だから
25.名無しさん:2019年03月21日 10:01 ID:SScTUtJg0▼このコメントに返信
平氏は征夷大将軍になれないって話、少し昔に否定されていなかったっけ?
それとも最近の学説とやらでまた復活でもしたのか?
26.名無しさん:2019年03月21日 10:02 ID:eeFFx8z.0▼このコメントに返信
※9
室町以降、征夷大将軍には源氏の係累が就任するという不文律があったからね。秀吉が関白太政大臣になったのもそれが理由だったし、家康は征夷大将軍宣下の際に「源氏長者」という称号も得て権威付けに利用したと言うし。
27.名無しさん:2019年03月21日 10:03 ID:gPvepfbn0▼このコメントに返信
幕府なんて馬鹿が開くものでなんお役にも立たないとわかってたから
28.名無しさん:2019年03月21日 10:03 ID:stEYXxq80▼このコメントに返信
※25
誰でもなれるよ。
29.名無しさん:2019年03月21日 10:05 ID:stEYXxq80▼このコメントに返信
※26
そんな物はない。
30.名無しさん:2019年03月21日 10:05 ID:gPvepfbn0▼このコメントに返信
信長は家康と違って先見の明があるから幕府開くと武家と公家との対立が起こるとわかってたんだろう
31.名無しさん:2019年03月21日 10:05 ID:Vvldvk.w0▼このコメントに返信
※20
徳川家康だって三河の得川氏の血統なんてまったく関係ないけど
家系図いじって得川の子孫で徳川性を継いで源氏だから幕府開くで~とか言ってるからそんなもんやで
32.名無しさん:2019年03月21日 10:06 ID:MKOeGsy50▼このコメントに返信
まだ先代の将軍がいたからってのはあるだろうな
というか幕府って征夷大将軍って地位じゃないと開けないのかなあ
33.名無しさん:2019年03月21日 10:09 ID:Ljv24eBZ0▼このコメントに返信
※17足利義昭は1588年、九州平定直後・小田原攻め直前に、豊臣秀吉に付き添われ参内して征夷大将軍職を返上している。
34.名無しさん:2019年03月21日 10:09 ID:T2fMvFx.0▼このコメントに返信
※9
まあ実際は家康も源氏の子孫じゃない可能性の方が高いけどね。
松平家は三河の田舎から突然出てきた豪族だし。
家康の祖父の松平清康は稀代の名将だったのに早死にしたのに
家康のひいひい爺さんは家康が5歳くらいまで生きてたという謎。
35. 名無しさん:2019年03月21日 10:09 ID:xNRKoZpy0▼このコメントに返信
足利幕府を滅ぼした後、織田幕府を作りうとしたけど、平家という理由で、朝廷より拒否された。
その代わり、香木をもたったけど。

後に、織田の力が強くなりすぎて、朝廷が滅ばされないよう。
織田幕府作りませんかと朝廷が進言したら、信長は足利義昭から副将軍断ったように拒否した。
36.名無しさん:2019年03月21日 10:11 ID:stEYXxq80▼このコメントに返信
※30
織田はただの尊皇思想の持ち主だが、徳川家康は思いっきり天皇の権威を踏みにじっただけ。

なお、朝廷と乳母の関係を配慮した結果、家光時代に徳川は尊皇思想に鞍替えした。
37.名無しさん:2019年03月21日 10:12 ID:.CeQ58Yr0▼このコメントに返信
※26
源氏しか将軍になれないってのは俗説
…というか家康がそういう流れにした
家康は頼朝を踏襲することで正当性を持たせようとした
源・足利と続いたのは偶然に過ぎない
実際、足利の子孫設定にしとけば良かったのに
わざわざ負けた新田の方の子孫にしたりしてる

秀吉は家康を押さえ込む為に天皇の権威を用いようとして
近衛家の猶子になって官位をグングン挙げていった
「わしの意に従わないということは天皇の意に背くものだ」という論理
源氏でないから~というのは理由にならない
38.名無しさん:2019年03月21日 10:14 ID:u0Yf05jV0▼このコメントに返信
※28
誰でもなれるが誰でもいいというわけでもない
それがまあ不文律ってやつだが
平氏は公家志向であった事から
武家を取りまとめる側が好んで本姓を源氏にしたのだろう
39.名無しさん:2019年03月21日 10:14 ID:9bUIcI670▼このコメントに返信
幕府開くってことは将軍になるってことで天皇の家来になるから嫌だったんじゃないのか?
40.名無しさん:2019年03月21日 10:16 ID:.CeQ58Yr0▼このコメントに返信
※28
頼朝以降も源氏でもない公家将軍がいたり
護良親王も将軍になっているのを何故か黙殺する
というか知らない人多数
41.名無しさん:2019年03月21日 10:16 ID:stEYXxq80▼このコメントに返信
※38
歴代の征夷大将軍を見れば判るけど、藤原も多いで。
42.名無しさん:2019年03月21日 10:18 ID:i.GeCf7M0▼このコメントに返信
征夷大将軍 の成れの果てを見ていたからだろう?
43.名無しさん:2019年03月21日 10:19 ID:T2fMvFx.0▼このコメントに返信
※41
鎌倉幕府は執権の北条家がお飾りで公家とかを征夷大将軍にしてたな。
執権北条家は坂東平氏で小田原北条家は伊勢平氏の末裔だからちょっとややこしいけど。
44.名無しさん:2019年03月21日 10:22 ID:ubUyeD1e0▼このコメントに返信
男だったら♪ 流れ弾のひとつやふたつ♪ 胸にいつでもささってる ささってるぅ~♪
こういうSHOGUNもいたよな。いつのまにか消えたけど。
45.名無しさん:2019年03月21日 10:22 ID:GOzXK.O40▼このコメントに返信
※32
征夷大将軍てのは、対外派遣軍司令官の意味で律令制の枠では令外の官と呼ばれた。
要は、戦地にあっては君命といえども従う必要はないというのを法定した役職だ。
それゆえに軍事・行政・司法の全権を委任された大将軍として、戦地を統治できる。
戦地にある本拠地としての軍営であるから「幕府」として江戸時代くらいに呼称されるようになった。
46.:2019年03月21日 10:28 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
47.名無しさん:2019年03月21日 10:28 ID:fNngNoS10▼このコメントに返信
新しい役職の新設か、無職のまま嫡男に三職のいずれかを継がせようとしたのか
48.:2019年03月21日 10:28 ID:.CeQ58Yr0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
49.下流老人:2019年03月21日 10:29 ID:X0gm6gEP0▼このコメントに返信
*21
土岐氏が天皇に弓を引いたって、よく知らんのだがそんな事例がある?
50.名無しさん:2019年03月21日 10:30 ID:8CJumRob0▼このコメントに返信
であるか
51.名無しさん:2019年03月21日 10:34 ID:.CeQ58Yr0▼このコメントに返信
※45
中国の所謂「正史」を見ていると
派遣された将軍が現地の指揮をするために幕府を開きまくっている
(幕府を開いてもいいと許可されている)
本来臨時の将軍なのに常時名乗っててそれを世襲するとかいう
わけ分からんことが起きてるのが日本
幕府を開くのは特別なことじゃないのに
日本を支配するために幕府を開くことが重要みたいになってる
目的と手段が入れ替わってる感
52.名無しさん:2019年03月21日 10:37 ID:Ljv24eBZ0▼このコメントに返信
鎌倉幕府や室町幕府は自らを「幕府」と自称していなかった。「幕府」という言葉は江戸時代中期に儒学者が考案し、源氏血筋の武家政権を「幕府」と呼称し、平氏政権、織豊政権と区別した。
織田信長に「幕府」という概念は無かった。

当然、征夷大将軍職が武家を束ねる権限があるのは知っていたが。
53.名無しさん:2019年03月21日 10:39 ID:u0Yf05jV0▼このコメントに返信
※41
鎌倉期は世襲でもなかったから氏は重要ではなかったんやろうねえ
お飾りってよりは繋がりって感じで選んでいたようで
54.名無しさん:2019年03月21日 10:41 ID:fNngNoS10▼このコメントに返信
※48
一向宗とかのお寺対策でもあるの?
55.名無しさん:2019年03月21日 10:43 ID:u0Yf05jV0▼このコメントに返信
※54
部下や大名を官位でつれるからやろ
56.下流老人:2019年03月21日 10:46 ID:X0gm6gEP0▼このコメントに返信
*46
信長ほどの天皇の政治的権威を理解していたなら、むしろとって代わりたいと考えるほうが普通の感情なのでは。
そして本能寺の謎も解決?
57.名無しさん:2019年03月21日 10:46 ID:fNngNoS10▼このコメントに返信
天下布武とか一つにまとめるには、無位無官というわけにはいかんということか。
58.名無しさん:2019年03月21日 10:47 ID:.HMkNRrd0▼このコメントに返信
>>9
ちげーよ。
信長は天皇の配下になるつもりはなかった。
むしろ天皇を廃して自分がその位置に就こうとしたんだよ。
59.名無しさん:2019年03月21日 10:48 ID:yqimBYuk0▼このコメントに返信
建前として足利家に娘嫁がせて子供を将軍にするってルートしかないやろ、悪くて養子縁組でのっとるか
いきなり将軍家簒奪はダメやろ(笑)
家康んときは幕府なかったからな
60.名無しさん:2019年03月21日 10:49 ID:YbxKTuek0▼このコメントに返信
自身が「神」になろうってのに
「神」から役職もらって下に就くわけないじゃん
61.名無しさん:2019年03月21日 10:56 ID:HqPc8jtP0▼このコメントに返信
取りあえず 来年の大河ドラマの原作読め!
新たな信長像が読めるぞ
62.名無しさん:2019年03月21日 10:57 ID:.CeQ58Yr0▼このコメントに返信
※56
日本人なら天皇家を廃そうとは思わんだろ
GHQはやろうとしたけど
「日本人が全国で暴動を起こして米兵も殺されて統治に支障が出る」からと出来なかった
神から人間に格下げすることには成功したけど
63.名無しさん:2019年03月21日 11:04 ID:TON4Tgj40▼このコメントに返信
各大名の最終目標は違う、信長もまたその一人に過ぎん
64.名無しさん:2019年03月21日 11:05 ID:kEdcUVCF0▼このコメントに返信
魔王を目指してたから、将軍なんてちんけに思えたんだよw
65.名無しさん:2019年03月21日 11:09 ID:GOzXK.O40▼このコメントに返信
※64
信長が魔王を目指していた?
違うね。
信長が目指したのは「大魔王」だ。
66.名無しさん:2019年03月21日 11:18 ID:Z5NK.7650▼このコメントに返信
幕府が没落して将軍があの体たらく。
官位をもらうべき朝廷は信長が京入りする直前まで天皇が乞食同然で
商人らに食料を恵んでもらって食いつないでたのに、朝廷を支えるべき公家は官位を勝手に売り、
女に子供を生ませてそれを売って贅沢してる。
潔癖な信長だと、そういう現実見たら朝廷から許可もらって幕府開闢、なんてばからしいだろ。
家康や秀吉が朝廷に頼ったのは最大勢力を下克上して乗っ取ったことで正当性ないからだし。
67.名無しさん:2019年03月21日 11:21 ID:.CeQ58Yr0▼このコメントに返信
※65
信長「今のはメラゾーマではない…メラだ」

本能寺はたわむれに放った火炎系呪文の火の不始末か
信長と光秀との真竜の戦いによる高熱で燃えた
68.名無しさん:2019年03月21日 11:23 ID:Z5NK.7650▼このコメントに返信
※62
天皇なんて言葉を使い始めたのが明治維新後、千年ぶりなんだけどな。
明治政府が天皇という単なる「号」を国家の神聖不可侵の君主にして教育したおかげってだけで、
たとえばいま天皇制廃止が行われたとしてもそこまで荒れない。
自称保守が小規模にギャーギャー言うだけで、実際の体制変更は粛々と行われる程度だよ。
日本人なら~なんて論は成り立たんよ。
平将門やら足利義満はじめ、自分で帝名乗って新しい朝廷開きたがってた連中が過去には何人もいたんだから。
69.名無しさん:2019年03月21日 11:25 ID:fX7lCQod0▼このコメントに返信
※49
土岐頼遠の話だろ
正しくは上皇だが
70.名無しさん:2019年03月21日 11:27 ID:T2fMvFx.0▼このコメントに返信
※62
南北朝時代は天皇蔑視が酷かったけどな。
大名が天皇なんてその辺の木彫りの人形でも代わりに置いとけとか
公言しまくって易姓革命に一番近かった時代。
71.名無しさん:2019年03月21日 11:31 ID:u0Yf05jV0▼このコメントに返信
※62
そもそも武家政治時代には天皇の存在自体が畿内以外ではあまり知られていなかったらしいし
72.名無しさん:2019年03月21日 11:34 ID:Rz7Jp3Pm0▼このコメントに返信
信長は本能寺をスルーできても最終的には秀吉に排除されたと思うけどな
秀吉が積極的に信長をガードしない限り、誰かにやられてただろノブは
というか秀吉が信長に見切りつけてガードを放棄したからこそ明智が動けたとも言えるし
73.名無しさん:2019年03月21日 11:34 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>56
その政治的権威の根元は男子一系で1000年続いてきた家系という伝統だぞ?
記録の残ってない昔から延々と続いてきた一族だからこそ権威なのであって、信長が禅譲させて新しく天皇になったとしても権威は備わらない。
信長ほど天皇の価値を理解していた人間も少ないので、むしろ天皇の権威をフル活用して統治に利用したと思うよ。
三国志の曹操みたいに。
74.名無しさん:2019年03月21日 11:40 ID:oU0MqTDI0▼このコメントに返信
信玄とか長生きして信長包囲網が信長を排除出来ていたとしても、足利義昭は結局次に権力握った奴が嫌いになってまた「〇〇を討て!」とかやったんだろうな・・・
あるいは反対勢力に殺されていたか。追放で済んだだけでましだったのかもしれん
75.名無しさん:2019年03月21日 11:46 ID:IKF4lpZF0▼このコメントに返信
秀吉は見た。宣教師の日記を
「日本兵を奴隷にして中国攻めさせたら楽勝やで」
これで、わが領民を奴隷にするとは許せん → バテレン追放礼
中国は弱いんか、とりあえず朝鮮と台湾から伝って攻めたろ → 朝鮮出兵
(台湾には、政府やら支配層がなく、使者は手ぶらで帰ってきた)
76.下流老人:2019年03月21日 11:53 ID:X0gm6gEP0▼このコメントに返信
*69
感謝。
なんだ、酒のうえの乱暴狼藉じゃん、処分されたし。
そんなことをいったら、本当に弓を引いた足利尊氏や義直はどうなの。
77.名無しさん:2019年03月21日 11:54 ID:pfxo.gQZ0▼このコメントに返信
信長包囲網の黒幕が足利将軍やろ
ノッブはその包囲網を外交手腕駆使し各個撃破を実行中の最中に明智にアボンされた
タイミング的に将軍なんか成りたくてもなれるわけ無い
イッチはあほ確定
78.名無しさん:2019年03月21日 11:58 ID:GOzXK.O40▼このコメントに返信
またパヨク学者の受け売りする阿呆どもが湧きだしたか。
中世社会を通じて皇室の存在が忘れ去られてたとかどこの異世界の話だよ。
農業主体で神社仏閣が全国津々浦々にある国で皇室の存在忘れるとかありえるかよw
農耕に必須の暦を管理してたのはどこの誰ですか?
神社の総神主てどこの誰ですか?

79.名無しさん:2019年03月21日 12:00 ID:pfxo.gQZ0▼このコメントに返信
※75
スペインの無敵艦隊が費えた頃だったからな
艦隊なくなっても当時スペインは太陽の沈まない帝国よ
ほんで植民地拡大意欲旺盛で陸路明を従える意思ありあり
その尖兵が宣教師による布教
流石に明がスペインの手に落ちるとヤバイと察知した秀吉が先手必勝で明を従えればスペインの拡大意欲を削ぐことが出来ると考えたのが朝鮮出兵
秀吉がフィリピン総督に送ったスペイン王宛の書簡からその意図が汲み取れるで
80.名無しさん:2019年03月21日 12:01 ID:Ljv24eBZ0▼このコメントに返信
織田信長は「第六天魔王」を目指してもいないし、「第六天魔王」と自称してもいない。
ルイス・フロイスの書簡に織田信長に関連する記述で、「第六天魔王」とあるだけ。
81.名無しさん:2019年03月21日 12:04 ID:ZN3JrrZQ0▼このコメントに返信


ほんとに偉い人は自らを偉いと尊しない。

自称しだすと胡散臭いが他人から認められているなら信じるでしょ? しかも、権威持っているならなおさら。
自称原発に詳しい総理と、原発学者が否定するのとでどっちに信用があるのか。
82.名無しさん:2019年03月21日 12:05 ID:ZN3JrrZQ0▼このコメントに返信
信長公が天皇に?
でき・・・いや、ならんでしょ。
武士、武家の根幹が朝廷とか貴族とかの護衛する武門からなら
守るべきものの存在に成り代わろうとするのは寄 生 虫が宿 主を 殺 もん。
天 皇の威 光が地に落ちていない時代なら擁 護 擁 立して立ててやる分見返りに威光に含ませろと
利用価値を見出すでしょ、天下に号令発するに楽な方がいいわ、落ちるにしても天 皇が悪いんだと逃げれるし。


83.名無しさん:2019年03月21日 12:05 ID:7GVVaSEX0▼このコメントに返信
信長は平家で将軍にはなれなかったような。
84.名無しさん:2019年03月21日 12:05 ID:pfxo.gQZ0▼このコメントに返信
※78
こいつらの浅薄な知識と文献の部分切り出しによる史観が今の学校教育、マスゴミがタレ流す歴史ドラマに見て取れる
アカを駆除しないと日本国は大変なことになるよね
85.名無しさん:2019年03月21日 12:05 ID:Ljv24eBZ0▼このコメントに返信
※73
10代8人の女帝もいるが?
しかも、古代朝廷の話ではなく、江戸時代にも2人女帝がいる。
86.名無しさん:2019年03月21日 12:07 ID:4Sx9pjBv0▼このコメントに返信
幕府、征夷大将軍、関白…どれにしても 天皇を頂点とするシステムと役職名。
信長は そのシステム自体を変えるつもりだったって事。
「天下布武」の意味深。
だから 暗殺された。
87.名無しさん:2019年03月21日 12:10 ID:sirnEfhs0▼このコメントに返信
幕府っていうても、鎌倉は事実上の執権政府だったし室町幕府は組織力はズダボロだったし。幕府が全国規模で統制をとれていたのって徳川幕府ぐらいちゃうん。
88.名無しさん:2019年03月21日 12:11 ID:ZN3JrrZQ0▼このコメントに返信
奥州筆頭 みたいな 地域で自称統治者だと言うのはあるのかな?
六波羅なんとかは京都の管理者だっけ?
89.名無しさん:2019年03月21日 12:21 ID:rAxgjJ7j0▼このコメントに返信
※75
人の日記見るなんてサイテーだな
90.名無しさん:2019年03月21日 12:25 ID:obh1qlow0▼このコメントに返信
生意気な奴だから
91.名無しさん:2019年03月21日 12:26 ID:17nbTjd.0▼このコメントに返信
※83
前例主義の日本らしいというには聊かあな説で、大伴弟麻呂が初代、次に坂上田村麻呂ってメジャーがいて源氏でも平氏でもない
田村麻呂は渡来人の可能性すらある
幕府開いた頼朝以降は源氏というにしても、あえてなぜそこを基点にするのかというところは、誰かにとって都合がいいから、そういう印象にしたいためにそこだけ切り取った、という意図が垣間見えはしないだろうか
単に無知でそういうこと言ったのかも知れないが
92.名無しさん:2019年03月21日 12:27 ID:u0Yf05jV0▼このコメントに返信
※78
神社と仏閣がチャンポンになってる時代にその起源まで正確に把握してる奴がどれ程いると思うのよ
自分の名前を書けるのが村に庄屋くらいしかいない時代にさ
93.名無しさん:2019年03月21日 12:28 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>56
それから「権威を否定し天皇に成り代わろうとした信長」と「保守で尊皇な光秀」の確執という話は江戸時代以降に作られた全くのフィクションで、光秀の尊皇意識はかなり低かった。
例えば天皇の荘園を光秀が占拠して私有してしまい、逆に天皇に泣きつかれた信長が光秀を退去させたりもしている。
94.名無しさん:2019年03月21日 12:30 ID:rAxgjJ7j0▼このコメントに返信
※86
95.名無しさん:2019年03月21日 12:30 ID:GXwV5wLP0▼このコメントに返信
>>9
熱田神宮関係の時は藤原氏を名乗る事もあったとか
96.名無しさん:2019年03月21日 12:31 ID:u0Yf05jV0▼このコメントに返信
※88
奥州探題な
自称ではないけど
97.名無しさん:2019年03月21日 12:36 ID:V1Y31Jov0▼このコメントに返信
>>65
超人墓場に攻め行って超人閻魔になろうとしてたんじゃないのか?
不老不死にもなれそうだし
98.名無しさん:2019年03月21日 12:45 ID:pfxo.gQZ0▼このコメントに返信
結論
ノッブはスーパーサイヤ人に成りたかっただけ
99.名無しさん:2019年03月21日 12:47 ID:pfxo.gQZ0▼このコメントに返信
※85
女性天皇がいる?
だから?
男系DNAは続いているんだけど
もう少し理解を深めろよ
100.名無しさん:2019年03月21日 12:52 ID:kMyIWqVc0▼このコメントに返信
いやかなりの期間「ウチは平家筋だよ」と言っていたから無理だって判断したんじゃないの?
そもそも義昭がトチ狂って包囲網作らなきゃ奉じて上京した立場ないし
101.名無しさん:2019年03月21日 12:59 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>65
第六天魔王っていうのは仏門に入った信玄に対して「じゃあ俺は坊主の修行の邪魔をする悪魔かなwww」っていう尾張ジョークであって、厨二っぽく「ワシが魔王じゃあぁぁぁ」って事じゃないぞ。
102.名無しさん:2019年03月21日 13:00 ID:stEYXxq80▼このコメントに返信
※49
土岐頼遠。突然、冗談を言って、上皇の乗る御車に弓矢を射った。
103.名無しさん:2019年03月21日 13:01 ID:Ljv24eBZ0▼このコメントに返信
※99
「男子一系」と「男系DNAが続いている」は全然違う。
女帝が存在しても「男系DNA」は続くが、女帝が存在したら「男子一系」で皇統が続いたとは言わない。

日本語、苦手か?
104.名無しさん:2019年03月21日 13:02 ID:hxim3AWO0▼このコメントに返信
幕府は朝廷の下だからだよ。腐った朝廷が世の中の荒廃と乱世の原因なんだから正しい国づくりをするなら朝廷の排除が必要。しかし、武士は朝廷の下についてる構造だから朝廷を排除しようとすると全武士を敵にするから、信長包囲網みたいなことになる。それを全部武力排除してから信長統一国家構想はあったかもしれんが、信長が幕府なんて開くわけねえだろ。
105.名無しさん:2019年03月21日 13:04 ID:Ljv24eBZ0▼このコメントに返信
※21
上皇と天皇じゃ天地の差だね。
106.名無しさん:2019年03月21日 13:05 ID:NPiRl.6a0▼このコメントに返信
この時代の将軍の権威は地に落ちてる。
将軍に絶大な権力なんて無いよ。

秀吉が関白になって絶大な権力を奮ったけど、権力の源泉は関白の地位では無く秀吉の軍事力みたいな話。

そもそもの天皇の権威自体が地に落ちてる時代だからな。
3英傑が一生懸命天皇権威を高めてくれた結果の江戸時代の天皇の権威だから。

信長が天皇を蔑ろにしてたとか言うのはなんの根拠も無い妄想。
戦前の信長評価は勤王の武士だぞ。そしてそれを否定する資料なんて無い。
107.名無しさん:2019年03月21日 13:13 ID:ERGwmow40▼このコメントに返信
※106に同意かな。
足利将軍が将軍職「公方」の権威を落としまくった。いまさら欲しいと思わなかったんだろ。
「将軍職」が絶対的地位になったのはその後の徳川幕府のおかげ。

実際、信長は朝廷側から将軍職を勧められて断ったらしいしな。秀吉も関白になる前勧められたらしい。
家康が将軍職拘ったのは、三河の田舎者で伝統的権威に弱かったからだろ。
108.名無しさん:2019年03月21日 13:15 ID:ODK4PJKp0▼このコメントに返信
※8※9
征夷大将軍の任命条件に源氏限定とかないから。

信長の死後、平氏を名乗っていた羽柴秀吉が将軍を勧められている(義昭の養子になれなかったから将軍を諦めたというのは大嘘)。
109.名無しさん:2019年03月21日 13:20 ID:GOzXK.O40▼このコメントに返信
※92
七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき

これを詠んだのは草深い武蔵野の茅屋に暮す若い娘だったんですけどね。
日本の一般人の教養水準を舐めちゃいかんよ。
110.名無しさん:2019年03月21日 13:20 ID:17nbTjd.0▼このコメントに返信
※106
TERUが暗殺されて義昭に代わったあと途中いろいろ省略すると信長包囲網作れたのは義昭の名がまだ利用価値ある程度には有るにはあったのだがな
111.名無しさん:2019年03月21日 13:22 ID:ODK4PJKp0▼このコメントに返信
※26
そんな不文律はない。強いて言うなら足利の係累が望ましい程度。

秀吉が関白になったのを軽く考えるやつが多いが、ゴロゴロいる武家の実力者と違って関白になれる有資格者は五摂家の人間しかいない。

因みに家康が源氏長者になったのは、足利幕府最強の将軍義満の前例に倣ったもの。
112.名無しさん:2019年03月21日 13:23 ID:y8VXhIyO0▼このコメントに返信
語るもバカらしい質問。小学生か。
113.名無しさん:2019年03月21日 13:26 ID:ODK4PJKp0▼このコメントに返信
※68
>天皇なんて言葉を使い始めたのが明治維新後
厳密に言うと少し前の光格天皇な。彼が天皇を復活させた。

それから天皇制なんてないよ。左翼の造語だし。
114.名無しさん:2019年03月21日 13:27 ID:GOzXK.O40▼このコメントに返信
※109
訂正、歌を詠んだではなく、山吹の鉢を差し出したの間違い。
元歌を仄めかしたわけだが。
115.名無しさん:2019年03月21日 13:29 ID:ODK4PJKp0▼このコメントに返信
※72
秀吉は信長の息子を後継者にしていたからむしろ信長と一連托生だぞ。信忠と秀吉も仲が良かったらしいし、信長が殺されなければ織田家の忠臣で終わるだろ。
116.名無しさん:2019年03月21日 13:45 ID:Ljv24eBZ0▼このコメントに返信
※114
太田道灌の越生での話な。

突然の雨に太田道灌が農家に蓑を借りに寄ったら、そこの娘が山吹の花を差し出す。

七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき

娘が「後拾遺和歌集」の兼明親王の和歌にかけて伝えようとした、蓑が無いって意味を太田道灌が理解出来なかった、って言うエピソード。
117.:2019年03月21日 13:53 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
118.名無しさん:2019年03月21日 13:53 ID:vBGeKh1e0▼このコメントに返信
現政府も桐紋使ってるけど将軍扱いなの?源氏なの?
119.名無しさん:2019年03月21日 13:59 ID:VABGVlYQ0▼このコメントに返信
>>101
内心ではノリノリで厨二ムーブしてたりして
120.:2019年03月21日 14:06 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
121.名無しさん:2019年03月21日 14:11 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>80
信玄が天台沙門座主と自称したから信長がそんなら俺は(煩悩で仏教僧の修行を邪魔する)第六天魔王とでも名乗ろうかなw っていうジョークでガチで魔王を目指した訳じゃないのよね。
122.名無しさん:2019年03月21日 14:17 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>86
最近の研究だと信長の目指していたのは社会秩序の安定と複雑な利権関係の整理と一本化であって、社会秩序そのものの再構築や権威の破壊は志向していなかったという考えが主流。
特に朝廷に対しては儀式の復興や御所の整備などに尽力しているし、朝廷との関係も最後まで良好だった。
本能寺朝廷黒幕説は根拠のない妄想だぞっと。
123.名無しさん:2019年03月21日 14:30 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>85
君は男系・女系と男性・女性を混同している。男系と女性天皇とは別問題だよ。
歴代すべての女性天皇は男系の女性天皇。
女性天皇の子供には皇位継承権はないんだよ。
なので男系一系統で皇位は継承され現在に至っている。
途中で他家と入れ替わっている説もあるが家系図としては一系統で受け継がれているというのが伝統的権威の根拠なので、ここでは関係ないのでスルーする。
124.名無しさん:2019年03月21日 14:38 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>103
残念ながら間違い。
DNA云々は話が混乱するだけだから置いておこう。
伝統的に男系というのは他家から男子を入れずに続いてきた家系と言う意味だから、家長が女性になること自体は問題はないんだよ。
女性天皇とその夫(非皇族)との間に生まれた子供が天皇に即位した時点で女系の系統になる(天皇家の血が流れていない男性の血が入る)。
歴代の女性天皇は一代継いだだけで、次の天皇は男系の継承者に継がせている。
125.名無しさん:2019年03月21日 14:38 ID:6jrQvEBQ0▼このコメントに返信
※109
それが水準になりえるかいな
室町後期まで制札を読める人を名主として敬っていたのに
126.名無しさん:2019年03月21日 14:43 ID:G90Kd4710▼このコメントに返信
京都は、出口を明智系で押さえられてるからな。
近江口・丹波口>明智直轄
大和口>筒井は、明智与力
摂津・河内口>細川幽斎で、明智与力

逃げ場ないね。
127.名無しさん:2019年03月21日 14:45 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>104
朝廷というのは帝王ではなくてどっちかって言うと法王みたいな存在なんだよ。
日本人が伝統的に持っているアミニズム信仰の総本山みたいな存在だから、中華皇帝のように倒して自分が成り代わるという構造ではなくて、天皇の持つ神格を保護する事で天下国家を支配する根拠がうまれる構造。
128.名無しさん:2019年03月21日 14:53 ID:G90Kd4710▼このコメントに返信
北条家みたいに皇族将軍の傀儡たてて、執権として権力振るうことできたのに、
そんな形跡がない。
129.名無しさん:2019年03月21日 15:07 ID:31Mw2vip0▼このコメントに返信
信長は平家。家康は源氏。だから徳川家は将軍になれた。
130.名無しさん:2019年03月21日 15:10 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>118
桐紋は天皇だけが使える(元ネタは中華皇帝)特別なエンブレム。で、足利尊氏に使用する許可(名誉)を与えたので、室町幕府が使用したわけ。
で、政府が使っているのは明治維新の際に「天皇から直接政治を委託されている政府」という意味でこのエンブレムを政府公式に使用する事になったから。
因みに菊の御紋は天皇の所有物、それらを貸し与えられた物、または天皇の寄付などによって購入された物なので、立憲君主制国家としては相応しくないと考えられた(政府も天皇の所有物である菊の御紋を使ってしまうと天皇の独裁みたいに見えるでしょ?)
だから天皇から親任された政府としては桐紋が相応しいと考えられたわけ。
131.名無しさん:2019年03月21日 15:13 ID:2pJjjUNL0▼このコメントに返信
※130 わかりました
132.名無しさん:2019年03月21日 15:14 ID:6DHY.oBO0▼このコメントに返信
そもそも当時の朝廷による信長の公式見解(死んだ直後に官位贈られたときの文書での評価)が「日本中興の良士、帝の忠臣」だからな
※19※23
尾張に来た後も信長が若い頃までは一貫して藤原氏名乗ってるよ そういえば家康ももともとは藤原氏じゃなかったっけ
133.名無しさん:2019年03月21日 15:15 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>130
追伸
秀吉も同じく桐紋の使用を許可されたのでバンバン使った。
因みに秀吉のは桐の穂が通常3-5-3に対して5-7-5並びのデラックスなもの。

だから別に「将軍のマーク」という意味ではなくて「天皇に親任されて頂いたマーク」と思っておけばよい。
134.名無しさん:2019年03月21日 15:19 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>119
まあ、それは否定しないw
135.名無しさん:2019年03月21日 15:24 ID:RjkCyRx40▼このコメントに返信
※132
信長 (平)→藤原→平
秀吉 百姓→平→藤原→豊臣
家康 加茂→藤原→源→豊臣→源

確かこうだったかと。
136.名無しさん:2019年03月21日 15:25 ID:RjkCyRx40▼このコメントに返信
※129
→※108
137.名無しさん:2019年03月21日 15:26 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>68
今天皇廃止なんかしたら大荒れだよ。毎年の天皇参賀にどれだけの人が集まってると思ってるんだよ?
海外からも現存する唯一のエンペラーとしての敬意を受けているんだぞ。
君個人が興味ない・必要としていないだけで総意と思ってはいけない。

過去自ら天皇に成り代わろうとした者がいたのは事実ではあるが(ちなみに足利義満は天皇を敬う気持ちが薄かっただけで廃嫡して自分が天皇になろうとしていたかは不明)それは天皇が亡くなる危機が歴史上数回あった、というだけの事で常にそうだった訳ではない。
でなければとっくに無くなってる。
138.名無しさん:2019年03月21日 15:28 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>71
知られていなかった訳ではない。「天皇?ああ、神主の親分だろ?」程度に軽んじられてはいたが。
139.名無しさん:2019年03月21日 15:33 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>72
多分それはない。本能寺も嫡男信忠が存命なら忠臣として仕えたと思うぞ。
秀吉が織田家簒奪に走ったのは信長-信忠という自分の保護者が同時になくなり、政敵の柴田と信孝に権力が相続されたら自分は衰亡する事が確定なので、生き残るためにはやるしかなかったから。
一応織田家宗主織田秀信(三法師)は名誉ある大名として保護されてるしな。
140.名無しさん:2019年03月21日 15:46 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
信長が既存の習慣や権威や秩序の破壊者にして改革者、宗教を否定し虐殺も厭わない魔王、みたいなイメージって戦後作られた虚構だよな。
戦国時代を収束する道筋を作った偉大な人物である事は確かだが、信長が生きてたら東アジアに跨がる大帝国を作ったに違いない、なんてのは虚構のまた虚構。
141.名無しさん:2019年03月21日 15:49 ID:Ljv24eBZ0▼このコメントに返信
※124
女帝が即位した時点で「男子一系」ではない。女帝の子供には皇位を継がせないのとは意味が違う。
皇統と血統を混乱している馬鹿。もし皇統が「男子一系」ならば、推古・皇極・斉明・持統・元明・元正・孝謙・称徳・明正・後桜町は天皇とは呼ばれない。
「DNAの継承」や「血統」と言う生物学的要素と、「皇統」と言う即位した天皇陛下の系譜を混同しているから「男子一系」と根本的な間違いをする。皇位を女性が継承しているのだから皇統は「男子一系」ではない。
皇統は歴代皇位継承者の系譜であって、天皇家の家系図ではない。
142.名無しさん:2019年03月21日 15:51 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>58
それを裏付ける証拠はだだの一つもないぞ?逆に天皇の積極保護や偉容の回復に尽力した証拠や朝廷からの感状などは沢山あるが。
143.名無しさん:2019年03月21日 15:57 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>13
いや、当時のほとんどの大名は天下とかはどうでもよくて、自分の領土を保証してくれる権威を求めていた。
足利将軍家にはそれを保証するだけの実力が失われていたし、朝廷にもその力は無かった。
だから軍事力が高くて、自領の保護を約束してくれる存在が現れれば雪崩をうって傘下につくぞ?
144.下流老人:2019年03月21日 16:23 ID:X0gm6gEP0▼このコメントに返信
社会秩序の再編が天下布武の真の目的なら、それは当然、織田家の国王化であり皇統の廃止も手段の1つと考えて不思議はないんじゃネ。
145.名無しさん:2019年03月21日 16:25 ID:GOzXK.O40▼このコメントに返信
※140
東アジアに跨る大帝国になったかは知らんが、信長の統治は
それ以前までの大名の統治が米作と領域支配にとどまったのに対して、
銭と交易と火器による支配を視野に入れていた革新性を考えたら、
日本の歴史が今あるものとは遥かに異なるもの足りえたことは間違いない。
恐らくは17世紀半ばにベンガル湾での日英対決が実現してただろう。
146.名無しさん:2019年03月21日 16:26 ID:2T2HMXVw0▼このコメントに返信
>>44
一応、横浜では歌ってるで。ギターはガチ上手い。
147.名無しさん:2019年03月21日 16:31 ID:2T2HMXVw0▼このコメントに返信
>>139
三法師、秀信は好き。
148.名無しさん:2019年03月21日 16:32 ID:WXI5FdxN0▼このコメントに返信
信長にどんな意図があったにせよ本能寺の直前でやっと領内整備の本格化に着手できる余裕が出てきた段階だったのだから
それが具現化するのは早くてももう何年か後だったろうな
149.名無しさん:2019年03月21日 16:32 ID:2T2HMXVw0▼このコメントに返信
>>76
直義を反対に書くなよ。
150.名無しさん:2019年03月21日 16:36 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>141
なんだか君は重大な勘違いをしているようなので幾つか確認しておきたい。
こちらも話が拗れるとは思っていなかったので多少言葉の定義に曖昧さがあったのは認める。
因みにDNAの話を持ち込んだのは私ではない。生物学的皇位継承について話し合う気もなければ重要ではないと考えている。

では質問。
1)あなたは現在まで続く天皇は男系ではないと考えているのか?
2)女性天皇が即位した時点で男系は崩れたと考えているのか?
3)男子一系と万世一系を全く違う意味、と定義して意図的に使い分けている?
(例えば今上天皇は男子一系ではないが万世一系と言うことは出来る、等)
151.名無しさん:2019年03月21日 16:42 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>150
追加質問。
皇統は父系を辿れば必ずイザナギ神に家系が繋がる事が皇位継承の条件となっている。
この前提を認めない立場か?
152.名無しさん:2019年03月21日 16:45 ID:y.lg5wmE0▼このコメントに返信
だって、やんどころなきお方の信任得てなかったんだもんw
153.名無しさん:2019年03月21日 16:53 ID:bjANl9z60▼このコメントに返信
幕府さえ開けば!と思うのは、江戸時代の幕府イメージが刷り込まれてるんだと思う。
154.名無しさん:2019年03月21日 16:53 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>145
普通に考えて後に秀吉が行った政策とほとんど変わらない可能性の方が高いだろ?
信長が後の秀吉や家康よりも数段スケールの大きな政策を行ったに違いない、と言う期待は「信長は既存の価値観に囚われない柔軟な発想の革命児で、日本などと言う狭い枠組みではなく世界を視野に入れていた」という全く根拠のない、死後に作られたイメージと、そのイメージを土台に戦後さらに想像を膨らませた小説マンガ映画ゲームなどの虚構をプラスして歴史ファンが作り出した蜃気楼に過ぎないぞ。

もっとも戦国時代を終わらせる道筋を作った、芸術に権威を与えた、宗教が独占していた利権を解体したetc.…と偉大な人物であった事は否定しないが。
155.名無しさん:2019年03月21日 16:58 ID:RjkCyRx40▼このコメントに返信
※152
朝廷の事を言っているなら答えは「得ていた」だよ。
156.名無しさん:2019年03月21日 17:18 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>153
そうそう。光秀だって結局味方が集まらなくて一月持たなかったしな。
157.名無しさん:2019年03月21日 17:22 ID:a5Z6dtVM0▼このコメントに返信
初期の信長は 室町体制維持だったんじゃないかなぁ、、

官位や職もらわなかったのも、室町体制下での家格考えてのことだと思うし
足利義晴と六角定頼の関係のような「事実上の管領」を目指してたとしか見えないと思うけど、、、
そんな革新てきだったのは末期だと思うよ、、、
158.名無しさん:2019年03月21日 17:28 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>157
ほぼ同意。そもそも「革新的だった」というのも根拠ないからな。
義秋と決別してからどういう体制で天下を治めるか模索中だったようにも見えるしね。
159.名無しさん:2019年03月21日 17:30 ID:GYicSRZl0▼このコメントに返信
親父の代から織田家は幕府保護の立場だし、信長は実利を上げれる各街道と京堺を押さえておきゃイイ的なところはあったのだろうね。
160.名無しさん:2019年03月21日 17:36 ID:Ljv24eBZ0▼このコメントに返信
※150
何を勘違いしているかわからないが「皇統」とは皇室・皇族の父系の系統である。家系図が全て父系
であるように皇統も父系だ。その系統にある者は皇位継承権を持つ。基本的に男性が皇位を継承するが、皇位継承者で適した年齢の者が皇位を継承する。つまり皇統は「男子一系」ではない。
簡単な話だ。「父系」と「男子一系」は同じではない。だから女帝が継承したから「男子一系」が崩れたとか問題にならない。
皇統は皇室・皇族の父系系図であると同時に「歴代天皇の系譜」だ。10代・8人の女帝が存在するのだから「皇統は男子一系」とするのは間違い。女性も皇位継承権を持つのだから、明白な間違い。
161.名無しさん:2019年03月21日 17:39 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>144
信長が時代を超越した革命児というイメージはほとんど戦後に作られたもので、社会秩序を再構築しよう、とか既存の価値観を破壊しよう、とした歴史的根拠はない。
信長は手段に於いて合理的で迷信の類は信用しない、家格によって人を選別しないという変わったタイプの人ではあったけど、保守的で伝統文化に対しては積極的に保護した人物だよ。
比叡山焼き討ちとかは武装した宗教団体が信長に従わなかったからであって、武装解除して信長政権に心服すれば責められなかったよ。別に仏教そのものを敵視していたわけではないし。
162.名無しさん:2019年03月21日 17:40 ID:GYicSRZl0▼このコメントに返信
>>88
伊達家は奥州探題家なので名目上は筆頭であってる。
163.名無しさん:2019年03月21日 17:46 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>160
なるほど、お答えありがとう。
つまり、あなたの考えは「皇統は父系の万世一系であって、皇統について語る時に男系・女系という概念を持ち込むのは無意味」という立場だと思ってよい?
164.名無しさん:2019年03月21日 17:57 ID:Ljv24eBZ0▼このコメントに返信
※163
まず、家系図に「母系」のものは存在しない。すべて「父系」
また、皇統が「万世一系」かどうかも別問題。
皇位継承は「男子一系」ではなく、女子つまり女性も継承し、皇統を継いでいるという日本史上の事実を述べているに過ぎない。
無意味とか以前の、歴史的事実だ。
165.名無しさん:2019年03月21日 19:33 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>164
つまり君はこの話の発端である※73のコメント主旨ではなく、「男子一系」という部分に文句がある、と言うことなんだね?

それならば不正確なコメントをした非を認めて謝ろう。
166.名無しさん:2019年03月21日 20:10 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>146
ケーシー・ランキンさんが亡くなったんよね(。・ω・。)
167.名無しさん:2019年03月21日 20:11 ID:KDjp4ntX0▼このコメントに返信
現有幕府が朝廷から朝敵指定されなきゃ次の幕府は開けないでしょ。
168.名無しさん:2019年03月21日 20:25 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>167
そこは朝廷に将軍解任の詔勅出して貰えばいいのでどうにでもなるが、信長としては室町幕府(足利将軍家)の復興と将軍家の権威の復活(まあ、将軍は名誉職で実権は自分だが)が当初の目的だったので、世間に「足利家から将軍職を奪った謀反人」という印象を持たれないような統治方法を思案していたんじゃないかな?
169.名無しさん:2019年03月21日 20:44 ID:qyIzdgkj0▼このコメントに返信
君って
170.名無しさん:2019年03月21日 21:08 ID:8lBHQ7PX0▼このコメントに返信
※2
織田政権が盤石化していたら羽柴筑前守秀吉は北九州、柴田勝家は北陸、滝川一益は関東あたりで
地方に織田政権の支配が行き渡るべく監視する、50万石前後の中堅大名となって終わっただろう
徳川家も内政干渉で分割縮小され、盟友ではなく織田家勃興時代の功臣の地位に甘んじていたはず

後世の歴史教科書では徳川も羽柴も柴田も十把一絡げの雑魚に格下げされ、よほどの歴史通でなけ
れば知らない名となる。秀吉や家康の時代に台頭した人物も埋もれるか、または我々の歴史とは別
ルートで台頭するか、どちらかだろう。いっぽう信長の近辺で働いていた側近たちが、国政を牛耳る
廷臣や官僚として台頭。日本史の教科書で覚えなければならない重要人物として記録されただろうな
171.名無しさん:2019年03月21日 21:34 ID:TMVOXQ0X0▼このコメントに返信
将軍=朝廷の下
でしかないからお断りだぎゃ
172.名無しさん:2019年03月21日 21:47 ID:SWPwRS.a0▼このコメントに返信
勘違いしてるようだが天下統一まで今一歩と称されてもまだまだ納めた領土はショボい位にホンノ一部の
50歳のオッサンがイキっても天下統一は無理 東国は手付かずで上杉・北条もそのままで毛利は攻めたのは
端の端で四国・九州もまだまだで天下布武は無理  ゆえに織田幕府なんぞ夢のまた夢
イキるにイキって各地で転戦してる家臣団は疲弊し切ってたがそれでも無理な戦いを強要
京都でもイキって天下人面でもうコロすしか無いと皆の願いで側に居た明智光秀が謀反で討たれる
173.名無しさん:2019年03月21日 21:59 ID:EmmBYTJD0▼このコメントに返信
>>172
統一されていない大名間の連携は無理だから、織田家が単独で大勢力を築いている以上後は一つずつすり潰して行くか恭順するかしか選択肢はない。
実際秀吉がそうだったように信長もあと5年くらい生きていたら名実共に天下人になっていたんじゃないかな?
174.名無しさん:2019年03月21日 22:22 ID:mLAKYW.w0▼このコメントに返信
平氏だからでしょ?
175.名無しさん:2019年03月21日 22:24 ID:dC4u7CIc0▼このコメントに返信
※172
上杉…滅亡寸前で景勝も諦めモード。本能寺の変がなければ間違いなく滅亡。

北条…信長に臣従。自ら分国に加えてくださいと頼む。

毛利…秀吉によって既に追い詰められ、来訪予定の信長の援軍により滅亡寸前。本能寺の変がなければ間違いなく滅亡。

長宗我部…所詮四国でイキるお山の大将。織田軍が侵攻すればまあ勝てない。

島津・大友・伊達なども既に臣従。武田が滅亡した時点で国内で信長を苦しめる事ができる大名はいない。
そしてその他は小粒ばかりなので秀吉より遥かに早く統一できるだろう。
176.名無しさん:2019年03月21日 22:25 ID:dC4u7CIc0▼このコメントに返信
※174
→※108
177.名無しさん:2019年03月21日 22:41 ID:mLAKYW.w0▼このコメントに返信
※4
将軍ってのは「帝から命令されて帝の代わりに武士を取りまとめ、最前線で帝を守る源氏の子孫」ってこと。
(坂上田村麻呂なんかはその限りじゃないが、源氏というルールは不文律のしきたりとして固定化される。)
幕府は「帝から離れ、敵に近い最前線に置く幕を張った陣、作戦室」ってことだ。
平氏の流れを自負する織田家がなれるもんでもないし、信長の織田家は織田家の中じゃ身分が低い。
178.名無しさん:2019年03月21日 22:44 ID:mLAKYW.w0▼このコメントに返信
※176
実際はそんなもんじゃない。徳川が出自を偽って変えてまで源氏にこだわっている。
179.名無しさん:2019年03月21日 22:49 ID:dC4u7CIc0▼このコメントに返信
※178
徳川は足利幕府のやり方を踏襲しただけで、征夷大将軍自体は源氏限定じゃないぞ。過去に非源氏の将軍は大勢いた。
足利幕府のやり方を踏襲したが、足利そのものになるつもりはないから新田を使った。

家康は頼朝ファンだから源氏にこだわったというのはあると思うけど。
180.名無しさん:2019年03月21日 22:49 ID:DnhPTllq0▼このコメントに返信
征夷大将軍になるつもりなら家督を譲ってないだろ
181.名無しさん:2019年03月21日 22:57 ID:mLAKYW.w0▼このコメントに返信
昨今発見された「甲陽軍鑑末書」に信玄の天下取り願望が書かれてたらしいが、
生きてたら多分将軍だったかもしれないなあ。
182.名無しさん:2019年03月21日 23:12 ID:dC4u7CIc0▼このコメントに返信
※9
>家康は源家の血筋の徳川に婿養子に入って征夷大将軍を目指した。
初耳だわ。最近の研究か?
183.名無しさん:2019年03月21日 23:13 ID:ROo.TbOV0▼このコメントに返信
信長の時代は足利公方の権威がまだ存続していた
追放された義昭は鞆の浦、その前の公方は阿波国に、
関東の古河にも公方がいたし、
戦国時代はあちこちの勢力がめいめい都合の良い公方を支持して争いが続いた時代だから
信長がさらに新しい公方になったって、各地の争いの御輿がひとつ増えるだけでメリットない
184.名無しさん:2019年03月22日 05:59 ID:kL.JIF8a0▼このコメントに返信
別に幕府開くのに征夷大将軍なる必要なんてないぞ
例えば頼朝の時代、奥州藤原氏は鎮守府将軍という将軍位貰ってた
要するに幕府っていうのは朝廷から独立経営許されてる将軍なら何でも開けるんだよ

そういった独立経営する権限貰える将軍に就くのは体面上大事な事だけど、
征夷大将軍である必要は無いし、そもそも征夷大将軍自体が源氏である必要も無い
朝廷から任じられれば誰でも就ける役職の1つにしか過ぎない
全国の武士を配下に置こうとするなら当然、相応の力が要求されるけどね
185.名無しさん:2019年03月22日 06:38 ID:3Uk..r1I0▼このコメントに返信
農民の出自で血筋もへったくれも無い秀吉は、関白になるため藤原氏と養子縁組して関白となり、直に豊臣姓を名乗ったけどな(笑)。
征夷大将軍より格上の関白でもこの通り。源氏の血筋じゃなきゃ駄目なんてのは、最初から大した意味は持たないよ。
186.名無しさん:2019年03月22日 07:21 ID:nFktrB.z0▼このコメントに返信
※181
伊達政宗も天下取ったあとの役職とか仕置き、大名をどうするか
考えてたらしいけど大坂でその目がなくなったときに家臣が全部焼いて証拠を隠滅した
187.名無しさん:2019年03月22日 07:23 ID:.JpZ9Phf0▼このコメントに返信
※182
婿養子ってのは正確ではないが
松平から徳川への改姓自体が源氏の継承を目指したもの
188.名無しさん:2019年03月22日 07:54 ID:3Uk..r1I0▼このコメントに返信
※187
名門とか旧家の血筋を名乗るのは、当時当たり前にあった事だから、特に家康が源氏に拘ったとは思えないけどね。
189.名無しさん:2019年03月22日 08:48 ID:B12Ao.wJ0▼このコメントに返信
>>179
家康の場合は元々が足利の名門今川家の家臣で、三河遠江だと吉良と斯波の影響力もあるし、箔付けなら足利と争った新田源氏名乗った方が都合は良さそうではある。
190.名無しさん:2019年03月22日 09:58 ID:65A1i8h10▼このコメントに返信
なんでもくそも
>>「幕府」という言葉が将軍個人や空間的な将軍の居館・政庁から離れ、今日のように観念的な武家政権を指すものとして用いられるようになるのは、藩と同じく江戸時代中期以降のことで、朱子学の普及に伴い、中国の戦国時代を研究する儒学者によって唱えられた。「鎌倉幕府」や「室町幕府」という言葉はこの時代以降に考案されたものである。それ以前には「関東」「武家」「公方」などと呼ばれており、それぞれの初代将軍が「幕府を開く」という宣言を出したこともない

誰一人として幕府を開いた人はいない
今からでも誰かが織田幕府と呼べば、信長が幕府を開いたことになる
では信長・秀吉・細川、三好政権と鎌倉幕府(源氏、北条氏)、室町幕府、江戸幕府の違いはというと
武家政権で征夷大将軍が政権の中央にいるというのが後付け条件
191.名無しさん:2019年03月22日 10:09 ID:djiHR1j60▼このコメントに返信
秀吉も家康も対外貿易を重視してたし秀吉の朝鮮征伐は明との貿易問題が一旦でもある。
つまり信長が海外伸張派だとしてもそれは16世紀の日本の支配者の一般的な考えで17世紀になればどうなるか分からない。
そして信長はおそらく1590年くらいには病死してただろ。そうなるとキリスト教の禁教や鎖国は信忠やその後継者の考え方次第。
信忠は信長死んだ直後は国内まとめるので海外出る余裕なさそうだけどな。
192.名無しさん:2019年03月22日 12:00 ID:s4ZIFlhW0▼このコメントに返信
※185
豊臣姓は賜ったものな。だから特別な意味を持つ。
193.名無しさん:2019年03月22日 20:39 ID:VxGcbIVH0▼このコメントに返信
得川(徳川)義季の末裔ではあるが、藤原氏支流と自称する徳川氏として、朝廷から改姓の勅許を受けたのであって、徳川家に養子などには入っていない。
194.名無しさん:2019年03月25日 23:14 ID:BonKIdTE0▼このコメントに返信
幕府ってあくまで天皇から征夷大将軍に任命されて開くもので天皇の家臣的な位置づけが嫌やった
ってイメージがある

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