2019年03月17日 09:05

徳川幕府が250年続いたって冷静に考えたら凄すぎね?

徳川幕府が250年続いたって冷静に考えたら凄すぎね?

ieyasu

引用元:徳川幕府が250年続いたって冷静に考えたら凄すぎね?
http://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1552658107/

1: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 22:55:07.675 ID:ftHH+kTl0
今の日本は戦後75年で末期感あるのにこの3倍も一つの体制が続いたって凄すぎるわ

3: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 22:56:36.802 ID:jX9+xDDO0
王朝で考えると日本はずっと同じやで

4: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 22:56:56.420 ID:O2DouJqAa
徳川幕府だって4~7代目あたりヤバかった

8: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 22:58:38.573 ID:84wRcilR0
戦後75年というか明治維新150年という感じかな

19: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 23:19:22.183 ID:V1PTojKK0
縄文時代なんて1万年以上あるぞ

21: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 23:22:27.360 ID:9MyVIpoP0
>>19
縄文は体制じゃないだろ

22: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 23:24:01.941 ID:GvRi966I0
まさか250年後に西軍だった島津・毛利連合軍につぶされるとは

24: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 23:26:12.702 ID:jNIkouied
>>22
どっちもほとんど東軍みたいなもんだったろ
東軍に味方するつもりだった島津と東軍と内通して戦わなかった毛利

23: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 23:25:02.352 ID:BcrG7cUY0
年貢がきついってイメージあるけど3割弱~最大で4割程度
所得に対する総合課税率が5割超えてる今の日本よりずっと暮らしやすかった
凶作のときには免税措置もあったしね

28: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 23:29:07.946 ID:mUqgqDb60
250年続いたのは凄いが末期は体制維持の限界に達してた
西欧の外圧が無かったとしても中央よりも力持ってた薩長辺りにに蜂起されて潰されるという結果は変わらんかったと思ふ

31: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 23:31:17.894 ID:tzJDHJWf0
大名行列やらしたから?

40: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 23:59:21.041 ID:dJhEoxEhM
でも 島津や毛利を転封させず 後顧の憂いを残していたのは 幕府の統治がだめになったときには倒幕してもらおうって 家康様はおもっていたのかもな やっぱり徳川様は神君だわ
幕府の存続より 日本国の平和を願っていたんだね

42: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/16(土) 00:02:29.065 ID:4Rod2MdlM
俺だったら 恩賞だっていって 関東に連れてくるか 東北か蝦夷地耕して 対ロシアになってくれっておもうわ

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2019年03月17日 09:07 ID:JLambmeH0▼このコメントに返信
冷静にならないとわからないの?
2.名無しさん:2019年03月17日 09:09 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
むしろ悪夢だろう
3.名無しさん:2019年03月17日 09:13 ID:UGRVGtSK0▼このコメントに返信
参勤交代は諸大名の資産を削り取るのには有効だった
その為に全土で余裕がなかったせいで技術的革新が殆どなく文明的には停滞してたけど
4.名無しさん:2019年03月17日 09:14 ID:C8gjpl570▼このコメントに返信
諸外国の情報シャットアウトして、文字も読めない国民に命令して従えてるだけなら出来るだろ。
今もやってんじゃん、どっかの赤い国とか国土だけはバカでかい所とか。
5.名無しさん:2019年03月17日 09:17 ID:rieEdgjq0▼このコメントに返信
俺様が裏切ったおかげで 続いたんだ 感謝しろ by 秀吉の甥っ子の小早川秀秋
6.名無しさん:2019年03月17日 09:17 ID:wOpyuEM10▼このコメントに返信
長く鎖国していたれたのは地の利やね
7.名無しさん:2019年03月17日 09:22 ID:oXOgG1VW0▼このコメントに返信
鎖国してたとはいえ普通に海外の国と交流してるけどね
8.名無しさん:2019年03月17日 09:23 ID:RX6x4xnS0▼このコメントに返信
その前の南北朝時代を含めて室町時代がgdgdすぎたからなあ
9.名無しさん:2019年03月17日 09:23 ID:8UloZleE0▼このコメントに返信
しかし日本は徳川という苗字少ないな。
お隣はリーとかキムとかパクとかだらけなのに。
10.名無しさん:2019年03月17日 09:24 ID:TDHSyc5F0▼このコメントに返信
閉塞感もすごかったと思うぞ。
11.名無しさん:2019年03月17日 09:26 ID:TDHSyc5F0▼このコメントに返信
※9
江戸時代なら徳川の親戚だのホラ拭いたら打ち首もあり得ただろう。
そんなアホはおらん。そして江戸直後の明治時代に戸籍ができたから、そりゃ徳川はおらんだろうて。

一方平安ぐらいまでさかのぼれば誰も調査できないし問題ないだろうということで、藤原だらけなのが現実。
12.名無しさん:2019年03月17日 09:29 ID:pbmm7wWN0▼このコメントに返信
実質負担が2割と低い税率
法律的の数が100程度と緩い支配
農業生産性が高い品種改良された水稲
暖流に挟まれ緯度の割に温暖な気候の日本列島
汚職や失政すると腹を斬って自らを罰する高い倫理と責任を負う武士が為政者
13.名無しさん:2019年03月17日 09:31 ID:TfGrzW090▼このコメントに返信
200年から300年ぐらい続く政権は洋の東西を問わず結構あるんだけど、500年以上続くのって数えるほどしかないんだよな
紀元後に限れば東ローマにオスマン帝国、新羅、李朝ぐらいか?
14.名無しさん:2019年03月17日 09:31 ID:X23iI8DY0▼このコメントに返信
まあ良い面と悪い面もあるけど中国の属国になって命脈を長らえたお隣の李氏朝鮮に比べたら全然まとも。
日本が明治になって半島に進出して行った時の酷い有様は記録にも残ってるだろ?
15.名無しさん:2019年03月17日 09:31 ID:TDHSyc5F0▼このコメントに返信
現状は法律の数が多すぎて、弁護士以外は真面目に法律を読む人間もおらんよな。
16.名無しさん:2019年03月17日 09:32 ID:pbmm7wWN0▼このコメントに返信
>>9
大名と同じ名字は大体が物まね名字のアレな連中やぞ
17.名無しさん:2019年03月17日 09:33 ID:.byl6IYb0▼このコメントに返信
まあ、江戸時代は理想的な共産社会だからなぁ。
外部からの干渉も無く、技術進歩も最小限。
マルクスが見たら、泣いて絶賛する理想郷やで?
18.名無しさん:2019年03月17日 09:35 ID:TDHSyc5F0▼このコメントに返信
インドのカースト制度もそうだけど、社会構造が長期間固定化すると、どうしても身分制度が発生するよね。

そして戦国時代になると下剋上になると。
19.名無しさん:2019年03月17日 09:38 ID:o6mUXZkM0▼このコメントに返信
 江戸時代の識字率はむしろ高かった。
 気候や痩せた土壌のせいで石高はあまり高くなく、婚姻(いわゆる妻帯)率はそこまで高くない。
 次男三男は厳しい立場で、嫁もてたら勝ち組。
 戦国時代のほうが、其の意味では活気があったかもしらん。
20.名無しさん:2019年03月17日 09:39 ID:SYbFcvFM0▼このコメントに返信
徳川家康が幕府を開いて、既に200年以上が過ぎていた。各藩の農村では狂ったように米が作られ、
人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった。
西暦1853年、日本の太平洋をはさんで反対側のアメリカ合衆国は江戸幕府に開国・通商を迫ってきた。
これから15年あまりの戦いで幕府軍と反政府軍は人口の0.001%ほどを死に至らしめた。
人々はみずからの明治維新に狂喜した。戦争は反政府軍が勝利し、八ヶ月あまりが過ぎた

「第1話 ジャパダム大地に立つ!」 ちゃららちゃ~・・・♪
21.名無しさん:2019年03月17日 09:41 ID:OVRpM6SN0▼このコメントに返信
※4
その認識はかなり古いで。
外国情報は入ってきてたし、庶民の識字率も高かった。

22.名無しさん:2019年03月17日 09:42 ID:TDHSyc5F0▼このコメントに返信
※21
さすがに庶民までは外国情報は入ってこないだろう。

新聞もインターネットも電気通信も無いんだからそもそも無理だぞ。
大名クラスでも怪しいものだ。
23.名無しさん:2019年03月17日 09:43 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※17
官僚主義&農業政策がダメダメ&資本主義を許さない

まさに共産主義ですわ。
24.名無しさん:2019年03月17日 09:43 ID:6Nyz4ClS0▼このコメントに返信
>>4
江戸時代でも識字率の高さは世界でもトップレベルと言われてますが…
25.名無しさん:2019年03月17日 09:44 ID:CyjvXjJ20▼このコメントに返信
徳川政権は官僚の事なかれ主義に陥って列強の言いなりになりかけてた
義を通して当時最強の英国とも戦っていい勝負しちゃう薩摩

薩摩主体の政権になっても仕方ないわ
26.名無しさん:2019年03月17日 09:45 ID:8lBEr1ZO0▼このコメントに返信
※4
江戸時代は庶民までが海外の情報知ってたから、、、
ゾウなんて来日したの数回なのに、ほぼ全日本人が知ってたし、、、

蘭書禁止令も厳密な処罰開始されたのは嘉永2年(1849)からで開国は安政3年(1856)ほんとに数年だけ
禁止されてたのは人的交流だけだよ、、、
27.名無しさん:2019年03月17日 09:45 ID:pbmm7wWN0▼このコメントに返信
>>19
近代以前のエジプトのナイル川同様に、日本の水田は毎年のように上流から栄養蓄えた土が流入するので、土壌は豊か。
28.名無しさん:2019年03月17日 09:47 ID:x3YfrK270▼このコメントに返信
最大戦力保持者が平和をプロデュースすると言う、当たり前の事。
29.名無しさん:2019年03月17日 09:49 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※22
吉宗が検閲の上でヨーロッパの書物を輸入して良いよってなったので、検閲担当者や知識層はヨーロッパに詳しかったよ、
30.名無しさん:2019年03月17日 09:50 ID:pnUqmhYx0▼このコメントに返信
※9
お隣(中韓)のは苗字じゃなくて氏
徳川とかじゃなくて、源みたいな感じだから数が少ないし別姓なの
源頼朝と婚姻しても、源政子にならずに北条(平)政子のまま的な

郎等含め氏を名乗るので金(氏族)の○○さんみたいな感じ
ギリシャとかだと、ユリウス氏族のカエサルみたいな、ガイウス家に当たるのが徳川みたいな感じで名前がカエサル

31.名無しさん:2019年03月17日 09:50 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※28
後醍醐「せやな」
尊氏「ホンマや」
32.名無しさん:2019年03月17日 09:50 ID:pbmm7wWN0▼このコメントに返信
>>22
江戸時代はニュートンやコペルニクスの本が庶民も読めた。
江戸時代の町民はヨーロッパのワインを飲み、アイヌ民族風の蝦夷錦をおしゃれとして着ていた。
33.名無しさん:2019年03月17日 09:54 ID:7Dly0IXX0▼このコメントに返信
地方搾取が250年続いたって最悪だと思うんだが
34.名無しさん:2019年03月17日 09:58 ID:uVCH3Y5Y0▼このコメントに返信
徳川幕府は、幕府だし、しょせん武士のための政権
開府当時は、武士層の力の絶頂期だったが皮肉にも武士政権下264年間かけて武士が没落していったので明治維新も比較的すんなりといったんだと思うよ
35.名無しさん:2019年03月17日 10:00 ID:uVCH3Y5Y0▼このコメントに返信
幕府時代に、新型兵器を開発してたら、やはり武士なんて単なる身分差別でいらないんじゃね?って意識になったことだろ
36.名無しさん:2019年03月17日 10:00 ID:lZgXLL930▼このコメントに返信
信長や秀吉は天才だからあのやり方で日本を統治できた。
でも2代目以降トップが凡庸だとまた戦乱の世に逆戻り。
天才ではないが学習能力が高かった家康は多少トップが凡庸でもビクともしない体制を整えた。
もちろん徳川家安泰の為もあるだろうが戦乱の世に疲れた民衆の気持ちを代弁した一面もあるだろうな。
でなければあの当時徳川家が支持されるわけがない。
37.名無しさん:2019年03月17日 10:00 ID:3cU3z.Iu0▼このコメントに返信
周りが何で手を出してこなかったのかって視点で見た方が真実に近づけるで
周りとは中国やヨーロッパ諸国や
秀吉の唐入りが大きな理由やった
あれは日本の武力を周辺国に見せつける効果を生んだんや
鎖国が継続したのは周辺から見た日本は下手に触れてはいけないおっかない存在だったからや
重武装だから中立が可能やった
産業革命により武力のバランスが崩れたから開国へ至ったんや
38.名無しさん:2019年03月17日 10:00 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※33
徳川幕府「うーん。米を作れ」
飢餓「よろしくニキー」
39.名無しさん:2019年03月17日 10:01 ID:8lBEr1ZO0▼このコメントに返信
※33
海外の安い製品入ってこないから「藩専売」ってブランド作って各地が大儲けだったぞ、、、

明治になった途端、非関税障壁無くなって国内産業は競争に負けて壊滅状態になったんだぜ、、、
40.名無しさん:2019年03月17日 10:03 ID:gW9YR6oK0▼このコメントに返信
※4
江戸時代の日本の識字率は同じ時代のヨーロッパと比べるとずっと高かったぞ
都市部に限れば人口の80%が読み書きできたといわれてる
41.名無しさん:2019年03月17日 10:03 ID:A9YLdwT50▼このコメントに返信
貧しいながらも地方の農民が神社を維持して命をつなげられた
早死にだったから結果的に若い世代が残り、それだけの活力はあった

今の地方は高齢化でお隣に回覧板を持っていけない状態
どっちがいいんだか
42.名無しさん:2019年03月17日 10:04 ID:3cU3z.Iu0▼このコメントに返信
※33
幕府が各藩に課税したことなん一度もない
幕末に日本全体を守るための幕府海軍だって徳川家だけの負担で作られたんだ
43.名無しさん:2019年03月17日 10:04 ID:uVCH3Y5Y0▼このコメントに返信
搾取といえば、搾取してたのは幕府というより武士だよ
幕府は地方にも膨大な天領があるし、外様大名らだって武士による支配体制を望んでいたことだろう
武士がいる限り農民は武士に税を出す羽目になってた
44.名無しさん:2019年03月17日 10:05 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※39
それは徳川から認可があって初めて、商売が出来るのであって、自由経済よる所ではないで。
45.名無しさん:2019年03月17日 10:05 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※26
蘭学は禁止だ、宗教文化も全部な、宗教はもちろん仏蘭西革命や人権思想とかやっかいだし、
新技術なども幕藩体制を揺るがせるので当然禁止だ

今の北朝鮮となんらかわらないのが江戸時代
46.名無しさん:2019年03月17日 10:06 ID:f3hHVpKc0▼このコメントに返信
江戸時代まで、藩主の望みは自らの領地をよく治め、家系を繋いでいくことだっただろう。
それが江戸時代の政で、念願が果たされたということだろう。

内乱の戦国時代は二度と御免だし、徳川が日本を統べたことで藩主は自治に集中することができた。
治める方も、従う方も、双方地獄を知っていたし、最終的な目標を共有していたのだろう。
「統治」という事に関して、多くを学べそうですね。
47.名無しさん:2019年03月17日 10:07 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※42
米を事実上の通貨基軸にしたせいで、米作りに向いていない土地でも米を作るはめになったんやで。
48.名無しさん:2019年03月17日 10:07 ID:8lBEr1ZO0▼このコメントに返信
※38
飢餓はほぼほぼ支配してる藩の状況で変わったのよ、、、
とくに天明の飢饉なんか、天領とかでの餓死者はほぼほぼなかった、、、
他にも例えば米沢藩とか、将軍家と血縁関係あった上杉鷹山とか
隣の中村藩は餓死者続出だったけど、おれんとこは幕府から米送ってもらって死者ゼロだぜ
とか自慢が日記に綴られてるし、、、

だいたいね、飢餓での餓死者ってのは流通が問題でおきてんのよ、世界中どこでも事情は同じ
スターリン下のソ連とかね、食糧生産地では駅に積まれた穀物が芽を出してるのに都市では人食ってたんだから、、、
49.名無しさん:2019年03月17日 10:07 ID:3cU3z.Iu0▼このコメントに返信
※45
21世紀の朝鮮と比較しても江戸時代の方がはるかに上なんだけどね
どっちか選べって言われたらどっちに住む?
50.名無しさん:2019年03月17日 10:08 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※42
上米制度とか普通にあったし、幕府領の整備は諸藩に普請として押し付けられているのに?

日本を守る為の幕府海軍?日本なんて守ってねーだろ、諸藩討伐にしかつかっていない、
諸藩こそが幕府に命じられて異国と戦うように軍役かされていたってのに
51.名無しさん:2019年03月17日 10:08 ID:hS9K70em0▼このコメントに返信
米中心の経済で、武士が思い切った経済政策取れず
商人が武士より豊かになったんだっけか
52.名無しさん:2019年03月17日 10:09 ID:8lBEr1ZO0▼このコメントに返信
※45
解体新書全否定な態度は、なかなかできないことですな、、、
53.名無しさん:2019年03月17日 10:09 ID:avukl3Ky0▼このコメントに返信
長さなら平安時代だろ。
390年だし。
54.名無しさん:2019年03月17日 10:09 ID:qfsG5tbK0▼このコメントに返信
先祖の遺言
徳川時代では名前を言うな
55.名無しさん:2019年03月17日 10:09 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※39
鎖国して国際競争についていけなかっただけだろ、
もっといえば幕府が無能で不平等条約を飲まされたから
56.名無しさん:2019年03月17日 10:09 ID:xCMj0kSq0▼このコメントに返信
※32
算額も忘れちゃならないよ
57.名無しさん:2019年03月17日 10:10 ID:UiDVLLdx0▼このコメントに返信
長生きでもせいぜい100年程度なのに、それを超える社会を作り上げた人々を後世の視点で非難する阿呆はたくさんいるからな。
58.名無しさん:2019年03月17日 10:10 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※45
吉田松陰「ナポレオンってスゲーな」
福沢諭吉「オランダ語を覚えなくちゃ」
佐久間象山「漢語も大事、ヨーロッパも大事」
59.千尋の金隠し:2019年03月17日 10:10 ID:vpXe.IsK0▼このコメントに返信
明治以降と違って天皇が変わってるのに、ずっと江戸時代と呼ばれてるだけかも?
60.名無しさん:2019年03月17日 10:10 ID:3cU3z.Iu0▼このコメントに返信
※47
関東に広がる武蔵野という水田開発不能地帯の開墾が進んだのは江戸時代だよ
練馬の大根とか川越のさつま芋とかさ
61.名無しさん:2019年03月17日 10:10 ID:uVCH3Y5Y0▼このコメントに返信
北朝鮮は隣国が強大すぎて対抗できないのに無理して核兵器をもってまで支配体制維持しようとしてる国だろ
徳川幕府とは全然ちがうよ
62.名無しさん:2019年03月17日 10:10 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※52
解体新書に、宗教、技術、文化、人権など思想が入ってるのかね?
63.名無しさん:2019年03月17日 10:11 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※55
むしろ、井伊直弼は現状を鑑みて、現実主義的な路線を取っただけやで。
64.名無しさん:2019年03月17日 10:13 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※21
寛政異学の禁、
蕃社の獄
でわかるように禁止しまくって、はむかう知識人は処刑や追放

識字率も非常に低く庶民は一桁くらいしかない。それなりにできる人ですら、自分の名前書ける、仮名がなんとか読める程度、
65.名無しさん:2019年03月17日 10:14 ID:8lBEr1ZO0▼このコメントに返信
※51
田沼意次出現まで、商業に直接課税する手段がなかったのよ、、、
以後も冥加金だけで、いわゆる利益そのものに課税する手段は明治維新まで出現しなかった、、、

つまり税負担の軽い町人に資本が蓄積したんだけど
他所の国では産業革命につながる産業発展に再投資する(インフラとか)こと自体、幕府が農業以外禁止したんで
その経済余力が全部「文化」に使われたのが江戸時代だと思われ、、、

まぁ変な文化が生まれますわな、、、
66.名無しさん:2019年03月17日 10:14 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※62
幕府の検閲担当者「オランダの事は任せろ。全てを検閲してやる(ヨーロッパの勉強は楽しいんじゃ。後進のためにも一杯勉強するで)」
67.名無しさん:2019年03月17日 10:15 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※63
やるのが200年遅い、そしてそれだけ遅いから隔絶した差が生まれたので不平等条約により関税自主権がなくなり、
国内産業が壊滅した、幕府の無能さが如実に現れている
68.名無しさん:2019年03月17日 10:16 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※66
検閲して庶民には全く伝わってないだろうが
69.名無しさん:2019年03月17日 10:16 ID:8lBEr1ZO0▼このコメントに返信
※64
寛政異学の禁は、朱子学以外を禁止したんで
蘭学だけでなく陽明学とか古来あった学問も禁止されてんぞ、、、

蛮社の獄も、幕府の鎖国政策批判者が投獄されたわけで
どっちも「蘭学禁止令」じゃないぞ、、、
70.名無しさん:2019年03月17日 10:19 ID:uVCH3Y5Y0▼このコメントに返信
まあ徳川264年といっても隣の李氏朝鮮や清よりは短いんだけどね
71.千尋の金隠し:2019年03月17日 10:19 ID:vpXe.IsK0▼このコメントに返信
今から自民党の世襲政治が、250年続くかも?
72.名無しさん:2019年03月17日 10:20 ID:3cU3z.Iu0▼このコメントに返信
※70
李氏朝鮮や清
地獄がそんなに長続きしたんだ、お気の毒さま
73.名無しさん:2019年03月17日 10:21 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※68
徳川幕府の検閲担当者「ワイもそろそろ、引退せなアカンな。今までの口外しないで(都市部で寺子屋を開いて一儲けするんじゃ~。オランダ語を町民の子弟に教えれば大流行するんじゃ~)」
74.名無しさん:2019年03月17日 10:22 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※69
それもっと酷い体制だったといっているだけなんだが
75.名無しさん:2019年03月17日 10:23 ID:uVCH3Y5Y0▼このコメントに返信
国内だと平安時代が400年近くで一番長いが天皇神聖視はこの時代に確立したんじゃないかという気はする
76.名無しさん:2019年03月17日 10:26 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※70

江戸時代が評価されているのは“長さ”ではなく”パクス=安定した平和”を250年開維持し続けたことなんですが。

なのでえぶりでい飢餓状態の李氏朝鮮や大規模反乱がほぼ年中行事の清とは物差しが根本的に違う
77.名無しさん:2019年03月17日 10:26 ID:noUyvbbA0▼このコメントに返信
>>24
お上のやる事に黙々と従う国民性ではあるけどな
78.名無しさん:2019年03月17日 10:26 ID:FF.tedBA0▼このコメントに返信
延々と張り付いてるアホが一人いるなこの記事には近寄らんとこ
79.名無しさん:2019年03月17日 10:27 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※75
いや。それはない。
天皇を明確に神と認識&自称したのは後醍醐天皇
80.名無しさん:2019年03月17日 10:28 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※33
大名は強力な軍事力と自治権持っているのにに中央政府が搾取できるわけないんですが…
81.名無しさん:2019年03月17日 10:30 ID:uVCH3Y5Y0▼このコメントに返信
いや承久の乱のときに北条義時が朝廷と戦をやる際にちょっとした天災があって、関連付けてビビったって話があってさ
本当かどうか知らないが
82.名無しさん:2019年03月17日 10:32 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※76
朝鮮半島で農業するとか罰ゲームやし、しゃーない。
83.名無しさん:2019年03月17日 10:35 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※81
祟り信仰はあったけど、神聖視はしていない。北条政子の大演説で感動して、京都を攻める
し。
84.名無しさん:2019年03月17日 10:44 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※43
で、その武士は仕事やるのに経費なんぞ、ほとんどだしてもらえない=概ね自腹。よって働けば働くほど赤字。
ちなみに時代劇で町人から「袖の下」とから持っているがあれは「時間外手数料」もしくは「業務外手数料」であって

一方の農民側は税金たる年貢は真っ当な藩では三割前半。(島津や水戸藩みたいな例外はあるが)しかも、米以外は無税だから積極的に米以外の作物や副業をやりまくった結果、小作人ですら毎晩晩酌できるくらい+一緒に一度は伊勢参りだの大旅行が楽しめるほどの所得がある。

むしろ悲惨なのは庄屋様や村三役であって農民側と武士側との間で板挟み。そうでなくても問題が起きればそれの解決に奔走させられるも、無事解決し経費を清算しようとしても「それって経費なんですかね?」と言われて突き上げを食らいまくるなど「もうやってられるか!!」とキレるレベル。(ちなみに、訴訟問題に奔走した村の三役が残した日記が残っている・・・)
85.名無しさん:2019年03月17日 10:46 ID:btRgn4Vf0▼このコメントに返信
オスマントルコや李氏朝鮮に比較したら決して長くはない。清朝でも270年。
86.名無しさん:2019年03月17日 10:50 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※45
暴れん坊将軍「少なくとも俺の時代ではキリスト教関連以外の書籍に関しては大幅に緩和しているぞ。それ以前から蘭学に関して勉強している人物もいるし」
87.名無しさん:2019年03月17日 10:52 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※76
江戸時代は飢餓時代だが?数年に一度飢饉(数万人死ぬ)、数十年に一度大飢饉(数十万人死ぬ)
小規模なものだと毎年
これが江戸時代
88.名無しさん:2019年03月17日 10:56 ID:trKjBHyx0▼このコメントに返信
なおその250年の内5分の1を占めるほどの長い治世を誇った将軍は無能扱いされる模様
89.名無しさん:2019年03月17日 10:56 ID:pbmm7wWN0▼このコメントに返信
>>68
栃木県のような片田舎でもユークリッド幾何学をパズル感覚で解いて、神社に奉納していた。
コペルニクス、ニュートン、ケプラーの本は銭湯の三助でさえ読めた。
イソップ物語やロビンソン=クルーソーも読まれていた。
閑農期に農民は暇だったので、そのような珍しい本を貸しに来る貸本屋や算術を教えに来る教師業者は歌舞伎や相撲と言った興行師と同様に農村では歓迎された。
90.名無しさん:2019年03月17日 10:57 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※84
だから江戸時代武士はなにもしないニートなんですよ
それなのに金にこまって搾取してまわる

農民は困窮して餓死が相次ぐ暗黒時代
税金は米だけ?www
江戸時代の税というのは農地の生産力に課税され、それを全部米で支払うという制度
だから裏作で麦や畑で野菜や商品作物つくっても、それらの収穫量全部を米で納税している
農具や衣食住に必須なものも買わないといけないから、それらを買う為に米を売らないといけない、結果裏作の麦などしか食えず
庶民は米なんて特別なときだけしか食べれない。
91.名無しさん:2019年03月17日 10:59 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※86
残念必要なものは全部禁止だ、宗教はもちろんだが、人権思想や革命思想なんて体制を揺るがせかねない。
技術も当然禁止、新技術が導入されたら幕府が危うくなるからな。
結果250年前の装備のままだった。長州一藩に40倍の兵力もって大敗する
92.名無しさん:2019年03月17日 11:02 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※50
その分参勤交代などの緩和などされているし、幕府もそれなりに経費を出している。場合によっては低利で莫大な貸付金もしてくれる

>日本を守る為の幕府海軍?日本なんて守ってねーだろ

そりゃ江戸幕府はその滅亡まで外国と戦争しておりませんからな。だからこそパクス・トクガワーナと言われて評価されていると
諸藩討伐?最高権力者に逆らった討伐対象にされるのは当たり前ですが。

>諸藩こそが幕府に命じられて異国と戦うように軍役かされていたってのに

そりゃ、武士の最大の任務は安全保障や治安維持であって、その義務を果たさないのであれば幕府込みで存在意義ありませんけど。

で、近代化の過程でその義務を果たせなくなったので消えていったと。


で、西欧の場合は武士が騎士や貴族、中国では士大夫がそれに該当する。
93.名無しさん:2019年03月17日 11:06 ID:f3ox0fAf0▼このコメントに返信
>>2
日本の基礎構造が成立したのが江戸時代。
94.名無しさん:2019年03月17日 11:09 ID:0douvsiW0▼このコメントに返信
首都の地名を用いる時代区分で言えば現代は東京時代
明治~平成で150年を超えたから鎌倉時代よりも長い
95.名無しさん:2019年03月17日 11:09 ID:pbmm7wWN0▼このコメントに返信
>>91
幕末の徳川幕府側の装備はナポレオン三世の協力もあって、後装式でパーカッション薬莢を使う最新鋭。
一方、薩摩長州側は先込め式で命中精度が低いフリントロックの旧式化した在庫品を高値で買わされていた。
96.名無しさん:2019年03月17日 11:11 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※87
江戸初期を過ぎると米ばっかり作っているから、冷害で一ころやし。豊作になると値崩れを起こして、全員が貧乏になるし、滅茶苦茶や(一部例外を除く)
97.名無しさん:2019年03月17日 11:16 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※95
フランス大使「ナポレオン三世が助力を惜しまんって言っているぞ」
幕府官僚「絶対嘘やろ」

イギリス「ワイの軍隊では最新の武器は使わんで。運用が難しいし、信頼性がな」
薩摩「ほへ~」
98.名無しさん:2019年03月17日 11:18 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※91
>必要なものは全部禁止

それはお前さんの中では必要なものであって当時の日本人には必要なものではございませんがね

>人権思想や革命思想なんて体制を揺るがせかねない

なんで衣食住+健康で文化的な最低限度の生活を保障してくれる体制に対してそんなことしなければいけないので?
というかその吉宗の生まれる少し前まで宗派の違いで殺し合いがやっている連中の人権思想や革命思想ってなんかの冗談ですかね?

>技術も当然禁止、新技術が導入されたら幕府が危うくなるからな。

欧米諸国がオスマンや東アジアを技術的にしのいだのは産業革命以降18世紀中以降。
しかも、その理由は宗教戦争などによって欧州が荒廃し、食うに困ってアフリカや南米で搾取しまくったおかげですな。

一方の日本ではそのようなことをしなくても食うに困らないのでその手の技術が発展しにくくかった。反面、必要な技術は進んでおり、例えば米などの品種改良は恐ろしく進んでおりますけど。

>結果250年前の装備のままだった。長州一藩に40倍の兵力もって大敗する

第二次長州征伐の敗因は幕府側の体制が整っていないの強行したからですけど。
ついでに言えば幕府も近代的な陸軍は整えており、新撰組とともに最後の最後まで戦った伝習隊なんぞその最たる例ですが。
99.名無しさん:2019年03月17日 11:18 ID:cbYXfOaw0▼このコメントに返信
現代も数百年後には江戸時代みたいに扱われるんだろうな。
今の日本政府もあと百年もせずに腐敗か戦争で崩壊したりして。
100.名無しさん:2019年03月17日 11:18 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※85
大正義、エチオピア帝国。シバの女王以降からの名門国家やぞ(脳死)
101.名無しさん:2019年03月17日 11:22 ID:pbmm7wWN0▼このコメントに返信
>>97
アームストロング砲の暴発で自滅しまくって薩英戦争で尻尾巻いたイギリスさんチーッス
102.名無しさん:2019年03月17日 11:26 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※91
適塾「今日は、皆さんでオランダ語で書かれた物理の本を翻訳しましょう」

橋本、有村、福沢「は~い」
103.名無しさん:2019年03月17日 11:27 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※101
イギリス「これだから、最新武器は信用ならん。やっぱ銃剣突撃が一番や」(なお、ボーア戦争)
104.名無しさん:2019年03月17日 11:35 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※101
まぁ、これにおかげでアームストロング砲が(画期的な兵器ではあるが)欠陥の兵器とわかったからねぇ
105.名無しさん:2019年03月17日 11:41 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※102
緒方洪庵「で、うちは一応、医者の塾なんだが…なんでその逆で大成した人間がいるんですかね…」
大鳥圭介・大村益次郎「・・・・・・」
106.名無しさん:2019年03月17日 11:47 ID:.i1W1anX0▼このコメントに返信
※45
一応突っ込むがフランス革命を日本に教えなかったのはオランダ側だぞ

当時の風説書で日本に伝えられたのは
「フランスで暴動が起きて、暴徒が王宮に押し入って王と王太子を殺した」だけ
絶対王政の体制そのものが崩壊したことは絶対に教えられないのよ
さらにその後ナポレオンが出てきてオランダがフランス支配下になったとか
オランダとしては日本にそれが伝わると都合悪いことだらけだし
日本の幕府側の対オランダ役人たちも察しながら口裏合わせて
嘘ではないけれどぎりぎりの線で隠してはいた

だから日本がナポレオンの存在を知ったのは開国後(確かロシア経由の情報)
107.名無しさん:2019年03月17日 11:50 ID:K4oM7XRR0▼このコメントに返信
>>9
『菊桐禁止令』とか聞いたことないかい?
108.名無しさん:2019年03月17日 11:50 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※87
前記された人がいるけど飢餓が酷いまたは頻発していのは東北地方がほとんど。しかもこれも各藩の努力次第でどうにかなるものですけど。

で、その他の地域はそんなのとは無縁…とは言いませんが年がら年中とか多発はしておりませんけど。

さらに言えば日本に限らず産業革命前の一次産業主体では気候条件などによって生産高の変動が大きいのでそれなりにお前さん曰くの飢餓はそれなりにおこうる、という話になると。

それでもよその国のように大規模な農民反乱や革命騒ぎが全く起きていないというのは飢餓の頻度や規模が大したことがないことの査証ですけどね
109.名無しさん:2019年03月17日 11:52 ID:.ypFWgU40▼このコメントに返信
300年以上続いた平安はいかんのか?
110.名無しさん:2019年03月17日 11:53 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※105
大村益次郎「成り行きです」

なろう系主人公かな?
111.名無しさん:2019年03月17日 11:53 ID:4LB33MYA0▼このコメントに返信
島原は地獄だったらしいからね。領主がキ〇ガイすぎて。
112.名無しさん:2019年03月17日 11:54 ID:pbmm7wWN0▼このコメントに返信
徳川幕府は近世としては善政だったし、徳川幕府が搾取しなかったために、庶民階級まで富が行き届いた結果としてヨーロッパより早い時代に大衆文化が開花した。
庶民産業革命と交通革命で世界の中心となって他の地域をぶっちぎったヨーロッパに技術面でもそこそこ食らいついていた。
ヨーロッパから遠すぎたことが技術交流の妨げとなった反面、遠すぎたおかげで自力の近代工業化の時間稼ぎにもなった
113.名無しさん:2019年03月17日 11:55 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※109
暴力&暴力の世界やし。
114.名無しさん:2019年03月17日 12:00 ID:.i1W1anX0▼このコメントに返信
日本はダメだ派が主張する当時先進的だったはずの欧州、フランスでは
17世紀の100年間に南西部の記録だけで400回以上の暴動が起きてました

平均して大小含めて年に4回以上の暴動が100年以上だぞ?
その集大成がグッダグダのギロチン祭りフランス革命だったわけだが
それと比べたら日本は明らかに平和で平穏だったとしか
115.名無しさん:2019年03月17日 12:03 ID:OudmzX7K0▼このコメントに返信
超短期間に同じようなネタをやりすぎ
116.名無しさん:2019年03月17日 12:05 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※90
武士の家計簿とか読んだことないようですが
武士は仕事しているから金がないのですが

>だから裏作で麦や畑で野菜や商品作物つくっても、それらの収穫量全部を米で納税している

してません。ちなみに米以外の税金は基本的には米の生産高が低いまたは取れない、または米以外の産業が発展している地域での課税ですけど。
そして仮に、お前さん通りとしても課税率はだいたい4割超えませんからな、農民は作れば作るほど裕福になると。

>庶民は米なんて特別なときだけしか食べれない。

それ嘘ですよ。

生産高と人口比を比較したらどう頑張っても米余り状態になりますので。
庶民=農民が食べられないというのはあくまで商品作物として大々的に売りまくった結果ですので。

で、生産高が増えまくり市場に出回る米も増えまくった、その余剰経済力で二次、三次産業が発展しプチ近代化状態に。
その結果、米本位制度という言うべき江戸時代の経済体制が吉宗の時代には(兆しはそれ以前から)事実上崩壊し、これ以降の幕府は近代と近世の経済体制に挟まれて頭を抱える羽目になると。
117.名無しさん:2019年03月17日 12:06 ID:pbmm7wWN0▼このコメントに返信
>>106
徳川幕府にとってオランダ東インド会社の情報は有益だった。
徳川幕府が完全に後手に回るようになったのはフランス革命の影響で1799年にオランダ東インド会社が解散したことが大きい
118.名無しさん:2019年03月17日 12:11 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※106
吉田松陰「ナポレオンって奴がフランスにいてな」
119.名無しさん:2019年03月17日 12:20 ID:.i1W1anX0▼このコメントに返信
※117
有益だったのは当然
だが日本側通詞や役人も商館長とはかってオランダからの情報を取捨選択してたのも事実

オランダという国が無くなったことを日本に知られて
出島という安全な寄港地と日本との交易独占というアドバンテージを失いたくなったオランダは
フランス革命を可能な限り小さな出来事として日本に伝えたし
日本も遠い欧州より近い清国の情報をより必要としてた
(だからアロー戦争もアヘン戦争も詳しく教わってた)

※118
ペルリさんの黒船に密航しようした
前衛的先進的すぎる恐いもの知らずジャパニーズとんでもねぇw

あと106訂正しときます
開国前のロシアからやったですわ
じゃなきゃ松陰さんに伝わることもないもんな
120.名無しさん:2019年03月17日 12:25 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※119
違う。何故かナポレオンの伝記が漢語で訳され、それが日本に輸入され、漢語マスターの吉田松陰がたまたま、その本を見つけ感銘した。
121.名無しさん:2019年03月17日 12:36 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※120
ようは欧州各国と取引している上海方面からの情報も入ってくるので幕府や当時の日本人は言われるほど海外情勢には無知ではない。偏っているとか言われればその通りだけど。
122.名無しさん:2019年03月17日 12:38 ID:L5Qkkebg0▼このコメントに返信
※109
平安って後半は武士が台頭して酷い状況だからなー
123.名無しさん:2019年03月17日 12:45 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※121
地域の知的エリートは漢語を通じて海外情報を獲得しており、幕府はオランダ語の本を検閲する事を通じて海外情報を得ており、都市部の知的エリートは教養としてオランダ語と漢語を勉強して検閲済みの書物から実用的(医学、物理、数学)な物を学んでいた。

だから、幕府や知的エリート層は黒船を見て「とうとう来てしまったか」って感覚やったらしい。
124.名無しさん:2019年03月17日 12:46 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※122
前半も夜盗まみれで酷いもんよ
125.名無しさん:2019年03月17日 12:50 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
外様大名とかはじめは甘い誘いで懐柔して
自分が点か握ったとたん、あーだのこーだの難癖つけまくって潰しまくった
平謝りで徹底服従した外様だけ生き残った、その徹底した弾圧政策の結果やで
凄くもなんもあらん、ただの独裁政権だったっていうだけよ
しかもそれで生き残った毛利を始めとする外様に恨まれ後でこっひどく仕返しされる事になったというオチ

で経済オンチだつたから商業発展より農業主体で豊臣政権当時国内にあった金銀を
これでもかと海外に流出させまくって一気に農業主体の貧乏国へ
士農工商などと言いながら百姓は行かさぬように殺さぬように徹底的に奴隷化された

その弾圧政策により国内を独裁統治していたものの、頓珍漢きわまりない鎖国政策で貿易を縮小させ国力をこれでもかと疲弊
秀吉の頃にはポルトガル何するものぞと追い出せた日の本国ニッポンは
時代の流れからも産業革命からも完全に取り残され、突然の黒船来航で大慌て

今のムン政権みたいに国内向けにドヤ顔独裁弾圧していた徳川幕府はアップアプの体たらくを晒し
ここぞとばかりに幕府を見限ったかつての西国中心の外様大名らは徴収らの決起を機会に一世に離反
それまでさんざん弾圧しまくってた幕府への一斉反旗を翻すこととなり幕末へ・・・ちゃんちゃん♪

あー情けな、幕府として一番大事で肝心な海外からの侵略や国防に備えていなくて一気に離反され瓦解とか
海外から目を背けて見ないようにしていた内向きのオタク幕府、それが徳川政権の実態
126.名無しさん:2019年03月17日 12:52 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※7
長崎の出島が「普通に海外と交流していた」のか?www
糞ワロス
127.名無しさん:2019年03月17日 12:58 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※123
その海外からの知識を得る手段がオランダからって時点で異常すぎなんだよ
オランダは国力弱かったからタ諸国よりハードル低くして貿易の利だけ得ようとした
でも黒船来航時、そんな列記くょうの中でもちっぽけな国力しかないオランダなど
何の助けにもならなかったとさ、ちゃんちゃん

だから幕府はオランンダは頼りにならないと見限り、今度はフランスへ近づこうと画策
京都を御旗に掲げる徴収薩摩に同じ君主制だったイギリスが近づいて支援していく流れとなり幕末へ
128.名無しさん:2019年03月17日 13:00 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※21
それで黒船来航であの体たらくかよ、ますます最悪じゃんそれ
あー情けなトクガワ
129.名無しさん:2019年03月17日 13:03 ID:4QqFjpph0▼このコメントに返信
幕末は革命当時のフランスと同じ状態
年貢が地方によっては八公二民、武士や町民は基本的に年貢はないけれども物価高、武士は給料が低くて借金まみれ
大奥の連中だけが贅沢三昧、地方では農民の逃亡が相次ぎ一揆が頻発していた

黒船が来なくても革命が起きて下手すりゃ幕府や親藩・譜代大名の人たちは斬首されてたよ
130.名無しさん:2019年03月17日 13:12 ID:HiQu4XuY0▼このコメントに返信
※127
オランダは幕府に開国に向けての準備をすべきと繰り返し助言しているのに、幕府内での政治闘争や君主が無能だったりと対応が出来なかっただけ。
131.古古米:2019年03月17日 13:22 ID:JsmbwoCb0▼このコメントに返信
※130
「責任者が誰もオランダ」
132.名無しさん:2019年03月17日 13:30 ID:LPxfqAtk0▼このコメントに返信
誰も占城(チャンパ)を取り上げないことについて
133.名無しさん:2019年03月17日 13:30 ID:oe8n.AaE0▼このコメントに返信
参勤交代という天才的にズルい政策と外様大名どうしで監視させあい、落ち度を見つけては取り潰して徳川体制を盤石にしたから。
134.名無しさん:2019年03月17日 13:33 ID:LPxfqAtk0▼このコメントに返信
※26
象については「普賢菩薩が乗ってる天竺の動物」で通じたし。枕草子にも書かれてるし(震え声)
135.名無しさん:2019年03月17日 13:38 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※127
へぇ?当時の…というよりも戦前までのオランダは海外貿易とインドネシアの資源のおかげで列強クラスだよ。
日本と貿易が独占できたのもライバルであるイギリスをボコボコにして追い払ったからですが。

ちなみに幕末にしてもなんだかんだで日本を支援しており、咸臨丸などもがいい例ですが。
あと榎本のように明治政府で活躍したオランダ留学生とかも多数おりますけど。
136.名無しさん:2019年03月17日 13:53 ID:LPxfqAtk0▼このコメントに返信
※105
もともと医者というのは、古今東西、最もジョブチェンジしやすい商売の一つでしてね…
今では変えない人が多いだけ

137.名無しさん:2019年03月17日 13:55 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※127
さらに言えば『オランダ頼み』とか言っているけど現在に生きるお前さんがどれだけ海外情勢に通じているので?

特にアフリカなどの日本とはかかわり合いが薄い地域の。

古今東西。かかわり合いが薄い、興味がない情報に対してはおざなりになるのは当たり前ですが。

それでも最低限以上は把握していた幕府はかなりすごい部類ですけどね。
138.名無しさん:2019年03月17日 14:00 ID:LVJtvUdo0▼このコメントに返信
荷馬車など馬など使用を規制したり、道や橋なのど交通インフラの整備も厳しく規制したり
徳川幕府以外が力を持つのを抑えたからな
139.名無しさん:2019年03月17日 14:01 ID:TDHSyc5F0▼このコメントに返信
北朝鮮でも、それなりに西洋の論文ぐらいは読んでるだろ。
かの国の最高級の学者に聞けば、アメリカの最新の科学的成果についても、それなりに理解しているだろう。

いくら蘭学があったといってもその程度。
140.名無しさん:2019年03月17日 14:11 ID:LPxfqAtk0▼このコメントに返信
江戸時代初期と江戸時代末期の話がごちゃ混ぜに語られるこのスレは、天下泰平であったことを物語ってるのであり、図らずも250年間続いた証明になっているのでしたマル
141.名無しさん:2019年03月17日 14:12 ID:TDHSyc5F0▼このコメントに返信
※137
最低限以上は把握していたのに技術革新できておらず、黒船に対抗できないんだからまるですごくないんだよな。
実際これじゃアカンということで薩長に倒されているし。

その長州も
せっかく伊藤博文と井上馨がイギリスから長州に返ってきて、イギリスには絶対に勝てないと説得しても、誰も聞く耳を持たず下関戦争に突入。
まあ当然だけどな。

その程度
142.名無しさん:2019年03月17日 14:13 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※135
オランダなんてい列強の中でもインドネシアそくらいしかない間違いなく弱小
現に太平洋戦争でもろくに日本軍相手に戦えなくて敗退した列強とは名ばかりの弱小
しょせんはイギリスの海洋進出にコバンザメのようにひっついていっただけの情けない張りぼて国
それを逆恨みしてオランダではいまだに反日意識が根強い
143.名無しさん:2019年03月17日 14:15 ID:8nZQchH10▼このコメントに返信
日本人はねじをとうとう発明出来なかった
ねじがないと圧力容器が密閉できない
蒸気機関も内燃機関も実験さえできない
世界に技術で取り残された遅れた国だった
144.名無しさん:2019年03月17日 14:15 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※138
>荷馬車など馬など使用を規制したり

それは人夫の団体などが仕事がなくなるとかいう圧力の結果ですが。
あと、山がちな日本では馬を生産自体が少ない上に馬車の利用も難しいだけのお話。

>道や橋なのど交通インフラの整備も厳しく規制したり

予算や地勢的、都市計画、安全保障などの理由などでその手の規制は現在でもやるよ。

あと幕府が規制したのは大井川と箱根などの軍事的拠点であってそれ以外は普通にインフラ整備と化しておりますけど。
ついでに言えばそのインフラ整備に一役買ったのが参勤交代であるし。

>徳川幕府以外が力を持つのを抑えたからな

そりゃ、一国に同等の権限を持った政府またはそれに類する組織なんぞ二つもいりませんからね…。
145.名無しさん:2019年03月17日 14:21 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※143
アジアでは必要ありませんでしたからな。

ついでに言えば欧米でもネジが大々的に使用され始めたのは18、9世紀ごろですけど。
146.名無しさん:2019年03月17日 14:26 ID:pbmm7wWN0▼このコメントに返信
>>127
17世紀のオランダはヨーロッパの覇権国家。
ポルトガルは織田信長が本願寺を攻めている時期に滅亡して併合されているので貿易できない。
スペインはペストに、対外戦争に宗教問題の内乱鎮圧にかかる軍事費で財政破綻中で転落中。
イギリスもオランダに極東地域から締め出される程度の国力。
17世紀に自由貿易だったとしても、ヨーロッパ諸国で極東へ交易可能な国はオランダ以外にいない状況
147.名無しさん:2019年03月17日 14:29 ID:pbmm7wWN0▼このコメントに返信
>>143
は?
鉄ネジどころか錆びないように真鍮のネジを作って使っていた江戸時代の日本にネジがなかった?
無知なのか、日本について何も知らない外国人か?
148.名無しさん:2019年03月17日 14:29 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※141
>最低限以上は把握していたのに技術革新できておらず、

普通に衣食住+αが賄えるのに何で無理して技術革新しなければいけないのですかね?
ちなみに欧州で産業革命だか技術革新が起こったのは戦争ばかりやっていたおかげで衰退し、自国や当時の技術では食っていけいのも一因ですけど。

>黒船に対抗できないんだからまるですごくないんだよな

できてるよ。ちなみにできていない代表例である不平等条約がどうこうというのは当初は真っ当な内容だったのが薩長がむちゃくちゃやった結果その責任を取る形で条約の内容がきつくなったため=ギャヤギャア言っている薩長が一因ですけど。

で、その薩長も政権を奪って以降は自分の悪行に振り回せる羽目になるのだが

>、イギリスには絶対に勝てないと説得しても、誰も聞く耳を持たず下関戦争に突入。

で、その数十年後、ヒトラーには勝てない、そもそも戦争の準備はしていないと言われても宣戦布告し、同盟国を見捨てて島に引きこもったのがイギリスであると

まあ当然だけどな。

その程度
149.名無しさん:2019年03月17日 14:36 ID:zvgq3BJH0▼このコメントに返信
40: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2019/03/15(金) 23:59:21.041 ID:dJhEoxEhM
でも 島津や毛利を転封させず 後顧の憂いを残していたのは 幕府の統治がだめになったときには倒幕してもらおうって 家康様はおもっていたのかもな やっぱり徳川様は神君だわ
幕府の存続より 日本国の平和を願っていたんだね

妄想もここまで行くとキモいわ
150.名無しさん:2019年03月17日 14:39 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※142
>オランダなんてい列強の中でもインドネシアそくらいしかない間違いなく弱小

そもそも、列強という時点でそこらの国々とは格が違うんですけどね。
それじゃ、列強と呼ばれなかった欧州諸国ってどうなるので?という話なんですが。

>現に太平洋戦争でもろくに日本軍相手に戦えなくて敗退した列強とは名ばかりの弱小

チャーチル曰く「僕が考えた最強の戦艦」を送り込んであっさりと撃沈され、シンガポールまで陥落されたイギリスのことかな?
それとも「アイシャルリターン」とかという歴史上屈指の負け台詞をはいて部下を見捨てて逃げた司令官がいるアメリカのことかな?

お前さん曰くを採用すればアメリカにコバンザメのようにひっついて日本に勝っただけの情けない張りぼて国はアメリカ以外の欧州諸国全部となりますが。
151.コロンブス:2019年03月17日 14:40 ID:6tJma.z00▼このコメントに返信
※3
全く逆。朝鮮でも真似してほしかったなw
参勤交代のお陰で大名は蓄財せずお金を吐き出すことになり、それが経済の循環をもたらした。
金が回らないと資産の蓄積も無いのである。
資産だけでは無く技術の進歩に投資されることになり、それが生産性を高めた。
資産が蓄積すると資産の質もどんどん高まっていく。
戦が無いから信用社会が形成される。金貸しも相場もあったぐらいだから、信用創造も発生した。
藩札などは管理通貨制のはしりでもある。
この資本の蓄積によって日本は江戸時代に工場制家内工業まで経済が進化し、明治維新期銀行制度を導入し、一気に産業革命・近代化がなされていった。
信用社会が形成されていた影響は大きく、これが周辺諸国との決定的な差であった。

上にも書かれているが教育で学習するような日本の貧しさは本質を捉えていない。
農家はそれなりに豊かであり、庶民(都市部だろうが)の文化への浸透も深い。文字もひらがなしか知らないわけで無く、自力で学習し結構オタク的レベルに達していたはずである。オタクと同じ。
152.名無しさん:2019年03月17日 14:42 ID:TDHSyc5F0▼このコメントに返信
※148
当時西洋にあって、日本になかった大きな要素のいくつかは、

奴隷制度およびその廃止
植民地貿易
株式会社
産業革命

などだろうな。民主主義とか普通選挙は意外と19世紀後半から普及していくから、
日本は当時の世界の大きな流行に乗っかっただけという感じもするな。
153.名無しさん:2019年03月17日 14:43 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※142
オランダの名誉のために言っとくと、海洋進出はイギリスよりオランダの方が先。その後、イギリスに負けちゃうけどね。
国土を自分たちで作っちゃうし(干拓のことですよ)、レンブランドやらフェルメールやらが工房を作って、王侯貴族以外の小金持ちまで、絵画を楽しむようになったヨーロッパでも先進的な地域。(そのころ日本では浮世絵という印刷物で庶民が絵画を楽しむようになり始めた。こっちのがより先進的)
国民性がけち、というのが欠点で、そのため、おっしゃるように、インドネシア独立のきっかけを作った日本を逆恨みしているのは残念なこと。
むしろ、1800年頃、地球上で唯一オランダ国旗が翻っていたのは長崎出島だけ、ということあたりをオランダ人には評価してほしいものだと、個人的には思っている。ま、かれらは個人優先の考えが強いようなので、ちと我々とは異なる感覚をもっている。安楽死合法だとか、売春合法だとか、大麻合法とか、今でも前衛的なことをしてらっしゃる。参考にするとおもしろい国だと思いますよ。
154.名無しさん:2019年03月17日 14:53 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※143
ここでいう、ねじ、って何を指すの?
最初、種子島銃の尾栓のことか、と思ったけど、違うよね。
蒸気機関の密閉のために使うもの?そういわれれば、大村益次郎の助力を得て伊予宇和島で幕末に蒸気船を作っているけど、その釜の密閉性は機械的にはどうしたんでしょう。ろう付けみたいなことしたのか?ボルト付け?
知っている人、教えてください。

155.:2019年03月17日 14:54 ID:.i1W1anX0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
156.名無しさん:2019年03月17日 15:05 ID:Q5Q6uttQ0▼このコメントに返信
※4
なんで前近代国家である徳川幕府を近代国家と比較するん?比べるならば同時期の国家だろ?

「どっかの赤い国とか国土だけはバカでかい所とか」が非難されるのは時代錯誤な事ばかりしてるから。つまり一昔前それが当たり前の時期もあった。
157.名無しさん:2019年03月17日 15:05 ID:.i1W1anX0▼このコメントに返信
あと、よく言われてる「インドネシアの件で日本を逆恨み」も上で書かれてるけど誤解が多い

インドネシア独立で日本を恨んでるのは当時現地でうまい汁吸ってたごく一部のオランダ人だけ
(強制栽培についてはオランダ本国でも現地の官吏に対して批判が起きて国会が動くレベルだった)
一般的なオランダ人がインドネシアの件で日本に文句を言うとすると
何年か前の国王訪日でも話があった「捕虜の待遇が悪かった」件だよ
通商破壊で仕方なかったこととはいえ兵士だけじゃなく一般人まで捕虜にして死亡率3割強はさすがに批判が出る

さらにインドネシア独立戦争のときのオランダ(+イギリス)の警察行動については謝罪してるし、
インドネシア独立年もインドネシア独立戦争が終わっての1950年じゃなく
インドネシアが独立宣言した1945年ムルデカの年として認めた
インドネシア独立についてはもうオランダは国家としては特になにも言わないし言えないのよ

さらに対日感情というか日本人へのイメージがしばらく悪かったのは
ハーグ赤軍事件やパリ人肉事件みたいなヤバい事件があったからだわ
158.名無しさん:2019年03月17日 15:08 ID:Q5Q6uttQ0▼このコメントに返信
※31
こいつら国の事なんて考えず勝手してた無能どもじゃないか。
159.名無しさん:2019年03月17日 15:13 ID:wTnIM.950▼このコメントに返信
法の支配を実現したからだ。
後、血のスペアも。
160.名無しさん:2019年03月17日 15:16 ID:TDHSyc5F0▼このコメントに返信
オランダの人口が札幌市以下である事実にビビった。

確かにこりゃすごい国だわ。
161.名無しさん:2019年03月17日 15:20 ID:Q5Q6uttQ0▼このコメントに返信
※140
>江戸時代初期と江戸時代末期の話がごちゃ混ぜに語られる
平安時代に例えるなら、「平安末期に源平合戦が起きたのは、平安初期に桓武天皇が軍事を廃止したから、つまり桓武は無能」という理屈も通用するからな。

幕末の動乱を家康のせいにする奴はバカ。
162.名無しさん:2019年03月17日 16:03 ID:..VqD6Kr0▼このコメントに返信
>>95
フランスのシヤスポーはアジアの湿気で使い勝手悪かったんですが
163.名無しさん:2019年03月17日 16:22 ID:8lBEr1ZO0▼このコメントに返信
※74
そういう思想統制は今の中国と変わんねー(数年で終わってるから江戸の方がマシ)から
ソコの人間は一番幸せと感じてたかもしれんぞ、、、
164.名無しさん:2019年03月17日 16:38 ID:8lBEr1ZO0▼このコメントに返信
※144
江戸時代の流通インフラ整備は、その地方負担(課税の代わり)で幕府(中央の公金)でやったわけじゃないぞ、、、
当時の重要な流通だった船便ですら、大型化やそういう進化を止めてた、、、
つか参勤交代ですら、例えば本陣宿泊費なんて地元の赤字負担だからね、、、

まぁそれ(流通の制限政策)で国内産業が保護されてたんだけど
開国によって外国の製品が入ってくることで、国内産が勝てなくなり流通革命おきたのよ、、、
街道には荷車も導入され(運賃は地元負担だったけど)
廻船なんて年二回だったけど、幕末になると西洋式帆船に変わり月二回になって
より早くより多量な荷物が各地に届くようになって、それまでの地方工業は全部潰れた(南部鉄鋼業とかいい例)、、、

だから江戸時代の産業は幕府の産業インフラ制限政策で繁栄してた、と言っていいとは思う、、、
165.名無しさん:2019年03月17日 16:38 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※157
日本国内を絶対統治下において士農工商の身分制度の元、庶民を苦しめ、外様をこれでもかと難癖つけて潰しまくって、
そのくせ肝心の国防には目もくれず鎖国して海外情勢すから完全置いてけぼりになる元凶となっていた
最悪のトクガワ幕府()ごとを無理矢理持ち上げるため、
列強の中でも存在感皆無で大戦時には日本にも完全抜かれてた列強とは名ばかりの
弱小オランダ如きを無理矢理持ち上げても虚しいだけになるという現実
166.コロンブス:2019年03月17日 16:54 ID:6tJma.z00▼このコメントに返信
オランダを持ち上げているのは反日で、反日になりそうな事案を持ち上げる連中だろうなw
つまり特亜。
ネットの時代に事実に反したことをしても馬鹿にされるだけなのにw
167.名無しさん:2019年03月17日 16:54 ID:gsdE1SHV0▼このコメントに返信
「士農工商」は職業区分で身分制度ではない。しぉくが農民になったり、農民が士族になったりしていた。坂本龍馬は商人が郷士株を買って士族となった。
168.:2019年03月17日 16:56 ID:6tJma.z00▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
169.コロンブス:2019年03月17日 16:57 ID:6tJma.z00▼このコメントに返信
※90
民族分断工作w
お前達の首領がたらふくうまいもの食っているのはどう思うんだろう。
170.名無しさん:2019年03月17日 17:00 ID:f3ox0fAf0▼このコメントに返信
>>23
先物取引をする共産主義がどこにある?
単なる経済音痴だろ、お前?
171.名無しさん:2019年03月17日 17:01 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
ここで発狂してるやつのコメみてるとオランダどれだけ凄い国だったんだよと糞笑うしかない
オランダ?・・・ああ、うん、全然すごくないから実際
その列強弱小オランダが列強国そのものだと錯覚していたのかトクガワ幕府というところは

外交音痴、経済音痴、内向き弾圧政策、小手先の誤魔化しばかりで差退くしながら世界からは目を背けて
現状意地に汲々とするしかないせこい幕府。内向きに外様や庶民を虐めるしか能がないぼんくら政府
おかげで黒船来航時には金銀はすっかり海外へと流出(金と銀を好感していたというから呆れ返るばかり)
で日本の国力をこれでもかと疲弊させまくった挙句、いざとなると黒船に対抗できず
そこへ来てようやっと世界の県゛実を知るハメとなる

オランダ超しのフィルターのかかった情報ばかり刷り込まれ安穏としていた幕府の信用は一挙に失墜
たちまち化けの皮が剥がれ、外様を始めとする初版の離反を招きましたとさ、ちゃんちゃん

そもそも昔のことを根に持って外様だの美川の田舎武士を譜代だのと区別している時点でどれだけ以上なのかという話
当時中華は秀吉との戦争で疲弊しきって国力消耗しそれが遠因となって明は滅亡、半島はひたすら日本を舐めていた反省もしらぬ顔で
日本以上に鎖国政策しながら都合悪いことはひたすら日本への責任転換に必死
トクガワ幕府の元、国内が数百年間平和だったのはのは、たまたま近隣諸国がいずれも鎖国政策で外からの進出に遭わなかったという偶然にすぎない
172.名無しさん:2019年03月17日 17:02 ID:f3ox0fAf0▼このコメントに返信
>>33
天領では「ニ公八民」。天領だった土地の農家は御屋敷ばかり。
173.名無しさん:2019年03月17日 17:05 ID:f3ox0fAf0▼このコメントに返信
>>34
倒幕は薩長西国諸藩同盟の武士が江戸幕府及び佐幕諸藩の武士の政権を打倒した戦い。

武士の没落など見当違い。
174.名無しさん:2019年03月17日 17:05 ID:aYSfMnHN0▼このコメントに返信
※92
なら鎖国して引き籠り、欧米がきたら戦わず不平等条約を結ばれて半植民地化される幕府に存在価値はない
250年間庶民を苦しめただけだ
※98
北朝鮮のごとき幕府に必要がないだけであって、日本には必要なもの。だから明治政府はすべてを輸入した

衣食住の保障?そんなの江戸幕府がするわけねーだろ、江戸時代では数十万から100万もの飢餓が多発していた暗黒時代だぞ。
農奴は勝手にしね、が幕府の方針だ
食うに困らない?www日本の三大飢饉少しは調べてみろよ、全部江戸時代だぞ

伝習隊?散兵戦術もろくにできず、長州に大敗した愚か者だろうがそいつらは
175.名無しさん:2019年03月17日 17:08 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※167
坂本龍馬は旧長曾我部家に仕えていた連中の一員
それに対する山内一豊とかいうゴマすりまくってへいこらしていた山内侍から忌み嫌われ差別されていた存在
知らないとは言わせないぞ、竜馬がゆくで数多の人が知ってる事なはずだが
あー、もしかしてそれすら読んたでことない人なのか(察し
176.名無しさん:2019年03月17日 17:09 ID:aYSfMnHN0▼このコメントに返信
※108
参勤交代、江戸滞在、将軍様や老中への付け届け、普請などの出費でそんな余裕はねーよ
幕府の政策で庶民が殺されていたのが江戸時代だ
戦国時代までならそんな悪党な領主は存在できなかった。
だが江戸時代は将軍様の覚えさえよければ領土が安堵される。
庶民から搾り取り、参勤交代で江戸にいって付け届けすれば改易になどならないんだよ
その証拠に大飢饉がおこっても参勤交代は取りやめなかった。
大飢饉がおこっていても、将軍はハーレムで子供50人つくって遊んでいた

これが江戸時代だ
177.名無しさん:2019年03月17日 17:11 ID:f3ox0fAf0▼このコメントに返信
>>53
平安時代の半ば9世紀の後半には朝廷は地方の統治機能を失い無秩序状態だった。そこに新たに武士が誕生し勢力を平安時代後半から伸長させた。
178.名無しさん:2019年03月17日 17:17 ID:aYSfMnHN0▼このコメントに返信
※112
徳川幕府による搾取で飢饉の時代が江戸時代だ、地方では死屍累々
江戸においても生活できるのは家業もってる世襲の一族のみ、他の人間は一生丁稚奉公
庶民が結婚して子供作る事などはできなかった。人口におけるアリジゴクが江戸だ
※116
納税を調べてみろ、収穫量ではなくて土地の生産性にかかってるから。
裏作でできる作物の分も米で納税させられていただけ。
おまけに農家も米うって生活しなきゃいけないから、農家の口には米は入らない。
農家=米農家ってことでもないので、林業や漁業や商品作物つくっている連中も納税の義務がある
納税は村の田畑にたいしてかけられ、税を納めるのは村単位で行われてるからな。
うち林業だから税金払いませんなんて事したら村八分にされる
179.名無しさん:2019年03月17日 17:17 ID:f3ox0fAf0▼このコメントに返信
>>94
京都は794年から1868年まで1074年間、日本の首都。
180.コロンブス:2019年03月17日 17:23 ID:6tJma.z00▼このコメントに返信
※151
参勤交代のお陰で大名は蓄財せずお金を吐き出すことになり、それが経済の循環をもたらした。
金が回らないと資産の蓄積も無いのである。
資産だけでは無く技術の進歩に投資されることになり、それが生産性を高めた。
資産が蓄積すると資産の質もどんどん高まっていく。
戦が無いから信用社会が形成される。金貸しも相場もあったぐらいだから、信用創造も発生した。
藩札などは管理通貨制のはしりでもある。
この資本の蓄積によって日本は江戸時代に工場制家内工業まで経済が進化し、明治維新期銀行制度を導入し、一気に産業革命・近代化がなされていった。
信用社会が形成されていた影響は大きく、これが周辺諸国との決定的な差であった。

上にも書かれているが教育で学習するような日本の貧しさは本質を捉えていない。
農家はそれなりに豊かであり、庶民(都市部だろうが)の文化への浸透も深い。文字もひらがなしか知らないわけで無く、自力で学習し結構オタク的レベルに達していたはずである。オタクと同じ。
181.名無しさん:2019年03月17日 17:23 ID:f3ox0fAf0▼このコメントに返信
>>143
自分の無知を堂々とさらして笑うな。どこの国で日本史ならったんだよ?
火縄銃は元込め側の銃身の穴をネジで塞ぐんだよ。
内燃機関どころか平賀源内はエレキテルで発電してるよ。
182.名無しさん:2019年03月17日 17:23 ID:8ioxP.SC0▼このコメントに返信
大規模な内乱にさせることなく幕を閉じたのが偉い
183.名無しさん:2019年03月17日 17:24 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
そういやよく言ってたな
日本はまた江戸時代みたいに戻るべきだのなんだの

・・・あの福島原発で検察の聴取拒否した菅直人が

江戸時代をやたら褒め称えようとする輩にはくれぐれも気を付けよう
184.名無しさん:2019年03月17日 17:35 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※182
徴収征伐して大規模内乱起こそうと躍起になってた幕府がなんだって?
獏の威信かけて大動員したが、数分の1の勢力だった長州に見事大敗して幕府のメンツ丸潰れ
ここに至って西国初版もトクガワ幕府の真の実力の様を知ることになり
(国内の疲弊を省みない)恐怖政治と徹底した弾圧政策による情報統制による洗脳が溶けていく
幕府の化けの皮が一気に剥がれた瞬間だった

つーか大規模内乱に至らなかったのは、ただ尊皇水戸藩出身の慶喜の独断にも似た営団の結果だし
事実、幕府内でどれだけ反対論が渦巻いていたか知らん位とは言わせないぞ

徳川幕府歴代将軍で一番偉かったのは多少日和見なところもあったが
日本国の先行きを憂いて錦の御旗への徹底恭順を示した慶喜くらいしかいない
他はみなあれだこれだと大なり小なり道上げのため脚色されてて話半分で聞かないといけないような凡庸な将軍ばかり
とくに孫の家光から慶喜の前までの直系将軍の面々は本当に駄目将軍ばかりでうんざりする
185.名無しさん:2019年03月17日 17:50 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※180
>参勤交代のお陰で大名は蓄財せずお金を吐き出すことになり、それが経済の循環をもたらした。

この馬鹿は一体なんなんだ
参勤交代が主に遠国の外様の台所事情を苦しくされるための政策だったことは小学生でも知ってるはずだが
186.名無しさん:2019年03月17日 17:58 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※185
>参勤交代が主に遠国の外様の台所事情を苦しくされるための政策
参勤交代の本質は軍役だろ?金を使わせるのは二の次。

遠国の外様は仮想敵なんだから苦しませるのは当たり前。気に入らなければ反乱すればいい。三代家光もそう言っている。
187.名無しさん:2019年03月17日 18:01 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※186
軍役のため?wwならその軍役させる大見様を疲弊させてどうする??
それじゃいざって時何も役立たないだろうがw 本末転倒過ぎるし主張が支離滅裂すぎ
188.名無しさん:2019年03月17日 18:04 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
>遠国の外様は仮想敵なんだから苦しませるのは当たり前

内向きにこんな事ばっかやって外に目を向けてなかったから、いざって時に狼狽えるばかりでろくに何も対処できず不平等条約結ばされ
挙句さんざん恨みを買ってた長州はじめ拡販に一斉に離反され、幕藩体制は呆気なく一気に瓦解した
189.名無しさん:2019年03月17日 18:07 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※187
大見様って何?

元和偃武・島原の乱で国内の争乱は終結した。戦争がない以上代わりの事で奉公してもらうしかない。それが参勤交代。
「御恩と奉公」、武家社会の常識ね。

>疲弊させてどうする??
だから言ってるだろ。「遠国の外様は仮想敵なんだから苦しませるのは当たり前。気に入らなければ反乱すればいい。」
190.名無しさん:2019年03月17日 18:09 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※189
つきり言いたいことをまとめるとち
徳川幕府は内にしか目を向けていなかった「田舎意識まるだしの島国田舎幕府」だった

うむ、それには大いに同意するわ、事実その通りだからな徳川幕府の本質は
191.名無しさん:2019年03月17日 18:14 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※188
>内向きにこんな事ばっかやって外に目を向けてなかった
外にばかり目を向けて国内を疎かにした豊臣秀吉という男がいてだな。

徳川幕府が内向きなのは外向き過ぎた豊臣政権の反動だと思うね。

てか貴方誤変換多すぎるよ。送る前に確認しなさいよ。
192.名無しさん:2019年03月17日 18:17 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
あれあれ?参勤交代は弾圧のためなんかじゃなく軍役のため(キリッ
と主張してたのにしれっとなかった事にしちゃって自分で根底から否定してどうするの??

この自己都合曲解に沿った主張、論点のすり替え、どこぞの連中と同じ意識で戦慄するわ
193.名無しさん:2019年03月17日 18:22 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※190
>徳川幕府は内にしか目を向けていなかった「田舎意識まるだしの島国田舎幕府」だった

そして豊臣政権はその「田舎幕府」に潰される程度の脆弱な存在だった訳だ。確かにその点は同意するよ。
194.名無しさん:2019年03月17日 18:23 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
江戸幕府の実態はハッキリいって現在の金差独裁政権の性質と本質的に全く変わらない
そんな体制をほめちぎり、これでもかと論点すり替えながら針小棒大に歴史認識を捻じ曲れながら
果ては参勤交代までも軍役のためなどと書き込んでしまう人には注意しましょう
195.:2019年03月17日 18:26 ID:6tJma.z00▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
196.名無しさん:2019年03月17日 18:26 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※192
おいおい、「戦争がない以上代わりの事で奉公してもらうしかない。それが参勤交代」って言ったはずだぞ。
参勤交代の一隊は軍団の扱いだったの知らないのか?ちゃんと軍役の代わりになっているよ。

血を流す代わり戦いは終わり、金を流す戦いに変わった。それだけだよ。
197.コロンブス:2019年03月17日 18:26 ID:6tJma.z00▼このコメントに返信
※180
参勤交代のお陰で大名は蓄財せずお金を吐き出すことになり、それが経済の循環をもたらした。
金が回らないと資産の蓄積も無いのである。
資産だけでは無く技術の進歩に投資されることになり、それが生産性を高めた。
資産が蓄積すると資産の質もどんどん高まっていく。
戦が無いから信用社会が形成される。金貸しも相場もあったぐらいだから、信用創造も発生した。
藩札などは管理通貨制のはしりでもある。
この資本の蓄積によって日本は江戸時代に工場制家内工業まで経済が進化し、明治維新期銀行制度を導入し、一気に産業革命・近代化がなされていった。
信用社会が形成されていた影響は大きく、これが周辺諸国との決定的な差であった。

上にも書かれているが教育で学習するような日本の貧しさは本質を捉えていない。
農家はそれなりに豊かであり、庶民(都市部だろうが)の文化への浸透も深い。文字もひらがなしか知らないわけで無く、自力で学習し結構オタク的レベルに達していたはずである。オタクと同じ。
198.名無しさん:2019年03月17日 18:26 ID:wEFRW52K0▼このコメントに返信
※191
都合の悪いことは秀吉のせいかよ
家康は必ずしも海外との交流に否定的ではなかった
鎖国政策は家康死後の幕府のキリスト教対策で完成するって学校で習うだろうが
199.名無しさん:2019年03月17日 18:27 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
>>196
×流す代わり→○流す
200.名無しさん:2019年03月17日 18:30 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
そんなに軍役を重視してたなら外の情勢に常に目を配って黒船雷光にもきちんと対処できたし

つーか参勤交代より軍事教練でもやってた方が一万倍増し
はっきりいって遠出させて遠国大名疲弊させたところで、
それって日本全体としては国力の非変にしか繋がらない

それがどれだけ馬鹿々々しい政策だつたかという事は
黒船来航の危機で幕府がやむに病まれず参勤交代の緩和 → 廃止へ至ったことで歴然菜としている
つまり参勤交代は軍役のためめなんかではこれっぽっちもなかったという事実

でもここでは「参勤交代は軍役のためだったぬだった!」と主張するおかしな人がいるんだよドラえもん
201.名無しさん:2019年03月17日 18:33 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
そもそも経済う回したい、潤したいなら大名に押し付けず幕府みずからやるべきなのが本質
参勤交代というのは経済を回すため()などという銘文の元、
他大名家に本来自分たちがやらねばならなんいことを一方的に押し付けた
実態は各大名家の力をそぐための幕府側の一方的な自己都合による押し付け政策の一つに過ぎない
202.名無しさん:2019年03月17日 18:34 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※198
そんな教科書レベルの話は知ってるよ。家康は外人を雇うほど先見の明があった人物。今の話は国内じゃなかったのか?

徳川幕府が国内統制をガチガチにしたのは主君に比べて大名が強過ぎた豊臣政権・室町幕府の反省からだって言ってるの。
秀吉が馬鹿の一つ覚えの様に外様に領地を与えまくった結果、秀吉死後数年で徳川に成り代わられた。徳川はその反省からキッチリ統制した。
203.名無しさん:2019年03月17日 18:34 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※178
>納税を調べてみろ、収穫量ではなくて土地の生産性にかかってるから

定免法のことで?とる方は安定した税収が得られるし、調査のための経費などが浮く。とられる方は一定期間、固定税収なうえ、その間の開墾や農法改良等による増分は無税だからその分収入増。さらに言えば不正の余地がないので大助かりになると言うお互いwinwinな制度ですが。

そもそも検見法=収穫量による税手法も近代または科学的な調査や税収方法が確立していない以上手間暇がかかるだけで言われるほど平等でもないのだがね

>裏作でできる作物の分も米で納税させられていただけ

仮にそうだとしても税収は3割程度ですので頑張れば頑張るほど農民は儲かると。

204.名無しさん:2019年03月17日 18:35 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※178
>おまけに農家も米うって生活しなきゃいけないから、農家の口には米は入らない

貨幣経済とか商品作物がまかり通っている経済体制では至って真っ当は発想ですな。

例えば現在のアメリカの米農家でも米をつくている農家も米うって生活しなきゃいけないから、農家の口には米は入らないのですが。

まさかとは思いますが農家というのは自給自足しないとだめとか言い出すのですかね。

>林業や漁業や商品作物つくっている連中も納税の義務がある

それはそれで別の徴税方法があるのですが…例えば蚕や木綿農家の場合は現金で納めておりますけど
205.コロンブス:2019年03月17日 18:37 ID:6tJma.z00▼このコメントに返信
ところで
日本や日本の歴史や文化を貶めたいのが目的の反日特亜と話が噛み合うはずがないじゃないか。
206.名無しさん:2019年03月17日 18:39 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※198
そういう事
具体的に言えば孫の代の家康の一存で将軍にしてもらった
徳川ぼんくら将軍の先掛けとなった、せっせと貯めていた徳川家の蓄財を
江戸城の巨大天守(落雷 → 消失を繰り返した挙句財政が尽きて断念)やらの大規模工事で
以後の幕府を鎖国から完全内向き幕藩体制にしてしまった家光のせいが大きい
207.名無しさん:2019年03月17日 18:43 ID:wEFRW52K0▼このコメントに返信
※202
俺は国内の話なんかしてない
秀吉の反省で日本が内向きになったという事実はないという基本的な認識の間違いを指摘しただけ

208.名無しさん:2019年03月17日 18:44 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※200
>外の情勢に常に目を配って黒船雷光
幕府はペリーが来る事を知っていたよ。

>参勤交代より軍事教練でもやってた方が一万倍増し
平時の戦争の代わりが参勤交代なんだよ?乱世では役に立たないが、幕末より前なら有効じゃないか。

>おかしな人がいるんだよドラえもん
のび太くん、単語の変換ぐらい間違えずにしようね。だから君はバカなんだ。
209.名無しさん:2019年03月17日 18:46 ID:j47IAqYz0▼このコメントに返信
それまでの政権と違うところは徳川がぶっちぎりの700万石という圧倒的な力持ってたこと。
逆らえばどうなるかわかってんだろうなぁって脅しができたしこれだけの国力差があると逆らっても無駄ってなる。
世界相手にできるアメリカみたいなもん。
取り潰しの命令や理不尽な他国の普請工事(自腹)命令出されても勝ち目がないのはわかってるからみんな素直に言うこと聞いた。

外様なんて前田家が唯一100万石超えててあとは伊達、島津が60万石程度。結束しても敵わない。
室町の将軍なんて神輿にすぎず地方勢力の方が国力上で言うこと聞かない。
どっかで将軍に歯向かい討伐軍差し向けられるも将軍家だけではとても兵が足りずいつも地方勢力にお願いして兵出してもらって討伐隊編成。
鎌倉公方、細川、山名、大内なんて将軍家より国持ち。そりゃいうこと聞かん。
210.名無しさん:2019年03月17日 18:47 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※201
>そもそも経済う回したい、潤したいなら大名に押し付けず幕府みずからやるべきなのが本質

で、その土地を統治する人員とか経費とか誰が出すので?あと出業した浪人対策は?

そもそも幕府による取りつぶしは財政が潤ってる前期に集中し、苦しくなった中後期以降はほとんどありませんけど、これのどこが本質になるのやら

>実態は各大名家の力をそぐための幕府側の一方的な自己都合による押し付け政策の一つに過ぎない

そもそも参勤交代は自主的なもんですよ。で、幕府が定めたのは「最低限のルール」でしかありませんけど。
ついでに言えば『家臣が主君のいるところにやってくる』というのは江戸時代の発想ではなく室町時代からですが。

それが江戸時代限定でああだこうだと言われても説得力無いですが
211.名無しさん:2019年03月17日 18:48 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※207
秀吉が外征ばかりやって国内の火種を放置したまま死んだのは事実だろ?
外征がダメとは言ってない。したいなら国内の火種を処理してからやれと言ってる。

それに比べて、徳川は家康の代で国内の大名問題に粗方ケリをつけた。優秀な二代目にも恵まれたしな。
212.名無しさん:2019年03月17日 18:49 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※208
それであの体たらくとかどれだけ無能なんだよ徳川幕府
知っててそれとか、それじゃ幕府があんな呆気なく一気に崩壊したのも無理もない

内向きにドヤってただけのまわりに頭下げさせることしか考えてない島国田舎意識の内弁慶幕府
213.名無しさん:2019年03月17日 18:52 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※210
おもろしい斜め上すぎる曲解ごり押し主張だなwww
ここまいでくるとさすがにキチ〇イだろとしか言えないが

じゃあ実際、完全独裁敷いてた体制下で参勤交代断ったらどうなるの?断られてると思ってるのか??
馬鹿すぎるごり押し斜め上主張
214.名無しさん:2019年03月17日 18:54 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※212
言っておくが蒸気船の開発まで欧米が日本に来ることは困難だった。日本人は黒船来航時に初めてそれを見た訳だ。
事前に情報があっても、実物が分からないと脅威度も分からない。

まあ「島国田舎意識」があったのは否定しないよ。
215.名無しさん:2019年03月17日 19:00 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※210
>財政が潤ってる前期に集中

都合悪くなった途端自分からそれ認めるのとか
なんで途中から財政状況が悪化して潤わなくなったんだろうねぇ
悪化はたのなら何か手を打つべきだったよねぇ、たとえば貿易立国目指すとか
ねぇどうして?徳川幕府は日本国内を大いに繁栄させ発展させてたんだろう??w

なぜかな、なぜかな?? 支離滅裂すぎて草生えるwww

徳川幕府の実態は内向きにドヤ顔してマンセーされ威張り散らしたいだけの
その実、日本の先行きなんてまるで関心のなかった鎖国意識丸出しの排他的島国根性幕府
外から攻めてこなかったのは周りがどこも鎖国政策取ってだけだからに過ぎないし
その実態は外圧で一挙に吹き飛んでしまった日本の恥部だよ徳川幕府って
その情けない徳川最後の最後を最後に尊皇憂国将軍だった慶喜が締めくくったのはせめてもの情けだったな
216.名無しさん:2019年03月17日 19:02 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※214
>蒸気船の開発まで欧米が日本に来ることは困難だった

大友宗麟&ザビエル&支倉 常長「は?何言ってんだお前」
217.名無しさん:2019年03月17日 19:06 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※175
>坂本龍馬は旧長曾我部家に仕えていた連中の一員

いや、竜馬の先祖は商人でその財力で武士の株を買った何ちゃって武士であって長宗我部家やその家臣とは縁もゆかりもございませんが

>それに対する山内一豊とかいうゴマすりまくってへいこらしていた山内侍から忌み嫌われ差別されていた存在

江戸初期ならともかく中期以降は普通に藩政に参加しておりますが、当初から山内支持派だった長宗我部形の家臣は初めから上士、譜代扱いですけど。

>知らないとは言わせないぞ、竜馬がゆくで数多の人が知ってる事なはずだが

で、あなたの場合は「竜馬がゆく」の熱狂的ファンでそのノリで一生懸命竜馬を語っていた武田鉄也に対して当の司馬遼太郎は「あれは歴史小説だから鵜呑みにしないでね」といったことは知らないようですな
218.名無しさん:2019年03月17日 19:08 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
大航海時代(だいこうかいじだい)とは

ヨーロッパ人がアフリカ・アジア・アメリカ大陸への大規模な航海を行い、
"発見"した土地で略奪や搾取の限りを尽くした時代。15世紀半ばから17世紀半ばまで続き

ふーん蒸気船()までは困難、ねぇ
219.名無しさん:2019年03月17日 19:08 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※216
悪い悪い。少し間違えた。
蒸気船の開発まで欧米が日本に攻めに来るのが困難だった。

戦国期、日本攻めにスペインが無敵艦隊を派遣する可能性があったらしいが、日本を攻めるための軍勢・武器を持ってくるなんてまず無理。
220.名無しさん:2019年03月17日 19:10 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※218
※219を見てね。
来るだけなら大丈夫だろうが、大航海時代では日本侵攻とか色んな理由で無理だから。
221.名無しさん:2019年03月17日 19:15 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※215
>都合悪くなった途端自分からそれ認めるのとか

どのあたりが?

>なんで途中から財政状況が悪化して潤わなくなったんだろうねぇ

普通に江戸の大火による復興のためや商工業の発展のために経済体制が変わったので今までの政策では追いつかなくなったからだが.
農工商の場合は普通に収入増ですけど。

>悪化はたのなら何か手を打つべきだったよねぇ

お前さんの説ではそれが大名家の取りつぶしのはずだけど、中後期でとりつぶされたケースってほとんどないはずですが。

>徳川幕府は日本国内を大いに繁栄させ発展させてたんだろう??w

少なくともお前さん曰くの大名取りつぶしでないのは確かですなwww

>徳川幕府の実態は内向きにドヤ顔してマンセーされ威張り散らしたいだけの

と司馬遼太郎曰く「鵜呑みにしないでね」と言っている小説にでも書いてあったので?
222.名無しさん:2019年03月17日 19:22 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
※219
>日本を攻めるための軍勢・武器を持ってくるなんてまず無理。

なぜ当時世界最強?を誇ってたはずのインカ帝国滅亡させたり好き勝手してた
無敵スペインやポルトガルなどの列強が日本へせめてこなかったのか?

答えは単純、日本側も十や大砲で武装していたからだ

では幕末は?なかとその大昔の時代の時代の旧時代の代物を後生大事にしていて
それを実際に幕末の実戦で使ってたりとか笑えない話だらけ

ヨーロッパ各国ではその間、武器をせっせと改良、開発していたのに
徳川幕府府ときたら豊臣政権時代から数百年間、まるで武器の改良開発に力を入れてこなかった
これだけでも徳川政府がどれだけ国防を軽視していたかが見て取れる

素ぇ百年前の骨とう品を後生大事にして最新武器を携えた外国の船に向けるとか
未開すぎにも程があるだろう
だから徳川幕府は日本を統治する資格なしとして資格者の烙印押され排除される事になったんだよ
223.名無しさん:2019年03月17日 19:24 ID:fZrK6e2B0▼このコメントに返信
まぁ曲解に曲解主張しつづけてる時点でこいつ正気じゃないわな

言い訳のための言い訳に終始し続けてるし、アホくさ
224.名無しさん:2019年03月17日 19:30 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※180
何言ってんの?諸藩は金がないから庶民から重税をかしたり年収の何十倍もの借金してやっていただけ
その利益で潤っていた一部の特権商人や江戸の住民がいただけだろうが。
寄生してた江戸の民が豊だったからといってなんだというのだ
225.名無しさん:2019年03月17日 19:32 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※223
確かにな。

徳川を悪く言うためひたすら悪かった点ばかり連呼する奴がいるし、頼りにしているのが司馬史観な時点で論外だわな。本当にアホくさいよ。
226.名無しさん:2019年03月17日 19:34 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※186
つまり日本を苦しませて衰退させたのが幕府ってこった。
250年間日本人を苦しませた最低最悪の政権が幕府
※189
で、反乱おこされて長州一藩に大敗してあっさり滅んだとw
※191
え、国内を発展させ外征をしていた愚かな秀吉とw
国内の苦しめて衰退させた優秀な徳川幕府とかいいたいのwwww
227.名無しさん:2019年03月17日 19:36 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※195
その為の金はどこから出てくると思っているんだ?
諸藩が参勤交代して、クソ高い物価の江戸に一年もの間すむ金を幕府が補てんしてくれるとでも思っているのか?
全部国元の重税でなされているんだよ。
資本の蓄積なんてできるわけがない、ひたすら農民は搾取され将軍と大名と特権商人の豪遊の為に苦しめられた
228.名無しさん:2019年03月17日 19:37 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※222
武器開発だけが人間社会ではないんだよ。江戸時代の人間はそれ以外の分野に力を入れただけ。
つまり欧米と同じ様な成長をしなかった日本は間違っていると?ちょっと傲慢じゃないかな。
日本は日本独自の成長をしてきたのを否定するの?
229.名無しさん:2019年03月17日 19:41 ID:.i1W1anX0▼このコメントに返信
うーんまあ17世紀あたりで欧州-東南アジア航路の往復を見ると
海難事故に現地人の襲撃に病気にと色々な要因はあっても
3人に1~2人くらいの割合で生きて帰れないレベルだから
(だから神への信仰心があふれんばかりの死んでも殉教者化確定な宣教師がまず行く)
大船団を送り出して戦争するのが大変だったことに間違いはなかろ

南~東南アジアではそういう先達が美味い汁吸いたい現地人と組んで
寄港地や物資調達できるだけの地盤を作ってたから侵略できたって面も大きいんだし

そんな地盤もない日本に船団送って戦争なんかやらかしたとしたら
物資も食料もろくに調達できない戦争になって元寇の二の舞で
戦国を生き残ったサムライ集団が待ち構える海岸では上陸すら難しいうえに
勝ったとしても帰国できる兵士は単純計算で1/3からそれ以下、
負けたら兵士も帰れず武器も現地調達用の金も積荷も全部総取りされるというおまけつきだしなw
230.名無しさん:2019年03月17日 19:44 ID:lDo9KkDU0▼このコメントに返信
※226
>つまり日本を苦しませて衰退させたのが幕府ってこった。
は?何を根拠に衰退したと?欧米流でないと衰退?

>反乱おこされて長州一藩に大敗してあっさり滅んだとw
第二次長州征伐は薩摩の支援・征伐軍の不参加で勝てたのなんて教科書レベルだぞ。なんで長州単独の勝利にしてるの?
長州単独で幕府に勝った事なんて一度もないぞ。

>国内を発展させ外征をしていた愚かな秀吉〜
苦しめて衰退させた優秀な徳川幕府とかいいたいのwwww
残念ながら当時の大名の選択はそうだったみたいだね。
231.名無しさん:2019年03月17日 19:44 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※213
>おもろしい斜め上すぎる曲解ごり押し主張だなwww
ここまいでくるとさすがにキチ〇イだろとしか言えないが

自己紹介か何かで?

>じゃあ実際、完全独裁敷いてた体制下で参勤交代断ったらどうなるの?

仮に参勤の義務がない場合で参勤しなかった場合は中央情勢や他地方の情勢を把握できなくて衰退していくだけですが。
最悪隣国の大名にあることないこと吹きこまれて取りつぶしまで行きますな。

だから諸大名は自主的にやってきた。幕府としてもそれなりにルールを設けた。単にそれだけのお話。
232.名無しさん:2019年03月17日 19:44 ID:.i1W1anX0▼このコメントに返信
※228
たしかに

現代人がやりがちな先進国と後進国という組み分けですら
商工業に特化した国々と資源産出に特化した(させられた)国々という見方だってできる
発達や発展の基準をどこに持ってくるかで結論はそれぞれになる
233.名無しさん:2019年03月17日 19:45 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※223
自己申告お疲れ様です
234.名無しさん:2019年03月17日 19:46 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※203
定免の法の前の検見法の時から土地の価値を上田下田などのように田の価値を算出して、それにたいてい課税してるんだよ
これにその年の豊凶で増減させていた、収穫してとれた米俵からとっていたわけじゃない。
定免の法は豊凶無視して一定の収穫量に定めただけ、ついでにこの制度になった時に税率は五割まで挙げられている
開墾すれば当然田が増えているから増税だぞ、毎年検地は行われるわけではないが、一定期間でおこなわれる。
頑張れば頑張るだけとかアホかね君は、日本において天災は日常的なもの、日照りや長雨などの作況の変化はその年だけだが、
水害や地震などで田畑や水路が破壊されたり、疫病や飢餓、逃散によって農民が減る事はよくあった話
その場合でも同じ税金を要求するんだから楽でもなんでもねーよ。実際北関東の人口はピーク時よりも二割も減っており、
幕府の苛政によって逃散が多発し人口減になっていたのは明らか
235.名無しさん:2019年03月17日 19:47 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※202
そうやって家康と幕府が愚かな体制をつくったせいで、豊臣政権時代は世界に冠たる大国だったのが、
凋落していって植民地寸前の国家に成り下がったってことを理解しろよ
236.名無しさん:2019年03月17日 19:49 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※204
つまり農民は特別な日くらいしか米が食えず、普段は麦で貧乏な暮らしをしていたということだろ?
俺の主張の否定になってないじゃん、すなおに間違ってましたすいませんといえよ
237.名無しさん:2019年03月17日 19:54 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※236
>つまり農民は特別な日くらいしか米が食えず、普段は麦で貧乏な暮らしをしていたということだろ?

お前さんの脳内江戸時代ではそうであって。私はそんなこと一言も言っておりませんが
それとも米さえ食えればボロ着ボロ屋で住んでいても「豊かな生活」とでもいいたいので?

>俺の主張の否定になってないじゃん

商品作物とか理解できない御仁にはそうなのでしょうな。

>すなおに間違ってましたすいませんといえよ

で、あなたはそれを有言実行はいつされるので?
238.名無しさん:2019年03月17日 19:54 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※230
欧米が大艦隊を東洋に派遣し、殖民地を獲得し、生産性を向上させ、本国の人口を何倍にも増やしていた間。幕府は何をやっていたのかね?
ただ諸藩と庶民を苦しめて、徳川家の安泰を図っていただけだろうが、北朝鮮と何が違うのか

で、薩摩が幕府軍に参加していなかったというのは、長州単独という構図をなんら崩す事にはならないのだがw
長州征伐では薩摩の援軍など一兵もきていない、長州は単独で幕府軍12万と戦い、単独で幕府軍を撃破して勝利した

大名の選択?幕府は見捨てられて長州にみなつかれて滅びましたとさw
239.名無しさん:2019年03月17日 19:59 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※228
そもそも江戸時代日本は成長などしていないからな。
ただずっと衰退していっただけ、
技術も産業も何も発展など遂げなかった。
軍事技術になると250年前の火縄銃で長州藩にコテンパンにされたのが幕府

幕府が不平等条約を結ばされ、関税がなくなった結果、欧米の商品に立ち撃ちできず、国内産業が大打撃を受けた事をみても、
商品開発力は圧倒的に遅れている、江戸時代停滞していた人口が明治になって人口が倍増したことをみても、
衛生環境医療技術農業農法の開発も遅れていたのは明らか
240.名無しさん:2019年03月17日 20:00 ID:5nwBbABU0▼このコメントに返信
ID:fZrK6e2B0が顔真っ赤にして連投してる
241.名無しさん:2019年03月17日 20:01 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※237
少なくとも食べ物を食べず餓死していく江戸時代よりはマシだろう
つか江戸時代の庶民の家なんてほんとボロボロなんだがな
商品作物を消費するのは豊な一部の人間、一部の特権階級の消費の為に頑張ってる奴隷の時代ということですね。よくわかります。

で、ほらさっさと土下座しろよ。
242.名無しさん:2019年03月17日 20:05 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※211
秀吉の時代で国内で反乱など一切おきていないのだが、
秀吉の死後家康という国賊が人間が内戦を起こしただけで
243.名無しさん:2019年03月17日 20:08 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※238
>欧米が大艦隊を東洋に派遣し、殖民地を獲得し、生産性を向上させ、本国の人口を何倍にも増やしていた。

それが庶民層に還元されたのってWW1以降の社会権の成立以降=だいぶ後の話なんですがね…
実際に岩倉具視や大久保利通らが欧州使節に行った際にその貧富の差にドン引きしているけど。

>幕府は何をやっていたのかね?

軍縮を行い、その余った分を民間に還元しようとしていたという逆のことやっておりましたが。
実際に日本を訪れた外国人は「庶民レベルで真っ当に生活ができている」と感嘆しておりますけど

>、北朝鮮と何が違うのか

庶民の生活を鑑みず、軍事力を強化して周辺国を脅していい気になっている欧米諸国のことですかね、

244.名無しさん:2019年03月17日 20:16 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※238
君の言うことは極端なんだよ。
確かに、幕府はベストな政策ばかりやっていたとは言わない。しかし、同時代の他国と比べれば、悪くはない、程度の政治を行っている。アジア・アフリカ・中南米の現地人を奴隷にしてその富を収奪した欧米の国が、立派な政治をしていたとも思えない。貴君も、よくブリカスと揶揄されるイギリスの植民地支配を賛美するわけではなかろう?
江戸時代の為政者や役人は、幕府を含めて諸藩も、上杉鷹山やら二宮尊徳やら、それなりに民のことを考えた政治を行っていた。科学、技術などが未発達故に結果的に「庶民を苦しめ」ることもあったろうが、貴君が言うような悪しき意図をもった政治を行っていたわけではないよ。北朝鮮と一緒にしてもらっては困る。
245.名無しさん:2019年03月17日 20:19 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※243
大名が城で暮らしているなか、庶民は餓死寸前の生活で貧富の差がないとかw
当時の日本ほど貧富の差が激しかった国はそうそうない。
将軍様は大奥のハーレムで遊び、庶民は結婚もできず餓死する
それが江戸時代

軍縮をおこない民間に還元?
幕府はそんなことは一度もしていない。江戸時代の軍事費は減って等いない、武士が武器や装備に金をかけなくなっただけで、
武士の数は変わってないからだ、幕府の財政の大半は武士の俸禄に消えている。今でいえば自衛官の給料で全部消えているに等しい
民間の負担など何も変わっていない
そもそも日本を訪れた外国人がみたのは江戸の町民だろwこいつらは将軍や旗本大名という武士の消費にぶら下がって寄生している連中だ
今の北朝鮮でも平壌の住民はそこそこ裕福である。党幹部や軍部の子弟はそこで暮らし、彼らの恩恵を受けているからな

軍事力を強化して周辺国を脅していいきになる事で彼らは資本を蓄積して国も民も裕福になっていったのが当時の欧米だ
246.名無しさん:2019年03月17日 20:19 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※241
>少なくとも食べ物を食べず餓死していく江戸時代よりはマシだろう

もっとましなのは米は食べられなくても衣食住が従事するう江戸時代の方がマシだろう。
というか別段江戸時代に限ったことでもない経済学のだか経済史の初歩の初歩ありませんがね


>つか江戸時代の庶民の家なんてほんとボロボロなんだがな

今の我々の家と比べて?でしたら世界中と比較してもボロボロになりますが。

>商品作物を消費するのは豊な一部の人間、一部の特権階級の消費

庶民レベルで生産しているのに一部でしか買えない、消費できないとは”商品”として成り立たないですけど…。
需要と供給とか理解されているので?

247.名無しさん:2019年03月17日 20:19 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※241
>の為に頑張ってる奴隷の時代ということですね。よくわかります。

お前さんの脳内では一次、二次産業に従事される方々は奴隷と言いたいようですな。


>で、ほらさっさと土下座しろよ。

経済学の初歩の初歩も理解していない御仁に難しい話をしてごめんなさいって?
248.名無しさん:2019年03月17日 20:23 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※245
>大名が城で暮らしているなか、庶民は餓死寸前の生活で貧富の差がないとかw

時代劇に見過ぎかな?ちなみに大名家は三食一汁一菜とかやっているのに対して庶民は小作人でもそれなりのものが食べられて晩酌できるほどの貧富の差が出ていると。

>当時の日本ほど貧富の差が激しかった国はそうそうない。

あなたの脳内で?

>将軍様は大奥のハーレムで遊び、庶民は結婚もできず餓死する

じゃ、なんで江戸時代の人口は3千万強ほどで安定しているんですかね?
子供ができず餓死していれば人口は得る一方のはずですが…。
249.名無しさん:2019年03月17日 20:23 ID:ayoLTbNm0▼このコメントに返信
※235
は?豊臣政権なんて秀吉1人のカリスマで成り立っていた半端な政権じゃないか。
それに比べて徳川幕府は二流の将軍がトップでも安定して政治が行われる様にした有能。

※161でも言ったが、幕末の動乱を家康のせいにするのはバカ。源平合戦は桓武天皇のせいと言うぐらいの暴論だぞ。
250.名無しさん:2019年03月17日 20:27 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※244
自国を裕福にするために他国を侵略するのは国益にかなった行為であり、立派な政治だぞ
今のすべての国はそうやっている。他国をいかに蹴落として自国が裕福になるかを競っている
何も変わって等いない

そしてそれは江戸幕府も変わらない、ただ幕府が競争していた相手は世界ではなくて、国内の大名であり、
国内の大名の足をいかにして引っ張り弱体化させるかしか考えていない、だから日本は衰退していったんだよ

幕府は民の事など何も考えていない。そりゃ農奴が減れば税収が減るしそうなると贅沢を続けられんという問題があるので、そういう意味では気にしただろうし、その為に人返し令などをだして農奴の確保に余念がなかったが、
民の生活向上の為に幕府が予算を使った事などない。
天災があっても幕府が金だして復興などしない。諸藩にやれと命令するだけ、江戸が火の海になっても見舞金を一万両程度つつむだけ。
大奥の予算の20分の一くらいかw街道の整備も諸藩まかせで幕府はしない。
金に困れば御用金をとりたてるだけ、特権商人は売価に転化して庶民を苦しめる構図だ
251.名無しさん:2019年03月17日 20:27 ID:ayoLTbNm0▼このコメントに返信
※239
おいおい、農業だけでもかなり発展(米の品種改良とか)してるし、芸術などでも明らかに成長しているけど。
やっぱり欧米流以外は成長とは思ってないだけじゃないの?
252.名無しさん:2019年03月17日 20:27 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※239
また勝手な決めつけをしてますね。
確かに、日本の人口は江戸初期には増加しているが、中期以後、ほぼ2500万くらいで一定している。
つまり、確かに発展はしてないが、衰退もしてないのだよ。
産業・技術は、それなりに発展はしている。
国内が、ほぼ一つの市場となって、物流も盛んになっている。
金融も手形やら、藩札やら、信用をベースにした取引が行われるようになっている。
君がえらい執着している軍事技術は確かに停滞した。それは、国内が平和であったからでしょう。
ヨーロッパで軍事技術が発達したのは、戦争が多かったから。
どちらが、庶民にとって住みやすい国であったかは、自明でしょう。
253.名無しさん:2019年03月17日 20:29 ID:ayoLTbNm0▼このコメントに返信
※242
死んだ途端に混乱しまくったけどな。秀吉はフタだっただけ。

家康がやらなくても毛利・上杉辺りがやったと思うが。
254.名無しさん:2019年03月17日 20:33 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※245
>武士が武器や装備に金をかけなくなっただけで、

それを世間一般では軍縮というのだが…。

>武士の数は変わってないからだ

減少してますよ。
いい例が赤穂浅野藩5万石で戦国時代に一万石の動員数はだいたい250から300人=1500人前後なのに浅野 長矩が切腹した時に集まったのは500程度。つまり三分の一しかいなかったと。だいたい幕末の時に一藩で万どころか4桁単位での兵力を動員した事例がほとんどないんですけどね。
戦国時代では6、5桁当たり前で動員していたのに。
255.名無しさん:2019年03月17日 20:33 ID:ayoLTbNm0▼このコメントに返信
※232
そうなんだよね。
イスラム国も迷走する前は中東秩序復活という目的があった訳で、その点は尊重していたよ。

結局今の世界は勝ち組である欧米のルールをグローバルスタンダードとして使っているだけだし。
256.名無しさん:2019年03月17日 20:34 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※246
衣食住が充実した江戸時代なんて存在しません、享保の飢饉、寛永の飢饉、天明の飢饉・・・
数十万から100万以上の人口が減った大飢饉の連続が江戸時代

家がボロボロってのは当時の他国と比べてだが?西洋はおろか中東やロシアあたりと比べてもそうとう残念。中国よりも酷いんじゃないかね?

商品作物の生産量など微々たるものだからだよ、武士や御用商人など一分の特権階級の者たちの為に生産していたものにすぎない。
まあ当時は武士だけで人口の7%以上いたけどね、明治政府の財源は秩禄処分するまでそれでほとんどとられていたほどだ、
どれだけ莫大な金が彼らニートに使われていたかわかる
※247
第三次産業も江戸時代は幕府の奴隷だよ
刃向えば処刑だ、批判しても処刑、これが奴隷でなくてなんなのか
257.名無しさん:2019年03月17日 20:40 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※248
それこそ時代劇のみすぎだな。庶民は漬物で麦飯くうだけ、副食すら満足にとれない、酒も当然飲めない
大名は魚つきの豪勢な食事を食える。
飢饉でも武士が餓死したなんて話はない

江戸時代中期から人口が増えていたのは西南雄藩のみ、それが人口が増加し、江戸などの大都市と関東東北は人口減となっている
江戸なんて男女比が8:2ほどで、その一割も遊女が多く、家業をもってる商人や職人以外は安定した職というものを持っていない為、
結婚などはできない、人口の再生産が起こらず、地方からの食い詰め物で人口を維持していた
だが江戸近郊の人口が減り、それすら興らなくなった結果、幕末では大幅に人口を減らしていた
258.名無しさん:2019年03月17日 20:43 ID:.i1W1anX0▼このコメントに返信
※239
欧米の商品に太刀打ちできず?

そりゃ発展のパターンが違うんだから劣ってた部分も先んじてた部分もあったわな
日本の鎖国中からあった絹織物産業については
開国後に欧州からの需要でバカ売れして
関税かけられて黒字だったのが赤字化したっていうのは

たしか高校くらいの日本史の授業の中ですら出てきたような記憶が
259.名無しさん:2019年03月17日 20:46 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※249
カリスマでなりたっている?いい事じゃないか。
カリスマのない無能な人間が作る体制ってのは、北朝鮮のようになるだけ
江戸時代とはそういう時代になった、一部の特権をもった人物がそれを世襲していく時代
彼らの利権を守るのが将軍の仕事であり。だから新しい事は何もしない。
リスクをとらないから衰退していく

※251
芸術に発展?www
芸術に優劣や発展があるとでも思ってるのか?
近代美術と縄文土器、どっちに価値を見出すかなど人によるだろう。
価値があってないようなものに発展もくそもねーよ
260.名無しさん:2019年03月17日 20:54 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
またまた、自分の都合のよい事柄だけをとりあげた決めつけをしてますね。
衣食足りて礼節を知る、と言いますよね。仮に、江戸時代を通じて庶民が食うや食わずの生活をしていたとしたら、江戸時代の次のような文化は成立しなかったはずですよ。
全国各地、津々浦々の村々にある、お寺や神社。そこでお行われる祭礼。
江戸、大坂、京都、名古屋などの大都会だけでなく、数万石程度の小藩の城下町でもある、お茶やお花や踊りやなどのお稽古ごとや、俳句や和歌などの会。
伊勢講、富士講、金比羅講などを利用した旅行。江戸時代には、ガイドブックまで発行されていたでしょう。
歌舞伎、浄瑠璃、相撲などの興行。
私の地元は、三河の田舎で、都会ではありませんが、東海道にも近くて、庄屋さんが酒造をしていたり、そのお酒を近くの神社のお祭りでふるまったりという記録が残っている。相撲の興業も1回あったという記録もある。近くの宿場の助郷で馬を出さなくてはいけないが、文句をいう連中には困ったもんだ、などという記録まであって、東海道の物流が盛んであったことも間接的にわかっている。
江戸時代の日本人の生活は、君の頭の中にあるような悲惨なものではないよ。

261.名無しさん:2019年03月17日 20:55 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※256
>衣食住が充実した江戸時代なんて存在しません、

時代劇だか司馬遼太郎の小説の中では?

>享保の飢饉、寛永の飢饉、天明の飢饉・・・数十万から100万以上の人口が減った大飢饉の連続が江戸時代

産業革命以前の一次産業主体の経済体制では古今東西どこでも起こっておりますけど。
ジャガイモ飢饉で人口がいまだに回復していアイルランドとか国が潰れたフランスとか

それらを無視して江戸時代限定でぎゃあぎゃあわめかれても意味ありませんがね。

262.名無しさん:2019年03月17日 20:55 ID:.i1W1anX0▼このコメントに返信
※255
ここまで読んできてもY7qUjwT20が
江戸はダメだダメだ言いながらその基準をどこに置いてるのかがよくわからん

日本の江戸時代が200年ちょいくらいとして
その当時の欧州も農民庶民はいい暮らしなんてとてもしてないというか
王侯貴族は肉だの香料だのふんだんに使ってても
農民庶民はその日のパンにもことかく有様だったとか
家も狭いしひとつのベッドに家族みんなが寝てたとか
宗教上もあって風呂もまともに入らないから垢もノミ虱もわんさかで
基本的にあちらは陸続きの外敵ばかりの土地だから
城塞都市メインでペスト流行ったりしたら逃げ場無くて大打撃とか

南北アメリカのプランテーションで最初に農奴だったのは
黒人じゃなくて欧州で食い詰めて新大陸に渡った白人だったし
本国で恵まれた生活できてりゃ国外には逃げないというか
本国で満足できてりゃ危険もともなう大航海すらしなかったはずというか

比較して江戸日本がのほほんとしてたのは事実だろうけど劣ってるとも思えないけどな
263.名無しさん:2019年03月17日 20:55 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※256
>家がボロボロってのは当時の他国と比べてだが?

で、具体例は?
ちなみに朝鮮通信使曰く「山川広闊にして 人口の多さ 田地の肥沃 家々の贅沢なつくり 遠路随一といえる 中原にも見あたらないであろう 朝鮮の三京も大層立派であるが この地に比べれば寂しい限りである」と記しているとか?

>商品作物の生産量など微々たるものだからだよ

そうですね。普通に一般市民でも購入できるほど微々たるものですね。
これを微々とか言うか知りませんけど。

>刃向えば処刑だ、批判しても処刑、これが奴隷でなくてなんなのか

根本的にそうでない国家体制がどこにあるので?
というかそういうのなしで宗教宗派人種で殺し合った当時の欧米てどうなるんだ?

例によって日本の江戸時代だけ例外なのかね。
264.名無しさん:2019年03月17日 20:57 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※260
失礼、※260は、※256に対するものです。
265.名無しさん:2019年03月17日 21:01 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※253
そりゃ思い込みというものだが、実際その後反乱をおこしたのは家康のみ、
※254
軍事費が一切減っていないのに軍縮とは?意味が分からないのだが?
軍人の数と維持費がかわっていない、軍人が鍛錬をサボり、武器の手入れをしなくなったのを軍縮とはいわんよ

そして旗本八万騎と幕府は号していた、そしてそれは幕末までなんらかわっていない。
厳密には旗本は5000ほどで御家人が17000、彼らの陪臣をあわせれば八万という計算だがね。
つまり幕府は八万という兵力を常に維持していたんだよ。
もっといえばその下の中間などの郎党衆などがいるからもっと膨らむ

幕末ではまともな装備をしていない連中はそもそもつれていっていない。
最大の動員をしたのは幕府を除けば、長州と薩摩だがそれぞれ数千人といったところ、
役にもたたん兵士をつれていっても幕府軍12万が長州一藩に負けたように無駄飯くらいになるだけ
266.コロンブス:2019年03月17日 21:02 ID:6tJma.z00▼このコメントに返信
参勤交代のお陰で大名は蓄財せずお金を吐き出すことになり、それが経済の循環をもたらした。
金が回らないと資産の蓄積も無いのである。
資産だけでは無く技術の進歩に投資されることになり、それが生産性を高めた。
資産が蓄積すると資産の質もどんどん高まっていく。
戦が無いから信用社会が形成される。金貸しも相場もあったぐらいだから、信用創造も発生した。
藩札などは管理通貨制のはしりでもある。
この資本の蓄積によって日本は江戸時代に工場制家内工業まで経済が進化し、明治維新期銀行制度を導入し、一気に産業革命・近代化がなされていった。
信用社会が形成されていた影響は大きく、これが周辺諸国との決定的な差であった。

上にも書かれているが教育で学習するような日本の貧しさは本質を捉えていない。
農家はそれなりに豊かであり、庶民(都市部だろうが)の文化への浸透も深い。文字もひらがなしか知らないわけで無く、自力で学習し結構オタク的レベルに達していたはずである。オタクと同じ。
267.名無しさん:2019年03月17日 21:05 ID:fWsIng3u0▼このコメントに返信
※259
バカだな。1人のカリスマに頼り切る政権なんてそいつが死んだ瞬間に瓦解するに決まってる。信長・秀吉がそうなっただろ?

家康・秀忠は二流でも政治体制を維持できる制度を作り260年続いた。それがすごい事だと思わないかな?

それにしても北朝鮮好きだね。
268.名無しさん:2019年03月17日 21:06 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※257
最近の時代劇は時代考証しっかりしていないと売れませんからな…。

>大名は魚つきの豪勢な食事を食える

それこそ特別な日ぐらにはね

>飢饉でも武士が餓死したなんて話はない

それと同じくらい工商がそうなった話もないんだけどね…。

>江戸なんて男女比が8:2ほどで

そりゃ人口の半分が参勤交代でやってきた武士=当然男なんで比較するだけ“無駄”なお話ですが。
269.名無しさん:2019年03月17日 21:12 ID:fWsIng3u0▼このコメントに返信
※259
>芸術に優劣や発展があるとでも思ってるのか?
芸術には成長を使ったはずだが。芸術は段々と洗練されるものじゃないの?優劣云々とか言ってないし。

※265
教科書レベルだぞ。関ヶ原の戦の始まりは上杉景勝の謀反じゃないか。
270.名無しさん:2019年03月17日 21:13 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※260
食うや食わずの生活をしてても年に一度のお祭りなら騒ぐでしょう、何をいっているのやら
つか東海道筋で、諸藩が参勤交代で通る金で潤っていた地域が貧しくないところもあったとかw
お前らの地域は地方の諸藩の生血で裕福な生活していた所なんだよ。その程度の自覚もないのか
※261
むしろ江戸時代や司馬が美化した江戸時代しか君は知らんだけ、江戸時代とは日本史上でもまれにみる悪政が行われた時代

日本の飢饉はジャガイモ飢饉と全く同じ構図、病気でジャガイモが食えなくなったのとは別に
アイルランドの領主は金の為に飢饉でも重税をかし食糧を輸出していた、日本の大名も飢饉でも食糧を江戸に輸出していたからな。
江戸に回さないでくれと頼んだ連中は殺された。大塩のように反乱を起こしたものも当然処刑だ。
将軍様のおひざ元が第一だからね。
第一次産業の問題ではなくて、領主と農奴の力関係と飢餓輸出が原因
271.名無しさん:2019年03月17日 21:17 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※265
君のロジックは、江戸時代を通じて、武士の人口割合が変化していない=軍事費は変化していない、ということだよね。
でも、武士の役割は変わってきたのではないか?純粋な軍人から、お役所の官僚に。その%を具体的に言えるほど詳しくないので、定性的な話になてしまうのだけど、元禄御畳奉行、だとか、そろばん侍、などの本を読むと、刀ではなく、筆とそろばんで奉公する武士が増えたら、その分の人件費は、軍事費から除けることになるよね。
無駄飯くらいの武士がいたことは認めるよ。
272.名無しさん:2019年03月17日 21:25 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※265
>軍事費が一切減っていないのに軍縮とは?意味が分からないのだが?

武器に金を使っていないのに軍事費が減らないとか意味がわからないこと言っているからでは?

>軍人の数と維持費がかわっていない、

前記したようにリストラやら希望退職で減少しておりますが

>軍人が鍛錬をサボり、武器の手入れをしなくなったのを軍縮とはいわんよ

それを上が是正しないしその分の経費が浮く=軍縮というのだが


273.名無しさん:2019年03月17日 21:26 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※265
>つまり幕府は八万という兵力を常に維持していたんだよ

じゃ、なんで鳥羽伏見の戦いなどで動員しないので?8万も動員すれば楽勝のはずですけど。
別に幕府だけではなく例えば薩摩藩は60万石で戦国時代には耳川の戦いで2万近く動員しておりましたが幕末では4桁がやっと(鳥羽伏見の戦いですら薩長など合わせて5千程度)ですけど。これも謎ですな。江戸時代に人員削減とかしなければ・・・ですが。
お前さん理論でいえば。

>幕末ではまともな装備をしていない連中はそもそもつれていっていない

つまり、武器などに費用を回していない、いなかった結果である=今まで軍縮していたというお話ですが。
274.名無しさん:2019年03月17日 21:27 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※270
すごい矮小化ですね。
年の一度のお祭りのためだけに、神社やお寺が江戸時代を通じて維持できますか、というの。
それに三河の東海道筋だけでなくて、全国津々浦々にある、神社やらお寺やらはどう説明するの。
江戸時代の庶民の旅行についてはどう説明してくれるの。
東海道筋を実例の1つとして出しただけで、それを三河の東海道筋は他の国の生き血でうんぬんとか、君、本気でそんな風に考えているの・
結論が先にあって(江戸時代はディストピア)そこにむかって、話を切ったりはったりしているだけじゃないですか。
275.名無しさん:2019年03月17日 21:34 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※263
最貧国の朝鮮よりマシだったからなんだというんだ?

商品作物は一般庶民はかえねーよ、金持ちだけ
油や紙は非常に高価なもの、服にしても庶民は中古を何度も作り直してきている

つか個人の権利や財産が保障されない体制である江戸時代の農民を農奴といって何か問題でも?
276.名無しさん:2019年03月17日 21:36 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※270
>日本の飢饉はジャガイモ飢饉と全く同じ構図

仮にそうだとしてもリカバーできた日本と現在進行形でできていないイギリスえらい違いですがね。
これに江戸時代が日本史上でもまれにみる悪政が行われた時代なたイギリスは現在進行形でそれを上回る悪政をしいているとなるのだが

>江戸に回さないでくれと頼んだ連中は殺された

大塩びいきの小説などではそうですが実際には大阪の役人たちはは江戸から米を買い付けに来た役人を追い払うなど逆のことをしておりますけど。それでも不足だったのは単に生産や流通量がそこまで及んでいなかっただけのお話

>大塩のように反乱を起こしたものも当然処刑だ。

当然だな。というか今の日本でも反乱の最高刑は死刑ですが。
277.名無しさん:2019年03月17日 21:38 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※267
凄いとは思わない。その結果生まれたのが馬鹿でもチ○ンでもできるように、
幕府はなにもせず、圧政と搾取のみを繰り返すディストピアだからな
※268
大名クラスは毎日ようにでるぞ、

工商もそりゃ餓死しないよ、彼らは幕府に特権が世襲で認められた連中なんだから、
餓死するのは彼らに丁稚奉公している連中、彼らは戸籍すらないのが大半

武士以外も出稼ぎや食い詰め物ばかりなので、男女比は偏るのさ、女がいても売られた人間だけだ
278.名無しさん:2019年03月17日 21:41 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※269
芸術に成長などない、あるのは変化だ、
初代のワザを守り続けるものもあれば、変えるものもいる。
変えたものが評価されるかどうかなんて人による

景勝は謀反などおこしていない、家康が難癖つけて攻め込んだにすぎない
279.名無しさん:2019年03月17日 21:42 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※275
>最貧国

中国(中原)って最貧国だったの?初めて知ったわ。というか比較した「当時の他国」の中に中国は言っていなかったけ?

>商品作物は一般庶民はかえねーよ、金持ちだけ

つまり朝鮮や中国のような最貧国と比較すれば日本の一般市民は金持ちに該当すると。

>つか個人の権利や財産が保障されない体制

されてますよ。だから武士であろうと農工商に必要なら頭を下げますし、教えを請いますけど。

>問題でも?

小学校で習う歴史も知らないあなたのお頭が問題ですな。
280.名無しさん:2019年03月17日 21:44 ID:uUpqLARW0▼このコメントに返信
江戸時代をDisるなら東北地方の農業政策の失敗。
当時の稲を寒冷地で育てるのは無理があり、この問題は20世紀半ばまで続いた
1993年の米騒動とて「高収量だが寒さに弱い」単一品種を育てまくったのが一因。

(関係ないけど未だに杉ばっかり植林するのはどうかとおもう)
281.名無しさん:2019年03月17日 21:45 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※271
戦国時代でもそういう奉行をやってる人間はいるが、彼らが武士でなかったとは驚きだw
戦国時代で役所仕事する人間がいないとでも?同じだけそういう人間はいるよ
いないと行政が回らない

※272
軍人に金つかっているなら軍事費は一切減っていない、少なくとも庶民の負担が一切減っていないのに軍事費を民間にまわしたなんて理屈は通らない。
282.名無しさん:2019年03月17日 21:48 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※274
江戸時代に単独で存在しうる神社なんてほんの一握りしかない。
寺は全国津々浦々に強制的に作らされ、付近の住民は無理やり檀家に入れられて、檀家料や冠婚葬祭の金をむしり取られているので、
寺の維持は容易だよ、
江戸時代の寺が庶民から搾取で存在していたのなんて常識だろうに、だから江戸幕府という体制が崩れたら、
庶民から怒りをかって焼き討ちにされた、寺を焼き払えば檀家料や博打や借金の証文はチャラになるからな
283.名無しさん:2019年03月17日 21:49 ID:fWsIng3u0▼このコメントに返信
※277
カリスマは乱世では有能だが、平時には不要。
平時では安定した体制の方が優先される。

※278
代を重ねる毎に洗練されるというのはよくある事。だから芸術に優劣をつけてないって。洗練される前の素朴さがいいと言う人もいるだろう。

難癖?景勝が秀頼の意を受けた家康の命令を無視したのが全てだよ。
284.名無しさん:2019年03月17日 21:53 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※276
日本の歴史において領主が飢餓輸出までした事例は江戸時代以外存在しない。
戦国時代の大名がそんなことすれば、国一揆がおこって追い出される、
室町鎌倉時代においても一所懸命の言葉通り、彼らは自分達の領土から搾取はしてもその分守ってもいるからな
江戸時代になると幕府からの安堵状をもらえばいいだけなので、幕府に忠勤をするのが第一で領民の命は二の次だ
285.名無しさん:2019年03月17日 21:53 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※277
※277
>大名クラスは毎日ようにでるぞ

出ません。というかその筆頭が将軍家ですが。

>彼らは幕府に特権が世襲で認められた連中なんだから

全然。だいたい丁稚など将来の工商候補は農村の二男、三男坊などがほとんどですけど。それのどこが世襲になるので?
というか農民あたりが副業として工商のまねごとしており。その最たる例が米の売買ですけど。

ちなみに言えば幕府の政策にしても近世どまりの経済的発想がありませんので一次産業を優遇はしても二次、三次産業は一次産業ほど優遇しませんけどね。

>丁稚奉公している連中、彼らは戸籍すらないのが大半

全然。というか普通に町の戸籍に登録されておりますが。というかそれより下の層でさえ数把握しているのに他の層をしないわけないんですがね。

>武士以外も出稼ぎや食い詰め物ばかりなので、男女比は偏るのさ、女がいても売られた人間だけだ

と、古い時代劇を見てそう思っていると
286.名無しさん:2019年03月17日 21:54 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※284
松平定信が飢饉の際によそ下から米を買いあさりまくって田沼意次から「やり過ぎですぞ」とお叱りを受けた例はあってもね。
287.名無しさん:2019年03月17日 21:57 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※282
で、ほぼ同時期に神社仏閣をキリスト教と変えれば欧州のそれと同じになるのだが…
というかまだ宗教宗派を選択できるだけ日本の方がまだマシとか言う話で

それで江戸時代がダメで欧州がいいとかどういう常識なんですかね。
288.名無しさん:2019年03月17日 21:57 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※281
「戦国時代でもそういう奉行をやってる人間はいるが、彼らが武士でなかったとは驚きだw」
脊髄反射ではなくて、もうちょっと考えてから文章を書いてほしいなぁ。
戦国時代は、まだ武士と農民とははっきりと分化してないでしょう。武士であるとかないとかの話が困難じゃないですか。
それに、戦国時代の戦い(信長・秀吉より前)は規模が小さいので、経理専門の武士はいなくてもよかったはず。(坊さんがやってたかもね。)
織豊政権あたりから、経理を専門とする官僚的な武士が増えてきたと思う。
江戸時代はそれが、もっと割合的に増えたのではないか、ということを自分は言っている。
289.名無しさん:2019年03月17日 21:59 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※276
江戸に回さなければいいだけだろ。
旗本御家人と将軍が餓死すりゃいいんですよ、旗本はニート、将軍は大奥で遊んでいるだけなんだから、

飢餓状態に追い込んで反乱させているのは幕府ですけどね
※279
この通信使は中国ろくに見たことないだろ、朝鮮と比べているだけ

そして一般市民は買っていない、そんな余裕もない、
お前は時代劇のみすぎ、史実をきちんと直視しろ
290.名無しさん:2019年03月17日 22:01 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※281
>軍人に金つかっているなら軍事費は一切減っていない、

軍人自体の数が減ってさらに言えば軍部を整える経費が減るなら軍事費は減りますけどね

>少なくとも庶民の負担が一切減っていないのに軍事費を民間にまわしたなんて理屈は通らない。

で、減っている以上はその理屈は通ると言うお話。
291.名無しさん:2019年03月17日 22:02 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※283
安定?衰退していいった体制だろ?
衰退を目指してどうする、

んで優劣も存在しないなら芸術が発展などということもない、つまり無駄な時代だったということだ

当時小学校低学年の秀頼に判断などできるわけねーだろ、家康の因縁以外の何物でもねーじゃねーかw
292.名無しさん:2019年03月17日 22:05 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※289
>この通信使は中国ろくに見たことないだろ

言ったことがある人の感想なんだ…

>そして一般市民は買っていない

中国や朝鮮の?江戸時代の庶民は普通に勝っておりますけどね。だから二次、三次産業が発展し江戸時代はプチ近代化状態になっているのだが。
というかそうでなかったら米本位制度は崩壊しないし、その対策に幕府が頭を抱える必要性もないのだが…

>お前は時代劇のみすぎ、史実をきちんと直視しろ

存在しないものは直視しようがございませんから無理ですな、
293.名無しさん:2019年03月17日 22:07 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※282
ご説明、ありがとうございます。
うちの村社は、1671年に作られて、現在まで存続しておりますが、「ほんの一握り」のひとつとは知りませんでした。
で、庶民の旅行とか、相撲などの興行についてはどのようにご説明してくださるのでしょうか。よろしくお願いします。

なお、明治になってお寺が荒らされたのは、明治政府による廃仏毀釈のせいと思っておりました。ご説は浅学にして初めて聞きました。勉強になりますわ。
294.名無しさん:2019年03月17日 22:17 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※285
大名クラスは縁起物の魚などを良く食べる、将軍になるとキスを毎日食べていたと記録にある
庶民とは違うんですよ

丁稚奉公が後継げるわけねーだろw
一生日雇いだ、それなりに腕があって、跡継ぎがいない、子供達が全員がぼんくらとかでもない限り、後は継げない
いやぼんくらでも後は継げないか、職人ならまだしも商家なら番頭さえ有能ならいいからな。
つまり丁稚が最大限出世しても商家なら番頭どまりだ。
別家としてのれん分けしてもらえるケースなんてどんだけレアだと思っているんだ

また江戸にきている連中は故郷で農地してて逃散してきている連中がけっこういる、こういう連中は宗門人別改帳には記載されない、
農地すてて江戸に来る時点で犯罪だからな。
295.名無しさん:2019年03月17日 22:18 ID:cTrLYql.0▼このコメントに返信
※291
安定=衰退なのか…

>優劣も存在しないなら芸術が発展などということもない、つまり無駄な時代だった
おいおい、言ってるそばからおかしいぞ。優劣がないなら江戸時代の芸術が無駄なんて結論は出ない。
そもそもこの話の本筋は「江戸時代の日本は発展していたか?」だろ。答えは「欧米流と違う道に発展した」だよ。

>当時小学校低学年の秀頼に判断などできるわけねーだろ
それってブーメランだって知ってるか?
当時小学生低学年ですらなかった秀信に「織田信雄が謀反人かどうか」なんて判断などできるわけねーだろ。
じゃあ秀吉は何の権限で信雄を攻めたんだ?これこそ秀吉の「因縁以外の何物でもねーじゃねーか」。
296.名無しさん:2019年03月17日 22:20 ID:L5Qkkebg0▼このコメントに返信
まあ近年の江戸時代に対する理解の深化は完全にマルクス史観から外れとるからなー
パヨチンが発狂するのも仕方ない
297.名無しさん:2019年03月17日 22:25 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※287
選択などできないぞ、その村にある寺に宗派に強制的に入れられる。
養子や婚姻などで別の村にいけば、その村の寺の宗派に自動的に入らされる
※293
江戸時代においてそこは神社ではなくて寺だ、神社はほぼ存在できない。
それまで神社であったところでも江戸時代では寺に衣替えをしなければ生き残れない、
そして明治になって今度は寺から神社になっただけ、別に珍しい話でもない
廃仏毀釈が明治政府のせいとかプロパガンダにすぎん。庶民が襲撃し明治政府は何もしなかっただけ
いや政府と仲の良い宗派は保護していたか。もともと仏教が強い地域は信者いるので襲撃されない。
298.名無しさん:2019年03月17日 22:28 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※294
>大名クラスは縁起物の魚などを良く食べる、将軍になるとキスを毎日食べていたと記録にある

仮にそうだとして、その他は一汁一菜かよくて二菜。これに魚の逸品が加わっただけで贅沢三昧な食事というらしい。


>丁稚奉公が後継げるわけねーだろw

そうだね。その代わりのれん分けなどして独立できるんですが。
これのどこが特権だの世襲制になるので?

>レアだと思っているんだ

レアでもケースがある以上はお前さん曰くの特権だの世襲など否定になるますな。

>また江戸にきている連中は故郷で農地してて逃散してきている連中がけっこういる

江戸に限らず古今東西飢饉や災害時には農村部の人間が都市部に流れ込むって普通にあるけど。
それを復興できるかどうかは別にして。

江戸幕府はできた。アイルランドは現在進行形でできないでいると言うお話でもありますが。
299.名無しさん:2019年03月17日 22:36 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※273
12万いて大敗した幕府が八万つれていってどうやって勝てと?
そもそも幕府は貧乏でもう金なんてないよ。長州征伐で1000万両以上つかって破産してるんだから

薩摩藩の記録にある武士の数は二万。つまり全く武士は減っていない
長州藩において幕末につくられた緒隊の総数は200、一隊100としても二万はいる
長州藩が長州征伐の時に購入したミニエー銃の総数は4000ほどだが、その後も買い増されて最終的に数万にもなっている
長州征伐の時に4000だっただけで、それは武装が足りなかったから、武装が増えれば兵力は増える。
※290
だから軍人の数が減っていない。下っ端とかは解雇されてるだろうけど、
下っ端の給料こみで武士の俸禄はでており、下っ端の分も武士の給料になってるだけにすぎない
※288
武士と農民は戦国時代以前でもきっちり分かれているぞ
武士というのは小さいながらも領主であり、農民などを支配している存在、農民も戦っていただけで武士と農民は別物、身分が違う
そしてお前の想像で言われてもな、戦国時代以前も武士は行政をおこなっている。鎌倉や室町幕府でも行政人は大勢いる。
300.名無しさん:2019年03月17日 22:40 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※297
>神社はほぼ存在できない

伊勢神宮とかなんななんだ?この人にとっては…。
ちなみに御伊勢参りなどで発展していくのは江戸時代であってそれまではマイナーな寺院なんですけどね

>それまで神社であったところでも江戸時代では寺に衣替えをしなければ生き残れない、

ケースバイケースですが逆ケースも結構ある。なぜならば武士=統治者にとっての道徳観である儒学は仏教を否定しているの反面神道とは仲がいいので水戸光圀や池田光政、保科正之あたりは神社は優遇しても寺の方を弾圧しているけど。
301.名無しさん:2019年03月17日 22:43 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※297
参考になるわー。神社を立て替えるときに、古い棟札が出てきてましてね。そこには、ちゃんと神社として社を作ったと記録されているんですわ。
それが、じつは、お寺であったと。神仏習合の時代だから、お寺と神社が1つであったと言う例がたくさんあることは勿論知っているが、うちの神社がじつはお寺であったと。おもしろすぎますな。
なお、神社から100mくらい離れたところにお寺があって、そこはそこで、きちんと由来の記録がある。そこには、1671年に神社を併設したという記録はないみたいだよ。(まだ、自分が見てないだけなら、ごめんだけど)

あ、それと、庶民の旅行やら、相撲の興行見物とか、習い事なんかの説明もよろしくね。

プロパガンダってさ、一部の事実に嘘をからめて、聴衆をだますんだよね。なんか、君って、すごいプロパガンダの名人じゃない?。
302.名無しさん:2019年03月17日 22:43 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※295
発展しておらず衰退しているのだからダメだろうが、芸術にしても優劣なんてつけれるものではないのだから、成長しているかどうかなど誰も判断できない、そもそも芸術が成長?www芸術なんてたいてい弟子よりも師匠の作品、次代よりも初代のほうが評価されてるじゃねーか

何の話だ?どっちにしろ信雄が攻めてきたんだが?
家康と事前に同盟結び、援軍を要請して挙兵して攻め込んだら、返り討ちにあったというのが小牧長久手の戦いだぞ
難癖もなにも攻めてきたのが信雄で確定してるのになにをいっているのやら
303.名無しさん:2019年03月17日 22:53 ID:cTrLYql.0▼このコメントに返信
※302
日本は日本独自の発展をした。欧米流と比較するとそう感じないだけ。

代を重ねる毎に洗練されるパターンもあるって言ったはずだが。初代より二代目の評価が上回るケースだってあるよ。

先に池田恒興(秀吉方)が犬山城を占領した事から始まったはずだが。
裏切った家老を始末した件を先制攻撃と言いたいのか?それを言うなら信雄を安土から追い出した秀吉が先。

信雄攻めの際の秀吉の判断は重要なファクターだよ。だって会津征伐の家康出兵も「太閤が織田家臣だった時に信雄に対して同じ判断をした」って言い訳できるからね。
だからブーメランなんだよ。
304.名無しさん:2019年03月17日 22:54 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※298
大名の御前とかでぐぐればいいじゃん。小大名ならまだしも10万石こえるような大名になるとそれなりに格式があるものを食べる
将軍クラスならいうまでもない、魚嫌いでも縁起物ってことで食べさせられる時代だぞ

のれん分けできる確率はどこくらいと思っているんで?
100人に一人もできないものを当たり前に語られても困る、

そして幕府は復興していない、復興したのは明治政府
305.名無しさん:2019年03月17日 22:56 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※299
>薩摩藩の記録にある武士の数は二万。つまり全く武士は減っていない

じゃ、幕府にしても薩摩にしてもそれほどの数を動員しなかったので?という話ですが

>緒隊の総数

それは奇兵隊のような武士=お前さん曰くの軍人層以外からあかき集めた結果ですが。
つまり武士でも戦いに出れる純然たる軍人層はお前さんが騒ぐほどいなかったという証明になりますな。

>だから軍人の数が減っていない。下っ端とかは解雇されてるだろうけど

それを世間一般では減ったというのだが…。
ちなみに国替えの際に嫌がって帰農なりして武士を辞めた武将クラスも結構おりますしね。
そもそも庄屋とかって上中層の武士が帰農したものが大半ですし、

306.名無しさん:2019年03月17日 22:57 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※299
>下っ端の給料こみで武士の俸禄はでており、下っ端の分も武士の給料になってるだけにすぎない

雇っている層はそうだけど解雇されたものは農工商になってるけど

>武士と農民は戦国時代以前でもきっちり分かれているぞ

全然。長宗我部の一領具足がいい例で良くて半農半士。大半の兵は徴兵された農民ですけど、

>戦国時代以前も武士は行政をおこなっている。

つまり今でいうならば同じ公務員でも市役所や県庁の御役人ではあっても自衛官ではないと。
それをひっくるめて軍人だ!と喚いている人はいてもね。
307.名無しさん:2019年03月17日 23:00 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※302
芸術については、「大衆化」という視点があるでしょう。
洋の東西を問わず、中世では芸術は、神や神に仕える人、あるいは王侯貴族のためのものだったよね。
それが、庶民の生活が豊かになってくると、庶民も、音楽や絵画を楽しめるようになった。
オランダ17世紀の絵画とかさ、日本の浮世絵とかさ、大衆化してるよね。
で、自分としては、江戸時代は芸術の大衆化があったので、江戸庶民はそれなりに豊かであった、そう思っているのですよ。
308.名無しさん:2019年03月17日 23:01 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※304
>大名の御前とかでぐぐればいいじゃん

その結果概ね一汁一、二菜+α程度。これのどこが贅沢三昧に該当するので?

ちなみに日本料理には世界各国にはある必ず贅沢三昧の象徴である宮廷料理に該当するものはないんだけどな。
今でこそ高級料理になっている寿司や鰻はファーストフードですしね。
309.名無しさん:2019年03月17日 23:08 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※300
伊勢神宮とか出雲大社とかのでかくてそれなりに信者が確保できるところ以外は存在できない。
ていうか出雲大社なども仏塔などが当時は立ち並んでおり、神社であったか言い難いありさまであった。
その後それらを排除して正式に神社になっていった
※301
ならその神社の名前だせばいいんじゃないですかね。
もし存在しているなら興味があるね。どうやって存在できたのかが

庶民の旅行?基本的に禁止だぞ、農民が逃散するからな。税負担を追わない町民とかなら緩いけどね。
出来るのはそれこそ裕福な一部の人達のみ、相撲はなんの関係があるのかわからん、東海道沿いなら移動の最中だったんだろ?
310.名無しさん:2019年03月17日 23:15 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※303
上回るかどうかなんて価値が定まらないものに順番などつけられん。つまり成長を客観的に証明できんのだよ。

三家老を粛清する前に信雄は家康と同盟を組み援軍を要請している。つまりどうみても信雄のほうが先に挙兵して軍事行動で動いているんですよ
安土からの追放が軍事行動だとでも?
そして信雄攻めをしたのではなくて、信雄が秀信と秀吉攻めをしたんですよ。時系列が逆
上杉が徳川攻めを先にしてればお前の理屈は通るが、そうではないからその理屈は通らない
311.名無しさん:2019年03月17日 23:24 ID:i.tiKfSV0▼このコメントに返信
※309
>庶民の旅行?基本的に禁止だぞ

だからお伊勢参りのおかげで発展できた伊勢神宮とか何なのかと。

>出来るのはそれこそ裕福な一部の人達のみ

小作人とかもそれに該当するらしい…

312.名無しさん:2019年03月17日 23:28 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※309
いやいや、ささやかな、神明宮系列の、村社ですわ。
貴君の説は、まとめると、江戸時代、小さな神社はすべて単独では存在できずお寺の一部として存在していた。そして、お寺は近隣の住民から強制的にお布施を収奪して存続していた。そしてお寺は行政機関の一部、支配層として住民に対しておった。なので、明治になると、うらみに思った住民からお寺は焼き討ちにあうものもあった。
なかなかおもしろい仮説であるとは思う。でも残念ながらこの仮説が正しいかどうかを判定する知識は私にはない。
自分はの説は以下のような感じかな。
・村社は、多分に村の自治的な集まりで管理維持されていた。
・村には、村社を維持するに足る経済力があった。
・村社には、もちろん、お寺と習合しているものもあった。
・住職と村の代表(あるいは檀家代表)とは、支配・被支配という関係というよりも、対等であった。
そんなところかな。
先入観をもたずに、これからも、知識を積んでいこう、と思いますよ。
313.名無しさん:2019年03月17日 23:29 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※305
武士が二万いても、彼らの装備は二万人分用意できない。できたとしてもそれこそ戊辰戦争末期ごろだろう、
幕府にしてもジャスポー銃などを何丁用意できたと思っているんで?
装備もないやつらを刀で戦わせて勝てるとでも?

奇兵隊にしても半分は武士なんだが、その武士が江戸時代でニート化しており役にたたないから集められただけ

そして武士でもない奴らを解雇したところで武士は減っていないんだが、
もっといえば武士の俸禄、つまり軍事費に変わりはない以上彼らが首になっていようがいまいが負担が変わらない
※306
だからそれじゃ軍事費に変化ないよねって話、

一領具足は農民です。武士ではありません、彼らは税金が安いかわりに軍役があっただけです
彼らに収めるべき領土も主君からの俸禄もありません。それは武士とはいえない

室町幕府にも伊勢氏を始めとして行政専門の武士は大勢いますけど、彼らも武士でしょう?
314.名無しさん:2019年03月17日 23:29 ID:opfvPk3m0▼このコメントに返信
>縄文時代なんて1万年以上あるぞ
>縄文は体制じゃないだろ

人社会があったんなら、何かしらの体制はあったろう。
江戸時代を「徳川ファミリー統治」で見てるだけで、その中でもさらに「家」でみたらもっと細かいだろうし
徳川が「天皇」の臣下だという史実で見るんなら、その体制とやらはもっと広げて皇族の体制から見るべき
なのかもしれない。
315.名無しさん:2019年03月17日 23:34 ID:vVsPpeTs0▼このコメントに返信
※310
順番?優劣はつけてないよ?

>三家老を粛清する前に信雄は家康と同盟を組み援軍を要請している。
信雄は織田家を代表して家康と同盟を組んだんだから問題ないじゃん。信雄は一時期織田家当主だったんだし。

>安土からの追放が軍事行動だとでも?
ん?信雄追放からの対立が原因だろ?
そもそも秀吉は何の権限で信雄を追放したんだ?

>信雄が秀信と秀吉攻めをしたんですよ。時系列が逆
犬山城占領が初めだと言ったはず。池田恒興は信雄側だったのか、知らなかった。

>上杉が徳川攻めを先にしてれば
景勝が秀頼の意を受けた家康に逆らったんだろ。
先に喧嘩を売ったのは景勝だし、小牧・長久手と違って会津征伐は朝廷・豊臣政権公認の軍事行動なんだよ。
316.名無しさん:2019年03月17日 23:36 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※308
ぐぐったら将軍家や細川家のがでたが、普通に豪勢なめしなんだが
※311
伊勢神宮は別にお伊勢参りで発展したわけじゃないが、元々日本でも最も格式の高い神社だぞ

小作?どうせ籤であたったケースだろそれ、お伊勢参りをいくのは簡単ではない、移動には規制も厳しい上に金が要る共同体で金出しあってやっとだ、小作人がいけるようなものじゃない
317.名無しさん:2019年03月17日 23:42 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※312
だから名前だせばいいじゃん、別にお前が特定される事などない。
神社本庁などで調べればたぶんわかるし

ちなみに俺のは仮設じゃなくて定説であり、お前のは完全に妄想だからな
檀家料を搾取していたのも、幕府の末端として人別帳管理などをおこなっていたのも、博打が寺社奉行の管理下で証文が管理も行われていたのもな。
318.名無しさん:2019年03月17日 23:43 ID:vVsPpeTs0▼このコメントに返信
※310
一つ言い忘れたが、小牧・長久手は秀吉・織田家臣対信雄・家康。しかし会津征伐は豊臣家対景勝だぞ。勝手に家康対景勝に矮小化するな。
319.名無しさん:2019年03月17日 23:49 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※315
信雄は織田家の当主ではなくて、幼い秀信の代理人、つまり後見人にすぎない
織田家の宿老である秀吉に逆らえるわけないでしょ、清州会議でも信雄なんて会議に加わっていない、そういう立場なんですよ
対立の理由ではあるけど、どっちが先に挙兵して攻撃したかは別の話だね

犬山城の占領よりも信雄が三家老処刑するのが先だし、もっといえばその前に信雄は家康に援軍要請してる、だから犬山城占領よりも家康が国境線を超えるほうが早い

秀頼は当時子ども、家康が景勝に難癖をつけただけにすぎない
320.名無しさん:2019年03月17日 23:50 ID:Y7qUjwT20▼このコメントに返信
※318
だから家康が難癖をつけただけですよね?
321.名無しさん:2019年03月17日 23:54 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※316
そう、伊勢参りにしろ、富士登山にしろ、金比羅参りにしろ、そんなに簡単ではない。庶民クラスでは一生に一回程度。みんなでお金を出し合う講を作って、順番やら、くじ引きやらで旅行する。
で、問題は、その人数というか、人口の中の割合。君の話だと、ほんの少し、というイメージ。でも、街道の繁栄ぶりとか、ガイドブックの発行やら、御師の営業やら、宿場町の宿には講の看板がかかるくらい(今の旅行会社の看板のように)であった、ということから、自分的にはけっこうな人数が旅行していたと思っている。例のおかげ参り、とか、ええじゃないか、もあるしね。
小作人と自作農も、その割合がどれくらいか、というのが問題。小作人の生活が豊かではなかったろう、と想像はつく。でも自作農なら、旅行の講にも参加できたであろう。問題その人口のなかの割合。それがわからないので、はっきりとしたことは言えない。
貴君はとても悲観的な見方をしているのはよくわかる。でも自分はそれほどではない。
322.名無しさん:2019年03月17日 23:57 ID:vVsPpeTs0▼このコメントに返信
※319
秀信は秀吉が清洲会議の決定を破棄した時に一時的に当主から外れているよ。代わりに信雄が当主になり、その時に家康と同盟を組んだ。

>犬山城占領よりも家康が国境線を超えるほうが早い
信雄領に入るのが先制「攻撃」?攻撃というなら犬山城占領だろ。

>秀頼は当時子ども、家康が景勝に難癖をつけただけにすぎない
秀信は当時子ども、秀吉が信雄に難癖をつけただけにすぎない。

それに比べて会津征伐は景勝の命令無視という前提があるし、後陽成天皇・秀頼・淀殿から承認を受けている。
323.名無しさん:2019年03月17日 23:59 ID:vVsPpeTs0▼このコメントに返信
※320
後陽成天皇・秀頼・淀殿が「家康に難癖をつけて景勝を攻めろ」って言ったの?
324.名無しさん:2019年03月18日 00:00 ID:yI9OPrMx0▼このコメントに返信
※323
×「家康に難癖をつけて景勝を攻めろ」→○が家康に「難癖をつけて景勝を攻めろ」
325.名無しさん:2019年03月18日 00:09 ID:oKbFUyg90▼このコメントに返信
鳩山が沖縄に中国軍を迎え入れたら侵略行為じゃなかろうか
326.名無しさん:2019年03月18日 00:14 ID:yI9OPrMx0▼このコメントに返信
※325
当たり前じゃん。それがどうしたの?

まさか鳩山云々と家康が信雄領に入ったのを同一視してるんじゃないだろうな。やめてくれよ、恥ずかしい。
327.名無しさん:2019年03月18日 00:17 ID:K90rg66W0▼このコメントに返信
※317
なるほど、貴君の話には整合性があるように思える。
自分的には、村民が支配層にとってよからぬ事を相談したり、そのために集合する場所、というと、神社の境内はとてもよいところと思っていた。なので、支配層としては管理人を置いておきたい、そうだ、お寺の住職にしよう、というのは、合理的な考えに思う。
今、村社の歴史を調べているので、本当にそうだったのか、ついでに調べてみようと思う。
ただし、この仕組みが仮にあったとしても、江戸時代の庶民の生活は悲惨であった、ということには、直接的には繋がらないとは思ってますけどね。
328.名無しさん:2019年03月18日 00:17 ID:oKbFUyg90▼このコメントに返信
何か違うの?
329.名無しさん:2019年03月18日 00:25 ID:yI9OPrMx0▼このコメントに返信
※328
鳩山が中国を迎え入れたら様々な法律に違反。

信雄が対立する秀吉に対抗するために家康を呼び寄せるのがどんな罪になるのかな?

信雄は謀反人じゃないんだよ?あくまで秀吉と対立しただけ。その証拠に秀吉は一度帰還をお願いしている。自分が追い出した癖に勝手な奴だよ。
330.名無しさん:2019年03月18日 07:33 ID:DIWf4jRX0▼このコメントに返信
※316
「移動制限」なんてどこの話だ??
ちょっと当時の文献見れば、みんな旅行にでかけてたことくらいわかるはず、、、想像で決めつけないでよ、、、
少なくとも江戸の町民は湯治とか江ノ島見物とか大山参拝とか普通のことだった(現地じゃぁ観光客目当ての商売が成立してた)
だいたい松尾芭蕉だって各地をウロウロしたし、東北の飢饉だって旅行者の記録なきゃ実態は今に伝わってない、、、

人の出入りが厳しかったのは薩摩藩とかごく一部の話だぞ、、、
331.名無しさん:2019年03月18日 21:40 ID:3SCnTeVy0▼このコメントに返信
※322
信雄がなったのは代理人、秀信はずっと当主のままですよ、代理人なので秀吉の一存で信雄は簡単に解任された、
家康への手紙でも信雄を代理人にしたとある

徳川の軍隊を織田領に引き入れたのなら立派な謀反、鳩山が外国の軍隊を誘致したのと同じ構図だわなw

秀吉が信雄討伐の為に挙兵したのではなく、信雄が秀吉討伐の為に挙兵したわけ、時系列が異なる
332.名無しさん:2019年03月18日 21:44 ID:3SCnTeVy0▼このコメントに返信
※323
家康が難癖をつけたというものを一切否定できてないねそれ、
景勝は何もしていなかったというのに
※329
当主である秀信に謀反をおこし。織田家の領内に他国の軍勢を招き入れ。
さらに長宗我部などに織田家の領土をやるから味方してくれとか言っている連中はどうみても織田家の敵以外の何物でもないと思うが、
※330
農民の移動は規制がかかってて基本的に許されない、逃散されると税金がとれなくなるからな
町民は納税負担が存在しないので緩い
333.名無しさん:2019年03月18日 22:25 ID:Adu6Da740▼このコメントに返信
※331
>信雄がなったのは代理人、秀信はずっと当主のままですよ
ん?秀吉は秀信を掌握できてなかった時期がありあったじゃん。一時期は信雄と秀信が並立していたんやで。他ならぬ秀吉がそうしたんや。

信雄を持ち上げる事で秀吉は秀信を握る信孝を責める大義名分を得た。

>家康への手紙でも信雄を代理人にしたとある
ソース教えてや。

>徳川の軍隊を織田領に引き入れたのなら立派な謀反
同盟者なのでセーフだよ。米軍を呼び寄せたら犯罪?日本と同盟組んでるのはアメリカやで。

主君の後見役を追放した秀吉の方が謀反人だと思うが。秀吉ちゃんも不味いと思って帰還をお願いしているし。

>時系列が異なる
確かに異なるな。犬山城占領が最初だし。それより先に信雄が攻め込んだなんて聞かない。
334.名無しさん:2019年03月18日 22:40 ID:Adu6Da740▼このコメントに返信
※332
>景勝は何もしていなかったというのに
は?周辺大名から問題を指摘されて、それを聞き豊臣政権の代表家康が釈明に来いと命令したら、無視するどころか煽ってきた。
これのどこに難癖がある?完全に豊臣政権への反逆じゃないか。

それとも家康に味方した後陽成天皇・秀頼・淀殿・付き従った大名たち…、こいつら全員無能だとでも言いたいのか?

>当主である秀信に謀反をおこし
ソース教えてや。信雄はいつ秀信に謀反を起こした?
会津征伐は明確なソースがあるし景勝も家康に土下座したが、信雄は秀信に謀反なんて起こしてないぞ。「秀吉≠織田家」なので秀吉に逆らう事が謀反にはならない。

>長宗我部などに…
敵の敵は味方ってやつだろ。秀吉も景勝と組んで柴田を牽制させていたじゃん。
335.名無しさん:2019年03月19日 09:29 ID:60ZC4vm30▼このコメントに返信
※332
>農民の移動は規制がかかってて基本的に許されない、逃散されると税金がとれなくなるからな

それは移動ではなくて転居に規制がかかっている、というのだが。
そして近世以前や経済主体が一次産業の国や地域ならどこでもやっておりますが。

で、江戸時代の場合は転居の自由はなくても旅行などの自由はあったという話しているのだが。
336.名無しさん:2019年03月19日 09:37 ID:60ZC4vm30▼このコメントに返信
※316
>ぐぐったら将軍家や細川家のがでたが、普通に豪勢なめしなんだが

何を見たかは知りませんが器や盛り付け方は確かに豪勢ですな。

肝心の料理の量や品数は他国の宮廷料理どころか現在のわれわれの食卓と比較しても恐ろしく少ない上に料理の内容はこれまた質素なだけで。

ちなみにあるHPでは「とてもじゃない将軍職の激務に耐えられるようなものではない」とし「実際に江戸幕府の歴代将軍の寿命は50歳弱=いわゆる人間50年以下なのも頷ける」としておりますが。

で、これのどこが豪勢なめしに見えるので?
そう思えるお前さんの食生活がむしろ、心配になってきますが。

>伊勢神宮は別にお伊勢参りで発展したわけじゃないが、元々日本でも最も格式の高い神社だぞ

で、それが民間レベルまで広がったのはお伊勢参りのお陰であると。

そもそも”お伊勢参り”は伊勢神宮の維持・経費を稼ぐために大々的に広告宣伝したからこそはやったのだが。

337.名無しさん:2019年03月19日 09:39 ID:60ZC4vm30▼このコメントに返信
※316
>お伊勢参りをいくのは簡単ではない、移動には規制も厳しい上

伊勢参りなど目的がはっきりしていれば割りと簡単に許可おりますけど。

というか下記のようにあきらかに通行手形なしで伊勢参りしたケースや伊勢参りと称して通行手形を発行してもらったのに京や大坂まで足を伸ばして観光して帰ってきたとかのもおりますが。

>金が要る共同体で金出しあってやっとだ、小作人がいけるようなものじゃない

そうですね。例えば
曲がりなりにも一定の所得がある小作人はおろか、そんなのがほとんどない子供や奉公人が家出や脱走まがいに伊勢参りしており、本来ならば処罰対象ですが、伊勢参りに行ったという証拠となる品を持ってくればお咎めなし、というルールがあるくらいに。

ちなみに家出同然の伊勢参りをわざわざ事細かく書き残した「夢酔独言」いう書籍に残したのが勝小吉(勝海舟の父)であると。
338.名無しさん:2019年03月19日 09:51 ID:60ZC4vm30▼このコメントに返信
※313
>武士が二万いても、彼らの装備は二万人分用意できない。できたとしてもそれこそ戊辰戦争末期ごろだろう、幕府にしてもジャスポー銃などを何丁用意できたと思っているんで?

つまり、お前さんがいくら喚こうと戦国時代は二万単位で動員できていたのに幕末にはできていなかった=軍縮の結果となるが。

ちなみにこれ郷士や足軽など普段は別の仕事している人数も入っている=お前さん曰くの武士ではない層もおりますので。

>装備もないやつらを刀で戦わせて勝てるとでも?

つまり、戦国時代ではできたのに幕末では戦える層や装備が少なくなった=軍事費を削ったと

ちなみに刀どうこうに関しても西南戦争では西郷軍の切込隊やそれに対抗して結成された抜刀隊など十分に活躍しておりますが。ちなみに2000年代でもイギリス軍が銃剣突撃とかやっているけど。

>奇兵隊にしても半分は武士なんだが、

つまり、半分は非武士階級であると認められたと。ちなみに奇兵隊に限らず当時は各藩に同じような組織が多数生まれましたがそのほとんどはすずめの涙程度の報酬でこき使われた挙句、強制的に解散、激怒したものは反乱騒ぎまで起しておりますけどね。
339.名無しさん:2019年03月19日 09:52 ID:60ZC4vm30▼このコメントに返信
※313
>その武士が江戸時代でニート化しており役にたたないから集められただけ

つまり、江戸時代に入って武士の文官(役方)化が進んだ結果”軍人(番方)”層が激減したというお話なんですが。これを”軍人の数や軍事費が減った”といわずして何というのやら。


>もっといえば武士の俸禄、つまり軍事費に変わりはない以上

全然。前記したように江戸時代の武士の業務は文官ようはお役所仕事が主なんですけど。それらの経費や報酬が軍事費どうこうなら現在でも国家予算=軍事費とかいうとして扱われる意味不明なことになりますがね。

>彼らが首になっていようがいまいが負担が変わらない

お前さんの言だけでも武器の調達・更新や訓練などに経費を使っていない以上はその分減りますけどね。

>一領具足は農民です。武士ではありません、彼らは税金が安いかわりに軍役があっただけです

世間様では半士半農=武士と農工商の兼業または二束草鞋をさすと。で、当事の武士というのはどちらかを主とするかは別にして、ほとんどで兼業であるという。

江戸期に入っても下級武士に当たる郷士や足軽あたりは兼業系が多い、というお話なんですが。
340.名無しさん:2019年03月19日 09:54 ID:60ZC4vm30▼このコメントに返信
※313
>彼らに収めるべき領土も主君からの俸禄もありません。それは武士とはいえない

その代わり半士半農系は租税の免除・軽減や開墾の権利、自治体や組合などの権限、商売上の便宜、本職の武士に準じた形式や権威などの特権を貰っているんですがね。

>室町幕府にも伊勢氏を始めとして行政専門の武士は大勢いますけど、彼らも武士でしょう?

繰り返しになりますが武士といっても文官やお役所仕事が主ないわゆる役方と武官や軍人たるいわゆる番方が存在しており、江戸時代には前者がほとんどになった。

で、お前さんが上げた伊勢氏というのは先祖代々文官=お役所仕事やっている武士の代表各なんですが。

その無理やり軍人として扱っている御仁がなんか言っているというだけでね
341.名無しさん:2019年03月19日 10:45 ID:60ZC4vm30▼このコメントに返信
※316
>元々日本でも最も格式の高い神社だぞ

ちなみに天皇をはじめとした皇族や政治家が頻繁に参拝するようになったのは明治以降(在位中にいたっては明治天皇が初と言われている)。
それまでは参拝した形跡がほとんどない。

だからと言って熊野神社など別の神社仏閣に出向いた形跡はいくらでもある・・・と言うのが当時の”最も格式の高い神社”の扱いなんですが。
342.名無しさん:2019年03月21日 00:42 ID:GApk4wUD0▼このコメントに返信
※316
>元々日本でも最も格式の高い神社だぞ
その割には天皇が全然行かなかったんだよなぁ。

有名な通称道鏡事件(称徳天皇が道鏡に譲位するために宇佐八幡の神託を確認させたやつ)でも、伊勢神宮の方が近いのにそっち行かなかったし。

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