2019年03月16日 09:05

豊臣秀吉とかいう非の打ち所のない完璧超人wwww

豊臣秀吉とかいう非の打ち所のない完璧超人wwww

hideyoshi

引用元:豊臣秀吉とかいう非の打ち所のない完璧超人wxwxwxwxwxwxwx
http://swallow.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1551439351/

1: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:22:31.08 ID:95/eu99Kr
卓越した政治センス
戦上手
人に優しくて皆の人気者
人生が日本史上最高のサクセスストーリー



こんなのズルいやろ

4: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:23:01.83 ID:95/eu99Kr
家康や信長よりずっと魅力あると思うわ

6: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:23:17.22 ID:rUwnxAd40
老化でぼけたで

7: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:23:48.99 ID:8sJ//bUT0
なんで秀頼を殺したんや……

8: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:23:49.95 ID:aB41BblI0
なお末期

13: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:24:29.25 ID:3R+S/1SZ0
なお晩年

21: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:25:39.00 ID:/LHF6s+cM
秀次「一理ない」

25: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:26:27.46 ID:OkTgQUhU0
晩年さえ恙なく過ごしてれば名君だったのに

29: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:26:57.57 ID:117DGdjRp
>>25
子供いなかったんだからしゃーない

34: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:27:15.10 ID:3R+S/1SZ0
正直そろそろ大河ドラマ秀吉もう一回見たい

52: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:30:10.11 ID:killab2KM
秀次殺さなきゃ全て上手くいってたのに

60: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:30:51.43 ID:cDt9tGjYr
頭脳戦と城攻め糞強い

90: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:33:27.07 ID:+YaUwdLT0
応仁の乱の時に秀次みたいな継承者問題が戦火を拡大させたから
殺しちまう気持ちはわかる

92: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:33:45.40 ID:EDcdvuL10
歴史上天下を取った途端堕落して評価が急落する英雄は多いからな
家康は天下を取った後が完璧だからこそ偉大なんや

128: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:36:55.69 ID:OfFYrxLmM
石田三成とかいう全く評価されない忠臣

154: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:38:59.75 ID:w96/NSc3r
最近は武田信玄が無能になりつつある

175: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:40:48.88 ID:s089t57xr
>>154
無能やと思ってたけどノブヤボで武田プレイして掌返したわ
あんなの普通ジリ貧不可避やんけ

189: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:41:46.54 ID:MsEpXBfu0
>>175
そこに金山があるやろ?

173: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:40:39.91 ID:gUc1GIETr
よう考えたら力の無い豊臣家なんぞに尽くす義理ある大名っていんのか?
金の切れ目が縁の切れ目

195: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:42:13.48 ID:O17tzjDb0
農民から天下人になる為にはここまでせんといかんのかと絶望するよな

224: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:44:33.47 ID:X0mLzyJhM
平民から天下統一して全国の武将従えて
でっかい城建てて京都でお花見や茶会するとか夢のようやん

242: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:45:52.44 ID:8hihdvcr0
信長→秀吉→家康がちゃんと前のやつの踏んだミスから学習して成長していってるのはすごいよな
部下の扱いとかマジで進化していってる

308: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:51:00.09 ID:X0mLzyJhM
>>242
世界中を意識して色々取り入れた信長が積み重ねた物を家康は鎖国したんだから退化してんぞ

352: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:53:42.90 ID:8hihdvcr0
>>308
キリスト教排除は有能やろ、その延長で鎖国はわりとありやったやろ
どのみち鎖国してたってガチれば追いつけたんやから問題無いやろ

307: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:50:53.89 ID:A3OzSERrd
秀吉ばっか晩年老害って言われるが

身内かわいさに糞息子に領土あげるために重臣追放や領地替えして
謀反で死んだ信長のほうが晩年糞やろ

なんか本能寺がプラスエピソードみたいになってるが最悪やからな

318: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:51:33.41 ID:oeJQl/I/a
秀吉が名目上引退しても太閤として老害全開やってたけど
信長だって長生きしてたら秀吉並の老害と化してたと思う

321: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:51:43.87 ID:jcV1FJFW0
信長死んだあとに秀吉と家康以外に天下取れそうな奴っている?

349: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:53:35.69 ID:GQBVaMGJ0
>>321
秀吉に勝てば明智
秀吉に勝てば勝家
まあ勝家は織田家内の争いだと思ってそう

342: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:52:57.88 ID:K8vScpss0
晩年の無能っぷりが人気を下げてる要因やね
信長は醜態を晒す前に死んだから人気があるんだろ

358: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:54:14.22 ID:vjTx1fggd
>>342
信長生きてれば満州まで日本だったやろなぁ

375: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:55:10.31 ID:/dr/jEWPd
>>342
死に方も炎上する寺の中で散るとか格好良すぎるからな

354: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:53:55.86 ID:MTOqDIHZr
秀吉は考えすぎておかしくなったが
こいつ自分死んだ後何も考えてねえだろって奴もいんのかな

405: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:56:55.36 ID:jcV1FJFW0
>>354
信玄と謙信
後のこと全く考えてないで逝った

360: 風吹けば名無し 2019/03/01(金) 20:54:31.26 ID:3R+S/1SZ0
でもまあ秀頼で豊臣の天下が終わったからこそ秀吉が評価されてるって部分も有るんかなと思うわ

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2019年03月16日 09:13 ID:nN0046H30▼このコメントに返信
豪傑と一騎討ちしてねえじゃん!
一騎で敵陣に突っ込んで、青竜刀で1000の首あげてこないと評価できません!
2.名無しさん:2019年03月16日 09:14 ID:Mu3da2dg0▼このコメントに返信
容姿には恵まれなかったようだ。身長は150cmに満たなかったのではないかともいう。
しかし、それをハネ返すだけの超人的な人間的魅力があったのだろう。
3.名無しさん:2019年03月16日 09:20 ID:LLryXieR0▼このコメントに返信
この人、文献からも多指症ってのはほぼ確実なの?
あと髭が薄くて付け髭してたりコンプレックスも結構強そうね
4.名無しさん:2019年03月16日 09:20 ID:vSAHUSXp0▼このコメントに返信
六本指という希少種
5.名無しさん:2019年03月16日 09:22 ID:PLgLKJJH0▼このコメントに返信
指が6本あるしな

晩年ぼけたというけど1591年にはボケがすごかったことが現存する書状でも分かってるで
6.名無しさん:2019年03月16日 09:22 ID:voZLsgZr0▼このコメントに返信
秀吉に仕えた黒田官兵衛が凄かっただけ 秀吉が一番恐れていたから
7.名無しさん:2019年03月16日 09:24 ID:JlmQCKIz0▼このコメントに返信
以前、今年亡くなった堺屋太一氏が秀吉が偉かったと言うよりも、弟の秀長が偉かったと言っていた。本来、ナンバー2はナンバー1の首を狙おうとするが、彼はそうしなかった。陰になり、最後まで兄を助けた優秀な補佐役に徹した。だから、歴史的に見ても目立たないので、研究しようとしても、彼の資料は少ない。例えば、ホンダ自動車の本田氏と藤島氏、毛沢東と周恩来など、自分は決して天下を取ることを望まず、最後まで補佐役に徹し、そして組織を大切にすることによって、国や会社や団体が発展する。それを良しとしないのが左翼である。彼らは組織内に入って、お互いの対立を煽り、仲間内をバラバラにして内側から、国や会社や団体を潰して、やがてそれらを乗っ取ってしまい、もっと悲惨になる。
8.名無しさん:2019年03月16日 09:24 ID:8Ds1BufF0▼このコメントに返信
時の天下人だった平氏も北条氏も足利氏も徳川氏も天下を追われても一族は滅ぼされることはなかったのに
豊臣氏だけは一族全てきれいさっぱり滅ぼされたからなあ
9.:2019年03月16日 09:24 ID:4IvYy7Oo0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
10.名無しさん:2019年03月16日 09:24 ID:gKEZiM750▼このコメントに返信
秀長死んで前田利家が倒れてから

ストッパーがいなくなってしまったやんで
11.名無しさん:2019年03月16日 09:26 ID:MnQ1.GOZ0▼このコメントに返信
現場監督としては優秀だけれど社長としては二流かな、
天下を取った後は豊臣体制の維持に注力すべきところを
朝鮮征伐だしな。信長社長の下で働くと一番輝くタイプだな。
12.名無しさん:2019年03月16日 09:27 ID:yyoeTr4j0▼このコメントに返信
横山光輝の太閤秀吉も太閤になって途中で終わってる
立身出世物語が面白いんであって人生が面白い訳じゃないよな
13.名無しさん:2019年03月16日 09:28 ID:4OtXVV2X0▼このコメントに返信
秀吉個人だけ見るなら大成功した完璧超人
個人で見ればやりたいことしまくってちゃんと寿命で大往生キメたスゴイ奴
その後が重要とか晩年が云々いうのは歴史的観点で見ちゃうからだと思う。
14.名無しさん:2019年03月16日 09:28 ID:rNVoLqpG0▼このコメントに返信
謙信が後のこと考えてないって言われても
あの時点で自分が厠でぶっ倒れて急死なんて、全く想定してなかっただろ。
15.名無しさん:2019年03月16日 09:30 ID:xguYIpTG0▼このコメントに返信
>>308
>>世界中を意識して色々取り入れた信長が積み重ねた物を家康は鎖国したんだから退化してんぞ

あくまで海外との交易の管理と制限だったのに、いまだに日本が閉じ篭っていたというのは根強いんだな。
16.名無しさん:2019年03月16日 09:32 ID:etHl.8bD0▼このコメントに返信
朝鮮出兵について
17.名無しさん:2019年03月16日 09:34 ID:LGvrwtEW0▼このコメントに返信
信長、秀吉、家康の誰が欠けても天下統一は無かったし優劣を付けるもんじゃ無いだろ?信長じゃ無きゃ戦国乱世は生き残れなかったし勢力拡大も無理だった。秀吉で無きゃ乱世に逆戻りしてた。家康じゃ無きゃ平和な世が続かなかった。
18.名無しさん:2019年03月16日 09:34 ID:gzx3pNcN0▼このコメントに返信
※8
元々が平民出で武家と違って分家や一族が少なかったからな
だからこそ信頼できる家臣や後継者不足に最後まで悩まされて滅んだわけで
19.名無しさん:2019年03月16日 09:35 ID:TKyJBDkT0▼このコメントに返信
女癖が悪すぎる
20.名無しさん:2019年03月16日 09:35 ID:bQbZ4WHC0▼このコメントに返信
※3
ほぼ確実なんでないの?
「国祖遺言」(前田利家)や「日本史」(フロイス)にも書かれているから。
21.名無しさん:2019年03月16日 09:40 ID:LBOCgzX70▼このコメントに返信
多指症の有名人:ハニバル・カニバル・レクター博士
22.名無しさん:2019年03月16日 09:41 ID:r.iEVPnN0▼このコメントに返信
晩年に耄碌してなかったら大阪が首都だった
家康は耄碌する前に死んだけど家康もさらに長生きしてたら同じように粛清しまくってたと思う
23.下流老人:2019年03月16日 09:44 ID:M.3PdbKC0▼このコメントに返信
完璧なら滅んでないやろ、秀次は痛かったね、秀頼を秀次の養子ぐらいで手を打つべきだったネ。
24.名無しさん:2019年03月16日 09:45 ID:kgcvUbe10▼このコメントに返信
※20
第一次資料に載っていないので、分からない。

ただ、当時の人にとって六本指の様な奇異は、「特別な人間」と言うことで一定の敬意を払われていた。ので、自分たちの君主が六本指なら残すであろうに、日記やらで残していない事から恐らく、六本指ではない。
25.名無しさん:2019年03月16日 09:45 ID:EQ.WMKAU0▼このコメントに返信
>>6
それだけ秀吉に能力と人格を見る目が
長けていたと思うね
黒田官兵衛は関ヶ原の時に自分の野心を
むき出しにしているから
一番怖いのは能力があって自身の安寧を
脅かす人間でしょう
だからこそ官兵衛を九州に移封させた
と思うよ
26.名無しさん:2019年03月16日 09:45 ID:Mu3da2dg0▼このコメントに返信
最後がイマイチだな。
秀頼たのんますといくら家康に頼んでもなぁ。
自分がノブ子供をどう思ってどう扱ったか考えれば
死んでもしにきれなかっただろうな。
27.名無しさん:2019年03月16日 09:45 ID:eGSwp2o20▼このコメントに返信
干し殺し・かつえ殺しとかやってる時点で非はありすぎるだろ
松田憲秀とか殺すことないじゃん内奥さそった秀政はおとがめなしだし
28.名無しさん:2019年03月16日 09:48 ID:eGSwp2o20▼このコメントに返信
※3
立場とか考えなくてもいいフロイスが「(左手が)六本指だった」と書いてるから確定だな
肖像画で政宗の片目が小さくてもちゃんと描いてるような日本的な制約もないし
29.名無しさん:2019年03月16日 09:49 ID:eGSwp2o20▼このコメントに返信
※10
利休を切腹させた辺りでもう止めるやつはいない定期
30.名無しさん:2019年03月16日 09:51 ID:eGSwp2o20▼このコメントに返信
※11
唐入りだろ
朝鮮征伐はそのついでにのつもりやったこと
未だに最初から朝鮮征服狙いみたいな認識になってる
31.名無しさん:2019年03月16日 09:51 ID:dObAbBzp0▼このコメントに返信
子供できにくいとか遺伝的な問題あったかもしれんが秀吉くらい畜生でないと天下はとれないよ。
人を見る目と使う力も必要だが
32.名無しさん:2019年03月16日 09:52 ID:JlmQCKIz0▼このコメントに返信
7※。訂正、本田宗一郎と藤沢武夫氏です。
33.名無しさん:2019年03月16日 09:52 ID:kgcvUbe10▼このコメントに返信
※23
秀吉は、秀次の地位を秀頼に譲らせた上で、秀頼の後見人に秀次を据えようとした。

が、秀次は秀吉が自分を粛清するのではと考え、悲観的になり、秀吉の言うことに従わず、坊さんになろうとしたので、秀吉がキレたっていうのが実情。

秀次がもっと秀吉の事を信じるか、秀次が無能だったら悲劇は防げてたんだけどな。
34.名無しさん:2019年03月16日 09:53 ID:eGSwp2o20▼このコメントに返信
※22
首都だったら大「阪」にならずに大「坂」表記だっただろうな
大「阪」は家康が「坂とか縁起悪いから」と変えた
35.名無しさん:2019年03月16日 09:55 ID:kgcvUbe10▼このコメントに返信
※29
助命嘆願のプロの前田利家ですら、利休の助命に積極的に動いていないことから、当時の人の多くは利休側に責任があると考えていたと思うよ。
36.名無しさん:2019年03月16日 09:58 ID:eGSwp2o20▼このコメントに返信
※33
高野山蟄居中に福島正則が「いさぎよく腹を切りなされ」と恫喝した
なぜか蟄居中の寺に脇差しがあったのかはお察し
37.名無しさん:2019年03月16日 09:58 ID:pe8nUC.c0▼このコメントに返信
※9
100年単位を一緒にして考えるアホが多いからな
現代でも民主党政権から10年経ってないのに様々な変化が発生してる
本当にしょうもないアホは当時を今の価値観で話すとかも平気でやるし
38.名無しさん:2019年03月16日 09:59 ID:eGSwp2o20▼このコメントに返信
※35
七哲とかそれなりに多く動いてるやん
39.名無しさん:2019年03月16日 10:05 ID:XGkLOiP00▼このコメントに返信
※38
それ、連座的に累が及ぶ可能性が高めの面々。
40.名無しさん:2019年03月16日 10:05 ID:Mu3da2dg0▼このコメントに返信
非があるとすれば晩年のモウロクだな。
それと伏見の地震とかツキもなかった。
まぁ、個人としては日本で最も楽しい
人生を送ったかもしれん。
夢のような人生だっただろうな。
41.名無しさん:2019年03月16日 10:05 ID:kgcvUbe10▼このコメントに返信
※38
七哲(七人じゃない)はたいしてないかな。細川家も特段動いていないし。
42.名無しさん:2019年03月16日 10:07 ID:kPUGV0NB0▼このコメントに返信
大権現()の威光すらこの禿鼠の前には なんやたいしたことあらへんやん・・となる。
43.名無しさん:2019年03月16日 10:09 ID:d7kSYuzE0▼このコメントに返信
政治センスは上位者の足を引っ張るセンスであって、
統治のセンスでないから秀次と秀長失ったら政権瓦解が始まってる。
戦は肝心なときに負けてる。基本は金を大量に使った物量押しつぶし作戦だから同格相手には勝ったことない。
性格は俺は信長ほど甘くないと言ってのけるほどだし、ミス許さないマンで人事も秀次秀長頼りっきりで
二人を失ったら人心失ってる。これが政権瓦解の直接的原因。
サクセスストーリーとはいうが、有力豪族の子で今川陪臣やってた経歴持ち。しかも血縁は近江の有力豪族。
わりと順当な出世でサクセスってほどサクセスでもない。
44.名無しさん:2019年03月16日 10:11 ID:kgcvUbe10▼このコメントに返信
※42
豊臣を名乗らされていたしな。織田にされた以上の屈辱を受けているので徳川からすれば、黒歴史やし。
45.ラッキー家康:2019年03月16日 10:11 ID:QA6aicWS0▼このコメントに返信
後継者育成 問題対処 それがポッカリと抜けている完璧ではないさ。無一物から天下人への仕事で精一杯でも当たり前だろうが・・死後の後継問題までは無理かな。
46.名無しさん:2019年03月16日 10:11 ID:zErM9yUO0▼このコメントに返信
非の打ち所のない(非の打ち所が無いとは言っていない)完璧(完璧とは言っていない)超人
47.古古米:2019年03月16日 10:14 ID:lWZC7bd90▼このコメントに返信
※8
源氏も直系は居なくなったけどね。
分散して薄まった感じだな。
48.名無しさん:2019年03月16日 10:15 ID:kgcvUbe10▼このコメントに返信
※47
佐竹「おっ!」
島津「ムクムク」
49.名無しさん:2019年03月16日 10:17 ID:lx7SwyRd0▼このコメントに返信
「人誑し」は「優しい人」じゃない。
まあ、幼稚な奴が豊臣秀吉を好きなんだよな。
50.名無しさん:2019年03月16日 10:17 ID:6CrtxlXF0▼このコメントに返信
ところでみんなは
秀頼はホントに秀吉の子だったと思う?
51.名無しさん:2019年03月16日 10:21 ID:kgcvUbe10▼このコメントに返信
※50
秀頼が大きかったので、疑ったらしいが、織田家の女性の大半が高身長だったので、別に不思議な事はないんやけどな。
52.名無しさん:2019年03月16日 10:24 ID:lx7SwyRd0▼このコメントに返信
源氏の家系でいったら本流の摂津源氏が衰退して、傍流の河内源氏が勢力を拡大したんだからな。
義朝 ー 頼朝の時点で源氏の傍流。
53.名無しさん:2019年03月16日 10:24 ID:sVD04wZe0▼このコメントに返信
羽柴秀吉→有能
豊臣秀吉→老害
54.名無しさん:2019年03月16日 10:26 ID:eGSwp2o20▼このコメントに返信
※44
屈辱っていうか秀吉存命中は忠臣だったじゃん
秀吉もそれなりに気をつかって唐入りでも最重要陣地の首尾任されてるし
ただ東海道・上野・会津に子飼いや重臣配置して包囲してるけどw
秀次もしくは秀長が秀頼元服まで存命だったら重鎮として終わっていただろう
秀忠にそんな気概ないし
55.名無しさん:2019年03月16日 10:40 ID:iwk4A.Xa0▼このコメントに返信
秀吉は晩年も、かみがかってるんだがな
制度設計から全部やった天才
56.名無しさん:2019年03月16日 10:49 ID:iwk4A.Xa0▼このコメントに返信
>>11
逆だよ
社長としても完璧なんだよ
社長になったら自分の地位を脅かすものを粛正する奴は多いが秀吉はそされをせず、海外進出までしてる
57.名無しさん:2019年03月16日 10:50 ID:tZicXfV50▼このコメントに返信
秀吉は普通に悪い評価やエピソードも残ってるよ
英傑ではあるけど完璧超人ではない
豊臣家を残す仕組みも作れなかったしな
58.名無しさん:2019年03月16日 10:53 ID:5p6.Dl.c0▼このコメントに返信
ちゃんと半島を更地にしといてくれりゃ後の世の苦労が無かったんだけどなぁ・・・
59.名無しさん:2019年03月16日 10:56 ID:W1U0OLIm0▼このコメントに返信
あの時代に刀狩り(火縄銃含む)を全国規模で行なったことだけは、本当に神の一手だったわ。
現代の銃規制にあたる政策を銃乱射や銃犯罪などの概念が無い時代に行なったとか超有能すぎるわ。
これがなければ日本は未だに武器大国だったかもしれないからな。

60.名無しさん:2019年03月16日 10:58 ID:nI3TVtVr0▼このコメントに返信
黒田官兵衛冷遇の愚は?
61.名無しさん:2019年03月16日 11:00 ID:.prlhgwO0▼このコメントに返信
あと10歳若ければ
62.名無しさん:2019年03月16日 11:04 ID:kgcvUbe10▼このコメントに返信
※60
むしろ、出世させ過ぎ。
元々は他大名の陪臣なのにな。

石田や福島や加藤や小西は直参なので、黒田より上にするのは当然。
63.名無しさん:2019年03月16日 11:08 ID:LLryXieR0▼このコメントに返信
※50
不能だったっての可能性的には結構高いんじゃない?
家柄が低くて一門が数少ない大名だから世継ぎを作るのに必死になって
しかも好色だって色々逸話のある人なのに信長や家康よりも子供の数少ないしなぁ
64.名無しさん:2019年03月16日 11:08 ID:eGSwp2o20▼このコメントに返信
※59
ちょっと刀狩りについてwikiでも見てこようか
教科書に載ってるようなものじゃないぞ刀狩りは
全国規模どころかやったのはごくごく一部で、しかも実施も中途半端
なんであれが教科書に黒太字で覚えさせられるのか分からん
65.名無しさん:2019年03月16日 11:13 ID:22NZSYmA0▼このコメントに返信
>>56
結果的に3代も続かず会社潰したからダメじゃね?
66.名無しさん:2019年03月16日 11:14 ID:5gouZjxV0▼このコメントに返信
九州へ行ってスペインやカトリックが何を企んでいるのか正確に見抜く
キリスト教団としての活動は禁じるも殺したりせず国外追放にとどめ
地下の日本人に対しては個人の選択で信仰することは許し
海外に奴隷として売り払われた日本人を買い戻すなど信じがたいほど人道上に配慮する
秀吉の慧眼が見抜いたキリスト教の本質は完全に正しいと歴史が証明してる
明に宣戦して大陸に大軍を送ってヨーロッパ人に日本の軍事力を見せつける
それだけが目的ではなかったがヨーロッパ人は秀吉の唐入りを見て日本への軍事攻撃は無理だと思い知らされた
のちの鎖国により300年の平和が守られたのは、ヨーロッパ人にとって日本は触ってはならない
おっかない存在であったから、すわち重武装中立路線の大元を築く
300年後に産業革命により軍事バランスが崩れ開国へ至ったのはまた別の話
67.名無しさん:2019年03月16日 11:16 ID:GbD05nky0▼このコメントに返信
賎民から「豊臣」という貴族になり最高位にまでなった。日本史上最も出世した人物。
68.名無しさん:2019年03月16日 11:17 ID:iwk4A.Xa0▼このコメントに返信
>>43
秀吉が指揮して負けた事は一度もない
調略の上手さ、秀吉の圧倒的な軍事センスよって成り立っている
69.名無しさん:2019年03月16日 11:17 ID:BX0OMPxP0▼このコメントに返信
秀吉は酷すぎるだろ。てめーの勝手の為に濡れ衣着せて一族郎党皆殺しにしたんだからな。
秀頼一匹の為にいったい何人殺されたのか。豊臣家なんて存続させなくて正解だわ。
70.名無しさん:2019年03月16日 11:18 ID:62HLoQEj0▼このコメントに返信
種無しが、唯一の欠点だよな。
71.名無しさん:2019年03月16日 11:20 ID:l0SiF2EU0▼このコメントに返信
指揮官や策略家としては優秀だけれども、個人としてはろくでも無い人物でもある
そして成金趣味=秀吉って図式が成り立つ程度には趣味も悪い
72.名無しさん:2019年03月16日 11:21 ID:BX0OMPxP0▼このコメントに返信
最上家の嫁入り前の娘まで殺しやがった秀吉は本当に糞。
73.名無しさん:2019年03月16日 11:24 ID:iwk4A.Xa0▼このコメントに返信
>>64
お前は刀狩りを理解してないな、農民を武装解たのではなく、農村にいる武士を排除するのがメイン。
74.名無しさん:2019年03月16日 11:24 ID:eGSwp2o20▼このコメントに返信
※72
大本は秀次が勝手に死ぬ&秀頼が生まれるにたどり着くな
75.名無しさん:2019年03月16日 11:26 ID:eGSwp2o20▼このコメントに返信
※73
それを指摘してるんだけど
76.名無しさん:2019年03月16日 11:27 ID:mx016zro0▼このコメントに返信
毛利元就の方が完璧に近いだろ
77.名無しさん:2019年03月16日 11:28 ID:5gouZjxV0▼このコメントに返信
太閤検地もお忘れなく、地方なんか土地の区分は今でも秀吉の太閤検地に基づいている
78.名無しさん:2019年03月16日 11:29 ID:iwk4A.Xa0▼このコメントに返信
>>69
応仁の乱の原因知ってる?
つか秀吉は戦国を代表するぐう聖だよ

お家騒動や大乱を未然に防いだ英断
犠牲を常に最小に押さえている
79.名無しさん:2019年03月16日 11:34 ID:EPeoaAAo0▼このコメントに返信
※15
鎖国のもともとの理由はキリスト教の排除であって貿易管理ではない
幕府が貿易管理始めたのは4代家綱とか5代綱吉のころ
80.名無しさん:2019年03月16日 11:36 ID:iwk4A.Xa0▼このコメントに返信
>>72
むしろ女だけで済ませている分優しいよ
幕府なら連座で最上も潰され、橋台皆殺しにされてる
81.名無しさん:2019年03月16日 11:36 ID:xVbfAkKs0▼このコメントに返信
織田政権を簒奪したクズ
家康が黙ってなかったのも当然だわ…
82.名無しさん:2019年03月16日 11:39 ID:62HLoQEj0▼このコメントに返信
※5
梅毒が脳にまわったんじゃないのか?
83.名無しさん:2019年03月16日 11:47 ID:kMuxJ8ZP0▼このコメントに返信
まーたコメント乞食の過激な煽りタイトル
84.名無しさん:2019年03月16日 11:57 ID:62HLoQEj0▼このコメントに返信
※10
>>10
秀長は、ストッパーやが、利家は違うで。
利家は、家康牽制要員にすぎないんやで。
前田家婚族=徳川家康の構図なんやで。
85.名無しさん:2019年03月16日 11:59 ID:BX0OMPxP0▼このコメントに返信
結局最上家はその後家康側になったし秀吉は自分で豊臣家を潰す要因を残しまくった。
秀吉がせっせとこねて天下を家康に渡したと言われても仕方ないね。
86.名無しさん:2019年03月16日 12:00 ID:62HLoQEj0▼このコメントに返信
※76
>>76
息子しなれたら、途端に商人からソッポ向かれた、
天下一信用されない人物。
87.名無しさん:2019年03月16日 12:04 ID:L4egEFYA0▼このコメントに返信
(秀吉、ねね)と(頼朝、政子)はセットで比較するとおもしろい。
ある日、
ねね:おみゃーさん、また、若いおなごかや、たいがいにしときゃーよ。
ひで:ほんなことゆったって、おまん、ゆるしたってちょ、わしのたのしみやで。
などと言ってとっかえひっかえをやめないひで。
ある日、ひでが頼朝の墓を詣でて
ひで:おい、頼朝、おまんも、えらいのぅ。罪人から天下人や。ほいでもわしもやで。貧乏人から太閤やで。

政子、ある日、家来をつかまえて命じるには
政子:うちの旦那の浮気相手の家を壊しておしまい。
その後、頼朝、その家来をつかまえて、髪の毛をむりやり切って家来に仕返し。政子にはなんもなし。

時がたち
ねね:家康さん、あとはよろしぅ。
(ふん、秀頼なんて、誰の子だったものか、と思ったかどうかは歴史のなぞだけど)
一方の政子、承久の変にあたって
政子:うちの旦那の恩を忘れないなら、京都のやつらをやっつけて!!
どっちも、いい夫婦。
88.名無しさん:2019年03月16日 12:06 ID:62HLoQEj0▼このコメントに返信
※62
>>62
同じ与力の蜂須賀が国持ち大名なのに、豊前半国は、少なすぎだろ。
明智与力だった細川より少ないし。
89.名無しさん:2019年03月16日 12:10 ID:EQ.WMKAU0▼このコメントに返信
>>8
まあそりゃ夢よ再びじゃないけど
新たな神輿が現れたら困るからね
90.名無しさん:2019年03月16日 12:16 ID:22NZSYmA0▼このコメントに返信
>>22
サルとタヌキは同じ天下人でもバックボーンがまるで違うんだが…
百姓のサルと違ってタヌキはの三河衆の頭領
元々は同格の土豪の寄合集団で担ぎ上げられた頭領だから、家臣とはいえ疎かにはできない
松平を代々担いできた譜代たちの忠誠も五大老五奉行とは比較にならないから
そもそも粛清されるような事案が圧倒的に少ない
91.名無しさん:2019年03月16日 12:47 ID:qrJKb.cT0▼このコメントに返信
まあ太閤記ベースの物語を皇国史観で膨らませたものでしかないな
史料から見える秀吉像とはまったくの別物
92.名無しさん:2019年03月16日 12:50 ID:a3G3MKdQ0▼このコメントに返信
※22
秀吉の晩年は伏見暮らしだから首都は京都だろうよ。
93.名無しさん:2019年03月16日 12:54 ID:a32owyBj0▼このコメントに返信
※44
秀吉と家康は仲良かったし屈辱ではないだろ。

家康が天下取れると確信したのは利家が死んだ時と思う。
94.名無しさん:2019年03月16日 12:54 ID:hGxnS4zN0▼このコメントに返信
晩年の秀吉は権力を握った普通の老人だろう、悪くは言えないな
その前が凄過ぎるだろう足軽が天下を取ったんだ
秀長に子供が居て長生きしてたら違ったろうな
95.名無しさん:2019年03月16日 12:55 ID:7IT.0al40▼このコメントに返信
※92
首都は天皇居住地だから江戸時代ももちろん京都。
秀吉は実質隠居するつもりで伏見に移っていたから、大坂城を政治の中心としていたから桃山時代の政都は大坂。
江戸時代の家康も駿府に移っていたが隠居しているから、幕府があった江戸が政都。
96.名無しさん:2019年03月16日 12:55 ID:T1qS8rRc0▼このコメントに返信
傾国の美女 淀君と結ばれただけでも 幸せ者やな


て そんなんええからはよ西野カナちゃん紹介せい!

はよ! はよするんや!!


工ルダー帝国ガガ―ン少将w
97.名無しさん:2019年03月16日 12:57 ID:BBN1UYHX0▼このコメントに返信
※78
でも秀次粛清の結果、秀頼を支えるべき身内がいなくなったのは事実だし、秀頼が生まれない方が豊臣家にとって幸せだったと思うよ。
98.名無しさん:2019年03月16日 13:00 ID:BBN1UYHX0▼このコメントに返信
※81
簒奪された無能が悪い時代なんで、悪いのは織田家。
同じ事は豊臣家にも言えて、家康に天下を奪われた無能である豊臣家が悪い。
99.名無しさん:2019年03月16日 13:03 ID:ICjJKNAf0▼このコメントに返信
あとは子種さえあれば名君だったのにな
100.コロンブス:2019年03月16日 13:13 ID:yOAZ8oA.0▼このコメントに返信
結果を出しているから超人なのは当然として、分かってくるにつれ黒い部分にも案外それなりの理由があったのではないかと思ってきている。
信長の身内による権力の独占化を打倒(したかもしれない)→その後の日本統一の促進
織田政権の乗っ取り(小牧長久手の本質)と徳川との手打ち→政権の確立
日明戦争→西欧植民地化に対する対応(これが無ければ徳川政権はなかったかもしれないが)
秀次・利休排除→それなりにくすぶる芽があったのでは

老後に耄碌(もうろく)したというのは違うような気はしている。
101.名無しさん:2019年03月16日 13:16 ID:nSHKKTwS0▼このコメントに返信
もし淀君が女しか生まなかったら秀次系で豊臣政権続けたろうか
102.名無しさん:2019年03月16日 13:17 ID:BBN1UYHX0▼このコメントに返信
※101
続けた。秀次系は多産なので豊臣家は安泰。少なくとも家康は諦めたと思う。
103.名無しさん:2019年03月16日 13:46 ID:oA3YZ7n40▼このコメントに返信
朝鮮征伐も電撃戦の文禄の役は兵糧焼かれて苦戦したけど
地保をしっかり固めてジワジワ進軍する計画に変更した慶長の役は順調に事が進んでた
九州勢だけで明朝鮮の総力軍に大勝してたし
秀吉あと10年生きてたら朝鮮確保、20年生きてたら満州南部は確保してたと思う
104.名無しさん:2019年03月16日 14:32 ID:.HGQtKhH0▼このコメントに返信
よく考えたら、今のクソ面倒くさい半島を無くすための最大のチャンスだったのか・・・・
105.名無しさん:2019年03月16日 15:17 ID:hFvQ6HFM0▼このコメントに返信
信長は死に方が格好良すぎたな。

美少年に守られながら、炎の中に消えてゆくなんて様になりすぎだよ。

アドルフヒットラーがソビエトを制して、欧州統一を目前にヒムラーの反乱に遭って、ユーゲントの少年に守られながら総統官邸の炎の中で消えていったら、伝説の男になってしまうだろう。
106.名無しさん:2019年03月16日 15:37 ID:MmfaABix0▼このコメントに返信
>>18
※18
ご近所で婚姻繰り返し、村内がみな親戚の時代に、父親の親族や中村の住人が、取り立てられてない不思議。
107.名無しさん:2019年03月16日 15:39 ID:p5OKFBrc0▼このコメントに返信
>>6
秀吉の参謀は蜂須賀正勝な
黒田は所詮軍使、軍監止まりの小物だよ
のちに法螺吹きまくってエピ盛ってるだけで
108.名無しさん:2019年03月16日 15:41 ID:p5OKFBrc0▼このコメントに返信
>>10
いなかったら秀吉自身が朝鮮乗り込んでる定期
109.名無しさん:2019年03月16日 15:44 ID:p5OKFBrc0▼このコメントに返信
>>65
潰したのは後任された奴らの責任だし秀吉にはどうしようもない
110.名無しさん:2019年03月16日 15:50 ID:p5OKFBrc0▼このコメントに返信
>>15
幕府は馬鹿みたいに制限し過ぎなんだよ
111.名無しさん:2019年03月16日 16:06 ID:p5OKFBrc0▼このコメントに返信
>>88
そりゃ蜂須賀の方が圧倒的に格上だからな
黒田とか軍使役でしかないし
112.名無しさん:2019年03月16日 16:11 ID:p5OKFBrc0▼このコメントに返信
秀吉はもう10年生きてたら完全無欠な日本の大英雄になってたろう
後任を攻めの経済センスがまるでない家康に託したのが日本の運の尽き
113.名無しさん:2019年03月16日 16:17 ID:MmfaABix0▼このコメントに返信
>>87
※87
政子は、旦那の家の利益より実家の利益優先した、シナ女性みたいな女。
だから北条政子と実家の姓で呼ばれる。
三大悪女に選ばれるはず。
北条政子・日野富子・小和田雅子。
114.名無しさん:2019年03月16日 16:47 ID:BBN1UYHX0▼このコメントに返信
※112
>家康に託したのが
ん?秀吉は家康に託してないよ。
自分の死後をしっかり考慮せずまんまと家康にしてやられただけ。
115.名無しさん:2019年03月16日 16:58 ID:GbD05nky0▼このコメントに返信
家康が忠誠を誓ったのは豊臣秀吉にであって、豊臣家ではない。
116.名無しさん:2019年03月16日 17:00 ID:.XYmGuqD0▼このコメントに返信
成り上がりにかけては天下一だけど目標達成したあとは燃え尽きたのかってくらい完全に老害化したからなあ
出自のせいか武家として家を存続させるという点は本当に下手だし老害化してるから打つ手は全て悪手で諸大名の反感買いまくりだろ?
凄いと思うけどリスペクトは出来ない人物だな
117.名無しさん:2019年03月16日 17:04 ID:6P2UtqRS0▼このコメントに返信
秀吉の女好きは有名だけど、ねねや大勢の妾に生前も死後も愛されていたらしいな
妾達も美人なだけでなく才女も多かったらしく、文芸・社交・外交でも活躍してたのも興味深い
秀吉の女関係の最大の不幸は、主家を三度滅ぼした傾国の淀君を妾筆頭にしたことだろうな
京極龍子を妾筆頭にしていれば、ねねと淀君の対立もなかっただろうし、加藤清正や福島正成が東軍につくこともなかったかも
118.名無しさん:2019年03月16日 17:06 ID:j4L.7mx50▼このコメントに返信
信長はどの道長生きはできなかっただろうなぁー
119.コロンブス:2019年03月16日 17:33 ID:yOAZ8oA.0▼このコメントに返信
※113
これ、特亜の新しい工作でっかw
120.名無しさん:2019年03月16日 17:44 ID:Ujrp7Dlz0▼このコメントに返信
大阪人だがNHKの歴史系はとにかく秀吉ディスに余念がないから嫌い
豊臣幕府で継続してたら脚気とかあれほど酷い形では起こらなかったんじゃないか
121.名無しさん:2019年03月16日 17:54 ID:ruMsMJR00▼このコメントに返信
信長の部下の頃は好きだがそれ以降は嫌い
信長至上主義だから家康秀吉は嫌い
122.名無しさん:2019年03月16日 18:12 ID:p5OKFBrc0▼このコメントに返信
江戸時代は秀吉が庶民に圧倒的人気だったらしいね
幕府が締め付けばっかりやるから家康は毛嫌いされて信長はあと少しというところで全てをひっくり返されたアホという扱いだったとか
123.名無しさん:2019年03月16日 18:28 ID:GbD05nky0▼このコメントに返信
「豊臣幕府」?
どれだけ日本史に無知なんだよ?
その程度の奴が太閤贔屓ってこった。

124.名無しさん:2019年03月16日 18:55 ID:L4egEFYA0▼このコメントに返信
※113
うん?鎌倉当時って、結婚したら奥さんは旦那の名字になるんでしたっけ?浅学にしてそんなのしらないなぁ。
むしろ、鎌倉時代って、男女平等で、娘でも息子と同じように親の財産を分けてもらえたという。たわけ、田分けって言葉ができたくらい。
源政子になってない、という非難はなんだかなぁ、日本史の常識からはずれているように思うよ。
結婚したら、旦那の名字にする、っていうのは近世から、特に明治民法からでしょ。
政子にしろ、ねねにしろ、旦那の望んだ夢というか日本のありかた、つまり、それぞれ、武士の利益を優先する世の中、戦国乱世を終わりにすること、を優先した才女であった、と私は個人的には思いますけどね。
125.名無しさん:2019年03月16日 19:19 ID:LLryXieR0▼このコメントに返信
※122
明治、大正、昭和初期も秀吉が人気で
信長は三英傑の筆頭って呼べるほどでもなく埋もれ気味だったって話は聞いたことあるなぁ

時代によって評価変わるんだろうけど
でも、信長、秀吉、家康は日本の歴史上で重要な三英傑として
今後も語られていくんだろうね
126.名無しさん:2019年03月16日 20:18 ID:zNNdauY10▼このコメントに返信
>家康は天下を取った後が完璧だからこそ偉大なんや

こいつ馬鹿すぎるだろ・・・家康は死の間際まで徳川家のことだけ考えてた小さい人物
127.名無しさん:2019年03月16日 20:19 ID:i.qPBC6I0▼このコメントに返信
木下から取った養子で太閤就任予定だったはずの小早川秀秋が不憫でなあ・・・。
実子生まれちゃった以上はしゃあないにしても、もっとまともな扱いってもんがあっただろと・・・。
128.名無しさん:2019年03月16日 20:20 ID:FfQjXPQS0▼このコメントに返信
非の打ち所のない完璧超人wwwwは途中までだからな  百姓から成り上がり天下人になったが
晩年はどーしようもねーポンコツ老害ジジイ  弟が有能過ぎてカバーしての天下人
ガリチビでサル顔の男がここまで登り詰め後の大名になる有能な人材を育て政治手腕を家臣と共に発揮
自分の実子でも無い秀頼を溺愛しデカ女の淀君に執着しての愚政治には笑えるし時と同じく弟の秀長が病死
誰の子か分からぬ秀頼が産まれ秀次が邪魔になり幽閉・身内を惨殺などで亡くなる時は秀頼の事ばかり頼むと懇願
子宝にさえ恵まれて居れば良き豊臣幕府が造れたモノを残念。
石田三成が一生懸命に豊臣の為に人力を尽くすが大名達からは愚政治に対する悪評で無視されての関ヶ原で大敗
淀君は家臣同士の戦いとした。   秀吉の実子が居れば西軍が勝てたかも  
129.名無しさん:2019年03月16日 20:29 ID:i.qPBC6I0▼このコメントに返信
浅井直系の巨人血統なんだからデカい事じたいは何の不思議も無いのに他人の子呼ばわりされるかわいそうな秀頼。
130.:2019年03月16日 20:36 ID:yOAZ8oA.0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
131.名無しさん:2019年03月16日 20:39 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※126
自分の家を残せなかった秀吉に比べれば上。てか武家が自分の家を第一に考えるのは当たり前。

秀吉こそ死の間際まで自分の事しか考えず、息子に安定した地盤を残せなかった情けない人物。
132.名無しさん:2019年03月16日 20:44 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※127
太閤は関白辞めた人の尊称やで。

小早川に送った事自体は優遇だぞ。養父隆景が大老だからな。問題はそれ以降。
133.名無しさん:2019年03月16日 20:45 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
秀吉は自分の家の事よりも日本の事を考えていた偉大な人物
家康は自分の家の事しか考えられない矮小な人物
134.名無しさん:2019年03月16日 20:49 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※128
秀吉は老害という言葉からはもっとも遠い人物。
死ぬまで全て自分で差配し一度の間違いも起こさなかった
反乱すら一度もおこされず、外征でも連戦連勝、国内は好景気とすべてにおいてぬかりはない。
135.名無しさん:2019年03月16日 20:51 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※133
>秀吉は自分の家の事よりも日本の事を考えていた偉大な人物
もしそうなら秀頼が生まれた時に出家させたはずだよ。どう考えても赤ん坊より成人男子秀次の方が当主にふさわしいからな。

残念だが、秀吉は自分の息子の事しか考えられない矮小な人物ですらない。徳川以下外様の大大名を弱体化させず、守るべき身内ばかり弱体化させた。
136.名無しさん:2019年03月16日 20:59 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※124
当時は女性にも一定の権利があっただけで、男女平等ではないぞ
女性では家督はつげなかったし、相続に関しても男の数割程度はもらえていたが、逆にいえば男よりも数段減らされていた
幼い時は父に従い、結婚したら夫に従い、おいたら子供に従うのは女性としての生き方。

女性は結婚しても実家に属するものであるのはその通りだが、そもそも当時の女性に基本的に名字はない
名字を名乗るというのはそれなりの立場でないと名乗れないもの。栄誉なので女性にはない。
官位もっていたりする女性にはあったりするが、これは例外といっていい
秀吉の妻のねねは官位もっていたのであるが、豊臣吉子とその時記録がのこっている。
137.名無しさん:2019年03月16日 21:02 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※127
秀秋が太閤就任予定なわけがないだろう。
当時は秀勝という本命の跡継ぎが存命であり、秀秋なんて後継者候補に一度もなったことはない
木下家の五男でこのままじゃ大変なので、名家に養子に入ってそこから他家に養子にだされるという、
戸籍リクルートにすぎない、当時はわりとよくあった話。
木下家の五男が小早川家という継げて文句いうとかありえんわ
138.名無しさん:2019年03月16日 21:06 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※135
実子が生まれたなら養子は家督継いでても、実子に家督ゆずるのが当時の常識だが?
毛利家でも養子がいたが、輝元に実子が生まれたら実子が後継ぎになり、養子は別家をたてられて追い出された。
南部や藤堂、いや足利将軍家ですらそれはあったこと

日本の為に肉親であっても手をかける事ができる最高の主君が秀吉であり、大大名も潰さない聖人が秀吉
些細な事で粛清しまくった最低の人物が家康や秀忠
139.名無しさん:2019年03月16日 21:09 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※138
あら?「秀吉は自分の家の事よりも日本の事を考えていた偉大な人物」じゃなかったの?急に設定変えたのかい?

輝元は当主としては三流の人物。そんなんと秀吉を同列にしたくないな。秀吉が聖人君子なら涙を飲んで秀頼を出家させただろう。
140.名無しさん:2019年03月16日 21:29 ID:DEk7xv.S0▼このコメントに返信
萬暦朝鮮戦争でも、その都度その都度、テキパキと明確に戦略を変更している。
おそらくは明側でも、今までとは違う感触を得ていたと思われる。
言い過ぎかもしれないが、明側から秀吉への敬意を感じる。
141.名無しさん:2019年03月16日 21:48 ID:i.qPBC6I0▼このコメントに返信
※137
時系列メチャメチャすぎだ。
秀秋が木下家から秀吉の養子になったのは秀勝死後すぐ。
その後に秀頼が生まれて浮いた立場となった秀秋を毛利の血筋乗っ取りに使おうとし、
これを小早川が先んじて毛利本家ではなく自家の跡取りとして要請したっつうのが「小早川秀秋」となるまでの流れ。
だから秀次が順当に関白務め上げてたならその後は秀秋に譲られる予定だったろうと言われる。
実際、秀勝死後から秀頼誕生までの間、他に養子は取ってないのだから。
142.名無しさん:2019年03月16日 21:49 ID:tqoYyW6T0▼このコメントに返信
※1
脳筋のバカは天下は取れないからしゃーないw
143.名無しさん:2019年03月16日 21:53 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※139
日本の為を考えたら自分の子供のほうがいいからだよ。秀次は人望もないしなにより秀吉の子供ではないからな
144.名無しさん:2019年03月16日 21:53 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※138
>日本の為に肉親であっても手をかける事ができる最高の主君が秀吉であり、大大名も潰さない聖人が秀吉

大名が力を持ちすぎたのが室町時代の混乱の一因なのに同じ事の繰り返しかよ。
そして肉親を排除した結果、秀頼を守る肉親が誰もいなくなった。

>些細な事で粛清しまくった最低の人物が家康や秀忠
その粛清ができたからこそ徳川は260年続いた。元祖天下人源頼朝がそうだが、天下人は他者から「最低の人物」と思われるぐらいの冷徹さがなければ務まらない。

対して信長・秀吉は妙なところで甘いせいで徹底的に粛清できなかった。だからこそ早々に潰れた。
145.名無しさん:2019年03月16日 21:59 ID:MLeOFmN60▼このコメントに返信
韓国では、豊臣秀吉が日本を作ったことになっている。
複数の大学教授の著書で見た。

それ以前の日本との歴史とか、いろいろ齟齬があるはずだが、彼らはそんなこと気にしないらしい。

中国人には秀吉の大明討ち入りは十分実現性があったと思われているそうな(陳舜臣氏の著書にあった)
すぐあとの女真族の侵略よりも規模も組織力も上だったから。
146.名無しさん:2019年03月16日 22:01 ID:tqoYyW6T0▼このコメントに返信
※14
信玄もそうだけども、せめて後継は決めておけよって話し・・・・
でも謙信もまさか景勝がなるとはおもってなかったんじゃね?
景虎のバックのは北条がいて、勝頼も義兄弟の間柄だったからな。
まさか勝頼が裏切って?景勝に味方するとはな・・・・
武田は滅亡時に北条を頼れなかった処か敵対されたのは痛かったよなww
147.名無しさん:2019年03月16日 22:02 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※143
秀吉は人望もないやつに関白を与えたのか?
人望なんてやる事をやってれば後々付いてくる。秀吉だって最初から人望があった訳じゃない。

秀次は秀吉の養子だろ?子供じゃん。
それに「秀吉は自分の家の事よりも日本の事を考えていた偉大な人物」だし、常識に囚われない奇抜なやり方で成り上がった。
秀頼の件も俗人とは違う道を進めばよかった。秀吉の言葉が法なのだから周りに合わせる必要なんてない。
148.名無しさん:2019年03月16日 22:06 ID:nRzjFnou0▼このコメントに返信
※140
つーか、秀吉の朝鮮征伐は平和になった日本にとって、
治安攪乱要因となった武士の廃棄が目的だったと思うがね。

島原の乱も西南戦争も一緒。
149.名無しさん:2019年03月16日 22:12 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※141
秀秋が秀吉の養子になったのは1585 秀勝が死亡したのは1586
秀勝が死亡する前にすでに養子に入っている。

そして毛利乗っ取り?w当時はすでに秀元が輝元の養子になってる。
これは秀吉も認めているもので、そして秀吉はその時輝元に実子が生まれた場合は秀元に別家をたてるお家騒動を起こさせないようにさせている。これは1592の話であり、秀頼が生まれる(1593)前の話

お前小説とか黒田家が吹いた話を史実と勘違いしてる低能だな
150.名無しさん:2019年03月16日 22:13 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※148
横からだが秀吉に関しては少し違うと思う。

世界史的に見ると、国内を統一した後外国へ出て行くのはよくある事。家康が国内に留めた方がレアケース。
151.名無しさん:2019年03月16日 22:17 ID:i.qPBC6I0▼このコメントに返信
※147
戦じゃ森長可に付き合って散々な目に合ってるけど、
近江五郡領主時代は民話になっちゃってるくらいには善政のお殿様だったみたいですね、秀次さん。
というか30前に死んでてそもそも事蹟の少ない人だし、乱行の話も太田牛一以外に書いてる人が誰も居ないっつう嘘臭さだし。
152.名無しさん:2019年03月16日 22:21 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※144
何言ってんだお前は、足利幕府の三管領である斯波畠山細川をはじめ今川などの有力大名はみな足利家一門、江戸時代なら親藩にあたる。
肉親で争っていただけだ、その家の争いもほとんど家督争いであり親子兄弟の争いにすぎない
ていうか室町幕府の争いなんてほとんど肉親同士の争いだ、尊氏からして弟と争ってるからな。
応仁の乱もそうだし

有力家臣や諸侯をつぶし、徳川によるディストピアをつくったにすぎない
その結果日本は衰退して薩長に救われなければ植民地になっていただろう
153.名無しさん:2019年03月16日 22:23 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※147
鶴松が死亡したとき唯一成人していたから秀次が関白になっただけで、
彼は養子たらいまわしにされており、本来後継者になれるような人物ではない。

養子よりも実子のほうがよいのは当然だろう、
秀吉という超天才の子供と、甥っ子ではカリスマが異なる
154.名無しさん:2019年03月16日 22:26 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※151
秀次が領内で行政なんてやってるわけないだろう。やってるのはみな付家老連中
乱行は太田以外も書いてる
155.名無しさん:2019年03月16日 22:29 ID:L4egEFYA0▼このコメントに返信
※148
武士の廃棄、は、目的ではなくて、結果だと思うな。
生産力が上がって、人口が増え、土地を相続できない次男、三男が溢れてくると、戦乱が増える。国内が統一されると、元気いっぱい、経験一杯の軍隊で外国に押し出す、というのは、洋の東西を問わずによくある話。自分の国の若人をわざわざ磨り潰すために外征するような外道はいないと思うよ。(征服王朝が、被征服民を先頭にして外国を攻める、というのは、外道なやり方であり、それは中国なんかではよくあったらしいが)
秀吉の場合、元気よく国外に軍隊を出したけれど、自分の寿命やら、外交官の欺瞞やらがあって、途中で終わっちゃったけど。
徳川初期のころは、まだ元気もあったし、実際、明の復興の手助けを検討したりしたけど、まぁ、落ち着いてきて武断政治から文治にかわり、平穏な世の中になっていった、てのがある。
156.名無しさん:2019年03月16日 22:38 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※153
もう一度言うが、人望なんてやる事をやれば後から付いてくる。

>養子よりも実子のほうがよいのは当然だろう
157.名無しさん:2019年03月16日 22:41 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※156 続き
>養子よりも実子のほうがよいのは当然だろう
それは俗人の理屈。
秀吉は「超天才」だし「自分の家の事よりも日本の事を考えていた偉大な人物」だよ。なんでそんな人物を俗人の尺度で考えるのかな?
158.名無しさん:2019年03月16日 22:46 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※157
凡人共を束ねる仕事だぞ、
凡人共が崇拝しやすいのは人望のない秀次と、秀吉の子供である秀頼どっちだと思っているんだ?
159.名無しさん:2019年03月16日 22:46 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※152
室町幕府のダメなところは主君と家臣が近すぎたのもあるだろうね。徳川幕府はその辺をきっちり区別した。徳川幕府統治下で室町時代の様な身内の内乱が起きたケースはない。

今考えたんだが、秀吉は「自分の家の事よりも日本の事を考えていた偉大な人物」らしいし、秀頼に天下人は務まらないと考えてわざと下剋上できる隙を残しまくって死んだのか。

ならば納得だよ。そうでも考えないと家康を強大化させた秀吉が息子の事を考えていないバカに見えてくる。
160.名無しさん:2019年03月16日 22:48 ID:L4egEFYA0▼このコメントに返信
※152
徳川の治世がディストピアってのは、どうなのか。勿論、現在と比べたらそうなんだろうが、同時代の世界と比べたら充分豊かな生活だった。
18世紀のロンドンやパリなんて、道路を歩いていたら上から糞尿が降ってきた。幕末に日本に来た欧米人が、日本の町の清潔さに感心したと言う記録が残っている。ロンドンやパリが清潔な町になり、病気が減ったのは、下水道の整備が行われた19世紀の半ば以後。幕末の武士がヨーロッパに行ってその先進性に驚いたのは、できたてのホヤホヤのそういう町を見たからであって、日本が100年も200年も遅れていたわけではない。蒸気機関を始めとする工業技術で数十年分くらいの遅れだけ。
元禄文化や化政文化を代表とする江戸時代の豊かさを過小評価してはいけないと思うよ。
161.名無しさん:2019年03月16日 22:50 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※158
後継者が無能だったケースは腐るほどある。信長の孫秀信もその1人。
秀頼がそうではないと言えるのか?

後々人望が高まった人物もいる。徳川秀忠がいい例。
162.名無しさん:2019年03月16日 23:02 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※159
反乱起こさないように江戸に拉致して監視社会にしてただけでしょ。

そして家康はさして強大ではない、家康が権力を手に入れたのは利家が死亡し石田が襲撃されて失脚された後、
それまでの権力は石田以下、当時の家康は奉行衆にすら頭があがらなかったからな
163.名無しさん:2019年03月16日 23:05 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※160
江戸時代で豊かなのは大名と一握りの特権商人のみ、
国民は非常に貧しく国民総奴隷時代といっていいほど、なにかあれば飢饉が発生して大量に死ぬ

そして清潔?ノミシラミがうようよいて、非常に汚い事も書かれているぞ。イザベラの旅行記きちんと読めよ
糞尿がまかれていないのはその通りだが、それは日本においては糞尿は堆肥にするからむしろ高値で引き取られるからだぞ
その結果江戸は肥溜めの悪臭がすると書かれている。
164.名無しさん:2019年03月16日 23:07 ID:vV0uJYtw0▼このコメントに返信
※161
無能であっても秀吉の血筋ならと崇拝するだろう
今でも世襲政治家がうじゃうじゃいるのが日本だぞ
165.名無しさん:2019年03月16日 23:14 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※162
>江戸に拉致して監視社会にしてただけでしょ。
おいおい、江戸住まいは秀吉が京でやってた事を徳川もやっただけじゃん。

秀吉の遺言で利家と家康が主導する様にとされていたのに石田以下?つまり「秀吉の遺言<奉行」なのか?

奉行以下のはずなのに家康の大名婚姻に何の罰則も与えられなかったぞ。どう説明すんの?
166.名無しさん:2019年03月16日 23:18 ID:L4egEFYA0▼このコメントに返信
※163
弥次喜多やら、わんこまで伊勢参りをしていたのですが、弥次喜多やわんこは特権商人ですか?
飢饉やら流行病で大量死が出るのは、17世紀から19世紀では、世界どこでも同じ。
日本の為政者には、民は預かりものであり大切にしなくてはいけない、という思想が結構広まっていた。民を「奴隷」と思ってたりしておりません。ただ、現代の生活水準と比較したら、貧しいというのはそのとおり。でも、奴隷制というのはいろいろ言い過ぎですよ。
イザベラさんは、女性が一人で旅行しても無作法なことをされない、不当な料金を要求されることもない、とも言ってますよね。
当時の世界で、ボディガードなしで、旅行できるような国があったのですかね。(イサベラは日本人の付き人を雇っているけど、それは、屈強な武士ではなくて、普通の町人クラスですよね)
戦国末期から江戸時代の日本人の生活・文化は、当時の世界水準から見れば、けっこういい線行っていた、そう思いますよ。
167.名無しさん:2019年03月16日 23:20 ID:i.qPBC6I0▼このコメントに返信
うへ、ずいぶん進んでる。

※149
1586年1月29日は西暦換算だよ。和暦の天正十三年の十二月に死んでる。秀秋養子と同年。
死後すぐって書き方が間違ってるのは認めるけど、元々病弱の人間が二年余り床についたまんまってんでこりゃやべえと急遽用意されたんだよ秀秋。
それにさあ、秀元の輝元後継を秀吉が認めた話、どういうもんだと思ってる?確定どころか暫定もいいとこの話なのよ。
輝元に実子が生まれた際には相続放棄する・その際には毛利本家から分知を認める(これが吉川一門の在地の山陰だったりする)というもの。
当時からもう秀吉さん毛利家切り崩しにやる気満々だったって理解できてる?
ついでにいえばこれ秀吉が言い出して認めさせたとも言われる話で、だとすると秀吉がなんぼでもいいようにできる約束。
(実際秀吉死後に毛利家はあっさり秀元の分地相続を場所から石高まで大幅に変えてる)
だから小早川隆景がすでに顔合わせ済んでる秀元を毛利本家相続の念押しした上で、秀秋を小早川の方に迎えようとしたの。
秀秋を毛利本家に迎えちまうと上の起請文をマジで実行されそうだったから。

あと殺生関白関連の話は天正記由来とみるのが今は一般的らしいぞ。少なくともかなり盛られた話だってのは確定してる。

・・・きみずいぶん思い込み激しいね。
168.名無しさん:2019年03月16日 23:21 ID:o.seQJW70▼このコメントに返信
※164
>無能であっても秀吉の血筋ならと崇拝するだろう
その発想が俗人の考えだと言っているんだよ。秀吉は「超天才」だし「自分の家の事よりも日本の事を考えていた偉大な人物」じゃなかったのか?

現在世襲政治家がうじゃうじゃいるのは、江戸時代に世襲が当たり前になったのが続いているのであって、戦国では実力者が朝廷に認められる形、つまり血より実力が優先される。他でもない秀吉がその理屈で天下人になった。
169.名無しさん:2019年03月16日 23:32 ID:L4egEFYA0▼このコメントに返信
※163
「江戸に拉致して」という言い方はなんだかなぁ。
家光なんか、「予は生まれながらの将軍である」なんて言ってから、不満があるなら国元に帰っていいよ、と、弓矢でもって相対しよう、みたいなことを言ったらしいよね。つまり、一応、江戸に妻子をおくことを含めて幕府に従うことを確認している。
武士諸法度で制度化して、諸大名に参勤交代させたのであって、諸大名の妻子を刀で脅して無理矢理江戸に引っ立ててきたわけでなない。
貴君の文章は、悪意のある言葉で、意図的に江戸の日本をおとしめているように思えますね。
170.名無しさん:2019年03月16日 23:39 ID:L4egEFYA0▼このコメントに返信
※169
すみません。
※163は、※162の書き間違いです。
ついでに、「当時の家康は奉行衆にすら頭があがらなかった」という言葉は、石高(つまりは動員兵力の大きさ)について、考慮してないと思いますよ。
171.名無しさん:2019年03月17日 00:04 ID:rBNWjhz40▼このコメントに返信
成り上がりすぎて がめついイメージ
172.名無しさん:2019年03月17日 00:34 ID:2MFCqBPd0▼このコメントに返信
戦争を単に戦術マターとしての「Battle」じゃなくて、外交や経済も含めた「Campaign」としてやった
日本史上で最初、しかも唯一の人物だと思う。

第二次大戦期はおろか今の日本の指導層にすら、こういう観点で戦争を認識してる人間って皆無だと思うんだ。
173.名無しさん:2019年03月17日 00:49 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※172
なーるほど、斬新な視点ですね。
頼朝の、平家や後白河法皇や奥州藤原氏との戦いなんか、どう評価します?
けっこう、外交や経済を含めた、連続的な、虚々実々の戦いをしているような気がします。
174.名無しさん:2019年03月17日 01:12 ID:MPZKp7610▼このコメントに返信
※172
戦国大名の間でも外交や経済はあったと思うんだよねぇ。
戦国大名は後の世の日本人に比べてリアリストが多いイメージ。
175.名無しさん:2019年03月17日 01:54 ID:2MFCqBPd0▼このコメントに返信
※173
頼朝に関して言えば、平家の打倒は源家の復興と自身の生存のために必要な条件ですかね。でも対平家戦の後半、もしくはそれ以後は全部後白河法皇相手の「政争」(条件闘争とも言う)の一環としての戦争であったのではないかと。武力こそあっても誰に武家を差配させるかの最終的な任命権は完全に朝廷に抑えられていたわけですし、有力な競合者たる義経は畿内勢力の影響を多分に受けていますから。

経済面だと平家の抑えていた日宋貿易の利権狙いが考えられますが、頼朝がそれに特に着目して平家打倒後に日宋貿易を体制に組み込んだ節は無い。守護地頭の設置なんて税収確保よりも頼朝(関東)と義経(畿内)との間で帰趨を定めていない地方の御家人を切り崩すための政治工作のようにも見えるし、奥入りも義経の排除と配下の御家人への統制強化も兼ねて、朝廷の影響力の及ばない政権基盤を開拓するために行われた観がある……と思う。
176.名無しさん:2019年03月17日 02:26 ID:PQcOoD7f0▼このコメントに返信
秀頼の父親は・・・
177.名無しさん:2019年03月17日 02:42 ID:MPZKp7610▼このコメントに返信
※176
秀吉ではないだろうな。だからといって石田三成でもない。
178.名無しさん:2019年03月17日 02:56 ID:YTcxY7Bb0▼このコメントに返信
後継者をことごとくコロコロしてもうたんやろ頭おかP
179.名無しさん:2019年03月17日 02:57 ID:opfvPk3m0▼このコメントに返信
>正直そろそろ大河ドラマ秀吉もう一回見たい
1~2回おきくらいで準レギュラー扱いなのに? また竹中直人か? 
黒田官兵衛の秀吉も、竹中直人だったよな。
って、明智光秀の大河ドラマ「麒麟がくる」で出るじゃないか。 必然。 
180.名無しさん:2019年03月17日 04:10 ID:.YUzlOOR0▼このコメントに返信
露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速の事は 夢のまた夢
181.名無しさん:2019年03月17日 04:18 ID:6TGkJ7J20▼このコメントに返信
刀狩に検地 さすが百姓の怖さをよく知ってるわw
182.名無しさん:2019年03月17日 06:19 ID:L5Qkkebg0▼このコメントに返信
※174
現代の価値観を持ち込むのはナンセンスだよ
たとえば当時の武家は「面目」が行動の原動力になってる事が多いしな
183.名無しさん:2019年03月17日 06:48 ID:uRiTtAjR0▼このコメントに返信
>>165
それら奉行を束ねる人物に能力がなかったから。
184.名無しさん:2019年03月17日 06:51 ID:uRiTtAjR0▼このコメントに返信
>>180

この歌も作者が別とか言われているが。

朝露を実体験し、その実体験を卑下せずに堂々と最後の歌にしているところを見ると、若年より朝露にまみれまくった秀吉その人しか考えられないような気もする。
185.名無しさん:2019年03月17日 07:45 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※165
秀吉の遺言では奉行に処断権をあたえて諸大名を監視させている。
家康には奉行のような大権は当時はない、石田ら奉行の指摘で家康が泣き土下座に追い込まれているように当時には隔絶した立場の差があった
江戸時代でいえば石田らは老中で、家康は遠方の大藩にすぎない
家康や前田はあくまで後見人であって、行政権を与えられているわけではないから
186.名無しさん:2019年03月17日 08:10 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※167
明らかに時系列間違っているのはお前だろ、死後すぐではなくて死ぬ前の話
二年近く病床?体調が悪かったのは事実だろうが、死ぬ前に正三位まで昇進している。秀勝は急死したんだよ。
寝たきりだった人間が昇進するわけがない、当時の秀勝の官位は当時の政権内では秀吉に次ぐ位置であり、のちに大納言にまでなる秀長よりも高い、明らかに後継者として目されていた

毛利家の話にしてもあれは毛利家が養子と実子の間でお家騒動がおきないように秀吉がきちんと序列を定めてあげたという善意の行動に他ならない、ついでにいうと変えたというがこれ石田が失脚した結果、毛利家がこれ幸いとやったことにすぎんし、それも秀元の希望場所である長門が通っている。毛利家と秀元双方の望む通りにしただけだぞ。

だから秀秋が毛利本家の養子に入るなんて話は最初からねーんだよ。秀吉は秀元とはすでに会見すませており、彼の相続と実子が生まれた場合の順序まで秀吉によって認められているんだから。

摂政関白はフィクションとか吹いているのは小和田だろw太田をはじめとした多くの記録にのってるのにフィクションとかねーわ、
信長公記をはじめとした多くの記録がフィクションとか言い出すくらいの暴挙
187.名無しさん:2019年03月17日 08:13 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※168
民衆の支持を得る方法は何かですよ。超天才である秀吉からすればそんなの簡単にわかる。
天才の支持を得る方法ではない、民衆の支持を得る為には秀吉の血筋であることがもっとも有効だ
世襲は今でも幅をきかせており、武家なんてのは●●の血筋であることをみな誇っている
農家の息子の秀次と、秀吉の息子で母親が織田家の血筋でもある秀頼どっちがいいかなんて誰でもわかるわ
188.名無しさん:2019年03月17日 08:25 ID:DeEOTZMt0▼このコメントに返信
※169
江戸への参勤や妻子を江戸においておくのを自発的にやっていたとでもいうのか?
武力で脅してやっていたにすぎない、脅迫によって拉致していたと何が違うのか

※166
で、弥次喜多はフィクションだぞ史実とフィクションを混同するな。作者は御家人の生まれで大阪町奉行所に出仕している。
支配階級に属する人間、
江戸時代の農民は農奴といって差し支えない、村から離れる事は禁止だ、職業を替える事もできず、一生税を搾り取られる。
飢饉がおきて死亡するのは農民だけ、領民の数割が餓死しても武士が餓死した記録などない。

相互監視の村社会で犯罪が少なかった事と、江戸が汚かった、遅れた国家であることは何も矛盾しない。北朝鮮とて治安だけはいいぞ
189.名無しさん:2019年03月17日 10:59 ID:p..mE6bg0▼このコメントに返信
※24
前田利家
190.名無しさん:2019年03月17日 11:46 ID:uRiTtAjR0▼このコメントに返信
今年は四百周年だからあまり触れたくはないが。
やはり御奉行筆頭が役割果たせず、そこら辺を足元見られたのかもしれない。
最初のうちは秀吉の死を秘匿したり、それなりに立ち回っていたようだが、統制するべき奉行衆の一部からも家康に情報がいって、あとは恭順一本槍になってしまった。
191.名無しさん:2019年03月17日 12:58 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※188
おや、まだ返答があったのですね。
弥次喜多についてかみついておられますが、フィクションであることは百も承知。要はこのような小説が成立し、かつ、それを楽しむことができるような、それなりに豊かな生活をしていた庶民が江戸時代に存在した、ということ。江戸の庶民階層まで、貸本で本を読んだり、浮世絵を楽しんだり、時にはお酒を飲んだり、にぎりずしやそばを食べたり、そういう生活をしていたということですよ。
それから、江戸時代のお百姓を農奴にしたがっているようですが、江戸時代のお百姓は、領主によって金銭売買されたりはしておりませんよ。
さらに、お百姓でも庄屋、名主クラスになってくると、質屋をやったり、造り酒屋を始めたり、けっこうな経済活動をしていますよ。そういうのが地方の旧家の古文書からわかってきているでしょう。俳句の宗匠なんて、そういう地方の小金持ちの家を泊まり歩いてお金を稼いでいたわけだし。
私の住んでる田舎の名主さんとこにも十返舎一九が来て泊まっていったという記録がのこってるくらい。身分だって、幕末になると、旗本株なんていって、お金で武士になれたりしている。
貴君が言っているような悲惨な生活を送っていた、地方や時もあったことは確かだけど、それが全部のように言ってはいけないと思いますよ。
それから、江戸を不潔な町とおとしめたいようですが、要は比較の問題。ヴィクトリア朝のロンドンの不潔さについて、一度調べてみてご覧なさい。テムズ川なんて、うんちがいっぱい漂っていたそうですよ。うんち集めも夜中にリヤカーみたいなやつで集めていく商売があったそうです。グアノなんかが普及するまえは、やはり肥料なんかにしてたそうですよ。清潔さにおいては、ロンドンより江戸の方がはるかにましのようです。
192.名無しさん:2019年03月17日 13:19 ID:Q5Q6uttQ0▼このコメントに返信
※182
なるほど。これは失礼。
193.名無しさん:2019年03月17日 13:24 ID:Q5Q6uttQ0▼このコメントに返信
※185
>家康が泣き土下座に追い込まれているように
ソースは?いつ泣き土下座なんてしたの?

>家康や前田はあくまで後見人であって
なるほど。しかし疑問があるぞ。
ならなんで三成は大名婚姻の件で家康を失脚させなかった?奉行>家康なら余裕だったはずだろ?
194.名無しさん:2019年03月17日 13:32 ID:T66miAgv0▼このコメントに返信
※188
「脅迫によって拉致していたと何が違うのか」。拉致って、非合法なものでしょう。参勤交代や妻子の江戸すまいは法によるものでしょう。
武力によって強制している点では確かに同じ。でも、平和には秩序が必要で、秩序の維持には、法とそれを裏打ちする武力(警察力とか軍事力とか)が必要。
それに、拉致された人、って、貧しくかつ自由のない生活を強いられている、というイメージではないですか。でも、江戸時代、大名の江戸屋敷で生活してた殿様の妻子、って、庶民よりはるかに贅沢な生活していたでしょう。そのおかげで各藩の財政が厳しくなるくらい。
これだけで、貴君の言う、「拉致」とは随分イメージが異なると思いますよ。
195.名無しさん:2019年03月17日 13:35 ID:Q5Q6uttQ0▼このコメントに返信
※187
>民衆の支持を得る為には秀吉の血筋であることがもっとも有効だ
おいおい。旧織田家家臣が秀信ではなく秀吉を選んだのを忘れたのか?ガキより実力者がいいなんて当たり前。ガキを選んでも安定できるのは江戸時代の様な平時のみ。

血筋云々言うなら「農家の息子」秀吉の血筋なんて全然ダメだろ。秀吉が下賤出身なんて誰でも知ってた。
秀吉と秀次にそれほど違いはない。信長の子秀勝が一番無難だったんだろうな。

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