2019年03月14日 08:05

戦国時代の農民「ちょっと戦行ってくるわ」

戦国時代の農民「ちょっと戦行ってくるわ」

05

引用元:戦国時代の農民「ちょっと戦行ってくるわ」
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1552358038/

1: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)11:33:58 ID:2E1
ワイらの先祖かっこよすぎやろ

2: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)11:34:31 ID:vDh
なお、見返りは合わない模様

11: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:08:04 ID:B0n
>>2
勝つ側について落ち武者狩りまくって武具とか剥ぎ取りまくったら儲かるやろ

15: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:09:15 ID:vDh
>>11
儲からんぞ
儲かるとしても首やからな
死んでるやつの武具はボロボロで使えない
その後もその年だけ年貢が無くなるくらい

5: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)11:53:39 ID:oxH
ワイらが存在するということは
先祖の農民は戦で生き残ったんやなって

7: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:05:05 ID:2E1
>>5
かっこよすぎるやろ...
墓参りするわ

6: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:03:38 ID:Kwg
ハゲサッルが身分決めるまで『農民』は居らんかったやで
『百姓』が農業も行ってただけやで
百姓やから当然傭兵にもなるぞ

7: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:05:05 ID:2E1
>>6
こマ?
先祖傭兵とか凄すぎて草だ...

8: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:06:16 ID:2E1
武士とか侍なんか後方でイキってただけやろ?
農民とサシで勝負したら負けるやろ

10: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:07:57 ID:vDh
>>8
武将と農民、足柄で一部隊やぞ

14: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:09:12 ID:2E1
>>10
これ農民なにするんや?
切り込み隊とかなんかな?

17: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:10:14 ID:vDh
>>14
せやで
攻めて相手の道を開くための駒やで

19: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:11:17 ID:2E1
>>17
将棋の歩やんけ!
敵陣に突っ込むとかぐう強い

23: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:17:23 ID:vDh
>>19
そら将棋の元はそれやしなぁ
足軽と農民をモデルにしてるんやで

9: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:07:19 ID:Av9
ぶっちゃけ下級武士なら百姓の足軽とそんな変わらんやろ

12: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:08:04 ID:kMw
徴兵やしね

13: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:08:50 ID:YYK
ぶっちゃけ本人たちは命がけやし
人殺しでめちゃグロいやろ
アニメゲームとちゃうねんぞ

16: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:09:46 ID:WGB
戦に行って奴隷売り払うなりしなければ食っていけなかったんやろ

28: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:20:01 ID:Kwg
>>16
上杉謙信「今年も春になったら関東一体に攻め込んで人奪って奴隷として売るで~ 参加したいやつこの指とーまれwwww」
家臣「ヒャッハーwwww」


これが現実

30: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:20:43 ID:vDh
>>28
こいつが元僧という事実に震えろ

22: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:16:35 ID:Kwg
川の使い方で隣村と戦争もしとったからね
百姓も武装するわね

26: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:19:24 ID:qAa
兵農分離が進むまで農民に配慮して大抵秋は合戦しなかったんやろ?

29: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:20:33 ID:hBl
>>26
その説古いで
普通にやってたぞ

31: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:21:08 ID:vDh
>>26
基本女は参加してなかったし収穫も女に任せてたぞ

37: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:22:35 ID:Kwg
>>26
×しなかった
○出来なかった

専用兵士が大量に用意出来たのは戦国時代後半も後半のことやで

46: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:25:27 ID:hBl
>>37
普通に秋も動員してる
収穫落ちるのは確かやが2割程度やし
そんなこと言ってられない時も多いし

32: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:21:20 ID:2E1
キリシタン大名なんか外国に日本人売り払っとったんやぞ
洒落ならんでほんま

41: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:24:13 ID:vDh
>>32
キリスト教「奴隷?公認やで!」

42: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:24:20 ID:Kwg
>>32
キリシタン大名が奴隷と火薬を取っ替えしとった事実

50: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:31:20 ID:2E1
正直キリシタンなんかより僧兵が一番怖かったやろなあ
あいつら引いたら地獄行き確定やから何が起ころうと突っ込んで来るとか怖すぎやで

51: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:33:12 ID:hBl
>>50
引いたら地獄も軍記物にしかのってない話やな

53: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:34:57 ID:2E1
>>51
そうなんか...
実際戦になったらそら引いてまうよな

52: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:33:32 ID:5wv
信長「山の中で念仏唱えるだけなら許したるで(ワイ有情やなぁ・・・)」

比叡山「は?(半ギレ)」

57: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:35:42 ID:Mnk
>>52
しかもノッブより家臣がノリノリだった模様

54: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:35:00 ID:m2M
信玄「人は城、人は石垣、人は堀、ワイはやっぱり周りの人を大切にしやなアカンと思うねん」

64: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:39:11 ID:9es
>>54
勝頼「オヤジさぁ....少しはゴタゴタ処理してから逝ってくれないかい?」

70: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:41:42 ID:Mnk
>>64
信玄「ゴタゴタしてる連中に担がれて親父追い出したから無理」

55: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:35:08 ID:wKt
戦場の農民「戦長すぎ!!畑耕したいから早く帰らせろンゴ!!」(ガチギレ)

56: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:35:24 ID:VjX
戦国時代の村落って、村人自体が武装して自力で村を守っていて
村の上位3割くらいは、苗字も持っていて、武器も鎧も持ってたんだよな

95: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:53:08 ID:vDh
ワイの先祖、農民!w
なお、少し前の先祖は近所の寺を建築するのに大金を寄付した模様

96: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:53:17 ID:2Ws
北条家が一番優しい説を出す

111: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:58:57 ID:LNu
今川「よっしゃ市を開いて金儲けや」
北条「6民4公で庶民の為の領地経営するで」
織田・豊臣・徳川「真似したろ」

113: 名無しさん@おーぷん 2019/03/12(火)12:59:49 ID:2E1
>>111
北条とかいうぐう聖

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2019年03月14日 08:10 ID:5TjPtXKe0▼このコメントに返信
レイシストネト.うヨは日本の恥
インド洋のセンチネル島にでも移住してホルホ.ルしてろ
2.名無しさん:2019年03月14日 08:17 ID:NqULyKfH0▼このコメントに返信
そもそも土地無くて農家継げない
次男三男は傭兵足軽になるしか無かったんだがな

お陰で口減らしで赤子の頃に殺されずに済むから
人口増えてんだけど

3.名無しさん:2019年03月14日 08:21 ID:Uz9geTCg0▼このコメントに返信
クビで報酬と引き換えだからな
少しでもえらい武将に見えるように、旦那が取ってきた生首を女房が白塗りに化粧してたりしたんだぜ、割とデンジャラス
一番槍⇒一番最初に本陣に敵の首を持ち帰る事、首の数が報酬だから首を狙う奴も居たりとか。もちバレたら一家斬首!
4.名無しさん:2019年03月14日 08:25 ID:TigM4EQK0▼このコメントに返信
南北戦争で、南軍が負けた理由がこれである。南軍の多くは農民たちで収穫期になると前線が手薄になる。当時はコットン畑で多くの黒人奴隷が働いていた。そこで、リンカーンたちは、その黒人奴隷を解放すると言って南軍を弱体化させた。
5.名無しさん:2019年03月14日 08:27 ID:2e4wphsD0▼このコメントに返信
せやアシガール見たろ!
黒島結菜ちゃんすこすこのすこ
6.名無しさん:2019年03月14日 08:30 ID:5UO6DI5E0▼このコメントに返信
 
日本では農家に戦で残った刀を取りにくるまで保管されていたのがあるって聞いた事あるけど?
価値観が違うと理解できんのかもしれんね。
7.名無しさん:2019年03月14日 08:32 ID:oDeE.4tc0▼このコメントに返信
秀吉の父ちゃん木下弥右衛門は戦に駆りだされてそのとき負った傷がもとで死んだという。
信秀の軍勢の立派な足軽雑兵として今川と戦ったのかな。
8.名無しさん:2019年03月14日 08:33 ID:ejcE7KHW0▼このコメントに返信
>儲からんぞ ~ その後もその年だけ年貢が無くなるくらい
年の生産物、本来4割持ってかれる分が、そのまま懐に入るって相当でかいんだが。

しかもその4割って、当時感覚ではすごく優情で、5割6割もってかれるところも少なくないわけで。
9.名無しさん:2019年03月14日 08:36 ID:aLROv9gS0▼このコメントに返信
ガチの農夫は兵士として戦行くなんてない
雑役として荷運びや土木作業に従事することはあった

戦へ兵士として参加するのは武家の郎党、雇われた足軽、在郷の地侍とその郎党
このうち普段農作業してるのは地侍だけど、だいたいの家で主力になってたから兵士=農民みたいな勘違いが生まれた
畑仕事するのは小作人だから、本人と郎党がいなくなっても収入的にはさほど困らんし
実際田舎の大名でも年がら年中戦やってるしな
軍役が長引いて赤字が嵩んでくると困って帰りたがるとは思うが、それは別に地侍だけに限ったことじゃないし。
10.名無しさん:2019年03月14日 08:39 ID:Uf4MEKWQ0▼このコメントに返信
基本、次男坊三男坊だろう。

※2でも出てたけど、当時は長男以外は妻子相続権はない、つまり死んでも家の墓には入れない。
別の土地を開墾するか婿入りするかしか無かった訳だが、開墾する土地が無くなってきたのが戦国時代。
それで他人の土地を奪うかそれとも死ぬかの戦しか無くなった。

戦国を終わらせた家康は関東平野の大干拓を行って農地を増やした事が大きい。
11.名無しさん:2019年03月14日 08:42 ID:mr1AE6Fh0▼このコメントに返信
旧領地の色部の殿様が西軍に加担して、米沢に移されたんじゃ。家康に反抗するため越後一揆を画策し、出かけた。意外に殿様には忠誠を使うんだ。鶴岡も戊辰のとき殿様のために嘆願書を出したんだよ。
12.名無しさん:2019年03月14日 08:44 ID:Q.N6bvE60▼このコメントに返信
農民「農繁期で忙しいから無理」
13.名無しさん:2019年03月14日 08:45 ID:s9ct2t6c0▼このコメントに返信
百姓
村長からの動員令>正規軍なので、寄り親次第で危険度変わる。
本人志願の足軽さん>傭兵なので、最前線投入。危険度MAX。
但し、お宝GETのボーナスチャンス有り。
君はどちらを選ぶ?

お宝>国衆の家族(奴隷として売却可能)、武具・防具、宋銭、米。
14.名無しさん:2019年03月14日 08:48 ID:mr1AE6Fh0▼このコメントに返信
血止めのための、柿染の脚絆などは農民の発想
15.名無しさん:2019年03月14日 08:49 ID:s9ct2t6c0▼このコメントに返信
※7
>>7
秀吉本人は、遠州松下家の下人で働いてるから本当に尾張人かわからんからな。
16.名無しさん:2019年03月14日 08:51 ID:oDeE.4tc0▼このコメントに返信
半農民雑兵の楽しみは乱取りだろ。活躍して恩賞もらえるヤツなんか数人だし。
17.名無しさん:2019年03月14日 08:52 ID:s9ct2t6c0▼このコメントに返信
※11
>>11
旧領主にたいする忠誠じゃなくて、新領主に対する団体交渉にすぎない。
18.名無しさん:2019年03月14日 09:07 ID:GvUHu.yJ0▼このコメントに返信
またはち「たけぞう、こんどイクサがあるそうだぞ、イクサに行って手柄を立てて一旗揚げないか?」
たけぞう「しかし、お前のおばばが許さんだろ、それにいいなずけのお通を残していくのか?」
19.名無しさん:2019年03月14日 09:09 ID:a7UcQmYo0▼このコメントに返信
謙信の奴隷売買は収入源じゃない説があるぞ。
「お宅の領民は預かったから取りに来い。ただし交通費は請求する」

あと島津と長曾我部は農家の長男まで動員していた記録がある。

江戸初期で長男は家を継いで農民に、次男は武家奉公に出てそのまま殿様の転封に伴い故郷を出て武士に。
農民と武士の壁より下級武士と上級武士の壁が厚いイメージ。

ただ土佐の下級武士の坂本竜馬は婚姻先のコネで松平春嶽から勝海舟への紹介状を貰えると。
江戸の身分というのはようわからん
20.名無しさん:2019年03月14日 09:10 ID:oDeE.4tc0▼このコメントに返信
※15
秀吉が天下とったあと故郷の尾張中村優遇したのは有名だな。
まぁ、中村をとびだしてよさげな今川方面へと東海道を下ったのだろうな。
21.名無しさん:2019年03月14日 09:13 ID:DKXyfCnY0▼このコメントに返信
>>1
早く祖国に帰って徴兵されろよ
22.名無しさん:2019年03月14日 09:26 ID:qEIAJ9i50▼このコメントに返信
いくさにいくさ!

そうさ!
いくさにいくさ!

戦に行くさ!

イクサ!イクサ!イクイク!
クサ!草!クサ臭っ!

いくさにいくさ!
いくさにいくさ!
23.名無しさん:2019年03月14日 09:36 ID:78LFYcAK0▼このコメントに返信
>武士とか侍なんか後方でイキってただけやろ?
>農民とサシで勝負したら負けるやろ
さすがに弓矢攻撃されてすぐに農民やられるだろ
無駄に実力もなく武士階級ってものが存在してたとは思えない
イングランドの一部農民は弓矢攻撃をやらされてたらしいけどさ
24.名無しさん:2019年03月14日 09:37 ID:78LFYcAK0▼このコメントに返信
弓矢訓練を だった そういう中世からの法律が現代まであったっていうんだから面白い
25.名無しさん:2019年03月14日 09:43 ID:5Vx.5vPw0▼このコメントに返信
※19
松平春嶽は龍馬だけでなく浪人とか志士とか会いまくってたからな。
幕臣の勝海舟より気軽に会える殿様。
26.名無しさん:2019年03月14日 09:51 ID:L2iuLOBz0▼このコメントに返信
戦国時代の農民像は七人の侍が元になっているのだろうけど、
実際はあんなに奪われるままというのは無かったというしな。
27.名無しさん:2019年03月14日 10:05 ID:dCXogOJC0▼このコメントに返信
近年では足軽=傭兵、ってなってきてるのを知らないと半ばちんぷんかんぷんだろうな

応仁の乱に先立つこと数十年、東国の相次ぐ戦乱による荒廃で難民が生まれ、生きていくために傭兵となっていった
戦乱は拡大の一途をたどり、傭兵の需要は無限にあった
傭兵の誕生により既存の枠組みにとらわれない兵員の動員や作戦行動が可能になっていった

…といったところか

28.名無しさん:2019年03月14日 10:14 ID:0V4qrTxy0▼このコメントに返信
戦国の女の人達は、世間話しながら汚れた首洗ってたと本で読みましたぞ!
29.名無しさん:2019年03月14日 10:15 ID:dCXogOJC0▼このコメントに返信
>>19
謙信奴隷商人説は藤本正行が謙信が戦国に奴隷市を立てた記録が一行ある、と書いたのを売文業の井沢元彦やその周辺が面白おかしく膨らませて半ば捏造したものだ

奴隷説の大本と見なされて迷惑した藤本自身が後に当時は戦後に奴隷市が立つのは日常的なことでどの大名も等しく行っており、また謙信の財源や支出を調査して奴隷商人説を否定している

謙信は奴隷商人だ、などと得意げに語るのは床屋の政談の類で、風説でものを語るとこうなるという見本だな
30.名無しさん:2019年03月14日 10:16 ID:RCDYxOkG0▼このコメントに返信
つまり傭兵ピエール・・・あっ
31.名無しさん:2019年03月14日 10:19 ID:8ycDEt5g0▼このコメントに返信
戊辰のときな、梨の木峠で村上と米沢藩が夜襲抜刀隊をしかけたんじゃ、農民民兵が混じってて大混乱したんや。

賊軍として捕虜になったとき、民兵が馬鹿にしたもんだから、民兵金革隊の隊長を村上藩の侍が切ってしまったんじゃ。

もともとは、会津の敗走兵が悪いことばかりするので、新潟でも民兵が生まれたんじゃ。
32.名無しさん:2019年03月14日 10:20 ID:3.cVnBGB0▼このコメントに返信
俺たちの先祖はみな戦士だった?!
33.名無しさん:2019年03月14日 10:25 ID:GvUHu.yJ0▼このコメントに返信
戦国時代の武士と農民の比率はどのくらいだったのだろうか 武士:農民=1:20 程度か?
34.名無しさん:2019年03月14日 10:27 ID:mjgEabYc0▼このコメントに返信
※28
まあ欠損が当たり前の時代だし合戦を観客として見に行くのもあったからな
35.名無しさん:2019年03月14日 11:06 ID:FcU3B0Bl0▼このコメントに返信
※32
そりゃ、太平洋戦争で「日本男児は侍たれ」って教育受けて
その辺のおっさん、にーちゃんが銃剣突撃してたわけで
何も戦国まで遡らなくても、戦士やぞ

なお、戦後にアジャストできなかった連中はみんな南米へ移住した模様…
というわけで、戦後の俺らはカスの子孫や…
36.名無しさん:2019年03月14日 11:07 ID:Sg6hZNil0▼このコメントに返信
※29
捕虜を開放するのにお金よこせってところじゃね
37.名無しさん:2019年03月14日 11:13 ID:GvUHu.yJ0▼このコメントに返信
捕虜をとると、捕虜を押し込めて置く場所と住居、その見張り番、捕虜への食事提供などカネが掛かる
38.名無しさん:2019年03月14日 11:27 ID:AHub3pFV0▼このコメントに返信
※33
んな訳ない。
農民は名主レベルが足軽として戦に呼ばれるが、
これは日頃から仕事もせず弓槍鉄砲の訓練ができる時間的余裕がある為。
名主に使われている農民らまでが領主の戦に駆り出されるのは稀。
ただし水利や勢力圏、ちょっとしたトラブルを原因とした村同士の戦では村民全員が戦士。
また農民が農業を辞めて足軽になる場合もあるが、これは既に農民とは呼べないだろう。
秀吉の父親も若い頃に農業捨てて足軽として織田信秀に仕えたが、戦傷の後遺症で戦うことが出来なくなり、
地元に戻って帰農している。
39.名無しさん:2019年03月14日 11:31 ID:GE28UUtV0▼このコメントに返信
戦国時代の土佐人は一領具足と呼ばれていて、田んぼに作業行く時も必ず槍と鎧をセットで持っていった。
招集かかると農作業中断してそのまま戦さに出かける。
武士と農民の区別がはっきりしたのは戦国時代終わってから。
武士も普通に畑仕事しないと食えなかった。
40.名無しさん:2019年03月14日 11:42 ID:bFdyCacX0▼このコメントに返信
>>39
一領具足は、ほかのとこでいう地侍のことや
41.名無しさん:2019年03月14日 12:11 ID:rWOCQeP.0▼このコメントに返信
>>15
百姓ですらない賎民の出身という説もある。
42.名無しさん:2019年03月14日 14:18 ID:WEVYk8Ov0▼このコメントに返信
近くで戦あるから終わるまで隠れてよ、じゃなく
近くで戦あるから落ち武者でも狩ってくるわwwww、になる百姓のバイオレンスさよ
43.名無しさん:2019年03月14日 15:09 ID:dJd3Co4E0▼このコメントに返信
※19
>>19
越後は、ツツガムシの風土病あるから定期的に農奴補充しないと。
たださえ石高の少ない貧乏国なんだから。
(金山持ちの揚北衆や青苧独占の長尾家除く)
44.名無しさん:2019年03月14日 15:14 ID:vKUQaZoa0▼このコメントに返信
※41
村じゃ有力者だったという話もあるよ。秀吉が検地、刀狩りを徹底したのは百姓が隠し田や隠し畑をもっている、刀も普通に家にあることを熟知してたからやで。
45.名無しさん:2019年03月14日 15:17 ID:jho7.XM80▼このコメントに返信
関ヶ原の戦い

農民「戦があるみたいだから弁当持って見物したろ。」
46.名無しさん:2019年03月14日 15:19 ID:vKUQaZoa0▼このコメントに返信
※42
平家物語のころから武装農民が敗走する有力武将を襲ったという事実あるよ。賞金首みたいなもの。
明智光秀も最後は逃亡中に竹藪から出てきた農民の竹やりでグサッとやられて横死。来年の大河どうなんだろ。
47.名無しさん:2019年03月14日 15:21 ID:vKUQaZoa0▼このコメントに返信
※28
おあん物語だっけ?
48.名無しさん:2019年03月14日 15:25 ID:ZGGZpQ990▼このコメントに返信
村でも次男三男がメインで半強制参加だったが
馬とか武具、銭、布を戦場で拾って換金したり持ち帰って使ったりして
次男三男の開墾地が小さい時はそれがメインの収入だったりしてたんやで

なお畜生村だと開墾した畑も実家の両親が取り上げて刃傷沙汰になる事多いが
戦場働きの経験値の差で多くの場合は半殺しにされるのは実家と長男だったらしい
49.名無しさん:2019年03月14日 16:07 ID:uUoweGbd0▼このコメントに返信
農民もだが、漁師も兵隊だぞ

北条家が安房の里見を下せなかったのは、強力な里見水軍が三浦半島だけじゃなく、鎌倉や小田原まで襲いに来るから。
陸路ちんたら行軍してると本拠地落とされてしまう。
逆に里見の陸軍は貧弱で、北条との対決で陸路遠征した2回とも、現在の江戸川を渡れずにボロ負けしている。
50.名無しさん:2019年03月14日 16:20 ID:CURC8dwS0▼このコメントに返信
>>キリスト教「奴隷?公認やで!」

ルイス・フロイス「流石に俺らでも島津みたいに同じ民族は奴隷扱い、あまつさガチで人身売買はしないぞ」

ちなみに上記の島津みたいな少数例を除けば戦国時代の戦争捕虜の人身売買は身代金だか解放のための手数料なため、わり格安料金で故郷に帰れる。

むしろ「うちの宿六がそんな高い分けないだろ!」とか「俺がこんな安いなんて信じられない」とか言って奴隷やその身内から散々脅されている奴隷商人の方がかわいそうなくらいだとか・・・。

まぁ、引き取り手がなかった場合は流石にお察しですが。
51.名無しさん:2019年03月14日 16:35 ID:XHYxbv1R0▼このコメントに返信
信長の兵農分離で現代で百姓やってる家は戦国時代も百姓
52.名無しさん:2019年03月14日 16:37 ID:ac4WPAWe0▼このコメントに返信
※48
北条氏のお達しに、戦に出る奴はちゃんと長男や後継者にしろ、っていうのがあるのよ、、、
戦場で逃げない装備の質(用意できる財産ある)や士気の高い兵士を大名は求めたわけで、、まぁ、、、

軍役から長男が保護されたのは明治維新以降だったりする、、、
53.名無しさん:2019年03月14日 16:39 ID:XHYxbv1R0▼このコメントに返信
映画「八つ墓村」「七人の侍」を観ればわかるとおり
落ち武者狩りといって百姓は敗残兵を襲い金になりそうな刀槍馬甲冑銭袋などを
追い剥ぎ同然に行っていた
54.名無しさん:2019年03月14日 16:46 ID:CURC8dwS0▼このコメントに返信
※49
国府台合戦でしたら一度目は総大将が暴走したのを見て愛想尽かして戦力温存してろくに戦わず撤退。(後日、その対象の領土を摂取)二度目は緒戦は里見軍は優勢で北条軍の武将格を討ち取っている。

なお、二回目は緒戦の勝利に慢心しまくって、油断したところを北条軍の奇襲喰らって敗北した模様。

といってもそのあと勢いに載って侵攻してきた北条軍を撃破しているので長年、反北条はやっていないと。

もっとも、内ゲバで衰退したところを北条に付かれ結局、北条家に土下座。小田原征伐でその脱却のチャンスもあったが秀吉の不信を買って領土の半分以上没収される。挙句の果てに徳川幕府に目をつけられて大名家としては滅んじまった(そのとき殉死した8人の武士が某小説の八犬士のモデル)けど。
55.名無しさん:2019年03月14日 16:59 ID:2li.eWGX0▼このコメントに返信
※42
当時の人たち思考回路オモロイよね
現代人と180度くらい違うw
56.名無しさん:2019年03月14日 17:03 ID:DjM2RNGW0▼このコメントに返信
北条は天領だった徳川より地元の誇り
なお子孫はカルトの恥さらし
57.名無しさん:2019年03月14日 17:06 ID:2li.eWGX0▼このコメントに返信
※46
横からだが、来年大河は大丈夫、NHK影の支配者中国共産党様が立派な人として描くでしょう
朝廷に何度も嫌がらせした光秀は、中共にとっちゃすんごい英雄
58.名無しさん:2019年03月14日 17:07 ID:ZGGZpQ990▼このコメントに返信
※52
それなぁ北条の統治下だけやで
いや十分合理的だよ流石北条というだけある
具足もそうだが、食育面から見ても長男はよほどの貧農でもない限り
跡継ぎって事で量が食えるから基本的に恵体になるし、最低限の教育も受けてるからね

でもな何度でもいうがそれは北条が特殊なだけで
家の跡継ぎを危険な戦場に送るなんてとんでもないというのが
当時の村落での基本的な考え方やで

戦働きで名をあげるのが家の方針ならいざ知らず
畑で家族そろって食っていける家は基本的に徴兵は忌避したい苦役なんやで
59.名無しさん:2019年03月14日 17:28 ID:2li.eWGX0▼このコメントに返信
※50
その話オモロイなぁ

ちなみに今、日本人を奴隷にした当時の西洋人にやたら怒ってる人一部いるけど、自分はあんま怒るほどでもない
当時の西洋人「日本人すごい、俺らより優秀」と書いてたりもするから、今怒ってる人が想像してるような
日本人を見下してるのとはちょっと違う、「上層の日本人は尊敬するしやらないよ、下層ならいいよね?」みたいな
彼らを批判するとしたら、民族差別じゃなく階級差別
60.名無しさん:2019年03月14日 17:33 ID:ZGGZpQ990▼このコメントに返信
※59
んー南蛮人だから全員ぶっ殺すとかはさすがに思わないよ

でもローマ教皇ニコラウス5世だけは人類史最悪の犯罪者だとは思っているよ
61.名無しさん:2019年03月14日 19:13 ID:pmAJdWFq0▼このコメントに返信
ガチ農民出身の従軍者は非戦闘要員で、雇い主たる武士の戦をちょっと助けようとでもしたらむしろ怒られる。そりゃ手柄横取りなんかされたくないだろうし、主人として従者の安全に気を使っていた者も多かろう。そして武士の家来にはちゃんと戦闘要員として従う者がいて、武士が槍をつけに行く際には脇から鉄砲で掩護したりする。もちろん乱戦になれば自ら首を狩に行く。こういう人たちはいわゆる武家奉公人であり、当時は「侍」あるいは「若党」などと呼ばれて、非戦闘員である「中間」や「小者」とは明確に区分されていた。んで当時の概念では、この非戦闘員である中間以下まで含めて「兵」と呼ぶ。ちょっと戦に出てくるわって言う農民の役割はだいたいコレ

むろん戦闘要員としての足軽は、士分とは異なる戦闘要員として戦国時代を通じてその役割を増大させていった。これも結局は生産に従事しない非武士階級がだんだん傭兵・専門軍人化していったもので、最終的にはその一部のエリートが武士に準じる扱いみたいになって城下町にまとめて住まわされたりするようになる。ちょっと戦に行ってくるわ、程度の農民がここに入れるケースは少なかったと思われ。
62.名無しさん:2019年03月14日 20:38 ID:dC1fsMwN0▼このコメントに返信
大河ドラマとかで武将の後ろ辺りで槍持ってるみすぼらしい農兵っぽい人でも
あれってほんとは農民じゃなくてそれより格上の人なんだっけか?
63.のらねこ:2019年03月14日 21:08 ID:QJeSu0yv0▼このコメントに返信
※29
知った風な口を利いてる馬鹿はお前か?

当時の戦時捕虜が奴隷や人身売買(身代金)の対象になったのは当たり前で、義戦を建前にしていた上杉謙信も決して例外では無かったというだけのことだろ。領土拡張意欲よりも義戦のイメージが強い上杉謙信はそんなことしない…みたいなイメージで語る手合いが多かったから「そんなこたー無いよ? 上杉謙信も他と変わらんぞ?」っていうだけのことだろに。
64.名無しさん:2019年03月14日 21:40 ID:I6TOK.Zc0▼このコメントに返信
それにつけても、よくぞここまで家畜化されたものだよ
65.名無しさん:2019年03月14日 21:46 ID:I6TOK.Zc0▼このコメントに返信
ウィキ)ローマ教皇ニコラウス5世:ポルトガル王アフォンソ5世に異教徒を永遠の奴隷にする許可を与えている。
いずれにせよ、碌なもんじゃないよ
66.名無しさん:2019年03月14日 22:19 ID:MjDrYhr30▼このコメントに返信
※6
我が家は江戸時代からの農民。
この前の戦争後まで日本刀があったと亡き父が言っていたよ。
父は戦前刀を改造して鉈代わりに使っていたと。
戦後進駐軍が刀を没収したと言っていた。
全国から集めた刀は東京の赤羽に集められたので「赤羽刀」と言うんだって。
因みに我が家は元々武士で江戸時代の墓石脇には建てた先祖の姓名が彫られている。
江戸時代に農民に苗字が無かったなんて嘘。
正式に名乗れなかっただけ。
だって「苗字帯刀」が許されたってこともあるでしょ。
そうそう、お隣の農家には今でも火縄銃があるんだよ。
そのまた隣には中国の青龍刀もあるよ。日清戦争の時に持ち帰ったものだという。
67.名無しさん:2019年03月14日 22:23 ID:MjDrYhr30▼このコメントに返信
※2
我が集落は江戸末期の戸数と今の戸数が殆ど変わらない。
江戸時代は農家の数を増やさないように分家をすることを禁止していたと言う。
二男三男は婿に行くか家で働き手になるしか生きる道はなかったようだ。
68.名無しさん:2019年03月14日 22:30 ID:1OhncfI30▼このコメントに返信
※62
そうでもない。
やっぱり立身出世を夢見て自主参加でやってくる農民もそれなりにいた。

で、勝手にやってきたから装備は自前。そこらの戦場で拾った武装…ならまだしでその多くは

腕:竹やり
体:紙のよろい

というもの。当然損耗率は真っ当は装備をしている武士やその手伝いよりもはるかに高く、合戦の戦傷者のほとんどはこの類の連中、逆にいえば武士やその手伝いの連中はほとんど戦傷していないという話もある。
69.名無しさん:2019年03月14日 22:37 ID:vKUQaZoa0▼このコメントに返信
※67
近松門左衛門は下級武士の父が浪人になってしまい、筆一本で有名作家になった。
70.名無しさん:2019年03月15日 00:50 ID:MMruYtMD0▼このコメントに返信
ワイ、尾道民
ご先祖様は海賊やってた模様
71.名無しさん:2019年03月15日 07:24 ID:f.QTzBHm0▼このコメントに返信
※50
キリスト教は「同じ信徒同士での」奴隷化や借金を禁止してるんだよ。だから奴隷であれば非キリスト教徒のスラブ人やアフリカ人を、金借りるならユダヤ人を頼る。事情はイスラム教徒も同じ。キリスト教徒は優秀なスラブ人やトルコ人がイスラム教徒に高く売れるってんでせっせと奴隷交易に励んでいた。その交易を教皇が禁止させようとしたのは、奴隷が可哀そうだからじゃなくて、奴隷がマムルークとしてイスラム教徒の戦力拡大に貢献していたから。んでその禁令を守ろうとしたキリスト教商人はほぼ皆無

日本人は宗教的理由による制約がなかったから同じ日本人の人身売買に抵抗が無かった。ただ人身売買の対象となった人を家畜同然に扱う文化も日本にはあまり馴染まない。欧州や中東は宗教的制約があったからこそ異教徒に対する道徳的な枷を外されてしまったとも言える
72.名無しさん:2019年03月16日 18:59 ID:x3Xy7VIf0▼このコメントに返信
こう言うのは「昔はその気のあるヤツだけが」と言う事であってそれなりにハードルのある事だったのは
それこそ律令時代から変わらないよ。
日本の歴史で言うならむしろ江戸時代に半ば身分固定できていた時期のが短いと言える。

ああ、勿論中央集権になってからの天皇家血筋や豪族貴族はある程度特例だったけどね。

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