2018年11月15日 09:05

秀吉(51)「ハァハァ……ようやく天下統一したぞ」 秀吉(51)「次は朝鮮攻めるか」

秀吉(51)「ハァハァ……ようやく天下統一したぞ」 秀吉(51)「次は朝鮮攻めるか」

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引用元:秀吉(51)「ハァハァ……ようやく天下統一したぞ」 秀吉(51)「次は朝鮮攻めるか」
http://swallow.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1542107537/

1: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:12:17.24 ID:CEXJUCGj0
こいつなんなん

2: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:12:42.68 ID:zVlFNfVd0
やる領土ないやん…困ったなせや!

3: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:12:46.50 ID:CEXJUCGj0
バイタリティおばけ

4: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:13:54.27 ID:1gK4fSk+0
仮に取れたとしても統治大変じゃない?
中国も取って移住するとかならともかく

9: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:15:12.71 ID:CEXJUCGj0
>>4
どう考えても無理だよな
中央集権化もできてない幕藩体制の状態じゃ海外領土の運営なんて絶対無理だろ

15: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:16:15.40 ID:ozy3g88b0
>>4
活躍した連中に領土配って丸投げや

5: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:13:57.42 ID:Q1cPuHYH0
なにを口実にして攻めたん?

34: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:22:02.83 ID:9D95zSecM
>>5
明侵攻のために通過させろって朝鮮脅したけど通してくれないから朝鮮も攻めることにした

20: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:17:45.84 ID:RKhr7OYAd
>>5
信長の意志継承説
報酬問題の解決説

23: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:19:05.31 ID:CdNt1IVy0
>>5
部下多過ぎて与えられる土地足りないンゴ…

29: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:20:50.04 ID:CEXJUCGj0
>>23
言うてその部下だって朝鮮の土地なんて欲しかったんか?
言葉も違う自分たちに糞反抗的な土民なんて支配できんやろ

33: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:21:42.03 ID:1MIhmKLk0
>>29
最終目標は明やで

38: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:22:47.20 ID:zZcyPFWD0
>>29
ヒッデ「小西、加藤にはインドまでやるンゴ」
小西加藤「うおおおおおおおおおお」
ミッツ「」

8: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:15:06.30 ID:TXdfk3aY0
信長の夢を叶えるためやぞ

10: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:15:38.31 ID:YeZAje1t0
戦争しないと求心力保てないとか?

11: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:15:43.95 ID:U3+fpCh40
俺TUEEEEEしたかったんちゃうか

13: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:15:54.33 ID:l1rooYgG0
やる領地が無いからな

14: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:16:14.87 ID:+aQBBkeCd
加藤清正とかめっちゃ奥まで進軍したのになんで勝てなかったんや

25: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:19:46.78 ID:+G/G663j0
>>14
補給線が伸び切って兵糧が枯渇したから

17: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:17:04.48 ID:s7hGRbd3d
報酬となる領地がなかったせいか?
もう何ならアメリカ西海岸目指せば良かったのに
まだアメリカおらんやろ?

21: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:18:55.03 ID:M2rE/YM/M
>>17
ハワイ王国は日本と仲良くなりたがってたんだよなあ…
明治政府がシカトこいたけど

26: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:20:01.63 ID:E+DXN2WQd
>>21
シカトというかアメリカと事を構えないためや

28: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:20:45.76 ID:dwTbJwLI0
中国の援助なかったらどうなってたんやろか

31: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:21:14.83 ID:PpKkejOA0
徳川「わいは行かへんで」

44: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:24:33.76 ID:PHxXVxeH0
ちなみにこの頃の中国ってちょくちょくある死にかけ時代?それともちょくちょくある最強国家の時代?

62: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:28:12.53 ID:4gZYGjUV0
>>44
いわゆる北虜南倭で衰退はしてきてた
文禄・慶長の役での財政的なものがとどめやったんやろうな

84: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:31:06.89 ID:PHxXVxeH0
>>62
あかん時期か
まあそれでも明までは絶対無理やろうけど

46: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:24:43.40 ID:WpQ/5Ksl0
朝鮮はただ通らせろって言ったのに断ったから攻めただけだぞ
あんな不毛の地誰が欲しがんねん

47: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:24:48.69 ID:30oLhjrq0
秀吉って戦国時代の日本国内と同じノリで海外領土も獲得できると思ってたんだからアホだろ
ここが秀吉の限界やな

61: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:28:08.83 ID:g8q616HSp
>>47
でも世界史レベルの英雄ってそれをなんとかしてしまった連中だし
秀吉も自分で現地に行ってればもうちょっと対応できたと思うんだがなぁ…
歳には勝てん

53: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:26:07.74 ID:KUnn0enP0
あの軍勢で大陸遠征の兵站成立させるって地味に凄いのでは

54: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:27:16.76 ID:gNC4n2Zta
というか九州から直接大陸目指せるやろ朝鮮通らなくても

56: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:27:34.42 ID:TXdfk3aY0
秀吉死後にきっちり撤収したのは凄かった

71: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:29:05.80 ID:LI/SBWGz0
>>56
三成とかいう政治だけは一流マン

65: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:28:37.53 ID:kWT93/xAd
秀吉って死ぬまで天下取りやったんか?

85: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:31:42.82 ID:+G/G663j0
>>65
末期は唐入りの失敗と秀次事件で求心力を失い
秀吉の不安が的中した形かな

66: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:28:44.28 ID:9D95zSecM
明滅ぼした清の軍隊が20万人位らしいから秀吉も長生きすればワンチャンあったんじゃないか?
まあ秀吉との戦いで国力疲弊してるとこに清が攻めてきたから明滅んだんだけどね

77: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:29:57.59 ID:wHksZ9hP0
>>66
海越えて兵士と兵糧送るのどんだけ大変やと思ってんねん
しかもあの頃は決まった季節にしか船出せんかったし

67: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:28:46.62 ID:u9lTz5nf0
てか大名の力削ぎたかったんちゃう?

68: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:28:48.28 ID:EtXoNZGEd
信長の夢やぞ
隣国征服まで信長が残した遺言や

72: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:29:07.82 ID:u7VBZCVeM
李舜臣とかいう
糞雑魚でも持ち上げる幸せな国家

82: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:30:55.69 ID:g8q616HSp
>>72
能力より味方に足引っ張られまくる悲劇性やね

78: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:29:57.57 ID:z6rzXwk40
家康行かんかったから無駄に力消耗せんかったな

90: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:32:50.07 ID:wHksZ9hP0
秀次さえ生かしとけばなんとかなったのになぁ…

102: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:34:12.35 ID:g7qpUrmQM
秀吉があと3年くらい生きたらどうなったんや?
領土取れたんやろか?それとも事実よりももっと疲弊した状態で撤退するだけ?

104: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:34:16.05 ID:VuvChuCX0
秀吉が直接乗り込んでいたらどうなったか興味あるわ

107: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:34:31.60 ID:An7kboWw0
日本軍の食糧不足の主な原因として、緒戦の朝鮮軍が想像以上に弱体であったため、
一挙にほぼ全土を占領したため補給線が伸び切ったこと、
和戦の曖昧な侵攻による食料の準備不足、日本側が食糧の現地調達を想定していたが、当時の朝鮮半島はかなりの食糧不足であったことなどが挙げられている


110: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:35:00.30 ID:A0yR3wIB0
秀吉ポテンシャル高すぎるよな

112: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:35:09.11 ID:vd6+gHns0
この当時の朝鮮ってどんな感じだったんだろう

117: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:35:57.57 ID:HYyN4XNZ0
九州征伐 兵糧切れでgdgd
小田原征伐 終盤は兵糧欠乏

朝鮮まで運ぶだけでもきついのに
本当に最初の勢いで明まで入ったらやばいことになってそう

131: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:38:10.45 ID:g8q616HSp
>>117
明の穀倉地域まで辿りつけば現地調達で何とかなるやろ
そこら辺は戦国武将もプロやで

155: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:39:50.88
>>131
北朝鮮や満州方面から攻め込んで
そこら辺って中国に食糧あるんか?

123: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:36:55.69 ID:vh6VasoMd
実はもっちょっと長生きしてたら勝ってた事実

125: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:37:36.34 ID:kEoueTvB0
手元にクッソ強い軍隊あるならそら攻めたくもなるやろ

129: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:38:00.36 ID:lCXB81+t0
明滅亡の原因がこれという事実

130: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:38:00.93 ID:IibxQbR60
秀吉の大陸進攻は狂った説と割りと計算されてた政策説とあるな

139: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:38:49.82 ID:1MIhmKLk0
秀吉が死なずに家康も参戦してたらどうなってたやろな

149: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:39:38.89 ID:kjNcz67H0
割と可能性あったけどまず国内基盤固めてからやるべきやったな
別に自分の代にこだわる必要ないし

159: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:39:55.89 ID:CTBMdrtl0
奇跡の大逆転起きて明制圧できたら
誰が一番領土貰えるんだろ

162: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:40:43.80 ID:SS4ekZQPd
信長の後継者なんだから明進攻は別に間違ってなくね

188: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:42:41.86 ID:30oLhjrq0
信長って本当に海外出兵考えてたんかなぁ…
リアリストなイメージあるから秀吉より慎重そうだけど
って言うか年齢的に存命中に天下統一まで行けたかも結構微妙やろ

198: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:44:16.01 ID:Krh0FbWtp
秀吉が目指したのは大陸やで
朝鮮半島はただの通り道だっただけやで

211: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:45:42.66 ID:wqnXCayB0
日本史上で最も偉大な人物だと思ってるよ
朝鮮がー中国がーとかは無関係にチンギスとかアレクサンドロスとかナポレオン系統の意味合いで

230: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:48:59.42 ID:vh6VasoMd
>>211
信長の死後に基盤があったとはいえアレだけ早く統一するのは異常

234: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:49:44.35 ID:Bj+IS3P40
>>211
ガチ平民から成り上がった男やしな

228: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:48:47.76 ID:bo74w1rP0
海の向こう攻めたところで秀吉死んだ後に向こうで勝手に独立するに決まってるやろ
逆にせんパターンあり得る?

233: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:49:44.25 ID:y5n6KRKwd
朝鮮行ってなかったらもうちょっと豊臣の時代続いたんちゃうんか?

236: 風吹けば名無し 2018/11/13(火) 20:50:06.17 ID:dArXHaUVr
でも朝鮮出兵と秀次事件なら後者の方が豊臣崩壊への影響度デカイよな?

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2018年11月15日 09:08 ID:GRr1D2Fe0▼このコメントに返信
今も昔も韓半島征服は日本人の悲願だし
2.名無しさん:2018年11月15日 09:10 ID:oZGGR48Z0▼このコメントに返信
明に出兵したんだが?
通してくれないから朝鮮征伐に変わっただけ
3.名無しさん:2018年11月15日 09:13 ID:DkLtOpod0▼このコメントに返信
※1
寝言は寝て言え
一匹残らず滅ぼしたいってのならまぁ分かるが
4.名無しさん:2018年11月15日 09:18 ID:nUiotfb40▼このコメントに返信
秀吉の朝鮮行き支持してたのって脳筋ぐらいなんじゃ
5.名無しさん:2018年11月15日 09:20 ID:D47ksTGV0▼このコメントに返信
小西が悪い
6.名無しさん:2018年11月15日 09:20 ID:iprARhQn0▼このコメントに返信
てか、出兵って国内政治の問題でしょ。秀吉って諸大名の力を削ごうと必死になってたし。徳川も参勤交代をやらせてたわけだし、足利家などの滅亡を見てたらいかに体制を維持するかが征夷大将軍や関白にとって重要になるから
7.名無しさん:2018年11月15日 09:22 ID:rAXey6Wd0▼このコメントに返信
今ではこの征伐も別の意味あったとか説あるね
この時の欧州イケイケだったからけん制の意味とか
8.名無しさん:2018年11月15日 09:24 ID:WyvsjPUu0▼このコメントに返信
米1
なんかそんなことずっと言ってる
歴史家がいるよね

日本は常に朝鮮の事を考えてた〜とか
どっちかというと眼中にないのになぁ


米6
単なる日本の超大国化構想だと思うぞ
実は明朝鮮以外にも服属請求してるし
9.名無しさん:2018年11月15日 09:26 ID:b0ru8AZN0▼このコメントに返信
大抵の問題は小西と宗が悪いんだよなあ
朝鮮は日本の協力要請を明確に断ってるし
そこを捏造したから秀吉がGoサイン出してあんな事になった
10.名無しさん:2018年11月15日 09:28 ID:WyvsjPUu0▼このコメントに返信
1回目
朝鮮軍が雑魚過ぎて
簡単に突破 先陣が突出し過ぎて補給線が混乱
明軍が日本の派兵規模より少し
多いくらいの規模を派兵してきた時に一度戦線が崩れるが やがて攻勢に出て押し返し始める

かねてより初戦から和平で手打ちにしてしおうと
独自に動いていた小西行長はコレはチャンスと
向こうの1官僚と互いに内通して 双方に嘘の和平を
伝えて 停戦させるものの 嘘がバレて破綻
11.名無しさん:2018年11月15日 09:32 ID:p1MjNRnW0▼このコメントに返信
秀吉...病さえなければ
12.名無しさん:2018年11月15日 09:33 ID:P5C0FJFB0▼このコメントに返信
大陸への通路確保のためだよ
所領不足が危惧され、一時期は武功を上げた家来どもへの
所領候補にも上がったけど、不足する事はなかった
何よりも、朝鮮の所領など家来たちが欲しがらなかった
13.名無しさん:2018年11月15日 09:33 ID:WyvsjPUu0▼このコメントに返信
2回目

とりあえず和平案により
日本側は朝鮮半島沿岸部を領有状態
なんかすぐ終わったと思ってた戦が再開

建造途中の城が包囲されるなどハプニングに
見舞わられるなどこの時に餓死や凍死が多い
しかし再び日本側が本格的に動き出すと撃退
攻勢に転じて明朝鮮軍を圧倒 しかし 秀吉が倒れた
事により 日本側が消極的になり前の反省もあり
ジリジリ戦線を押し上げっていったものの秀吉は死去
14.名無しさん:2018年11月15日 09:34 ID:W.IhOE.30▼このコメントに返信
妄想。「殿!」「どうした?」「バテレンが殿に献上したいと色々な品物を持ってきています。」「おぉ、そうか。よし、ここへ通せ。」「お久ぶりです、秀吉殿。」「うん、お前たちのおかげで信長を倒し、こうして天下を取れたぞ。」「それは何より。おめでとうございます。」「ところで、今回はなんの用じゃ。」「秀吉様はたいそう、茶道具に凝っているとか?」「そうじゃ、ワシは茶道に力を入れている。」「実は、朝鮮半島には腕の良い陶工が沢山います。」「なに?それは本当か?」「えぇ、それでヒソヒソヒソ。」「フンフン、なるほど。それは良い考えだ。」「つきましては明も倒してもらい、我々の布教の手助けをしてもらえないでしょうか?」「なんだ、お前たちは明が欲しいのか?」「さようで。」「よかろう。」「ありがとうございます。」それから「大司教さま、大変です。」「どうしたのじゃ?」「秀吉が急死してしまいました。」「なに?」「それで、次の天下人は?」「家康になろうかと。」「そうか、よし今度は家康に使者を送れ。」「はっ!」「うーん、困ったぞ。そうだ、家康に鎖国をさせてオランダだけ貿易させれば良い。そして朝鮮半島に近いところへ港を作らせよう。なんとしても大陸は我々がいただく。」
15.名無しさん:2018年11月15日 09:34 ID:PupjhQty0▼このコメントに返信
朝鮮が本当に貧相で何もなかったから
統治しながら徐々に版図を広げるってのを選べなかったんだよね
そんな土地に城を構えても税収がまともに確保できないしね
日本からの兵站だけで朝鮮を維持なんてただの罰ゲームでしかない
16.名無しさん:2018年11月15日 09:39 ID:WyvsjPUu0▼このコメントに返信
秀吉の死により
大国化構想のビジョンがなくなり
西国大名に力を付けさせたくない家康
元から海外に手を広げる事に消極的な考えしてた石田
海外に紛争地帯を抱え込むというポスト
豊臣政権の混乱を考慮して全面的な撤退を決定
この時に戦果らしい戦果を挙げられずにいた
明朝鮮水軍が撤退を追撃にかかるも返り討ちにあい
明水軍の副将と 例の朝鮮水軍の主将のイ・スンジン戦死

米12
実際考えてたより
寒々しくて不毛な土地だったから
かなり苦労してるもんなぁ 20万以上の規模同士という
16世紀最大規模の戦いで日本側がキルレシオで圧勝
してるものの餓死や凍死者が少なからずいる
17.名無しさん:2018年11月15日 09:40 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
というかそもそもの原因を突き詰めれば
対馬の宗氏が日朝両方の外交文書をすり替えてて意思疎通のすれ違いが起きてた
18.名無しさん:2018年11月15日 09:46 ID:S.tpbbrM0▼このコメントに返信
李舜臣って慶長の役で小西行長が合意に基づいて撤収しようとしてたのに戦闘に巻き添いにしようとして、
結局小西とは戦うこと無く小西は撤収に成功し、
自分はそんな狡い目的も果たせずに戦いで戦死した軍人?
そんな軍人や、韓国併合に反対していた伊藤博文を暗殺した安重根を英雄視する韓国人w
この人達の英雄の感覚はどう考えてもおかしい。
19.名無しさん:2018年11月15日 09:46 ID:c6UfBOhn0▼このコメントに返信
秀吉が目指したのは唐と天竺、つまり中国とインドだよw
朝鮮?
そんなのは通り道に過ぎない
ゴミ同然w
20.名無しさん:2018年11月15日 09:48 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
朝鮮としてはOKしてないのに、勝手にOKしたと伝わってて可哀相やと思う。

実際に釜山の役人も
「そういうのはまず書類を通して話し合うやつやろ、勝手に乗り込んできて道を貸せはどういう道理やねん」
ってツッコんでるし、

本隊が来る前に証拠隠滅がてら小西と宗が攻めてうやむやにしたから戦火が拡大した
21.名無しさん:2018年11月15日 09:50 ID:9zDiKNtO0▼このコメントに返信
当時は日本国内でも地域が違えば何言ってるかわからんのを気合いで何とかしてた。それを考えれば、朝鮮も民も「何とかなるやろ」って思ってもしょうがない。
22.名無しさん:2018年11月15日 09:55 ID:uP0h.glp0▼このコメントに返信
最近分かったことによると、スペインが単独で日本を攻められないから明を抱き込んで一緒に攻めようとしてたらしい、それが秀吉の耳に入り、攻められる前に攻めるだぎゃ、となりその他の大名も反対はなし、清正なんか実際かなり奥まで進撃馬賊と戦ってたらしい、明とは方向違い、ちなみに半島で一番の強敵は病気と水これは明治時代も同じ
23.名無しさん:2018年11月15日 09:55 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※19
>李舜臣って慶長の役で小西行長が合意に基づいて撤収しようとしてたのに戦闘に巻き添いにしようとして

合意したのは明の四路同時攻撃作戦の四路の一つの明将軍との密約で、公式的には 作戦は続行中で
水路方面と朝鮮軍とは合意してなかったから、水軍としては「撤退」中の敵じゃなくて、「退却」中の敵だから
特に条約違反ではないよ。
24.名無しさん:2018年11月15日 09:57 ID:1M9KL1Ia0▼このコメントに返信
※23
李舜臣なんて半島のただのDQN
25.名無しさん:2018年11月15日 10:01 ID:UhbuI3tt0▼このコメントに返信
万歩譲ってよしんば中国征服したとしてだな
日本の30倍の領土、富、人口を擁した後の諸藩が
劣島下賤日本畜生に過ぎない秀吉の言うことなんざ聞くのか
テメェでデメェの政権の首締めるだけのまぬけ猿ではない

ましてや、西はジュンガル、東は女真族、南は越族に虎視眈々と領土侵され
そのとき圧倒的少数にすぎない征服民の下賤少日本なんざ防衛の手が回るのか
26.名無しさん:2018年11月15日 10:04 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※22
確かスペインが明を攻め落とす計画もあったよ
この当時の明軍は屯田兵みたいな制度、
軍役+一般年貢 or 一般年貢
のどっち選ぶか自由って状態で軍がスカスカの時代だから
真面目に攻めたらスペインに落とされてたかもしれない。

日本は航海技術と大型船の技術が廃れてなくなってしまったから
否応なく朝鮮半島とおらざる得ない事情がある
27.名無しさん:2018年11月15日 10:08 ID:cF1thEHc0▼このコメントに返信
唐入りするための通り道で朝鮮攻めたってのは文禄の役の話であって
慶長の役は朝鮮南部の占領が目的なんだが
文禄の役と慶長の役の区別がついてない人いるよね。
28.名無しさん:2018年11月15日 10:12 ID:3DPDfhfd0▼このコメントに返信
元々
唐入りは信長の案だったという説もある。
29.エンアカーシャ:2018年11月15日 10:14 ID:dzQNlBB60▼このコメントに返信
豊臣秀吉は、
中国皇帝に、朝鮮半島の代金として金を10トン支払った、

戦争は7年間、
初年度に首都陥落、
朝鮮国王は、戦わずに、中国の国境まで逃げて、怯えながら7年を過ごした、
韓国に海軍は無かった、
日本の大名、戦死者は、ほぼ無し、
病死、食中毒、飢餓、日本海の荒波、これらが死者の9割だった、

虐殺も、奴隷も、無し、
韓国人の主張である<全ての技術者が拉致されるか殺害された>を前提条件に置くと、
戦後に、徳川との貿易で、年間20万両の支払いを実施出来た事実と矛盾する、

韓国人は、ウソつき、だ。
30.名無しさん:2018年11月15日 10:15 ID:gstrPFCc0▼このコメントに返信
※9
商人の小西と主要貿易相手の宗がガチ戦争を望んでるわけないじゃん
それにバカげた戦争をやめさせたい奉行の思惑も絡んで
とにかくことを穏便に済まそうとしてたけど
まさか秀吉もマジで明まで行く気だとは誰も思ってなかった
結果として主に西軍の西日本の武将は人的にも金銭的にも多大なダメージを負い
東日本の東軍の連中は戦力を温存できた
唐入りにより豊臣政権内の武断派と文治派がより根深くなり
とにかく秀吉は自分で自分の首をしめただけ
小早川も軽率な行いを叱責されて減封されてたのを家康が(勝手に)
旧領に戻してやったから恩を感じている始末
31.名無しさん:2018年11月15日 10:17 ID:gstrPFCc0▼このコメントに返信
※10
小西「いいな坊主、余計なことはいうなよ!絶対だぞ!」
西承「ヒデヨシを日本国王とし朝貢をゆるす!」ドン
秀吉「あ゛?」
小西「ああああああああああああああああああ!」
32.名無しさん:2018年11月15日 10:20 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※31
それ
交渉の時に「朝鮮が日本の朝貢を邪魔してたから攻めたんです」と変に嘘ついた影響もある
33.名無しさん:2018年11月15日 10:23 ID:G4WZfThz0▼このコメントに返信
文禄・慶長の役の財政圧迫より他の遠征だの、皇子の結婚式だので遥かに散財してるから、朝鮮出兵が明の滅亡の遠因というのは正直無理筋
なぜかよく語られるけど
34.名無しさん:2018年11月15日 10:25 ID:.sumIQat0▼このコメントに返信
スペイン王に対しても「おいこら、てめー、大坂でも聚楽第でもいいから、こっち来いや」という手紙をフィリピン総督宛てに出して、フィリピンが大騒ぎになっている。ただし、当時はマドリードー関空間に直行便はなかった。
35.名無しさん:2018年11月15日 10:27 ID:4QcAlDRX0▼このコメントに返信
結局のところ経済政策だ。
戦国時代は戦だらけだったけれど技術も経済も右肩上がり。ところが全国統一したら打ち止め。
経済成長が横ばいや下降したら政権に不満持つのが増えるかもしれない。豊臣政権は室町幕府ほどに外様大名の石高が多いので常に内乱の種があった。
当時の明は海禁政策で日本と貿易をしていない。貿易するには明の冊封体制に入るしかない。それで明と貿易しようと仲介に朝鮮を使おうとしたら国力が著しく低い朝鮮から格下扱いされたので懲罰の意味で挑戦に攻め込み明に対して武力で脅す牽制をした。

もちろん外様大名の勢力を削るとか朝鮮南部の支配して褒美として与えるとか目的は多岐にわたるが、根本的には経済問題。
アメリカがペリーを日本に送ったのと同じ目的。
36.名無しさん:2018年11月15日 10:33 ID:YFYq35w10▼このコメントに返信
天武天皇「いらんな、あんな土地」
37.名無しさん:2018年11月15日 10:37 ID:UhbuI3tt0▼このコメントに返信
※33
それなー
負け犬秀吉政権は2年で滅びたが、明も50年後の滅びました。
ジヤツプの大勝利デスデス!とか言い始めたら

鎌倉幕府はモンゴルに惨敗し政権崩壊しましたと認めてるよな
38.名無しさん:2018年11月15日 10:38 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※35
>国力が著しく低い朝鮮から格下扱いされたので

そういう格上格下とかの問題じゃなくて経済的にアプローチすると

そもそも朝鮮の国家経済システムが農本主義という必要最低限な貿易を除いたすべてを地産地消システムで経済の動きが鈍重。
さらに日朝貿易を担っていた対馬人が戦国の混乱の中で日朝貿易が稼ぎまくって、朝鮮で爆買いしまくって朝鮮の風紀と経済を乱して
朝鮮の日本人居住区で今の在日みたいに犯罪行為と反乱起こすもんだから朝鮮が対日貿易枠をかなり縮小してて

さらに対馬が今まで全国の諸大名+存在しない架空大名+天皇
の名前も使って貿易枠を使い果たしてたせいでこれ以上の貿易拡大も困難になってた。
39.名無しさん:2018年11月15日 10:48 ID:09S75cS.0▼このコメントに返信
馬鹿な推理だ。秀吉は信長のころから明国を攻撃して分捕ることを考えていた。殿には明の皇帝になっていただきたいと豪語。信長はおおいに喜んだ。朝鮮は単なる案内人と通行。小さなことを考えなかった。当初はちゃんと礼を尽くし道を譲ってくれ、相応の例はすると申し出た。朝鮮王は誤解し明に連絡し破談になった。すでに明の奴隷だった。
40.名無しさん:2018年11月15日 11:04 ID:JTxVSOv.0▼このコメントに返信
バイタリティおばけ
41.名無しさん:2018年11月15日 11:08 ID:RUN3q79n0▼このコメントに返信
1550年にモンゴル軍が北京を包囲するという庚戌の変があった。
豊臣政権の唐入りも、庚戌の変を踏まえたもので、北京を包囲したうえで講和を迫る作戦だったという説。
実際にはそこまでたどり着けなかったので、わからんけど。
42.名無しさん:2018年11月15日 11:21 ID:ArLRL8gP0▼このコメントに返信
※39
秀吉最大の誤算だな
朝鮮は解放軍として日本を迎えると思ってた
最初から日本に敵対すると考えたら当然やり方を変える
あの当時三分の一居た奴隷白.丁と内通し
内外から攻めたら朝鮮はひとたまりも無かった筈
43.名無しさん:2018年11月15日 11:24 ID:YErZZ40r0▼このコメントに返信
朝鮮じゃなくて外航船作って北米大陸に進出してたら、カリフォルニアぐらいは今ごろ日本領だったかもしれないのに
44.名無しさん:2018年11月15日 11:25 ID:9et5MnWN0▼このコメントに返信
当時の海上輸送能力は低いし、日本海は荒れるから安定して輸送できない。
やっと周辺諸国を統一した老齢の秀吉とマケドニア最盛期 貯蓄はあるし 金も兵もあるアレキサンダー大王とは全く条件が違う。
海上輸送で侵攻できたのなんて十字軍ぐらいじゃない?
あまりにも借金をするので当時の地図が塗り返られまくった時代でもあるけど。
唐も秀吉の時代も戦争で金銀を使い果たし+信用を失って終わったからね。
今みたいに紙切れや電子データがお金じゃなく、現物の金銀しか価値がなかったし。
45.名無しさん:2018年11月15日 11:28 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※43
それは未来人視点で
当時のメリットがもっぱら貿易で。
幕末でもあった金と銀の交換レート差による貿易利益が
日本と明とあって、南蛮商人は日本と明を往復するだけで稼いで、更に仲介貿易で手数料付きで物を売れる。
それを南蛮商人を仲介せずに日明直接貿易できれば日本に莫大な富が手に入る。
46.名無しさん:2018年11月15日 11:31 ID:.3hujgNL0▼このコメントに返信
誤)秀吉(51)「ハァハァ……ようやく天下統一したぞ」 秀吉(51)「次は朝鮮攻めるか」
正)秀吉(51)「ハァハァ……ようやく天下統一したぞ」 秀吉(51)「次は明攻めるか」

すり替えによる情報操作は本当にいい加減にしてほしい。
47.名無しさん:2018年11月15日 11:31 ID:5dXS.uC00▼このコメントに返信
南に目を向ければよかったのに
あの大陸は関わったらちょっとおかしくなる、どんな国でもあの大陸を支配したら中華化するし大陸自体が呪われてるように思える
48.名無しさん:2018年11月15日 11:32 ID:Wj9IYzPj0▼このコメントに返信
当時の日本軍は冗談抜きに世界最強だったから現場の総大将がいたら普通に勝てたと思うぞ。秀吉の場合信長や家康ほど家臣に恵まれてなかったのが痛かった。あの二人なら家臣で総大将を任せられるのがいた。

一回目の唐入りは殆ど皆賛成してた。戦乱を統一したということは平和な世の中に仕事の無くなった強力な軍隊がいる状況。軍事力に支えられた権力なのに軍隊にお前らもう用無しだから首とか言えないから、必然的に海外遠征をする。これは秀吉に限らず世界史で数多く見られる。家康がそれをしなかったのは秀吉の失敗と大坂の陣がその代わりになったから。
49.名無しさん:2018年11月15日 11:34 ID:Wj9IYzPj0▼このコメントに返信
>>47
南まで行く海軍がない。明を攻めたのに最初の上陸地点が釜山なのも海軍がない以上は陸路で行くしかないから。
50.名無しさん:2018年11月15日 11:34 ID:8VFoPe.K0▼このコメントに返信
スペインに支配された明が攻めてくるとすれ朝鮮半島から対馬じゃないと、日本海に阻まれて、後ろは未開の大海だから緩衝地として半島を手元に置いて置けば有事に時間稼ぎになるからね、ただスペインが思いの外早く内戦で崩れ落ちたのと食料と水脈の乏しい半島で長居は無用となるとさっさと退却する方が合理的、秀吉も家康も信長の時代で比叡山と長久手で宗教相手にする厄介さに手を焼いたから、当時腐敗した仏教はどうにか出来たが、布教のために地球半周してくる信心深いキリスト教はより恐ろしく見えただろう
51.名無しさん:2018年11月15日 11:36 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※48
どうだろうか

確かに当時の日本軍は最強だけど、個々の軍団の統一性が強すぎて統一作戦が取れない欠点があるんだよね。
例えば十字軍戦争での参加軍団別に別の思惑で動くから最終的には戦争がグダグダ長引く傾向が強い
52.名無しさん:2018年11月15日 11:37 ID:SSCQaIrt0▼このコメントに返信
7さん

そうそう

既成の説?ばかり言ってる奴多いけど…もう少し視点を拡げ日本と半島、明だけの事じゃなく、当時の世界情勢から総合して見た方がいいよね

あの時代だからと過小評価しがちだけど、あの時代でも秀吉はかなり世界情勢を知ってて、行動したと思う

呂宋を恫喝したり、植民地列強をかなり牽制してたからね
53.名無しさん:2018年11月15日 11:38 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※51
訂正
>個々の軍団の統一性が強すぎて

個々の軍団の独立性が強すぎて
54.名無しさん:2018年11月15日 11:38 ID:ywOFRBqM0▼このコメントに返信
素朴な疑問。秀吉が唐入りを決めた時に朝鮮や明国について一体どれだけ調べていたのだろうか?それまでの、日本統一までの秀吉の戦い方に比べるとあまりにも稚拙なんだよな。
55.名無しさん:2018年11月15日 11:39 ID:Wj9IYzPj0▼このコメントに返信
>>51
だからそれをまとめる総大将が必要だったって話したんでしょ。史実ではそれがいなくて小西とか加藤が好き勝手やってたわけじゃん。秀吉にも総大将を任せられるような家臣がいるか、もしくは秀吉自身が若くてなおかつ留守を任せられる家臣がいたら勝てたよ。
56.名無しさん:2018年11月15日 11:40 ID:XzgcI.b60▼このコメントに返信
道にするから通せってドイツがベルギーに言ったらベルギーが必死に抵抗した。
相手を舐めてかかって戦争を始めるのは負けフラグだから止めたほうが良い。
57.名無しさん:2018年11月15日 11:41 ID:Wj9IYzPj0▼このコメントに返信
>>54
本来ならそのブレーンにならないといけなかった宗氏が色々と誤魔化しまくったからなあ・・・
58.名無しさん:2018年11月15日 11:44 ID:D6MwwRB10▼このコメントに返信
>>23
狡いというのは条約違反かどうかでは無くもっと広い意味で考えていたんだけどなぁ。
まあこの戦い、どれだけ狡くても戦いは戦いだし、
秀吉軍は想定していなかったみたいだからかなり苦戦したけど、
結果的に小西行長を討ち取るどころか戦いに参加せずに退却できた上、小西以外のどの大将級の武将も討ち取れず、
逆に李舜臣以下朝鮮軍の大将級の軍人5人はおろか明軍の副将さえも討ち取られるという、
明と朝鮮の連合軍からすれば実際は何とも情けない結果になっているんだよなぁ…。
59.名無しさん:2018年11月15日 11:44 ID:z2.iOodi0▼このコメントに返信
外交官たる小西と宗家が嘘ついたから話こじれた
外交官に限らず、交渉役は嘘ついたらアカン
どんな都合悪い話でもそのまま報告せな
その辺、小西の商人としての悪い面が出た
最終的に帳尻合えばええやろと
商売はそれでええが、外交はそれでは済まん
60.名無しさん:2018年11月15日 11:47 ID:kvsjXRtq0▼このコメントに返信
中国なんて歴史上何度も異民族に支配されているし、実際文禄・慶長の数十年後に女真族に征服されてるから続けていたら日本が支配できてたのかもね。
61.名無しさん:2018年11月15日 11:48 ID:nbZCSKr90▼このコメントに返信
イスパニアのアジアの植民地化が進んでたが日本はどうも難しいと思われて明に矛先を変えたのが原因。明にはイスパニアに対抗できる国力は無いと秀吉は判断したんだろ。

今も昔も中国や朝鮮はアジアのゴミで恥だよ。
62.名無しさん:2018年11月15日 11:52 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※55
シビリアン・コントロールでない軍団の連合って
ジャンヌ・ダルクのレベルの神的なカリスマで統率できる人間じゃない限り
どんなに総大将でも勝手歩きするもんで、

現代風に言うと
中小企業の社長連合と公務員連合で運動会させたら
個人競技では勝つけど、団体戦だと連合同士で背くらべ始めたり殴り合いになってグダグダになる

現代で軍の文治主義が基本なのは、現代戦は軍団の統一作戦が命だから
63.:2018年11月15日 11:54 ID:9et5MnWN0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
64.名無しさん:2018年11月15日 12:07 ID:Wj9IYzPj0▼このコメントに返信
>>62
なんで現代の感覚を持ち込んで来るのか意味不明。中世だぞ。
65.名無しさん:2018年11月15日 12:09 ID:0JBP.qwl0▼このコメントに返信
>>1
明にいちゃもんつけに向かったのであって、糞国はただの通り道だって有名な話だろ?
66.名無しさん:2018年11月15日 12:16 ID:ZJR0RLRS0▼このコメントに返信
>>1
エ べンキ族は黙ってな
67.:2018年11月15日 12:28 ID:4dV0a8rC0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
68.名無しさん:2018年11月15日 12:33 ID:S7J..HLc0▼このコメントに返信
>>4
中国まで征服してーって朝鮮出兵の意味って学校で習わないのか?
実際戦ったメインの相手が明だってのも知らなさそうだな。
69.名無しさん:2018年11月15日 12:38 ID:Sq8ce1TD0▼このコメントに返信
信長の遺産を食いつぶしただけの商人気質のオッサン
70.名無しさん:2018年11月15日 12:43 ID:DLaJmIG80▼このコメントに返信
※67
朝鮮通信使って、室町時代から来てて
当時朝鮮は、応仁の乱並みの大乱で荒廃してるってのは日本側は知ってる
だから一気に内陸まで攻め込めた

そのあと明と停戦交渉するんだけど、ここもかなり強気の交渉で明側が一度折れてる

朝鮮に関しては、プレイヤーというかただのマップ(場所)だから
だから、秀吉はイケると踏んで、間に入った連中は、貿易メインで稼いでいるので穏便に生きたい感じ

71.名無しさん:2018年11月15日 12:43 ID:mFQjNGcs0▼このコメントに返信
この役の対応のために明は後金(のちの清)に手が回らなくなり、勃興を許してしまい、徐々にじり貧になっていくから東アジアに与えた影響は大きかったんやろうな。
72.名無しさん:2018年11月15日 12:44 ID:KCz3JGa30▼このコメントに返信
明を攻めようとしただけで目標は朝鮮じゃないぞ。
73.名無しさん:2018年11月15日 12:45 ID:g1Ys1TCO0▼このコメントに返信
対スペインやぞ
74.名無しさん:2018年11月15日 13:00 ID:noiZgI0h0▼このコメントに返信
家康不参加は、失敗すると予測した家康が江戸の町造りとか適当な事言って断ったといわれているけど、参加させたら報酬あげないといけないし、そうしたらますます家康の力が大きくなるからむしろ参加させなかったという説も。

そういえば向こうでは朝鮮出兵を「壬辰・丁酉倭乱」と言うんだっけ
朝鮮の臣下の秀吉とかいう「倭人」が無謀にも「反乱」をおこしたが失敗したという認識かね?
字の意味からするとそういう事になるんだが・・・
75.名無しさん:2018年11月15日 13:04 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※64
要するに総大将立てても結局統制取れきれない。
戦国期でちゃんと統制の取れた連合軍運用できたのところって関東勢以外無いし
その関東勢は朝鮮行くどころか関東で秀吉とピリピリしてた関係上動くわけない。
76.名無しさん:2018年11月15日 13:15 ID:kzdOefUa0▼このコメントに返信
西に行かず東に向かい北米を占領していれば歴史は大きく変わっただろうに
77.名無しさん:2018年11月15日 13:16 ID:n2fezzOx0▼このコメントに返信
信長にも明征服の意志はあったと思うが、
領土切り取り型よりも、都市や港湾をピンポイントで押さえていく政策をとるんじゃないかな。
うまく行けば香港レベルの都市が2,3個出来ていたかも。
78.名無しさん:2018年11月15日 13:19 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※74
朝鮮になってから対外戦争してこなかったから
朝鮮では基本的に戦争系は「もう国がメチャクチャや」って意味で「乱」を使ってるだけやで
あまり大事にしたくない魂胆があるから、意味合い的には「動乱」とか「事変」に近い。
79.名無しさん:2018年11月15日 13:20 ID:fMw1pip80▼このコメントに返信
秀吉は、スペインに降伏勧告を何度も送ってるよね
明の次はスペイン領フィリピン落とすぞって。
明に勝つ気満々だったんじゃないかな

もしスペインにいっしょに明を攻めようって流れなら明落ちてたんじゃないかな
で、最終的にスペインと秀吉で領土奪い合い→増兵が早い分日本優勢

でもこれってインカやマヤを滅ぼしたスペインのやり口そのものに加担してるよな

ただそこでスペインに屈するかどうかなわけだが…
80.名無しさん:2018年11月15日 13:22 ID:n2fezzOx0▼このコメントに返信
>>60
遊牧民は家畜を飼うように漢民族を支配する。
多少残虐とも言える主従関係を作り、被支配層も分断して反乱を起こさせなくする。
日本人にはなかなか持ち得なかった統治方法だから、異民族支配は簡単ではないと思う。
81.名無しさん:2018年11月15日 13:26 ID:fMw1pip80▼このコメントに返信
明が50年後に満州族に乗っ取られる程度の国力なら、秀吉が健在なら年月懸けて明を落せてたんじゃないかね?

そうなるとキリシタン大名たちが裏切るか、もしくは二重スパイするかでスペインを退けるかどうかが決まりそう

82.名無しさん:2018年11月15日 13:28 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※80
契丹も金も蒙古も清も、結局は中華化してるぞ。

83.名無しさん:2018年11月15日 13:34 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※81
明は経済や軍事では健在やったから国力の問題で滅んだんじゃなくて
連続して暗君が統治し続けたことによる無政府状態に近い、行政空白期のせいで滅んだんやで
清は棚ぼた
84.名無しさん:2018年11月15日 14:01 ID:TpXSvoqh0▼このコメントに返信
信長は自分が集めた茶道具を配下の武将に与える恩賞としていたらしい
国を与えるよりも手軽で、あまり懐も痛まない茶道具が恩賞の替わりになった理由は
当時の茶はある種武将のステータスで、信長の許し無く家臣が茶会を開くことはできなかったそうだ

しかしこの茶道具システムにキーマンとなる人物・利休が絡んで来る
茶道具の目利きをして良い物と判定するのが利休の役目だったそうだ
信長と利休の間は特に何もなかったらしいが、秀吉と利休の間には非常に複雑なものがあったようで
最終的には利休を排除する方向へと進んだことで、秀吉は茶道具システムを使えなくなってしまった
85.:2018年11月15日 14:08 ID:UhbuI3tt0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
86.名無しさん:2018年11月15日 14:12 ID:4QcAlDRX0▼このコメントに返信
※84
信長のは今井宗久だな。利休は信長時代には小物。秀吉時代が全盛期。
87.名無しさん:2018年11月15日 14:22 ID:rxN1rxcU0▼このコメントに返信
>てか大名の力削ぎたかったんちゃう?

主目的はこれだろな
徳川のやっさんは築城の普請でやったけど
88.名無しさん:2018年11月15日 14:24 ID:rxN1rxcU0▼このコメントに返信
>>1
そんなとこに住んでる奴が悪い
89.名無しさん:2018年11月15日 14:25 ID:rxN1rxcU0▼このコメントに返信
>>5
天草「そなたのカルマ救いがたし」
90.名無しさん:2018年11月15日 14:26 ID:rxN1rxcU0▼このコメントに返信
>>11
秀長「」
91.名無しさん:2018年11月15日 14:27 ID:rxN1rxcU0▼このコメントに返信
>>19
まぁ通り道の石ころ程度の存在だわな
92.名無しさん:2018年11月15日 14:43 ID:4ii6h6Ca0▼このコメントに返信
※79
俺もそう思う

ソースは俺の御先祖様
俺の御先祖様も参加したし、手柄とって領土も貰った。
ちゃんと勝つ気はあった。

死んだからうやむやになっただけ。
でなければ報酬なんてないわ
93.名無しさん:2018年11月15日 14:59 ID:sm0aaliL0▼このコメントに返信
当時の明の皇帝は政治にほとんど興味が無く、国が傾きかけるほど贅沢三昧していた愚かな皇帝だった
朝鮮が日本に攻められようが放って置きそうな皇帝だったのだが
なぜか朝鮮が「助けて」と言って来たら朝鮮を助ける事にした
この皇帝の気まぐれな決定が秀吉にはアンラッキーだった
94.名無しさん:2018年11月15日 15:09 ID:b0ru8AZN0▼このコメントに返信
>>93
朝貢関係にあるんだから助けるのは当たり前
朝鮮が助けてなんて言わなくても親分が面子のために助ける
95.:2018年11月15日 15:13 ID:MWxZ3NQj0▼このコメントに返信
このコメントは削除されました。
96.名無しさん:2018年11月15日 15:23 ID:MWxZ3NQj0▼このコメントに返信
VRかARで架空でいいから再現してもほしいわ
97.名無しさん:2018年11月15日 15:25 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※94
当時の皇帝の母方が朝鮮出身であることと
対女真族では朝鮮は実績があって、明を脅かさず、女真族が台頭するのを叩けるくらいの力として朝鮮は必要不可欠で
安全保障的な意味で新進勢力の日本が対女真族の抑止力になる保障はなく、むしろ結託する可能性があり、
堂々と「明を攻める」と公言してる以上、朝鮮という国を保持しないといけなかった。
基本的に朝鮮半島の勢力が衰えたり遊牧民に降伏すると、その次に中原国家が落ちる。
98.名無しさん:2018年11月15日 15:34 ID:VREqcRZ40▼このコメントに返信
スペインへの牽制だったって話だろ?
そりゃ、当のスペインですら単独で勝てないと思われていた明相手に無双できる力を見せつけたら攻める気も失せるわな。
日本を平定して鎖国することで安定を築くためには必要なことだったんだろう。
結局(事実上)志を継いでやり遂げたのは徳川だったわけだが。
99.名無しさん:2018年11月15日 15:41 ID:WyvsjPUu0▼このコメントに返信
>>42
最初解放軍として迎えて
朝鮮王は石を投げられ

暴虐やってた王子は
日本側に突き出されてるぞ
100.名無しさん:2018年11月15日 15:59 ID:4dV0a8rC0▼このコメントに返信
とりあえず国内勢力の力を削ぎたかったってのはほぼ無いと思うぞ
唐入りのメンツ見てみ、渡海したのは秀吉子飼い武将のオールスターぞ
なんだってわざわざ自分の手駒優先して削りに行くんだよ
それこそ家康放り込めよって感じだな
101.名無しさん:2018年11月15日 16:24 ID:wNSKcFWY0▼このコメントに返信
>仮に取れたとしても統治大変じゃない?
>中国も取って移住するとかならともかく

唐入りの名の通り元々Chinaが目的だろ
102.名無しさん:2018年11月15日 16:55 ID:oFoS1a5Q0▼このコメントに返信
ゲームクリアしたらハードモードでもっぺんやってみたくなるよな
たいていやられるが
103.名無しさん:2018年11月15日 17:11 ID:eefcxGzc0▼このコメントに返信
秀吉の目的はあくまで朝鮮攻めだからな。外交上の行き詰まりから武力制圧しかなかった。唐入りとか誰が言い出したのか、そもそもが明であるし。
104.名無しさん:2018年11月15日 17:13 ID:k.6Lb4uG0▼このコメントに返信
ノッブ「だから人生は50までだと言ったのに・・・、あのアホめ」
105.名無しさん:2018年11月15日 17:15 ID:Qsp1PNWM0▼このコメントに返信
率直に行って計画自体がダメなんや
朝鮮が強い弱いって話やなくて気候帯の問題で半島経由の明攻略はできそうで無理筋や
日本は温暖湿潤気候、半島や満州は亜寒帯や気候区分を超える進軍は数十年掛かるんや
東西に侵攻は迅速でも南北の進軍は10年単位で掛かる
抗生物質発明以前やとそうなる
古代の日本も半島南部までで北上すれば敗退してた
亜寒帯に適応できない日本軍は半島を通れば甚大な被害を受けるのは当然なんや
それくらい気候の問題は重要

じゃあどう攻めれば良かったのか?半島南部と済州島だけ攻略して
東シナ海経由で直接南京を攻略する
これ以外ではまず無理なんやな
倭寇の侵略コースや
106.名無しさん:2018年11月15日 17:15 ID:k.6Lb4uG0▼このコメントに返信
※96
現代の超汚染人コ□しまくるVRの方がやりたいわ
107.名無しさん:2018年11月15日 17:22 ID:eefcxGzc0▼このコメントに返信
明攻略というのは秀吉のプランではなくて、大航海時代の列強というべき欧州各国のひとつの目標なんだよな。日本的には朝鮮で代理戦争やるのは、それはそれでOKで図らずも明との直接交渉も可能になった。日本の対外的な地位というのは上がった。
108.名無しさん:2018年11月15日 17:31 ID:AXYVhv6X0▼このコメントに返信
全国数百万の足軽さんたちに
「明日から君ら皆、無職な」
と言える奴だけが秀吉に石を投げなさい
109.名無しさん:2018年11月15日 17:31 ID:QPxLFA.e0▼このコメントに返信
※105
※107
国が乱れ治安が悪化して海賊が跋扈して水運が衰退し、大型船技術が廃れ
海賊取り締まりと海外貿易を担ってた国が毛利に攻め滅ぼされて航海技術と造船技術が失われ

当時はまだ日本での綿花栽培に成功してなくて綿の輸入をもっぱら朝鮮だよりだったけど
対馬が朝鮮で反乱起こしたせいで対日貿易縮小されて綿の高騰を招き、

大型の帆を作るのに必要な丈夫で軽い綿が入手困難になり
遠距離航海ができる大型船の建造がさらに困難になった

経済的な理由で東シナ海ルートもキツイ
110.名無しさん:2018年11月15日 17:34 ID:q.K9oEne0▼このコメントに返信
※105
対馬海峡ですら兵站線を維持するのに苦労してたのに、
東シナ海の兵站線なんて維持できないに決まってんじゃん
海賊なら少人数で略奪してトンズラだから可能だけど、万単位の軍勢をそれと同列に語れるわけ無いだろ
111.名無しさん:2018年11月15日 17:38 ID:eefcxGzc0▼このコメントに返信
東南アジアに対する入植事業もまた結局は宗主国の明との戦い。欧米諸国や日本の兵隊も中華系支配からの解放軍であったわけだ。徳川はそれを中止させたが、結局は成功という形になっている。ここで戦争は困難という意見とは裏腹に世界の秩序は大きく変化したわけだ。
112.名無しさん:2018年11月15日 17:59 ID:yuUzylQT0▼このコメントに返信
対オランダのための進軍であり口実はオランダと強調して明を落とし逆に対オランダ戦の戦場とするための出兵だよ。
これは信長の頃の計画の実行に過ぎない。
ただ、その当時オランダは本国にて英国に負け終わってたため目的が無くなり対明のため順次撤退戦となっただけだからどうでもいい半島の付近をウロウロしたって話。
朝鮮なんて何たる通り道でありスペースに過ぎん。その先に敵が居なければどうでも所だよ。無価値なんだから。
113.名無しさん:2018年11月15日 18:14 ID:eefcxGzc0▼このコメントに返信
世界史的な観点というのは絶対に必要、天下統一も宣教師から地球儀を渡されてどう意識に変化が起きたのか、そういうところが大事なんだよな。朝鮮出兵は明攻略という目標においては単なる局地戦だったにしろ、日本にとっては大きな戦だったし、価値あるものだった。
114.名無しさん:2018年11月15日 18:31 ID:Qsp1PNWM0▼このコメントに返信
>>110
鉄砲を10年でモノにした日本がなんで西洋の大型船技術を
取り入れなかったのか?ってトコやな
早急すぎたんや
115.名無しさん:2018年11月15日 18:33 ID:gstrPFCc0▼このコメントに返信
※103
バカに分かりやすく言うと唐(から=中国であって)
唐(とう)じゃないぞw
それに朝鮮は目的じゃない。通路
実際文禄の役で京城は陥落してるし国王は逃亡、王子も捕縛してる
まともな国ならこの時点で占領終了だよ
朝鮮は敗戦してたの。分かった?
116.名無しさん:2018年11月15日 18:37 ID:gstrPFCc0▼このコメントに返信
※101
正親町天皇は明に来ていただき
日本は秀家に任せ
朝鮮は誰だっけな
明征服が成ったあとは秀吉は天竺に攻め入るつもりだった
117.名無しさん:2018年11月15日 18:40 ID:kphh82gr0▼このコメントに返信
鍋島直茂とかは朝鮮に所領を欲しがってたんで
まず肥前や肥後の大名を朝鮮に国替えする予定だったらしい
118.名無しさん:2018年11月15日 18:42 ID:eefcxGzc0▼このコメントに返信
※115
馬鹿に分かりやすく言うと、唐(から)→唐(とう)のことで長らく日本では国名に関係なくそう呼ばれていた。
しかしまあ外交で明や朝鮮との交渉があった秀吉の時代において唐入りなんて、知識がないか、小説家が言い出しそうな文言を使うのは愚かだ。
そして秀吉は朝鮮と外交で揉めていたから戦争になった。
119.名無しさん:2018年11月15日 18:46 ID:Tb9lRUsb0▼このコメントに返信
※115
日本人の伝統的な考え方では、中国だけを指す場合は漢の呼称を用い、中国を通じて伝わってくるより広範囲の外国一般(とくにシルクロード)のものを唐と呼ぶ。唐入りというのはだから、明征伐というよりも海外出兵というニュアンスで、明の攻略が秀吉の最終目標だったかというとはなはだ疑問。出兵自体が目的で、具体的な征服地はそこまで厳格に設定してなかったと思うよ。とくに出兵の大義名分とか外国使節への応答なんかじゃ必要以上に大上段に構えた誇大広告うつのが定番の時代やし。天皇陛下に明へ入っていただくとかそんなのも、ホラとは言わんが、思いついたこと言いたい放題言ってるだけで、政治家としてのアピール戦術と軍事指導者としての秀吉が見ていたのはまったく別の次元だったかと
120.名無しさん:2018年11月15日 18:51 ID:q.K9oEne0▼このコメントに返信
※114
そら宣教師たちが教える気がなかっただろ
銃で国を守ることは出来ても、銃で海は超えられない
支配権を広げようとする自分たちと競合するであろう相手に、
地球の裏側まで行ける造船技術を与えるわけ無いわ
121.名無しさん:2018年11月15日 19:00 ID:eefcxGzc0▼このコメントに返信
いや普通にガレオン船で調べたら、家康なんかも建造してる。世界史的にはあまり良い船ではない、大航海時代とは言ってもリスクの高い航海ではあった。
122.名無しさん:2018年11月15日 19:22 ID:.CScUOJN0▼このコメントに返信
>>90
秀次「」
123.名無しさん:2018年11月15日 19:27 ID:.CScUOJN0▼このコメントに返信
>>25
秀吉より弱かったヌルハチが清を建国している。
124.名無しさん:2018年11月15日 19:30 ID:Qsp1PNWM0▼このコメントに返信
※120
一隻買って解体すればええやろ
鉄砲んときもそれやで?
125.名無しさん:2018年11月15日 19:34 ID:.CScUOJN0▼このコメントに返信
>>48
言い方は悪いが、豊臣家は太平の世のため生贄になった。
126.名無しさん:2018年11月15日 19:36 ID:.CScUOJN0▼このコメントに返信
>>55
反乱を恐れて徳川、前田などの大大名を送れなかったんだよなぁ。
127.名無しさん:2018年11月15日 19:39 ID:.CScUOJN0▼このコメントに返信
>>69
まあ信長の家臣じゃなければ、100%天下人にはなれなかったからね。
128.名無しさん:2018年11月15日 19:43 ID:.CScUOJN0▼このコメントに返信
>>103
明=唐だよ。秀吉の目的はあくまでも明。

ちなみに唐入りの言い出しっぺは信長。
129.名無しさん:2018年11月15日 19:46 ID:eefcxGzc0▼このコメントに返信
※125
犠牲になったのは国民だろう。不平等条約のためにどれだけ血を流したか。平和は安くないとは良く言ったもの
130.名無しさん:2018年11月15日 19:54 ID:2FvJqNoC0▼このコメントに返信
平壌占領したら落城前から疫病流行っててえらい事になってたらしい
当然そんなとこ維持できるわけなく明軍に奪回される。
131.名無しさん:2018年11月15日 20:30 ID:6Hk2tNKD0▼このコメントに返信
ノッブは死んじゃったしな。
大陸侵攻プランだけは踏襲したが、具体的方法までは
学ぶことができなかった。
ノッブみたいに臨機応変にオリジナリティを発揮するのは苦手と見ていいだろう。
ここらへんに秀吉の限界が見えるな。

132.名無しさん:2018年11月15日 21:37 ID:DUkIl..E0▼このコメントに返信
秀吉ほど臨機応変な対処で天下とった人間はいないだろ、
唐入りでも連戦連勝だったし
133.名無しさん:2018年11月15日 21:41 ID:DUkIl..E0▼このコメントに返信
※126
毛利や島津を始めとした西国の大大名はおくられている、東国の大名は名護屋に布陣させられている、
東国の大名は遠いので渡海申請が通らなかったものは居残りだ
反乱を恐れたもなにも秀吉の統治下で反乱など一度も起きていない。彼の統治は死ぬまで盤石であった
134.名無しさん:2018年11月15日 21:50 ID:DUkIl..E0▼このコメントに返信
※6
徳川幕府と豊臣政権は方向性が違う、
諸侯を弱体化させることで政権を守ろうと考える内向きの体制が幕府で、
日本そのものを拡大させようと考えるのが豊臣政権、
秀吉にとっては日本でおわりじゃないわけ、チンギス4でモンゴル統一した所で世界マップに切り替わるようなもん
世界と戦う必要があるのに、ムカリなどの四狗四駿を粛清するか?しないだろ
家康や歴代将軍はそんな事は考えず井の中の蛙でよしとし、お家の維持だけが目的なので諸侯の弱体化を目的にした、その結果日本が疲弊しようとどうでもよかった
135.名無しさん:2018年11月15日 22:50 ID:MxaWdYvH0▼このコメントに返信
欧州に対抗して大東亜帝国作りたかっただけなんだよなあ
秀吉は先見の明がある
鎖国路線の徳川はアホ
136.名無しさん:2018年11月15日 22:51 ID:eefcxGzc0▼このコメントに返信
同じようでも、清攻略とは状況が違う。三国干渉もアメリカとの衝突もない。イージーでおいしい利権が目の前にあった。
日本は大きなチャンスを逃した、少なくともそう分析しなきゃおかしい
137.名無しさん:2018年11月15日 22:57 ID:EUkDgfGq0▼このコメントに返信
>>133
秀吉個人のカリスマに依存した不完全な統治体制だけどね。まあ確かに秀吉存命時は何とかなってた。

それから秀吉でなくても反乱は気にすると思うよ。
特に秀吉は光秀の反乱のおかげで天下人になれたのだから、次は我が身と思わない方がおかしい。
138.名無しさん:2018年11月15日 23:03 ID:EUkDgfGq0▼このコメントに返信
>>134
失敗したのは残念だが結果的には良かったと思うよ。
中国を支配した民族は例外なく漢民族化するからね。日本が中国の州の一つになっていただろうし。

徳川幕府は拡大より防衛に力を入れたという事。今の国会の様に一強他弱の方が国を治めやすい。
139.名無しさん:2018年11月15日 23:06 ID:fdI1TZ3L0▼このコメントに返信
>>118
そら唐入りするからお前属国になれって言ったら揉めるわなw
唐入りするにあたって手始めとして朝鮮を攻めたというだけの話
140.名無しさん:2018年11月15日 23:07 ID:EUkDgfGq0▼このコメントに返信
>>135
先見の明?信長の方針を継いだだけ。
結局秀吉は信長のパクリでしかないんだよ。

徳川幕府も初期は大々的に交易していたよ。キリスト教による侵略を警戒した結果交易を制限しただけ。
141.名無しさん:2018年11月15日 23:10 ID:eefcxGzc0▼このコメントに返信
防衛w
もし欧州と共に植民地主義をもう少し前に進めていたら、ペリーに驚くことも無い、やあペリーだよ。そもそも軍艦では来なかったかもしれない。
対外拠点があるから日本も軍艦をもたなきゃ行けないからね。平和とは恐ろしいな、国をどんどん駄目にする気がしてならない
142.名無しさん:2018年11月15日 23:27 ID:DLaJmIG80▼このコメントに返信
※140
秀吉の代になってから、バテレン追放令出しちゃったので
実際何考えてたのかわからないのが実情

信長の時までは、イエズス会の報告書で
フロイスが「ガレオン船二隻回してちょうだい、信長がゴアあたりまで攻めたいみたい」とか報告書があるけど
バテレン追放令のあとは、「ポルトガル領ゴアとフィリピンのスペイン領の総督あてに、帰順せよって書状が届いた」ってくらい
その次の年が唐入り
143.名無しさん:2018年11月15日 23:29 ID:EUkDgfGq0▼このコメントに返信
>>141
防衛はいけないか?攻撃こそ最大の防御ってやつ?植民地支配がいけないとは言わないが。

ちなみにペリー(アメリカ)に日本に対する領土的野心はないが、交渉を優利に進めるため軍艦で来たと思うよ。
144.名無しさん:2018年11月15日 23:32 ID:EUkDgfGq0▼このコメントに返信
>>142
信長は恐らくキリスト教の本性を知らなかったんだよね。知れば一向宗の様に服従するまで叩きのめしたと思う。

秀吉は九州へ直に行ったからこそキリスト教の脅威に気づけた。
145.名無しさん:2018年11月16日 00:56 ID:lvHyBLgp0▼このコメントに返信
秀吉は、この頃、現代で言うアルツハイマー病だったのでは? という説もある

異父弟の、秀長(同父弟説もある)の死去説も有力。 彼は唯一無二と言って良い程、秀吉に直言出来る人物だった
(彼がもう少し、寿命に恵まれていれば、たぶん命を賭けてでも、兄貴の暴走を止めたであろう説がある)
呉の大王・孫権に仕えた、孔明の兄さん(従兄弟説もある)諸葛謹
(彼の死後、孫権は、それまでの名君振りが、嘘のように暴走?を始める)
毛沢東の<尻拭い役>を勤め上げた名参謀・周恩来
日本では、徳川・四代将軍 家綱公の相談役として辣腕を振るった 三代将軍・家光公の異母弟でもある保科正之などに、
勝るとも劣らない

秀吉は他山の石、キンペーさんや、プーチンさん、トラさん、阿倍さん、なんかに、こんな名軍師は居るのだろうか?
146.名無しさん:2018年11月16日 02:22 ID:yLUKW1VV0▼このコメントに返信
統一後の最大の問題は、大名の抱えた兵力の削減。
実戦経験多いし、反乱があれば厄介。
147.名無しさん:2018年11月16日 08:38 ID:H0yzmEYy0▼このコメントに返信
女真がうまくいったんは
明が李自成の乱で滅亡して中国が無政府状態になったのと長城を守っていた旧明軍が
女真を利用しようと国内に引き入れたからやぞ。
148.名無しさん:2018年11月16日 13:21 ID:IRvjNewM0▼このコメントに返信
妥当な戦略を暴走とけアホか
149.名無しさん:2018年11月16日 14:44 ID:aWmXo.zC0▼このコメントに返信
女真は現地の気候や食料に適応してるわけで、根本的に差がある
日本は東北の武将すらもっと南の半島エリアで過酷な土地というくらいなんで、秀吉軍の北方経由征服戦争は準備の段階で失敗してたのは確実だわ
150.名無しさん:2018年12月01日 23:15 ID:Ny48DsnO0▼このコメントに返信
※33 ※37
明の財政を変質させて明が滅びるまで再起不能にしたのが、
秀吉率いる日本との戦いだよ。

日本軍が想像以上に強く、明は全国的に動員をかけるはめになって、
実戦経験の豊富な常備的軍団もかき集めて投入したけど、
いずれの軍団も敗北を続ける有様だった。
とくに精鋭部隊の喪失は女真台頭を許す要因になった。

この戦いの間、明国は税金の徴収が負担になり脱走農民や都市民が続出した。
これが全国的に広がっていったわけ。

こういう財政と体制の破綻が明国末期の反乱に繋がった。


※23
小西は明陸軍の劉テイと話がついていて、終戦ムードで、
明水軍の陳リンもそうだったが、李舜臣が泣きながら訴えて
無理強いしたので海戦が起きた。

結果は見ての通り。

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