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2018年11月05日 09:05

石田三成とか言うグングン評価を上げていく武将www

石田三成とか言うグングン評価を上げていく武将www

mitsunari

引用元:石田三成とか言うグングン評価を上げていく武将www
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1541301859/

1: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:24:19 ID:7mY
それに反比例するように脱糞ニキの評価が下がっていっている模様…

5: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:37:30 ID:7mY
このまえ真田丸見た

6: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:39:42 ID:QEX
足利尊氏とか例外を除けば
ガチ無能とかで貶められまくってた人物が評価されるのが普通やで

7: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:40:21 ID:k30
忠誠心の塊で一番尊敬してるわ

9: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:43:09 ID:rYO
脱糞の過小評価は異常

10: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:44:26 ID:k30
>>9
首都高の走りにくさがこいつのせいだと思うと腹立ってくるねん

13: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:46:27 ID:j02
>>10
前時代の防衛手段やししゃあない

11: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:45:52 ID:7mY
>>9
250年平和な世を築いたのに何か人気無いよね
やっぱ脱糞したのがいけなかったのかな

12: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:46:12 ID:HFH
>>11
日本人って判官贔屓じゃん

15: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:48:54 ID:bPu
敗北者やん

17: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:50:13 ID:JZH
いうて石田三成って仕事はできるけど人間関係クソな上司の典型やろ

今の時代に生まれてたらめっちゃ嫌われてたやろうな

18: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:51:00 ID:rYO
>>17
当時は嫌われてなかったという風潮

19: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:51:20 ID:j02
>>17
部下には評判いいから…(震え声)

20: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:51:25 ID:o55
江戸期で三成が評価下げて
幕末期で家康が評価下げて
旧大河期で三成が評価下げて
現大河期で家康が評価下げて

の繰り返しよ

22: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:52:05 ID:rYO
>>20
要するに相対的にしか評価は上がらんのやな

24: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:53:12 ID:rYO
義経以来の伝統だからな

25: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:53:26 ID:HFH
>>24
何がやねん

26: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:53:34 ID:rYO
>>25
判官贔屓

28: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:55:13 ID:HFH
>>26
あっそっかぁ
確かに特に理由無く弱い方を応援したりしてるよね

29: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)12:56:26 ID:zdi
所詮は時代の敗北者よ

41: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)14:25:40 ID:o55
巻き込まれて仕方なく主導する立場にたったって説もあるけど
上杉とも連携全くとれてないし担いだ毛利も全然だし
真田にも連絡もっと早くしとけって怒られてるし

大正義豊臣軍にいなかったら割と凡将で終わってた気がする

43: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)14:34:26 ID:ZaB
>>41
毛利はガッツリやる気やったやん


岐阜陥落で損切りに走っただけで

45: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)16:11:01 ID:JM1
天下人の評価なんかどうあがいてもMAXなんだから比較対象にならんわ

48: 名無しさん@おーぷん 2018/11/05(月)06:01:40 ID:tkr
加藤福島よりは忠臣に見えるンゴね

47: 名無しさん@おーぷん 2018/11/04(日)16:16:59 ID:ZaB
う○こ漏らした方が大成出来る説

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2018年11月05日 09:14 ID:j9j29K5U0▼このコメントに返信
忠誠心の塊なら淀君こそなんとかせい
2.名無しさん:2018年11月05日 09:16 ID:.U52Ksmk0▼このコメントに返信
『義に働けば角が立つ』
典型的な例だね
『この世で1番悪い奴は義を口にする奴
此奴ら自分が正しいと思ってから始末に負えない』
伊達政宗
3.名無しさん:2018年11月05日 09:19 ID:7bnKL7At0▼このコメントに返信
三成、義元、勝頼は評価コロコロ変わるよね
逆に評価が安定し過ぎて話題にも上がらず地味な感じになってるのが上杉謙信
4.名無しさん:2018年11月05日 09:20 ID:cRWh5tD10▼このコメントに返信
いや、武将としての評価は最底辺のままだろうw
上がってるのは忠義への評価だけだぞ。
戦が下手にも程がるwwww
5.名無しさん:2018年11月05日 09:21 ID:HYx0X3nS0▼このコメントに返信
家康クラスの人間が三成レベルの仕事で終わったなら評価どん底だけど、三成クラスの人間が三成レベルの仕事をしたから評価上がってんだぞ
家康は苦節30年といえども、家来衆もしっかりいる三河の大名の跡取りだったのに対して、伊吹山のド田舎寺の小坊主がここまで忠義を尽くして、家康クラスの人間と数の上ではタメを張るところまでよくやった、って感じじゃないの?
6.名無しさん:2018年11月05日 09:24 ID:8NH6EHNt0▼このコメントに返信
政治面で領民からは評判いいんだけど武断派の大名にはえらく嫌われてるよな
朝鮮出兵以前からも秀吉の無茶ぶりの命令を強要するイエスマンなのが駄目だったんかな
7.名無しさん:2018年11月05日 09:32 ID:seYSGFvK0▼このコメントに返信
家康 政180 戦185 智180

三成 政180 戦110 智130

三成は官僚としては優れていたが、戦闘能力と謀略の能力がダメだったな。
あまり武将向きの人ではなかっただろう。


8.名無しさん:2018年11月05日 09:36 ID:c.wwPklI0▼このコメントに返信
あー、大河ドラマ化の伏線?
9.名無しさん:2018年11月05日 09:36 ID:ZWU1rTJp0▼このコメントに返信
営業で仕事取りまくってるけど納期とか製造してる人たちの負担全く考えないで社長に媚びまくって違う課の奴らに嫌われてるやつ
10.名無しさん:2018年11月05日 09:37 ID:R7Qc6ZQg0▼このコメントに返信
三献の茶って、ビジネスマナーだと習ったけど、小坊主時代の三成が出したという史実を
例の「みつなり~♪」ってCMで見て、ネットで裏取るまで知らんかった…
11.名無しさん:2018年11月05日 09:37 ID:dSWRZ34n0▼このコメントに返信
無能とは思わんが
まあ性格がどうとか戦略がどうとか向き不向きはあるわな
12.名無しさん:2018年11月05日 09:40 ID:vyofC8eg0▼このコメントに返信
三成はもちろんだけど
秀吉の部下が家康なめたからあんな惨めな終わりになったんだろうな
上杉と結託すれば勝てるとか、三成追い出す為に利用しようとか
まず団結して家康滅ぼしてから内輪もめすればよかった
13.名無しさん:2018年11月05日 09:42 ID:h6xrLGsp0▼このコメントに返信
三成の再評価は江戸時代の初期からあって、武断政治から文治政治への転換期に
槍働きでない仕事への評価を高めるとか、主人に忠誠を尽くした人物は敵味方問わず見習うべきとか。
14.名無しさん:2018年11月05日 09:44 ID:7Kt6g4Gl0▼このコメントに返信
信長的にはどっちがどうなんやろな
15.名無しさん:2018年11月05日 09:44 ID:bchxgOdG0▼このコメントに返信
今川義元 武田勝頼 豊臣秀次 

この辺は徐々に評価が上がってきてる人達
16.名無しさん:2018年11月05日 09:44 ID:SMDr59NR0▼このコメントに返信
再評価がほとんど無い金吾中納言よりは良いかと。毛利は関ヶ原の時は四国、九州にしか目が向いてない。
17.名無しさん:2018年11月05日 09:45 ID:bchxgOdG0▼このコメントに返信
敗軍の将は、昔から悪く書かれるのが当たり前
18.名無しさん:2018年11月05日 09:49 ID:bchxgOdG0▼このコメントに返信
足利義昭も地味に評価が上がってる
19.名無しさん:2018年11月05日 09:50 ID:lWnJfeVf0▼このコメントに返信
※2
それ、智に働けば~じゃなかったけ?

“義に過ぎれば固くなる”じやない?
20.名無しさん:2018年11月05日 09:52 ID:bchxgOdG0▼このコメントに返信
三成の戦下手は、小田原征伐で、支城の忍城を落とせなかったのが理由らしいけど

忍城は上杉謙信や北条氏康も落とせなかった名城
21.名無しさん:2018年11月05日 09:55 ID:k.H.NxDz0▼このコメントに返信
※16
本人に責任はないけど、関が原後に急死したのが悪い。
ああいう大戦のあとは出世させたら邪魔になるやつは早めに消される時代なんだから気を付けないと
22.名無しさん:2018年11月05日 09:56 ID:f2wNqYfB0▼このコメントに返信
※20
そういうことじゃない、とった戦法が度外れ、普通に力攻めで良かった。それで落ちなかったときは相手を褒めれば良い
23.名無しさん:2018年11月05日 09:57 ID:.b.v3pym0▼このコメントに返信
三成の能力値を100とした場合、家康は200くらい。
でも諸葛孔明は500くらいなので評価に値しない。
24.名無しさん:2018年11月05日 10:01 ID:I2vPkGlv0▼このコメントに返信
やんちゃ坊主(加藤福島)とガリ勉(三成)の馬が合うわけないんだよなあ
やっぱりサルのせいちゃうん?
25.名無しさん:2018年11月05日 10:02 ID:f2wNqYfB0▼このコメントに返信
孔明「こいつ反骨の相がでとるわ、死刑でw」
  「はい馬食さん失敗しましたね、死刑ですw」

隠し切れない基地概感はある
26.名無しさん:2018年11月05日 10:02 ID:etrA0Djy0▼このコメントに返信
三成は武将ではなく、文官。
織田信長の頃から常備軍と官僚機構の整備が進み、近世=絶対制化。
徳川幕府の側用人も文官官僚。
三成ら文官官僚と加藤ら武官軍人がパワーバランスの綱引きした結果が関ヶ原。
秀吉同様に信長の手法を間近で見てオールマイティー化した家康にコントロールされ、美味しいところを総取りされたのはある意味当然の流れかもしれない
27.名無しさん:2018年11月05日 10:03 ID:sVlBMCZH0▼このコメントに返信
※22
詳しくは知らんけど
忍城の周りって水田沼地が多くて道が狭い
典型的な攻め難く守り易いな立地だったんじゃねぇの?
力攻めとか最も手っ取り早く終わるけど最も死屍累々になりそう
28.名無しさん:2018年11月05日 10:08 ID:etrA0Djy0▼このコメントに返信
※25
史実の孔明は演義のような奇策や機転なんて0の頭でっかちで杓子定規な文官官僚。
軍規違反者の馬謖を斬ったのは、孔明が如何に融通がきかないかのエピソード。
29.名無しさん:2018年11月05日 10:13 ID:f2wNqYfB0▼このコメントに返信
文官の共通点は独裁化を目指すために味方でも蹴落としていくところがあるからな。それで戦力が減ろうがおかまいなし、こういう手合いが上では勝てるものも勝てん。
30.名無しさん:2018年11月05日 10:16 ID:PxyrkIn00▼このコメントに返信
※22
秀吉に「水責めしろ!!」との厳命受けてたのでどうしようもない
本人は同僚の将と「いや普通に攻めればすぐに落とせます」と言ったけど
聞き入れられなかったのでそれ以上打つ手はない
31.名無しさん:2018年11月05日 10:16 ID:SMDr59NR0▼このコメントに返信
※22 忍城には甲斐姫がいたから、秀吉が力攻めを禁じて水攻めを命じた説有り。
32.名無しさん:2018年11月05日 10:19 ID:f2wNqYfB0▼このコメントに返信
※30.
部下を信用しなきゃ人はついてこない、秀吉らしからぬ逸話、いや創作か
33.名無しさん:2018年11月05日 10:20 ID:.bSdqvah0▼このコメントに返信
※27
忍城が名城なのも、力攻めすれば良かったというのも両方本当
34.名無しさん:2018年11月05日 10:21 ID:UeAzuF0t0▼このコメントに返信
加藤福島は大概だったが加藤は決定的瞬間の前には死んでたからな
生きていたら豊臣恩顧の忠誠を見せたのか福島のように醜態さらしたのかはわからんね
この二人を比較対象にして話せば石田の評価も当然上がる
35.名無しさん:2018年11月05日 10:23 ID:khNAxt9J0▼このコメントに返信
評価なんて昔から文官としては優秀だが武官としては無能で定まってるでしょ?
それとも女性人気=評価上がったってこと?
36.名無しさん:2018年11月05日 10:25 ID:x4lt7owB0▼このコメントに返信
毛利は掌返しが上手いよね
三成は毛利に担がれて利用されただけじゃね?
家康からしても毛利を完全に潰すよりも三成に責任を負わせて処分したほうが戦後処理がやりやすいし
37.名無しさん:2018年11月05日 10:26 ID:.b.v3pym0▼このコメントに返信
※25、28
魏延の事を言ってるなら的外れ。度重なる命令違反や造反を口にしていながら単に生かして活用してただけ。
自分が没すれば必ず動く、と王平に言い含め口に出したら斬れ、と遺言で残したのはまさに天才。
馬謖を切るのは当然だ。軍儀違反はあの時代どこでも斬られる。
第一三国志は歴史書なので詳しい事は書いてない、が、逆に言えば単なる官僚と言うのも嘘。
軍師として雇われているのにまるで蜀漢が出来てから政治家として雇ったみたいな嘘はやめろ。
戦って国を作った、これは史実。脚色を度外視してもこれは動かない事実だ。
38.名無しさん:2018年11月05日 10:28 ID:mZLKj7vH0▼このコメントに返信
甲斐姫は説だけど、秀吉が要塞として著名な忍城を自らの十八番水攻めで陥とせと命じ、三成が「土が悪いので水攻めは無理です。今なら士気が高いので力押しで攻略させてください」→秀吉「いいからやれ」といったやり取りの書簡は残っている。

ちなみに三成は治水の名手でもある
実直で優れた内政家、軍政家、官僚ではあることは間違いない。
日本で兵站や補給線の概念持っている数少ない人物でもある。
39.名無しさん:2018年11月05日 10:29 ID:etrA0Djy0▼このコメントに返信
※23
一国を統一し、長期安定政権の基礎を築いた有能な君主の徳川家康と、無謀な対外戦争で国力を疲弊させて地方政権すら維持できなかった無能な官僚の諸葛孔明では話にならない。
漢末三國の地球寒冷期の劉氏蜀漢の人口なんて数百万もいない狭くて貧乏なド田舎地方政権をたった二代で滅亡させるなんて相当に無能。ほぼ同じ条件のド田舎寒冷地の宰相ポジションである片岡小十郎や直江兼続と比較しても諸葛孔明は劣る。
40.名無しさん:2018年11月05日 10:33 ID:etrA0Djy0▼このコメントに返信
※37
軍師って、占い師で軍事参謀ではないぞ。
41.名無しさん:2018年11月05日 10:35 ID:mZLKj7vH0▼このコメントに返信
魏延は演義だと南荊州にいるけど、史実的には劉備傭兵団の一員で、こいつ出来るわ!と劉備が見出だしたといわれている

築城や統治能力も高く、対魏最前線の漢中を任されてるので将帥としては張飛や趙雲を越える評価だったとは思う
42.名無しさん:2018年11月05日 10:36 ID:uA14s4FJ0▼このコメントに返信
諸葛亮は武田信玄的な感じで対外戦争をやらないと織田家にあたる魏に滅ぼされる運命であって、仕方なかった
43.名無しさん:2018年11月05日 10:37 ID:1U5onkav0▼このコメントに返信
勝った人の評価が高いのは勿論だけどみたいな前提がある人と無い人がいる気がする
めんどくせーのは後者
44.名無しさん:2018年11月05日 10:42 ID:f2wNqYfB0▼このコメントに返信
※35.
昭和の頃はとかく敗戦病という具合で勝ち負け重視しすぎだった。戦は時の運という言葉は知っていたのだが。
最近じゃ資料もようやく日の目を見て諸説出回るようになる。
45.名無しさん:2018年11月05日 10:44 ID:uA14s4FJ0▼このコメントに返信
日本の戦国時代の人口は最低1600万といわれてる
三国時代の中国は最低750万 西晋統一時期が最低1600万なんで数の漏れが相当あるのを想定して(中国だから)だいたい同じくらいか
46.名無しさん:2018年11月05日 10:45 ID:VBnLTVNV0▼このコメントに返信
報連相のできない駄目な中間管理職だろ。
秀吉の下でアレヤコレヤと命令されてる分には有能だけど、上に立っちゃいけない人。
47.名無しさん:2018年11月05日 10:45 ID:Y0Z6MfdW0▼このコメントに返信
※39
蜀は派閥同士の対立を劉備の個人的才覚だけで纏めてた国だからねぇ。
その劉備が斃れた後は北伐を唱えなきゃバラけてしまうような状態。
単純に比較しちゃうとちょっと可哀想かな。
48.名無しさん:2018年11月05日 10:47 ID:uA14s4FJ0▼このコメントに返信
諸葛亮らは漢を再興した時点で滅びるか天下を獲るしかなくなってるよね
49.名無しさん:2018年11月05日 10:48 ID:f2wNqYfB0▼このコメントに返信
※46
それもどうかな、黒田みたいな人を貶めることに抵抗の無いカスもいる。
こういう奴が暗躍してるのを放置してた可能性もある
50.名無しさん:2018年11月05日 11:10 ID:16MQDaAr0▼このコメントに返信
徳川も家康は良かったかもしれんけどその後の末裔はゴミすぎる
51.名無しさん:2018年11月05日 11:18 ID:12lp6Isc0▼このコメントに返信
滋賀県のCMが実を結んだのだ
52.名無しさん:2018年11月05日 11:20 ID:KVq.6B.X0▼このコメントに返信
幕末の幕閣の鳥居甲斐守について大学の歴史の准教授が
「ステロタイプな見方を排して再評価するのが歴史家の使命なわけだが、
この人については本当に悪すぎて再評価のしようがない」
と言ってた
鳥居を能吏と評価して主役に据えた通俗歴史小説もあるけど、
悪いのは本当に悪いからなあコイツ
53.名無しさん:2018年11月05日 11:26 ID:GZaYZzy20▼このコメントに返信
「正義は勝つ」じゃないけど負けたからきっと悪役だったんだって言う思い込み
家康は常に強い奴についてくたばるのを待っただけ
戦国バサラ見ると余計家康嫌いになるよw
54.名無しさん:2018年11月05日 11:37 ID:8n5gE8K60▼このコメントに返信
評価上がる所とかなんかあったけ?無くね?
元々低評価だし今の低評価なきが・・・
文官◎、武官×、大名××、とかじゃないの
55.名無しさん:2018年11月05日 11:41 ID:kB9iwjOo0▼このコメントに返信
石田三成を上げるために家康を脱糞って言ってるやつは、
石田三成が下痢で我慢できなくて野糞をしたことが原因で捕まった説があることを知らないんだな
知ってたら石田三成の話題で脱糞とは言えない、ブーメランだからな
56.名無しさん:2018年11月05日 11:43 ID:q2sEU.3K0▼このコメントに返信
徳川時代だと三成の評価は神君脱糞公に歯向かったから下げるしかないだろう、秀吉が明智を悪役にしたのと同じ構図。
なんだが、家康に近い人からの評判はそんなに悪くない。
徳川光圀なんかは近臣が「三成は愚かな大逆者ですな」と笑ったら「敵であっても主君に忠義を尽くした者を貶めるな」と窘めている。
子供達も結構匿われて生き延びているし、幕府も黙認している。

まあ家康本人も部下に欲したとかいう逸話もあるしな。(天下を治める上で能史が不足してたからなあ徳川は)
57.名無しさん:2018年11月05日 11:49 ID:h.iJHO4S0▼このコメントに返信
石田三成なんて奉行外されて出世街道から取り残されたので関ケ原起こした豊臣の謀反人なんだよなぁ
こいつが忠義の将なら柴田勝家だって忠義の将だよ
58.名無しさん:2018年11月05日 11:57 ID:8n5gE8K60▼このコメントに返信
戦国時代は他に有名な武将とか凄い奴多いから
三成は誰々と比べたら微妙ってなっちゃうよな

59.名無しさん:2018年11月05日 11:59 ID:kB9iwjOo0▼このコメントに返信
※57
柴田勝家も石田三成も忠義の将でしょ、二人共に時流にあらがって負けただけ

どんなに言葉を飾ろうとも、あるいは口汚く罵ろうとも、
秀吉も家康も主家から権力を簒奪したのは同じ
それを良しとせず挑んで、主家に殉じたのは忠臣と評していいと思うぞ
60.名無しさん:2018年11月05日 12:00 ID:qbtTTDpF0▼このコメントに返信
>>41
三国志スキーが見てとれて微笑ましい。
wktkしているのに誰も相手にされない41が可哀想すぎる。
誰か相手してあげてはくれまいか?w
61.名無しさん:2018年11月05日 12:09 ID:qbtTTDpF0▼このコメントに返信
三国志の人物は皆、愚か者なんだよ。
何故ならば、後漢を最期に以降、漢民族の王朝は存在せず、北の蛮族の王朝に次々と支配され続け現在に至るから。
漢民族の土地と民を食い潰し、蛮族に侵略される下地を造り上げたのが三国志の時代。
62.名無しさん:2018年11月05日 12:10 ID:f2wNqYfB0▼このコメントに返信
※50
血筋やコネで王位を継承するのは良くないって世界史でも日本史でもはっきりわかんだよね。みんな言わないだけで
63.名無しさん:2018年11月05日 12:15 ID:tusbC9tC0▼このコメントに返信
石田三成に人望がないというよりあの時期の秀吉の人望が地に落ちてたんだよな
小早川だって裏切ってたというより最初から秀吉に対してはかなりの反感を持ってたわけだし
64.名無しさん:2018年11月05日 12:28 ID:799gn3Jm0▼このコメントに返信
歴史上の人物の中では好きな人物だけど自分の友達や同僚にはしたくないタイプ
65.名無しさん:2018年11月05日 12:31 ID:1cfI.ING0▼このコメントに返信
小田原以降〜大坂の陣までのいざこざなんて、だいたい晩年秀吉が原因
残りは政宗のせいにしとけば問題ない
66.名無しさん:2018年11月05日 12:32 ID:c.DFts0W0▼このコメントに返信
家康が秀吉が死ぬ前から豊臣家臣に切り崩しと地固め仕掛けてた成果だわな
自分が死ぬ前に決着付けたかった家康が無茶な因縁ゴリ押し短期決戦に持ち込めたのはそのお陰だし
三成は江戸時代に家康神格化と豊臣恩顧の中で裏切った大名の為に過剰に悪く書かれたのはちょっと憐れではあるが
67.名無しさん:2018年11月05日 12:33 ID:SHWexFnA0▼このコメントに返信
>>13
で、その防御方法は抑止力として以外に機能しましたか?
また、抑止力としても機能したんですか?
68.コロンブス:2018年11月05日 12:37 ID:J3WSwen90▼このコメントに返信
※13
これが良さそう。
69.名無しさん:2018年11月05日 12:44 ID:khNAxt9J0▼このコメントに返信
※44
戦が時の運とか言ってる時点でずれてる
情報を集め、人を集め、兵站を準備し、戦術戦略を練り、勝つ段取りを準備してこその開戦
また攻め込まれるにしても出来うる限りの想定と準備をしてこそ負けるにしても最小限の負けで収められると言うもの
それらを怠って戦は時の運とか言うのは無能の最低な言い訳
70.名無しさん:2018年11月05日 12:55 ID:Lp0wBPMy0▼このコメントに返信
やはり真田丸ブーストが主原因か
71.名無しさん:2018年11月05日 13:00 ID:pesRPtsT0▼このコメントに返信
※16
本人が長生きするか、後継ぎがいれば子孫が「自己弁護」の為の記録(書物)を、という手段もあったし小早川家が残っていればさすがに少しは遠慮して酷く書かれるような事は無かったと思う。結局、死人に口無しという事かと・・・
個人的には金吾に同情したい、ああなるのも仕方ないと。西軍ファンの人は許せないかもしれないけど経緯を考えたら、あれで西軍として戦えといいうのは無理だろう
72.名無しさん:2018年11月05日 13:08 ID:di49o6dc0▼このコメントに返信
人物に対する評価軸が現代と当時でとは大きく異なっている。
現代人の感覚と異なり戦争に明け暮れている時代の人々は、クラウゼビッツよりもシュタインメッツのほうを高く評価する。
現代の評価軸に従って評価すれば、石田は偉大な文官。
73.名無しさん:2018年11月05日 13:21 ID:q3UK.bwX0▼このコメントに返信
嫌われていたわけではないが好かれてたわけでもない
当時の三成は五奉行でも序列は三番目ぐらいだし豊臣政権内部でもそんな有名な存在だったわけでもないしな
関ヶ原だけの一発屋というのが正しい
74.名無しさん:2018年11月05日 13:29 ID:Vxgbq1fd0▼このコメントに返信
官吏としてはぐんぐん評価を上げたかもしらんが、武将としては……
75.名無しさん:2018年11月05日 13:30 ID:44u2zFz80▼このコメントに返信
信玄に対する勝頼みたいなもんで、結局前者の負債も引き継ぎだし正式な跡取りでもなし
ただあの時代にあの兵站や補給線の確立は出色だと思う
九州征伐や小田原は家康家臣団でできたのだろうか?
76.名無しさん:2018年11月05日 13:31 ID:x4TH9xc80▼このコメントに返信
※73
お前序列三番目って本当に知ってる?
加藤清正や伊達政宗より遥かに上だよ
77.名無しさん:2018年11月05日 13:46 ID:Lp0wBPMy0▼このコメントに返信
まぁ現代でも財務省みたいな金勘定でしかモノ言わぬ奴は超絶嫌われるよね
78.名無しさん:2018年11月05日 14:03 ID:8iiVX8wM0▼このコメントに返信
今川氏真のほうが評価上昇中やろ
79.名無しさん:2018年11月05日 14:32 ID:qNU0bZd70▼このコメントに返信
逆に、
総大将でも副将でもなく、関ヶ原勃発時の首謀者ですら無いかもしれないというのに、こんなことが出来るのは、石田だけ(徳川と戦える程の名将)だとか思われて総大将扱いされている事が過大評価だと思うが。
80.名無しさん:2018年11月05日 14:40 ID:lEfNI5FZ0▼このコメントに返信




今の日本の世襲する富裕層のバカボンどもが理想とする人物像が石田三成って事だw


81.名無しさん:2018年11月05日 14:41 ID:lEfNI5FZ0▼このコメントに返信



経団連『使い捨ての便利な石田三成みたいなディスポーザブルヒーローを求める!』



82.名無しさん:2018年11月05日 14:45 ID:4lRyihjw0▼このコメントに返信
石田三成とか、上司にも楯突くわ、同僚にも正論言って嫌われることもあるわ、抜群に賢い叩き上げの古参で度胸もあり、忠誠心に富んでいる上に清廉潔白過ぎて隙がないやつとか、そんなやつ増えたらかなり殺伐とする反面、相当綺麗な世の中になると思うがw
83.名無しさん:2018年11月05日 14:47 ID:lEfNI5FZ0▼このコメントに返信
※82


清廉潔白とかいう価値観は簡単に洗脳できるからw

84.名無しさん:2018年11月05日 14:50 ID:lEfNI5FZ0▼このコメントに返信


現代の【清廉潔白という価値観】とは経団連に楯突かず、日経電子の版を観てWBSに洗脳される事だからなw

85.名無しさん:2018年11月05日 15:54 ID:WWyd5qha0▼このコメントに返信
もはや権力に復帰できない位置にいて、西軍にいいように利用されただけの可哀想な武将なんだが。
86.名無しさん:2018年11月05日 17:04 ID:lWnJfeVf0▼このコメントに返信
※1
淀がねね系の武闘派武将と疎遠になるのは、石田が消えた関ヶ原以降じゃないの?

淀も警戒してた家康に関ヶ原で味方をした福島、黒田、等
秀吉死後に、家康と婚姻関係になった蜂須賀、池田、加藤
信用してた石田、大谷、小西辺りが居なくなって、周りで生存者は実力のない片桐、大野ぐらい。

※61
日本人は三国志好きだけど、日本人の感覚として抜けてるのは、みんな皇帝を名乗ってるんだよね。日本戦国時代で言えば各大名がみんな天皇を自称してるようなもの。

だから、“天皇のお墨付き貰って、天下に号令するのがゴール”という旧敵対勢力にも寛容や共存の発想が中国人には無いんだよ。

全てのニセ天皇を潰して、全ての天下を自分のものにするまで諦めない。
だから、現在の対中国対策で“共存共栄なら中国人も受け入れられるだろう”と落とし処にしようと発想すると、必ず日本側が失敗する。
中国人が満州に侵入してたのも同じ。
台湾も諦めないのも同じ。
香港の二国制度も次第に潰して吸収するのも同じ。
中国人には共存という発想は乏しい。漢民族の血の侵略して併合するまで続く。
87.名無しさん:2018年11月05日 17:08 ID:aa1.SZbZ0▼このコメントに返信
※76 五奉行の中では三位でしょ。一位が秀吉の身内枠の浅野長政、二位が京都所司代の前田玄以、三位が三成、四位が増田長盛、末席に長束正家。
88.名無しさん:2018年11月05日 17:12 ID:rlx7CaZo0▼このコメントに返信
つかなんで水攻めなんてするんだろうな。
周りに長大な堀作るくらいなら、
数万の軍勢で囲んでるのなら城の城壁の周りにそのまま土嚢つんでやればいいのに。
89.名無しさん:2018年11月05日 17:25 ID:kB9iwjOo0▼このコメントに返信
※88
水攻めで堀を作ってどうするんだよw まあ堤のことだろうけども

第一に忍城は低湿地にある天然の水城というか沼城みたいなもんで城壁まで近づくのが困難
下手したら沖田畷の龍造寺やパッシェンデールのイギリスみたいにドロにハマって動けなくなったところを滅多打ちされる恐れすらある
第二にそういう立地条件の備中高松城を水攻めにして大成功したという成功体験が秀吉軍にはある
なので現場を見ずに水攻めにすりゃいいんじゃねって判断をしてしまうのはしょうがない
ただ忍城と備中高松城は似てるようで似てないので、現地を見てる三成は乗り気じゃなかったし結局それで失敗した
90.名無しさん:2018年11月05日 17:25 ID:qfLj4DoB0▼このコメントに返信
三成は同僚の大谷から「君人望ないで」と言われたほど人望なかったけど「金で釣る」という秀吉の使ったやり方で有能な人材を確保してた

家康はそもそも地方領主の息子という時点で譜代の家臣いるからスタート地点が有利すぎる

おそらく現代でも秀吉と三成の性格なら出世できるけど家康はブラック企業で終わりそう
91.名無しさん:2018年11月05日 17:34 ID:c.wwPklI0▼このコメントに返信
忍城の甲斐姫は後に猿太閤の側室。石田三成とも会ったんじゃないかな?
92.名無しさん:2018年11月05日 17:44 ID:UDthhQXL0▼このコメントに返信
将の器ではないわな
忠実な能吏にして嫌われ役をしてた秀吉部下期が最も輝いていたはず
豊臣の不幸は光成が立った事ではなく、光成ぐらいしか豊臣を支える人物が居なかった事
結局はこの点も秀吉の失敗なのだが・・・・
93.名無しさん:2018年11月05日 18:25 ID:0.wndKSV0▼このコメントに返信
三成が将の器では無いと言っても、豊臣譜代に三成より総大将クラスの働きが出来る武将居ないんだよね。秀長か秀次が居ればまだしも、加藤や福島なんて前線指揮官がやっとのレベルだし。最も、総大将として家康と戦えるだけの戦闘指揮経験ある大名も、島津伊達上杉くらいに限られているが。
94.名無しさん:2018年11月05日 18:33 ID:M23WOKfy0▼このコメントに返信
※88
城の役割は、救援が来てくれるまでの間こらえて時間稼ぎすること。日本の合戦は軍団集結してから最前線まで数日程度しかかからんケースがほとんどなので、かりに敵国へ攻め込んで城を囲んでも無理攻めで落とせなかったら必ず敵の救援が来る。そこで城の内外が呼応して挟み撃ちにでもされたら非常に面倒くさいことになるし、かりに救援軍の規模が小さくてそのまま包囲持久戦に持ち込めたとしても裏道とか使って補給物資運び込まれることはざらにあった

そこで敵の城を鼠一匹通さぬほど厳重に包囲してしまえるのがベストで、なおかつそのために人員を割かずに済めば言うことない。三木合戦とか鳥取状とか、秀吉による中国攻めの基本プランに採用されるようになったこの戦術は、水攻めによってさらに先鋭化されたと言える。外部からの連絡が完全に断ち切られれば、物資のみならず城兵の心もたやすく折れる。包囲側が見張りだけ付けておいて大部分の兵力を敵の後詰め戦力に振り向けられるし、こうなると一か八かの決戦に乗ってくる敵というのは決して多くない(会戦ってのはそれだけリスクが大きかった)。もし水攻めができる地勢と時間的余裕、なにより資金や人員が容易できるなら、これほど合理的な包囲手段もなかなか無い
95.名無しさん:2018年11月05日 18:35 ID:kB9iwjOo0▼このコメントに返信
※93
能力だけで言えばクロカンなら実力・名声ともに総大将が務まる器でしょ
もっとも冷遇しすぎてこの頃にはもうクロカンの心は豊臣家から離れてたからどうにもならないけど
96.名無しさん:2018年11月05日 21:17 ID:72dxIeTR0▼このコメントに返信
三成の個人の戦闘力は高かったらしい・・・
一回、出奔して甲賀で修行したらしいから
現に超多忙だった賤ヶ岳の戦いで先陣を務めている

関ヶ原の行動は不明
元々、戦国を終わらせたかったっぽいので毛利や上杉とは絶対に同調しないはず
むしろ家康と考えが一番近い

加藤福島山内黒田あたりは自分が出世できないのを不満に思って三成に的を絞って攻撃しただけ
アベガー一辺倒の今の野党と一緒
アベガーするために石破(家康)を神輿にしたら神輿が実はアベだったってのが関ヶ原の結果

役に立たない黒田山内は生かされ危険な加藤福島は族滅処分
一方で三成の子は何だかんだと生かされているのが結果だよ
97.名無しさん:2018年11月05日 21:22 ID:DVi9.akC0▼このコメントに返信
家康は三成の最期を聞いてむっちゃ褒めてる
98.名無しさん:2018年11月05日 21:46 ID:nBo0FwKV0▼このコメントに返信
トップにしたいけない人材。
参謀ぐらいのポジションで輝く。
99.名無しさん:2018年11月05日 21:50 ID:A6nAkNep0▼このコメントに返信
家康は豊臣一門の代表格、対する三成は所詮役人程度。

秀吉の遺言で後の政治を任された家康を散々妨害し、挙句の果てに挙兵して返り討ち。
100.名無しさん:2018年11月05日 23:25 ID:72Ypaz5k0▼このコメントに返信
※31
甲斐姫って名前が書物に初登場するのが1700年代後半だからそれはない。
101.名無しさん:2018年11月06日 00:18 ID:cSW8clLj0▼このコメントに返信
でも好きになれない筆頭。
102.名無しさん:2018年11月06日 00:36 ID:aU6uzhFv0▼このコメントに返信
今、行政に欲しい。
政権に関わりなく、国民に奉仕してくれそう。
103.名無しさん:2018年11月06日 00:41 ID:aU6uzhFv0▼このコメントに返信
※2
間違ってるぞ。
夏目漱石の草枕の冒頭だろ。

「智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟ったとき、詩が生れて、絵ができる。

人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三件両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。

あれば人でなしの国に行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくいところをどれほどか、寛容て(くつろげて)、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職ができて、ここに画家という使命が降る。
あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。」
104.名無しさん:2018年11月06日 00:44 ID:aU6uzhFv0▼このコメントに返信
※9
逆だわ。
会社の無駄省いて効率的に生産性上げようとするも、既得権益の現場職から煙たがられるタイプ。
105.名無しさん:2018年11月06日 00:47 ID:aU6uzhFv0▼このコメントに返信
※22
水攻めは、秀吉の策だ。
三成は忠実に実行させた。
で、失敗だった。
でも、責任は自分が負った。
106.名無しさん:2018年11月06日 00:50 ID:aU6uzhFv0▼このコメントに返信
※14
信長公は、桶狭間の一番の武功は、情報収集係にあげたよ。
一番槍、一番首、大将首より上。
三成さん筆頭の可能性あった。直臣なら。
107.名無しさん:2018年11月06日 00:52 ID:aU6uzhFv0▼このコメントに返信
※26
そうだなぁ。度量衡の再統一から全国検地とか、行政官として有能過ぎだな。
これも、茶坊主時代に勉学だろうなぁ。中国の古い制度とか、民衆の生活知ってたりとか。
家康もそのまま制度継続が多いもんな。
108.名無しさん:2018年11月06日 17:04 ID:IDAPVNLa0▼このコメントに返信
忠義を尽くした結果主家が滅んだ
109.名無しさん:2018年11月06日 23:09 ID:YxqKM.PD0▼このコメントに返信
>>1
淀殿は家康の味方だった。
110.名無しさん:2018年11月06日 23:10 ID:YxqKM.PD0▼このコメントに返信
>>6
秀吉の負の部分を代わりに押し付けられた感じだね。
111.名無しさん:2018年11月06日 23:12 ID:YxqKM.PD0▼このコメントに返信
>>12
家康は豊臣一門の代表格だったんだよ。家康討伐=豊臣への謀反になる。
112.名無しさん:2018年11月06日 23:12 ID:YxqKM.PD0▼このコメントに返信
>>14
家康だろう。
113.名無しさん:2018年11月06日 23:18 ID:YxqKM.PD0▼このコメントに返信
>>53
強い奴につくのが悪いのか?そもそも信長と組んだ時点では信長は強者じゃないし。
114.名無しさん:2018年11月06日 23:21 ID:YxqKM.PD0▼このコメントに返信
>>108
家康と上手くやれてればなぁ。
115.エンアカーシャ:2018年11月08日 08:20 ID:pNCyOe610▼このコメントに返信
日本乗っ取りを企む<徳川家康>に、単独で対抗していた英雄。

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