2018年05月10日 22:05

なんで日本ってあんなに中央集権化が遅かったん?

なんで日本ってあんなに中央集権化が遅かったん?

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引用元:なんで日本ってあんなに中央集権化が遅かったん?
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1525702330/

1: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:12:10 ID:aD5
明治維新になってようやく統一国家できてるやん
それまで幕府とかいう政治体制でちんたらしとったけど

2: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:12:35 ID:aD5
信長がおらんかったらどないなってたんやって話やな

3: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:12:54 ID:AD5
別に必要がなかったからとしか…

6: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:13:25 ID:aD5
>>3
なんで必要なかったん

11: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:14:33 ID:AD5
>>6
連邦制に近い形でそれぞれ独立して統治してた方が効率よかったから
どの州が格上とか序列さえ決めときゃ争いも起こらんし

16: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:16:07 ID:aD5
>>11
効率重視やったんやな
もっとこう・・・富国強兵的な概念がまだなかったんやな

21: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:17:06 ID:AD5
>>16
そんなもんにリソース割くなんて無駄でしかなかったからな

25: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:18:04 ID:aD5
>>21
ほんまに外敵がおらんかったら必要なかったんやな

4: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:13:04 ID:oox
外敵が存在せずまとまる必要がなかったから

8: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:13:59 ID:aD5
>>4
外敵おらんくてもあれやん
力持った地方勢力おったら安心しておれんやん

10: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:14:19 ID:oVu
>>8
山とかに隔てられてるからヘーキヘーキ

14: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:15:00 ID:aD5
>>10
そんなもんなかあ

5: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:13:10 ID:aD5
そら中国くらい国土が広かったらしゃーないかもしれんけど

13: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:14:55 ID:fIP
外敵が襲ってこんかったんやろ
元寇は弱すぎやったで

15: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:15:31 ID:oox
>>13
マグレで防衛成功した上に喉元何ちゃらだからなぁ

52: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:23:44 ID:fIP
>>15
ほんとに台風で勝ったと思っとるんか???

57: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:25:30 ID:oox
>>52
元は移住する気まんまんだったから乗員の全員が戦闘員ではなく混乱していた可能性があり、そこで天候等のイレギュラーなことが起き防衛できた

64: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:26:49 ID:Tpu
>>57
むっちゃ島伝いに侵攻されてるで
ただ、対応が2回目はしっかりしてる

67: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:27:36 ID:oox
>>64
3回目も対策したけど元寇がなかったから幕府の権力がなくなったり
政治って難しいな

19: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:16:39 ID:mIB
元々中央集権やったやろ

20: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:16:54 ID:aD5
>>19
えっいつ?平安時代?

23: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:17:34 ID:AD5
>>20
日本は大和朝廷成立以降中央集権国家と言えなくもない

27: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:18:29 ID:aD5
>>23
えげつない戦国時代ありましたやん

22: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:17:16 ID:QEV
というかドイツとかも統一なかなか出来んかったやろ
イギリスもそうやし

26: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:18:05 ID:cNB
>>22
ドイツは未だに連邦制やしな

29: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:18:58 ID:cgt
日本の歴史って中央の目が行き届かないところで地主とかが力持つのの繰り返しだよな

38: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:21:02 ID:aD5
>>29
それを中央はなんで放置しとったんやろか
自分らのことしか考えてへんのか

41: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:21:21 ID:AD5
>>38
それで上手く回ってたからや

43: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:21:29 ID:iW7
>>38
力無いしなぁ

47: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:22:21 ID:aD5
>>43
力無い連中がなんで統治できてるんって
不思議な話やん。こんなん他の国でないやろ日本だけとちゃう

49: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:23:21 ID:AD5
>>47
権威と権力分散して統治するのが効率ええからな
欧州で宗教的権威のローマ法王と各国国王みたいな関係を日本は国内だけでやってたってことや

30: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:19:04 ID:aD5
応仁の乱ありましたやん
京都焼け野原になってますやん

37: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:20:31 ID:oox
>>30
応仁の乱は室町幕府の将軍争いの名を冠したNo.2争いやで

45: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:22:02 ID:QEV
公家と武家ってあって武家が実権を持ったけど
結局は朝廷から委託されとる感じやろ
中央集権とまでは言えんか、江戸幕府がもっとも中央集権に近かったかな

58: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:25:43 ID:mIB
戦国大名は「こっちからここまでワイの領地な」って勝手分けあってた
バチカンの許可無しにポーランド分割したようなもんや

68: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:28:30 ID:br2
>>1
米のせい
土地生産性がいいせいで、その気になれば狭い地域で自給自足が可能
ムギとかブドウみたいなもんしか育たない不毛の地なら、いやでも
交易をやらんと飢え死ぬだろ、広い地域を統治する政府も生まれるわけだ

74: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:30:13 ID:aD5
>>68
なるほど飯が食えるか食えないかっていうのが根本にあるんやね
これおもろいな

69: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:28:53 ID:okL
なんで藩ってそれぞれ手を取って国家になったんやっけ?

72: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:29:51 ID:br2
>>69
国民国家にあらずんば国家にあらずって時代だったから
徴兵してきた兵隊に税金で買った鉄砲をもたせる
この仕組みがないとこはみんな植民地や

82: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:32:23 ID:mIB
>>69
薩摩だけでは勝たれへんかったもんなあ

80: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:31:55 ID:urH
中央集権には命令の伝達、つまり交通の便が必要なんやけど
日本はそれが遅れたのも一因やね
逃散した農民が逃げるからって街道は基本整備せんかったし

88: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:33:53 ID:aD5
>>80
農民が逃げるから街道は基本整備しないって始めて知ったンゴ
確かに日本って国土のほとんどが山やし
交通の便の発達が遅れてたからっていうのは要因のひとつやね

129: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:45:59 ID:urH
>>88
一番整備されてた京都-江戸間の飛脚が4日程度かかってで一日120km位や
ちうごくなんかは一日400km以上行けるから南京の書類を北京の皇帝が決済しても
往復しても5日位やからな
日本の将軍が同じ距離の福岡-江戸で同じことやろうとしたらとんでもない日数かかるから
結局現地大名に統治してもらった方が確実や

141: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:47:59 ID:aD5
>>129
はえ~中国ってすごい交通発達してたんやね
これは確かに地方に任せるわ
インフラ整ってなかったのめちゃくちゃでかい要因やな!これはおもろい

169: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:53:05 ID:QEV
>>141
中国はそういうのやってたのになんで発展しおくれたんやろ?
日本における文明開化ンのようなことが中国でもおこって近代化はし始めていたけどいまいちやったやん

173: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:53:48 ID:7yK
>>169
中国は前政権の破壊から始めるからちゃう

175: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:53:56 ID:aD5
>>169
アヘン戦争とかで西洋に叩きのめされて改革どころでなかったからとか?

179: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:54:45 ID:s9t
>>175
日清戦争で中国の実態の弱さがバレて中国分割が進んだから

182: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:55:34 ID:cNB
>>175
西太后「軍拡予算つかって隠居屋敷つくったろ!改革派は弾圧で」

184: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:56:08 ID:aD5
>>182
これほんまひどい
アホのせいで国が滅びる

83: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:32:42 ID:AD5
ていうかガチガチの中央集権てのが産業革命から第一次大戦までの工業化にたまたまフィットしたってだけで効率ええ統治方法ではないからな

97: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:36:27 ID:aD5
>>83
あの時代は集団でやるのが1番効率の良い時代やったんか
確かにマンパワーが物をいう時代やったもんな

103: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:37:50 ID:AD5
>>97
人類史上初めて工業製品の規格化って概念が生まれたのがこの頃やからな
同じものを効率よく大量生産するには向いてる、これは近代化した軍隊の整備にも言えるが

126: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:45:30 ID:aOg
外圧がなかったからやろ
ヨーロッパで国民意識が芽生えたのは敵国の存在があったからやぞ

中国は戦争し過ぎで戦争回避のための統一意識が芽生えたけど
それは国民意識とは別物でナショナリズムができたのは近代に入ってから

128: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:45:55 ID:vHp
土地の管理、納税、城や兵士や武器の管理、単位の管理
これを統一集権化したのは秀吉からやで

137: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:47:29 ID:s9t
どうして江戸時代って馬車も作れなかったんだろ

142: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:47:59 ID:AD5
>>137
街道整備に金かけないと馬車とか使い物にならんから

148: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:50:13 ID:7yK
結果的に鎖国は近代へのチャージ期間になったからええやろ

161: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:52:22 ID:aD5
めちゃくちゃタイミングよかったんやな明治維新の頃って

178: 名無しさん@おーぷん 2018/05/07(月)23:54:18 ID:AD5
>>161
というか産業革命からの植民地獲得競争の流れで外圧が高まって生き残るのには明治維新という政権交代やった方がええってなっただけの話やから
あれをドラスティックな革命みたいに考えると本質を見誤る

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2018年05月10日 22:10 ID:zSlBTQxr0▼このコメントに返信
腰抜け大統領が カリアゲと交渉の上

米製の醗酵した特製キムチ3gを返品wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


結果的に 鮮日勢力(K in J)大勝利
すべてが カリアゲ君と腰抜け大統領の 筋書き通
あとはもう 世界中 ギユリちゃんと キム八ヌルちゃんの 髪型以外は 思うがままである
2.名無しさん:2018年05月10日 22:13 ID:W6gkvQij0▼このコメントに返信
また日本下げスレか大陸・半島土人。
3.名無しさん:2018年05月10日 22:13 ID:swJ.YdRq0▼このコメントに返信
そして現代では地方分権こそ正道で中央集権など外道みたいな空気になるというね・・・・・
地方分権だけが正しいみたいな論調だけど、そんなに中央が地方に口出しするのは悪なのか?
4.名無しさん:2018年05月10日 22:17 ID:LzjV2X1k0▼このコメントに返信
スレ主アホだろ
もともと中央集権化してたわ
明治政府からじぇねーよ
中央集権化してなかったら元寇にも対応できないで滅んでたわ
5.名無しさん:2018年05月10日 22:22 ID:htV3Q8Tk0▼このコメントに返信
中華風味の中央集権政体だった平安時代ですっかり国力が弱体化してしまったので、武士による地方豪族連合政権で当面やりきることになり、そして幕末へ
6.名無しさん:2018年05月10日 22:24 ID:tYstS3CV0▼このコメントに返信
「大化の改新」で唐王朝のような中央集権国家を目指したんだけど、奈良の大仏造る為に私有地を認めて更に藤原政権の元で国家財政が傾く程に荘園制度が拡大して中央政府が地方を支配出来なくなった。結果、「自分の財産は自分で護る」って事で武士が生まれて、地方はバラバラになった。そこから再び中央集権国家に戻るのに1000年近く掛かった。
7.名無しさん:2018年05月10日 22:25 ID:VbY950C70▼このコメントに返信
>>1は義務教育を受けられないくらい可哀想な人なの?
8.名無しさん:2018年05月10日 22:25 ID:buETcWjd0▼このコメントに返信
まあな、中国、高校じゃ幕藩体制をきっちり教えないからな。
国内の統治体制だけ見れば、それほど特異な制度ではない。
昔の左巻は中央集権=悪、地方分権(自治)=正義、だから幕藩体制全否定ではないかと思いきや、
刀と武器を振り回すのがお嫌いらしいw
9.名無しさん:2018年05月10日 22:26 ID:XHAKm3Vq0▼このコメントに返信
※4
いや、どう考えても江戸時代まで封建社会じゃん。鎌倉武士はまさに封建社会といえる「御恩と奉公」で元寇に対処したんだぞ。
欧州だって封建時代に他国との戦争や十字軍で「奉公」を行う。でも中央集権体制ではない。
中央集権というのは「絶対王政」以降の政治形態のことで、国民が「国家」に帰属意識を持つということだぞ。
10.名無しさん:2018年05月10日 22:30 ID:22yYGgkG0▼このコメントに返信
ひとまとまりの範囲を現代の日本国の範囲だけで考えてるのがおかしいやろ。
場合によっては九州だけで1つの国とかあり得ただろ。
11.名無しさん:2018年05月10日 22:31 ID:5y6lX3tF0▼このコメントに返信
え?大和朝廷の時代から中央政権やん
飛鳥奈良時代に隋唐のを取り入れたのが律令制
官職があり、天皇の任命で国司や郡司があったやん
12.名無しさん:2018年05月10日 22:33 ID:xyd8QA0B0▼このコメントに返信
馬車が発達しなかったのは街道の整備もあるけど、それ以上に水運が便利だったから。
馬なんてかなり飼葉を食うし、替え馬もいるからかなりコスト面で弱い。
13.名無しさん:2018年05月10日 22:34 ID:XIGZDvnG0▼このコメントに返信
「僕の考えた中央集権」 の定義をぶつけ合うスレですか?
14.名無しさん:2018年05月10日 22:35 ID:uSTJ.f6K0▼このコメントに返信
伊達稙宗「嫁や側室にポンポコ孕ませて、子供を他家に養子や嫁を送り込んで東北の中央集権化やで~」
伊達晴宗「は?ふざけんなやクソ親父、養子や嫁送るのにどんだけ銭と人材が失うのかわかってんのか?」

東北中を巻き込んだ親子喧嘩に・・・
15.名無しさん:2018年05月10日 22:35 ID:5y6lX3tF0▼このコメントに返信
中央政権無しで、摂政、関白、太閤、太政大臣、征夷大将軍は成り立たんだろうに
16.古古米:2018年05月10日 22:36 ID:Pr.MNyT00▼このコメントに返信
※9
中央集権化というよりも、中央権威化というのが正しいのかも知れない。
領主「俺は天皇陛下から『この地を治めて、平穏にせよ』と命ぜられているんだぞ。俺に逆らうのは天皇陛下に逆らうのと同じだぞ」みたいな感じで。
皇は王(領主や国王)の上に位置している位。
更には天孫降臨によるアマテラス神の子孫であるので、天皇と称していてもおかしくは無い。
徳川氏の初期の記録にも「六十余国を切り伏せて来た」との記述が有るので、半分自治州みたいな国が集まっていたのが、日本の封建体制なのかもしれない。
17.名無しさん:2018年05月10日 22:37 ID:swJ.YdRq0▼このコメントに返信
※6
武士の成り立ちを考えれば、必然ってことか・・・
18.名無しさん:2018年05月10日 22:40 ID:aL24ePjK0▼このコメントに返信
言うほど遅いか?
欧州見てると「ヨーロッパ」という一つのシマで大名が争ってたようなもんだろ
土地の帰属が君主だから後継ぎいなくなったら明らかに地理的に関係ないとこでも「他国」の君主が継承権主張して認められたらそのまま一つの国として統合されるし
他方でキリスト教の下でヨーロッパは纏まってた言うなら日本も古代から皇室の下での統一国家だったぞ
19.名無しさん:2018年05月10日 22:40 ID:if11o5oD0▼このコメントに返信
※1
ジョジョ「お前は数日後にプギャーと言う」
20.名無しさん:2018年05月10日 22:40 ID:zeMcvuGr0▼このコメントに返信
律令政治って知らんのかね
21.名無しさん:2018年05月10日 22:43 ID:XHAKm3Vq0▼このコメントに返信
※11
封建社会以前の古代の話してどうすんねん。
国家ってのは小規模の中央集権から必ず始まる。それが膨張して、封建社会になる。その後、外敵やシステムの発達で絶対王政によって再び中央集権化するんであって、今回の話題は封建社会からの中央集権化の話でしょ。

※15
デジュリとデファクトというやつよ。中央集権してない封建国家でも「ローマ皇帝」は存在したのよ。まあ、解りやすく言えば看板だけが残った建て前というやつ。

※16
司馬遼太郎は企業の集合体に例えた「緩い封建社会」と表現してたな
22.名無しさん:2018年05月10日 22:44 ID:f4WaGDUD0▼このコメントに返信
世襲封建制こそが日本に一番合った政治体制だと思わんかね
政治家の世襲とか旧藩の領域ごとに空港を建てたりしてるのを見るとほんとそう思う
士農工商の身分制度を復活させて民主主義とかいう西洋文化は捨ててしまおう
23.名無しさん:2018年05月10日 22:47 ID:e039JoPo0▼このコメントに返信
日本は劣っ土人国なので
24.名無しさん:2018年05月10日 22:48 ID:0M4wGqhZ0▼このコメントに返信
ドイツ統一、イタリア統一を見てから話をしろよ(呆れ)
25.名無しさん:2018年05月10日 22:49 ID:PkZtlLrc0▼このコメントに返信
過疎化してる地方を見ると藩で分散させて移動の制限しとかないといけなかったんだろうな
とは思ってしまう
26.名無しさん:2018年05月10日 22:50 ID:LktzPWhP0▼このコメントに返信
典型的な中央集権がフランスだけど欧州だって他だとイギリス・スェーデン位なもので
いうほど中央集権国家なんか多くないんだがね
日本はそう遅れたわけじゃない
27.名無しさん:2018年05月10日 22:52 ID:ju14Hv.K0▼このコメントに返信




中国は文化大革命やって発展おくれたんやろ?
28.ネトヲヨ:2018年05月10日 22:53 ID:kUKd9hE90▼このコメントに返信
※9
>中央集権というのは「絶対王政」以降の政治形態のことで、国民が「国家」に帰属意識を持つということだぞ
君にのっかて、結論出すな。
外に強力な敵がいなけりゃ、帰属意識を持つべき「国家」など必要ない。
だから、江戸末期まで中央集権は必要なかった。
終~了~!
29.名無しさん:2018年05月10日 22:55 ID:StCauM8P0▼このコメントに返信
ドイツなんかわりと最近まで地方領主の権力強かったし、イタリアなんかは都市国家の集合体で、21世紀のいまでもイタリア人と言うよりはミラノ人とかナポリ人とかの意識が強いらしい。

なんで他国よりも遅いって思いこんでるのかわからん。
30.名無しさん:2018年05月10日 22:56 ID:lAFu0W7p0▼このコメントに返信
中央集権の意味間違ってるぞ、スレ主。
31.名無しさん:2018年05月10日 22:57 ID:ihtVLZoX0▼このコメントに返信
そもそも 当時の人間からしたら日本国の中の戦いというより日本の中にある国同士の戦いだと思うけどな
朝鮮の北と南みたいに歴史の流れ次第で今の日本の中に国が2・3個入ってたかもしれないでしょ
日本列島には日本国と北のアイヌ国 南は琉球王国などが有り~って事も可能性はあったから中央集権化がどうのこうの言ったって今の形の日本だったからそう思う人がいるだけの話
32.名無しさん:2018年05月10日 22:58 ID:f4WaGDUD0▼このコメントに返信
※28
今のアメリカとかまさにそうやね
奴らアメリカ国外のことは基本的に考えないから、国家以前に自分の住んでる州に強い帰属意識を持ってる
33.名無しさん:2018年05月10日 23:00 ID:gyPNazXe0▼このコメントに返信
 皇紀2678年はおそいほうなのか? 主はエジプトの人?
34.名無しさん:2018年05月10日 23:02 ID:sG.TVuCS0▼このコメントに返信
封建主義を経た国が近代化していったのだ。チャイナやロシアを見てみろ。また皇帝の時代に逆戻り。独裁でしかまとまらないんだよ。
35.名無しさん:2018年05月10日 23:05 ID:Ke5FpBd70▼このコメントに返信
ユーラシアの中央集権で負けた王族が、やれやれと逃れてきたのが日本で
その日本に最後の最後で狂暴な王族が日本を統一したんでしょう。
だから、聖徳太子が大陸に[なんぼのもんじゃい]と特使を送る心境も分かる。

大陸を追い出された王族やら皇帝やらが未だ気位たかく
中世で豊の国の臣下であると、豊臣秀吉となずけて、
秀吉に「我が国を奪回せよ!」という行動は良く分かる。(ま~アホだけどね。)

36.ネトヲヨ:2018年05月10日 23:05 ID:kUKd9hE90▼このコメントに返信
※32
なるほど、
アメは幕藩体制爆進中、ってことか。
37.名無しさん:2018年05月10日 23:06 ID:kgNfuiOy0▼このコメントに返信
単に産業革命までは効率が悪かったからだろ
平安時代にあっ、中央集権じゃ管理しきれねえな…ってなって役所や軍隊の分権や民営化的なことを進めた結果が武家政権時代なんだし
38.ネトヲヨ:2018年05月10日 23:10 ID:kUKd9hE90▼このコメントに返信
※34
アタマ大丈夫か?
どっちも中央集権ってことだぞ?
中国は宋代、ロシアはイヴァン皇帝時代。
39.名無しさん:2018年05月10日 23:11 ID:GSEF9rT20▼このコメントに返信
生徒が悪かったのやら教師が悪かったのやら
日本史の授業をちゃんと受けなかったのかな
40.名無しさん:2018年05月10日 23:13 ID:lRpwKoky0▼このコメントに返信
そもそも十七条憲法の第一項が
和を持って貴し
だからな

一か所に権力が集中することを日本人は嫌う。
中央集権国家になるのが遅れたんじゃなくて、中央集権国家の時代を必要としていなかった。
41.ネトヲヨ:2018年05月10日 23:15 ID:kUKd9hE90▼このコメントに返信
※35
>ユーラシアの中央集権
なにそれ?
具体的な「国家」言ってくれる?
あ、得意の『想像』ね。
42.名無しさん:2018年05月10日 23:19 ID:zl2T1PhK0▼このコメントに返信
※40
飛鳥とかあの辺の時代って典型的な中央集権国家でしょうよ
中央集権が崩壊し始めたのは奈良時代の墾田永年私財法→荘園の乱立あたりから
43.名無しさん:2018年05月10日 23:26 ID:0b7M7aOS0▼このコメントに返信
昔の中央集権って中央による独裁、地方は植民地みたいな収奪対象だぞ、決してありがたい物でも何でもない
44.名無しさん:2018年05月10日 23:27 ID:rcnrr04G0▼このコメントに返信
『TPPで日本をぶっ潰せ!!』 ~ 10分で理解できるTPPの問題点 ~
ttps://www.youtube.com/watch?v=cNXEucYUFJ0

TPP審議入り「承認ありき」は許されぬ
ttp://www.saga-s.co.jp/articles/-/4993

報道されないTPPのまとめ  医療・労働関係他 
参加国総貧困化・労働環境悪化・支出増加・ビザ大幅緩和等全分野に影響多数
ttp://itest.5ch.net/egg/test/read.cgi/bio/1496320258

45.名無しさん:2018年05月10日 23:29 ID:lRpwKoky0▼このコメントに返信
※42
残念だが違う、有力豪族との共和制だった、天皇より蘇我氏や物部氏が権力持っていた。
大化の改新でようやく天皇中心の中央集権国家になったが、
すぐに藤原氏の摂政関白政治に移行して権力が分散していくことになる。
その後ずっと、天皇中心の体制でありながら、たえず権力自体は別のところという日本以外の国家ではありえない体制が続く。
46.名無しさん:2018年05月10日 23:37 ID:QqR.VnO70▼このコメントに返信
※43 日本の5公5民や6公4民でもヨーロッパに比べりゃ天国、あっちじゃ、国王に納めて、領主に納めて、教会にも納める。1民くらい
植民地が厳しいのもわかるわ
47.名無しさん:2018年05月10日 23:38 ID:vfGa9vwy0▼このコメントに返信
1300年間、ずっと中央集権だったじゃん
スレ主どんだけ無知なん?
48.名無しさん:2018年05月10日 23:39 ID:zl2T1PhK0▼このコメントに返信
※45
天皇が実際の政治的権力を持っているかじゃなくて、中央の指示に地方が従う体制ができているかどうか、もっといえば地方の徴税権が中央にあるかどうかが中央集権か否かのポイントじゃないの
49.名無しさん:2018年05月10日 23:39 ID:Ke5FpBd70▼このコメントに返信
日本はユーラシアの戦乱を逃れてきた(落ちぶれた)沢山の王族や難民の集合体。
だから「和を以って貴しとなす。」(適当)
50.名無しさん:2018年05月10日 23:41 ID:P2Chj2d40▼このコメントに返信
>1日400キロ
自動車でも厳しいんですけど?いったいどんな交通手段なんですかね?
51.名無しさん:2018年05月10日 23:42 ID:qOlWqIjS0▼このコメントに返信
必要が無いだけ、言わせんなよ恥ずかしい
52.名無しさん:2018年05月10日 23:43 ID:P.wbCXgV0▼このコメントに返信
一応は朝廷とか将軍の地位は上だったけど有名無実化しまくりだったからな
その結果が応仁の乱から戦国時代だったわけで
地方の大名は実力で領地を広げてそれを朝廷に後になってから認めさせていた
それを食い止めようと幕府が力を強めようとした結果、逆に幕府の力を奪われてしまった
徳川幕府が成立してからも結局は薩長土に滅ぼされた
中央集権化していたというのは無理があるだろ
中央集権化したのは明治が初めてだよ
現代でも未だに連邦制や州制などの国が多いし一つにまとまってる現代日本がむしろ異常なんだと思うよ
まぁ現代でも大阪や群馬あたりはほとんど独立してるかもわからんけど
53.名無しさん:2018年05月10日 23:44 ID:xwPegVcc0▼このコメントに返信
>>129
馬と徒歩で比べて関所も無視とか。

江戸時代の頃から日本は充分に中央集権国家で
開国後の江戸、明治に入ってから地方に経済軍事政治的役割を分散させている。
長崎広島兵庫大阪京都静岡神奈川青森北海道は開国後の江戸、明治時代の莫大な投資によって重点的に発展している。
名古屋だけ昔から経済力が大きい、
発展したのも民間の努力が大きい。
54.名無しさん:2018年05月10日 23:46 ID:5y6lX3tF0▼このコメントに返信
大和朝廷の時代から中央政権であり
白村江の戦いで唐に破れ、富国強兵で徴兵し防人で外敵から防衛し
荘園から墾田永年私財法になり土地持ち解禁され資産増え
摂関の貴族腐敗し武家が台頭し守護地頭になり
外敵列強が現れ、再び中央政権へになり富国強兵で迎え撃つみたいな
列強という外敵が表れたからじゃね
55.名無しさん:2018年05月10日 23:48 ID:o9Np4zJ90▼このコメントに返信
なんでかったっていったら武士の勢力があったから
家康政権で現実統治路線にしたという感じ
それで幕末、武士が時代遅れになってようやく中央集権化
武士ってのはもとは朝廷から自立していった土豪勢力だと思うし
56.名無しさん:2018年05月10日 23:48 ID:W6JI6znx0▼このコメントに返信
日本は戦国時代でも、地域の守護及び守護代を天皇から拝領しないとまともに領地運営が出来ないベタな中央集権なんだよなぁ。
57.名無しさん:2018年05月10日 23:50 ID:Ke5FpBd70▼このコメントに返信
ロシアとかアメリカとかの大国とつき合わなければ
(幕藩体制をやめて)近代の中央集権の必要はなかったのでは?
58.名無しさん:2018年05月10日 23:50 ID:o9Np4zJ90▼このコメントに返信
朝廷と明治政府以降は中央集権
武士の時代が分権
59.名無しさん:2018年05月10日 23:52 ID:lxabkvfq0▼このコメントに返信
※36
そう言っても言い過ぎではない。
それ位アメリカの中央集権と官僚主義への嫌悪感は異常。
60.名無しさん:2018年05月10日 23:53 ID:Ke5FpBd70▼このコメントに返信
大化の改新(乙巳の変)も大陸との問題で起きたと思う。
毎回、大陸との問題(大国との関係)で中央集権にならざるおえない。
61.名無しさん:2018年05月10日 23:54 ID:Ke5FpBd70▼このコメントに返信
※60 誤記
をえない。
62.ネトヲヨ:2018年05月10日 23:55 ID:kUKd9hE90▼このコメントに返信
※49
>沢山の王族や難民の集合体
だから一つでもいいから、その国を言えよ能無し。
63.ネトヲヨ:2018年05月10日 23:57 ID:kUKd9hE90▼このコメントに返信
※52
>まぁ現代でも大阪や群馬あたりはほとんど独立してるかもわからんけど
ワロタ
64.名無しさん:2018年05月10日 23:58 ID:VWuA..Gg0▼このコメントに返信
文明というか移動手段の発達にもよるんだろうが
感覚的に藩=県くらいまでしか共同体意識を持てない、ってのもありそう
奥羽の人と薩摩の人を「日本国」でまとめようとしても当時の人間には?だったろうな
65.ネトヲヨ:2018年05月11日 00:00 ID:L.xoYWBj0▼このコメントに返信
※54
>大和朝廷の時代から中央政権であり
『プロパガンダ』って言葉知ってる?
『記紀』な。
66.名無しさん:2018年05月11日 00:01 ID:RWgeKBQm0▼このコメントに返信
承久の乱は朝廷が再び武士層から税収奪おうとしたけど粉砕された事件で室町幕府前夜もそんな感じだろ
武士の勢力幕末まで衰えなかった
67.ネトヲヨ:2018年05月11日 00:04 ID:L.xoYWBj0▼このコメントに返信
※56
守護が天皇即位を左右した事実は無視?
68.名無しさん:2018年05月11日 00:05 ID:xw4v.Y6b0▼このコメントに返信
※56
>地域の守護及び守護代を天皇から拝領しないとまともに領地運営が出来ない

それは中央集権国家とは言わないなぁ・・・・
他の中央集権国家と言われる国がどんな統治体制を取って来たのか、
知らなさ過ぎる。
69.名無しさん:2018年05月11日 00:08 ID:nZ4T1rnI0▼このコメントに返信
中央集権云々より封建制を経験した国かそうでない国かで別れる
遊牧民国家とその周辺国家は生き残るために君主独裁制が布かれ、日本とヨーロッパは封建制が布かれた
70.名無しさん:2018年05月11日 00:09 ID:xw4v.Y6b0▼このコメントに返信
後醍醐天皇「今日から俺が直接統治するから!」
足利尊氏「ライダーキック!!」
後醍醐「ごめんなちゃい。」


こーして名曲ガンダーラは誕生したのであった。
71.名無しさん:2018年05月11日 00:11 ID:akVejK.P0▼このコメントに返信
明確じゃないけど、日本は大陸王朝の統治体制を研究し、悪いところは真似しないように考えていたんじゃないか?
知識階級、支配階級が大陸の文献をみっちり読み込んでいたのは事実だし
天皇家が生き延びたのも、早い段階で権力と権威を分離したためとも言われているが
72.名無しさん:2018年05月11日 00:11 ID:VD1QlQo10▼このコメントに返信
日本の中央集権化が不可能であった理由

日本は識字率が高かった。
教育を受けた層がごく少数であった。官僚の不在
度量衡が統一されていなかった。
車輪の規格が統一されていなかった。
物流の輸送が発展しなかった。
73.ネトヲヨ:2018年05月11日 00:11 ID:L.xoYWBj0▼このコメントに返信
※69
あ、面白い見解。
な~るほど、勉強になるワ。
74.名無しさん:2018年05月11日 00:12 ID:7ws8R2bB0▼このコメントに返信
国家規模で中央集権体制をとるには鉄道と電信が必要になる。
それが実用化されるまでは実態的には分権国家になるのが自然。
75.名無しさん:2018年05月11日 00:12 ID:FyDGfnEq0▼このコメントに返信
米65
朝廷・天子・帝・天皇
76.名無しさん:2018年05月11日 00:12 ID:xw4v.Y6b0▼このコメントに返信
三国志だと曹操は中央集権国家。
孫権は豪族達に寄る連合国家だよね。
77.名無しさん:2018年05月11日 00:13 ID:x72iOVwZ0▼このコメントに返信
日本の中央集権化が不可能であった理由

日本は識字率が高かった。
教育を受けた層がごく少数であった。官僚の不在
度量衡が統一されていなかった。
車輪の規格が統一されていなかった。
物流の輸送が発展しなかった。
78.ネトヲヨ:2018年05月11日 00:15 ID:L.xoYWBj0▼このコメントに返信
※72
どんな『釣り』なんだか。。。
79.名無しさん:2018年05月11日 00:17 ID:Hswo26k.0▼このコメントに返信
鎌倉室町の封建制は領主の独立性が高いから、明確に分権的封建制って結論出てるけど
江戸は幕府一強の集権的封建制で、いわば委任統治に近い性質持ってるから
これを中央集権に含めるかは議論があったはず
80.名無しさん:2018年05月11日 00:17 ID:xw4v.Y6b0▼このコメントに返信
※74
中世でも中央集権国家と言われる国家は、
王が直接領主を任命し、領主が任期制で数年単位で入れ替わり、
その領主を監視する官僚機構も有ったりする。

期間限定領主が登場するのも間違いないが、
自由に首を据えかえる事が出来るし。行政範囲の変更も自由だし。
王の持ってる権限に天地ほどの差があるのは確かだぞ。
81.ネトヲヨ:2018年05月11日 00:19 ID:L.xoYWBj0▼このコメントに返信
※75
日本語 OK?
82.名無しさん:2018年05月11日 00:32 ID:FyDGfnEq0▼このコメントに返信
米81
隋に対して天子と言った言葉の意味わかります?
朝廷・天子・帝・天皇とはどんな意味を持つ言葉なのか
83.名無しさん:2018年05月11日 00:32 ID:xw4v.Y6b0▼このコメントに返信
※79
日本の領主て開梱領主なんだよね。
御恩と奉公、本領安堵とかでもそーだけど。
日本の領主てのは、自ら田畑を開拓して行った歴史があるから、
物凄く土地に根ざしてる。

天皇や将軍が与えたのは他者から侵略されない事を保証してるのであって、
土地を分け与えられたと言う感覚はないんだと思う。
84.ネトヲヨ:2018年05月11日 00:36 ID:L.xoYWBj0▼このコメントに返信
※82
その前に、『隋』を後世の知識でとらえることの意味わかる?
・・・オマエがもったいぶってるんで、オレももったいぶるからな。
85.名無しさん:2018年05月11日 00:38 ID:xw4v.Y6b0▼このコメントに返信
※6 ※17
その時代てのは日本全土を統一しているとは、とてもとても言えない時代だったんだろ。
そして日本全土に支配権を広げて行く過程で武家の力が必要に成り、
必然的に武家の力が強く成って行った。

征夷大将軍坂上田村麻呂が倒した相手なんて大墓公阿弖利爲(アテルイ)と盤具公母礼(モレ)だぜ。
朝廷文化、今の日本文化とは掛け離れた土人系日本人が多数存在してたんだよ。
86.名無しさん:2018年05月11日 00:51 ID:MMd4xPeu0▼このコメントに返信
国民国家の概念自体がうまれるのが近代入ってからやからな
フランス革命とナポ公大暴れで危機感持った欧州各国で中央集権化とか統一運動が起こった
日独伊の統一時期が先進国と後発国の境目やって言われてるな
87.ネトヲヨ:2018年05月11日 00:52 ID:L.xoYWBj0▼このコメントに返信
※82
>・・・オマエがもったいぶってるんで、オレももったいぶるからな
ややっ!これぞ対等外交。
いかん、いかん。
素人相手に対等なレス・・・
もったいぶらずに『教えてあげよう』。
倭の外交の中心は南朝(倭の五王)。
北朝から出た隋は所詮『異民族による征服王朝』。
いつ滅ぶともわからない王朝に、服従することを良しとしなかった。
で、その王朝に対する『倭』の対応がどうだって?
88.名無しさん:2018年05月11日 00:56 ID:qrx5gNrw0▼このコメントに返信
大化の改新は名ばかりで単なる権力闘争で蘇我氏の本家を滅亡させただけで終わり、ほとんど中央集権化はなされて無い。
その大きな一歩が始まったのは7世紀後期に中大兄皇子が即位して天智天皇となってからだ。この天皇によって初めて実効支配地の全土で戸籍調査(庚午コウゴ年籍ジャク)が行なわれたが、それ以上は大きな進展はない。

状況が一変したのは壬申の乱で、幾内と周辺を押さえる大豪族連合が正統として認めて担いだ弘文天皇(大友皇子で天智の子)に対し、臨終の際キワにあった天智天皇から暗刹サツ命令を出されて追い詰められた大海人皇子(天智の弟?)が謀叛ムホンを起こして勝ってしまい、天武天皇になったからだ。

大豪族連合をその実力で打ち破った天武天皇だからこそ、有無を言わさずに敗北した大豪族連合の領土と領民を取り上げて【公地公民】となし、【天皇中心の律令国家】作りが可能となった。彼の在位は短くとも、その絶大な権力と権威を受けついだ妻の持統天皇によって【中央集権化】が着実に進められた。
89.名無しさん:2018年05月11日 01:05 ID:FyDGfnEq0▼このコメントに返信
米84
大宝律令より前に地方行政がある
90.名無しさん:2018年05月11日 01:11 ID:IU8prjm50▼このコメントに返信
戸籍がない子がたてたスレなのか?
91.ネトヲヨ:2018年05月11日 01:17 ID:L.xoYWBj0▼このコメントに返信
※89
ごめんな、※87から始めてくれ。
でなきゃ、バカの相手はこれまで、ってことで。
ちゃんと日本語が話せてたら明日レスしてやる。
・・・あ、もう今日か。。。
92.名無しさん:2018年05月11日 01:21 ID:2ha301O40▼このコメントに返信
※62 (ではいい加減ですが言えば)
・ペルシャが落ちぶれて ⇒ 秦 ⇒ 秦帝国が崩壊 ⇒ 新羅⇒日本亡命?(蘇我?)
・呉の崩壊 ⇒ 百済 ⇒ 日本亡命(四国?)⇒天皇

さらに昔もありそう。殷とか 適当。
93.名無しさん:2018年05月11日 01:38 ID:2ha301O40▼このコメントに返信
乙巳の変は
蘇我の政策(大陸干渉しない、または新羅系?)を気に入らず
百済延命の勢力(百済の王族 中臣鎌足)が、クーデターをかけて成功して半島に兵を送ったが白村江の戦いで壊滅した。

大馬鹿なところだ。

大昔から、大陸や半島の有事に駆り出される、日本ですな。
94.名無しさん:2018年05月11日 01:44 ID:2ha301O40▼このコメントに返信
本当の日本古来から統治していた大国主は誰か知らないですが、
まいど大陸や半島から乗っ取られてる気前のいい国民の国である日本列島ですな。アハハw
95.名無しさん:2018年05月11日 01:45 ID:.kOj8BQl0▼このコメントに返信
※76
「中央集権」ってのは、中央に権限と財源が集中管理されてる行政体制のこと、、、
だから三国志時代のどの国も中央集権だと言えるわけで、、、
呉の場合は、官僚が地方貴族出身者に占められてただけなのよ、、、


つか財源の話がここまで出ないのは、みんな中央集権のことわかってないよ、、、
96.名無しさん:2018年05月11日 01:55 ID:2ha301O40▼このコメントに返信
中央集権どこがいいのかね?
相手の国(敵国)を飲み込むときはいいけど  それ以外に何が良いのかね?

結局、問題も飲み込むだけだろ?適当(敵対関係は無くなるけどね。。)
97.名無しさん:2018年05月11日 01:58 ID:IU8prjm50▼このコメントに返信
日本史って神話の部分以外は中央政権vs地方政権の歴史だろ
どうやったらスレ主のような無知がうまれるんだ?
98.名無しさん:2018年05月11日 01:59 ID:.9mn9PuC0▼このコメントに返信
※12
あと馬に乗って良いのが一定の身分以上、乗馬はそのぐらいの階級の武器には嗜みとされていたこと、輿利権の幅広さもあげられると思う。
99.名無しさん:2018年05月11日 02:34 ID:E1LvBEzn0▼このコメントに返信
ハプスブルクみたいなんが日本におったらと思うと恐ろしい
100.名無しさん:2018年05月11日 02:37 ID:FkemUQOn0▼このコメントに返信
実力はともかく天皇が一番上にいるのは変わらないし下々がうごうごしてても大した問題はない
101.名無しさん:2018年05月11日 02:42 ID:XSrwbtUc0▼このコメントに返信
日本は中央集権ー>封建制ー>中央集権と変わって行くけど、武士の時代でも朝廷は無くならず、
徳川も征夷大将軍の位を朝廷からもらってた訳だからずっと中央集権だったと言えなくも無い。
スレ主はアホ杉
102.名無しさん:2018年05月11日 04:13 ID:hL9PMw3.0▼このコメントに返信
※93.
半島国家はそう見てるかもだが、普通に考えるなら大化の改新のクーデターを見て好機と捉え唐とつるんで動き出したにすぎないよ。権力の空白も相まって朝廷は派兵はしたが、はてどれくらいのことか大した手は打てて無かろう。日本史では百済偏重の外交に焦点を当ててるが、新羅の野心が核心だろう。これが半島のピークでもあり、海洋勢力に頼れず属国時代の始まりでもある。
103.名無しさん:2018年05月11日 04:28 ID:hL9PMw3.0▼このコメントに返信
※88.
それは違うだろうな、持統天皇というのはあの混乱期を生きてるだけに猜疑心が強い。対抗馬になりそうな皇子を殺してまわり、ついには自分の子もなくしやむにやまれず女帝即位。中央集権どころか、天皇中心の政治から貴族中心の政治へと移り変わっていく、その原因となる時代だろう。日本人は得にこの時代の天皇制度の限界を知っておくべきだろう。武力による強引な支配からは混乱しか生まれないという真理
104.名無しさん:2018年05月11日 04:59 ID:22AqcBBi0▼このコメントに返信
電信とかで情報がすぐに行き渡るのようになるのもこのころなんだよな。
明治2年に最初の電信の敷設。西南戦争の前には、長崎まで通じている。
これがないと完全な中央集権とか効率悪いよな。
米12
船は、らくだの600倍物が運べる。文化は、陸路でやってくると漠然と、歴史では解釈されているようで、それはおかしいと思う。
古代から交易、文化の交流は、水運が主流。中東との文化の交流もシルクロードじゃなく、海運。ガラスの壺なんか、馬で運べない。海沿いに交易したから、イスラム教圏が海沿いにある。朝鮮半島も、百済が滅んだら、日本が立ち寄れる港がなくなって、半島に寄らず直接行くようになった。朝鮮人が中国の文化を運んでいたわけではない。
105.名無しさん:2018年05月11日 05:21 ID:H36ij48m0▼このコメントに返信
奈良時代から中央集権が進んでた習ったけど・・・違うのか?
106.名無しさん:2018年05月11日 06:02 ID:ExiBDvZt0▼このコメントに返信
※105
イッチの言葉遊びでは中央集権に含めないようだ
107.名無しさん:2018年05月11日 06:10 ID:DrPKpRt70▼このコメントに返信
元スレがアホすぎて。

歴史学的な言葉の定義でいえば色々あるだろうが、権力を有する中央政府の基に国家
画形成されているという意味で言えば、それこそ大和朝廷の頃からある。
幕府なんてのは、朝廷があるから任命される征夷大将軍がいて始まるものだからね?
108.名無しさん:2018年05月11日 06:28 ID:MB95YHDe0▼このコメントに返信
>>1のいう中央集権化って北朝鮮とか超絶独裁国家ぐらいしかなくね?

今の先進国にしたって地方自治ということばがあるように地域ごとに意思決定は分けられてるだろ
109.名無しさん:2018年05月11日 06:34 ID:nK5hi91v0▼このコメントに返信
日本が統一国家という共通認識があったからこそ幕末の共通認識は北海道樺太の交易所から琉球の薩摩出先まで、日本は公儀で政策を統一すべきだという共通認識の上に、それを如何に構築するかが問題として共有されていた。

日本の文字も読めない一般庶民は、こうした議論の高層には濃密に関与はできないが、それでも秩序を構築し維持することに参加し、それによる意思の表示と考えるならば、これは北海道樺太千島まで含めた一般の民族問わない日本人は、近代の国民国家意識に近いものをすでに保持していたということになる。だから北海道樺太千島でロシアによる襲撃があった際には、真っ先に幕府は対応している。
110.名無しさん:2018年05月11日 06:41 ID:nK5hi91v0▼このコメントに返信
翻って琉球王国ではこの議論に中華世界という要素が入ってくる。

だから王国の意思を代表するわけではない一分派になるが中華の秩序を最優先する脱清人という人達が出てきた。
111.名無しさん:2018年05月11日 06:51 ID:nK5hi91v0▼このコメントに返信
他ならぬ中国の方では琉球を巡るこういったやり取りや概念は共有していない。

西太后の話などは為にするもので、中国の崩壊はアヘン戦争から相次いだ太平天国戦争などの起義による。

本来は中国であったコリアが分立している常態を今現在の中国人が信じて疑わないように、常識の死角が判断を曇らせた。
112.名無しさん:2018年05月11日 06:56 ID:g9bJnPya0▼このコメントに返信
経済と行政権に大きく影響する「税制」で考えれば、明治維新まで時代のほとんどが分権型国家だなぁ。
ギリギリ奈良時代ぐらいまでが通貨発行などの点で、中央集権と言えるかもだが、平安に入るあたりで分権化が始まってるしな。
武士が誕生したのだって中央の武力放棄による治安悪化から、地方自衛組織が発展したものだし。
江戸時代は経済圏が銀基軸と金基軸で別れてるし、行政と財政は藩単位に分割されてるしな。
逆にいうと黒船来航まで中央集権型国家の必要性がなかったともいえる。
113.名無しさん:2018年05月11日 07:07 ID:g9bJnPya0▼このコメントに返信
後醍醐天皇は「親政体制」を目指して、反逆者にされちゃったしなぁ。
トップに立つと「神格化」されるけど、汚れ仕事でもある政治と相容れないから、分離されてしまうのだろうか。
114.名無しさん:2018年05月11日 07:22 ID:V6vw9Geo0▼このコメントに返信
集権国家っていわば税金と軍隊じゃね
明治で中央集権国家って別に遅くないし
むしろ早いやろ
もうひとつ言えば封建社会でも似たようなことできるから良かったんじゃね
115.名無しさん:2018年05月11日 07:27 ID:tWay82BK0▼このコメントに返信
産業革命が始まって兵器が高度化し始め、それに伴って兵器開発費が高額になっていった。
そして、地方政権のみの財政ではその高度な兵器を十分に揃えることができないのも明白になった。
産業革命が始まったときに各国の中央集権化の種は蒔かれたといっていい。
116.名無しさん:2018年05月11日 08:56 ID:Y6MxgU.D0▼このコメントに返信
日本は権力が細分化される傾向にある。
これが独裁者が生まれにくい理由にも繋がってる。
それでも天皇がいるからまとまれる。天皇制ってとっても便利。
117.名無しさん:2018年05月11日 10:09 ID:Y5.eZ3BP0▼このコメントに返信
奈良時代に中央集権化はされてる。
江戸時代は、中央集権化完了済み。
明治維新は権力基盤の移行のみ。
長州征伐で負けたけど、幕府軍が出来たのは、中央集権になってたから。
118.名無しさん:2018年05月11日 10:34 ID:3fbD2t6x0▼このコメントに返信
スレ建てる前に日本史やり直して来い
119.名無しさん:2018年05月11日 10:39 ID:fJyxpnYP0▼このコメントに返信
分権社会だからといって中央集権要素がまったくないわけじゃない
そうしないとただの分裂になるんじゃないかな
といっても日本は歴史上、島国だし侵略できる勢力も乏しかったんで分裂しきれないだろうけど
120.名無しさん:2018年05月11日 11:42 ID:zVGkl.2v0▼このコメントに返信
逆に中央集権にすると過度な選択と集中が進むから、切られたところから死んでいくんだよなあ…
タコが自分の足を食って、しかも足の再生が極端に遅いみたいな状況
かつての日本は天皇と言う権威があって基本的にはそれでまとまって、それとは別に実務を取り仕切る幕府なり何なりがあってそれぞれが地元の繁栄のために頑張れたからね
今は過度な選択と集中のせいで地方の地元を捨てる人が後を絶たないから、地方が死ぬのは時間の問題かな
121.名無しさん:2018年05月11日 11:55 ID:lQebEYWJ0▼このコメントに返信
他に敵がいなければ好きなようにまとまってどうぞ。
それを脅かす外敵が現れると、それを排除せねばと一致団結するんだろ。
122.名無しさん:2018年05月11日 12:03 ID:pF34k9XQ0▼このコメントに返信
明治より前の日本は中央集権ではないわなあ。連邦制が近い
「日本列島連邦」の中の各藩が財政も行政も独立してるし。その藩の上に幕府や朝廷があるわけだけど基本的に藩の運営にはノータッチだしね。徴税と、たまに配置換え、お家お取り潰し等の人事するくらい
123.名無しさん:2018年05月11日 12:14 ID:DRi51WPg0▼このコメントに返信
愚かにも欧州の政治体制に合わせて考えようとするから辻褄が合わなくなる。
124.名無しさん:2018年05月11日 12:40 ID:pv9pAenS0▼このコメントに返信
スレ主の叩かれようが笑える
125.名無しさん:2018年05月11日 13:58 ID:lZ7aPr2T0▼このコメントに返信
なんで地形の影響を誰も語らんのか
126.名無しさん:2018年05月11日 15:34 ID:9mMmIXUR0▼このコメントに返信
世界史で習った通りでしょ。でも日本史を西欧の歴史と比較して当てはめるのはやめたほうがいい。
127.名無しさん:2018年05月11日 16:07 ID:BDnQSj250▼このコメントに返信
中央集権化が不可能であった、日本
1.文字を知らない、文盲率があまりにも高かった。
学識のある人材が極めて少なかった。 - 官僚の人材が不足
2.道路が発展しておらず - 孤立
    車輪の規格も統一されていなかった - 孤立
3.度量衡が統一されていなかった - 孤立
4.統一された法律がなかった。 - 成文法がなかった。

他の国よりも発展段階が遅れていた、日本は中央集権化が
不可能でした。
128.名無しさん:2018年05月11日 16:19 ID:JW7bejtr0▼このコメントに返信
日本の過去は、いつも後進国だったので、中央集権をすることができなかった。
129.名無しさん:2018年05月11日 17:21 ID:cX5XAZtn0▼このコメントに返信
外敵の脅威がないと仲たがいする余裕があるってだけだろ
外敵引き込んで仲たがいして滅びるほど無能じゃなかったんだからいいじゃないか
130.名無しさん:2018年05月11日 18:54 ID:qrx5gNrw0▼このコメントに返信
馬~鹿、シナや千ョンみたくいつまでも古代型中央集権を続けてるのが「遅れた後進地域」なんだよ。

日本は平安前期から次第に中央集権が弱体化していき、鎌倉時代に地方分権の封建社会に切り替わり、

明治に近代的中央集権制を実現できたからこそ植民地にならずにすんだ。

アッ、江戸時代は一応は封建社会ではあるが、幕府領に親藩・譜代大名領を加えると全国の半分あまりを占め、

おまけに、主要大名をのぞけば「割りと」サカンに転封・改易できたので、中央政権にあたる幕府が異様に強いので、

西欧と見比べると「半」近世といえるかもな。
131.名無しさん:2018年05月11日 22:28 ID:89CkOuqe0▼このコメントに返信
少なくとも7世紀後半から8世紀の時期はガチガチの中央集権国家だろ。当時の政治制度・土地制度・税制・軍制など習わなかったのか?
それと発掘調査で出てくる全国に張り巡らされた官道の巨大さや、今でも航空写真で見られる整然とした条里制の形跡など、強大な中央集権制度がなければ不可能なことばかり。明治まで中央集権が無かったとか言ってる奴は自らの無知を恥じろ。
132.エンアカーシャ:2018年05月11日 22:36 ID:.Lamxoup0▼このコメントに返信
スレ主は、精神未熟児なので、
<中央集積型>が、<独裁>と同義だと言う事実に、気付いていない模様 (笑)、

日本は、
個人が独裁を実行しようとしても、法的に不可能な様に出来ている、
自衛隊が、他国を侵略しようとしても、爆撃能力を<Fー15>が持たないから不可能なのと、同じだ、
中国や韓国に届く戦闘機は、<Fー15>だけ、

中韓の言う<自治区>とは、ウソなので、中韓の自治と日本の自治を同一視しているスレ主が、
<自治体は政府と同列>と、認識していないのが、妄言の原因、

日本は、中韓の様な、軍国では無いので、
<中央集積型>である必要は無い、
軍国だけに、中央集積型は必要なんだよ。
133.名無しさん:2018年05月12日 01:25 ID:gD8PpIbY0▼このコメントに返信
朝廷が南北朝とかやらかして混乱した結果が中央集権の崩壊だからな
それを修復するには時間が掛かるのさ
134.名無しさん:2018年05月12日 02:34 ID:hDQzCwf40▼このコメントに返信
封建制度を経験しないからシナ人には契約の概念がないという
135.ネトヲヨ:2018年05月12日 03:28 ID:.yUF.Bl20▼このコメントに返信
※92
シルクロードは張騫から、秦(BC3c)から新羅(AD6c)まで何年ある?
呉→百済はないだろう。通路は魏の領域。

>さらに昔もありそう。殷とか 適当。
あんじゃね?
例えば徐福伝説とか。

『想像』はいいが、『妄想』はやめてくれ、せめて『空想』程度でな。
136.ネトヲヨ:2018年05月12日 04:42 ID:.yUF.Bl20▼このコメントに返信
で、オレの『空想』
※117 奈良時代に中央集権化はされてる
そうだろうか?
『太宰府』は存在している。
ウィキによれば、『唐名は、「都督府」』。
更にウィキの『都督府』には『高句麗や百済、倭といった周辺民族の王に対しても「都督」の称号が与えられ』た、とある。
いいたいことは二つ。
一つは、大和王権が直接支配ではなく、間接支配を筑紫に認めていた→中央集権ではない
もう一つは、元々中国が認めていた『倭』は大和政権ではなく筑紫政権であった。


137.名無しさん:2018年05月12日 05:11 ID:xFe9CVwE0▼このコメントに返信
※136
最後の1行←正解! 邪馬壹イチ国九州説・九州王朝説。 
なお、現代史でポリティカルコレクトネスという勝者の政治的都合で歴史を定めた「東京裁判史観」に反対してアカデミックな立場で歴史のウソを暴アバこうとする歴史修正主義(←マトモな考え)は、

なぜかこの古代史ではほとんどがポリティカルコレクトネスの立場にたって邪馬台国近畿説を信じるという身勝手な矛盾を行なっている。
138.ネトヲヨ:2018年05月13日 19:54 ID:sB43JWvf0▼このコメントに返信
※137
亀レスですまん。
が、
オマエ、自分のアタマで考えろな。
オレの言ってることわかって『正解』などとほざいてるのか?
仮に結論が同じでも、オマエとオレは全く正反対の立場にあるって知ってるか?
139.ネトヲヨ:2018年05月13日 20:03 ID:sB43JWvf0▼このコメントに返信
※137
※136>元々中国が認めていた『倭』は大和政権ではなく筑紫政権であった。
とオレが言う理由は、
中国(劉宋)は倭の五王に対し、『都督』の称号を与えている。
で、『都督府』とは『都督の都』を意味する。
それが『筑紫』にあるとすれば、『筑紫を都とする政権』は当然『筑紫政権』、
近畿ではありえない。
その理屈を考えもせず、結論がおなじなら、『正解』など、
オマエが『なんたら学説』の信者でしかないってこった。

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