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2017年08月11日 09:05

戦国時代の日本の農民は戦場で刀や鎧兜をガメって高く転売してたからな

戦国時代の日本の農民は戦場で刀や鎧兜をガメって高く転売してたからな

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引用元:戦国時代の日本の農民は戦場で刀や鎧兜をガメって高く転売してたからな。家宝にもしてるし。 [無断転載禁止]©2ch.net
http://hayabusa9.2ch.net/test/read.cgi/news/1502365058/

2: 名無しさん@涙目です。(庭)@無断転載は禁止 [DE] 2017/08/10(木) 20:38:15.49 ID:SU9Ts8PE0
落武者狩りもやってた

3: 名無しさん@涙目です。(空)@無断転載は禁止 [ニダ] 2017/08/10(木) 20:38:50.84 ID:Tvc/ug6D0
戦場跡に行ったらいっぱい拾えただろうし

14: 名無しさん@涙目です。(茸)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 20:44:54.99 ID:KcEN0Ker0
それぐらいたくましくないとね

17: 名無しさん@涙目です。(dion軍)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 20:47:04.95 ID:S/cuculJ0
落ち武者を親切にかくまうふりして毒盛って殺しちゃう農村もあったような

18: 名無しさん@涙目です。(沖縄県)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 20:47:09.64 ID:/xPqboRm0
この頃からリサイクル大国としての片鱗があったんだろうな
落武者なんて資源が歩いてくるようなもんだし

20: 名無しさん@涙目です。(SB-iPhone)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 20:48:30.10 ID:lcRsHI4h0
まあ分捕りは許可されてたからな

25: 名無しさん@涙目です。(やわらか銀行)@無断転載は禁止 [JP] 2017/08/10(木) 20:52:38.60 ID:MJtzYgRE0
戦場のお掃除はそこに住む農民の役目だしね

26: 名無しさん@涙目です。(チベット自治区)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 20:52:51.50 ID:lqLt4Cun0
農地荒らされた報復と保証金代わりだぞ

38: 名無しさん@涙目です。(カナダ)@無断転載は禁止 [ニダ] 2017/08/10(木) 21:05:59.10 ID:ix1tEv2/0
上杉謙信がわざわざ冬に何度も三国峠を越えて関東に出て来たのは
農民達に出稼ぎさせるためだったって話もあるしな

40: 名無しさん@涙目です。(兵庫県)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 21:08:45.27 ID:9Afkkhdi0
>>38
戦争儲かり過ぎwwww
みたいな文書も見つかってるよな

50: 名無しさん@涙目です。(東京都)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 21:22:41.26 ID:IrwPBHC/0
>>38
上杉謙信は越後の平野部は青苧の生産で農民の収入を増やすことは
できたけど、山岳地帯はどうしようもなかった

越後の山岳部の小作農民は端境期に飢えに苦しんだので
動員して関東に出稼ぎさせたんだわ

なので農兵の士気はほぼ100%
逃げ帰っても食うものがないので逃げられない、死に物狂いで戦うしかない
上杉謙信最強の理由の一つがこれ

39: 名無しさん@涙目です。(catv?)@無断転載は禁止 [ニダ] 2017/08/10(木) 21:08:36.70 ID:17KEGhdb0
毎日農業で筋肉鍛え上げた農民が弱いわけないんだよなぁ

42: 名無しさん@涙目です。(秋田県)@無断転載は禁止 [FR] 2017/08/10(木) 21:10:10.35 ID:Imq3smOi0
>>39
繰り返し戦争に出てるし、
自分の土地を守ると言う執念が物凄いよ。

41: 名無しさん@涙目です。(家)@無断転載は禁止 [FR] 2017/08/10(木) 21:09:48.37 ID:pyuprL5n0
つーか下っ端農民=雑兵だから
貧乏百姓の家を継げない次男三男が一旗夢見て戦場に行く
まあこの辺は明治や大正もそう変わりなく武将から軍隊に代わっただけだが

45: 名無しさん@涙目です。(チベット自治区)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 21:11:52.39 ID:lqLt4Cun0
戦場になった村は一定期間の年貢免除の制度なんかもあったけど
領地化じゃなくて略奪目的の戦なんかもあるし
田畑荒らされた補償として落ち武者狩りでもやらないと割が合わない

47: 名無しさん@涙目です。(長野県)@無断転載は禁止 [ES] 2017/08/10(木) 21:13:47.20 ID:cMwqoEiF0
今、再放送している大河「風林火山」がそんな感じだな。「さあ合戦だ、乱取りだ」と
百姓どもが喜び勇んで雑多な武器を身につけて大喜び。

49: 名無しさん@涙目です。(茸)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 21:21:22.33 ID:XnN6BNLo0
戦国時代までは武士=農民だからね
戦国大名ってのは農民の親玉
兵農分離ってことはその前は兵農一致ってこと
刀狩りは誰から刀を狩ったんだろう

57: 名無しさん@涙目です。(北海道)@無断転載は禁止 [CN] 2017/08/10(木) 21:48:40.19 ID:ZB+7MtNx0
西洋じゃ傭兵達もやってますよ

59: 名無しさん@涙目です。(神奈川県)@無断転載は禁止 [CN] 2017/08/10(木) 22:28:02.84 ID:C5+iNuCO0
農民たちが弁当持って合戦見物に来てたってのはいつの時代の話なんだろうね

62: 名無しさん@涙目です。(やわらか銀行)@無断転載は禁止 [DE] 2017/08/10(木) 22:33:20.96 ID:oo+YH3km0
>>59
そいつらはただ見物してたんじゃなく戦後の落ち武者狩りも目的だったと思われる

60: 名無しさん@涙目です。(catv?)@無断転載は禁止 [DE] 2017/08/10(木) 22:29:36.63 ID:KoGIf6iA0
そういえば、不作の年なんかは
ちょっくら隣を襲撃するか!って軽いノリで村同士の戦争も珍しく無かったんだよな

秀吉の刀狩は、農民同士の殺し合いを減らす目的もあった

67: 名無しさん@涙目です。(やわらか銀行)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 23:18:50.53 ID:+yDVrUgz0
田んぼや畑を再起不能にされるんだからそれくらいはいいだろ

79: 名無しさん@涙目です。(青森県)@無断転載は禁止 [ID] 2017/08/11(金) 06:17:16.91 ID:5Qg8jGSl0
>>67
そもそも武士と言っても、現代の感覚とはかけ離れてて、殺す犯す奪うが食う寝るの感覚で自然と出てくる連中も沢山いたからどっちもどっちだな。

68: 名無しさん@涙目です。(大阪府)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 23:26:24.45 ID:1eEbOpnE0
ウチ農家の家系なのに槍が二本あるのはそういう事なのか

70: 名無しさん@涙目です。(チベット自治区)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 23:33:21.18 ID:0QHughsd0
>>68
うちも爺ちゃんが農家だったけど、離れの納屋に槍とか刀あったけどあれどうしたんだろう

78: 名無しさん@涙目です。(青森県)@無断転載は禁止 [ID] 2017/08/11(金) 06:14:43.03 ID:5Qg8jGSl0
>>68
武士から農民になった家もあるし、農民から武士になって農民になった家もあるし、普段は農民やってるけど戦になったら武士やったり、徴兵されて足軽やる家もある。

ゲームみたいにいきなり足軽が湧いて出てくるわけではないんで。

72: 名無しさん@涙目です。(神奈川県)@無断転載は禁止 [US] 2017/08/10(木) 23:50:41.49 ID:xxjNiSSN0
江戸以降も平時は百姓で有事は足軽なんて身分制が藩によってあったからな
鉄砲を持つ百姓が有事は鉄砲足軽隊に組み込まれれる藩もあった

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2017年08月11日 09:14 ID:sXytSctu0▼このコメントに返信
まぁ落ち武者も落ち武者で、農民襲って首を戦果として称して褒賞得た例もあるし持ちつ持たれつよ。
2.名無しさん:2017年08月11日 09:14 ID:L76CY3Gg0▼このコメントに返信
田舎の爺ちゃんが死んで倉庫の整理してたら火縄銃やら弓やら刀やらが出てきたのはそれだったのか
面倒ごとは困るから見なかったことにしてそのまま今も倉庫に眠ってるけど
3.名無しさん:2017年08月11日 09:16 ID:rFZ7Y4X90▼このコメントに返信
ばかたれー
なんも知らん歴史を勉強したこともないヤツあほがドヤ顔で何をほざいとんじゃよー
ほんと恥ずかしいスレ主だわ
鎧兜刀、ちゃんと持ち主の家に送っとるわ
ネヅさんをようつべで見てみろ、馬鹿め
4.名無しさん:2017年08月11日 09:20 ID:EiYY76w.0▼このコメントに返信
それ、西洋の中世時代のコトやんwww
みんなして死んだ騎士の鎧や、はぐれた馬をかっさらっていったんやでwww
5.名無しさん:2017年08月11日 09:20 ID:rFZ7Y4X90▼このコメントに返信
※2
持ち主の家(返却先)が分からんかったものだけな
6.名無しさん:2017年08月11日 09:22 ID:rFZ7Y4X90▼このコメントに返信
※1
テレビの見すぎだ
そんなもんほとんどない
7.名無しさん:2017年08月11日 09:22 ID:vYU6Wtoh0▼このコメントに返信
エアプ乙
たまの臨時収入にしてもそこまで落ち武者狩りで潤うほど大規模な合戦はまずねーよ
8.名無しさん:2017年08月11日 09:22 ID:s6k.0uKG0▼このコメントに返信
戦に勝って統治するがわからすれば、落武者狩りで勝手に領地内の復興やってくれるんだからありがたいもんなんだろ。
9.名無しさん:2017年08月11日 09:22 ID:.pwgoDW00▼このコメントに返信
武具以外にXXを捕獲(又は始末)した褒賞は倒した者が生きている間は年貢免除・・・で
明智光秀が捕まった事例もあるんやで。
10.名無しさん:2017年08月11日 09:25 ID:dLiLwsjB0▼このコメントに返信
※9
DEAD OR ALIVE やな
11.名無しさん:2017年08月11日 09:26 ID:4uz.NyyE0▼このコメントに返信
つーか武士とかの領主やその正規軍から庶民にヒャッハーするよう扇動するケースもあるからな
太平記でも赤松軍の包囲を何とか突破した児島一族に対して赤松軍が地域一帯に
「敗走する児島軍を追撃し、首と武装を奪え」って命令を出して数千の民兵が動き出すって場面がある
命令か自発的なものかによらずヒャッハーは当たり前だったんだろ
12.名無しさん:2017年08月11日 09:28 ID:bT83l17B0▼このコメントに返信
そんなんまだ分離してない時期の話だろ
農民そのまま歴戦の猛者だぞ
江戸時代の農民のイメージで考えているんだろ?
13.名無しさん:2017年08月11日 09:30 ID:cyI4aOtu0▼このコメントに返信
代わりに黒田長政に似てるってだけで
竹中半兵衛に首切られた農民の子供も居たぞ
14.名無しさん:2017年08月11日 09:32 ID:X.ZaDLEz0▼このコメントに返信
どこかの団体が言っている世界市民とか世界国家とかになると、
兵士と一般市民の区別がつかなくなって
日本の田舎の農民さんがモザンビークの紛争に狩りだされるぞ。
15.名無しさん:2017年08月11日 09:32 ID:lRdMpFJs0▼このコメントに返信
超少子化で超過疎化した地方に呑気に遊びに行ったら、親切そうな地元民に頃されて、身ぐるみはがれてから遺体を綺麗に始末され、美味しくいただかれてしまうかも。

引き籠もりには何の関係もない話しだけどね。
16.名無しさん:2017年08月11日 09:34 ID:FF7SmIbA0▼このコメントに返信
死体漁りなんてざらだろうに。

何か問題在るん?

だいたい合戦なんて土地のモンからすれば傍迷惑なだけなのにさ。
17.名無しさん:2017年08月11日 09:36 ID:rFZ7Y4X90▼このコメントに返信
合戦をする場所に畑を持つ農家には事前に時価の倍程度の金を払い作物がダメになる保証をするのが決まりだった
今はないが昔の(俺が子供の時まで)畑には肥溜めが必ずあった、将兵がそれに嵌っては気の毒だから蓋をしておくことも忘れずにな。
18.名無しさん:2017年08月11日 09:37 ID:su4XE.B10▼このコメントに返信
なんちゃら水軍の洞窟が怖い事だけは知ってる
19.名無しさん:2017年08月11日 09:38 ID:.pwgoDW00▼このコメントに返信
※9の訂正
すまん!捕まったのは石田三成だったわw(明智光秀は竹槍に遣られたな)←それでも年貢免除、近江のとある村だったが
20.名無しさん:2017年08月11日 09:40 ID:9d8hno9Q0▼このコメントに返信
 昔からの農民兵士は戦場狩りなんて出来ない そんなもの持ち帰ってお金儲けしてたら天罰受けると思うし近所の目が厳しいに決まってる
今の人より信仰心厚く呪いに恨みを怖がっていたのに 今も田舎じゃ近隣住民の目厳しいだろw
21.名無しさん:2017年08月11日 09:43 ID:1XbSpTZo0▼このコメントに返信
※13
あれ美談風にしてるが
農民からしたら完全なとばっちりだよな
22.名無しさん:2017年08月11日 09:55 ID:tE8Xz71N0▼このコメントに返信
現在ISILがやってるw

国軍から奪ってなw
23.名無しさん:2017年08月11日 09:55 ID:H4voXfM00▼このコメントに返信
※20
妄想逞しいッスね 底辺サイトにはあなたのようなゴミがひつようなんですぅ
24.名無しさん:2017年08月11日 09:57 ID:70anLA670▼このコメントに返信
漫画の「レイリ」で農民の一戸建てがぽつんとあるのは不自然なんだよな。
農民は、特に戦国期は集団で群れてないと生きられない。
25.名無しさん:2017年08月11日 09:57 ID:CmAWdsch0▼このコメントに返信
隣村とか襲って勝てれば
女を閉じ込めてずっと何十人で輪わしておもちゃにできるとか最高だな
26.名無しさん:2017年08月11日 09:57 ID:8dHCG2sa0▼このコメントに返信
読んでて思い出したけど、確かに槍が掛けてあったわ。
分家の小さい農家だったけど。
27.名無しさん:2017年08月11日 09:59 ID:rFZ7Y4X90▼このコメントに返信
※23
ブーメランだ、ブーメランwwwwwwwwww
28.名無しさん:2017年08月11日 09:59 ID:OzT0mJyB0▼このコメントに返信
>ちょっくら隣を襲撃するか!って軽いノリで村同士の戦争も珍しく無かったんだよな

昭和でも水の奪い合いをカマやナタでの実力行使でやってた
29.名無しさん:2017年08月11日 10:01 ID:rFZ7Y4X90▼このコメントに返信
※25

妄想逞しいッスね 底辺サイトにはあなたのようなゴミがひつようなんですぅwwwwwwww
30.名無しさん:2017年08月11日 10:01 ID:H4voXfM00▼このコメントに返信
※27
可燃ごみと不燃ごみ同士語り合おうぜwww
31.名無しさん:2017年08月11日 10:04 ID:mOaEP0mb0▼このコメントに返信
※25

負けたら凄惨だぞ。
好きな女の子とか、奥さんや姉妹が狼藉に遭うなんて耐えられんわ。
32.名無しさん:2017年08月11日 10:04 ID:x5fwqNUh0▼このコメントに返信
漁村も同じもんだよ、嵐の日に座礁するような所に炎炊いて誘導し船を沈め、漂流した積荷を奪う。

33.名無しさん:2017年08月11日 10:05 ID:AbHZtpF.0▼このコメントに返信
なお、落ち武者狩りや死体漁りに出た同業者と抗争に発展する模様
武具なんて普通に売りさばいたら確実にアシがつくんで、激戦地では集落単位で組織的にやってたケースもあるみたい
個人でやる食い詰め農民は獲得した戦利品を高跳びして遠方で売ったらしい。その過程で山賊に襲われることもあったとか

なんつーか世紀末だな!
34.名無しさん:2017年08月11日 10:06 ID:n.OKiM.D0▼このコメントに返信
負け確の落ち武者狩りならともかく小競り合い程度で鹵獲はリスキーすぎる
遺品や遺髪を家族に返してやって褒賞を貰った方があと腐れがない
35.名無しさん:2017年08月11日 10:09 ID:rFZ7Y4X90▼このコメントに返信
※30
お前はもう虫籠の中だw

36.古古米:2017年08月11日 10:16 ID:OheEdoPX0▼このコメントに返信
※3
持ち主の分かる槍刀兜鎧は、その家に返却すると報奨がもらえたからね。
でも持ち主の分からない衣服の類は結構自分の物にして、自分で使ったり転売していたみたいよ。
戦国時代の足軽頭の兵装に、首から下げた紐の先に金属の輪を付けて、褌を巻くときに輪に通して直ぐに取れなくしたのがある。
今と違って、昔は布が高価だったからね。
葬ってやるのは裸でOKという考え方だったみたい。
37.名無しさん:2017年08月11日 10:17 ID:rPU2AoO30▼このコメントに返信
戦国時代に「農民」という確立された身分の存在はいない。
38.名無しさん:2017年08月11日 10:18 ID:m1iEvC3A0▼このコメントに返信
個人で持ってる金など死体から取り兜や鎧もそうだが刀や着物まで取り合うからな 落ち武者を取って
差し出せば金が貰える 身ぐるみ剥がされるしふんどしも当時は高級品で取られる。
リサイクル感覚 負ければ敗軍はいつの時代も同じ。 女はヤラれ尽くされて人身売買で高く売られ
男も力仕事用人材で売られる  現在でも旅客機飛行機など墜落すれば土人が乗客の身に着けてる品や
旅行カバンの取り合い。
39.名無しさん:2017年08月11日 10:20 ID:tS.ZrrpZ0▼このコメントに返信
だから何?
40.名無しさん:2017年08月11日 10:22 ID:B9xYzTZh0▼このコメントに返信
人聞きの悪い事を言うな死者を弔ってあげてるんだぞ
ついでに持ち帰るくらいはあったろうが
41.名無しさん:2017年08月11日 10:23 ID:4uz.NyyE0▼このコメントに返信
一昔前の階級闘争史観みたいな農奴とまでは行かなくても基本的には地侍や百姓は有力武士にペコペコしなきゃいけないし
戦いが起これば身を削って人員や物資や土地を提供しなきゃいけないからな
そのぶん戦いに負けて没落するとと「お前これまで雑魚のくせに俺らに偉そうにしてたの?」理論で命や財産を奪われる
上も下も緊張感があって真面目になる社会だよ(白目)
42.名無しさん:2017年08月11日 10:30 ID:m1iEvC3A0▼このコメントに返信
戦場でもそうだが城が落城すれば勝者の兵は何でも取り合い 大坂夏の陣での大阪城落城のその後は悲惨そのもの
何でも取り合いの早い物勝ちで城下町の一般人まで犠牲 城の中のお宝も女達も取り合い奪い合い・・・
後に無事に逃げられた女達が手記を残してお金で解決して無事に逃げられたがお金が無い女達はヤリ尽くされて売られる。
城下町の関係無い男達も首を取られて金に換金する物 金目の物も略奪し放題 落城絵図にも逃げ惑う敗者の男達と着物を
振り乱して逃げどまう女達が描かれてる。 取り合いお宝満載なのでまさに地獄絵図 人間と言うこの世で一番怖く残酷な生き物。
43.コロンブス:2017年08月11日 10:37 ID:LD.0f1Wv0▼このコメントに返信
追いはぎみたいなものではなく、許可された戦後処理作業のようなものだったと聞いたけどね。
44.名無しさん:2017年08月11日 10:40 ID:bm5y.M9H0▼このコメントに返信
※20
落ち武者刈りは今で言う地域のゴミ拾いと同じレベルの慣例行事。
むしろその地域の支配者階級が落ち武者刈りをする農民兵を組織することは武士の作法のひとつだった。
45.名無しさん:2017年08月11日 10:44 ID:0rcyAA7c0▼このコメントに返信
※19
なお佐久間盛政を捕らえた農民たちは全員処刑された模様。
逆のパターンですね。
46.名無しさん:2017年08月11日 10:46 ID:Ha3kdp8w0▼このコメントに返信
今の時代とは考え方が違うから村にとっては他の所からの兵に女性が乱暴されるのは
近親者が多くなりがちな村にとって別の血筋が入ってくるきっかけになりやすく
身分が高くない女性は誘拐やとかにつながらなければまたかと思う程度だったんだろ
47.名無しさん:2017年08月11日 10:52 ID:nAW.oXcx0▼このコメントに返信
徴兵復活させようとしてるから同じようになるんだろうな
48.名無しさん:2017年08月11日 10:54 ID:iroieBdg0▼このコメントに返信
ファーマーソルジャーww
49.名無しさん:2017年08月11日 10:56 ID:k9yDszoP0▼このコメントに返信
戦後処理の一環だと思えば不思議でもないし、紛争地帯で起きていてもおかしくない話
50.名無しさん:2017年08月11日 11:00 ID:mOOArCGS0▼このコメントに返信
つまり転売厨=百姓
51.名無しさん:2017年08月11日 11:10 ID:Sf0Qwi0K0▼このコメントに返信
天下泰平の江戸時代の兵農分離までは農民も武器を取りいくさに参戦してたからなぁ
地方の豪農や寺の坊主も武装勢力だったしな
52.名無しさん:2017年08月11日 11:26 ID:Id0eFIAw0▼このコメントに返信
刀狩りも秀吉が農民に一揆を起こされるの厄介だからそのための政策だしな。
 農民って戦国武将にとって虐げるもんよりは恐れるもんだった。

農民一揆には昔から手を焼いていたし宗教絡みでも一向一揆には苦労していたし
53.名無しさん:2017年08月11日 11:29 ID:8j837MFG0▼このコメントに返信
その昔、落ち武者狩りを狩る天皇がいた(漫画脳
54.名無しさん:2017年08月11日 11:33 ID:Id0eFIAw0▼このコメントに返信
米51

信長の時代の本能寺は今みたいな寺じゃなくて要塞に近かったらしいね。
 延暦寺も僧兵が好き勝手するのに手を焼いた結果だし

米20みたいな現代の感覚で考えるのが間違いだよね。
 農村も小規模武装勢力といっていい時代だったし
55.名無しさん:2017年08月11日 11:35 ID:XYqyg1Kl0▼このコメントに返信
※2
戦のためじゃなく害獣駆除のために昔から農家には武器があるんだよ、、、、

室町時代、罪を犯したために家財没収した記録が残ってんだけど
その目録にも槍二本弓一張ってあったりするし
江戸時代には正式な軍備とは別の種子島登録あったりする、、、
56.名無しさん:2017年08月11日 11:50 ID:k9yDszoP0▼このコメントに返信
新渡戸稲造の武士道、ルース・ベネディクトの菊と刀、葉隠、五輪書あたりは勘違いしやすい種本にあげていいのかも。
57.名無しさん:2017年08月11日 11:58 ID:.DNvkzfn0▼このコメントに返信
武士と農民は、カテゴリーが違うからな
武士>農民じゃないからね
農民からすれば、戦さ場貸してやってるだけ

っで領主が勝とうが負けようが、農民の生活はほとんどからわない
生産力(兼防衛力)として必要だから
上杉だけは別、連中は領土的野心がないから、勝ったら乱取り皆殺し(そこを統治する気がないので)
それが普通だから、上杉の兵は強い(死兵化する)
58.名無しさん:2017年08月11日 12:03 ID:8uqoz.yx0▼このコメントに返信
ドラマで武将を貶めるために農民を被害者面させてるけど結構やってることはあくどいよな
59.名無しさん:2017年08月11日 12:04 ID:8uqoz.yx0▼このコメントに返信
※3
よwwうwwつwwべwwwwwww
60.名無しさん:2017年08月11日 12:18 ID:5rkD28Ul0▼このコメントに返信
そのくらい農民の役得だろ。
61.名無しさん:2017年08月11日 12:20 ID:rPU2AoO30▼このコメントに返信
※57
上杉の乱取り、略奪が誇張されて今ではすごいことになっているな。

謙信が行った多数の遠征のうち、大規模な略奪が起きたのが確認できるのは第一回関東遠征の時くらい。
この時の「上杉方」と呼ばれた兵十万のうち、謙信が実際に影響力を持って支配していた兵は八千程度。
他の九万は謙信にとって初対面の関東豪族たちが連れていた兵であり、それらが行った略奪が尾ひれがついて
上杉は義軍じゃないみたいな風潮が生まれたという皮肉。
はせ参じた関東豪族にとって謙信は非常に軍規に厳しい大将として映ったそうだけど。

ちなみに乱取りで、唯一の例は小田城で行われた人市だが、まずは捕虜の身代金を調べてから発言したほうが良い。
62.名無しさん:2017年08月11日 12:34 ID:BQkTSWPY0▼このコメントに返信
整然と退却すれば狩られることはまずないし、神君伊賀越えもてなせばあとで褒美や利権を貰える可能性がある。
63.名無しさん:2017年08月11日 12:38 ID:ba0JNTAw0▼このコメントに返信
犯し放題とかサイコーだろ
64.名無しさん:2017年08月11日 12:38 ID:eeF7UHnd0▼このコメントに返信
ここまで一領具足なし
65.名無しさん:2017年08月11日 12:39 ID:KS3PABbG0▼このコメントに返信
>戦国時代の日本の農民は戦場で刀や鎧兜をガメって高く転売してたからな
と、バガボンドと言うマンガに書いてあった
まあ、小説にもあるけど
明確な文献でのソースってあるんだろうか
66.名無しさん:2017年08月11日 12:44 ID:c2WnJNqc0▼このコメントに返信
うちの蔵の地下室にも
槍あったがそれか
何故か妖怪刺さってたが
67.名無しさん:2017年08月11日 12:45 ID:UHeb8goh0▼このコメントに返信
ワイの田舎の農民、関ヶ原の合戦に参加する大名の募兵に対し『大阪とか京を見物できるから』という理由で定員の二倍が集まる。
関ヶ原に行く途中に後詰めとして配備されるも、戦場近くまで移動して戦を見ながら弁当食って、旗色悪くなると大阪まで戻って無事、故郷に帰ってきた模様。
68.名無しさん:2017年08月11日 12:54 ID:Ifj.v3vr0▼このコメントに返信
関ヶ原で豊臣方。
領地まで逃げ帰り、刀を捨ててやがて北前船の船主で大儲け。
69.コロンブス:2017年08月11日 12:59 ID:LD.0f1Wv0▼このコメントに返信
※42
支那朝鮮の話が元ネタ。w

それが事実なら、隣の県と今でも闘争が絶えないだろう。
70.名無しさん:2017年08月11日 13:02 ID:L5wDEF4V0▼このコメントに返信
キリスト教徒さんも必死やなw
71.名無しさん:2017年08月11日 13:08 ID:41usqf.D0▼このコメントに返信
戦国の日本人は首かり族だからな、合戦で取った生首を報酬貰う前によく見せるために洗ったり化粧したりするのが女房や娘や子供の仕事だったりするからな。落武者狩りなぞ平気だろ。
72.名無しさん:2017年08月11日 13:12 ID:Id0eFIAw0▼このコメントに返信
米70

当時にキリスト教に染まらなかった数少ない国だから日本叩きたくて必死なんだよ。

73.名無しさん:2017年08月11日 13:18 ID:yzF0G9.A0▼このコメントに返信
乱取り、、コインランドリーの語源か
74.名無しさん:2017年08月11日 13:28 ID:yzF0G9.A0▼このコメントに返信
乱取りはいつでもどこでもあったとは思えないな
乱取りが乱発されてたらその地域は荒廃するだろうし
75.名無しさん:2017年08月11日 13:29 ID:yzF0G9.A0▼このコメントに返信
中国はたとえば後漢末期は結構ひどかったから人口分布や戸籍数激減みたいなことになったんじゃないかと思う
76.名無しさん:2017年08月11日 13:43 ID:Id0eFIAw0▼このコメントに返信
米74

毎年一年中戦してたわけでもないしな。田植えと収穫時期は戦を避ける場合は多かった。
 その地域の武将だって戦にいくには一定数以上の食糧備蓄や金は飛んでいくわけだからね。

兵農分離する前には特に田植えと収穫時期は大事な時期だしそれを大名は無視できないわけだから
77.名無しさん:2017年08月11日 14:15 ID:c.uhyai80▼このコメントに返信
謙信は8月に出陣し関東を荒らしまわり略奪し11月に帰る
『東国武将たちの戦国史』の著者が「8月の侵略者」と名づけてたのは笑った
聖将とか義将とか笑わせる
国内の不満の目を外に向けるために関東に行くが
行ったら行ったで不満が出るから
また次の出兵が必要になるという悪循環になっていったと
今川・武田・上杉・北条と、どいつもこいつも
発展する上で八方塞がりでどうにもならなかったのは笑ったわ
78.名無しさん:2017年08月11日 14:23 ID:c.uhyai80▼このコメントに返信
※31
長束正家だか西軍武将の美人の奥さんが攻めてきた寄せ手に
回されて殺されたり
佐和山城の女中も犯され辱めを受けるくらいなら自分で死ぬと
みんな崖から飛び降りて死んだり(女郎谷)
戦争に翻弄される女性は沖縄戦となんら変わらん
79.名無しさん:2017年08月11日 14:38 ID:HH0kcoo40▼このコメントに返信
なぜ転売という単語を使った?意味違うよね。
「戦国時代の日本の農民は戦場で刀や鎧兜をガメって高く売りさばいてたからな」
これで良くない?今のご時世だと、転売を容認したい(させたい)意図を感じて気持ち悪い
80.名無しさん:2017年08月11日 14:44 ID:AxrIVsza0▼このコメントに返信
農民「拾った刀ですが、
使用頻度は少ないと思われます
今でしたら脇差しもお付けします
数カ所錆び、刃こぼれ、血痕あります
ノークレームノーリターンでお願いします」
出品ポチー
81.名無しさん:2017年08月11日 14:45 ID:8uqoz.yx0▼このコメントに返信
※61
新田方の記録には最初は謙信がくるって聞いて従うつもりだったけど上杉兵が略奪初めて激おこになったって書いてあるけど
82.名無しさん:2017年08月11日 14:46 ID:.li.GDoW0▼このコメントに返信
※76
いまだにこんな説を信じてる人がいるんだよな
実際には季節ではなく外交情勢を判断して、田植え稲刈り関係なく戦争やってるよ。そんでそういう農業従事者を無理やり徴発して戦争に連れて行ってるわけでもない。「兵農分離」は信長の専売特許ではないんだよ

そりゃあ例外はあるけどさ
83.名無しさん:2017年08月11日 15:14 ID:f2a0wSbA0▼このコメントに返信
乱妨禁止の約束を取り付ける事務文書が多く残ってるってことはつまり侵攻軍との交渉が上手く行かなければ略奪とかされるのが当然だったってことだし
上に太平記の例があるように史料や軍記の類でも落ち武者狩りとかの話は普通にあるから
まあ身分の上下問わず戦争で失敗した奴が嬲られるのはよくあることだったのは間違いない
地域や一族・職業とかの集団の武力の裏付けが無ければ人権なんて与えられない世界だしな
84.コロンブス:2017年08月11日 15:43 ID:LD.0f1Wv0▼このコメントに返信
質問
支那朝鮮はどうだったのw

書き込みは日本人限定。
85.名無しさん:2017年08月11日 16:00 ID:VmhpQrjO0▼このコメントに返信
※82
北朝鮮は今でもやってるよ
田植えは全軍をあげて人力でやるから、6月に軍事行動はしない。
86.名無しさん:2017年08月11日 16:01 ID:wq6XKlZr0▼このコメントに返信
実際にバガボンドの小次郎変での、関ヶ原の落ち武者狩りみたいな感じなんやろね
87.名無しさん:2017年08月11日 16:08 ID:KDe6oHHB0▼このコメントに返信
※82
信長のは兵農分離というよりは傭兵の大規模雇入れだけども
昔の教科書だと兵農分離と書いてるね

※76のは「避ける事が多かった」
実際に避ける事は多かったよ、攻める場合はその時期を狙う場合がおおいけど、
その理由は人が集めづらいからだし
冷害や不作で田畑の収量が見込めない場合は農繁期でもヒマになる
最初から田畑の収量が見込めない山間部とかは、人を売ったほうが金になるのでそうする
よって戦争をする
農繁期でも戦をする事はあるが、それは状況によりけりで、例年通りならやはり避けがちになる
88.名無しさん:2017年08月11日 16:13 ID:4uz.NyyE0▼このコメントに返信
信長が革新的だったってことにするとそれ以外も革新的だったってことになって
信長以前を旧態依然とすると信長も旧態依然になるってかんじみたい
89.名無しさん:2017年08月11日 16:20 ID:4uz.NyyE0▼このコメントに返信
途中送信しちゃった
要は織田軍は大規模・有名だから研究が進みやすかったってのが大きくて構成としてはごく一般的な武士の軍隊ってのが最近言われるな
当主直属の軍と重臣や国人等の軍の混成で、前者にも後者にも武士と下級兵士・常備兵的な連中と臨時雇いの連中と両方いる
もちろん他の大名も細かい違いはあれど基本は一緒
90.名無しさん:2017年08月11日 16:23 ID:5L8U3r2w0▼このコメントに返信
なんだこの馬鹿スレ
情報ソースが映画に小説に漫画なのに信じちゃいかんだろ
たまげたなぁ
91.名無しさん:2017年08月11日 16:23 ID:KDe6oHHB0▼このコメントに返信
※88
信長がやっていたことの多くは他所の大名でやっていたことが多い
楽市楽座も元々は今川で行われた事のようだね
信長の場合、どんな相手であれ、良いと思ったことはどんどん取り入れる所と、
それを実現するだけ金が稼げる領地だったのが凄かったのかね

まぁ親族に対して甘い所が仇になって親族関係のゴダゴタでかなり苦労したし、
そもそも織田家を継いだ時点で面倒くさい事になってたし、家の格でも微妙な立ち位置だったのを上手く立ち回ったし、
敗戦必死の桶狭間なんで修羅場を切り抜けたりしたから、やはり相当な人物だったと思うけど
92.名無しさん:2017年08月11日 16:35 ID:90oPpn7M0▼このコメントに返信
八つ墓村の映画で見た
93.名無しさん:2017年08月11日 16:36 ID:XYqyg1Kl0▼このコメントに返信
※87
当時の戦の補給って、現地での収奪計算してるからね、、、
麦の実り(春)かコメの実り(秋)まって戦が始まるってのが普通
川中島の合戦なんて5回ともぴったりはまってるし、けっこう収穫期外した戦争ってはものすごく少なかったりする、、、

つか、一年中いつでも戦おきた、って言う人から収穫期外した具体例(戦)があんまりでてこないのは
そういうのは小戦ばかりで大軍派遣する戦なかったからなんじゃないかなぁ、と自分は思う、、、

つか農閑期のボーナス目当ての貧農兵なら
ますます収穫期ずらした(略奪物が少ない)戦は参加しないのじゃないのかねぇ、、、
94.名無しさん:2017年08月11日 16:48 ID:.li.GDoW0▼このコメントに返信
※87
>実際に避ける事は多かったよ、攻める場合はその時期を狙う場合がおおいけど

この一文でもう完全に破綻してるじゃん
戦争を仕掛けるのは常に攻める側なんだから、かりに攻め手が敵の動きづらい農繁期を狙っているのなら、防衛側の出動も当然それに合わせて農繁期に増えないとおかしい。逆に攻め手が農繁期を避けるなら守り手も農繁期は戦争やらずに済む。農繁期に戦争を避けるのはじゃあ、いったい誰?

実際には、足軽や雑兵は常時雇用型にせよ臨時雇いにせよ大名の懐にある金銭や米麦で給与が支払われるわけで、農村の労働力を無償で提供させるということは原則やらない。秀吉に攻められたときの北条なんかでそういう例はあるけどね。この場合だって戦力としてはちゃんと雇用された兵力を用いる腹積もりで、ただ重要拠点に戦力集中させるために手薄になってしまう地域の簡単な警戒や治安維持にあてるための農村徴発であって、こういう農民にちゃんとした装備を割り当てて戦力と見做していたわけではない

かりに軍事出動が農繁期に明らかに回数が落ちるってことは、つまり戦国大名は冬の間しか戦争やってないってことでしょ。そして春になれば撤退して農作業に励むと。少なくとも中世日本ではそんなおかしな事態にはなってないよ。弥生時代とかまで遡ったら分からんけど

信長が兵農分離を進めてたという誤解は、信長が周囲敵だらけで年がら年中どこかしらで戦争をやってたため、その被害で農村からあぶれた連中(雑兵の供給源)が途切れにくかったから、一見すると常に大部隊の常備兵力を備えているように見えたため。農村の生活が安定してくれば臨時雇用型兵力の供給は少なくなる傾向にあるのは事実だけど、それは季節とは関係ない
95.コロンブス:2017年08月11日 17:15 ID:LD.0f1Wv0▼このコメントに返信
質問
支那朝鮮はどうだったのw

書き込みは日本人限定。

6.4天安門大虐殺について書き込もう。
96.名無しさん:2017年08月11日 17:33 ID:oJzb.z.T0▼このコメントに返信
※94
ケースバイケースって言葉を知らんの? 貴方の言うようにある程度の法則性はあるけど、絶対ではない訳で。
てか自分でも書いてるじゃん。原則やらない。秀吉に攻められたときの北条なんかでそういう例はあるけどねって。
97.名無しさん:2017年08月11日 18:12 ID:.li.GDoW0▼このコメントに返信
※96
だーから、農繁期に戦争を避けた原則なんて存在しないって言ってるの。ケースバイケースじゃないんだよ

それを言うなら農閑期であるはずの冬こそ戦争を避けてるよ。戦役が長引いて真冬に合戦や城攻めが行われることもあるけれど、真冬に軍事作戦を開始したって例は、大規模なものに関しては少ない。自分のコメントは※76や※87の言っていることは違うという主張ですがな。前提条件が間違っている場合と、前提はそれでいいけど例外もあるよってのは、話が全然違う
98.名無しさん:2017年08月11日 18:20 ID:msga6PS20▼このコメントに返信
やっぱり日本人は野蛮!ヒデヨシや日帝支配の姿がみえる!
99.名無しさん:2017年08月11日 18:30 ID:rFZ7Y4X90▼このコメントに返信
チュウカンペーのゲス、薄給バイト忙しいのーwwww
100.名無しさん:2017年08月11日 19:00 ID:SXmRaiHa0▼このコメントに返信
※69
大坂の陣後の略奪は徳川方の黒田家が大坂の陣の出来事を記録するために制作した陣図屏風に生々しく描かれてる

大坂の陣での敗残兵や避難民と、それを略奪・誘拐・首狩りしようとする徳川方の兵士や野盗の描写が生々しく描かれており、「戦国のゲルニカ」とも呼ばれてるから

というか、キリシタン大名が国外に日本人を奴隷として売ってたけど、キリシタン大名じゃなくても当時は戦で捕らえた人間を奴隷として日本国内で売買するのは当たり前だったし、日本人から戦国の荒々しい気風が完全に抜けるのは綱吉の時代になってからだろうな
101.名無しさん:2017年08月11日 19:07 ID:XYqyg1Kl0▼このコメントに返信
※97
でも農繁期に積極的に大戦がおきたわけじゃないでしょ、、、
だいたい初夏か秋、収穫期後に戦は始まってるわけで
だから5月か8月という開戦が集中する時期が存在するのは否定しないよね??

それなら「農繁期に戦争を避けた原則」ってのは当時は存在した(自分は補給面からの推測だけど)としか、、、
当時は内政も戦争の一部なんだしねぇ、、、

まぁ奇襲効果を狙って一般的な時期を避けて開戦、てなのは否定しないけどねぇ、、、
逆に5月や8月開戦を積極的に避けた武将っているのかな、、、自分は不勉強で知らないけど、、、
102.名無しさん:2017年08月11日 19:21 ID:.li.GDoW0▼このコメントに返信
※101
言うほど5月と8月に集中する?
そんなに詳しく調べてるわけじゃないけど、というか自分の想定しているのって戦国時代も後期のほうだから(話題が信長なので)、戦役そのものがかなり長期にわたる傾向が強くなってきてるし、それに対応できる補給体制や経済力を備えているんで、5月と8月に開戦時期が集中していたという認識があんまりないんだけど

少なくとも気候的に冬は動きづらいし、冬季作戦が前提となる時期の出兵は少ない。そんでも武田信玄の徳川攻め(三方が原の戦い)は十月出兵だったり、逆に信長の甲州征伐は2月だったり。秀吉の九州や小田原攻めは3月初頭だったかね。そんで家康が関ケ原前夜の上杉攻めに出発したのが6月?(うろ覚えなのでけっこう間違ってたらごめん)

5月と8月を「避けた」っていうより、そういうのにあまり頓着せずに外交情勢に左右されてたと言うのが自分の意見だが。出征先での兵粮調達も略奪ばかりではなくむしろ商人からの購入が普通に行われていたし、それを睨んで商人も在庫を確保してたとも言うし。そんで雑兵はその辺に生えている食えそうな芋とかを積極的に掘り起こしていたと。まぁだから真冬以外だったらわりといろんな時期に対応できてたと思うよ

本当に5月と8月を狙って作戦やってる例が多いのであれば、認識を改めるのでぜひご教授いただきたい。行軍や対陣の時期を考えるのに食い物のことは考えないハズがないので、開戦時期がズレても結局同じ時期に作戦の主要な期間が集中するというのはあり得る話だと思う
103.名無しさん:2017年08月11日 19:35 ID:4uz.NyyE0▼このコメントに返信
補給や略奪のスムーズさを考慮して開戦時は全く季節を気にしないってことはない
でもすぐに終わらなければ結局半年とか年単位での駐屯や警戒が必要になってくるし実際にそれが出来てる例は多い(もちろん信長以外・以前も)から
農業しなきゃいけないから戦えませーん><っとはならない(=一時生産者をそのまま生産に支障が出るほど動員してるケースは少ない)
こんなところじゃ無いのか?
104.名無しさん:2017年08月11日 19:50 ID:.li.GDoW0▼このコメントに返信
※103
うん、ほぼ完全に同意です
105.名無しさん:2017年08月11日 21:33 ID:XYqyg1Kl0▼このコメントに返信
※102
5月8月ってのは収穫が終わった後の農閑期に戦始めてるってことで
暦カレンダーに従って戦争してたなんて主張じゃないですよ
あくまで、農繁期は戦を避ける、って事象についてな話なわけで、、、

でも信長に限ってみても、、、
本願寺征伐の場合、第一次石山合戦に本願寺が出兵したのが元亀元年9月12日(コメの収穫後)
天皇宣下で休戦後信長が長島城攻め(第一次)したのが元亀2年5月12日(麦収穫後)
第二次は天正元年9月24日、第三次は天正2年6月23日、、、
基本的に収穫後出陣してます、つまり国内の一揆征伐ですら農繁期を避けて出兵しているんです、、、
農民相手なら忙しい農繁期に城攻めたほうがいいですよね??

つかあなたの主張のキモは「農繁期でも大戦が起こる」ってな話なので
冬(10月や2月)や初夏(6月)の出陣は(それは農閑期なので)ぜんぜん証拠になってないような気がしますが、、、
106.名無しさん:2017年08月12日 03:00 ID:deVQi0Vx0▼このコメントに返信
武装農民が狙撃兵要員になってる藩すら有ったからな。
そいつらが一揆起こすと制圧困難だから、大筒に大仰角掛けられる改造を施した事実上の高角砲が1725年に高遠藩によって作られたりしてる。
狙うのは気球じゃなくて、山のてっぺんに造られた一揆側の砦なんだけどね。
107.名無しさん:2017年08月12日 04:19 ID:tVbCQZoe0▼このコメントに返信
※25
うーん、略奪婚(物理的)とかご存じない?
どっちかというと結婚強要みたいなもんなんですが。
そして村内の序列とかが影響してくるので、平等なんかじゃありませんよ?
108.名無しさん:2017年08月12日 05:38 ID:hROmetDE0▼このコメントに返信
とは言っても、雑兵の武器なんて竹やりに毛が生えた程度だし、
余程の高級武将の装備じゃないと纏めていくらだけどな。
武将が村単位の人間より率いる人数を減らして撤退って状況が
早々起きることではないから。
109.名無しさん:2017年08月12日 05:44 ID:hROmetDE0▼このコメントに返信
つか、当時の農民にだけは成りたくねーわ。
毎年のように飢饉で重税収めて食料不足。
仕方なしに領主に賦役と称して隣の領土まで略奪に駆り出される。
飢え死にするか強盗殺人して生き残るかだぞ。
110.名無しさん:2017年08月12日 09:34 ID:MfKwa1yw0▼このコメントに返信
名作7人の侍でも、落ち武者狩りの戦利品あったし
「勝ったのはあの百姓たちだ、儂たちではない」と〆てたしね。

逞しくしたたかじゃないと、戦国の世は生き残れない。
111.名無しさん:2017年08月12日 10:59 ID:qtAvecbu0▼このコメントに返信
※105
いやそちらさんが5月8月に開戦時期が集中してると言っているんで、当時かなり大規模な軍事行動がそうじゃない時期に発生してるよって例を挙げてるんじゃない。そんで、そういう大規模な軍事行動がわずか1か月足らずで終焉すると言う予測を当時の大名たちが立てていたと思うの? 無理でしょ。実際には何か月もの作戦になるしそれを通じて雑兵たちを常に前線に貼り付けておくわけで、農繁期にダダ被りな時期にも戦争やるし、動きづらい冬にだって必要とあらば出兵する。

>あなたの主張のキモは「農繁期でも大戦が起こる」ってな話なので
ここは誤解だよ。その前の議論において、兵農分離が出来ていないゆえに農繁期は出兵を避ける傾向があった(そして信長はそれを克服できていたので強かった)という主張があったでしょ。それに対して、戦国大名は農作業の生活サイクルに配慮してるとは思わないと言っているワケ。その理由は、兵役従事者は農作業従事者とは別に募集されているので、そもそも農作業に配慮する義理はない、ということ

そのうえで貴方の言うように、兵粮調達の観点などから特定の季節や時期に作戦の主要期間が比較的集まる傾向にあるだろうという予測は否定しませんよ。でも実際に主要な合戦を並べて、その出兵時期と作戦の期間を見てみたらどうかな。農繁期だってかまわず戦争やってる例があるのはあなたも否定しないと思うけど、頻度において有意な差が見られるというのを教えて欲しい。軍事作戦においては農作業のサイクルよりも、あくまで外交情勢の方が重要な要素だというのが自分の主張ですよ。自称農民出身者だという秀吉が、島津攻めも北条攻めも唐入りも3月に出陣してその後何か月も延々と活動させているのは、農繁期とは被らないの? 全国から何十万もの大軍団を動員するのに
112.名無しさん:2017年08月12日 20:42 ID:cYHku63k0▼このコメントに返信
※109
毎年、春窮の朝鮮とは違うぞ
税もあまり絞ると農民が逃散したり一揆起したり、戦力減になるから苛斂誅求の話も少ないし
戦国時代を通じて人口自体も減っていない
17世紀の欧州、30年戦争のように人口の1/3がなくなるなんて事もない
113.名無しさん:2017年08月12日 22:30 ID:S5.N4.or0▼このコメントに返信

 将棋だって駒を再利用じゃん

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