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2017年03月21日 03:05

歴史専門家に聞きたいんだが、今ニュースになってる「聖徳太子」「鎖国」って何が間違ってるの?

歴史専門家に聞きたいんだが、今ニュースになってる「聖徳太子」「鎖国」って何が間違ってるの?

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引用元:歴史専門家に聞きたいんだが、今ニュースになってる「聖徳太子」「鎖国」って何が間違ってるの? [無断転載禁止]©2ch.net
http://vipper.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1490006110/

1: 2017/03/20(月) 19:35:10.004 ID:oi7uPwpFM
アホでもわかるようにやさしく説明してくれ

2: 2017/03/20(月) 19:35:56.875 ID:1SpOaf0N0
聖徳太子って知ってる?

4: 2017/03/20(月) 19:36:54.058 ID:d1gHH2fJa
>>2
聖徳太子知ってるって当たり前じゃないかそんなこと!!!何馬鹿なこと言ってるんだ君は!!

7: 2017/03/20(月) 19:38:14.513 ID:oi7uPwpFM
>>2
たくさんの人の言うことを同時に聞けたとか、そういうのは知ってる

6: 2017/03/20(月) 19:37:17.429 ID:+yKFaYKt0
琉球あんじゃん?江戸時代に琉球は薩摩藩が支配していたのね。その薩摩藩が勝手に中国とかと貿易してたのよ。だから事実上は鎖国ではない。

9: 2017/03/20(月) 19:39:23.065 ID:oi7uPwpFM
>>6
それって出島的なやつ?
例外の範囲内では?

10: 2017/03/20(月) 19:39:59.541 ID:+yKFaYKt0
>>9
出島は幕府公認。薩摩藩が勝手に交易してた。

12: 2017/03/20(月) 19:42:29.864 ID:oi7uPwpFM
>>10
俺がアホなだけかもしれんが、薩摩だけ交易してたってだけで徳川政権下で交易禁止なら実質「鎖国」で問題ないのでは?

17: 2017/03/20(月) 19:44:51.064 ID:+yKFaYKt0
>>12
誤爆。せやで。そう言ってる専門家とかからクレームがきたから中止になったで
http://www.asahi.com/sp/articles/ASK3L72LNK3LUTIL026.html

20: 2017/03/20(月) 19:45:55.275 ID:oi7uPwpFM
>>17
じゃあ結局今までの教育で問題ないってことか

21: 2017/03/20(月) 19:47:03.718 ID:+yKFaYKt0
>>20
そう。聖徳太子の件も無しになった。

11: 2017/03/20(月) 19:41:25.668 ID:tFgvniaI0
今名前使わないようにしようぜってやってるのはアレよ

当時の呼び方で覚えるようにしようぜって話だろ

13: 2017/03/20(月) 19:43:01.176 ID:gYU8dsrkK
鎖国って言葉が明治以降にできた言葉だとかなんとか

15: 2017/03/20(月) 19:44:06.857 ID:oi7uPwpFM
>>13
まあ言葉の問題だが、国家として交易を禁止してるなら鎖国で差し支えないんじゃない?

19: 2017/03/20(月) 19:45:36.023 ID:4kjT/Z78d
従来考えられた鎖国はまったく貿易しない閉鎖的な という意味
研究が進むにつれ(つか最初から分かってたが)ある程度貿易してたことが分かった

22: 2017/03/20(月) 19:47:23.525 ID:oi7uPwpFM
>>19
つっても「例外的に」交易が行われてたってだけなら、わかりやすく「鎖国」でいいと思うんだよなあ
あまりこだわる必要性を感じない

26: 2017/03/20(月) 19:50:07.331 ID:+yKFaYKt0
聖徳太子はいたと思うよ。晩年はイマイチだけど

29: 2017/03/20(月) 19:51:47.960 ID:oi7uPwpFM
>>26
「聖徳太子」は存在したけど、通名が違うってこと?

31: 2017/03/20(月) 19:53:16.106 ID:+yKFaYKt0
>>29
うん。厩戸王かもしれないし全然違うものかもしれない。ただ考慮にいれなきゃいけないのは聖徳太子は皇太子だったっていうこと。天皇家がらみの事は教科書に書きづらいから永遠に真実はわからないよ。

35: 2017/03/20(月) 19:54:58.889 ID:oi7uPwpFM
>>31
なるほどなあ

30: 2017/03/20(月) 19:53:06.856 ID:/1i/xipGx
聖徳太子は役職かなんかの名前で何人かいたって聞いたよ

34: 2017/03/20(月) 19:54:43.599 ID:QicJ5bSa0
数年間覚えろ覚えろって刷り込まれる様に教えて貰って、「嘘でした」はねーよなー

39: 2017/03/20(月) 19:56:39.282 ID:oi7uPwpFM
まとめると

聖徳太子→通名は違うけど存在はしたから教育内容そのままで問題ない

鎖国→例外はあるけど全体としては今まで通りだから変更の必要なし

こんな感じか

44: 2017/03/20(月) 19:59:14.127 ID:oi7uPwpFM
なんか元に戻した人たちが悪人扱いさるてるが、別にそんなことないように思えるな

45: 2017/03/20(月) 19:59:30.897 ID:TlSpW7vVa
もともと歴史なんてこう言われているということの集合体だから

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2017年03月21日 03:17 ID:.ocT3bzq0▼このコメントに返信
「信長様」とか呼ばれてなかったとかゴチャゴチャ言い出したらキリがないわな
別人だのなんだのといった極端な齟齬が無いなら大した問題じゃないし
共通認識が持てる名前がいいだろう
2.名無しさん:2017年03月21日 03:18 ID:hNSJtUV30▼このコメントに返信
厩戸皇子の「厩戸」って地名も豪族の名も同時代に見当たらないので謎の人物であることは確かなんだなぁ。
3.名無しさん:2017年03月21日 03:23 ID:rSSVnKrW0▼このコメントに返信
天皇と同じでおくり名だろ。
当時はそう呼ばれてなかったとか言い出したら、当時の天皇は全員、今上天皇だろうが。
元寇に至っては、寇という字が侵略を受けたという自国中心に物事を見る語句になるからやめるとかいう意味不明な理由だぞ。
どんな奴が音頭取ってるのかわかりやすすぎる。
4.名無しさん:2017年03月21日 03:23 ID:4ZCcnYeK0▼このコメントに返信
厄介なのが名前とか用語を後世の人がつけたんで実態とあんまり合って無い事がある
鎌倉幕府はて江戸時代の学者があれは幕府だと言い出した
だから鎌倉幕府はいつ開かれたか?ってそんなもん開いた当人たちでさえわからんよw
5.名無しさん:2017年03月21日 03:25 ID:joDJjTRg0▼このコメントに返信
オランダと清に対しては幕府が独占貿易
朝鮮は対馬を、琉球は薩摩を通した間接的な貿易で通信使や慶賀使の交流もあった

この状況を「原則として国を閉ざしていた」とみるか、「限定的ながらも国交・貿易を行っていた」ことを強調するか、のどちらの立場をとるかだ
幕府の対外政策を「鎖国」という一語で済ませるのはちょっと乱暴
6.名無しさん:2017年03月21日 03:26 ID:auy9e7yU0▼このコメントに返信
こういう輩に好きにさせてたらそのうち徳川家康も居なかったってことにされるだろうな
7.名無しさん:2017年03月21日 03:29 ID:1S9fhpFJ0▼このコメントに返信
ロシアとも朝鮮とも中国ともオランダとも実質交易しているなかで、従来の意味で、どことも交易してないですよという鎖国を載せるのはおかしいでしょって話だったんだよな。
8.名無しさん:2017年03月21日 03:30 ID:lcjIfEi.0▼このコメントに返信
歴史教育と歴史学を混同した一部の学者が出しゃばって、文科省の天下り役人が学者、というより再就職先の大学に媚びを売った結果が今回の騒動の真相だよ
政治家が文科省の役人を叱り飛ばして天下りをマスコミにリークし始めたから役人がヒヨって、再修正が加えられたって訳
ジャーナリズムは知能低下が著しいからここら辺の事情を取材すらしてないけど、本当にド低能の極左活動家って馬鹿だなマスゴミさんw

9.名無しさん:2017年03月21日 03:31 ID:A0tdN1ca0▼このコメントに返信
聖徳太子の功績ってことになってる十七条の憲法も、昔から別人が作った説があって最近じゃ藤原不比等じゃね?とも言われてるよな
だいたい厩で生まれたってイエス・キリストかっちゅーねん
10.名無しさん:2017年03月21日 03:31 ID:pq0y.fnQ0▼このコメントに返信
この件に関しては専門家のマウンティング争いか何かの既得権益のにおいがするけど
本当に今まで教えてた教育に誤りあるなら修正しなきゃね
ティラノサウルスの歩行姿勢みたいに
11.名無しさん:2017年03月21日 03:34 ID:joDJjTRg0▼このコメントに返信
江戸幕府が採用していた外交・貿易政策について、「鎖国」という言葉を用いずに50文字以内で説明せよ。(8点)
12.名無しさん:2017年03月21日 03:34 ID:.qQX2E.N0▼このコメントに返信
重商主義ともいえない良くわからない経済政策
13.名無しさん:2017年03月21日 03:37 ID:.Y4EfKXm0▼このコメントに返信
鎖国って表現は外国が「日本は鎖で封鎖されたような国だ」みたいな表現使って
明治以降にその対訳で「鎖国」って言葉作っちゃった経緯があるから
「日本に「鎖国」という制度があったのだ」って言い切るのはちょっと難しいのよ。

聖徳太子に関しては本人が別にそう呼ばれてなくて、後日の筆者が「聖徳太子」だと呼んじゃったケースなので
やはりこちらも歴史を誠実に紐解くと「本人自体は別に聖徳太子とは呼ばれてなかった」としか言いようがないってのもある。
更にあれこれ聖徳太子の話は盛られちゃってるからね
14.名無しさん:2017年03月21日 03:39 ID:ToVVgrT10▼このコメントに返信
左がかった歴史学者が自分サイドのイデオロギーのフレーバーを効かせた用語を作ったり、
自分の史観に沿った用語を無理くり見つけてきたりして
執拗に「正しい表記」に置き換えたがるのってホントいい加減にしろと
もう一度読む山川日本史とか見ると注釈だらけになってるぞ
15.名無しさん:2017年03月21日 03:39 ID:.mhh6.Hi0▼このコメントに返信
※3
元号が諡号になったのは明治から
16.名無しさん:2017年03月21日 03:46 ID:In8K58Av0▼このコメントに返信
「鎖国」というのは外国人が言い出したことで、日本人は鎖国なんて全く思ってなかった
いわゆる「鎖国のせいで日本は海外から送れた」なんてのは大嘘で、海外の情報も技術も
日本にはどんどん入ってきていた
にも関わらず、幕末の役人は鎖国という言葉を知ると
「なんか知らんけど鎖国?してるみたいなんで俺ら、開国とかできませーん!」と言い出す

言葉だけをみて中身を理解しないアホが、江戸時代から現代までずっといるわけ
17.名無しさん:2017年03月21日 03:54 ID:1rYs73lr0▼このコメントに返信
要はお前ら勝手に外国と貿易したり渡海したりすんなよ←この状態を適当な熟語を作って表せ
A.鎖国
という言葉に定着しただけだろ

わざわざ新しい語句を作る意味ないし、二次熟語より長い説明文とか面倒くさいだけ

聖徳太子は諡を学べ
18.名無しさん:2017年03月21日 03:55 ID:joDJjTRg0▼このコメントに返信
※17
海禁政策という便利な言葉が既にある
19.名無しさん:2017年03月21日 03:59 ID:dJk.oJS90▼このコメントに返信
いいかげん我が国主体の歴史作ろうぜ
20.名無しさん:2017年03月21日 03:59 ID:Wg61D8QF0▼このコメントに返信
要は細かいこと気にして教育現場に負担かけんじゃねーよ
ゴミ学者が
って話でしょ
21.名無しさん:2017年03月21日 04:02 ID:1WU8J3Hc0▼このコメントに返信
過去の歴史を美化したり今の時代には都合悪いからとかで内容変えたりって事は
大昔からやってきた事だろ?今始まった事じゃないぜ。
古文書だって空想記かもしれんし歴史の真実なんて誰にもわからんよ。
22.名無しさん:2017年03月21日 04:03 ID:crI7CXCs0▼このコメントに返信
正直、今の歴史教育は正確さの欠片もない記録もあやふやな古代を一生懸命教えているが、
日本の将来を考えるなら、間違いのない事実が判ってる近代から遡るように教えるべき。
今の世の中に一番関係が深い近代史が受験シーズンに当たって全く勉強されていない現状は大問題。
23.名無しさん:2017年03月21日 04:09 ID:joDJjTRg0▼このコメントに返信
※22
間違いのない事実?70年そこらしか経ってない戦争についてすら所説入り乱れてるのに?
24.名無しさん:2017年03月21日 04:15 ID:MONB7xg70▼このコメントに返信
歴史学なんて修正の繰り返しなのに特定の分野に関して言及したら修正主義者と罵倒される
25.名無しさん:2017年03月21日 04:16 ID:rNcsOUsb0▼このコメントに返信
>もともと歴史なんてこう言われているということの集合体だから

んなことねーよw
交易したのかしなかったのか
誰が誰の子で血縁関係はどうなってるのか
どこと戦争して、どこが勝って、だれがいつ建国したのか
歴史というのはまず真実があってそれが言伝になるのであり、言伝が先にあって歴史になるということではない
26.名無しさん:2017年03月21日 04:18 ID:1zLu2yb80▼このコメントに返信
海禁政策って中国のイメージだなー
日本は鎖国
フランスは大陸封鎖令
27.名無しさん:2017年03月21日 04:19 ID:lq.37XTF0▼このコメントに返信
聖徳太子(せいとくたこ)

学年ビリの落ちこぼれだったが、ガチって1年で慶應大学に現役合格した偉人。彼女の活躍を記した歴史的資料によるとかなりかわいいもよう。
28.名無しさん:2017年03月21日 04:25 ID:vIwmGHSi0▼このコメントに返信
ロシア大使ラクスマンが根室に来た時に松平定信は長崎に出直せと言ったらしいし、次のレザノフが長崎に来たら祖法を盾に追い返したし日本人が鎖国と呼ばなかったのは確かでも長崎貿易を清蘭とだけの物にしていたのは確かだしそれを同時代の西欧人が鎖国と呼んでいたならそれで良いとおもうけどね。
29.名無しさん:2017年03月21日 04:36 ID:5rLFHS000▼このコメントに返信
学会の主流派が変わったんだろ。
30.名無しさん:2017年03月21日 04:45 ID:dGeAh8lI0▼このコメントに返信
真実がハッキリしない以上、いくらでも解釈は可能で新説を唱えても肯定も否定も出来ない。
恐竜の真の姿をいくら予想図を出してもそこに明確な正解はない。
31.名無しさん:2017年03月21日 04:45 ID:EU81wKix0▼このコメントに返信
反日教育学会の仕業です。
32.名無しさん:2017年03月21日 04:49 ID:wNeDgRi70▼このコメントに返信
この辺の変更は中国の工作が入ってる
今回ほとんど覆ったがちゃっかり元寇(モンゴルの襲来)となっていて、奴らが主張するれきうぃをぶった切る元をこの点に関して
中国ではなくモンゴルのせいと言ってる
33.名無しさん:2017年03月21日 04:52 ID:Yi974r8D0▼このコメントに返信
聖徳太子と呼ばれた人物は存在しなかった
モデルになったのが「厩戸皇子(うまやどのおうじ)」
聖徳太子は色々と法律を作ったとされているが、実は色んな政治家がそれぞれ法律を作った
それを聖徳太子に『集約』しちゃったのよ
ぶっちゃけ、冠位十二階とか聖徳太子(厩戸皇子)は作ってないのよ

つまり、色んな法律を作った偉人「聖徳太子」は後世の創作なわけなのよ
じゃあ嘘教えるわけにはいかないよねってことで「厩戸皇子」になったわけ
34.名無しさん:2017年03月21日 04:53 ID:Yi974r8D0▼このコメントに返信
※33
すまん、厩戸皇子は冠位十二階を作ってた
それ以外は別の人が作ったもの
逆で覚えてたすまん
35.名無しさん:2017年03月21日 04:54 ID:r9rN4mor0▼このコメントに返信
※9
厩戸なんで、厩の隣の部屋生まれなんだってさ。
俺も初めてこの名前と逸話聞いた時は、キリストかよって笑ったわ。シルクロード通ってきた話と混ぜたのかって。
36.名無しさん:2017年03月21日 04:57 ID:xDi6M6ZG0▼このコメントに返信
倭寇(なりすまし)は特記事項なんだがなあ。
37.名無しさん:2017年03月21日 05:00 ID:xDi6M6ZG0▼このコメントに返信
歴代天皇の名前も全部死後おくられるものだが、歴史学会とやらでは天皇は存在しなかったことになってんのかね。
38.名無しさん:2017年03月21日 05:00 ID:Yi974r8D0▼このコメントに返信
※32
中国の工作が入ってたのは今までの教育よ
渡来人とか、もろ中華主義
中華様に文明を教えてもらうまで、日本人はウホウホ言って狩りしてました
洞穴に住んで、超原始的な生活をしていました
って主張をしてるんだからね
ちなみにこの説唱えていた人は中華万歳朝鮮万歳の人で『上田 正昭』って人
この人は、現在韓国で「檀君の建国神話は、日本の建国神話の母胎」とか言ってたり、朝鮮学校を支える会の会員だかになってる
イメージとかで語るのはよそう
39.名無しさん:2017年03月21日 05:12 ID:0uPBb.CJ0▼このコメントに返信
聖徳太子とかの所謂古代にあたる時代に伝承や口伝が混じるのはしゃあない話だと思うがな。
法隆寺の柱がドーリア式なのと同じで、そういう伝承にもほかの地域の設定なんかが混じるのは歴史のロマンだな。
ただ、科学的に証明できるものは修正してどうぞ。
40.名無しさん:2017年03月21日 05:41 ID:nLrIq9ci0▼このコメントに返信
「鎖国」これ消すって言い張ってたバカ教授知ってるけど、キチ外だから放って置いて良い。

長崎、薩摩(琉球)、対馬、松前の4藩のみ、公然的例外的に他国との交易を担っていた。

この一文が鎖国と共に教科書に載って既にずいぶん経つってのに、
更に嫌がって鎖国自体を消したがるとか、旭日旗は戦犯旗と言い張る民族を髣髴させるただのバカだわ。





41.名無しさん:2017年03月21日 05:42 ID:9b7QZg.Q0▼このコメントに返信
聖徳太子は厩戸皇子の諡号です
実績や功績~は諡号とは別問題です
推古天皇の摂政で皇太子だった厩戸皇子が全く存在しない人物で
架空の皇太子に諡号を便利的につけそれが学説の主流となるならば
いいのかもしらんが

鎖国はlocked Japanを幕末の幕府閣僚が鎖国と言っているのでそれ以外の言葉は海禁令しかない
42.名無しさん:2017年03月21日 05:48 ID:ViOhZalj0▼このコメントに返信
聖徳太子は後世に天皇家の権威付けのために、幾人かの功績を一人にまとめられた可能性がある。また聖徳太子という名前も後世につけられた名前で、当時になんと呼ばれていたかは不明。この辺は中国の古代の王たちと同じだね。
ただ、書き換えようとした厩戸皇子の名称は、昭和20年以降いやゆる戦後の歴史修正で出てきた名称なので意図がはっきりとしすぎているのが大問題。日本人の天皇信仰を崩すための一環として、赤化学者たちの企て事の一つ。足利尊氏を一生懸命に再評価して、楠木正成の権威を一生懸命にこき下ろしたのと一緒だね。こちらはほぼ成功したが、流石にお札になった聖徳太子は無理だったと。
そもそも聖徳にたいしての厩戸と、あからさまに漢字を貶めている辺りに卑しい思想が見える。

鎖国云々は、いまも鎌倉幕府を開闢したのはいつかという議論と一緒で、一部学者の意見を聞きすぎた弊害。当時は朝鮮や中国も鎖国政策=制限貿易をしており、アジア圏で自由貿易の国なんて存在しなかった。当初は比較的自由に貿易をしていたが、いわゆる富の流出やら違法貿易などが問題となり、一律的に貿易相手国と回数を制限する鎖国政策に移っていった。
欧州の押しつけは今も昔も変わらないという事だね。
43.名無しさん:2017年03月21日 05:51 ID:i4jfdu.90▼このコメントに返信
外交してたのが例外で
基本的には閉鎖してたんだから
鎖国でいいじゃん

それとも円周率の「およそ3」みたいに
「だいたい鎖国」とか言っちゃう?

それに聖徳太子でも馬の王子様でもいいけど
実在したのかどうかハッキリせぇや!
44.名無しさん:2017年03月21日 05:51 ID:vIwmGHSi0▼このコメントに返信
十七条憲法や改新の詔が全部書紀の創作と言う説は理解が出来ない。当時の資料を蝦夷が焼き払ってしまっている以上は十七条の詳録が書紀編纂時に残っていない可能性が高いし、古事記みたいに口承で伝わる部分があるなら、そこが奈良時代の役人の文体になるのも仕方ないし少なくとも郡評みたいに木簡探ししてから改めた方が良いよ。
45.名無しさん:2017年03月21日 05:59 ID:lGv.NDgp0▼このコメントに返信
※16
>いわゆる「鎖国のせいで日本は海外から送れた」なんてのは大嘘で、海外の情報も技術も
>日本にはどんどん入ってきていた

残念だが、これは大嘘。
鎖国=対外交渉の原則禁止により、先進技術や数学、軍事技術の導入は大幅に遅れた。
数学でいえば、ネイピア数の概念が成立したのは1615年。
これは当時の天文学や利子の計算から発達した概念で、金融や天文学の発展に必須。
ところが日本では1700年代に入っても、暦の改良のため西洋の数学の導入が多少進んだが、
それも幕府が天文方に命じ、天文方は漢訳書籍を通じて対数、三角関数等の概念を学んだ。
キリスト教の流入を懸念してそのような形をとったが、いずれにしても、明治維新前後の
開化期にならなければ、先進的文物の直接的導入はほとんど進まなかった。
46.名無しさん:2017年03月21日 06:00 ID:FcmHivDq0▼このコメントに返信
厩戸皇子じゃなくてわざわざ厩戸「王」ってするのも問題でしょ。
非中国文化圏の欧州史などで日本語に適語が無く例えばリチャード王とか表記するのはともかく、中国文化圏での「王」って明確に中国皇帝の下の位なんだから。
大和”朝廷”もわざわざ大和政権と直そうとしたり、どーも中国様の権威を上に置こうとしてる感が好かん。
47.名無しさん:2017年03月21日 06:16 ID:vIwmGHSi0▼このコメントに返信
当然太子が全ての改革を1人でやったとは誰も考えていないし、それこそ蘇我氏や東漢氏、秦氏、小野氏みたいな協力者や部下がいて皇位を継承しえた当時の有力皇族にしか見えないけど、太子を虚構扱いする学説が理解できない。各史書が太子を美化しているのは太子自身が即位できなかった事と子孫の悲劇に関する事が理由だとおもうよ。
48.名無しさん:2017年03月21日 06:19 ID:TMgvuZ5S0▼このコメントに返信
これを主導している輩こそ、歴史修正主義なのでは
49.名無しさん:2017年03月21日 06:20 ID:gx2RFd.U0▼このコメントに返信
その時代当時の呼び方で教えるとか言うなら
太平洋戦争は大東亜戦争だし
日中戦争は支那事変だと。
南京大虐殺()だって当時は当然呼ばれてないから
南京事件って教えなきゃダメなんじゃねぇの?w
50.名無しさん:2017年03月21日 06:27 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※9
馬鹿は黙れ。そもそも昔のことなど分かるはずもない。
だから昔から言われていることを大切にすればいい。
聖徳太子はそう言われていることが大切なのであり、なぜそういう贈り名が捧げられたかということが、真実を語っているわけだ。
いないというなら、いない証明を絶対できるという証拠を出せ。ということだ。
あの時代、日本が先進的で強力な国家体制を律令制度を採り入れることによって作り上げたことが重要な本質であって、明治維新と匹敵する国家改変であった。その起点に聖徳太子という「存在」があるから重要視される。
明治維新自体が御一新(維新:古きを手本)であり、その根本は律令時代の国家体制への復帰である。革命ではない。

大陸の統一と勢力圏の拡大が、日本にとって国家存亡の危機にあった時代、聖徳太子、というより、国家そのものの意志として、国家体制の根本的な見直しの機運があったことは想像が付く。そのために支那の律令制度を採り入れ、天皇を中心に据えた中央集権、律令による法治国家建設。官僚制度、刑法の整備、均田制(口分田)税制改革(租調庸)、兵制の整備(防人)これは経済的にも軍事的にも強力な国家ができたことを意味している。
宗教の改革と、統治への利用。→大日如来と曼荼羅的世界と天皇制の一致。天皇の権威付けに影響が大きかっただろう。

こういう一連の大変革が、この時期100年間ほどの間に、それなりの時間を経て形作られていった。
中央集権制の象徴としての都「平城京」が成立するのと同時期に「大宝律令」が完成する。
字を見れば分かる。大きな宝の法律だ。
重要なのは「天皇」の存在。皇帝は支那にひとりという世界を覆したのだ。
その起点が「聖徳太子」
日本が名実ともに、近代的で強力な国家体制を作り上げた。これに反対し、破壊したいのは誰か。推して知るべし。
51.名無しさん:2017年03月21日 06:27 ID:mbUKnF4F0▼このコメントに返信
だいたい、中国がなぜ日本の歴史に文句をつけるんだちゅーの、って話だよな。
52.名無しさん:2017年03月21日 06:31 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※45
日本は江戸時代も世界の先進国であった。
数学は独自の進歩を遂げ、明治維新を直ちに具体化することに役立った。
周辺諸国ができなかったのと違う。
あんたの国には無理だったわけだ、日本を同じにするなw
53.名無しさん:2017年03月21日 06:33 ID:Ya91cui40▼このコメントに返信

創作の歴史しか持たない朝鮮人が日本の教育期間に潜り込み日本の歴史を貶めようとしているんだよ
54.名無しさん:2017年03月21日 06:34 ID:xXaLwZZQ0▼このコメントに返信
9: 2017/03/20(月) 19:39:23.065 ID:oi7uPwpFM
 >>6
 それって出島的なやつ?
 例外の範囲内では?

水戸黄門を見たら分かると思うけど、ご禁制の抜け荷(密貿易)って聞いた事無いか?
55.名無しさん:2017年03月21日 06:34 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※42
馬鹿は※50を読め。
レベルが違うだろう。
下を向いて恥を知れ。
屈して生きろ。最下層。
56.名無しさん:2017年03月21日 06:41 ID:vIwmGHSi0▼このコメントに返信
太子は当時そう呼ばれてないから変更と言うのなら同時代の「渡来人」はどうなんだ。記紀どころか戦後まで帰化人で通していたのに、勝手に変えたけどあれこそ当時使われてないだろう。差別的だから改めたとか言うのなら勝手に皇子から王に引き下げるのはどうなんだ。
57.名無しさん:2017年03月21日 06:42 ID:cK3qnnCO0▼このコメントに返信
※41
海禁令というのは江戸時代にどの程度使われてたの?
58.名無しさん:2017年03月21日 06:46 ID:Ya91cui40▼このコメントに返信
日本の歴史は朝鮮人の最近作った、そしてこれから作る安っぽい歴史とは訳が違う
日本書紀や古事記などの文献、法隆寺などの建造物という物証があるからな

まともに相手するのもバカバカしいわw
59.名無しさん:2017年03月21日 06:46 ID:cK3qnnCO0▼このコメントに返信
※40
放っておいたら教科書書き換えさせられそうだったのに
オマエは何いってるんだ?
60.名無しさん:2017年03月21日 06:50 ID:Q94v.zSG0▼このコメントに返信
後世の人の呼び名はダメと言い出したら、ほとんどの歴史用語は使えなくなるぞ。

聖徳太子狙い撃ちは裏があると思った方がいい。
61.名無しさん:2017年03月21日 06:53 ID:A1TyzgTE0▼このコメントに返信
秀吉「わしのあだ名もそろそろ『猿』から『禿ネズミ』にならんかなぁ」
62.名無しさん:2017年03月21日 06:54 ID:doi57..R0▼このコメントに返信
道鏡や十常侍の類いかな
63.名無しさん:2017年03月21日 07:00 ID:fvZF.B3H0▼このコメントに返信
「歴史」というイメージすると

「歴史」=「むかし」

しかない。
64.名無しさん:2017年03月21日 07:05 ID:zpOeXYV30▼このコメントに返信
聖徳太子は兎も角、鎖国に関しては幕府が諸藩に貿易規制してたし
藩が密貿易したから鎖国では無い!とかこっちの理論の方が
どう考えてもおかしいと思うわ
65.名無しさん:2017年03月21日 07:06 ID:CpZlxeuE0▼このコメントに返信
聖徳太子を一万円札に復活させようぜ!
66.名無しさん:2017年03月21日 07:09 ID:iYWvjcPe0▼このコメントに返信
※16
いや事実遅れまくってたやん
つかペリーがこなかったら日本つんでたな
67.名無しさん:2017年03月21日 07:10 ID:mt5OcaMA0▼このコメントに返信
中国共産党の文部省への裏工作で、鎖国、元寇、聖徳太子、臣民などの日本史に大事なの言葉を日本の公立学校指定教科書から削除しようと文部省が工作してきたが、自民党部会で青山茂晴参議院議員などの反対行動で中止になった。中国共産党は民進党野田、蓮舫にも工作しかけ女系天皇制を認めさせ男系天皇制を潰し日本の天皇信仰を弱体化させようとしている。民進党や共産党は日本の中国共産党の利益保護の代弁者。
68.名無しさん:2017年03月21日 07:13 ID:CDdYo1QI0▼このコメントに返信
鎖国は明治政府の正統性確保のために江戸幕府を貶めるために利用された言葉。正確には幕府が情報、貿易を独占していたってだけのこと。(大政奉還して政権を譲っているのにも関わらず幕府を討った正統性が必要だったため)
聖徳太子は、皇族から王族に貶めるという意図と、諡号(おくりな)という制度を無視した暴挙。
虎ノ門ニュースで、バランスをとるために発案されたそうだが、そもそも国家の歴史にバランスが必要と考える方がおかしい。
69.名無しさん:2017年03月21日 07:13 ID:zpOeXYV30▼このコメントに返信
大化の改新で蘇我氏が討たれた事で、都合の悪い事は全部蘇我氏に押し付けられたイメージ

聖徳太子の頃は蘇我氏が中心的立位置だったような気がするし
蘇我氏視点からの考察とか興味あるな
70.名無しさん:2017年03月21日 07:13 ID:pOHAfLyJ0▼このコメントに返信
リアルタイムの名称を使うなら、
日中戦争は日支事変に、太平洋戦争は大東亜戦争に言い換えなくちゃ
71.名無しさん:2017年03月21日 07:14 ID:mbUKnF4F0▼このコメントに返信
※66
すげえ。日本人にありがちな事実誤認例のど真ん中。
72.名無しさん:2017年03月21日 07:15 ID:IS07oGr00▼このコメントに返信
聖徳太子の話は知らんが、「鎖国」についてはトランプ米大統領と面談した日本の役人が日米交流史の話をして、うっかり「アメリカの豪圧で日本は開国しました」みたいなこと言ったらしく、トランプさんが不愉快な顔したらしい。
んでもって、「日本はもともと鎖国なんかしてませんでしたよ」を教科書に盛り込みしたかったけど、やっぱダメでした、って話らしい。
そりゃそうだ。
73.名無しさん:2017年03月21日 07:19 ID:4F4s4dEC0▼このコメントに返信
中国人の子孫。日本に来て本家とバトル。
74.名無しさん:2017年03月21日 07:21 ID:zpOeXYV30▼このコメントに返信
「日出国~」の文言が気に入らない左翼とかは確かに居そう
75.名無しさん:2017年03月21日 07:22 ID:uN878FzQ0▼このコメントに返信
 だからさなんで王なんだよ
 皇后腹の第一皇子だぞ、大兄だぞ、おかしいだろうよ
 言い出した学者にはぜひ典拠を示してもらいたい
 あとさ、日本って名前は諱だから、呼ばないから。
 道長様、とか普通は呼ばないからね
 定子中宮とか言わないから
 どっちにしたって死後の呼び方なんだよ
 小説とかだとややこしいからそれで済ませてるけどさ
 言い出したやつ、ほんとに学者か?
 
76.名無しさん:2017年03月21日 07:35 ID:DOjSgoOK0▼このコメントに返信
そもそも、オランダや中国との貿易を含めたことを「鎖国」という
言葉の意味だと定義づけてるんだから、
それらとの貿易をしてるから鎖国と言えない、とは言えない。

「鎖国」という言葉は「鎖国」以外に使われてないんだから、
オランダや中国はそもそも例外でもなんでもない。
「オランダや中国以外との貿易をしないこと」が「鎖国」だよ。
「一切の国交断絶、但しオランダや中国などは除く」ではなくてな。
77.名無しさん:2017年03月21日 07:35 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※73
渡来人は来ていただろうが、日本人と同化しただろう。
でなければ、天皇という存在は無いはずだろう。
78.名無しさん:2017年03月21日 07:39 ID:LlNxQdLN0▼このコメントに返信
※50
その通り、こういうこと言う人が減ったわ

鎖国も同じ、幕府による海上封鎖っていう話
どこかの藩が例外なんていうのは瑣末な話
幕府自体が貿易してたんだから

藩が国みたいなもんだし・・・
っていうあほがよくいるけど
外交権を幕府が握っているんだから、どうみても日本は一つの国だったんだよ
国民はしらんが、支配層がそう思っていたのは確実

鎖国っていうのは、明治の開国の反対語なんだよ
どこの国とも外交を行うのが開国
特定の国だけと外交を行うのが鎖国

もちろん幕府が主導権を持っていた
79.名無しさん:2017年03月21日 07:40 ID:vIwmGHSi0▼このコメントに返信
太子は天皇号の始まりに関する論争の犠牲になりかけたんだろうけど、それは決着がついてからどうこうするべきで、もし推古朝に天皇号が成立していたら皇子を王と呼ぶ相当失礼な事になるよ。
80.名無しさん:2017年03月21日 07:41 ID:6xNEe9Xv0▼このコメントに返信
聖徳太子にまつわる逸話と、平安貴族から江戸の庶民に至るまで1000年呼び続けてきた呼称を一部の学者の意見で変える事とは全く別の話。
だいたい歴史なんてそうそう新しい発見なんて無い学問で「注目集める」、「学位を取る」、「論文を出す」、「著作物を売る」には既存の解釈から抜け出す必要にイヤでも迫られるわけで、そうした突飛な意見にパッと飛びつく人間は多い。面白いから。
それに一々振り回されていたらきりがない。
今回の聖徳太子については人物そのもの存在についてまで否定する意見が少数なのだとしたら、その呼称の変更は1000年の伝統に倣い全く必要ない。
81.名無しさん:2017年03月21日 07:41 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※50
付け加えれば、日本は支那の政治制度を後付けで真似したと言うより、殆ど競い合うように同時進行で施行しているということ。
このことからも日本が自立した大国としての自覚をもって行動していたことが分かる。
82.名無しさん:2017年03月21日 07:43 ID:2Nw1prrK0▼このコメントに返信
※2
遣唐使が持ち帰った景教の影響でしょ。
疑似キリスト。
エピソードまんまキリストだし。
83.名無しさん:2017年03月21日 07:48 ID:C.FeKqLS0▼このコメントに返信
鎖国は貿易・渡航の制限って教えればいいだけだからな
別に全面禁止では無いってのは昔から分かってたはずじゃん
何を今さらって話だな
84.名無しさん:2017年03月21日 07:48 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※78
減ったと言うより、これは私のオリジナルの見解。
らしい解釈本は読みはしたが、読んでも分からないものが殆どだった。
私の解釈なら、一連の流れが明確になると思う。
実は十数年前からネットに書き込みをしていたが、その頃聖徳太子が流行したような時期があり、
その後あたりから逆に聖徳太子不在論が喧伝されるようになってきた。

具体的な功績が分かるにつれ、それを不都合と思う馬鹿と工作員学者連中が貶め工作を行うようになったのだろう。

こいつらを排除しない限り、戦後体制は終わらない。

私はいつでもこいつらを相手にする用意はあるんだがね。
馬鹿は怖がって出てこないだろう。
しかし、つぶす必要は絶対にある。
85.名無しさん:2017年03月21日 07:51 ID:RV1qzXQD0▼このコメントに返信
大和朝廷も当時は朝廷という言葉がなかったから大和政権にするとか言ってるけど、政権って言葉もないだろと思う
86.名無しさん:2017年03月21日 08:04 ID:LlNxQdLN0▼このコメントに返信
※84
いやだいたい合ってるよ

※81の言うとおり、中国と競い合うように体制を整えたのは、朝鮮半島利権のため
朝鮮半島の砂鉄を中国と争ったんだよ、白村江で負けるまでは
この一連の「流れ」を教えないから、古代日本の歴史が意味不明なものになる

脱線したけど
国家体制を整えることを主導した人物がいるはずで、この人のことを「後世に」聖徳太子と呼んだだけ
功績を否定する意見もあるんだけど、あれも怪しいと俺は思っている
実際に提案したり作ったのは違う人かもしれないが、それでも主導した人の功績じゃね?

大阪城を作ったのは大工
みたいな屁理屈を言われても困るよね
87.名無しさん:2017年03月21日 08:08 ID:iriExIB60▼このコメントに返信
日出処の天子、書を没する処の天子に致す。つつがなきや…

日本と中国を同格としたこの文面を否定させたいが為に、日本皇室を王に格下げしようとした、そんな悪意を勘繰っちゃうね。
88.名無しさん:2017年03月21日 08:11 ID:38EbLlgJ0▼このコメントに返信
学校で習う分の歴史って今の学説と一般で通じるネタ覚えさせるものだから変わるの普通だし
真実とかそんなの関係ない。ぶっちゃっけ隣の人と話通じれば良いレベル
いつも思うが学校教育に期待しすぎ
89.名無しさん:2017年03月21日 08:21 ID:qENy7Fxr0▼このコメントに返信
最近の天皇譲位と通ずるモノがあるな
90.名無しさん:2017年03月21日 08:22 ID:aU5dnpdo0▼このコメントに返信
※84
江戸幕府がスペイン、ポルトガルと断交(いわゆる鎖国)した時に日本に到達可能な能力を持つ国家(外交可能国家)は5か国だったという事実は無視かね?
91.名無しさん:2017年03月21日 08:22 ID:vIwmGHSi0▼このコメントに返信
大体皇子を王に引き下げるとか言う暴挙をするなら根拠を示すべきだ。飛鳥と白鳳の間に天皇号が使われた痕跡ないから飛鳥の天皇号もないなんて流石に暴論だろ。飛鳥と白鳳の間の金石文とか聞いたことすらないし。まず当時の文献を集めて結論を下してほしい。
92.名無しさん:2017年03月21日 08:29 ID:aU5dnpdo0▼このコメントに返信
※87
当事者なので大いにあり得るネタですねえ。
93.名無しさん:2017年03月21日 08:33 ID:evfg2LkI0▼このコメントに返信
地震、火山、津波の学者は今予算を取りまくってるから歴史関係の人が予算分捕り合戦に参加したいが為に打ち上げた三尺玉?
94.名無しさん:2017年03月21日 08:35 ID:ChRBOck10▼このコメントに返信
※49
ほんこれ!
「元寇」は、元からの侵略というのは、日本側の目線過ぎだから変えようとかアホかと。
95.名無しさん:2017年03月21日 08:37 ID:0X1xXVdq0▼このコメントに返信
これ、日本の歴史的価値を無くしてやろうって企んでる在日の仕業だと俺は思うわ
普通の日本人の感覚なら、鎖国は鎖国でいいし、聖徳太子もそのままにしといて補足として厩戸を出せばいいだけのこと

改ざんしようってのがいかにもあったらしい発想
96.名無しさん:2017年03月21日 08:42 ID:mbUKnF4F0▼このコメントに返信
この案件に関しては、朝鮮人は枝葉で、中国人ど真ん中の案件ですよね。
97.名無しさん:2017年03月21日 08:43 ID:4F4s4dEC0▼このコメントに返信
関西の、いとうようかどうが建った土地に大昔に住んでいた太子の子孫は、藤原に上手く
やられて絶家した。可哀想。
98.名無しさん:2017年03月21日 08:45 ID:4F4s4dEC0▼このコメントに返信
弥生人は、大陸で負けたか、争いが嫌いでか
海を渡って日本の土地に来たんだな…
99.名無しさん:2017年03月21日 08:45 ID:f4YoaQb00▼このコメントに返信
キリストの誕生日は実はAD1年12月25日じゃないらしいからクリスマスも中止だね
本当なら今年は2014年?になるからカレンダーも作り直さなきゃ
100.名無しさん:2017年03月21日 08:48 ID:4F4s4dEC0▼このコメントに返信
ゴタゴタゴタゴタ弥生人が日本に来て、今の日本ができあがった。愛子様の顔を見ればわかるわ!中国人も韓国人も愛子様の顔を見て何かを感じるらしいからな!
101.名無しさん:2017年03月21日 08:53 ID:ciMSBNb90▼このコメントに返信
※13
まぁ、外国船打ち払い令とかやっちゃっていたからなぁ。

ある意味、客観的に見て”鎖国”だったのは間違いないんだろうね・・・外国の評価がそうだっていうなら。
102.名無しさん:2017年03月21日 08:57 ID:43LEP5Ct0▼このコメントに返信
※66
どこがよw
103.名無しさん:2017年03月21日 09:00 ID:ciMSBNb90▼このコメントに返信
※91
ちょっと待って。

皇子は陛下の子のいみで
王は封土をもった王族の事じゃないの?

遣隋使を派遣した時から、日本は中国の一部ではなく
中国の天下とは別の天下を統べる同格の国になっていたんじゃないか?
104.名無しさん:2017年03月21日 09:02 ID:43LEP5Ct0▼このコメントに返信
※103
そのあと日本が頑張ったからこそ言えることだがな
105.名無しさん:2017年03月21日 09:04 ID:rEtcMPRT0▼このコメントに返信
※100
現在の天皇家を神武天皇の時代まで遡って考えたら、全部で何人の先祖が存在してると思ってんの?
愛子様の顔でどうとか馬鹿か
106.名無しさん:2017年03月21日 09:06 ID:4F4s4dEC0▼このコメントに返信
だから、天皇にとっちゃ日本国民は子供達、
遠い親戚なんだな。源平藤橘の子孫やから。
107.名無しさん:2017年03月21日 09:10 ID:DdE4fS5Y0▼このコメントに返信
琉球が江戸時代に中央統治されてたことにしたいんじゃないかな
鎖国政策無視は独自路線ってことだし 薩摩はしらんw
108.名無しさん:2017年03月21日 09:10 ID:IS07oGr00▼このコメントに返信
※103
「王は封土をもった王族の事じゃないの?」
←違うよ。も少し勉強しましょう。
109.名無しさん:2017年03月21日 09:19 ID:IS07oGr00▼このコメントに返信
※105
「愛子様の顔」うんたらかんたらは確かにおバカなんだが、神武天皇って実在はかなり疑われてるんだよね。
おバカ指摘するなら、おバカなことを言わないほうが・・
110.名無しさん:2017年03月21日 09:21 ID:4F4s4dEC0▼このコメントに返信
愛子様の顔の子は、平民からは産まれない。
111.名無しさん:2017年03月21日 09:22 ID:4F4s4dEC0▼このコメントに返信
仁徳天皇凄い。
112.名無しさん:2017年03月21日 09:23 ID:ZHQ3XeYA0▼このコメントに返信
こういうのを言い出すと例えば真田幸村も真田信繁にしないといけなくなる
通称をいれていいなら左衛門佐とか

とりあえずこういう人がいた、こういう出来事があったってのが
教科書を読んだ人達に共通して認識出来ればいいと思うけどね
113.名無しさん:2017年03月21日 09:24 ID:4F4s4dEC0▼このコメントに返信
天皇の鼻。
114.名無しさん:2017年03月21日 09:25 ID:4F4s4dEC0▼このコメントに返信
地方別戦国武将 検索
115.名無しさん:2017年03月21日 09:28 ID:aU5dnpdo0▼このコメントに返信
※94
日本の歴史(日本目線)なのにわざわざ他国に配慮したバランスを取る必要がある理由がわからない。
116.名無しさん:2017年03月21日 09:29 ID:o9KLsPfk0▼このコメントに返信
客観的な歴史なんて存在したことがない、という歴史があってだねw
そもそも歴史は、物語として機能させることが目的なんだから、登場人物の名前は人口に膾炙した名がいいに決まってる
本当の名前になんて何の意味もない
歴史学者が研究の成果として名前を売りたい気持ちはよくわかるけれど
117.名無しさん:2017年03月21日 09:29 ID:4F4s4dEC0▼このコメントに返信
長屋王の呪い
118.名無しさん:2017年03月21日 09:31 ID:l99zNT220▼このコメントに返信
壬申の乱で書物が燃えてしまったからなぁ・・・
アニキの代の事(大化の改新あたり)は正確に記録に残せても、じいちゃんの代(推古天皇の時代)の事は正確に残せんだろ。
その意味じゃ聖徳太子の事は、あんまり正確じゃないと思うぞ。

ついでに言うと、江戸時代に聖徳太子信仰が起こり、有ること無いこと尾ひれが付いたから、俗説は全て後世の創作と見るべき。
119.名無しさん:2017年03月21日 09:35 ID:4F4s4dEC0▼このコメントに返信
田中角栄が中国じゃ有名だな。
120.名無しさん:2017年03月21日 09:44 ID:85m4OMnh0▼このコメントに返信
古代史の解釈にはしょっちゅう「何人かの事績をまとめたものと思われる」が出てくるけど、
聖徳太子の件に当てはめるのはどうかね。
今の財政政策は財務大臣が麻生氏だから「実はアベノミクスは存在しない」とか、
現在の外交政策は岸田外務大臣の功績だとか言うか?
2012年以降の安倍晋三の事績と呼ばれているものは多くがただの伝説で、実際には麻生氏や岸田氏といった政治家の事績を
安倍が権威づけのために自分の功績にしたとでもいう気かね?
聖徳太子が摂政として(たとえ名目だけでも)政府首班であった時代の政府の業績が聖徳太子の事績になるのはそんなに異常な解釈かな?
121.名無しさん:2017年03月21日 09:48 ID:.nHVLROk0▼このコメントに返信
文:聖徳太子と生存時呼ばれてなかったから厩戸に変えるわ
反:生存時の呼称基準?根こそぎ変更だぞ?

文:貿易してたから鎖国は不適当だわ
反:江戸時代の対外政策を鎖国と呼んでいるのに何言ってんの?

間抜けの所業としか思えんわ
122.名無しさん:2017年03月21日 09:53 ID:IS07oGr00▼このコメントに返信
※112
真田幸村は教科書に載ってない(載せる意味もないし)から大丈夫。
123.名無しさん:2017年03月21日 09:54 ID:88MnKw270▼このコメントに返信
本当に太子だったかよくわかってないんでしょ。
124.名無しさん:2017年03月21日 09:55 ID:u8IaJJal0▼このコメントに返信
海外の情報も入手していたって言うけど
海外情報のソースはオランダだけで、オランダが都合のいいように情報を弄ることもしたし、
留学生も幕末まで送ってないんだから、どう考えても遅れてた。
125.名無しさん:2017年03月21日 10:01 ID:0iZsgig60▼このコメントに返信
「鎖国」ていうと制限貿易の面が強調されすぎるけど、、、

もう一つの面、人的交流の断絶、ってのも重要視されるべきだと思うんだ、、、
日本だけだよ、遭難者すら帰国を拒んだのは、、、
126.名無しさん:2017年03月21日 10:02 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※118
馬鹿は黙れ。そもそも昔のことなど分かるはずもない。
だから昔から言われていることを大切にすればいい。
聖徳太子はそう言われていることが大切なのであり、なぜそういう贈り名が捧げられたかということが、真実を語っているわけだ。
いないというなら、いない証明を絶対できるという証拠を出せ。ということだ。
あの時代、日本が先進的で強力な国家体制を律令制度を採り入れることによって作り上げたことが重要な本質であって、明治維新と匹敵する国家改変であった。その起点に聖徳太子という「存在」があるから重要視される。
明治維新自体が御一新(維新:古きを手本)であり、その根本は律令時代の国家体制への復帰である。革命ではない。

大陸の統一と勢力圏の拡大が、日本にとって国家存亡の危機にあった時代、聖徳太子、というより、国家そのものの意志として、国家体制の根本的な見直しの機運があったことは想像が付く。そのために支那の律令制度を採り入れ、天皇を中心に据えた中央集権、律令による法治国家建設。官僚制度、刑法の整備、均田制(口分田)税制改革(租調庸)、兵制の整備(防人)これは経済的にも軍事的にも強力な国家ができたことを意味している。
宗教の改革と、統治への利用。→大日如来と曼荼羅的世界と天皇制の一致。天皇の権威付けに影響が大きかっただろう。

こういう一連の大変革が、この時期100年間ほどの間に、それなりの時間を経て形作られていった。
中央集権制の象徴としての都「平城京」が成立するのと同時期に「大宝律令」が完成する。
字を見れば分かる。大きな宝の法律だ。
重要なのは「天皇」の存在。皇帝は支那にひとりという世界を覆したのだ。
その起点が「聖徳太子」
日本が名実ともに、近代的で強力な国家体制を作り上げた。これに反対し、破壊したいのは誰か。推して知るべし。
127.名無しさん:2017年03月21日 10:04 ID:aU5dnpdo0▼このコメントに返信
※121
鎖国に関してはさ、前にも書いたが鎖国は明治政府の正統性確保のために江戸幕府を貶めるために利用された言葉。大政奉還して政権を譲っているのにも関わらず悪しき幕府を討ったという正統性が必要だったため。
が、鎖国をなくそうとした人々はそういった理由ではなく、明治政府を貶めたいという意図があるからだろう。
128.名無しさん:2017年03月21日 10:06 ID:IS07oGr00▼このコメントに返信
※126
酔っぱらってるんですか?
129.名無しさん:2017年03月21日 10:07 ID:SzhU6ceo0▼このコメントに返信
鎖国(限定的な外交、貿易)
130.名無しさん:2017年03月21日 10:12 ID:oM5XSZtO0▼このコメントに返信
※87に同意。
実際の話、些末な事にケチ付けて聖徳太子(厩戸皇子)そのものの存在を否定しようとしているとしか思えんよね。
あの事象は本当の意味で、日本建国のターニングポイントなのに。
131.名無しさん:2017年03月21日 10:19 ID:Nw0YvOTH0▼このコメントに返信
中公新書「幕末維新と佐賀藩 日本西洋化の原点」より
 
 
徳川国際秩序
 
 一五世紀半ばから一六世紀末にかけての日本は、群雄割拠の戦国時代だった。その末期に日本に南蛮人(ポルトガル人・スペイン人)が渡来して奢侈品貿易をはじめ、それとともにキリスト教(キリシタン)が伝わり、西日本一帯に広がった。
 一七世紀初頭に天下を平定して江戸幕府を開いた初代将軍徳川家康は、諸外国との貿易には積極的だったが、キリシタンに対しては次第に厳しくなり、慶長一八(一六一三)年一二月にキリシタン禁令を発して信徒の活動を全面的に取り締まった。ついで第二代将軍徳川秀忠は、元和二(一六一六)年にヨーロッパ商人との貿易地を長崎・平戸の二港に限定して諸大名を海外貿易から締め出し、幕府による貿易利益独占を図った。この傾向は第三代将軍徳川家光の治世にいっそう強化され、寛永一〇(一六三三)年から一六年にかけての一連のいわゆる鎖国令によって、日本人の海外往来禁止、キリシタン厳禁、外国船来航制限などの政策が次々に励行された。
 その最中に「島原の乱」が勃発した。寛永一四(一六三七)年秋から翌年春にかけて島原半島・天草諸島の農民約三万人が苛政とキリシタン抑圧に耐えかねて一揆を起こし、幕府が動員した西国諸藩軍勢一二万と死闘した。敗れた一揆勢は大虐殺され、幕府側も一万数千人死傷という痛手を受けた。島原半島に隣接する大藩として最多の軍勢を繰り出した佐賀藩は、諸藩のなかで最大の損害を被り、討死に六二〇人、手負い三〇〇〇余人を数えた。
 
 (続く)
132.名無しさん:2017年03月21日 10:20 ID:Nw0YvOTH0▼このコメントに返信
 (続き)

 この反乱に甚大な衝撃を受けた幕府は、鎖国政策にますます拍車をかけた。旧教(カトリック)国のポルトガル人を一揆と通謀したと疑って国外へ追放し、関係を断絶する一方で、新教(プロテスタント)国のオランダ人および非キリスト教国の唐人(中国人)にのみ長崎での貿易を許し、かつ平戸は閉港した。なおイギリス人はオランダ人との商売争いに敗れて自発的に日本から撤退した。
 ここにいわゆる鎖国体制が成立した。ただし「鎖国」という用語は、対外関係を完全に閉鎖したかのような語感をともなうから適切でなかろう。そこで私は学問的に正確を期して、いわゆる鎖国体制を「徳川国際秩序」と呼ぶことにしたい。徳川国際秩序においては対外関係が極端に制限されたが皆無ではなかった。そこには「通信」関係と「通商」関係が存在していた。「通信」とは「信義を通じる」という意味で、朝鮮国・琉球国との関係を指し、徳川将軍家と朝鮮李王家もしくは琉球尚王家との交際というかたちに限定された特殊関係だった。「通商」とは、オランダ商人および唐商人にのみ長崎一港に限って認められた制限的貿易関係であり、国交関係ではなかった。それ以外の対外関係は原則として遮断された。長崎以外にも窓口として、琉球王国との「薩摩口」、朝鮮国との「対馬口」、蝦夷(アイヌ)との「松前口」があったが、いずれも相手が限られた局地的な交流だった。これらを総合して徳川国際秩序と呼ぶ。

 (了)
133.名無しさん:2017年03月21日 10:31 ID:NDHJ.EbY0▼このコメントに返信
まあ「日沈む国」とその腰巾着どもの仕業だろうなぁ
134.名無しさん:2017年03月21日 10:31 ID:NwfhD6IM0▼このコメントに返信
そもそも鎖国はともかく聖徳太子みたいな大昔のことなんぞ一般人にわざわざ詳細に教える必要なんてない
135.名無しさん:2017年03月21日 10:40 ID:1F.SUL9d0▼このコメントに返信
「聖徳太子」は死語に付けられたおくり名で当時はそう呼ばれていなかった…と言うなら
世界史で教わる中国の皇帝(漢の武帝とか清の乾隆帝とか)もすべておくり名だからな。
おくり名を否定するなら中国史の教科書は大変なことになるぞ
136.名無しさん:2017年03月21日 10:51 ID:Eb7DuIou0▼このコメントに返信
てか鎖国って言葉に100%の誰にも会わないひきこもり状態って意味を勝手につけてるから違和感あるだけじゃん?
これ問題にしてる人たちって国語辞典に載ってる言葉の意味が時代とかによって変化してることも知らない人たちだと思うんだけど

幕府ではなく後の時代の人が開国運動の大義名分として鎖国政策と名付けたとして、その名付けの経緯を教えろというならわかる
が歴史を知る上で事実と反するから鎖国という言葉を無くせなんていうのは歴史学者の言うことじゃないだろ
思想的な言葉狩りにしか見えない
137.名無しさん:2017年03月21日 10:52 ID:SLv1BcHw0▼このコメントに返信
鎖国という言葉自体は、後世の人が、当時の状況を調べて作った言葉。
当時の幕府は貿易の利益を独占するため、幕府の許可なしに海外との交易を禁じていた。
利益独占だけではなく、キリスト教の布教を禁止する意味合いもあり
このため支那人との貿易は普通に行われていた。
南蛮人との貿易は、幕府直轄の長崎の出島だけではなく、薩摩などは秘密裏に海外との貿易を行っていた。
これらによって、鎖国というほどでは無いと言う声が上がっている。
138.名無しさん:2017年03月21日 10:52 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※128
お前がなw
139.名無しさん:2017年03月21日 10:53 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※128
頭を下げ、学べw
教えを請え。
140.名無しさん:2017年03月21日 10:55 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※122

何も書く能力がない。
141.名無しさん:2017年03月21日 10:59 ID:wqJ70bQv0▼このコメントに返信
GHQが禁止した事は、全て日本を弱体化する為だよ。
だから、GHQの禁止した物を復活すれば、日本も元気を取り戻す。
142.名無しさん:2017年03月21日 11:06 ID:uVhkJ0Xl0▼このコメントに返信
※126
君は、なぜ大化の改新が起きたか、その理由についてはどう考えているのかな?
聖徳太子の時代、官僚制度のハシリを作ったが、あまり機能しなかった故にのちの政変が起きたと考えるが妥当ではないか?
そもそも「官僚制度のハシリ」を作ったのかどうかも怪しい。単に慣例の明文化なだけであった可能性もある。
壬申の乱で都が焼け書物が消失してしまったが故に、遡れる「ほぼ確実な」過去が推古帝の御代までであったことを考えると、
先代の英知のすべてを聖徳太子の功績とした可能性もある。

君は聖徳太子を神格化しすぎ。
歴史は宗教じゃない。

小野妹子は隋の皇帝から受け取った国書を帰路で「紛失」しているが、
おそらく国内政治を鑑みると「紛失」するのが妥当。と判断すべき内容であったのだろう。
143.名無しさん:2017年03月21日 11:09 ID:Odoufj4b0▼このコメントに返信
そもそも天皇や親王って言葉が確立する前の「きみ」や「みこ」を王とか公とかって漢字を充てるのは相当の違和感がある。厩戸王なんて不正確だ、ウマヤドノミコとしろって言いたくなるな。
144.名無しさん:2017年03月21日 11:13 ID:nbzbmUZa0▼このコメントに返信
歴史の用語で「当時呼ばれてない」ってのは馬鹿な話だよなぁ
「織田信長」なんて呼んでた人は当時ほとんどいなかっただろうし、「第一次世界大戦」も使えない。
145.名無しさん:2017年03月21日 11:39 ID:IS07oGr00▼このコメントに返信
※138~140
「お前がなw 」「頭を下げ、学べw教えを請え。 」「w何も書く能力がない。」
これくらいは、一つのレスにまとめてくれないと・・
酔っぱらいのグダグタにしか聞こえないんだよね・・
146.名無しさん:2017年03月21日 11:42 ID:IS07oGr00▼このコメントに返信
※142
なんで大化の改新(今はそう呼ばないそうだが)が起きたの?
5行くらいで説明してくれると嬉しい。
147.名無しさん:2017年03月21日 11:47 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※142
人様に「君」、「キミ」と言うな。
それが失礼な物言いと分からない時点で、人生経験のない馬鹿で浅薄な底辺だと分かるのだ。
お前がそれなりの文章を書いてみろ。誰も相手にはするまい。w

148.名無しさん:2017年03月21日 11:49 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※145
馬鹿は黙れ。そもそも昔のことなど分かるはずもない。
だから昔から言われていることを大切にすればいい。
聖徳太子はそう言われていることが大切なのであり、なぜそういう贈り名が捧げられたかということが、真実を語っているわけだ。
いないというなら、いない証明を絶対できるという証拠を出せ。ということだ。
あの時代、日本が先進的で強力な国家体制を律令制度を採り入れることによって作り上げたことが重要な本質であって、明治維新と匹敵する国家改変であった。その起点に聖徳太子という「存在」があるから重要視される。
明治維新自体が御一新(維新:古きを手本)であり、その根本は律令時代の国家体制への復帰である。革命ではない。

大陸の統一と勢力圏の拡大が、日本にとって国家存亡の危機にあった時代、聖徳太子、というより、国家そのものの意志として、国家体制の根本的な見直しの機運があったことは想像が付く。そのために支那の律令制度を採り入れ、天皇を中心に据えた中央集権、律令による法治国家建設。官僚制度、刑法の整備、均田制(口分田)税制改革(租調庸)、兵制の整備(防人)これは経済的にも軍事的にも強力な国家ができたことを意味している。
宗教の改革と、統治への利用。→大日如来と曼荼羅的世界と天皇制の一致。天皇の権威付けに影響が大きかっただろう。

こういう一連の大変革が、この時期100年間ほどの間に、それなりの時間を経て形作られていった。
中央集権制の象徴としての都「平城京」が成立するのと同時期に「大宝律令」が完成する。
字を見れば分かる。大きな宝の法律だ。
重要なのは「天皇」の存在。皇帝は支那にひとりという世界を覆したのだ。
その起点が「聖徳太子」
日本が名実ともに、近代的で強力な国家体制を作り上げた。これに反対し、破壊したいのは誰か。推して知るべし。

これで十分。
149.名無しさん:2017年03月21日 11:54 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※142
今の馬鹿学者の方がねつ造お笑いだろうが。
私をマスゴミに出せばいいだけのこと。
そして私が監視して、学会の人事を変えればそれで済むことだ。

それが戦後レジームを脱却するということだ。
歴史は事実に基づいた仮説を立てて当然であり、私に批判があるなら同じ土俵で議論すればいい。
それだけのことだ。
150.名無しさん:2017年03月21日 11:55 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※145
お前が馬鹿というのはその通りだとおもうが、日本人かどうか、戸籍や周囲の証言(背乗りでないか)、そういう証拠を持ってこれるなら、持ってこい。
151.名無しさん:2017年03月21日 11:56 ID:vc1hus.R0▼このコメントに返信
※146
正確な事はわからんw

想像するに
①天皇家の権威が落ちてきて慣例法のタガが緩んできた
②本来は、聖徳太子(皇族)は神の子孫のはずだが、そんな事も言ってられなくなってきたので、外国の宗教を導入して守旧派の排除に掛かった
③守旧派排除したら今度は仏教派の重鎮が朝廷内でのさばってしまった
④で、仏教派の重鎮を暗殺
⑤ついでに、仏教派がまた纏まらないよう、聖徳太子の子供も暗殺
※呼び名は現在のものを使っています
152.名無しさん:2017年03月21日 12:00 ID:IS07oGr00▼このコメントに返信
※150
うわ、酔っぱらった上司みたい。
153.名無しさん:2017年03月21日 12:03 ID:IS07oGr00▼このコメントに返信
※151
丁寧な回答をありがとうございます。
個人的な見解では、「聖徳太子の時代」は、まだ天皇家が「神の子孫」って認識はなく、「神の子孫」とされたのは日本書紀編纂以降ではないかと思います。
154.名無しさん:2017年03月21日 12:04 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※142
大化の改新は聖徳太子後半世紀以上を経ている。
大宝律令の完成はそれから先に半世紀。
当然不十分な点があっただろう。

この頃「均田制」が大陸でも我が国でも採り入れられつつある。
つまり既得権の問題があっただろうとは思っているよ。(これだけが問題ではないだろうが)
均田制を採り入れると言うことは、土地を国のものとする必要がある。誰でも知っている「公地公民」
言うのは簡単だが、土地を持っているものには受け入れがたいことだったのではないかと想像はつくだろう。

大化の改新は、こういう政争も関係していると考える。

私の説によれば、こういうことが無理なく関係づけられる。
馬鹿に言ってもしかたがない。
まっとうな日本人は頭に入れてほしいと思っている。
私はこれを10年以上前から書いているから、どこかで見たと思っているかもしれないが・・・。
155.名無しさん:2017年03月21日 12:06 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※152
ガキというのが丸わかりだなw
もうおうちに引っ込んでいなさい。
156.名無しさん:2017年03月21日 12:08 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※151
そんな説明ではよく分からないでしょう。

※154の方が納得できるはず。
157.名無しさん:2017年03月21日 12:15 ID:mHWtYIYt0▼このコメントに返信
天皇の子供は、皇子か親王(どちらも読み方ミコ)。
聖徳太子だけ異質なんだが。
現在のように後継者なら皇太子だろうが、中大兄皇子の例からすると聖徳皇子でなければおかしい。
学がないもので、天皇の子供を太子とした例が他にあったら教えて欲しい。
158.名無しさん:2017年03月21日 12:17 ID:mVcsyNO70▼このコメントに返信
「江戸時代の海外に関する諸々の制限政策についてなんて名付けよう」→鎖国って言葉ができた経緯があるのに、
それから鎖国→「海外との交易禁止のこと」→「江戸時代は鎖国じゃない」って本末転倒だろ
元の定義から、一部交易はあっても制限してる状態が鎖国なわけで
159.名無しさん:2017年03月21日 12:22 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※154
均田制
というのは税の基準の明確化を意味している。
基準に則した土地を与える(正確には国が国民に貸す)ことで、生活の安定を保証する代わりに、基準に則した税を徴収するというもの。
よく考えれば、土地の質や天災などによって、均等な収穫はありえないということは分かるが、その当時としては理想を追求した制度を模索していたことは理解できるだろう。
この当時、日本に街道が造られるが、その幅は統一されたもので、驚くほどの規模がある。
この当時の国民の熱気を感じることができる一例だと私は思っている。

祖調庸は税収の計算ができることを意味し、そこから大まかな予算も立てられる。つまり、軍事に回せる予算を見積もれるということで、戦略も立てられることを意味している。
これがこの当時の軍事力の強大化に果たした役割は大きかっただろう。
現にこの当時、九州や東北地方への遠征が行われている。

こういう時系列に沿った大まかなストーリーを構築した上で、微細な知識を増していかない限り、歴史は少しも理解したことにならない。
生物体系もそうだが、ものには必然の関連がある。
それを見つけることが、ひらめきである。
160.名無しさん:2017年03月21日 12:23 ID:mHWtYIYt0▼このコメントに返信
漫画の“天智と天武”だと聖徳太子は蘇我馬子という説採ってるな。
161.名無しさん:2017年03月21日 12:24 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※157
聖徳太子は死後に送られた贈り名。
ちゃんと皇子表記の名前もあるでしょう。
それを王と呼ばせようとするのが、在日、馬鹿学者。
162.名無しさん:2017年03月21日 12:28 ID:S.U7MqeJ0▼このコメントに返信
鎖国のことを外交一切してないと思ってる奴は勉強してない奴だから無視して良い
小学校ですらそんな風には教えない
日本の教育において鎖国=外交しないって教えたことは一度たりともない
163.名無しさん:2017年03月21日 12:35 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
鎖国は江戸時代から使われている用語であるから、当時の一般的な意識として、日本は「鎖国」だと思っていたのだろうから、それは一つの事実でしょう。
だから、江戸時代は「鎖国」という用語で説明していいのではないかな。

「元寇」もモンゴルからのクレームで変更しようという流れがあったと聞く。
モンゴルは丁重に交易を申し出たのに、日本が断ったので攻めるしかなかったみたいな流れだ。
本当のところは、その場にいないのだから分からないが、普通に考えれば元が侵略しようと仕掛けたと考えるのが自然でしょう。
元寇と昔から言われているのだから、そうなんでしょうと考えればいいだけのこと。
相手に好かれるために歴史を変える。これは変でしょう。
モンゴルを批判するわけではないが、学問と政治は違う。
164.名無しさん:2017年03月21日 12:37 ID:srSoNoUx0▼このコメントに返信
聖徳太子を妄信してるやつは真顔で「神風が吹いて蒙古軍を撃退した」ぐらいの事は言っちゃいそうだな。
165.名無しさん:2017年03月21日 12:38 ID:67KsAqZT0▼このコメントに返信
穿った見方をすれば
米国と条約結ぶまで日本は鎖国して遅れてた=戦勝国史観の拡大解釈
日出ずる処の天子で有名な聖徳太子は気に入らない=シナチョん
166.名無しさん:2017年03月21日 12:39 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※153
私の見解を尊重してみろ。
そういう公平な態度がとれないくせに、いいかっこだけしようとしても誰も認めない。
学問は優れた見解が勝たなければならない。ということぐらいは馬鹿でも分かれよ。
朝鮮人。
167.名無しさん:2017年03月21日 12:39 ID:LlNxQdLN0▼このコメントに返信
※112
真田幸村も真田信繁もありえない
豊臣信繁か真田源二郎のどちらか
「呼ばれていた」の範囲を狭く考えると
「左衛門佐」1拓

こんな話ばかばかしいと思わない?
168.名無しさん:2017年03月21日 12:39 ID:2.cQh8It0▼このコメントに返信
徳川幕府は保護貿易と海外渡航禁止と宗教統制してましたでいいじゃん、鎖国なんて後世マイナスイメージで広められた用語だし
169.名無しさん:2017年03月21日 12:40 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※164
元は幕府の奮戦で上陸を阻止されたが事実のようだな。日本はすごいだろう。うらやましいね。
170.名無しさん:2017年03月21日 12:44 ID:of4.YokP0▼このコメントに返信
※46
>厩戸皇子じゃなくてわざわざ厩戸「王」ってするのも問題でしょ。

1.日本における王は、親王よりも下位にあたる天皇の一族男子の称号の一つ。

2.「天皇」号が成立したのは7世紀後半、大宝律令で「天皇」号が法制化される直前の天武天皇または持統天皇の時代とされる。
つまり、この時代の君主は天皇ではないので、皇子とはいえない。
171.名無しさん:2017年03月21日 12:46 ID:Nw0YvOTH0▼このコメントに返信
「電流の向き」を決めた後に「電子」が発見されたけど「電流の向き」はそのまんまだろ。広く一般に知れ渡った知識をひっくり返すのは混乱を招くだけだよ。
172.名無しさん:2017年03月21日 12:47 ID:CibjZT2J0▼このコメントに返信
もはや鎌倉幕府がいつからなのかわからん。
別に数年違ってても、どこからが幕府なのか多少違っててもええやろ!
173.名無しさん:2017年03月21日 12:48 ID:LlNxQdLN0▼このコメントに返信
※168
なんでそうやって、パヨクに靡くのか?
保護貿易は関係ないし、用語にプラスもマイナスもないよ

言葉狩りとかうんざりなんだけど
174.名無しさん:2017年03月21日 12:50 ID:LlNxQdLN0▼このコメントに返信
※171
そうそれが問題
明確に否定されたなら別だが(例:ゴッドハンド)、特に教育現場でのことを変更するのは慎重になるべき

※172
幕府の定義なんてそもそもないんだよ
大目に数えても幕府なんて5回しか誕生してないんだから
175.名無しさん:2017年03月21日 12:52 ID:.mhh6.Hi0▼このコメントに返信
こんな重箱を突くようなこと言い出したら日本の神のように別名だらけになっていくぞw
176.名無しさん:2017年03月21日 12:59 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
朝鮮人が「日王」という言葉をなぜ使うのか理解しておく必要がある。
支那の価値観では、
ある地域の支配者を「王」と呼称する。
その地域の支配者「王」を束ねる存在。すなわち、王の支配者が「皇帝」であり、天下を司る。
従って皇帝は天下に一人しかいない。という価値観。
朝鮮人は自分で名乗ればいいものを、日本を貶めることで溜飲を下げているあわれな存在と言うことになる。

日本の天皇はある意味、それ以上を宣言したわけで、この時代の日本人の気概を感じる事例だと思う。
177.名無しさん:2017年03月21日 13:06 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※142
逃げただろうがこの馬鹿は。

>先代の英知のすべてを聖徳太子の功績とした可能性もある。

私の文を読めば、そういう意味でも書いていることは分かるだろうw
ただ、当然組織のリーダー的存在はいただろう。
それが

聖徳太子

なのさ。
178.名無しさん:2017年03月21日 13:46 ID:YTkuG5ia0▼このコメントに返信
※167
>真田幸村も真田信繁もありえない
>豊臣信繁か真田源二郎のどちらか
何を言ってんだお前は
と思ったけど、よくよく考えればまさにその通りで納得

ただ「真田幸村」と呼ばれる人はいるけど「真田幸村」と自称した人はいないことから、
学問上の通称としては真田信繁にすべきだとは思う
創作なら好きにすればいい
179.名無しさん:2017年03月21日 14:13 ID:.RgMrV.d0▼このコメントに返信
※178
終いには真田家の子孫達まで「幸村」と呼ぶようになったしな。
他にも、残っている自筆文書が全て「長経」「六右衛門」と署名されている支倉常長とか。
180.名無しさん:2017年03月21日 14:25 ID:IS07oGr00▼このコメントに返信
※163
「鎖国」って言葉は、一応江戸時代である1800年くらいから使われたが、幕府が使った言葉じゃないよ。
江戸時代の特定の民間人が使っただけ。
江戸時代のパンビーは「鎖国」してるなんて考えてなかった筈。
181.名無しさん:2017年03月21日 14:38 ID:9Z6xQEYu0▼このコメントに返信
文科省の役人はクズの集まり(例外もいるだろうけどね)
教科書を出版する某出版社での話だが
打合せと称して文科省役人は昼時にアポを入れ高い昼飯を集りに来る
自分よりかなり年上の出版社の社長を君付けで呼んで、終始偉そうな上から目線の態度
日常的にこんな事やってるクソに、まともな教育制度なんて作れる訳が無い
182.名無しさん:2017年03月21日 15:23 ID:aU5dnpdo0▼このコメントに返信
※178
武士だけのつもりだろうけども、自称にまで制限すると聖徳太子がNGになってしまう。

諡、諱、号、通称、官位名ここら辺をどう統一するかだと思うけども。
183.名無しさん:2017年03月21日 15:42 ID:RgrqtVWy0▼このコメントに返信
※181
そのクソにへいこらおべっか使って必死に仕事貰おうとしている出版社の人間に教育うんぬんいう資格なんてないわなw
184.名無しさん:2017年03月21日 15:49 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※145
逃亡者w
185.名無しさん:2017年03月21日 15:54 ID:l1nlbBST0▼このコメントに返信
名前なんて特定できれば何でも良いかと・・始皇帝とかもう名前の原型すらないけど誰か分かるし。

オランダから見たら鎖国ではないかもしれんが・・スペイン帝国やポルトガルからしたら鎖国だろ。
186.名無しさん:2017年03月21日 16:05 ID:PIBuIwp00▼このコメントに返信
聖徳太子の時代は天皇号使ってなかったから,皇子じゃねーってだけでしょ。
もっとも,神武天皇から今上に至るまで天皇号を使うことにしてるんだから,厩戸だけ「王」にする理由はない。
「聖徳太子」についてはいろいろ神格化されまくってて史実じゃないことも多いから「弘法大師」と同じように
歴史用語としてはどうかなあ,ってだけでしょ。
187.名無しさん:2017年03月21日 16:32 ID:srSoNoUx0▼このコメントに返信
※169
馬鹿は良いな、悩みが無さそうでw
188.名無しさん:2017年03月21日 17:14 ID:IS07oGr00▼このコメントに返信
※186
「神武天皇から今上に至るまで天皇号を使うことにしてる」
ああ、いいインスピレーション与えてくれた。
よく考えたら、〇〇天皇って名前、天武天皇以前はなかった筈だよね?
教科書に「天智天皇」とか「神武天皇」とかってのは、「後から命名した(当時はそう呼ばれてない)」から記載しません。あんたらかんたらオオキミと記載します、ってもあながち間違いじゃないねぇ。
189.名無しさん:2017年03月21日 17:28 ID:9ANVUhdZ0▼このコメントに返信
別に参照で、厩戸皇子と鎖国の説明書いとけばいいだけだろw
わざわざこんなに広まった言葉を変える方が混乱するw
190.名無しさん:2017年03月21日 17:49 ID:knZAKuvP0▼このコメントに返信
愛子の顔見て分かるのは替え玉にすり替わったってことだけ。
191.名無しさん:2017年03月21日 18:07 ID:VKarYt7I0▼このコメントに返信
どうでもいいな
そんなことより亡霊のように現れる騎馬民族征服説とか稲作朝鮮半島経由説を徹底的に叩き潰せよ
こいつらは日本を貶めることが目的で大嘘を垂れ流してるんだから
192.名無しさん:2017年03月21日 18:11 ID:ievMJapg0▼このコメントに返信
鎖国っていうのは交易を禁止してたのではなく、幕府が交易圏を独占していたというのが正しい
193.名無しさん:2017年03月21日 19:23 ID:4.wiZwmW0▼このコメントに返信
そもそも江戸時代初期の日本の主要貿易国は、中国と朝鮮、東南アジアであって、まれに来る西洋船は主要貿易国ではなかった。
豊臣時代から日本の金の流出を防ぐために、西欧諸国との交易に関しては制限を加えていた。これを完成させたのが江戸幕府で、主に西欧貿易による諸藩の武力向上を防ぐため、という面が強い。
この政策をするために、建造可能な船は帆は一枚で甲板構造を持たない和船のみ可という制限もした。また日本人の渡航も禁止し、倭寇進出などで東南アジアで大きくなっていた日本人村は、江戸時代に消滅している。
交易相手国も長崎の出島に押しとどめ、一般町民との接触を絶っている。対馬は朝鮮と、薩摩は琉球(内緒で中国も)との交易を認めている。こういう政策をとっているのだから、鎖国という認識でいいでしょ。
ついでに開国したのは明治政府ではなく、江戸時代末期の江戸幕府だからな。欧米列強と不平等条約を結びまくったのを習ったでしょ。
194.名無しさん:2017年03月21日 20:36 ID:gjxh3Td70▼このコメントに返信
天武天皇期天皇号成立説とて決定的な証拠がある訳じゃないんだし、そんなに太子を王にしたいなら飛鳥をひっくり返して、例えば竹田皇子や田村皇子みたいな皇子と呼ばれた当時の皇族が王と呼ばれていた証拠を挙げてから言えと言う話だし。天武帝期天皇号成立説って天皇号の起源を唐高宗にもっていこうとしていたら、唐高宗が天皇号を名乗る前に天皇号か
195.名無しさん:2017年03月21日 20:41 ID:LlNxQdLN0▼このコメントに返信
※182
いや、俺の言っている意味がわかってない

そんなことはどうでもいいんだよ
みんながわかる呼称で呼べばいいんだよ

当時なんて呼ばれていたか?
なんて話は専門家がする話
196.名無しさん:2017年03月21日 20:42 ID:gjxh3Td70▼このコメントに返信
唐高宗が天皇号を名乗る前の天智帝期に天皇号が日本で使われていたかもしれないことを示す木簡が出てきたらしいじゃないか。何でもかんでも中国起源にして天寿国とか釈迦如来背銘とかを頭ごなしに否定するのは学者の取るべき態度じゃないだろう。
197.名無しさん:2017年03月21日 20:53 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※187
日本にお前らが住み着いているのが楽しい悩みだな。
馬鹿にする愉快さは十分にある。
お前ら生きているのが恥ずかしいだろう。
私は世界に影響を与えている実感があり、充実している。
経済の書き込みでも同じ感覚だね。
お金の成り立ち、信用創造。
これだけ書いて、私を分かる人はいるかもね。
軍事でいえば、ハワイ大好きだし。
自分でもなかなか感心するよ。
198.ネトヲヨ:2017年03月21日 20:53 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※50
「オレはアタマ使って考えるのは嫌だ」までは読んだ。
199.名無しさん:2017年03月21日 21:00 ID:gjxh3Td70▼このコメントに返信
と言うか天武天皇期天皇号成立説は探せば出てくる可能性もあるのに推古朝と天武朝の間に天皇号が使われた形跡がないとして推古朝の使用例まで否定しているのは乱暴だし、一時期武后に騙されて唐高宗が使ったに過ぎない天皇天后を天皇号の起源としたりと何でもかんでも大陸起源説じみているよ。隋にあの書を贈った推古朝に天皇号が散見されるのも偶然でも偽装でもない可能性はあるだろう。
200.名無しさん:2017年03月21日 21:21 ID:XwjbtPRv0▼このコメントに返信
※37
ところが、後醍醐天皇のように自ら自分が死んだ時の諡はこれにしろって言い残した天皇もいるのよ。

壬申の乱の大友皇子の様に明治になってから「弘文天皇」という諡が付けられて歴代天皇に加わった例もあるからなあ。
これは天智天皇の崩御(これも色々と謎があるらしい)から大海人皇子(天武天皇)の勝利による事実上の即位まで半年以上の空白があるゆえに空位期間を作りたくたいという意図がある。 

201.ネトヲヨ:2017年03月21日 21:47 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※126
>そもそも昔のことなど分かるはずもない

おじいちゃん、朝ご飯は食べたじゃないですか!
202.名無しさん:2017年03月21日 22:03 ID:I7EwXMCW0▼このコメントに返信
ついこの前の戦争ですら諸説あるんだから分からなくなって当たり前だよな
203.名無しさん:2017年03月21日 22:04 ID:PdaxDvFb0▼このコメントに返信
聖徳太子は厩戸皇子が亡くなってから付けられた名前だから本来は厩戸皇子であるべき
(しかし長い間聖徳太子という名前で定着しているので聖徳太子復活)
鎖国はオランダや中国などとは貿易してたから鎖国ではない
(しかし開国する時、鎖国があっての開国という流れだから授業で教える時めんどいので鎖国復活)
204.ネトヲヨ:2017年03月21日 22:09 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※202
そんな難しいことじゃない。
史実は史実。
どの立場で見るかだけの問題だよ。

ま、古代に関しては「史実」の見極めが難しいけどね。
205.名無しさん:2017年03月21日 22:16 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※203
上の書き込みを読め。
朝鮮人。
まあ読解力があるまい。
コピペでもしたか。
206.名無しさん:2017年03月21日 22:16 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※201
馬鹿は黙れ。そもそも昔のことなど分かるはずもない。
だから昔から言われていることを大切にすればいい。
聖徳太子はそう言われていることが大切なのであり、なぜそういう贈り名が捧げられたかということが、真実を語っているわけだ。
いないというなら、いない証明を絶対できるという証拠を出せ。ということだ。
あの時代、日本が先進的で強力な国家体制を律令制度を採り入れることによって作り上げたことが重要な本質であって、明治維新と匹敵する国家改変であった。その起点に聖徳太子という「存在」があるから重要視される。
明治維新自体が御一新(維新:古きを手本)であり、その根本は律令時代の国家体制への復帰である。革命ではない。

大陸の統一と勢力圏の拡大が、日本にとって国家存亡の危機にあった時代、聖徳太子、というより、国家そのものの意志として、国家体制の根本的な見直しの機運があったことは想像が付く。そのために支那の律令制度を採り入れ、天皇を中心に据えた中央集権、律令による法治国家建設。官僚制度、刑法の整備、均田制(口分田)税制改革(租調庸)、兵制の整備(防人)これは経済的にも軍事的にも強力な国家ができたことを意味している。
宗教の改革と、統治への利用。→大日如来と曼荼羅的世界と天皇制の一致。天皇の権威付けに影響が大きかっただろう。

こういう一連の大変革が、この時期100年間ほどの間に、それなりの時間を経て形作られていった。
中央集権制の象徴としての都「平城京」が成立するのと同時期に「大宝律令」が完成する。
字を見れば分かる。大きな宝の法律だ。
重要なのは「天皇」の存在。皇帝は支那にひとりという世界を覆したのだ。
その起点が「聖徳太子」
日本が名実ともに、近代的で強力な国家体制を作り上げた。これに反対し、破壊したいのは誰か。推して知るべし。
207.名無しさん:2017年03月21日 22:17 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※201
何か御説でも書いてみろ。
中身が勝負だろう。
低脳。w
208.名無しさん:2017年03月21日 22:18 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※198
馬鹿は黙れ。そもそも昔のことなど分かるはずもない。
だから昔から言われていることを大切にすればいい。
聖徳太子はそう言われていることが大切なのであり、なぜそういう贈り名が捧げられたかということが、真実を語っているわけだ。
いないというなら、いない証明を絶対できるという証拠を出せ。ということだ。
あの時代、日本が先進的で強力な国家体制を律令制度を採り入れることによって作り上げたことが重要な本質であって、明治維新と匹敵する国家改変であった。その起点に聖徳太子という「存在」があるから重要視される。
明治維新自体が御一新(維新:古きを手本)であり、その根本は律令時代の国家体制への復帰である。革命ではない。

大陸の統一と勢力圏の拡大が、日本にとって国家存亡の危機にあった時代、聖徳太子、というより、国家そのものの意志として、国家体制の根本的な見直しの機運があったことは想像が付く。そのために支那の律令制度を採り入れ、天皇を中心に据えた中央集権、律令による法治国家建設。官僚制度、刑法の整備、均田制(口分田)税制改革(租調庸)、兵制の整備(防人)これは経済的にも軍事的にも強力な国家ができたことを意味している。
宗教の改革と、統治への利用。→大日如来と曼荼羅的世界と天皇制の一致。天皇の権威付けに影響が大きかっただろう。

こういう一連の大変革が、この時期100年間ほどの間に、それなりの時間を経て形作られていった。
中央集権制の象徴としての都「平城京」が成立するのと同時期に「大宝律令」が完成する。
字を見れば分かる。大きな宝の法律だ。
重要なのは「天皇」の存在。皇帝は支那にひとりという世界を覆したのだ。
その起点が「聖徳太子」
日本が名実ともに、近代的で強力な国家体制を作り上げた。これに反対し、破壊したいのは誰か。推して知るべし。

分かったかな。
209.名無しさん:2017年03月21日 22:19 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※204
何か御説でも書いてみろ。
中身が勝負だろう。
低脳。w
210.名無しさん:2017年03月21日 22:19 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※197
日本にお前らが住み着いているのが楽しい悩みだな。
馬鹿にする愉快さは十分にある。
お前ら生きているのが恥ずかしいだろう。
私は世界に影響を与えている実感があり、充実している。
経済の書き込みでも同じ感覚だね。
お金の成り立ち、信用創造。
これだけ書いて、私を分かる人はいるかもね。
軍事でいえば、ハワイ大好きだし。
自分でもなかなか感心するよ。
211.名無しさん:2017年03月21日 22:20 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
神はどうやら「沈黙」しないらしい。
ちなみに私は神を見たことがある。
ここでも何度か書いているけどね。
212.名無しさん:2017年03月21日 22:24 ID:Fgjf4dmc0▼このコメントに返信
旧1万円札の肖像を聖徳太子と呼ばず、何と呼ぶ。

213.ネトヲヨ:2017年03月21日 22:24 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※209
おじいちゃん、どうしちゃったんですか?

官位十二階の順番が違いますよ!
魏志倭人伝を読んでくださいな。
214.ネトヲヨ:2017年03月21日 22:29 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※209
あ、スマン、
魏志じゃなく隋書倭国伝な
215.ネトヲヨ:2017年03月21日 22:46 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※209
どした~~、
まだか~~?
寝ちゃうぞ~~~
じゃ、遊んじゃうか・・・

>馬鹿は黙れ
えっ?
特別許す、オマイは黙らなくていい。

216.名無しさん:2017年03月21日 22:47 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※213
すごい知的だな。晒し者w
217.名無しさん:2017年03月21日 22:47 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※215
馬鹿は黙れ。そもそも昔のことなど分かるはずもない。
だから昔から言われていることを大切にすればいい。
聖徳太子はそう言われていることが大切なのであり、なぜそういう贈り名が捧げられたかということが、真実を語っているわけだ。
いないというなら、いない証明を絶対できるという証拠を出せ。ということだ。
あの時代、日本が先進的で強力な国家体制を律令制度を採り入れることによって作り上げたことが重要な本質であって、明治維新と匹敵する国家改変であった。その起点に聖徳太子という「存在」があるから重要視される。
明治維新自体が御一新(維新:古きを手本)であり、その根本は律令時代の国家体制への復帰である。革命ではない。

大陸の統一と勢力圏の拡大が、日本にとって国家存亡の危機にあった時代、聖徳太子、というより、国家そのものの意志として、国家体制の根本的な見直しの機運があったことは想像が付く。そのために支那の律令制度を採り入れ、天皇を中心に据えた中央集権、律令による法治国家建設。官僚制度、刑法の整備、均田制(口分田)税制改革(租調庸)、兵制の整備(防人)これは経済的にも軍事的にも強力な国家ができたことを意味している。
宗教の改革と、統治への利用。→大日如来と曼荼羅的世界と天皇制の一致。天皇の権威付けに影響が大きかっただろう。

こういう一連の大変革が、この時期100年間ほどの間に、それなりの時間を経て形作られていった。
中央集権制の象徴としての都「平城京」が成立するのと同時期に「大宝律令」が完成する。
字を見れば分かる。大きな宝の法律だ。
重要なのは「天皇」の存在。皇帝は支那にひとりという世界を覆したのだ。
その起点が「聖徳太子」
日本が名実ともに、近代的で強力な国家体制を作り上げた。これに反対し、破壊したいのは誰か。推して知るべし。

分かったかな。
218.名無しさん:2017年03月21日 22:48 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※215
全く何とも思わないから。
どんどん書け。
寝るなよ。寝たらおまえら朝鮮人は負けだ。w
219.名無しさん:2017年03月21日 22:52 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※213
よく知っていたな。その言葉。
お前。説明してみろ。
どうせできないだろう。
直接会えるか。お前不細工だろう。
私は高身長で、昔は結構いい男だったよ。(他者評価)w
会う度胸もあるまい。
220.ネトヲヨ:2017年03月21日 22:56 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※217
あ、オレ、オマエの一、二行目しか読んでないから。

オマエ太子信者なのか?
なら他の人と同じで、オレもオマエの相手やめるワ。
コピペばかりでつまんないからな。

考えることを放棄した人間ほど面白くない「物」はないからな。

・・・相手して欲しかったら、
隋書との順番の違いに関しての考察を言ってみろ。

まさか隋書くらいは読んでるんだろ?
221.名無しさん:2017年03月21日 22:57 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※215
実物は貧相でコンプレックスの固まりなんだろう。
図星だろ。
日本人の馬鹿なのかもしれないが。
私、しつこいだろ。
年を取ると、こうなっちゃうんだなあ。w
222.名無しさん:2017年03月21日 22:58 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※220
馬鹿は黙れ。そもそも昔のことなど分かるはずもない。
だから昔から言われていることを大切にすればいい。
聖徳太子はそう言われていることが大切なのであり、なぜそういう贈り名が捧げられたかということが、真実を語っているわけだ。
いないというなら、いない証明を絶対できるという証拠を出せ。ということだ。
あの時代、日本が先進的で強力な国家体制を律令制度を採り入れることによって作り上げたことが重要な本質であって、明治維新と匹敵する国家改変であった。その起点に聖徳太子という「存在」があるから重要視される。
明治維新自体が御一新(維新:古きを手本)であり、その根本は律令時代の国家体制への復帰である。革命ではない。

大陸の統一と勢力圏の拡大が、日本にとって国家存亡の危機にあった時代、聖徳太子、というより、国家そのものの意志として、国家体制の根本的な見直しの機運があったことは想像が付く。そのために支那の律令制度を採り入れ、天皇を中心に据えた中央集権、律令による法治国家建設。官僚制度、刑法の整備、均田制(口分田)税制改革(租調庸)、兵制の整備(防人)これは経済的にも軍事的にも強力な国家ができたことを意味している。
宗教の改革と、統治への利用。→大日如来と曼荼羅的世界と天皇制の一致。天皇の権威付けに影響が大きかっただろう。

こういう一連の大変革が、この時期100年間ほどの間に、それなりの時間を経て形作られていった。
中央集権制の象徴としての都「平城京」が成立するのと同時期に「大宝律令」が完成する。
字を見れば分かる。大きな宝の法律だ。
重要なのは「天皇」の存在。皇帝は支那にひとりという世界を覆したのだ。
その起点が「聖徳太子」
日本が名実ともに、近代的で強力な国家体制を作り上げた。これに反対し、破壊したいのは誰か。推して知るべし。

分かったかな。
223.名無しさん:2017年03月21日 22:59 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※220
お前が書いてみろw
224.名無しさん:2017年03月21日 22:59 ID:k.SpzSBR0▼このコメントに返信
聖徳太子の存在に関しては、天寿国繍帳、古事記 (用明天皇皇子、上宮之厩戸豊聰耳命)、
日本書記(十七条憲法)、『三経義疏』、『上宮聖徳法王帝説』等の資料があり、
救世観音で信仰される太子信仰も、日本書記編纂(完了は720年)の時にはすでに出来上がっている。

そして、厩戸皇子が聖徳太子と呼ばれるようになるのは、空海辺りの時代の神仏習合によるもので
真言宗により着的な神祇信仰である若神子神信仰と厩戸皇子が混交して聖徳太子が出来上がる。
故に、各地に太子堂として残っているのヨ。

225.名無しさん:2017年03月21日 22:59 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※220
まず、私の文を読め。失礼な。w
226.名無しさん:2017年03月21日 23:02 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※220
早く書け。
寝るな。
寝たら負けだぞ。w
227.ネトヲヨ:2017年03月21日 23:03 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※223
あっはっは、結構小心者だったか。

あ、オレの考えな。
聖徳太子がパクったんだな。
そんとき、間違ったがわざと変えたかはわからんが。
228.名無しさん:2017年03月21日 23:07 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※227
自分が書いた文が第三者に理解できるか考えてみろ。
客観視ができない物を「馬鹿」という。
寝るなよ。寝たら負けだ。
私は寝るときはねる。しかし、馬鹿は寝てはいけない。w
229.名無しさん:2017年03月21日 23:08 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※227
早く自説を書け。
採点してやる。
230.名無しさん:2017年03月21日 23:11 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※227
小心者とはどこからそう思えるのか、お前の読解力について疑問がある。書け。

>聖徳太子がパクったんだな。
何をぱくったその主語を書け。さっぱり分からん。

いわゆるコミュ障というやつだと思うが、まず病院へ行け。w
231.名無しさん:2017年03月21日 23:11 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※227
早く書け。
寝るな。
寝たら負けだぞ。w
232.名無しさん:2017年03月21日 23:12 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※228
>自分が書いた文が第三者に理解できるか考えてみろ

ん?そっくりそのまま返したいんだが?
で、オマイはどこが「理解できなかった」んだ?
おじいちゃん、朝ご飯は・・・
233.名無しさん:2017年03月21日 23:13 ID:YaMBwolQ0▼このコメントに返信
隋書の記すあの一回目の日隋接触って推古朝なのに男王がいたり、九州止まりとしか思えない節があったり、あまつさえ日本側の記録がなかったりと謎だらけだけど、あの頃確か太子の異母弟の来目皇子が征新羅将軍として九州に駐屯していた筈だけど南北朝時代の懐良親王みたいな邂逅になった可能性はないのかな?
234.名無しさん:2017年03月21日 23:16 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※232
負けを誤魔化すのが負け犬の証拠。
私の見解に正当に反論してみろ。w
235.名無しさん:2017年03月21日 23:18 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※230
こら、こら、会話ができないのか?
一回できちんとボールを投げなさい。

思いついた都度、レスするから会話がチグハグになる。
オマエはそれでもいいのかもしらんが、
真面目に会話をしようとしている人間にはフラストレーションを与える。
結果、「面倒臭い」と、みんなオマエを避けるようになる。

そんなオマエに注意をしてあげるオレって、優しいだろ?
236.名無しさん:2017年03月21日 23:20 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※232
はぐらかすな。
自説はどうした。
書けないんだろう。
文章を書くのは、そうそう簡単なことではないのだよ。
その大変さをまともな学者なら分かるはずだが、お前にはそれがない。軽い。
237.名無しさん:2017年03月21日 23:21 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※235
自分のことを人に仮託するのは、支那朝鮮のやり方だな。
自分が侵略しておいて、人が侵略するという支那のやり口を思い出したよ。w
238.名無しさん:2017年03月21日 23:22 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※235
真面目に自説を書いてみろ。早く。
239.名無しさん:2017年03月21日 23:23 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※235
馬鹿は黙れ。そもそも昔のことなど分かるはずもない。
だから昔から言われていることを大切にすればいい。
聖徳太子はそう言われていることが大切なのであり、なぜそういう贈り名が捧げられたかということが、真実を語っているわけだ。
いないというなら、いない証明を絶対できるという証拠を出せ。ということだ。
あの時代、日本が先進的で強力な国家体制を律令制度を採り入れることによって作り上げたことが重要な本質であって、明治維新と匹敵する国家改変であった。その起点に聖徳太子という「存在」があるから重要視される。
明治維新自体が御一新(維新:古きを手本)であり、その根本は律令時代の国家体制への復帰である。革命ではない。

大陸の統一と勢力圏の拡大が、日本にとって国家存亡の危機にあった時代、聖徳太子、というより、国家そのものの意志として、国家体制の根本的な見直しの機運があったことは想像が付く。そのために支那の律令制度を採り入れ、天皇を中心に据えた中央集権、律令による法治国家建設。官僚制度、刑法の整備、均田制(口分田)税制改革(租調庸)、兵制の整備(防人)これは経済的にも軍事的にも強力な国家ができたことを意味している。
宗教の改革と、統治への利用。→大日如来と曼荼羅的世界と天皇制の一致。天皇の権威付けに影響が大きかっただろう。

こういう一連の大変革が、この時期100年間ほどの間に、それなりの時間を経て形作られていった。
中央集権制の象徴としての都「平城京」が成立するのと同時期に「大宝律令」が完成する。
字を見れば分かる。大きな宝の法律だ。
重要なのは「天皇」の存在。皇帝は支那にひとりという世界を覆したのだ。
その起点が「聖徳太子」
日本が名実ともに、近代的で強力な国家体制を作り上げた。これに反対し、破壊したいのは誰か。推して知るべし。

分かったかな。
240.名無しさん:2017年03月21日 23:26 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
ハ~~ァ、
で、どこが最終レスだ?
それを言え。
241.名無しさん:2017年03月21日 23:26 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※235
自分のケツは自分で拭け。逃げるな。
242.名無しさん:2017年03月21日 23:27 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※240
お前が自説を書くまでだ。
書かないとお前の負けだ。
ほらほら書け。
243.名無しさん:2017年03月21日 23:28 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※240
謝ることもできないだろう。
朝鮮の現状と同じだ。
私はそうならないように、書き込みではそれなりに注意している。
だから書き続けられる。
244.名無しさん:2017年03月21日 23:31 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※240
泣くなよ。
どうやって終わらせるか、自分で考えろ。
少なくとも私は許さない。

245.名無しさん:2017年03月21日 23:37 ID:YaMBwolQ0▼このコメントに返信
気にくわない人物を官位を下げて歴史に残すとか春秋そのものじゃないか。無論孔子は偉大だけどこう言う行為は評価出来ない。
246.ネトヲヨ:2017年03月21日 23:38 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※242
ほんとにバカなんだな。

「で、どこが最終レスだ?それを言え。」
の答えが
「お前が自説を書くまでだ」

って、会話が成り立ってないだろ?
で、それ自体がオマエの切羽詰まった状況を示しているんだぞ?

ま、でもいいや、
オレ、弱い者いじめは好きじゃないんで。

自説と言えるかどうかはわからんが、
ま、「パクリ」だわな。
オマエは「主語は?」と言ったが、主語は聖徳太子だから、
「誰から?」と聞きたかったんだろうな。

でも、ちょっと真面目に考えればわかるはず。
隋書に書かれているわけだから、その相手国。

「 此の後、遂に絶つ」と言った相手。
247.名無しさん:2017年03月21日 23:42 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※246
私が弱いものとは何を根拠にしている。
お前は泣いて書いているだろう。
ケツは自分で拭け。恥さらしの低脳。
さっさと文を書け。
はぐらかしをしてもこちらは何にも感じない。
そういう意味では私は冷酷なんだよ。徹底的にやる。
248.ネトヲヨ:2017年03月21日 23:42 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※244
な~んだクズ。
せっかく優しく教えてやったのに、
レスの垂れ流しか。。。

も、相手してやんないからな。
サヨ~~ナラ~~
249.名無しさん:2017年03月21日 23:45 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※246
私に馬鹿というのはヘイトであり、許さない。
私は馬鹿ではない。そういう自覚がある者に馬鹿と言ったな。許さない。
訴える。身元を書け。
250.名無しさん:2017年03月21日 23:45 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※248
負けて逃げた、腰抜け。
寝るな負け犬。
251.名無しさん:2017年03月21日 23:47 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※248
どうした。きちんと終わらせないと心に障害を負うぞ。
怖くて怖くて恐怖におびえる毎日だ。
きちんと自説を書け。
252.ネトヲヨ:2017年03月21日 23:48 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※249
相手しないと言ったが、
相手する。

オマイ、明日仕事行けるか?
253.名無しさん:2017年03月21日 23:48 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※248
笑われ物の負け犬朝鮮人。お前らみんなの敗北。
これからもどんどん叩きつぶす。
誹謗中傷ではなく、知識と事実で。w
254.名無しさん:2017年03月21日 23:49 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※252
謝罪と賠償をしろ。
ヘイトで訴える。
255.名無しさん:2017年03月21日 23:51 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※252
自説を書け。早く。
評価して、納得する内容ならきちんと判断する。
ケツは自分で拭け。
256.ネトヲヨ:2017年03月21日 23:53 ID:XWQASdLq0▼このコメントに返信
※254
訴えてもいいが、

オレが「謝罪する」としたらどういう意味だかわかるか?
オマエに哀れみを持っているってことだぞ。
そんなことは望んではいないだろ?

257.名無しさん:2017年03月21日 23:54 ID:UEliUrKI0▼このコメントに返信
支那朝鮮人が聖徳太子を消したがってると言うおかしな妄想は一体どっから来てるんだ?
なんか根拠が有るのか?
258.名無しさん:2017年03月21日 23:57 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※252
因みに私の活動は、警察に報告し記録してもらっている。
以前朝鮮人から脅迫されたことがあり、それへの対策である。
法機関に所属しているというやつが、その仲間を使って危害を加えるみたいな脅迫もされたことがある。
それは不適格でお前が不利になると書いたところ、家が二つの国にあるといってアカウントを消して逃げたな。
まあ、在日だろう。
私は真面目に書き込んでおり、それを貶めたのはお前だと言うことを忘れるな。
自分のケツは自分で拭け。
259.名無しさん:2017年03月21日 23:58 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※256
謝ると言うことは、お前が負けたと言うことであり、それ以外の意味はない。
お前は私に勝てる何もない。内容すらない人間だろう。
自説を書け。早く。
260.名無しさん:2017年03月21日 23:59 ID:fzQp9AtY0▼このコメントに返信
※257
そうでない証拠をあげてみてくれ。wバイ一休さん。
261.名無しさん:2017年03月22日 00:03 ID:D2Aezwh60▼このコメントに返信
私が朝鮮人を連呼しても一切否定しないところは、朝鮮人と思われても仕方ないところだろう。
そういう立場なら聖徳太子などについて余計なことを言う必要はない。
262.ネトヲヨ:2017年03月22日 00:03 ID:mQiuSm.x0▼このコメントに返信
※259
※246に書いてある。
それが見えていないのは、オマエが冷静さを欠いてるからだ。

ところでオマエの好きな食べ物はなんだ?
オレはパピコな。

いや、これは大事な質問だ。
263.名無しさん:2017年03月22日 00:05 ID:D2Aezwh60▼このコメントに返信
自説を書け。早く。
264.名無しさん:2017年03月22日 00:06 ID:mQiuSm.x0▼このコメントに返信
※263
※246に書いてある。
265.名無しさん:2017年03月22日 00:08 ID:D2Aezwh60▼このコメントに返信
※262
はぐらかすな。私には全く通用しない。
自説を書け。具体的に論理立てた文章をな。w
書けないんだろう。
馬鹿だから。
腹が立つなら、ちゃんと書いてへこませろ。
266.名無しさん:2017年03月22日 00:09 ID:D2Aezwh60▼このコメントに返信
※264
え。これ。
やり直し。
267.名無しさん:2017年03月22日 00:10 ID:D2Aezwh60▼このコメントに返信
馬鹿は黙れ。そもそも昔のことなど分かるはずもない。
だから昔から言われていることを大切にすればいい。
聖徳太子はそう言われていることが大切なのであり、なぜそういう贈り名が捧げられたかということが、真実を語っているわけだ。
いないというなら、いない証明を絶対できるという証拠を出せ。ということだ。
あの時代、日本が先進的で強力な国家体制を律令制度を採り入れることによって作り上げたことが重要な本質であって、明治維新と匹敵する国家改変であった。その起点に聖徳太子という「存在」があるから重要視される。
明治維新自体が御一新(維新:古きを手本)であり、その根本は律令時代の国家体制への復帰である。革命ではない。

大陸の統一と勢力圏の拡大が、日本にとって国家存亡の危機にあった時代、聖徳太子、というより、国家そのものの意志として、国家体制の根本的な見直しの機運があったことは想像が付く。そのために支那の律令制度を採り入れ、天皇を中心に据えた中央集権、律令による法治国家建設。官僚制度、刑法の整備、均田制(口分田)税制改革(租調庸)、兵制の整備(防人)これは経済的にも軍事的にも強力な国家ができたことを意味している。
宗教の改革と、統治への利用。→大日如来と曼荼羅的世界と天皇制の一致。天皇の権威付けに影響が大きかっただろう。

こういう一連の大変革が、この時期100年間ほどの間に、それなりの時間を経て形作られていった。
中央集権制の象徴としての都「平城京」が成立するのと同時期に「大宝律令」が完成する。
字を見れば分かる。大きな宝の法律だ。
重要なのは「天皇」の存在。皇帝は支那にひとりという世界を覆したのだ。
その起点が「聖徳太子」
日本が名実ともに、近代的で強力な国家体制を作り上げた。これに反対し、破壊したいのは誰か。推して知るべし。

これぐらいの文は書け。
268.名無しさん:2017年03月22日 00:12 ID:D2Aezwh60▼このコメントに返信
レベルは同じだろうか。w
面白い。
振り上げた拳を下ろせない、あわれな朝鮮人。
いじめられてるぞ。
269.ネトヲヨ:2017年03月22日 00:12 ID:mQiuSm.x0▼このコメントに返信
※265
スマンが腹は立たん。

「ちゃんと書いてへこませろ」
いや、ドクターストップだ。

270.名無しさん:2017年03月22日 00:14 ID:D2Aezwh60▼このコメントに返信
朝鮮民族。馬鹿にされているぞ。事実で対抗してみろ。
271.名無しさん:2017年03月22日 00:15 ID:D2Aezwh60▼このコメントに返信
※269
朝鮮人はしつこさが命だろう。
早く書け。
池に落ちた犬を叩くというのは学習させてもらったよ。w
272.名無しさん:2017年03月22日 00:15 ID:5cNh8lHK0▼このコメントに返信
※233

隋書倭国伝での、男王が...の下りは歴史の謎の一つで、さらに資料の発見を待たないと難しいのでは
また、一部歴史家は上宮王家が皇位(当時は大王)継承権の最上位と、大兄に代表される政治的地位
から、男王=厩戸皇子とする説がありますが、法王帝説では厩戸皇子=大王との記載ないことから、
厩戸皇子が大兄の地位で、政治分野を総覧し、推古帝が祭事を総覧したと考えていて、故に男王と
誤解したと考えています。
来目皇子は日本書記では、筑紫で薨去し、大阪府羽曳野市の塚穴古墳に葬られたと記載あるだけで
邂逅になった可能性はわかりません。
273.名無しさん:2017年03月22日 00:17 ID:D2Aezwh60▼このコメントに返信
※269
私は許さない。
勝つのは当然だ。力量も経験値も段違いなんだよ。
だが、許さない。
国のためだ。
274.名無しさん:2017年03月22日 00:45 ID:npj.wrLE0▼このコメントに返信
隋書で大王と号するアマタリシヒコが使者を遣わしたと書いてるけど
この人が聖徳太子なんだろう
当時は大王と呼ばれていたのかも
275.名無しさん:2017年03月22日 01:39 ID:Vw9pSZIY0▼このコメントに返信
説明を加えるってなら分かるけど言葉を止めるとかアホの極み
276.名無しさん:2017年03月22日 01:53 ID:kNuzIQm70▼このコメントに返信
清国とは交易あったんじゃないの?
でも完全鎖国ではないだろうけど、江戸時代が鎖国じゃないなら、明治が開国ってのも、インパクト大分薄くなるよね。
閉じてたからこその開国なわけで。

あと聖徳太子は微妙だな。
死後につけられた名前だからNGってのは、それだけじゃ論拠は乏しい。
厩戸皇子(聖徳太子)って欠いて、聖徳太子を太文字にすれば良いんじゃないの?
277.名無しさん:2017年03月22日 02:56 ID:v45B0Ged0▼このコメントに返信
当時はそう呼ばれていなかった、とか言い出したらそもそも現代語で教科書作るのおかしいわな。
略字もアウトだし、時代によってはひらがなすら使えん。
278.名無しさん:2017年03月22日 04:38 ID:VXkTyx6S0▼このコメントに返信
全ての世界に言えることだが、ネットの底辺が「AはAに決まってるだろ。アホかwww」とか草生やしてるようなあらゆる知識にも全て抗弁があって、議論がある・・・それだけの事だよ。 この話に限らず、歴史だけとっても殆どの事実に議論はある。 世界中でね。 それが普通。

あらゆる法規を勉強した人間なんかもよく知ってると思うが、例えば「法律ではこうなってるから○○が正解」とかネットで「知ったか」してる底辺の意見にも、全て「色んな派閥論理」があって完全正答なんかない。 それは上記したように全ての学問や実務にもあてはまる。 今回のようなモノが大きく取り上げられたのは、「たまたま低脳化が進んだメディアが食い付くくらい周知の議論だったから」だよ。 それだけ。
279.名無しさん:2017年03月22日 08:00 ID:rwNgPkkm0▼このコメントに返信
※276
一応突っ込んでおくと
 鎖国=「江戸時代の」対外政策を説明するための造語
だからね。幕末期に造られて明治以降に流布した

現代では他の事例にも援用しているけど、本来は江戸時代にしか使えない言葉なんだ
遣唐使廃止以降の平安時代を鎖国とは呼ばないでしょ。その意味で「鎖国はなかった」論は、語義矛盾なんだよ
「一般的な鎖国というものがあって、江戸時代の鎖国度はどの程度か?」という性質のモノじゃないんだ

それでも「江戸時代の対外政策を鎖国と呼ぶのは適当か?」という議論は当然あっていい
ただそれは近世政治史のコアな世界で議論すべきことで、(日本史の概略を理解する為の)義務教育に持ち込む話じゃないよね
足利尊氏の肖像画のような事実関係に疑義が挟まれた事案じゃなくて、(上で示した通り)歴史の解釈の話なんだからさ
280.名無しさん:2017年03月22日 12:18 ID:l2eyAPUK0▼このコメントに返信
※274
推古天皇じゃないのそれ?

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