2017年03月07日 22:40

本能寺の変の黒幕を探ろうぜ

本能寺の変の黒幕を探ろうぜ

03

引用元:本能寺の変の黒幕を探ろうぜ
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1488759753/

1: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:22:33 ID:QQ6
日本史最大のミステリー

本能寺の変の黒幕やいかに!?

2: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:23:03 ID:QQ6
以下、主要人物の紹介から

5: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:26:10 ID:QQ6
織田信長

この頃、50歳。
家督は息子に譲るも、まだまだバリバリ実権を握っている最中。
戦国の世で揺るぎないくらいの最大勢力を築いて、天下取りまでぼほぼ消化ゲーム状態のところ明智光秀の反逆により天寿全う。

9: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:27:54 ID:epK
天寿全うしてるのかよ

11: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:30:23 ID:QQ6
明智光秀

織田信長の家来。
本能寺の変実行犯。
有能揃いの信長家臣集団の中でも、信長から特に評価されていた1人。
信長よりも年上で本能寺の変時点では既に60過ぎ。
信長に面目を潰されるエピソードがいくつもあり、信長を恨んでいたとされる。
でも、大人しくしていれば織田統治下の日本で恐らくNo.5以内の要職を得ていただろうに、なぜ60すぎて勝ち目の薄い裏切りに出たのか動機が不明。

14: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:34:59 ID:oH8
>>11
被害妄想が禿げしかったんじゃねーの
「このままイジられ続けたら最後は絶対殺される…」ってな感じで

15: (´ω`スレイマン)■忍法帖【Lv=34,エリミネーター,dn5】 2017/03/06(月)09:38:23 ID:CU1
>>14
当時有力な家臣団は遠方の敵対諸勢力と交戦状態にあったから勝ち目ありと考えても特別不自然ではない

13: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:34:41 ID:QQ6
豊臣秀吉

超絶有能&コミュ力MAXのお猿さん。
出世意欲が半端なく、日本史上最強の立身出世の体現者。
とにかく頭が良いのと、どんな相手でも口車に乗せ自分の味方に引き入れてしまう能力を持つ。
本能寺の変の時は、信長の反対勢力でも超強敵の毛利と戦っていた。
本能寺の変で一番直接的な恩恵を得たのが秀吉なので、黒幕としてよく疑われている。

16: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:39:08 ID:QQ6
徳川家康

勘違いされるけど、信長の部下ではない。
一応同盟を組んでいる仲間。
古い頃からの付き合いで信長とは深い絆がある。
ご存知の通り、超有能な武将なので信長も頼りにしていたけど、逆に言えば『信長の全国制覇』の最大の障壁であったとも言える。
本能寺の変の時は、近くでウロウロしてた。

18: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:40:57 ID:G2j
豊臣秀吉は信長の死を聞いてから帰るのがめちゃくちゃ速かったんだっけ

19: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:43:06 ID:R4R
中国大返しやろ

22: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:47:25 ID:G2j
>>19
それだ

20: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:43:59 ID:oH8
秀吉「そろそろ信長死んだかな~?」時計チラッチラッ

22: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:47:25 ID:G2j
>>20
ジリリリリ
受話器ガチャ
「信長さまが・・・なんだってー!」(すっとぼけ)

21: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:44:29 ID:QQ6
朝廷

要するに天皇一族。
直接的な軍事力は特にないけど戦乱の世の中でも、みんな天皇の顔は立ててくれてた。
天皇に手を出しちゃあかんでしよってのが当時の常識だったけど、「天皇?いや俺の方が偉いしw」っていう非常識野郎の信長が天下を握ろうとしているのでめっちゃビビってる。
一応信長に天皇から超すごい役職を贈って面目を保とうとするも、信長的には「そもそもお前のくれる役職に興味ねーよ」的スタンスなので頭を悩ませていた。

37: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:13:34 ID:Zqk
>>21
俺はこの辺りが怪しいと睨んでる
明智だけだったらやってないんだよな
秀吉が裏切るはずはないから柴田もありえない
明智だって後ろ盾もないまま裏切りはしない

23: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:50:27 ID:AYT
どう考えても家康じゃね?
天海は光秀か光秀に極めて近しい人物だろう

24: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:50:31 ID:oH8
羽柴秀吉リーリー言いながら既に京に向かってた説

25: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:52:12 ID:QQ6
毛利元就

戦国の有数の強豪武将。
とは言え本能寺の変の頃にはもはや信長との戦力差は明白。
信長の部下である秀吉とドンパチしており、お互いに厳しい戦いだった。
なんか秀吉がいきなり休戦しよーぜと言ってきたので、とりあえずホッと一息ついてた。
もう少しでたぶん家ごと潰されてたけど本能寺の変で生き長らえた。

26: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:53:30 ID:G2j
ひとついえるのは
織田信長が亡くなって歴史が大きく動いたということだな
当たり前かもしれんけど

28: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)09:58:13 ID:QQ6
長曾我部元親

四国を平定した凄いやつ。
ようやく四国統一したぜと思った矢先に信長に四国よこせと言われてブチギレ。
因みに信長の命令で長曾我部元親と交渉していたのが明智光秀。
元親の面目を立てようと光秀は頑張ったけど、信長は「四国渡さねーなら長曾我部潰すわw」と一蹴し光秀を悩ませた。
信長が生きてたら成敗されちゃってたので、本能寺の変で生き長らえた人物の1人と言える。

29: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:00:59 ID:QQ6
武田一族。

かつて戦国最強と言われた故武田信玄の一族。
長篠の戦いで信長・家康にやられ、本能寺の変の前に一族消滅していた。
武田一族が滅びたことで、織田信長の天下は約束されだと言っても言い過ぎではないだろう。
因みに、武田家の家臣の多くを家康が引き取り重用している。

30: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:02:38 ID:kUM
弥助は?

31: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:05:02 ID:QQ6
>>30
信長の最後の言葉をみんなに伝えた後無罪放免されてる。

当時の日本で後ろ盾がなくなった黒人がどう生活してたのだろう。
他の武将に召し抱えられたのならそういう記録が残ってるだろうから、本能寺の変の後は村人にでもリンチされて死んだのじゃなかろうか。

33: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:08:06 ID:QQ6
さて、時代は戦国時代。

裏切り、共謀、暗殺、下克上何でもありの時代だ。

信長がかなーりイケイケの凄いやつだとしても、部下を含めてすきあらば信長を出し抜いてやろうと思う奴は沢山いたはずだ。

しかも信長はかなり強引な性格だったから敵も多く作った。

ゆる~いレベルでの話なら、信長をやっちまおうって動機はほぼみんなにあったと言っていい。

34: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:09:30 ID:oH8
>>33
全員黒幕説

36: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:11:55 ID:QQ6
あの時代、信長の家臣団トップクラスの有能は一部を除いて天下を取る『能力』と、天下を取りたいという『野心』両方を兼ね備えている奴ばかりだった。

というか、そういう奴じゃなかったら、超絶実力主義の織田軍団で出世なんてできなかった。

40: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:17:17 ID:QQ6
しかも、信長はブチギレると、自分に貢献したやつでもアッサリぶっ殺したり、メンツを潰すようなことをやらかすような奴だ。

『この会社、急成長して日本トップの大企業になったけど、会長の頭ぶっ飛んでてるからいつ懲戒解雇されるかわかんねーよ』

今風に言えばそんな雰囲気だったのだろう。

だから、信長との『信頼』や、『評価』があるからと言って、今後も安心して信長を支えようと思えた部下は少なかったはずだ。

『信頼』なんて言葉は、戦国の世じゃクソの役にも立たない。
実際、信長に関わらず戦国時代は同盟破りなんて普通にあった。

41: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:20:09 ID:Isr
死体がないのは死体を運んだか
生存して死んだ事にしたかったと言うこと。

48: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:31:32 ID:Zqk
>>41
信長の首が無いのは確かにおかしい
焼けたって必ず頭蓋骨ぐらいは残るはず

43: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:21:25 ID:QQ6
ミステリーを解く基本は簡単だ。

犯人を見つけるには『事件で得をした人物』を探せばいい。

では、明智光秀は本能寺の変で得をしたのか?
結果だけ見れば全く得をしてないのは明白だろう。

このままいけば織田政権の重鎮として日本を治める1人になっていたはずだ。
それが農民にぶっ殺されてあの世行き。

後世には裏切り者として名前を残すことになった。

44: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:22:23 ID:oH8
ってことは裏切り者を討った秀吉……!?!?

47: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:30:00 ID:Zqk
>>44
当時はそんな時間ない
秀吉黒幕説には無理がある

45: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:25:01 ID:QQ6
いやいや、結果としては失敗だったとしても、何かしらの得を得る目論見があったんだよ!

いやまぁ、そうだよね。
そうじゃなきゃこんなぶっ飛んだ事しないよね?

じゃあ、どんな得を目論んでいた?
その真の目論見は専門家でも意見分かれてるんだからそんなもんは俺に分かるわきゃない。

一つ言えるのは、わざわざ挙兵したんだから、信長を倒した後も勝ち残る算段があったという事だ。

50: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:33:09 ID:Zqk
>>45
その通り
明智には算段があった
それを保証出来るのは朝廷以外にはいないと俺は思っている

46: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:28:55 ID:QQ6
光秀は信長の家臣の1人に過ぎない。

普通に考えれば信長を倒しても、その後他の家臣団にぶっ潰されるのは明白だ。

光秀は信長も評価する秀才だ。
そんな奴が『信長ムカつくから衝動的にやっちゃいまし~★テヘ★』なんてことはありえない。

つまり、信長を倒した後に、自分に敵対するであろう信長家臣団を敵に回しても勝ち残るだけの算段が光秀にあったはずだ。

51: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:34:34 ID:QQ6
よーするに

『信長むかつよね?一緒に倒そうよ!俺が信長やっつけるからさ、他の奴らが攻撃してきたら助けてよね?』

と約束した仲間が絶対にいる。
(仲間がいないのにこんな事したならマジで光秀ストレスで頭が逝っちゃったんだよねって話になる)

しかもそれは、並み居る強豪揃いの織田家臣団を倒せるだけの実力者じゃないと意味がない。

君がスネ夫だとして、ジャイアンを喧嘩に挑むとする。
ドラえもんのいない単体ののび太くんが加勢してくれるからって安心できるだろうか?
たぶん、諦めるだろう。
でも、ドラえもんがひみつ道具を出してくれるとしたら…?

52: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:38:57 ID:QQ6
さて、信長を倒した後も勝ち抜けそうな味方ってだれだ?

その候補が先ほどの人物紹介のメンツだ。

豊臣秀吉。
徳川家康。
朝廷。
長曾我部元親。
毛利元就。

その他にも信長を倒した後味方してくれそーな奴は居ただろうが、『こいつが味方になれば安心!』というレベルの奴は居ないだろう。

たぶん。

55: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:44:25 ID:QQ6
そこでお互いの利害関係を見てみよう

秀吉:光秀
織田家臣団で出世レースを争うライバル同士だ。
信長を倒したところで、秀吉が光秀の部下になるとは到底考えられない。
秀吉も光秀もお互い超絶有能な策略家だ。
まさか『信長倒したらお互い助け合おうね★』なんて直接的な協力関係は無理があるだろう。

56: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:45:42 ID:QQ6
秀吉と光秀は言わば

光秀が損をすれば秀吉が得をし、
秀吉が損をすれば光秀が得をする。

それくらいに利害が噛み合わなかった相手じゃなかろうか?

57: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:47:21 ID:myN
明智との抗争を続けながら適当に相手してやるってほど毛利家は甘くない

58: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:52:07 ID:WBu
義昭とかが手紙流してそれぞれが黙認なり援助なり偽約束した結果でしょ

60: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:54:18 ID:QQ6
>>58
義昭忘れてたわwwww

59: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:53:49 ID:QQ6
家康:光秀

光秀からしたら、秀吉と比べればダンゼン協力関係を築きやすい相手だ。
家康は織田家臣では無いので、直接的に出世を競う相手では無い。
何より、家康からしたら、有力な織田家臣団に自分の味方が欲しかったはずだ。

なぜか?
家康からすれば、信長が天下を取るのは明白だっただろう。
毛利を潰し、四国を手に入れ、残るのは徳川家だけだ。

いずれ織田とは『同盟』でなく『部下』になるよう強要されるようになるのは明白だ。
ならば、その時に備えて『織田家の有力者』に味方を作りたいと思って居たはずだ。

秀吉からしても、既に戦国で信長に次ぐ力を持って居た家康は是非とも味方に引き入れたかっただろう。
つまり、この2人には協力関係を結ぶだけの動機がある。

61: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:56:07 ID:QQ6
足利義昭

征夷大将軍、足利家を継ぐ者。
織田の軍門に下るも、足利家最高を夢見てる。

直接的な力はあまり無いけど、権力はあるので舐めてかかってはいけない。

83: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:55:10 ID:wcP
>>61
足利家最高を夢見てる。

乙女かよw

63: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:02:54 ID:QQ6
朝廷:光秀

これも協力関係を築きやすかったのは明白だ。
朝廷の本音は「信長が消えて、朝廷に素直な奴が天下を取ってくれればいいのに…」だ。
光秀の領地は京都だし、源氏の流れをくむとかくまないとかで朝廷とパイプがあった。

毛利や長曾我部のように、外から戦を仕掛けても信長を倒せないのは朝廷もよく分かっていただろう。
いますぐ信長に消えて欲しい朝廷にとって、残された唯一の道は『織田家を内側から滅ぼす事』であり、その適任こそ光秀だったと言える。

光秀の挙兵に朝廷の意向がまったく噛んでいないと考える方が難しいだろう。

68: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:21:07 ID:Zqk
>>63
俺はこの辺だと思っている

64: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:05:01 ID:QQ6
だが、朝廷には直接的な軍事力はない。

下手に動いて信長を刺激すればまじで一族を滅ぼされかねない。
だからこそ、朝廷は表立って信長討伐例を出すことはできなかったはずだ。

極めて内密に布石を打った事だろう。

65: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:11:48 ID:QQ6
毛利元就:光秀

秀吉と交戦中の毛利。信長が本能寺にいたのも、そもそも毛利と戦ってる秀吉に加勢するためだった。
そして光秀にとって秀吉とは、出世レースでも、信長討伐後も目の上のたんこぶだ。このまま、毛利を秀吉に倒されてしまっては大きく差が付けられてしまう。
お互いの利害は合致してる。

加勢にくるはずの信長が死んだとなれば、秀吉は混乱するだろうと考えるのが普通ま。
その混乱に乗じて毛利が秀吉を攻め、信長を倒した光秀が秀吉を挟み撃ちにする。

そんな目論見があったのかはさておき、お互いに何かしらの密約はあったのかもしれない。

だが、信長を倒したくらいで

66: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:17:03 ID:QQ6
長曾我部:秀吉

これも協力関係を築けただろう。
長曾我部からすれば座して信長に四国を取られることを待っているわけにはいかない。

だが自分から打って出たところで敗北は目に見えている。
織田家を中から滅ぼしてくれる誰かを強く望んでいたのはずだ。

そして光秀からしても、家康ほどにないにせよ強力な軍事力を持つ長曾我部が味方となれば頼もしかったはずだ。

69: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:21:13 ID:QQ6
事実、長曾我部は本能寺の変の直後に光秀を援護する動きを見せている。

というか、光秀の動きにまともに呼応したのは長曾我部くらいじゃなかろうか?

71: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:25:46 ID:QQ6
さて、ザックリと光秀にとっての関係性を纏めよう

秀吉:ライバルだから協力はむり!むしろ倒したい!

家康:協力できそうだけどすぐ動いてくれるか分からん。

朝廷:仲間だけど、たぶん表立って味方はしてくれない!

毛利・長曾我部:味方してくれるだろうけど、こいつら単体じゃ不安!

72: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:26:30 ID:QQ6
他にも中小勢力も含めれば、信長を倒せば味方してくれそうな奴らは結構いただろう。

73: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:28:57 ID:Zqk
俺の感覚だと毛利・長曾我部はありえないんだよな
明智だって信長を殺したあとの後ろ盾は必要だったはずなので単独犯ではなかったってのは賛成するが

74: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:32:53 ID:QQ6
秀吉「うっひょおお!!絶好調だぜえええ!!織田家臣団ナンバー2の座は俺のもの!!」

信長「おらー、光秀ー!!秀吉見習ってちゃんと働けコラァ!!」

光秀「こいつらうぜぇ」

朝廷「早く信長をやっちまってくよ~光秀っち~」

毛利「信長と秀吉うぜぇ!どうにかならんか」

長曾我部「このままじゃ信長にやられちまうよ光秀さん。ヘルプミー」

光秀「こいつらなら一緒に信長潰してくれるか」

光秀「でもこいつらで秀吉やら柴田やらに対抗できるか微妙だわ」

75: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:37:06 ID:QQ6
家康「どーも」

光秀「家康さん頼みがあるんすよ~信長やっちゃいましょうよ」

家康(信長には消えて欲しいけど心許ないな~)

家康「う~ん」

光秀「みんな信長嫌いだし、俺には朝廷のバックがついてるから、一度立ち上がればみんなも助けてくれますよ!」

家康「みんながやるなら俺もやるわw」

光秀「よっしゃー!家康さん味方につけたわ!!」

77: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:42:27 ID:QQ6
信長「近いうちに、毛利・長曾我部にとどめ刺すわw」

秀吉「うぃ~~~す!うひょおおこの大手柄は俺のもんやwwww」

光秀「やべぇ、毛利と長曾我部が消えたら流石に無理ゲーだわ」

朝廷「今しかないだろ!頑張れ光秀っち!」

光秀「~~というわけで、家康さんよろしくたのんますよ!」

家康「おっけ~。その辺プラプラしてるから、タイミングきたら行くわ(無理そうなら知らんぷりして逃げよ)」

光秀「おらー!!信長さらば!」

信長「ぜひもなし」

79: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:43:59 ID:myN
>>77
ありうるなあ・・・

80: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:49:05 ID:QQ6
秀吉は前述した通り、超絶コミュ力の持ち主だ。

絶対に味方にならないだろうと思われる敵すらも調略するのが秀吉の凄さでもある。
そんな秀吉だ、色んな所に情報網を持っていたことは間違いない。

もし>>77のように光秀が動いてたとした、光秀は朝廷や家康、毛利など色んな所へこの陰謀を持ちかけていたことになる。
昔は今と違って電話で直接話すわけにはいかない。

書状なり何なりで人を介して話を持ちかけるわけだ。
情報の漏洩があった可能性は高い。

78: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:43:54 ID:QQ6
本能寺の変までの流れはおおよそこんな感じじゃないかと俺は推測する

だがここで特筆しておきたい存在が秀吉だ。

81: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:51:26 ID:QQ6
もし、極秘に秀吉が光秀の計画を察知していたとしたら?

きっとこう考えただろう。

これはもしかして、チャンスではないか?
光秀が信長を殺したら、織田家は滅ぶ。
その後光秀を倒せば、自分自身が天下を取ることができるのではないか?

と。

82: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:53:15 ID:QQ6
もともと、自分よりも農民の秀吉だ。

『自分より地位の高い相手を出し抜く』

その事にいっぺんの迷いもなかっただろう。

そしてそれは、たとえ相手が信長であったとしても例外ではなかったはずだ。

84: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)11:56:08 ID:QQ6
だから、秀吉は光秀の動きを事前に察知していたとしてもそれを黙殺しただろう。

秀吉は信長を敵に回して勝つ自信はなかったが、光秀相手ならば倒せると踏んだのだろう。

光秀がいつ謀反を起こすかまでは分からなかっただろう。
だが光秀の謀反の噂を耳にした時点で、『いつ光秀が裏切っても対応できる準備』を秀吉は行ったはずだ。

信長には告げず、秘密裏に。

85: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)12:00:10 ID:QQ6
部下「光秀が裏切るらしいっすよ」

秀吉「まじかよw信長いなくなったら俺の天下やんw」

秀吉「光秀が謀反起こしたらいつでも戦いに行けるように、兵の準備と毛利との和睦の準備しとけよw」

部下「了解しました!」

秀吉「ついでに、織田の家臣団が光秀に味方しないように、信長様は逃げ延びて生きてるって書状でも送ってやるかw」

秀吉「そうすりゃみんな、信長様が生きてると思って光秀に寝返ったりせんだろwww」

87: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)12:04:08 ID:myN
>>85

秀吉「まじかよw信長いなくなったら俺の天下やんw」


そうはならない
柴田勝家に簡単に勝てると思うほど秀吉は馬鹿ではない
清洲会議なんてどっちにころぶか分らなかった

86: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)12:01:39 ID:myN
「秀吉は光秀の動きを事前に察知していたとしてもそれを黙殺しただろう」

どうかな?
あの時点では秀吉にとっては、まだまだ信長の存在には旨みがあったわけで信長殺しなんか考えてもいなかったと思うな

90: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)12:06:05 ID:QQ6
>>86
もちろん秀吉主導で天下を取ろうとすることはしなかっだろう。

だけど、明智が信長を殺して仕舞えば話は別だ。

91: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)12:11:42 ID:Zqk
>>90
そういうのは結果論

93: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)12:16:20 ID:QQ6
>>91
秀吉は今までかなりの強敵と幾度も戦ってる。
自分が天下を取るチャンスに比べたら、柴田勝家を倒すことなんて比べ物にならないだろう。

88: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)12:04:35 ID:6of
勝家の弱みもついでに握ってたんだろ

89: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)12:04:47 ID:QQ6
てなわけで、本能寺の変の後。

光秀「信長とったどー!」

みんな「シーン」

光秀「え?みんなも信長嫌いだったでしょ?僕と一緒に天下とろうぜ!」

みんな「いやでも信長様生きてるらしいし、つーか光秀何やっちゃってんの?」

家康(あーこりゃ無理だわ、逃げよ)

光秀「え?まじ誰も味方してくんないの??」

秀吉「おらー!光秀ぶっ飛ばしにきたぞ!!」

光秀「秀吉はや!!おまえ毛利はどうした!?」

秀吉「うっせーぼけ!!」

グサ

光秀「ぎゃーーー」

END

92: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)12:14:27 ID:QQ6
信朝廷や毛利、長曾我部など、信長を倒そうとする勢力は沢山いた。

家康や義昭(そして秀吉も)のように、できれば信長にいなくなって欲しいな~という輩もいた。

だけど、信長を潰したい奴らは信長を倒すほどの力もない。

家康にとってみれば、信長が死んでしまえび、わざわざ光秀の肩を持つ旨味もない。

そして、漁夫の利を得た秀吉。

『光秀や朝廷の陰謀』を事前に察知し、『自分の為に利用』した秀吉。

これが本能寺の変の深層ではないかと思う

94: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)12:17:18 ID:QQ6
そもそも『強敵』や『自分の主君』を変えていく心意気のない奴が、農民からあれだけの出世をする事は不可能だろう。

95: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)12:41:22 ID:7K3
イッチの説かなりあり得そう
俺が思うに秀吉って農民とか半農の出とか言われてるけど実は忍者とか御庭番的な家の出身だったんじゃないかと、半蔵みたいに
だから若い頃は諸国を回って情勢を探ったり
各地の草の者にパイプを作ってあったんじゃないかとね

97: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)13:29:30 ID:QQ6
>>95

ニンジャ説はわからんけど、
秀吉が『情報』の重要性に誰よりも精通していた武将なのは間違いないだろうね

98: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)13:38:19 ID:G2j
妄想は楽しいだろうけど

実際に証拠がないとどうしようとないことか

105: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)20:20:23 ID:QQ6
秀吉が朝廷を始め、毛利や長曾我部に配慮した統治をしたことからも秀吉も信長のやり方に疑問を感じていたんだろう。

日本統治に信長とは違う絵を描いていた秀吉が、信長の危機を逆手に取ったのは至極当然な成り行きだと思う。

106: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)20:54:11 ID:QQ6
そして秀吉は同じ織田家臣として光秀の信長への不信感も1番よく理解していただろう。

なにせ、信長は長曾我部元親への交渉役を務めた光秀を解任し、後釜に秀吉を据えている。
光秀のメンツを潰し、その上に居座ったのは他でもない秀吉だ。

その秀吉が光秀の謀反を想定しない筈が無かった。

107: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)21:08:27 ID:7fR
天下を取るって他の武士を従えて
征夷大将軍という職を得る事なのかな?

109: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)21:11:00 ID:QQ6
>>107
信長は既存の役職に興味を示さなかった。

信長の目指した天下は、日本中のあらゆる人間や権力を自分の手中に収めることだった。

110: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)21:14:04 ID:QQ6
征夷大将軍は朝廷が任命するもの。

つまり、名目上は朝廷の下にある役職だ。
信長は朝廷そのものを越えようとしていた。

信長自身が神として崇められるようになろうとしていた。
だからこそ朝廷や伝統を重んじる光秀を敵に回してしまった。

111: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)21:14:24 ID:7fR
俺的には、あの時代、野心家は沢山いたと思うけど(出世欲)
全国統一を目指す考えを持つ事自体は、少数派な気がするんだが

112: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)21:16:24 ID:QQ6
>>111
まさに、その通りだと思う。

戦国最強の武将と言われた武田信玄や上杉謙信ですら天下統一までは本気で考えていなかったと思う。
比類ない野心と、ブレない意欲こそが信長の力の源だったのかもしれない。

113: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)21:20:53 ID:7fR
ならば
もし、事件として見るなら、犯人はテロ犯で
その後の天下を手中に治める黒幕が居ても、かなり、計画的じゃないと天下を治められない気がするのだが

114: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)21:22:42 ID:QQ6
そして、信長以上に『出世』に執着したのが秀吉だったと思う。

それは元々が農民という身分が低かった秀吉だからこそだろう。
今で言う『学歴コンプ』ならぬ『地位コンプ』だったと言えるかもしれない。

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2017年03月07日 22:41 ID:reN44iHQ0▼このコメントに返信
犯人はマゲもしくはハゲ
2.名無しさん:2017年03月07日 22:44 ID:PrYtcibc0▼このコメントに返信
10代~20代、もしくは30代~40代、または50代以上の人物。
3.名無しさん:2017年03月07日 22:47 ID:DIORZr6o0▼このコメントに返信
とにかく本能寺の変の後に各武将がおかしいと言っていないんだから光秀の裏切りに納得するものがあったんだろな
4.名無しさん:2017年03月07日 22:51 ID:Z1I3RwqC0▼このコメントに返信
斎藤利三だろ
5.名無しさん:2017年03月07日 22:53 ID:59BiRR8t0▼このコメントに返信
黒幕は毛利
こういう自らの手を汚さない暗殺に実績がある
6.名無しさん:2017年03月07日 22:54 ID:VWThfErt0▼このコメントに返信
死ぬほどどうでもいい。
セリフオンリーの長駄文がキモイ。
7.名無しさん:2017年03月07日 22:54 ID:lPqzK4FM0▼このコメントに返信
答えは簡単・・楽市楽座。
商業利権だろうな。
それまで商売は勝手にできなかった、寺社の主催する組合に入り多額の冥加金を支払い商売を許されてたんだよ。
勝手に商売をすれば寺社勢力に雇われた怖いお兄さんが飛んできて潰してた。
この利権を潰して誰もが自由に商売を出来るようにしたのは信長・・これが楽市楽座。
莫大な金が入る利権を潰されて指を咥えてみてる奴は居ないだろ。
8.名無しさん:2017年03月07日 22:55 ID:ZF4M4oZk0▼このコメントに返信
前提知識と日本語がガバガバなのは突っ込まないんだ
9.名無しさん:2017年03月07日 22:58 ID:vWwbYjfM0▼このコメントに返信
ヒデさん
10.名無しさん:2017年03月07日 22:58 ID:.HzUGj2u0▼このコメントに返信
信長が死んで最も得をした人物?
そら後世の作家どもに決まっとるやんけ。
つまりタイムスリッ(以下略
11.名無しさん:2017年03月07日 22:59 ID:FtsHPtda0▼このコメントに返信
犯人はお前だ(><
12.名無しさん:2017年03月07日 23:00 ID:6x9xUbrw0▼このコメントに返信
黒幕は必ず居る、かつ信長暗殺だから相応に大きな陰謀の「はずだ」
という思い込みが前提だから話にならない
13.名無しさん:2017年03月07日 23:01 ID:YRULaoIJ0▼このコメントに返信
全体としてはともかく秀吉が自身の有能さにもかかわらず強いコンプレックスを抱えていたのはわかる

幼いころは義理の父親に虐待され家を飛び出し
今川配下の家臣の家来をしていたころは機転が利きすぎたため先輩にいじめ殺されそうになり
世渡り上手と出世欲はここからだろうな
見下さられて切り殺されることも有りうる身分ながら慎重に慎重に上と付き合っていた
14.名無しさん:2017年03月07日 23:02 ID:21fuXraR0▼このコメントに返信
チャゲヤスやろな
15.名無しさん:2017年03月07日 23:02 ID:..xLDgDx0▼このコメントに返信
秀吉のその後の処断の中で家康の扱いだけ異質でしょ
性格的に真っ先に始末しそうな立場の家康を最大限持ち上げてる
秀吉ー光秀ー家康でガッチリライン引かれてたと思うよ
16.名無しさん:2017年03月07日 23:06 ID:mKzasDY.0▼このコメントに返信
騙されたと思って戦国乙女を打ってみて!
まさに「平和な」世界だから。
17.名無しさん:2017年03月07日 23:07 ID:y5vKocHv0▼このコメントに返信
信長+信忠が揃って死亡したから、織田家や家臣団が分裂したのであって、どちらかが京から逃げてれば秀吉の目は無かった訳だ。
短期的には、信忠体制になるだけだからさ

信忠が死亡したのは、撤退と戦闘で割れる部下の片方の意見採用したから。逃げるタイミングは充分あったし、明智の信忠捕捉襲撃は遅くて、用意周到な事前準備が無い。
って事は、本能寺の目的は織田家支配体制の一挙殲滅ではなく、信長個人。信忠や家康なんかは副次的な目標。

順当に考えれば明智の反乱、陰謀説なら(織田家ではなく)信長個人の排除で得する朝廷・宗教・海外勢力でないの。信忠は割と常識的で話通じるからさ
18.名無しさん:2017年03月07日 23:09 ID:RdDJ568Z0▼このコメントに返信
とりあえず本気で議論したいのなら>>1は秀吉が事前に知っていた事を考察できる史料出さんと
19.名無しさん:2017年03月07日 23:09 ID:KDc56Eeq0▼このコメントに返信
まぁ年下から金柑頭とかいう変なアダ名付けられりゃブチギレもしますわ
20.名無しさん:2017年03月07日 23:12 ID:bV4lhBAM0▼このコメントに返信
毛利黒幕説:だったら秀吉と和睦なんかせんやろ。

家康黒幕説:だったら何で逃げたの?

秀吉黒幕説:だったら光秀と対立した時点で、光秀がぶっちゃけてるでしょ

長宗我部:遠すぎ

よって光秀単独説(朝廷ちょっと噛み)を推したい
21.名無しさん:2017年03月07日 23:12 ID:rikzZm6n0▼このコメントに返信
誰に突っ込まないのか?
元就爺さんとっくの大昔にあの世に転居・・・。
戦国最高の戦勝率を誇った爺さんと、後の天下人・秀吉のキツネとネズミのばかし合いはかなり見て見たいカードだけども。
22.名無しさん:2017年03月07日 23:12 ID:jlC4Oq8g0▼このコメントに返信
定期的にこれ記事になるな
今のネットツールが発展して情報特定簡単なはずなのにいまだ状況やら情報錯綜するんだから
あの当時なら尚更で普通に明智光秀がやったと思うよ
秀吉が大返しが不思議ったって信長が本能寺にとまったのは秀吉のところへ向かう途中だったし、
そのための準備してたルート使えば大返しできてもなんら不思議じゃないし
加えていまでもPTSDなんかでおかしくなるんだからあの当時の武将やら武士は大なり小なりおかしかったわけで、
被害妄想かためて襲っても理解できる状況に皆いたりする
23.名無しさん:2017年03月07日 23:12 ID:8C3cDgrd0▼このコメントに返信
とっくに否定された朝廷黒幕説ある時点でろくに調べてないのがわかるな
信長が朝廷潰そうとしたとされる根拠が皆否定され、信長こそが当時の朝廷にとって最大の庇護者でありスポンサーで殺す理由なしよ。
24.名無しさん:2017年03月07日 23:13 ID:au47.t.x0▼このコメントに返信
戦国時代だから、朝廷の存在にまったく気が及ばなかったわ。
朝廷が裏にいれば、なるほど光秀が謀反を起こす動機としては十分すぎる。
王手かかっていたとはいえ、敵はまだまだ多かったしな。
秀吉も情報を得ていたかも知れないが、証拠も無いのに織田軍の重鎮をつるし上げるわけにも行かなかったろう。
半信半疑で毛利征伐に向かったのではないかな?
25.まさにコミックブーム:2017年03月07日 23:13 ID:MHSqMzzT0▼このコメントに返信
本当は家康暗殺しようとして間違えちゃった説好き。

所領を変えられたことを恨んでたとか云われるけど、領地や石高は
上がるからむしろ栄転だったとか何とか…やっぱり老い先短い自分を
顧みて燃え上がった野心なんじゃね?
26.名無しさん:2017年03月07日 23:14 ID:6WCfoyti0▼このコメントに返信
農民出身の秀吉が信長亡き後に武家出身の織田家家臣を従えられるてのは夢見すぎだろ
むしろみんなで信長が贔屓してた農民やっちゃおうぜになっても不思議ない

世界最古の王族と謳われる天皇家が今日まで生き残った理由は誰も滅ぼそうとしなかったからなんだよな
頼朝も尊氏も秀吉も家康も天皇家に拝領して政治を執り行うという形を取った
現代の政治家も含めてな
日本の歴史において天皇家を滅ぼして皇帝の座に付こうとしたのは信長くらいだろう
とすれば光秀ならずとも周囲の危機感は相当あったかもね
27.名無しさん:2017年03月07日 23:17 ID:jlC4Oq8g0▼このコメントに返信
※26
信長は朝廷をなくそうともしてないし、天皇にもなろうともしてないよ
なろうとしたのは道鏡と足利義満だけ
もっとも足利義満がなりたかったのは天皇じゃなく上皇だけれど
28.名無しさん:2017年03月07日 23:17 ID:31aBcset0▼このコメントに返信
毛利元就はこの頃もう死んでるだろ・・
29.名無しさん:2017年03月07日 23:17 ID:BQkivyGz0▼このコメントに返信
このころには元就は死んでいて毛利家の当主は輝元だ、と一応いってみた。
30.名無しさん:2017年03月07日 23:19 ID:jDLrLC2A0▼このコメントに返信
言われてみてよく見たら毛利元就が生きていて草
31.名無しさん:2017年03月07日 23:19 ID:usYRzpS50▼このコメントに返信
五月に、ノブと光秀が激しい言い争いをしていたという記録が残っとる。

ノブは用済みの家康暗殺を命令した。家康は織田家の供応のため上京中。膳の準備は光秀が担当。
ノブ「こんな重要な任務を任せられるのは、光秀しかおらん」
ミツ「命令に従ったら、ワイが勝手にやったことにされて、それを理由に粛清されるんじゃねーのか?どうせ殺されるんなら、大勝負に出るで」
32.名無しさん:2017年03月07日 23:20 ID:jvjyWf7m0▼このコメントに返信
結果的にノブは人望無かったんじゃないのか?
家来には裏切られ、義理の弟にも裏切られてさあ
33.名無しさん:2017年03月07日 23:20 ID:hNWUEeFm0▼このコメントに返信
信長様の首が気になって夜も眠れません。謎が多すぎてスッキリしないのです。
誰か詳しい方が居たら有力説を教えて下さい。
34.名無しさん:2017年03月07日 23:21 ID:Ct4gbTfO0▼このコメントに返信
>日本の歴史において天皇家を滅ぼして皇帝の座に付こうとしたのは信長くらいだろう
信長そんなことしてないぞ
それやろうとしたのは足利義満くらい
35.名無しさん:2017年03月07日 23:22 ID:yUXtp7jt0▼このコメントに返信
ワイやで
36.名無しさん:2017年03月07日 23:23 ID:iPFDW9G30▼このコメントに返信
俺は朝廷かなと思ってた。信長ならガチで断絶とかしそうじゃん。それだけはあかんやん。
37.名無しさん:2017年03月07日 23:23 ID:n5B3R2t60▼このコメントに返信
ダラケっていう千原ジュニアの番組で
有名女性霊能者を集めて色んな有名人を降霊させてたけど
それによると黒幕は徳川家康で明智光秀は当て馬だったらしい。
38.名無しさん:2017年03月07日 23:24 ID:6WCfoyti0▼このコメントに返信
※27※34
するかどうかじゃない
周りから見てやりそうと判断されたってこと
秀吉や家康にはなくても信長ならやるかもしれないと必要以上に恐れ戦いた
比叡山にしろ行動がドラスティックで常日頃の言動も決して伝統を重んじるわけではなかったし
39.名無しさん:2017年03月07日 23:25 ID:iPFDW9G30▼このコメントに返信
27さんの話くわしく聞いたい
40.名無しさん:2017年03月07日 23:26 ID:l53NvquD0▼このコメントに返信
100年以上も途絶えてた伊勢神宮の式年遷宮を復活させたのは信長。多額の寄付もしてた。天皇家を蔑ろにしてたとは考えにくい。
41.名無しさん:2017年03月07日 23:26 ID:PSajclRs0▼このコメントに返信
信長が天皇家を滅ぼそうとした?そんな証拠は何もない。
仮にそうだとしても光秀が危機感を抱く理由などない。

天皇家乃至公家連中は戦国後期にはすでに没落貴族に過ぎず、
信長によって取り立てられたといっていい存在。
そして現実的には天皇家および公家は秀吉以降完全に武家による支配を受けており、
名目上その地位を保っていたに過ぎない。
武家が存在しなければ、天皇家は存在できなかった。
42.名無しさん:2017年03月07日 23:27 ID:y5qqTLis0▼このコメントに返信
何が得した人物だよ、アホか
明智が戦終わったら殺されるってノイローゼになってたんだよ。
確かに明智が正しい。
天皇とも明智は繋がってたし、信長亡き後は約束されてたけど秀吉とか家康が強すぎて天皇も覇権を握らず明智を見捨てた。
43.名無しさん:2017年03月07日 23:27 ID:jlC4Oq8g0▼このコメントに返信
ただ足利義満が上皇になろうとしたのには血統的には理由あるんだよね。
母親が天皇家の血筋引いてるんで天皇に対する継承権はないけれどその上の上皇ならいけるんじゃね?って思ったんだと思う
実際のとこ天皇はこの当時でも飾りで院政なんかでもわかるとおり政治直接的にやりたいなら上皇のほうが立場的にはよかったし
伊達や酔狂ないし単なる野心だけでは上皇という立場を狙ってない
44.名無しさん:2017年03月07日 23:33 ID:YkxQgWZ70▼このコメントに返信
言うほど自分に貢献したやつでもアッサリぶっ殺したりしてるか?
林・柴田・とか謀反ゆるしてるし、弟も一回は許したし、長政も何度もごめんなさいしろって手紙だしてたし、ボンバーマンも何回か許してるやん?
丹羽と林なら派閥が大きすぎて息子に代替わりしたけど邪魔で潰したような感じだろうし、メンツをつぶすってのは派閥の抑制の一環だと思うんだよね。
光秀は石谷文書の理由と光秀の派閥が大きくなりすぎて抑制しようとしたけど失敗の合わせ技で謀反に次に派閥の抑制を食らうはずの秀吉が賛同したけど最後に光秀を裏切ったんじゃないかね?
45.名無しさん:2017年03月07日 23:33 ID:T.Ff8.zm0▼このコメントに返信
明智単独犯だろ

信長はいわば万札のギッシリつまった財布(天下)をポケットからはみ出しながら
無人駅のホームのベンチで酔いつぶれて寝てるオッサンで
光秀は真面目一筋に生きて来た只の通りすがりのサラリーマン

魔がさしてしまったんだよ

謀反後の計画性の無さを良く指摘されるが、謀反前にしたって直前になるまで計画性が見えん

そもそも秀吉の後詰を命じられたのにせよ、信長がわずかな供回りで本能寺に宿泊したのにせよ
それ以前に近畿が軍事的に真空状態だったのにせよ、結果的にそうなった事で誰かが計画したもんじゃないし
一個でもずれたらアウトだろ
46.名無しさん:2017年03月07日 23:35 ID:.jVwH8.m0▼このコメントに返信
秀吉説だと、黒田が関わっていそうなんだよな。
信長の死を伝える使者が「道に迷って偶然に」黒田の陣に入ったって、確認不足もいいところだろ。
真っ暗な夜でも最低限それくらいは確認するはず、そうじゃなかったら黒田の陣と解ってて入っているだろう。
黒田自身も幽閉されて帰れなくなったのを裏切ったと誤解され
息子を殺されそうになった恨みやそもそも自分は信用されなかったという失望など色々溜まっていただろう。
47.名無しさん:2017年03月07日 23:40 ID:PSajclRs0▼このコメントに返信
明智光秀と天皇のつながりを示すものなど何もないし、つーかつながりなどないし、
また足利義満が天皇もしくは上皇になろうとしたと言っているのは今谷明だけ。
むしろほとんどの研究者は義満天皇に成りたかった説を否定している。
また信長が天皇家を潰そうとしていた云々の話は、
三職推任に対してその場で返答しなかったからという非常に弱い且つイイカゲンな話が根拠。
48.名無しさん:2017年03月07日 23:41 ID:n5LQH3dW0▼このコメントに返信
今、一番有力なのは明智家家臣の斎藤利三黒幕説かな。
斎藤利三のかなり近い親戚が長宗我部元親の嫁になってる。明智家の家臣程度で、なぜ長宗我部元親の嫁を出せるのかというと、斎藤利三は、美濃の蝮斎藤道三が乗っ取った斎藤家の一族で、かなり地位は高かった。守護の土岐氏の影響力が下がり、守護代として美濃は自分の一族のものだという自負もあったと思われる。それを斎藤道三、そして織田信長に奪われ、落ちぶれた自分は明智光秀の家臣として生きてきた。明智家家臣といっても、元々は明智光秀の主家筋だし、明智家家中では一家臣という扱いではなかった。
信長に臣従を申し出た長宗我部元親との外交折衝を担当していた明智光秀は、親戚が嫁いでいる斎藤利三を連絡役にしていた。交渉は順調にいっていたものの、突如、織田信長が態度を翻し、三男・信孝と丹羽長秀に四国討伐を命じた。これにより外交担当者だった明智光秀と斎藤利三のメンツは大いに潰れ、自分たちは対毛利の羽柴秀吉の援軍へと向かうことになった。
織田信長は、多少の防衛施設はあるが堀もない本能寺におり、当主・信忠や盟友・徳川家康もすぐ近くにいたことから、斎藤利三は今がチャンスと明智光秀に進言した、ってところかな。
49.名無しさん:2017年03月07日 23:41 ID:jlC4Oq8g0▼このコメントに返信
※38
比叡山のことなら光秀実行犯の一人だよ
加えていってあの当時の朝廷・武将らは一向宗やら比叡山やらの僧兵らには手を焼いていたわけで
敵対し、殲滅しても不思議じゃなかった
叡山や本願寺は朝廷側からも勢力削いでありがとうといいたいぐらいのこと
それぐらい昔から僧兵らはやりたい放題だった
50.名無しさん:2017年03月07日 23:42 ID:65NLfYpA0▼このコメントに返信
※23
見え透いたデマ飛ばすなよ。なんの決着もついてないぞ。中学生か。

絵を描いたのが近衛前久と吉田兼見、それから勧修寺晴豊。黒幕は正親町帝。
三職推認問題で追い詰められていた朝廷が保守的教養人の光秀を利用した。
秀吉は事前に謀反計画の存在を察知しており、毛利攻めと並行して大返しの準備も行っていた。
本能寺の変後の早い段階で情報網を駆使して全貌を把握した秀吉は、それを最大限政治利用して朝廷に対して
工作活動を行い、朝廷と光秀を分断した。
51.名無しさん:2017年03月07日 23:42 ID:2CTaAjZp0▼このコメントに返信
俺は、朝廷黒幕説 しかし マスコミは絶対受け入れないだろう

初め 今日、こう言う事が有った 御気持ち



末端、 彼奴は 生かしては置けない
実行後 御気持ち こう言う事では いけませんね
52.名無しさん:2017年03月07日 23:43 ID:KADn3LAm0▼このコメントに返信
何まえテレビでやってたことを・・・というか他の意見きくきないだろこの人
53.名無しさん:2017年03月07日 23:46 ID:HZJsC5060▼このコメントに返信
吉川英治「森欄丸の自爆やぞ」
54.名無しさん:2017年03月07日 23:47 ID:T.Ff8.zm0▼このコメントに返信
秀吉の大返しは準備が良すぎるとか言われるけど
そりゃ信長直々のの援軍呼んで、応諾されてるんだもの
近畿からの道筋に信長本隊の為に大量の兵站物資を手配してて当たり前

そこへ結果的には都合良く本能寺が起こったんで
準備万端の兵站線上を逆走しただけの事に思うよ

55.名無しさん:2017年03月07日 23:51 ID:5rLDP79S0▼このコメントに返信
フロイスの光秀評が全て
56.名無しさん:2017年03月07日 23:56 ID:PSajclRs0▼このコメントに返信
※50
はっきり言うが、朝廷黒幕説はすでに否定という形で決着はついた。
立花京子の陰謀論丸出しの馬鹿げた説に、これまたどこにでも顔を出す小和田哲男が乗っかった形だったが、
鈴木眞哉と藤本正行の『信長は謀略で殺されたのか』で完全敗北した。

そもそも立花京子は朝廷黒幕説を何も証明していなかったし、史料一つすら挙げていない。
立花はイエズス会や朝廷付近の人間関係が「存在した」と言っているだけに過ぎない。
『信長と十字架』によって、「やっぱりこういうライター上がりにはまともな研究は無理みたいだな」
と、もともと少ない株が更に下がった。
57.名無しさん:2017年03月07日 23:56 ID:bATpGID10▼このコメントに返信
当時の信長は比叡山を滅ぼした=仏教界をすべて敵に回した。
宗教に関しては仏教も神道も交わらないが共鳴はしていた。
仏教殲滅の後は神道殲滅になるとまことしやかに噂は広がっていく。
光秀は尊皇派で知られている。そこに、このままじゃやばいと公家や義昭から織田を討ってくれと頼まれる。
決定打は家康も織田に恨みがあると持ち掛けられ、万が一の時は関東で保護する。と約束を取り付ける。
本能寺の後特に天下に固執していなかった光秀は秀吉が命を狙っているとの情報を得、
家康との約束で東に向かい京を離れる。
山崎でかねてから用意していた別人の首を百姓に渡し家康は光秀を東に逃がす。
家康は信長がいなければ数年後に天下は取れると確信していた。
そして家康は参謀として光秀とともに天下取りの案を練った。光秀は日光に住み天海と名乗り家康の天下取りをサポートした。
めでたしめでたし。





58.名無しさん:2017年03月07日 23:57 ID:k8hFOv8P0▼このコメントに返信
そもそも家臣の中で実子信孝や家老の勝家含めて力待ってたのが多数いたのに秀吉に実権移ったのが不可解なんだよ
信孝と勝家がクーデター派だったので家臣がついて来なかったんじゃないかと妄想。
59.名無しさん:2017年03月08日 00:01 ID:3xgib1.T0▼このコメントに返信
※54
これから戦争に取り掛かろうという時に、帰り道の兵站を一生懸命整えていれば明らかにおかしい。
でも総大将が助太刀にくるからという名目があるなら至極真っ当。
総大将が決して通らない道であるとは知ってはいても。
60.名無しさん:2017年03月08日 00:07 ID:f0KnLjj80▼このコメントに返信
※57
当時の仏教界は一枚岩じゃないよ、当時の仏教界はおおよそ宗派が違えば皆敵同士
仏教界は仏教界で勢力拡大しあって武力闘争を含んだ縄張り争いやってたから

比叡山焼いた所ですべて敵にまわしたりしないし、それどころか
手をたたいて喜んだ勢力だってあるわな、実際焼き討ちのほんの40年ほど前には
比叡山と法華宗なんかは石山本願寺も巻き込んで血みどろの抗争やってたのだし
61.名無しさん:2017年03月08日 00:09 ID:eux3sblM0▼このコメントに返信
※56
諸説ある中の一つを明確な根拠を示さず下品な罵倒語で独りよがりに断定する。
朝日新聞と特亜勢力の言説の特徴。
62.名無しさん:2017年03月08日 00:11 ID:7lB5bUwH0▼このコメントに返信
おいおい、光秀が尊皇派だの保守的教養人だの朝廷とつながっているだのは何を根拠に言っているんだ?

史料から判断され得る妥当な光秀の経歴は、
初めは将軍のそれ程位の高くない部下であっただろうということ。
その後信長に仕え、多分将軍義昭と信長の間を媒介したことにより、織田権力のなかで重用された。
そして細川藤孝よりも先に義昭を見限って、主従関係を信長一本に絞った。

光秀は(恐らく)幕府関係者とはつながりがあったが、朝廷とのつながりを示す史料は何もない。
叡山焼き討ちを率先して行ったという話が妥当だとすれば、光秀はとても尊皇などとは言えない。
またさっさと義昭に見切りをつけたところからも保守的とは言い難い。
63.名無しさん:2017年03月08日 00:12 ID:7lB5bUwH0▼このコメントに返信
※61
まずはじめに「朝廷黒幕説」の「明確な根拠」からどうぞ。
立花京子はそれすら挙げていないわけだが?
64.第六天魔王:2017年03月08日 00:13 ID:qEtSg8.l0▼このコメントに返信
ひさびさにおもしろい>>1だな

ほめてつかわす
65.名無しさん:2017年03月08日 00:15 ID:Bhw1rjFC0▼このコメントに返信
利三やろうなぁ
66.名無しさん:2017年03月08日 00:19 ID:mfGbdwX30▼このコメントに返信
黒幕なんて居ないだろ
67.名無しさん:2017年03月08日 00:21 ID:0ps4Kikn0▼このコメントに返信
朝廷と寺社勢力にとって、当時最大の庇護者であった信長を暗殺する合理的な理由があるのだろうか?
おそらく史料のシの字もない妄想が発端なのではないか。

まだ光秀うっかり説の方が信じられる。
68.名無しさん:2017年03月08日 00:21 ID:o27jDasV0▼このコメントに返信
関係者に元就の名前がある時点でこいつと歴史について語り合う価値はないだろ?
69.名無しさん:2017年03月08日 00:23 ID:4R59.qZ80▼このコメントに返信
秀吉やらがそうなら当時からそういう風に喧伝されまくるよ
根拠が欠片もないとかあり得ないし
70.名無しさん:2017年03月08日 00:23 ID:JAVGvds.0▼このコメントに返信
秀吉だって水攻め食らわせて向かい合って圧倒的に毛利が不利な状況で膠着状態であったから交渉を成功させることができたわけで
交戦状態にあったら絶対に交渉は成功しないばかりか情報が抜けて一転窮地に立たされていただろう
つまり秀吉も運が良かったんだよ
黒幕でそこまですべて考えて毛利との膠着状況を作り出して交渉したのなら本物の化け物になってしまう
71.名無しさん:2017年03月08日 00:26 ID:rmA.2KVO0▼このコメントに返信
秀吉に援軍としていく、信長・信忠・光秀らの軍勢

そのうち、惟任光秀軍の本拠は、最初の近江坂本と、次の飛び地の丹波亀山、亀山を中心に最大の地続き領域を持っていて動員は、より西に近い丹波で集結を掛けていた、そしていったん東の老ノ坂を越えて、山城国の桂川西岸に出る、そして一時期拠点にしていて、当時は猪子か矢部が転任してきていた勝竜寺城のある神足あたりまで南下して、山陽道に合流した後は西に向かって進む。

京都を左手に見つつ南下しているときに、1万数千の軍勢と、周辺の組下の与力大名と、信長信忠の寡兵である状況で、突発的に「やれるんじゃね?」で、やっちまったんじゃないかな~、昔より、丹波から六波羅探題に討ち入った、足利高氏の故事とかも頭をかすめたのかもしれないが・・・

72.名無しさん:2017年03月08日 00:28 ID:fijPTMf10▼このコメントに返信
※62
現代の保守的教養人が今上や今の東宮をどれだけ尊崇しているのかは甚だしく疑問。
先の戦争ではマルキシズムの洗礼を受けた学生たちが競って特攻に志願し皇国のために散華した。
皇室と日本人の関係は一筋縄では語れない。
73.名無しさん:2017年03月08日 00:29 ID:CtsdRE7a0▼このコメントに返信
魔が差したというか、普通に勝算有り(妄想)で光秀単独犯でしょ。
畿内にいる織田方有力勢力は四国遠征準備中の織田信孝・丹羽長秀軍くらいのもので、空き巣同然だったわけだし。
縁戚関係の細川・筒井が早々に光秀支持を打ち出していたら、秀吉の大返しが無かったら、どう転んだか分からない。
逆に言えば、細川・筒井の支援を確実にしていない段階で行動を起こした事が、計画性の無さの証拠でもあるんでないかね?
74.名無しさん:2017年03月08日 00:29 ID:8mibZf9j0▼このコメントに返信
殺された武将の怨念
75.名無しさん:2017年03月08日 00:32 ID:4R59.qZ80▼このコメントに返信
秀吉が知ってたとしても黒幕ではないしな
76.名無しさん:2017年03月08日 00:32 ID:dJaoFPGU0▼このコメントに返信
官位説も面白いな。
光秀は自分の「日向の守」は信長が空いていた官位を適当に選んでくれただけと思っていた。
ところが、光秀と筑前の守の秀吉は西へ西へと。
光秀は「こりゃまじで、日向の田舎が領地になってしまうのか。あんなド田舎いやだーー」
で、信長をやっちゃったと。
77.名無しさん:2017年03月08日 00:35 ID:rmA.2KVO0▼このコメントに返信
環境的な誘引も強いんじゃない?

山城国京都周辺の当時の特殊な地形による軍事的な状況

当時の戦国時代の各律令国の地域では国人大名や海賊やら環濠集落やら宗教武装組織の寺内町やら、小高い丘、耕作地の中心地の館城やら、物見の砦、詰めの城、本城、支城などが狭い地域にひしめき合っていたが、山城国の西は西ヶ岡は、革島氏とか諸氏いたが、館ぐらいの規模で城塞は閑散としていて、桂川を渡って東に向かい室町に至るルート、また鴨川に挟まれた地域に城らしい城が全く無い(平安京なんかがあったせいでもある)、無人の野の如く直進できる土地だったのもあるかもしれない。
地形とか環境が謀反を誘発したとか、一因としてあるんじゃねーの?
78.名無しさん:2017年03月08日 00:36 ID:8XCn.So20▼このコメントに返信
>信長的には「そもそもお前のくれる役職に興味ねーよ」的スタンスなので頭を悩ませていた。

弾正忠家は神職の家なので上洛直後から朝廷を手厚く保護していたし、
足利義昭追放したあとは権大納言や右近衛大将についてるし、配下の丹羽長秀は惟住、明智光秀は惟任の姓を賜ってるんですが……

当時の朝廷はそこまでの影響力はないよ
79.名無しさん:2017年03月08日 00:38 ID:8XCn.So20▼このコメントに返信
※76
九州の名家である惟任の名前賜ってる時点で九州征伐は光秀にとっても想定内だと思うんですが
80.名無しさん:2017年03月08日 00:47 ID:SQLnw4mN0▼このコメントに返信
織田家の出自は忌部氏です。忌部氏は神武天皇の頃からすでに側近として仕え、天皇の宮中祭祀に関する神具一式を調度していた一族。信長公の先祖は、その忌部氏一族の中でも、即位の礼等の重要装束を織っていた一族。だから、織田と名乗るようになった。
ですから、信長公が天皇に弓引くことなど絶対にあり得ません。彼は、祈祷師や仏教寺院は弾圧はしたが、けして神社には乱暴はしなかった理由がこれ。
また、彼が「天下布武」を謳い天下統一を目指したのは、自分の功名心のためではなく、一刻も早く都の帝に安心して頂きたい一心だった。そこで信長が気づいたのが、羽柴秀吉の存在でした。彼の軍才や人心掌握術にはとても敵わないと悟った信長公は、誰もが認める形で秀吉に天下布武を託そうと考えた。
そして信長公が採った行動は、物部一族土岐氏の末裔の明智光秀を呼び寄せ、「そなた、秀吉に討たれて死んでくれるか?」だった。光秀は明智家再興に恩を感じてましたし、織田家の出自は忌部というのも知っていて、その末裔をまさか死なせるわけにはいかないと考えた。であるならば、我が身が帝にご奉公できるなら武門の誉れとして快諾したと思いますよ。
つまり、本能寺の変の黒幕は、織田信長公ご自身だということです。だから、当日は警備をわざと手薄にして、信長公に扮した影武者を本能寺に置いた。したがって、死体が出なかったのは当然なのです。
ちなみに、信長公自身は福井あたりに隠れ住み、生涯に渡り明智光秀を祭り供養したと思います。また、それを秀吉や家康も知っていたふしがある。なぜなら、江戸時代になっても、なぜかずっと諸侯立ち入り禁止の天領だった地域がありますので。
81.名無しさん:2017年03月08日 00:58 ID:YABb.0g00▼このコメントに返信
※60
問題は焼き討ちを手を叩いて喜ぶか明日は我が身と捉えるか、だろ。
信長の畏怖は気まぐれでポリシーがありそうでない所。
絶対○○には手を出さない。ではなく気分を損ねたら同じ目にあわされるという恐怖。
実際僧兵や仏教の影響を抑えるためにキリスト教を奨励してたし、信長が天下人となりキリスト教発布はありえる可能性。
いがみ合ってる仏門同士だってまとめて叩き潰されるなら同床異夢くらいはするだろう。
82.名無しさん:2017年03月08日 01:01 ID:rmA.2KVO0▼このコメントに返信
京都は町屋がひしめいているので、動員をかけた兵力の終結の場が京都でも、信長の中枢組織の人材ですら周辺の街並みに居を借りて分散して滞在ていた、後に秀吉が、聚楽第や妙顕寺城や向島城や伏見城や淀城や御土居などを整備したあたり、謀反が有っても寄せ手に接近を許してしまう京都の環境における兵卒の溜まり場としての拠点の確保、籠城できるほどの大規模かつ防御力の高い施設や、連携を考慮した防御態勢の構築を図ったことをみて、光秀という存在よりも、誰が謀反しても綺麗にきまりやすい京都という政権の中枢を置くには防衛的に欠点の有る環境が最大の原因でしょう。
83.名無しさん:2017年03月08日 01:08 ID:dRfp5Y7g0▼このコメントに返信
武田勝頼、信勝の怨霊だよ。だから信忠まで死んだ。
84.名無しさん:2017年03月08日 01:09 ID:o27jDasV0▼このコメントに返信
※81
信長は仏教も保護してるぞ。
弾圧の対象は武装勢力であって、宗教団体ではない。
当時、一向宗が代表されるように、宗教団体が武装勢力化して、あまつさえ、信長に歯向かったから潰されただけ。
信長が仏教勢力と対立したというのは間違った認識でしかない。
85.名無しさん:2017年03月08日 01:11 ID:8XCn.So20▼このコメントに返信
※80
信忠「自分巻き添えっすか」
86.名無しさん:2017年03月08日 01:13 ID:83fWlGsT0▼このコメントに返信
※85
キミはどの説でもほぼ巻き添えだね。
だって光秀さんはキミが京都に居た事すら当初は知らなかった様だし。
87.名無しさん:2017年03月08日 01:17 ID:ffHzzRj10▼このコメントに返信
光秀が比較的教養人で冷静な人物であったとしても、大概頭がおかしくなければ流浪しながらもあれほどの出世をとげるはずがない。狂ってる人物を常識で語るとか無いわ。ムカついたので衝動的にヤっちゃった説に一票!
88.名無しさん:2017年03月08日 01:17 ID:f0KnLjj80▼このコメントに返信
※81
気まぐれも何も、再三に渡って浅井朝倉には味方すんな
こっちに肩入れするのは無理ならせめて中立でいろ、と警告されて
それを無視して浅井に肩入れし続けた結果の焼き討ちであって
発作的でも突発的でもなんでもないよ

宗教が政治や武家の争いに介入してくんな、と信長の言動は終始一貫していて
理解不能でもなんでもない

キリスト教は(少なくとも信長統制下では)それをしなかったし
それどころか南蛮の技術をもたらす便利な奴等だった
そんだけの話で政治や武家抗争に口出ししないなら
別に仏教だろうとなんだろうと信長は敵視はしてないよ

後にキリスト教を介した日本人人身売買の実態が知れたら
秀吉と同じで叩き潰したと思うが、まあそこはIFかな
89.名無しさん:2017年03月08日 01:20 ID:RvBCUee80▼このコメントに返信
朝廷にしろ、鞆の浦幕府にしろ、光秀がそういった権威・大義の裏付けなしに行動を起こしたのは確か。
だって、与力大名にして旧知の中であった長岡藤孝の説得に変後に書いた書状がすべてでしょ?

仮に何らかの権威・大義の裏付けがあるなら、あんな意味不明な手紙は送らない。
堂々と天皇なり将軍なりのお墨付きであることを隠す必要はあるまい?
90.名無しさん:2017年03月08日 01:21 ID:83fWlGsT0▼このコメントに返信
※87
当代記準拠の年齢なら、有能なのに50超えて信長に拾ってもらうまで
殆ど出世出来てなかった辺りに光秀の扱いづらい人格の一端が見える気もするから
オレもブチキレ衝動説に一票入れたい。
91.名無しさん:2017年03月08日 01:24 ID:5ASIJBR40▼このコメントに返信
超大穴で穴山梅雪に1ジンバブエドル
92.名無しさん:2017年03月08日 01:29 ID:evoTX3ed0▼このコメントに返信
※80
山本五十六はブーゲンビル島で死んでない説っぽいな
93.名無しさん:2017年03月08日 02:03 ID:8XCn.So20▼このコメントに返信
>>33
戦国時代とは言え下克上にも仕来りやルールあるんだぜ?
根回しをせず大義名分を通さず上を打てばただの逆臣に成り下がる。
下克上の代名詞みたいな北条早雲、斎藤道三、尼子経久だって下準備は念入りにして主君を討ちとるだけの筋はちゃんと通してる

チャンスだったからやった程度にしか見えない光秀に誰もなびかなかったのはそれが原因なんだぜ?
94.国士:2017年03月08日 02:25 ID:jpFnuP7b0▼このコメントに返信
色んな話を総合すると以下の様に想像出来るね。
信長は南朝こそが正統って知ってて朝廷の権威を軽んじてたらしいね・・それで公家衆も腹に一物持ってた。で、公家衆の支持を得た(唆された?)明智光秀が単独で本能寺の変を起こしたと。公家衆が明智に目を付けたのは、朝廷に近くて且つ信長から仕打ちを受けてたから乗せやすかったんだろな。反信長は沢山いたから信長殺っちゃえばその他大名の支持も得られると明智は考えたんだろな。秀吉は公家衆と明智の共謀を予め察知してて、大返しに必要な補給やらの段取りはしてたってことじゃないか?中国からの退却でフライングしなかったのは公家衆と明智に警戒されない為かな?
95.名無しさん:2017年03月08日 02:32 ID:tMg7Kxrc0▼このコメントに返信
徳川家康の最初の正室と子供は、織田信長の命令で死罪になってる。そして徳川家康の眠る日光東照宮には、明智光秀の家紋が残ってる。織田信長は比叡山焼き討ちしてたろ?つまり仏門からも敵視されてた。死んだ場所が本能寺。そして明智光秀は朝廷への遣いの為に織田信長に買われた。織田信長は安土城を作らせた時に、天守閣から朝廷専用の屋敷を見下ろす形で造らせてる。つまり朝廷からも敵視された。秀吉は天下統一後に朝廷から異例の関白になってる。武家では普通は征夷大将軍。つまり秀吉も朝廷と繋がってた。秀吉、明智光秀、徳川家康はグル。明智光秀が本能寺で織田信長を討ち、事前に知らされてた秀吉がいち早く明智光秀と激突して光秀を捕らえて討つフリをする。光秀は死んだ設定後に徳川家康に匿われて天海として生きる。その後秀吉が天下統一、朝廷から織田信長討伐の密命の恩賞として関白になる。この時まだ秀吉には跡継ぎが居なかったから、密約では秀吉が死んだら徳川家康が天下統一する密約のまま。が、秀吉と淀の方の間に秀頼が生まれる。これによって密約に狂いが生じる。秀吉亡き後は徳川家康の天下統一という密約に、淀の方と秀頼が居る事で狂う。秀吉は死ぬ間際に徳川家康に秀頼を頼むが、密約を知らない淀の方や周りの家臣によって対立、関ヶ原の戦いへと突入。そして徳川家康の天下統一、朝廷との密約通り江戸幕府を開き朝廷も徳川家康もWin-Winな江戸時代。なんて妄想。
96.名無しさん:2017年03月08日 02:56 ID:TYYe.pjZ0▼このコメントに返信
信長て調べると意外に天皇や皇室・朝廷、神社仏閣を重んじてるよな。
安土城にも御所を模した建物があったっていうし、朝廷のしつこい金の無心にもちゃんと答えてるし、天皇を超えようってことは考えてすらなかったと思うけどなぁ

朝廷が他の大物と組んで信長潰そうとしていたのを秀吉が知っていた説が本当なら、秀吉がその後に朝廷から位をもらって天皇に権力を保証してもらう形の政権を築くかねぇ…信用できなくね?
97.名無しさん:2017年03月08日 04:16 ID:BDaxV5WX0▼このコメントに返信
※80
少し某サイトからリークしてますね?w
ノブの自演であり、討たれたは影武者。宣教師の記録などは…。
本人は本能寺には行ってすらい無い。当然に遺体もない。
明智はノブと相談の上で決めた。彼は後の天海。
家康はノブとの約束を守り秘密を通した。晩年の彼は信長公の事をほぼ語らなかったほど。
ヒントは全国の天領。
根っこは信仰の組織。古代から特別扱いされてるのは古神道の行者たち。
古代から、いつの時代も大きく時代が動く出来事は、宗教が隠れ蓑になっている。現代もそう。絶対に調べられ無い。

98.名無しさん:2017年03月08日 04:46 ID:.IQLYAqX0▼このコメントに返信
当時の8大財閥の4つを占めていた比叡山サラ金坊主集団が金主 実行犯明智光秀 おとり行動徳川家康 主演豊臣秀吉じゃないかとみている
99.名無しさん:2017年03月08日 05:55 ID:zO78xZ4j0▼このコメントに返信
毛利元就は既に亡くなっていてこの時は孫の輝元だって誰か突っ込んでやってくれ。
100.名無しさん:2017年03月08日 06:32 ID:FuHEEv1l0▼このコメントに返信
光秀以外の信長の軍団長が本能寺に関わっていた可能性は低いと思うよ。
仮にも主君殺しをするのに、他人任せで参加とか馬鹿でしかないから。
成功しても実行犯の光秀の風下に立たされて信長生きてる時と地位が変化なし。
失敗したら光秀が逃げ込んでくるからほぼ100%露見。
それなら最初から光秀と同時に動いてるわ。

光秀もほぼ単独犯だと思うよ。
信長は近畿エリアを織田家の直轄にしようと考えていて、
光秀の領地は完全に移封対象。
60過ぎで毛利の切り取りした領土移封とか言われたら切れても仕方がない。
101.名無しさん:2017年03月08日 07:06 ID:9FinQ50O0▼このコメントに返信
※99
事実を指摘しても馬鹿相手だとどうにもならんでしょ。
ぶっちゃけ史料を検討した結果、黒幕説は全部死んだ状態だしな。

今どき黒幕がーなんて言うヤツなら死人を持ち出しても驚かんわ
102.名無しさん:2017年03月08日 07:35 ID:T.xkh90J0▼このコメントに返信
1の文が、非常にキモい
ナルシストか
103.名無しさん:2017年03月08日 07:50 ID:7lB5bUwH0▼このコメントに返信
※欄も、もうむちゃくちゃやん。
信長自身が天皇になろうとしたとか、天皇家を滅ぼそうとしたとかいう証拠はないが、
その一方で「尊皇家」だったなどというのも言い過ぎ。それ以前に※80は電波だが。

戦国時代に仏教と神社が完全に分離されていたと考えているやつも歴史を知らない。
だいいち信長は楽座を通じて神社勢力にも統制を加えようとしている。

50歳近くまで光秀が出世できなかったから扱いづらい人物だった云々とも何言ってんの?
行商上がりの人間や幕府の足軽衆だか奉公衆だかが一大名にまで身分が
上昇できるのは信長政権だったからであって、それ以外の家々の権力構造中では、
容易に身分を超えて「出世」できるような時代ではなかった。

信長が「南朝派」?これも電波だろ。
築山御前が信長の「命令」で殺されたというのも、何も証拠がない俗説。
光秀=天海説も、もういい加減にしろと言いたい。
104.名無しさん:2017年03月08日 08:01 ID:hCoxq63x0▼このコメントに返信
信長「おい禿!」
禿『いつかころしてやる』
105.名無しさん:2017年03月08日 08:19 ID:aL.9AkhO0▼このコメントに返信
世間知らずの史料バカどもはいい加減にしてくれ。
たった今この現代ですら由緒正しい史料だけじゃなーんもわからんよ。
赤旗と朝日新聞と産経新聞と公式記者会見だけで政治の実相が確定できるのか?
政治部の番記者の夜回りのオフレコメモや公安の政治担当が日々作成する分析情報が
公式史料として表に出ることは決してない。安倍トランプ密室会談が文書化されて公開されることもない。
歴史学会という業界のローカルルールに場末の掲示板が行儀よくお付き合いする必要はない。




106.名無しさん:2017年03月08日 08:54 ID:..YINLnk0▼このコメントに返信
長宗我部に入れ込んで交渉をしていたのは、明智光秀ではなく婚姻関係があった部下の斎藤利三です。光秀は信長と部下の板挟みにあって本能寺にも姿を見せてないのは日記からも想像できる。斎藤利三は当時では絶大な力を持ってて、出身も身分が高く諸大名と対等に話も出来た人物で、変は斎藤利三と明智秀満主導で起こしたクーデターでしょう。
107.名無しさん:2017年03月08日 10:10 ID:rILCIbEG0▼このコメントに返信
意外と足利義昭説はあるんじゃないかなと思っている。明智光秀は信長の前は足利義昭に仕えていたし、足利義昭を盛りたてて出世しようと考えていた。足利義昭を将軍にしたのは自分だと考えていたと思う。当時の状況からして義昭は光秀に信長を暗殺しろと書状を送っていた事は簡単に推測できるし、光秀は信長にいじめられてムカついてた所に義昭の指令が来て決心したのではないかと推測。
108.名無しさん:2017年03月08日 10:34 ID:5LFIclg.0▼このコメントに返信
死体がないのは
やっぱカリスマ性があったから
部下なんかが辱められないようにと
迅速な行動とったのかなぁ
知らんけど
109.名無しさん:2017年03月08日 10:45 ID:vsz4eQ0S0▼このコメントに返信
毛利の当主を元就としている時点で頭悪すぎて話にならない
知ったかぶりで前提を仮想する時点で説得力皆無
110.名無しさん:2017年03月08日 10:48 ID:2DPQ33.R0▼このコメントに返信
主要な敵対勢力がほぼ壊滅したという外部状況、織田軍団内部における立ち位置、
本人の年齢…本能寺の変は秀吉にとってあまりにもベストタイミングなんだよなあ。
だから企画立案者が秀吉だとは言わないが、刻刻と変化する状況に最も巧妙に対応して
果実を獲得したのが秀吉であるのも確かではある。

111.名無しさん:2017年03月08日 10:49 ID:..YINLnk0▼このコメントに返信
信長の首を持ち帰ったのは、信長が加護してた寺の住職(寺名は忘れた)だという説が濃厚。
明智勢襲撃の報が入った住職達は裏門から入り本能寺の竹藪で信長公を焼却していた家臣達から、首だけを受け取って隠して脱出したそうだ。
112.名無しさん:2017年03月08日 10:52 ID:hYDuZS3o0▼このコメントに返信
明智は秀才だから単独で暴発することはない
という前提もどうなんだろうな
状況を甘く見て暴発した秀才は古今いくらでもおる
113.名無しさん:2017年03月08日 11:33 ID:ne.Ugf.J0▼このコメントに返信
家康って30数名しか引き連れてない
失敗したときの報復を考慮したり、本能寺の変後、同行してて途中わかれた穴山も殺さてるし、黒幕だとしたら無謀すぎる
114.名無しさん:2017年03月08日 11:38 ID:ne.Ugf.J0▼このコメントに返信
だいたい家康は当時の東海地方70万石の大名で織田側勢力としては大きいほうだが、特別にぬけてたわけじゃない
信長をやったところでその勢力を自分が得られる可能性はそんなに高いわけじゃなかったんで動機として弱い
115.名無しさん:2017年03月08日 11:49 ID:ne.Ugf.J0▼このコメントに返信
秀吉だとしたら毛利や丹羽と組んでれば可能だろう。
毛利と最低でも手を結んでないと秀吉側が危ない。
けど実際は清水自刃なんかをみると、手を結んでたとは到底思えない。
116.名無しさん:2017年03月08日 11:51 ID:ne.Ugf.J0▼このコメントに返信
毛利元就って毛利家、ゲーム信長の野望(最初の)だと全有力大名中最弱レベルなんだよね
117.名無しさん:2017年03月08日 12:05 ID:x14eL0DZ0▼このコメントに返信
※62
「朝廷とのつながりを示す史料は何もない」って??
茶会や連歌の会、その他諸々の宴席で普通に顔を合わせてお友だちもたくさんいただろ。
現代の政財界人が頻繁に料亭で酒飲んだりゴルフしたりしてるのと同じ。
いつの時代も上流の権力者はネットワークを作ろうとするもんだよ。
まして貧乏公家と揶揄され困難な時に、光秀に限らず目についた武将には
朝廷側から積極的に種々のプローチがなされるのは当然。

118.名無しさん:2017年03月08日 12:13 ID:x14eL0DZ0▼このコメントに返信
※117の続き
そもそも従五位惟任日向守なんだけどね。
詐称でなければ。
119.名無しさん:2017年03月08日 12:21 ID:6QyQVbMd0▼このコメントに返信
信長って晩年に朝廷から官位貰おうとしてなかったっけ
120.名無しさん:2017年03月08日 12:46 ID:X99ibbLc0▼このコメントに返信
46: 名無しさん@おーぷん 2017/03/06(月)10:28:55 ID:QQ6
光秀は信長の家臣の1人に過ぎない。

普通に考えれば信長を倒しても、その後他の家臣団にぶっ潰されるのは明白だ。

光秀は信長も評価する秀才だ。
そんな奴が『信長ムカつくから衝動的にやっちゃいまし~★テヘ★』なんてことはありえない。



これなんだけど、光秀は信長が認めるぐらいに優秀な武将だったんだよね。
だとしたら、簡単に自分がつぶされるとは思わないんじゃないか?
しかも、信長に対してみんな恐怖心を持っていた、今まで武功を立てたから安心なんてできない・・・と家中の武将の心情を評していたよね。

普通に考えれば、信長をぶっ倒した⇒中心人物を失って織田家家臣団がバラバラになり、覇権をめぐって争う⇒光秀、それなりに優秀と思われているから、それなりに味方として頼ってくれる奴多いだろう・・・と考えていても不思議ではないんじゃないかな。
長宗我部と密約はできていたとしてもおかしくないし、あんなに早く秀吉が織田家家臣の大半を”抱き込む”とは思っていなかったんじゃないか。
織田家が5つぐらいに分裂してくれれば、かなり勝算は高かったと思うよ。
121.名無しさん:2017年03月08日 12:57 ID:65D8Fw9H0▼このコメントに返信
そもそも織田信長以下織田家臣にまともな人が少なくて、相対的に明智がまともで冷静な常識人の秀才に見える説。明智の来歴も大概オカシイだろ。
122.名無しさん:2017年03月08日 13:00 ID:..YINLnk0▼このコメントに返信
光秀は朝廷にも働き掛けたが朝廷は動かなかった。筒井家なども同じく賛同してくれなかった。結局光秀は斎藤利三の尻拭いの為に奔走したけど誰も味方になってくれなかっただけでしょ。実際に変に参加した兵士の日記にも、斎藤利三の名前がはっきりと綴られてるんだから明智家がやったと同じで責任を光秀がとっただけ。斎藤利三の処刑は特に酷く行われたというから、秀吉も黒幕は斎藤利三だと分かってたんじゃないかな。
123.名無しさん:2017年03月08日 13:39 ID:..YINLnk0▼このコメントに返信
明智光秀の人間性もフロイスの日記にある裏切りや謀略の達人だと書かれているけど、これは光秀の統治する国では布教活動を光秀に断られたから嫌っていたとも言われてる。
実際は家臣や妻を物凄く大事にしていたし、信長から貰った掛け軸なども大事に家宝にしていたと史実でも残ってる。信長を生涯慕っていて尊敬していて裏切る事はまず考えられないね。

124.名無しさん:2017年03月08日 13:45 ID:EpK0pXa40▼このコメントに返信
正直な話、野心があって多少目端の利く奴ならば、光秀と同じ行動するだろ。

だって、織田信長の軍団の内、大多数は北陸で、中国地方で、関東で、大坂で外敵とにらみ合って均衡状態を保ったまま一進一退・こう着状態。
光秀の軍団だけ、正面に敵を置いていない為に行動の自由があった。

機動部隊としてこれだけ大きな兵力を動かす事が出来、しかも他の機動部隊と言うか方面軍は敵に貼りつけられた状態
信長を討ったとしても、他の方面軍が正面の敵を放置して全軍を挙げて光秀を討ちに来る事はなく、こう着状態にあるのに兵を割けば正面戦力との戦力バランスが崩れて瓦解するかもしれないし。
だからと言って、動かずに防御を固めていても、補給が滞った方面軍は衰弱していくだけ。

光秀としては、畿内を抑える為の下ごしらえをした後に、外敵との挟撃で方面軍を一つ一つつぶしていけば、それで完全勝利。

・・・・後の歴史を知っているから、光秀が馬鹿な暴発した揚句、秀吉に討たれて天下は秀吉の手中に収まったと思えるけど
当時の感覚としては、秀吉が更に異常な天才だっただけで、光秀は優秀な戦略眼で一瞬の隙をついた正に絶妙な反乱だったと思うんだけど。
125.名無しさん:2017年03月08日 14:03 ID:YPaQNuvZ0▼このコメントに返信
※124
殆どの方面軍の敵は死に体で一番余力残してたのが秀吉の相手だぞ
滝川こそ信長死亡の混乱で軍団維持できなかったが柴田は混乱納めて帰ってきたし
正直言って毛利や長曽我部と連携でもとらんと戦力的に終わってるし秀吉いなくても滅亡が半月程度延びただけだぞ。
126.名無しさん:2017年03月08日 14:25 ID:..YINLnk0▼このコメントに返信
変が起きた後に本能寺に居た女中達の発言から検証してみると、これは誰の謀反だ!信秀か!
と信長は言ってたそうだが、明智の謀反か?とは発していないのが如何に明智が信頼されてたかという事実だよな。それと光秀奔走劇は変の前ではなく、変の後に味方引き入れ工作をしているわけでどうみてもおかしい。これだけの大事件を起こすなら用意周到に事前に工作するはずだけど、そんな形跡もなく不自然過ぎる。
斎藤利三と明智秀満が勝手に起こした事件だとすれば辻褄が合うんだよな。
127.名無しさん:2017年03月08日 14:56 ID:X99ibbLc0▼このコメントに返信
※125
それ、滝川さんの軍は瓦解して安全の為に引き返すのがやっと、丹羽さんの軍もすぐ近くにいたのに混乱して動けずって言う状態でしょ。
柴田さんと羽柴さんが光秀(もしくは利三)の予想を超えていたほど凄いってい言うだけで。

ある意味、上杉さんとか長宗我部さんは光秀に救われているわけだし、消極的ではあっても味方してくれると思ったんじゃないかな。
畿内の有力な城主を味方にできていれば、後は外の大名と結託すれば良いだけだし、意外と事前工作は長宗我部さんあたりとしていたんじゃないかな

あと、思ったほど人望がなかったんだな、光秀さん。・・・とは思う


※126
それと光秀奔走劇は変の前ではなく、変の後に味方引き入れ工作をしているわけでどうみてもおかしい。これだけの大事件を起こすなら用意周到に事前に工作するはずだけど、そんな形跡もなく不自然過ぎる。

それには同意だけど、だからこそ事前察知されなかったという点もあると思う。
まぁ、あなたの言うとおりに大将の人望と自分や主家の姻戚による影響力を過大評価した、利三さんあたりの暴走とも思えるけどね。
ただ、これをやった時期や状況については、このときしかないというぐらい完璧なタイミングだったとは思う。
128.名無しさん:2017年03月08日 15:00 ID:x14eL0DZ0▼このコメントに返信
斎藤利三説は状況的には十分ありそうだね。秀吉黒幕説とか朝廷陰謀説とか
キンカ頭叩かれて逆上説などに比べるとあまり面白くはないが、
大事件の裏側は得てして地味なことも多いから。
129.名無しさん:2017年03月08日 15:14 ID:..YINLnk0▼このコメントに返信
127さん
タイミングは変の次の日に織田信孝と丹羽長秀隊の四国征伐隊が出陣する予定だったから。斎藤利三は何としても自分の娘と長宗我部を守りたかったからです。
板挟みに合った光秀は必死に信長に悲願して足蹴りにされてまで耐えたのに、光秀が一番悲惨だったと思います。
130.名無しさん:2017年03月08日 15:19 ID:..YINLnk0▼このコメントに返信
128さん
色んな文献を読んで繋ぎ合せて辻褄を合わせると、どうみても斎藤利三が黒幕としか思えない。よく秀吉が裏切ったとか家康が裏切った光秀が裏切ったと見るけど、彼らはけっして裏切ってはいないと思います。
また斎藤利三も苦渋の選択だったんでしょうね。
131.名無しさん:2017年03月08日 15:30 ID:bDFCAXCn0▼このコメントに返信
光秀「あのパワハラ野郎、今丸裸で都におるやん、チャンスや殺したろ!!」
って程度の話だろ。
132.名無しさん:2017年03月08日 15:31 ID:v.B7mT0y0▼このコメントに返信
※130
いま選挙あったら斎藤利三候補に一票入れますよw
133.名無しさん:2017年03月08日 15:33 ID:8XCn.So20▼このコメントに返信
※130
最終的に春日局→家光に行きつくしなぁ
黒幕かどうかは置いといて本能寺の変の利害関係の中心にいたのは間違いないんだよな
134.名無しさん:2017年03月08日 15:48 ID:..YINLnk0▼このコメントに返信
132さん
斎藤利三という人物は今の時代で例えるなら誰だろ?かなりの知名度と力を持った政治家だよ


133さん
結果論としてはそうなるね
元々出身は名門だから納得です
因みに光秀も土岐氏の出身だからかなりの名家
135.名無しさん:2017年03月08日 15:56 ID:X99ibbLc0▼このコメントに返信
※129
ってことは、本当に光秀単独の偶発的な反乱だな。
少なくとも、長宗我部さんたちには渡りは着けていない。

だって、純軍事的には丹羽さんたちには四国に渡ってもらっていた方がよっぽど有利にことを勧められるもん。
マジで、あの時にしかないような戦力の空白と、信長の逃走を防げる公算の高い情勢が整った千載一遇のチャンスだったんだな。

そう思うと、やっぱり斎藤利三ってすごいわ。
136.名無しさん:2017年03月08日 16:13 ID:..YINLnk0▼このコメントに返信
135さん
クーデターを成功させたのだから確かに凄いね
これだと信長が悪の権化みたいな扱いだけど、信長が比叡山を焼き討ちした理由は、彼らは坊主ではなく軍人だと言ってたよな。当時は寺院が関所や政治にも介入して社会を支配してたから、信長はそれが許せなかったんでしょ。宗教と政治の分離は信長の功績なんだよな。
三河に伝わってる彼のエピソードがあるんだけど、家康が信長を招待した時に、流れの強い川を渡る信長一行を三河の農民が何百人で関となって流れを止めてた。それに感じ入った信長公は何度も農民に頭を下げて渡ったんだよ。
信長はけっし残忍で非情な人間じゃないです。
愛知や岐阜では今で信長が加護した寺院が沢山残ってます。
137.名無しさん:2017年03月08日 18:43 ID:7lB5bUwH0▼このコメントに返信
※105
こういうコメント欄でも目につく馬鹿げた書き込みをみると、
史料どころか新書レベルすら読んでいないと推測できるものもある。
それどころか、高校受験レベルの知識すらないひどい書き込みすら見受けられる。
しかも※105は今日歴史的事実というものがどうやって確定されてきたのかも知らないらしい。
そもそも史料から確定できる事実もなければ、本能寺の変が起こったことすら分からなかったわけだが、
そんなことも理解出来ないのだろう。間抜けな妄想解釈を言い募りたければ自分の掲示板で鍵つけてやれ。
誰もが参加できる場所で、程度の低い妄説を書き込めば、そりゃ否定されるに決っている。
ここはお前だけのコメント欄ではない。

※117
だからそのつながりとやらがあるなら、書けばいい。光秀が公家や禁裏内部の誰と如何なる交友があり、
そして一体どういう経緯でもって信長暗殺という行動を起こすことを画策たのか?
そしてなぜ裏切りが出ず、誰も信長に通報せず、また光秀が窮地に陥っているにも関わらず
光秀自身そのことについて全く触れなかったのか?
漫画レベルではなくて、きちんとした考証と証拠を指し示すべきだな。
「なんとなくそうだろう」なんてのは何の意味もない。
そんな程度の根拠で良いのだったら誰だって何だって証明できる。

138.名無しさん:2017年03月08日 18:50 ID:nzcU7mUi0▼このコメントに返信
家康は命からがら三河に戻っているわけだから
朝廷ってのは堅いセンだねぇ
139.名無しさん:2017年03月08日 20:02 ID:X99ibbLc0▼このコメントに返信
※138
家康が黒幕なら、堺からわざわざ伊賀越えなんて危ないルート使わずに、丹羽さんのいる大坂に逃げるだろうからね。
そっちの方が楽だし近いし安全。
家康が命落とすかもしれないって感じたのは、三方が原と伊賀越えと夏の陣ぐらいでしょ?

あの時は、誰が敵か誰が見方かもわからない情報交錯状態で、だからこそ本国の三河に何とか帰ろうとしていたんだから。
家康説はマジで無しだよなぁ。
140.名無しさん:2017年03月08日 20:35 ID:gW2cVMHj0▼このコメントに返信
信長の首は麿が蹴り上げておじゃるよ
141.名無しさん:2017年03月08日 20:35 ID:YaRRDUj60▼このコメントに返信
司馬病はなかなか完治しない重い病だということだけは分かった
142.名無しさん:2017年03月08日 20:56 ID:YaRRDUj60▼このコメントに返信
※60
これ大事だよねぇ
坊さん同士でもケンカが絶えなかったから、そこで信長が思いついたのが
朝廷とことん持ち上げ政策、仏教界も天皇にはひれ伏せゴラァー だったわけで
143.名無しさん:2017年03月08日 22:57 ID:QwdlH6oR0▼このコメントに返信
※137
アカデミズムの公開討論の場ならそれなりの立論も吝かではないが、単なるネット掲示板だからなあ。基本的にほとんどの人は一時の娯楽で本能寺の変をネタに遊んでるだけ。歴史学の基礎が文献史料の精査にあることくらい高所から御講釈を頂かなくともみんなわかってるよ。
自分だけ特別な高みにいて他人様を馬鹿だのなんだのと罵倒し否定しているのは笑止千万、あんたが一番のバカでしょと言わざるを得ない。
史料史料と連呼するが、本当に史料の意味なり使い方をわかっているのかな。ランケ流の実証史学とアナール学派の方法論の区別くらいはつくよな。
論旨が曖昧なコメント見させてもらうと、あまり知的訓練を受けたタイプではないようだがどうなんだろう。
何かの虚栄心を満たしたいのであれば、東大史料編纂所で今でも多分公開講座が開かれてるはずだからのぞいてきたら。
そしたらネットで「おれは東大で歴史を研究した」と取り敢えずはドヤ顔することができるぜ。

144.名無しさん:2017年03月09日 01:27 ID:SdbStdy90▼このコメントに返信
鏡に向かって話すのが好きなナルシストかな?>※143

本能寺の変は、明智光秀の単独行動でほぼ間違いない。公家イエズス会黒幕説は証拠もない、動機もない、しかも関与すべき人物が多すぎる。むしろ信長を倒すことで立場がより悪くなる可能性が高いのは当時でも理解できることであり、全く成り立たない。

秀吉もしくは家康黒幕説もかなりどうかと思われる。もし光秀が信長暗殺に失敗した場合、光秀は確実に秀吉や家康が協力関係にあったことを喧伝する。秀吉あるいは家康がそこまでのリスクを取る理由とは一体何なのか?
また共謀関係にあるにも関わらず、実行者が光秀だけというのも、光秀の立場になってみればとても考えられない。そんな不利な立場に自らを置く必要はない。
145.名無しさん:2017年03月09日 01:27 ID:SdbStdy90▼このコメントに返信
足利義昭説も論外。光秀は細川藤孝よりも先に義昭を見限っており、また変の前後に義昭に連絡を取った形跡もない。
もし義昭が関与していたなら、信長暗殺が成功した時点で義昭は上洛し、光秀の正当性を訴えるのが最も理に適った行動だと思われるが、義昭はそういった行動はしていない。
また義昭の関与があったのであれば、変後光秀が細川親子へ送った覚にそう記すはずだ。しかしそんな文言は全く無い。
また義昭に連絡を取らなかったことで、動機であるところの怨恨説も排除される。
怨恨から信長暗殺を決意したならば、足利義昭を奉じるのは(そして義昭を通じて毛利と通じるのは)十分に筋が通るのだが。

この上記の『光秀覚条々』には忠興を取り立てるためにやったことだと記している。これは中立を決め込んだ細川親子を籠絡するために書いたことだが、恐らく光秀の本音だろう。
嘗ての上司と言っていい幽斎とは織田権力内で力関係が完全に逆転したわけだが、『条々』の文言にはそんな光秀のある種上から目線のようなものが現れている。
以上のように考えるとフロイスの光秀評は恐らく妥当。光秀は野望によって信長を殺し、上に誰も戴くことなく自分が天下人として君臨することを望んだというのがシンプルかつ妥当なライン。
146.名無しさん:2017年03月09日 15:34 ID:4duRo.4w0▼このコメントに返信
※145
自信あり気だったからちょっと楽しみにしていたのだが、シンプルすぎて相当肩透かし。
単純野望説は怨恨節と並び四百数十年前に秀吉が流した反光秀プロパガンダで、近年は俗論扱いであまり顧みられていなかった。
フロイスの人物評を用いるなら「忍耐力に富み計略と策謀の達人」という部分はどうなるのか。あの慎重な光秀が後先考えずに突っ込むのは
おかしいんじゃないの、何か裏があるんじゃないのというのが定説化していた怨恨野望説見直しの発端だった。
本能寺の変が繰り返しエンタメの材料になり、一般レベルで話題になるのはミステリーの要素がてんこ盛りだから。
信長出馬は毛利への示威行為という政治的側面が強いのになぜ安土から華々しく出陣せず、僅かな供回りで本能寺にいたのか。
家康が特段の目的もなく畿内をフラついていたわけは。妙に緩急の差が激しい秀吉の毛利攻めと、変後における鮮やかすぎる和睦と撤退。
武田家滅亡で用済みとなった家康は焦慮の極の状態にあったし、暦問題、三職推任問題とメシのタネである権威の剥奪が徐々に現実となってきた朝廷は焦慮を強めていた。
齢五十に近くなり「あれっ、今夜はおかしいなあ」と肉体的衰えを痛感し始めた秀吉も、不気味な視線で地球儀を眺め回す信長を目の当たりにして
「もういい加減のんびりさせてくれよオッサン」と内心ため息をついたことだろう。動機はそれぞれにあった。
自分としては明智ー長宗我部の土岐ラインによる決起、いわゆる四国説が有力なのかと思う。斎藤利三も大きな役割を果たしただろう。
林原美術館による近年の石谷家文書における新発見は有力な後押し材料。秀吉は積極的関与はないものの謀反の可能性は察知しており、
明智、信長陣営をベタ張りして状況把握を徹底していた。
まあ、この説もそれを裏付ける一級史料が出てくることは望み薄だし定説化することもないだろうけれど。


147.名無しさん:2017年03月09日 15:42 ID:P0TtUeGq0▼このコメントに返信
まあ厳密な考証はプロにお任せするとして、ネット掲示板では「珍説」「奇説」「妄想」含めて自由に楽しく語り合っていけばいいんじゃないの。
明らかな誤りは自然淘汰されていくくらいは成熟しているわけだし。。
ぶっ飛んだ新説を発表しずらいアカデミズムの雰囲気にストレスを溜めた若手研究者が、フィクション作家にアイデアを提供することもあるから、自論以外のものを否定し過ぎることのないスタンスが穏当だろうね。
148.名無しさん:2017年03月09日 23:27 ID:SdbStdy90▼このコメントに返信
確かに言い過ぎた点はあった。実は多少反省している。

主君信長暗殺をまんまと成功させたことは、「己を偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、忍耐力に富み、計略と策謀の達人」と評されるのに十分すぎるほど。「光秀は本能寺の変の後何もしていない」みたいなことがよく言われるが、これは秀吉の転進と中立の武将らを味方につけた手際があまりにも鮮やかすぎたために、比較的にそう見えるだけであって、実際には打たれるまでの間に光秀は禁裏や公家、五山などに献金し、安土城や淀城を取り繕って、中立武将の勧誘工作を行っている。

三職推任や暦の問題も一部の研究者は禁裏周辺への非友好的態度として問題視しているが、はっきりいって大げさ過ぎる。この当時禁裏や公家などは完全に武家の従属勢力。また信長は平定された畿内付近はたいした軍勢や伴を連れず動き回ることが多かったらしく、本能寺の変時もそういった信長のある種不用意な癖を光秀が恐らく知っていて、実行に及んだと見られる。

家康が畿内にいたのは、当然理由を知っていると思うが、まさか説明しなきゃならないのか?本能寺へ向かう明智勢の足軽衆らが、家康を襲うために京方面へ向かっているのだと勘違いをしていたということから、家康討ちというシナリオが想定されないわけではないと思うが、やはりこれは普通に甲州征伐の信長による論功行賞の一部だろう。家康の脳裏にそういったことが思い浮かばなかったとはいえないが、事実何事もなく京見物は終えている。また家康が信長を殺したって何の得にもならない。これは秀吉も同じで、たまたま光秀が信長を殺してくれたからこそ、秀吉と家康は天下を取れたのであって、自分たちが信長を殺したって天下を取れるとは限らない。むしろ実際光秀がそうだったように、主君暗殺は破滅へのカウントダウンを起動するだけだ。
149.名無しさん:2017年03月09日 23:27 ID:SdbStdy90▼このコメントに返信
そして『石谷家文書』もこれまた大げさに取り過ぎだ。光秀が面目を潰されたという側面は存在するし、恨みがなかったとは言えない。だが、何故『石谷家文書』のような光秀謀反の間接的であるに過ぎない史料を重要視するのに、より直接的な記述のある『綿考輯録』の『光秀覚条々』は無視するのか?これには忠興らを取り立てるために信長を倒したとある。しかも「一旦我等も腹立候え共」とあり、懐柔しなければならない忠興や幽斎に向かって、態々そんな書かなくてもいいことを書くほど光秀は焦っていた。にも関わらず、四国の件で面目を失ったとか、過去の恨み(そんなものがあったとすればだが)とか、裏には将軍だの禁裏だのがいるので、つまりは正当性がこの光秀こそにあるのだとか、そんな文言は一切ないのだ。

確かに歴史的にもお話的にも本能寺の変は面白いとは思うが、よりシンプルでスマートな見方が出来るのに、オッカムの斬れない剃刀を用意することはない。光秀の動機にも謎はないし、黒幕もいない。光秀主導の犯行で全く説明がつくのだ。
150.スーパーコピーN級品バッグ財布時:2019年05月22日 02:44 ID:MPed3pQc0▼このコメントに返信
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