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2017年01月08日 09:05

もし徳川幕府が鎖国してなかったら日本は植民地になっていた

もし徳川幕府が鎖国してなかったら日本は植民地になっていた

ieyasu


引用元:もし徳川幕府が鎖国してなかったら日本は植民地になっていた
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1483794937/

1: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:15:37 ID:4dV
っていう可能性ある?

2: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:16:04 ID:kAe
可能性だけならなんでもあるが

4: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:18:04 ID:Kex
鎖国してなかったら東南アジアに土地があったかも

5: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:21:36 ID:BA0
長崎が香港のようになってたかもな

6: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:22:56 ID:IWn
島津が東南アジア支配してそう

7: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:24:25 ID:JPO
>>6
島津ってやたら持ち上げられてるけど所詮は田舎の大将じゃん
伊達政宗と同じポジだろ

8: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:25:19 ID:XNc
その時代に日本を軍事的に攻略し植民地に出来る国なんて地球上に存在しないよ

10: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:26:32 ID:4dV
>>8
まあ島国だし戦略的価値もないか
でも金とか銀の価値はあるかな?

11: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:26:47 ID:VOM
武力での制圧なら鎖国とか関係無いんじゃないか

14: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:27:09 ID:TUl
知らんけど日本を足掛かりに中国朝鮮伺うようなこと考える国がいるかどうかちゃう。

17: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:30:34 ID:kAe
>>14
普通は逆に考えるんちゃう?
当時の日本は結構貧しいくせにやたら重武装で戦争慣れしてて、
かつヨーロッパから遠くて無害な蛮地よ?

19: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:32:43 ID:5dZ
>>17
全然貧しくはないだろ
アジアでは中国の次に経済があるのに

22: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:34:33 ID:kAe
>>19
そりゃわざわざ艦隊派遣したいほどの豊かさか?

24: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:37:25 ID:5dZ
>>22
スペインは一応検討していた

27: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:39:14 ID:kAe
>>24
実行しなかったのは鎖国のせいですか?

31: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:42:06 ID:5dZ
>>27
いや単に数が足りないから
当時の船舶で考えるなら
フィリピン行き定期便で
500人程度しか送れない
艦隊を動かすなら相応の食料等が居る
+陸戦兵力が必要
当時のスペインの人口は800万程度
に対して日本は2500万~3000万
支配するには無理がある

15: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:29:54 ID:JPO
欧米が植民地化したのは本当に糞みたいな雑魚国であって、清だって弱体化するまでは普通に取引してたぞ
日本だって普通に取引する仲だっただろう

16: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:30:10 ID:XNc
鎖国ってのは別に外国が怖かった訳じゃなくて戦乱の時代が終わって国内秩序の再構築と安定が急務だったからやったのさ
キリスト教徒が内乱起こしたり地方の大名が独自に貿易して力をつけ幕府に対して反旗を翻したりするのを防ぐ為にね

18: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:31:58 ID:DBw
植民地化されてたら今ごろちゃんと年金もらえる社会になってたかな

23: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:35:28 ID:5dZ
>>18
恐らく工業発達が遅れるので今よりは貧しいかと

20: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:33:51 ID:XNc
金銀銅の一大産地だぞ
南米の鉱山開発されるまでは世界一の
石見銀山なんて何の変哲もない鉱山が世界遺産になったのは当時世界に流通する金銀の三分の一だかが日本で採れてたから

25: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:38:50 ID:XNc
西欧が東アジアを攻略出来る力を持つようになったのは産業革命以後19世紀後半になってから
単独でとなると大英帝国、ロシア帝国くらいなもん
たらればだけど、もし鎖国してなかったとして日本の軍事的発展が250年もの間停滞する事もなかった訳で

26: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:38:55 ID:4dV
でも黒船が来たのも最初の目的としては貿易の中継点の為だし日本というものがあまり知られてなかったのか?

29: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:40:00 ID:XNc
>>26
捕鯨船の補給に寄港する為だよ

30: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:40:42 ID:4dV
>>29
そうだった

28: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:39:52 ID:JPO
スペインはむしろ日本のこと認めてたぞ
秀吉と書状も交わしてる

32: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:44:24 ID:XNc
鎖国しなかった場合鄭成功の要請に応じて大陸に干渉した可能性が高い

33: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:47:45 ID:XNc
雑兵やはみ出し者で構成されたシャム王の親衛隊で有名な山田長政の傭兵団はスペイン軍と二度戦い二度ボコってる
日本にはそのレベルの練度の兵が40万は居た訳で
さらには四方を海に囲まれ国土の七割が森林山岳地帯
スペインどころか全ヨーロッパの全兵力差し向けても占領なんて無理

34: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:48:14 ID:4dV
まあこれも仮定だけど信長だったら鎖国しなかったんだろうな

35: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:52:28 ID:BA0
清と戦ってる明から鄭成功が援軍要請に来て島津は大陸ヒャッハーしようとしたけど、秀吉政権の失敗を徳川幕府は踏みたくなかったし、清が日本に代わるだけなんじゃないかと明側が警戒したんで話が立ち消えになったとかなんとか

36: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:57:53 ID:XNc
日本が軍事的驚異を感じるような国が無かったからこその鎖国
警戒の必要な驚異がそこにあれば鎖国なんて出来ん

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2017年01月08日 09:14 ID:LjnBV3W.0▼このコメントに返信
鎖国のせいで植民地にされそうになったのにw
2.名無しさん:2017年01月08日 09:14 ID:okQUss5K0▼このコメントに返信
そもそも日本人はいなくなってる
3.名無しさん:2017年01月08日 09:14 ID:RnMF8JaD0▼このコメントに返信
農民を奴隷にして白人に売り飛ばして
鉄砲を買う大名がいるから鎖国したんだろ
鎖国してなければ鉄砲を大量に用意し徳川家に謀反してただろうね
4.名無しさん:2017年01月08日 09:16 ID:LZMuKvmw0▼このコメントに返信
薩長よらも早く諸外国と手を組む藩が出たやろな
5.名無しさん:2017年01月08日 09:17 ID:5oloECPC0▼このコメントに返信
鎖国してなかったら今頃日本国内は華僑だらけになって全然別の国になってたゾ
あと島津が強かったのは農民をクソ搾取して多数の武士を抱えていたからで、そんな脳筋連中がアジア制覇とか何の冗談だよ

6.名無しさん:2017年01月08日 09:23 ID:ahiqGhtv0▼このコメントに返信
「鎖国」に夢持ち過ぎなんじゃないかなぁ、、、

国内的には、単に幕府だけが管理する海外貿易ってだけで
当時も今でもそういう貿易制限の形はあるし
それに法の精神にも載るくらい日本の貿易収支の不均衡?は西欧では知られてたわけだし、、、

つかわざわざ植民地化しなくてもオランダにとっては特別美味しい貿易相手
産業革命起きるまでは、植民地持ってもプランテーションひろまらなかったわけで直接支配する必要もない
だから家光の鎖国政策なんて大した影響を与えたようには思えないけどねぇ、、、
7.名無しさん:2017年01月08日 09:27 ID:.krrFm070▼このコメントに返信
少なくとも江戸時代に醸成された文化は生まれてなさそうだな
8.名無しさん:2017年01月08日 09:27 ID:9WT34aaW0▼このコメントに返信
普通にスペインとか日本を植民地化する気満々だったんだけど
ザビエルも本国に、植民地化出来そうだと報告してる
なんと言ってもキリスト教がヤバかった
キリスト教でそこら中で反乱起こされた隙に、キリシタン大名従えて占領とかも有り得た
その危険に先ず秀吉が気付いて禁教
徳川家光の代に禁教では不十分ってことで鎖国
9.名無しさん:2017年01月08日 09:28 ID:QUqJ7ZpE0▼このコメントに返信
鎖国ってある種の指定貿易みたいなもんだろ
徳川政府は外国と普通に付き合いあったよ、諸藩と外国の交流を制限してただけ
10.名無しさん:2017年01月08日 09:29 ID:TC2Qktup0▼このコメントに返信
日本にも大航海時代が到来してたら、北米西海岸の一部ぐらいは植民地にできてたかもね
11.名無しさん:2017年01月08日 09:31 ID:966U6GsZ0▼このコメントに返信
バテレンの奴隷商人の餌食になってた事はまちがいないなw
12.名無しさん:2017年01月08日 09:33 ID:JTeM2UwW0▼このコメントに返信
米1 その状態になるまでに250年のタイムラグがあるが。
13.名無しさん:2017年01月08日 09:33 ID:IZkYvSLp0▼このコメントに返信
鎖国してなかった(諸藩に貿易を許してたら)フツーに借金まみれの藩が港とか100年単位で貸し出してそうだけどね。
14.名無しさん:2017年01月08日 09:34 ID:6kl8Z9i70▼このコメントに返信
2000~3000万の人口抱えて島国で自給自足できて鉄砲も含む高度な兵器を量産できる戦闘国家を侵略できる国なんてどこにもないだろ
15.名無しさん:2017年01月08日 09:36 ID:DG6fn8vH0▼このコメントに返信
※10
日本のそばにアジアからアメリカに行く海流が流れているので、
アメリカ大陸は日本人が発見しただろうとアメリカ人が言っていた。
16.名無しさん:2017年01月08日 09:36 ID:z9cmvj2t0▼このコメントに返信
>>34
信長は、全国(日本)統一の次は中国(明国)への勢力拡大を企てていたらしいからなぁ……
秀吉は、その意思を受け継いだ……てのが明国出兵だったわけだけど、寿命には勝てなかった。
まぁ、信長が本能寺で死なずにいれば、明国を打ち負かしていたかもしれん。
※秀吉の寿命が変わらなくとも、計画自体が早く開始されていただろうし
17.名無しさん:2017年01月08日 09:40 ID:siBQD2Op0▼このコメントに返信
松下一族は、秋葉山の山伏修験者で、そこの娘が柳生に嫁入りし、
松下さんちのお猿さんが秀吉になる訳です。

修験者の修行の地は、各地にあり、どこも同じような雰囲気を持ちますが、およそ、この前、高校生の行方不明事件のあった、十津川の10倍位、険しい所での修行となります。

そうした修験者の一団を含め、武田からの編入組を含め、特殊な集団が編成されるわけです。

こんなんでいい?
18.名無しさん:2017年01月08日 09:42 ID:ZIU6Zgsc0▼このコメントに返信
※3
当時世界中の鉄砲かき集めても日本にあった鉄砲の数に遠く及ばないよ。

※5
鎖国つっても中国やオランダとも普通に外交してたよ。
島津が豊かだったのは琉球との貿易で儲けてたからだし(琉球からもたらされる伽羅や砂糖は日本国内では金より高い)

19.名無しさん:2017年01月08日 09:44 ID:Oe3pyFHJ0▼このコメントに返信
2500万~3000万は江戸中期以降の人口であって戦国時代末期は1200万~1800万くらいやろ
鎖国しなければ植民地化されていたっていうのは相手より弱かったって言ってるようなものじゃん
20.名無しさん:2017年01月08日 09:49 ID:cYA3vOdI0▼このコメントに返信
たらればは当時その直後だったらもっといい選択があったんじゃと思えるけど、昔の事になるとそれでよかったと思う。
21.名無しさん:2017年01月08日 09:49 ID:PIYAOPAE0▼このコメントに返信
日本だったら逆に欧州の技術取り入れて史実より早く発展しそう
中国ほど華夷思想強くないし
22.名無しさん:2017年01月08日 09:50 ID:XgizXvnj0▼このコメントに返信
鎖国してなかったらシンガポール辺りでも日本人街作って維持してたでしょう。そしたら欧米が東南アジア侵略していく過程を見させられることになるわけでこりゃいかんと武器や船輸入して国防進めたはず。実際に全く危機感なかったところからいきなり開国迫られて結果として植民地にされなかったんだから鎖国しなかったら逆に植民地になったかもなんてありえん。
23.名無しさん:2017年01月08日 09:50 ID:epX9oRSt0▼このコメントに返信
むしろ東南アジアを経済支配していただろうな。
各地に日本人町があるし、鎖国状態でも日本の陶磁器は輸出先で好評だった。

IFかもしれないが、スペインと良好な関係気づいていたら米西戦争ないしは米比戦争に参加、米国の太平洋進出を抑えることができたかもしれん。
24.名無しさん:2017年01月08日 09:52 ID:jrrLUUNU0▼このコメントに返信
戦国時代火縄銃を量産しまくって世界中で一番火縄銃をもっていたとかいないとか聞いた事あったな
25.名無しさん:2017年01月08日 09:55 ID:AA.x8PeY0▼このコメントに返信
>>15
東日本大震災の時の漂流物が、西海岸に流れ着いてますもんね。

あと、当時の日本の人口は1800万人程だったかと。
3000万人超えるのは、太平の世になって、生産力の上がった江戸時代の中期以降だったはずです。
もっともその辺が、日本が自給自足できる限界で、再び人口が増えるのは、開国した明治以降。
26.古古米:2017年01月08日 09:59 ID:oiNwqBoJ0▼このコメントに返信
意外とアラスカやカナダ西岸は日本の物だったりして。
27.名無しさん:2017年01月08日 10:00 ID:JuhJfFV20▼このコメントに返信
蒙古襲来、頼朝の時も、家康も
明治天皇も国を護ったんや。

地方別戦国武将 検索
28.名無しさん:2017年01月08日 10:01 ID:jTldNLCe0▼このコメントに返信
※23
ただ基本ベースが中華思想だからねぇ
中華=世界だから、その中心たる中原を目指すのはアジアの国
だから中国歴代王朝は異民族が常

秀吉もフィリピンに対して、冊封体制に入れって扱いだったし
あの辺は、植民地というよりも、朝貢させればいいって感じで、植民地って発想がアジアには無いんじゃないかな?
29.名無しさん:2017年01月08日 10:03 ID:0kepXmg90▼このコメントに返信
鎖国しなきゃ内部崩壊して終わってた
30.名無しさん:2017年01月08日 10:04 ID:6gbY3WsM0▼このコメントに返信

おそらく中国を植民地としていただろうな


まあ、結果としてはそうしなくて良かったが


31.名無しさん:2017年01月08日 10:05 ID:XYI2quvq0▼このコメントに返信
当時スペイン1国では、太閤が動員できた遠征軍レベルの兵力は出せなかった。明に2度大規模兵力を派遣しておきながら、数年後に関ケ原合戦ができる兵力と財力を持っていた。何も獲れない貧乏な土地だから侵攻されなかったというイメージは全くのでたらめで、当時世界の銀の2~3割を占め、南米のポトシ銀山と並ぶ石見銀山がまだ健在な頃。
日本以外のアジアや南米は万を超えない程度の兵力で苦なく占領している。
32.名無しさん:2017年01月08日 10:05 ID:JuhJfFV20▼このコメントに返信
御家人の流れ…
えいえいおー! 藤原秀郷!
33.名無しさん:2017年01月08日 10:09 ID:6QTRAnrZ0▼このコメントに返信
本スレの次の議論が気になった

 17: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:30:34 ID:kAe
 >>14
 普通は逆に考えるんちゃう?
 当時の日本は結構貧しいくせにやたら重武装で戦争慣れしてて、
 かつヨーロッパから遠くて無害な蛮地よ?

 19: 名無しさん@おーぷん 2017/01/07(土)22:32:43 ID:5dZ
 >>17
 全然貧しくはないだろ
 アジアでは中国の次に経済があるのに

これは17が正しく、19が間違っている

中世の日本はアジアでも最貧国の1つだった、という史実は押さえておきたい
貴金属の産出が増えたのも、李氏朝鮮から灰吹法という技術を導入して以降の話だったり

だから徳川体制が偉かったのは、
人口増加に耐えられる食料生産技術の普及などで中世日本の貧しさから脱出し、国を富ませることに成功した点と思われ
34.名無しさん:2017年01月08日 10:10 ID:Xz0NTWSI0▼このコメントに返信
マルコポーロ「ジパングって言う黄金の国があるぞ」
↑これを真に受けた権力者が居たとか居なかったとか…
35.名無しさん:2017年01月08日 10:10 ID:aFAgq8ta0▼このコメントに返信
鎖国しなかったら、もっと早い時期に独自の財政確立させた外様大名が反乱起こしてただろうなー
成功せずに鎮圧されるだろうけど、史実の徳川幕府のように盤石とはいかず室町幕府みたいになってたかも
んで18世紀くらいに戦国時代再びになって、そこを諸外国に突かれるというのはありえたかもね。
36.名無しさん:2017年01月08日 10:15 ID:UbtLhrq00▼このコメントに返信
鎖国=幕府による独占貿易
ってだけだよな
37.名無しさん:2017年01月08日 10:15 ID:R4v6M6WH0▼このコメントに返信
植民地にはならんだろ。島津が大友その他の北九州キリシタン大名を徹底的にボコってくれたし。逆に東南アジア進出して英仏蘭と植民地争奪戦をやるだろうな。

…映画「パトリオット」に出てきた、マスケット銃による戦列歩兵をご先祖様たちがするのか…。…痛そう…あんまり想像したくないなぁ…。

やっぱ鎖国でいいや…。
38.名無しさん:2017年01月08日 10:22 ID:N7NW.WYO0▼このコメントに返信
銃火器関係は江戸に入るあたりから進化が止まってたから鎖国してなかったらかなり発展してたかも?
39.名無しさん:2017年01月08日 10:25 ID:Zv1CGaeJ0▼このコメントに返信
日本という極東の地にまで日本を植民地化するほどの軍事力を派遣できた国は無い
40.名無しさん:2017年01月08日 10:26 ID:cDI5pW2U0▼このコメントに返信
徳川幕府が西軍に倒されてから今日まで日本は半植民地状態
41.名無しさん:2017年01月08日 10:26 ID:kZMoNcut0▼このコメントに返信
日本に資源がないから植民地化しないって意見あるけど、土地と人間がいれば植民地にするには十分でしょ?そこでプランテーションでもさせ、自国製品を高く売りつけ、農産品を安く買い叩けば十分利益になるんだから
42.名無しさん:2017年01月08日 10:36 ID:f4nJqu750▼このコメントに返信
あの当時は金銀銅の世界におけるかなりの割合が日本産占めてたから貧しいことはない、
が、いかんせん戦闘慣れしているところだったうえに何より欧州より遠い。
数年がかりで攻め込んでいくには兵站が尽きるのは容易に想像できるし、何よりまずいのは
姿形が完全アジア人じゃないんで見た瞬間に即攻撃できる環境にあるということ
持久戦に持ち込まれたら確実欧州側が負けるから戦わないという選択は当然のこと
43.名無しさん:2017年01月08日 10:37 ID:jTldNLCe0▼このコメントに返信
鎖国してた時は、列強も既存の植民地の奪い合いで忙しいのよ
極東に植民地維持したところで、東南アジアの航路取られたら無駄骨

大航海時代初期の、スペイン位だろできるとすれば
そのスペインも、諦めたんだから、魅力がないんだと思うよ
44.名無しさん:2017年01月08日 10:38 ID:i.a9yYZQ0▼このコメントに返信
鎖国してたのに世界情勢を掴んでいたり通訳を準備していたりするところ。
大政奉還の事も考えると徳川幕府ってやっぱ凄かったんやな
45.名無しさん:2017年01月08日 10:38 ID:2MOXXFj30▼このコメントに返信
そもそも貧しければ大帝国に次ぐレベルの人口や軍事力を抱えるって絶対無理やしな
46.名無しさん:2017年01月08日 10:38 ID:jhmyeh240▼このコメントに返信
※37
>マスケット銃による戦列歩兵
これ、結構適当に撃ってたみたいだな。
マスケット銃の命中率わるい上に、
撃つふりして弾温存したり(自分が逃げる時用)が横行してたらしい。

真面目に撃つ奴のが当たってタヒぬ運の悪い人がいる感じなんだろう。
47.名無しさん:2017年01月08日 10:41 ID:x7DEponM0▼このコメントに返信
※34
マルコ・ポーロの時代には大嘘だったが、戦国末期から江戸時代初頭の日本は
ゴールドラッシュ、シルバーラッシュだったからな。

宣教師がぞろぞろやってきた時代は、むしろ正しい言葉になっていたとも言える。
48.名無しさん:2017年01月08日 10:44 ID:r76fQl2N0▼このコメントに返信
酒樽や酒升のような水密木工は良質な刃物が必要。
近隣国にはそれがないため、日本から船出さないと往来ができなかった。
出国船を規制するだけで、鎖国ができた。
49.名無しさん:2017年01月08日 10:48 ID:X0U1CKA.0▼このコメントに返信
歴史秘話ヒストリアかなんかで、徳川家康公は当時の世界一お金持ちってやっていたんだが。
貧富の差はあるが、国としては当時の日本はお金持ちのはず。
50.名無しさん:2017年01月08日 10:48 ID:WkqRT8yG0▼このコメントに返信
江戸初期は主要な藩が勝手に外国と繋がりをもっていたから
幕府による管理貿易を徹底しなければ欧州列強の後ろ盾を得た各藩や幕府が内乱をはじめただろう
内乱で潰しあって疲弊した国内を欧州が占領するのはたやすかっただろう
51.名無しさん:2017年01月08日 10:50 ID:R4v6M6WH0▼このコメントに返信
≫46氏
日本人は真面目だから…。
「ちゃんと撃たないと、お前の父ちゃん母ちゃん嫁さんが「非国民‼」って石を投げられるぞ。いいのか?」
って上官に言われたら…。
52.ばとめんばー:2017年01月08日 10:51 ID:zlKGGhC.0▼このコメントに返信
※6
寧ろスレタイのテーマよりも、もしも徳川幕府がずっと、
科学技術の進歩と平行した、兵器の進化と自国の安全保障リスクに敏感であったならば
日本はどうなっていたか、の方が興味があるな。
53.名無しさん:2017年01月08日 10:52 ID:BvXixa2g0▼このコメントに返信
可能性があるかどうか聞かれればあるとしか言えない
ただ幕末はあのままだったらその可能性高かったよ
近代兵器の能力差というのは結構でかい
54.名無しさん:2017年01月08日 11:02 ID:Vyf3LsLU0▼このコメントに返信
なんか洗脳教育やマスゴミ洗脳受けて勘違いしてる馬鹿が多すぎるんだけど

そもそも日本(当時の幕府)は鎖国なんてしてませんでしたよ。長崎の出島はご存知でしょう。鎖国してたらアレもないわけでね

日本がしてたのはごく当たり前の入国審査と制限でしょ。例えば現在でも勝手に船に乗ってきて上陸買って商売して帰っていくなんて暴挙許されませんよね?ただとても厳しい条件が付いてましたが当時の格差文化の違い国力の違い一神教から見え隠れするアメとムチによる侵略とその実績を考えれば当然じゃないですかね。

鎖国なんて言葉戦後にサヨクが作った造語ですよね?
55.名無しさん:2017年01月08日 11:06 ID:mfMk5DFb0▼このコメントに返信
鎖国云々は置いといて
技術開発の抑制、取り締まりをしなかったら
技術水準は英仏レベルは無理でもロシア位なら行けたんじゃないだろうか
56.名無しさん:2017年01月08日 11:08 ID:TaLcyRJv0▼このコメントに返信
ま、海禁策をやってなきゃ武器は都度更新しただろうし、1610年代には渡航に必要な船も入手出来たから、外征は無理無く出来たと推測される。
ただ、内政的にこんな平和な国じゃなく、テキサス州みたいな状態になったと思うぞw

57.名無しさん:2017年01月08日 11:24 ID:00h2pd870▼このコメントに返信
日本人はフィリピンやタイにも進出してたから、逆に日本領が増えたかもな。浪人衆が余って困ったし、兵力は十分にあった。
58.名無しさん:2017年01月08日 11:28 ID:R4v6M6WH0▼このコメントに返信
≫52、≫55両氏
「田沼意次、プロイセンより軍事顧問団を招聘」みたいな形になるのかな?
だとしても1820年代~1840年代にもう一度軍事技術の革新が起こるので…。
59.名無しさん:2017年01月08日 11:31 ID:TuHlTDwk0▼このコメントに返信
※3
は?どこのパラレルワールドの話ですか?
60.名無しさん:2017年01月08日 11:36 ID:DyPP94VO0▼このコメントに返信
フィリピンもシベリアもアラスカも日本慮になっていた
仏印も蘭印も豪州も
61.名無しさん:2017年01月08日 11:40 ID:iGbeSClR0▼このコメントに返信
秀吉がキリシタン禁制の掟を破って密入国した耶蘇坊主(イエズス会)を長崎で貼り付けにした。24聖人の碑があるやろ、そこや。日本人も混じっとるが、密貿易の仲買でもやっとたんかい。
ローマ法王は怒り狂ってスペインに日本征伐を命じた。てのはスペ.ポルで世界に分割、日本はスペインが取るべき領土だったから。フェリッペ5世はすっかりその気になったが、家来に反対された。「鉄砲だけで10万挺、雑兵30万の国をドナイして攻めるのや」と。
秀吉が耶蘇を禁じたのは「人身売買」に従事していたから。火薬に必要な硝石を買うのに一部の大名は耶蘇(イエズス会に)女を売っていた。耶蘇が布教先でその地の交戦力を調べローマに報告するのは知られた歴史事実。まず坊主が来て兵隊が後に続く。これが南米、アフリカ、フィリッピンなどの植民地化の歴史。
62.名無しさん:2017年01月08日 11:40 ID:2jo3hzt10▼このコメントに返信
鎖国って武力経済力自給率の全てが強い国じゃないと出来ない真似事
雑魚が宣言しても普通にぷちっと占領されるだけ
63.名無しさん:2017年01月08日 11:47 ID:opy0z1P60▼このコメントに返信
鎖国しなかったら、ぴんぴんの技術を我先にと各藩が仕入れた挙句、第二次第三次戦国時代に突入してたんじゃないかな。
64.名無しさん:2017年01月08日 11:50 ID:o7KICzTP0▼このコメントに返信
鎖国っていうか、国内の諸大名に外ではなく内へ目を向けさせたのは良かったよね。とくに東国はいくらでも開拓できる場所があってまだまだ豊かになれる、ならなきゃいかんと考えたわけで、その結果として江戸時代に発展した技術や文化が山ほどある。明治以降の日本の飛躍は江戸幕府の対外政策あってこそなのは間違いない。

とはいえ信長が天下取ってた場合の海外政策はぜひ見てみたいロマンがあるよね。でも中国がアヘンや三角貿易でどんどん衰弱していったのを見れば、日本も決して他人事ではない気はする。清のような中央集権的官僚体制が日本にはないからあそこまで酷い腐敗官僚もおらず、そんな日本なら西洋列強と渡り合える期待もあるけど。
65.名無しさん:2017年01月08日 11:55 ID:GrXNBnqQ0▼このコメントに返信
当時の欧米列強と言えども植民地にできるのは台湾やフィリピン程度の縄文~弥生レベルの社会だけ
カンボジアや朝鮮の一部ですら占領できないでいる、日本相手になんて何をどうやっても勝てない
連中が本当に驚異的になるのは1780年以降、蒸気機関、重火器の発達から、大量輸送による兵站の延伸、
少数兵で大軍の制圧が可能になって一端の規模の文明国家ですら易々と蹂躙するようになる。
それ以降は国民国家の形成によって、忠誠心の高い兵隊が基本となり、戦陣すら必要なくなり散兵戦術で敵を圧倒するようになる。
66.名無しさん:2017年01月08日 11:57 ID:UKbdBABt0▼このコメントに返信
農民を奴隷にしてんじゃないよ
キリスト教に改宗した農民が奴隷でも神のためなら文句なく従順に奴隷になってただけだ
領主がキリシタンじゃなきゃ領民を奴隷として連れていくのに指咥えて眺めてるわけないだろ
日本にとっちゃキリスト教は害悪だったんだよだから禁止されてんだろう
67.名無しさん:2017年01月08日 11:58 ID:UNUNSbR80▼このコメントに返信
なんか武士の精神を甘く見ているスレだな。家康が鎖国した時点で 日本の軍事力は世界最高で、まして防衛になればとんでもなく強かっただろう。
戦国時代が終わり、あぶれた浪人は多く傭兵としてオランダ船に乗ってオランダ領ジャワで職を得た記録が有る。オランダ人から見て日本武士はめちゃめちゃ強かったのだろう。また好戦的であった。 その前のポルトガル、スペインの神父たちも本国に 絶対に軍を日本へ送ってはならない。
生きてかえれないぞと手紙を送っていた。 鎖国前は家康時代、山田長政がタイの属国の王に推挙され 王になっていた。ベトナムにも日本人の街があり、日本橋の意味の橋がいまでもある。当時は国家戦略でなくても日本は南方に進出し、イギリスと倭寇は戦って勝っている。おそらくとめどなく
拡大していただろう。それが日本人海洋民族の性格だ。ましてどんどん武器は進化してヨーロッパと同時進行で強国になり 世界地図はイギリスと分割している形になっただろう。 鎖国をしていなければ科学技術は飛躍的に進化して 自力で台湾 ルソンは日本化させただろう。その能力は伊能忠敬が示している。アラビア数字、西洋数学を使わず和算だけで 測量して1945年まで使えた日本地図を伊能は完成した。あの図が日米和親条約に与えた影響は大きい。実はペリーはシーボルトから写しを手に入れ、正確かどうか江戸湾でちょっと測量をして調査したのだ。幕府が測量をやめろと言ったらすぐやめた理由にデータをとったからだ。 そしてその正確さに驚愕し 日本人は只者ではない、いわゆるアジア人と同等ではないとはんだんしたのだ。
68.名無しさん:2017年01月08日 12:01 ID:jYhwA7vr0▼このコメントに返信
イギリスが徳川家康に「一緒にアジアを支配しよう」と持ち掛けたぐらいだから
植民地化はあり得ないけど、色々とややこしい事になってはいただろうね。

当時の欧州列強の植民地化に使われてた車輪付き大砲を上回る火力を行使出来た
唯一のアジアの国だった上に、海戦で夜戦まで出来た事から、各地での拠点造りの
先鋒を頼まれたりしただろう事は確実でしょうし。
69.名無しさん:2017年01月08日 12:01 ID:x7DEponM0▼このコメントに返信
※54
お前はちょっとこじらせすぎだ。パヨクと同レベルの妄想じゃ話にならんぞ。

まず「鎖国」という言葉は江戸時代中期には既に登場してる。
そして現代において鎖国と言う言葉が指す内容自体を完全に取り違えてる。
70.名無しさん:2017年01月08日 12:03 ID:UhU2z3Vd0▼このコメントに返信
日本憎し、の連中が文句つけやすそうな内容のまとめは伸びる。パールハーバー関連と同じ、工作員ホイホイスレ。
*1とか。
71.名無しさん:2017年01月08日 12:05 ID:UNUNSbR80▼このコメントに返信
※歴史って皮肉だね。戦国が終わってオランダ領ジャワに傭兵で行った日本武士と 太平洋戦争で終戦になり、ジャワに残された多くの日本兵は
一部がオランダ軍の配下に編入され武装してインドネシアゲリラの掃討に使われた。その反対にインドネシア軍に入って独立戦争を助けた日本人もいた。オランダとの関係は結構濃いのだ。
72.名無しさん:2017年01月08日 12:19 ID:9x.lhktX0▼このコメントに返信
坂本龍馬はイギリスの工作員だったと思っている。
本人に自覚があったかは解らないが、イギリスの思う様に行動させられていたのではないか。
73.名無しさん:2017年01月08日 12:19 ID:0fSJwOhq0▼このコメントに返信
クリスチャンでもあった遠藤周作は植民地化の可能性はあったって言ってた。
74.名無しさん:2017年01月08日 12:20 ID:UNUNSbR80▼このコメントに返信
鎖国以前に遣欧使節を二度も送っていた日本人がやられるとおもうのか? 鉄砲が種子島に登場して5年くらいで世界一の銃生産国になった。
日本人は恐ろしい海洋民族って 日本人の俺でも思う。だいたい 潜水艦に航空機を搭載するアイデアを生み出した国だ。そのコンセプトは米国がミサイル搭載潜水艦で引き継いでいる。
75.名無しさん:2017年01月08日 12:29 ID:39aWcgIw0▼このコメントに返信
幕府自体は連邦制のようなもので、諸藩の領主の自治権は大きかった
そこで自由に海外と貿易なんかをさせると、目の届かないところで徳川家を圧倒する力を持つ藩が出る可能性が高い
結局のところ幕府の権力の後ろ盾は経済力や武力なんだから、そんなことになってはまずい
というわけで貿易を制限したのが鎖国の始まりだ。もちろん宗教などといった外国の影響を絶つという面もある

では鎖国しなかったら、人口や戦力的に考えて即座に植民地にはならなかっただろうが、国内はかなり不安定な状況が続いただろうな
1800年代まで不安定な状況だったらヨーロッパの代理戦争の場になったかも知れんし中国のようになったかもしれない
逆に東アジアに一大勢力圏を築くかもしれないし
まぁ、全く予想できないな
76.名無しさん:2017年01月08日 12:45 ID:8oqsCQuF0▼このコメントに返信
織豊期以後に欧州の文物を受け入れてキリスト教国化、でも彼らに従属せずに独自に重商主義を発展させて
軍備も強化。やがて日本は十七世紀の段階で朝鮮、フィリピン、台湾、インドシナに植民地を持つ植民地帝国になってる
って架空戦記を考えたことあるわ。

同時期インドに兵を派遣して英仏と利権争い。インドネシアでオランダと抗争中。アメリカ大陸にも移民を送ってる。
すでにバチカンに日本人の枢機卿もいる(しかも次期法王の有力候補w)というトンデモ設定だったが。
77.名無しさん:2017年01月08日 12:48 ID:LZMuKvmw0▼このコメントに返信
徳川「鎖国しなかったらどうなったかの?」

伊達「……。」
78.名無しさん:2017年01月08日 12:56 ID:O.PLO0D40▼このコメントに返信
当時の日本ってさ、
「秀吉がルソン総督に遠慮ないんだけど…」(byスペイン)
「もう来るなと言われたけどまた宣教師送り込んでみたら70人中60人まで首はねられた…」(byポルトガル)
「(砲撃して手伝ったけど)キリシタン討伐の名目で自国の一揆勢女子供まで3万人くらい皆殺し…」(byオランダ)
そんなのだったんだけどw
これを目の当たりにして、妙に恐いもの知らずな戦国サムライ日本にあえて攻め込んでこようとする国ってあるだろうかw
79.名無しさん:2017年01月08日 12:58 ID:O.PLO0D40▼このコメントに返信
日本が鎖国体制に入らなかったら、たぶん現代に繋がる日僑が東南アジア各地にいただろうなー
鎖国で日本人の出入国ができなくなっちゃったから継続性が途切れて現地に溶け込んでっちゃったけど
戦国日本から主を失って流れてきた浪人とか、インドネシアひとつでも日本人が200人くらい居たらしいし
現地人やオランダやイギリスに傭兵として雇われてけっこう重宝されてる記録があるし
(アンボイナ事件のときにも日本人傭兵が亡くなってたりする)
当時の現地によると「華人はおとなしい商人・日本人は強い侍」ってイメージだったらしいよw

※71
ほんとオランダと日本と(+イギリス)の関係は意外なとこで繋がってて面白いよな
開国時の日本の近代海軍初代師匠はオランダでその後に繋がるのがイギリスだし
日英同盟はボーア戦争から繋がるし、命のビザだってキュラソービザから繋がってる
そういえば自衛隊の海外派遣の時にはサマーワとかカンボジアでもオランダさんに結構お世話になってたような記憶
80.名無しさん:2017年01月08日 13:10 ID:.NVlYPmX0▼このコメントに返信
※18
日本の鉄砲の数が何丁あったかなんてわからない。世界で最も所持してたとかいうのは30万丁説をもとにしてるんだろうけどあれ根拠ゼロだから。文禄・慶長期の兵科の鉄砲稼働率をみても5%から15%くらいで、同時代のオスマンやスペインと比べても低いよ。
81.名無しさん:2017年01月08日 13:11 ID:fSsEfzLX0▼このコメントに返信
※69
海外貿易を幕府が独占しており、ネーデルラントを通じて世界情勢の情報収集もしていた。それを現在の定義でいう鎖国と呼ぶなら鎖国で間違いないでしょうね。
あと、「鎖国」という用語が広く使われるようになったのは明治以降のことであり、それまでは言葉はあっても一般的ではなかったのも事実ですよ。
82.名無しさん:2017年01月08日 13:17 ID:eWUZEgjD0▼このコメントに返信
鎖国はカトリックを排除するために行ったことでしょ。
カトリックは宗教の名を借りた侵略者だから。
83.名無しさん:2017年01月08日 13:27 ID:eWUZEgjD0▼このコメントに返信
プロテスタント→煉獄は存在しない→アジア人はどうせ救われない→だから布教しない→徳川安心
カトリック→救われたければ神を信じなさい→布教しまくり→徳川心配
84.名無しさん:2017年01月08日 13:43 ID:UNUNSbR80▼このコメントに返信
幕府時代 オランダ商館の職員は年一回は将軍に挨拶しなければならなかった。通された謁見の間では一番下座で畳もはがされて板だけだった。
おそらく靴を履いていた理由かもしれない。
85.名無しさん:2017年01月08日 13:45 ID:UNUNSbR80▼このコメントに返信
※84
そこではオランダ人に歌を歌わせたと記録がある。
86.名無しさん:2017年01月08日 13:46 ID:16P1a.6M0▼このコメントに返信
島津とか長州辺りが欧米の支援を受けて倒幕に動き出したりと、
徳川幕府が250年も続かなかった可能性が大きい気がする
87.名無しさん:2017年01月08日 13:47 ID:.v342Gbq0▼このコメントに返信
ストパンの世界では、信長が本能寺の変で生き延びて天下をとり、鎖国されておらず
海洋進出して南方のオーストラリアを発見して日本の領土にして資源に不安の無い国になってた。
88.名無しさん:2017年01月08日 13:48 ID:SZ.NqUK.0▼このコメントに返信
関ケ原でエゲレスの大筒輸入して使っていただろ
世界征服に動いたかもね
89.名無しさん:2017年01月08日 13:50 ID:16P1a.6M0▼このコメントに返信
あと「鎖国」の最大の利点が西欧文化の流入を押しとどめたことによって
日本独自の文化が展開できたことが最大の利点

開国後や現代日本の「西欧文明信仰」というか。「舶来モノ信仰」をみていればわかるが
鎖国がなかったら日本独自の文化はさほど形成されず、凡百の国の一つになっただけよ
90.名無しさん:2017年01月08日 13:57 ID:kQ8mzm2v0▼このコメントに返信
それどころか、欧州列強が東南アジアの利権を奪われてた可能性の方が高い。
当時の日本はそれほど資源を輸入に頼ってなかったから欧州列強を敵に回しても困らなかったし、世界の火縄銃の半分以上を保有し、戦国時代の食料の増産に次ぐ増産で兵糧があり余り、世界有数の金銀の鉱脈を持つ裕福な国で、動員戦力は欧州最強(笑)のスペインの三倍以上の40万。
もしこれで、江戸幕府がアジアからの欧州打倒という明確な信念を持って立てば、すでに東南アジアでの権益を奪われてしまっていた明か清か微妙なところやけど、中国も巻き込んで東南アジアからオーストラリア、南太平洋の島々までに勢力を広げてた。
可能性はある。
何にでも可能性はある。
91.名無しさん:2017年01月08日 14:01 ID:wnJglNas0▼このコメントに返信
伊達政宗とかいう売国奴がイスパニア艦隊の力で
徳川幕府を打ち倒し日本を売り渡し日本国王になろうとしてたが
イスパニアの無敵艦隊が直前にフランスに敗れていたため
わざわざ極東の島国を征服する余力がなかったため
植民地化は免れた
しかも政宗は自身を日本国王と自称していたのが
バレたのでまったく信用されなかった
ただ慶応遣欧使節団は歓待された
92.名無しさん:2017年01月08日 14:19 ID:NgikHz8a0▼このコメントに返信
なんか勘違いしてる奴が結構いるけど、秀吉の朝鮮出兵は失敗してないからな
想定以上に早いペースで内陸入って兵站の確保が大変だったとかはあるけど大局的には普通に勝ち進んでる
取り止めになったのは単に秀吉が死んでしまったからだよ
93.名無しさん:2017年01月08日 14:25 ID:NgikHz8a0▼このコメントに返信
戦国時代からその直後の日本の軍事力って世界でも有数だよ
宣教師が本国に宛てた手紙にも軍事力が強くて植民地化は無理だから宗教使って扇動するしかないって書かれてる
軍事力の差が開いたのは鎖国してから
94.名無しさん:2017年01月08日 14:31 ID:ahiqGhtv0▼このコメントに返信
※33
農業生産がそのまま国力(豊かさ)だった、そして食料生産量がそのまま人口に比例してた時代、、、

日本の人口は鎌倉時代から戦国江戸初期まで暫時増加傾向なんだけど、、、
李氏朝鮮1397年(太宗)戸籍登録370365人 で日本の同じ頃(1400)の推察は800~1200万
スペイン植民地で銀をバリバリほってた(1500)ペルーの人口が200万

たぶん※19の推察(当時の日本は中国の次に豊か)のほうが数字的にはあってそうだと思うよ、、、
95.名無しさん:2017年01月08日 14:40 ID:Fh4RZpHd0▼このコメントに返信
日本人の問題はこういう国益をめぐった争いがWW2ですべて終わったと思ってること。
96.名無しさん:2017年01月08日 14:43 ID:ahiqGhtv0▼このコメントに返信
※92
ほんとに成功してたら、家康や三成が戦闘継続してると思うんだ、、、
97.名無しさん:2017年01月08日 14:48 ID:wnJglNas0▼このコメントに返信
※92
仲の悪い・領地が隣り合って宗教上もソリが合わない
小西と加藤(清)を無計画に競わせたために予想以上に進軍スピードが速く
勝ってはいたが補給が追いつかなくなったし
(加藤のアホは北に突き抜けすぎて女真族の領域まで行く始末)
朝鮮人には歓迎されたりもしたが
再度侵攻したら明軍が本格参戦して泥沼化したし
なんでもっと橋頭堡を作ってからじっくり進軍しなかったのかと
補給を軽んじるのは日本の伝統なのか?
まぁ秀吉が「朝鮮なんか軽く踏み潰せる」と考えた時点で
計画は破綻してるといってもいいのかもしれない
おかげで西日本の大名(関が原時の西軍)は弱体化するし
98.名無しさん:2017年01月08日 15:07 ID:IflLN76S0▼このコメントに返信
そもそも鎖国はしていない
99.名無しさん:2017年01月08日 15:34 ID:O.PLO0D40▼このコメントに返信
※98
最近の歴史の教科書とか「鎖国」という表現を使わないようにしてる傾向はわかってるんだが

・通商してたスペイン・ポルトガルを排除(イギリスは勝手に去ってったw)
・西欧ではオランダとだけ通商、ただし基本出島からでちゃダメ
・アジアでは明→清、李氏朝鮮と通信、琉球と通商(これは以前からほぼ変わらず)
・ただし大陸から来た唐人商人も基本唐人町内だけにしか住んじゃダメ
・海外から来ていいのは男性だけ。女性は来ちゃだめ
・それまでおkだった日本人の海外渡航および海外に出た日本人の帰国は完全に禁止

これだけの内容を表現するのに「鎖国」の二文字で済ませられるのは非常に効率的だと思う
むしろ「鎖国」以外にこの状況をどのような言葉で表現したいというのか教えてほしい
100.名無しさん:2017年01月08日 15:37 ID:jTldNLCe0▼このコメントに返信
※97
そもそも朝鮮攻めたわけじゃないからな
明軍がとった焦土作戦っていう、大陸的な作戦に負けた
朝鮮兵自体は、かなり弱いだろう、明の属国で、国内でも戦争する必要ないからな
兵站なら、秀吉三成コンビは日本史上トップクラスの兵站上手
101.名無しさん:2017年01月08日 15:45 ID:2PWi0tUs0▼このコメントに返信
幕末みたいに有力大名の後ろに外国がついて内乱が復活するかもね
102.名無しさん:2017年01月08日 15:57 ID:eWUZEgjD0▼このコメントに返信
※101
鹿児島県知事あたりが、軍隊でも持つ計画でもあるんですか?
103.名無しさん:2017年01月08日 16:08 ID:x7DEponM0▼このコメントに返信
※88
アダムスが英国人なので誤解されがちだがリーフデ号はオランダの船だよ。

※92
「唐入り」を宣言してたのに朝鮮で食い止められた時点で完全に失敗だよ。
国境際まで快進撃したのは文禄の役であって、慶長の役では秀吉の面目を保つ為に
朝鮮半島南部を荒らしてただけだからな。

※96
実は朝鮮半島への再出兵計画もあったが関ヶ原のせいで御流れになった。
104.名無しさん:2017年01月08日 16:10 ID:9NxT0DXO0▼このコメントに返信
んなわけねーだろアフォかと
国際無知の田舎幕府がしでかした鎖国政策の結果、幕末の日本がどれだけ貧乏所帯で
技術が立ち遅れ海外のコケにされるしかなく不平等条約を結ばざるを得ない結果ともなった
当時の各地の城の写真とか見てみろ、とこの城もここまでかというほどろくに整備も出来ない有様で
建物は傾き、修理費用もままならず塀はヒビだらけで見るに堪えない酷い惨状だぞ
当時の日本国内の疲弊ぶりが一発で伝わってくる

信長や秀吉の時にはスペインやポルトガルも軍事経済を強固にし発展した日本の国力を恐れ攻めてこれなかったのに
それを徳川幕府は農本主義という田舎意識丸出しの政策を実行して
ついにはバカ将軍、家康を東照大権現と神格化し莫大な建築をして国力を疲弊させた三代目家光が
田舎政策の極み鎖国政策などという馬鹿げたことをやって日本経済は以降衰退の一途を辿ることになったんだよ

技術的にも秀吉のころには西洋文明に追いつきかけていたのが鎖国政策のおかげて一気に引き離される事となり
結果として先々の海外からの圧力に対抗できなくなってしまう事になった
あそこで開国に踏み切らなかったら、同じく鎖国やってた半島みたいに、もっと酷い惨状になってたのは間違いない
105.名無しさん:2017年01月08日 16:38 ID:s85sSWBW0▼このコメントに返信
最近の説では、実際は鎖国はしてなかったんだろ?
106.名無しさん:2017年01月08日 16:39 ID:HIO5I1O70▼このコメントに返信
台湾と朝鮮が併合されてるだろうな
107.名無しさん:2017年01月08日 17:01 ID:V18.Z7e00▼このコメントに返信
当時の日本の状態を鎖国と呼ぶか呼ばないかという話でしかないよ
鎖国してないとか言い張った所で徳川の国力減退政策を無かった事にはできないしな
108.名無しさん:2017年01月08日 17:06 ID:KTJmB2BH0▼このコメントに返信
>その時代に日本を軍事的に攻略し植民地に出来る国なんて地球上に存在しないよ
なら宗教で乗っ取ろう
109.名無しさん:2017年01月08日 17:12 ID:KTJmB2BH0▼このコメントに返信
てかさ、幕府お抱えでない蘭学者とか蘭方医とかって何なの
禁止してるのは貿易だけで、学問は入ってきてる鎖国ってなに?
外国に乗っ取られないようにするなら学問の方を規制するんじゃないの
110.名無しさん:2017年01月08日 17:13 ID:KTJmB2BH0▼このコメントに返信
※4
伊達「」
111.名無しさん:2017年01月08日 17:35 ID:jTldNLCe0▼このコメントに返信
※109
どちらかと言うと、海禁例だからじゃね?
国を閉じると言うより、勝手に諸外国と交流するなって感じ
112.名無しさん:2017年01月08日 17:38 ID:O.PLO0D40▼このコメントに返信
※109
学問もある時は規制されたり、またある時はその規制が緩和されたり
江戸時代と一口に言っても年代によって割と対処異なってるよ
犬公方な三代家光さんの時代に鎖国完成して交易以外については厳しかったけど
暴れん坊将軍な八代吉宗さんの時代には西洋学問の重要性に目を向けて蘭学を広く許したりね

日本がこの頃特に遅れてて欲しかったのは
未病を防ぎ体を健康に保つための御典医(漢方)や民間知識だけでは間に合わない
実際に病気になったときの治療のための人体や内科外科の知識とか西洋の自然科学とか
プロテスタントのオランダだからカトリック教会の規制もない学問を日本に持ってこられたのも良かった
113.名無しさん:2017年01月08日 17:44 ID:elmXqZHD0▼このコメントに返信
北朝鮮だって、中国国境や朝鮮総連を窓口にして海外の技術を取り入れてるから鎖国じゃない!
って言ってるようなもの。
馬鹿丸出し。将軍さま〜マンセー!ってかタヒねカス
114.名無しさん:2017年01月08日 18:05 ID:pJtToQv.0▼このコメントに返信
※104
徳川の国家総貧乏状態はわざとの策で、失策か成功かで言うと成功の部類
内乱と外様・朝廷の利権侵害・政治介入を不要な外圧と宗教侵略を幕末までは許してないのか過去の幕府よりはマシになってる
これが技術経済衰退の代わりのトレードオフで、今の視点で全ての問題を解決しながら発展しろと言うのは傲慢

農民に厳しい 商人に甘い 技術者が勿体無い事にはなっていたし 武家も飼い殺しで
こういう状態を放置したのは4代目以降の責任で幕末に倒れたのは自業自得
115.名無しさん:2017年01月08日 18:21 ID:voEknolj0▼このコメントに返信
日本の歴史教育がここまで自虐的な故にこのようなことすら理解できずにいる諸君に解説しよう。
戦国時代を統一した豊臣秀吉は統一前からスペインの南蛮文化に対しては脅威を感じていた。
鉄砲の伝来もそうであり、キリスト教という偽善を装った悪魔の宗教で現地人を油断させコントロールをし、間接統治からの植民地支配、そして最後は大砲を備えた軍艦による恫喝と支配。
遠く離れた地であったからこそ日本は侵略を免れただけであり、当時のアフリカ、インド、東南アジアには既に白人の植民地支配の波が押し寄せていた。どちらにせよ明は欧米により侵略されることは明確であり、このままでは日本もやがては彼らの植民地支配を受けることを見抜いた秀吉は、日本の危機を感じたが、守りに入るのではなく、敢えてスペインに対して先手を打って出ることにした。
それがいわゆる唐入りであったが、朝鮮半島までしか奪うことができず、結果秀吉の死後徳川家康によって鎖国することになった。これは当たり前のことだが、仮に秀吉がいなくても家康でも朝鮮出兵を行ってあろうことは明白であるという点だ。戦後の統一後に余剰兵力によって拡大路線をとるのは歴史の常であり、いわゆるそこまでが当時の日本という国家の影響力の範囲ということを示すことができたわけであり、そこの限界点までが日本ということになった。結果として日本は敗れたが、それがなければ鎖国はあり得ず、どちらにせよ歴史に《もしも》というものが証左でもある。
116.名無しさん:2017年01月08日 18:34 ID:f4v1PsF20▼このコメントに返信
何を求めて戦国の猛者共がうじゃうじゃいるとこに数年も掛けて侵略に来る酔狂が何処にいる?
天然資源か?象牙か?ダイヤモンドか?香辛料か?広大な農作物か? そんなもの我国では産出しないで!
117.名無しさん:2017年01月08日 18:42 ID:mfMk5DFb0▼このコメントに返信
※116
い、硫黄...(震え)
でも金銀の産出量は多かったけどな
118.名無しさん:2017年01月08日 18:52 ID:ltUmaHs20▼このコメントに返信
戦国時代~江戸初期くらいまでは超貿易赤字だったからな
主な輸出品が硫黄、刀剣、奴隷だった時点でお察し
鎖国はそれに歯止めを掛けるためのもの
もっとも鎖国してもまだ貿易赤字だったけどな
砂糖にしろ絹にしろとにかく国産化に励んだのは赤字を少しでも減らすため

鎖国してなかったらばら色の未来が広がってるみたいな人が多いけど、俺は貿易赤字で国が傾いていたと思う
119.名無しさん:2017年01月08日 19:13 ID:RnMF8JaD0▼このコメントに返信
※116
人を売買するんやで
120.名無しさん:2017年01月08日 19:14 ID:mfMk5DFb0▼このコメントに返信
※118
確かにそういわれると清もオスマントルコも西洋製品に市場をグチャグチャにされて滅んだな
121.名無しさん:2017年01月08日 19:26 ID:aupJtyzl0▼このコメントに返信
ならない。

大兵力を日本に展開できる国がない。

オランダは、海上覇権があったけど、陸戦の兵力が全然足りない。
中国は、海上覇権がない。
スペインは両方ない。

よって近場に日本をなんとかできる国がない。
122.名無しさん:2017年01月08日 19:27 ID:ahiqGhtv0▼このコメントに返信
※118
貿易品目詳細に調べると、実は日本って豊かだったことがわかるよ、、、

室町時代の対明貿易だと、輸入はほとんど生糸(素材)これが西陣織になって国内流通してた
そして書画美術品、唐物が流行ってたからだけど
もう一つは、銅地金輸出して銅銭の輸入で、結局ほぼ贅沢品関係の品目が輸入されてる
こんな輸入品目みるかぎり、貧乏な国とは到底いいにくい、、、
まぁ輸出品目も刀や扇とか、当時から日本は付加価値つけた加工貿易国だったんだよねぇ、、、
(ちなみに対朝鮮貿易だと、主輸入品は木綿(素材)で武具輸出だったりする)

まぁ当時の記録に「銅持って明に渡り生糸買って帰れば10倍になる」なんて書いてあるくらい
日本国内経済は大きかったんだよ、だからこそ貿易に頼ることなく鎖国できたんだとも言えるわけで、、、
ちなみに法の精神(1748)には、
「日中砂糖貿易に従事してるのは中国人とオランダ人だけで大儲けしてるのに日本人はまったく従事してない」
と書かれ、日本を二流貿易国扱いにしてたりする、、、鎖国の評価なんて当時でも立場で変わんだよねぇ、、、
123.名無しさん:2017年01月08日 19:56 ID:atCZzAMl0▼このコメントに返信
キリスト教化と諸大名を支援されて分断されぐちゃぐちゃは普通にあったであろう流れ
鎖国は弊害もあったけどあの当時鎖国せず一つの国としてまとまれてない弊害の方が恐らく大きい
124.名無しさん:2017年01月08日 19:58 ID:NgikHz8a0▼このコメントに返信
※123
あったであろうも何も切支丹大名ってのがいてだな・・・
鎖国のツケを明治に支払った訳だけど、その辺マジでちゃんと勉強した方がいい
125.名無しさん:2017年01月08日 20:10 ID:iz4SdbET0▼このコメントに返信
記事レス35は「日本が清に代わる」の間違いだったわスマン。「清が日本に代わる」でも意味は通じるけどな
126.名無しさん:2017年01月08日 20:18 ID:atCZzAMl0▼このコメントに返信
※124
その切支丹大名は江戸初期には消えてるじゃないか
もしそれが存続して外国の支援も受けてたらどうなったろうな
127.名無しさん:2017年01月08日 20:21 ID:9DzXOwW70▼このコメントに返信
鎖国と植民地関係ない
むしろ逆で、植民地化される心配が無かったからこそ鎖国したんだぞ
実際、このままじゃヤバいと思ったから開国したじゃん
128.名無しさん:2017年01月08日 20:28 ID:wnJglNas0▼このコメントに返信
※100
秀吉は三成・吉継のことを評価していながら
禄を大して与えてなかったのも問題
劉邦は蕭何を勲功第一としたのに

三成が長束と関が原直前に話し合ったとき
「太閤殿下がわれらに百万石を下さると言ったとき(秀吉から離れたくなかったので)
固辞したがあのとき戴いておれば兵数の心配はいらなかったものを」と
嘆いたというのがあるが武断派だけでなく文治派の禄も同じくらいに
拮抗させておけばまだいい勝負できただろうに
どうも秀吉は天下取ったあたりから長期的なビジョンが見えていない
129.名無しさん:2017年01月08日 21:28 ID:52A3eSf20▼このコメントに返信
天原ですらあんだけの大騒動になったからなー
まだ徳川に心服してない勢力もあったし内戦煽られて乱世に戻った可能性はあると思う
130.名無しさん:2017年01月08日 21:37 ID:x7DEponM0▼このコメントに返信
※109
何を意味不明な事を言ってるんだ?
鎖国ってのは単なる制限貿易だぞ。
131.名無しさん:2017年01月08日 21:38 ID:x7DEponM0▼このコメントに返信
※129
島原と天草がごっちゃになっとるぞ
132.名無しさん:2017年01月08日 21:38 ID:6QTRAnrZ0▼このコメントに返信
※94
中世日本はアジア最貧国の1つ、
というのはアカデミックな比較研究からすでに明らかになっているんだよ

次の論文なんかが分かりよかったり
ttp://www.medievalists.net/2014/09/first-escape-poverty-late-medieval-japan-evidence-real-wages-kyoto-1360-1860/
133.132:2017年01月08日 21:54 ID:6QTRAnrZ0▼このコメントに返信
※94
また、世界を征服しまくったヨーロッパ諸国は、すごく人口が少ない国家だったりする

1600年におけるスペインの推計人口はおよそ820万人
そのスペインをアルマダの海戦(1588年)に破り、
新しい覇権国家として台頭してきたイギリス(本島+アイルランドの総人口)ですら、およそ640万人

人口=国力という、近代国家における労働人口の考えを、前近代に当てはめるのは危険だよ
134.名無しさん:2017年01月08日 22:05 ID:52A3eSf20▼このコメントに返信
※131
失礼、侍道2のやりすぎみたいだ
135.名無しさん:2017年01月08日 22:20 ID:9pDmop170▼このコメントに返信
そりゃキリスト教という洗脳侵略教受け付けなかったからな。
136.名無しさん:2017年01月08日 22:45 ID:lmB7Gmrt0▼このコメントに返信
鎖国により茶貿易に加わらなかったことが良かった、と言う人もいるね。
137.名無しさん:2017年01月08日 23:11 ID:yP1JdaPU0▼このコメントに返信
※5
郷士は半士半農であって、地方の地主的な位置づけ。別に搾取していたわけではないと思う。
138.名無しさん:2017年01月08日 23:27 ID:yP1JdaPU0▼このコメントに返信
上に書いてあるとおり、日本は幕末に至るまで侵略される恐れはなかった。だから鎖国できた。

鎖国の目的は再考しきちんと定義する必要があるだろう。
実は自分もあまりよく分からない。
戦国期は硝石など日本では手に入らない(後に製造可)ものを入手する必要があったため積極的に行ったが、統一後は弊害が大きくなったために制限したということだろうと思う。
日本は大国であり、自国内で消費財を生産できたことが大きい。

窓口を幕府管理下に置いたということ。
大名の経済力を封じること、外国勢力と結託しないこと。

宗教勢力の侵略の阻止
遠藤周作の「沈黙」が映画化される。昔は名作だと思ったが、キリスト教弾圧が何故行われるようになったのか知識を深めると、別の側面が見えてくるので、このあたりの解説も対外的に行わなければ変に政治利用されることになりかねない。
139.名無しさん:2017年01月09日 00:29 ID:lAcWZw4c0▼このコメントに返信
※133
アルマダの勝利(1588)があったからって、英国がスペインを凌駕したわけではないですし、、、
国力差は戦後も圧倒的にスペインは「太陽の沈まぬ国」でしたよ、、、
英国がその名を継ぐのは180年後の七年戦争後、、、当時の西欧でも国力は人口に比例していました(とくに陸軍の面で)

つかアジア(中華)圏で、貿易立国だった国は明治維新後の日本まではなかったかと
画一的に評価するのではなく、貿易内容などから判断した内需国(中華圏)と貿易国(西欧)は区別したほうが良かろうかと、、、
それゆえ、当時の日本経済は人口=国力(GDP)で問題がないかと、、、

実際、その貧し?かった日本から莫大な貿易益を得ていたのがアルマダ勝利者のオランダですしねぇ、、、
140.名無しさん:2017年01月09日 00:33 ID:BCcQo1.I0▼このコメントに返信
※100
いや明の焦土作戦じゃないだろ。明が作戦を発動する前に日本は漢城攻め落としてるし。それで補給が滞ったのは日本側の自滅だよ。
日本はRPGのキャラ作りでいえば、パラメーターを人口の一箇所に振り分けたようなもので、人口・動員だけは凄いんだよ。
費用対効果でいえば効率の悪い畜産を国家宗教で禁じて、農地を全て稲作を中心とした五穀にすることで、国土に比べて破格の人口数を得ることが出来た。
ただまず稲作ありきのためのシステムを第一としたために、産業・技術が同時代の欧州・中国に比べて大きく遅れることとなった。一部の技術を除いて当時の日本の技術は西欧の14~15世紀にも達しておらず200年は遅れている。なのでいくら兵士を動員できようと、外征においては文禄慶長がしめすとおり、100kmくらいを超えると安全な補給線を保てない。荷駄でどうにかできる範囲が当時の日本軍の可動範囲。当時の日本は蹄鉄も馬車も発明できなかった。また文禄で漢城まで船で大量輸送することもできなかったように、まともな航海術も造船術も持たなかった。
文禄慶長は当時の日本の足りないものが露呈した戦いだった。
141.名無しさん:2017年01月09日 01:06 ID:ze98WvJx0▼このコメントに返信
※33
『東インド巡察記』には「シナは、これまでに発見されたあらゆる地方の中でも最も見事に統治され、富裕で人口も多く、肥沃な国土なのである。」
「日本人もやはり非常に貧しい。そのため、驚くべきことに、王や領主ですらごく僅かの物で糊口を凌いでいるほどである。王や領主は、自分の領地を家臣の間で分割してきたため、たとえ出費を伴うことなく、またあらゆる面で家臣たちから奉仕を受けていても、手許にはごく僅かの収入しか残らないのである。一方、人々は誰しも、とりわけ貴人たちは互いに極めて丁重かつ高潔に供応しもてなし合うので、あのように非常に貧しいというのに、これほどまでの丁重さと立派な礼儀の遵守が可能となっていることも驚くべきことなのである。」とありますね

※79
戦闘狂・征服者で知られたオランダ東インド会社総督クーンが日本人傭兵を好んで使ってましたね
アムステルダムの上官に「日本人傭兵は悪魔のように戦う」と手紙を送ってる
バンダ諸島攻略戦にも日本戦一隻が加わるほど日本人傭兵が多数参加してましたし
バンダ島博物館には原住民を虐殺する日本人の絵まで飾ってあるそうです
家康は日本近海のオランダ船によるポルトガル船の海賊行為を黙認してたようで、やっぱり特別扱いですよね

※83
オランダは台湾統治時代に布教をしてます
モルッカ諸島のアンボン人もキリスト教徒
142.名無しさん:2017年01月09日 02:41 ID:RqCSQFzQ0▼このコメントに返信
※128
大谷を評価してた話とか、文治派の話とか、どうせよくある後世の作り話でしょ。
いわゆる武断派に比べてそんなに文治派の石高が低かったわけじゃないよ。
加藤清正25万石 福島正則20万石 加藤嘉明10万石
小西行長20万石 石田三成19万石 増田長盛20万石

誤算は前田利家がすぐ死んだことと、その息子がヘタレで家康の恫喝にすぐ日和ったこと。
143.名無しさん:2017年01月09日 02:48 ID:he.tbcd.0▼このコメントに返信
産業革命の波及が遅れただけで
人口も資源も当時から日本は大国やで
144.名無しさん:2017年01月09日 02:49 ID:RqCSQFzQ0▼このコメントに返信
※140
補給が滞ったのは朝鮮が弱すぎたのと、加藤清正が調子に乗って突出しすぎたこと。
明の援軍が来て押し返されたけど、日本軍が渡海してたのは九州勢中四国勢だけ。
首都近畿勢、天下人を輩出した東海勢、関東勢は手つかずで温存されてた。
一方明はボロボロになってたことがあっちの記録にも残ってるし実際その後滅びた。
秀吉が生きてれば少なくとも朝鮮ぐらいはゲットできてたよ。
145.名無しさん:2017年01月09日 06:43 ID:KgOsibVV0▼このコメントに返信
※142
息子はやる気マンマンだったが芳春院(まつ)が勝てないからやめろ
前田の家を潰すなと懇願したのでやむなく降ったらしい
自分も最近まであのヘタレ息子めと思っていたがどうも違うらしい
そうなると「まつ」が賢夫人だという説もかなり怪しいと思う
146.名無しさん:2017年01月09日 06:45 ID:KgOsibVV0▼このコメントに返信
※144
目的は唐天竺までだから朝鮮程度取ったって収まらんだろう
つまり秀吉が生きている限り日本の消耗はひどくなるだけ
唐入りはほんとうに無駄だった
147.名無しさん:2017年01月09日 08:00 ID:Aj4k409M0▼このコメントに返信
※144
思いっきり誤解していると思われ

日本軍は、半島中部までの補給ルートの構築にすら失敗している
とりわけ、重要な釜山=ソウル(漢城)の補給ルートすら維持できてない
対して明軍は、三路の戦いに見られるように半島南端まで3ルートも補給線を構築できてる

この差の理由は単純で、朝鮮軍・ゲリラの存在が大きい
彼らの様子についてはフロイスが次のように述べている

「高麗軍は、当初は日本軍を大いに恐れ、かつ憂慮していたが、彼ら(日本人)に臣従する気配を全く示さぬのみか、
 全力を尽くして過激な行動に出たので、日本軍には二つの至難な問題が生じることになった。
 その一つは、彼らはおのおの非常に遠隔の異なった地方に配置され、海岸から遠く離れているために、
 日本から海路輸送されてくる食糧を(各地へ)補給するのに、大多数の者がその運送にあたる必要があった。
 ところでその(人手)は不足していたので、高麗の兵士は、自らの地理に通じているのに乗じ、
 各地で彼らを待ち伏せ、追いはぎとなって襲撃し、思うままに殺戮しては、日本兵が輸送する食糧をことごとく掠奪した。
               【中略】
 彼ら(日本軍)が遭遇した第二の艱難辛苦は、高麗軍が、窮余の策として団結し、連合軍を編成し、
 多数の優秀な船に乗り込んで(襲)来したことであった。それらの船は堅固であり、堂々としており、
 彼らはそれに武器、弾薬、食糧を満載し、海賊となって洋上を彷徨しつつ、
 日本船を見つけるとただちに襲撃し掠奪した。
 高麗軍は日本軍よりも海戦に長じ馴れてもいたので、彼らに多大の損害を加え、この(日本軍)の災難はいつまでも継続した」
(松田毅一・川崎桃太編訳 『秀吉と文禄の役 フロイス「日本史」より』 111・112頁 カッコ内は松田・川崎による注)
148.名無しさん:2017年01月09日 08:22 ID:IiXA.VQr0▼このコメントに返信
何のための明治維新だったのか全く理解していないんだなw
149.名無しさん:2017年01月09日 12:11 ID:fehxKwwF0▼このコメントに返信
 セオル号があっけなく沈没した事のは、潮の流れの速い海域なのに、無理な操船で船のバランスを崩したせいですが、この事件が示すように、朝鮮半島西部は船の操船の難しい場所です。

 船の操船の難しい場所で、地元の朝鮮の水軍と戦ったのですから、日本側には勝ち目が無かったと思います。
150.名無しさん:2017年01月09日 14:58 ID:iWdXhQBg0▼このコメントに返信
※105
黒船が来て開国しろと迫ったことを無視とか・・・
151.名無しさん:2017年01月09日 15:02 ID:iWdXhQBg0▼このコメントに返信
鎖国してた日本、中国、韓半島はどうなったか

ひそかに密貿易してた島津は金持ちで幕末を主導した

どっちが正しかったかなんて火を見るよりも明らかだろうに馬鹿かと
152.名無しさん:2017年01月09日 15:07 ID:iWdXhQBg0▼このコメントに返信
※49
朝鮮半島被害を強調し美かの上、日本悪い放送してた売国ヒストリア
沖縄の悲劇を強調する捏造番組ヒストリア()

んなもんを根拠にするなよ恥ずかしいやつ
153.名無しさん:2017年01月09日 17:36 ID:NXX.87ht0▼このコメントに返信
※147
フロイスはけっこう伝聞や創作の部分が多いので、どの程度の信憑性があるかは不明だな。
朝鮮征伐の頃はとっくにバテレン追放されて中枢とのパイプは切れている上に、フロイスの母国であるポルトガルはスペインに併合されて滅亡している時期。
154.名無しさん:2017年01月09日 18:02 ID:NXX.87ht0▼このコメントに返信
李舜臣なんて将軍ですら無い下士官。
日本側が朝鮮族のナショナリズムを発揚する国家的英雄像を造るために創作した寓話。
軍事的どころか、まともな偉人すら朝鮮族には有史上いなかったので、そこそこ無名でごまかしがききそうなヤツの話を脚色して英雄に仕立てた。
彼がゲリラ戦を行ったことで兵站に打撃を与えて、日本側を撃退したなんてウソ。
無線もレーダーもない時代に海上で待ち伏せは不可能。
それが可能だと考えている知能程度の人が居ることが驚き。
あくまでも近代に日本側が李舜臣神話を創作するまで、李舜臣は無名だ。

朝鮮成敗で兵站の維持が難しかった理由はいくつかある。
1つは朝鮮半島は寒冷で農業生産性が低すぎたために、現地調達できなかったこと。
1つは朝鮮半島が未開で貨幣経済ですらなかったために、食糧調達と人足の募集のどちらにも路銀がまったく使えなかったこと。
(ちなみにこれ、日清戦争の時でもまったく同じ事態が起きた。所有の概念がない朝鮮人が運搬物資を勝手に盗んで行くのも日清戦争時にも起きた。)
最後の1つは朝鮮半島の交通インフラが全く整備されていなかったために、輸送そのものが困難であったこと。

二度目の朝鮮征伐の時にはちゃんと日本側は各地に拠点を構築して、そこへ日本から輸送した物資を運び込んで兵站の構築を行っている。
ちゃんと秀吉が存命だったら、明を滅亡させることができた。
日本より数が少なく、日本より軍事レベルが低い匪賊集団の満州族でもできたことが組織的な軍事国家だった日本にできないと主張する方が無理がある。

155.名無しさん:2017年01月09日 18:09 ID:BCcQo1.I0▼このコメントに返信
※153
補給が朝鮮のゲリラに途絶されたというその他の史料

増田長盛、大谷ら軍奉行の撤退の原因報告
「(釜山・漢城間の)つなぎの城々、互にすけあひ(助合)もなりかね可申」
(釜山と漢城の間の拠点の城は互いに連携もできないようになった)
金井文書

前線の日本軍には食料はなく、路(輸送路)を守る兵もおらず、無人の状態である。その上、占領地は安定していない。進撃はやめて占領地を固め、その政務に力を注いだほうがよい。
石田三成文書

毛利輝元が家臣に送った手紙
この国の広さは日本より広い。今回の兵力ではとても支配は不可能。このまま中国へ侵攻などは難しいので云々…
また朝鮮人は、日本軍がくると山に逃れてしまう。だが少人数になると半弓で攻撃してくる。これらを捕らえようとすると卑怯にもまた逃げる。
厳島文書
156.名無しさん:2017年01月09日 18:21 ID:BCcQo1.I0▼このコメントに返信
※154
朝鮮南岸までは輸送可能なんだよ。李舜臣が海路を遮断したとかいわれるけど、それは不可能だし、数回の勝利を後世で誇張しただけ。
事実として30万石ほど釜山に兵糧が留め置かれている。
ただそこから先は難しいし、事実不可能だった。これは当時の日本の技術の問題だから秀吉のパーソナリティでどうこうなることではない。
157.名無しさん:2017年01月09日 19:05 ID:WLdzOsvh0▼このコメントに返信
※145
天下を取る気がないとすれば、あの大身大嫌い江戸幕府に一国二城が許される百万石の家を残させた時点でかなりの賢夫人だと思うけど。
この話は、百三十年を超える戦乱に辟易していた当時の日本全土の感情も考慮すべきではないでしょうか。
いずれにせよ北政所と芳春院は武家としても出自はそんなに高くない割に相当賢い。
158.名無しさん:2017年01月10日 11:40 ID:18A4jjKv0▼このコメントに返信
いやいや、本当の賢夫人なら夫の遺志をついで前田の総力を挙げて一戦するべきでしょう
天下の名城・大坂に寄って戦えば恩顧武将は現役だもの弓引けないし
徳川の私戦っていう意味合いの方が強くなる
そもそも真っ先に前田がヘタレたせいでグデグデに拍車かかった
大体秀頼が健在なのに徳川にヘエコラする必要がない
立ち向かったのが三成だけってあたりがいかに人間が薄情かってのが良く分かる
辟易というけど大名である以上は領土を拡大したいし家臣だっていい思いをしたいに決まってる
戦はイヤじゃ~なんて思ってるのは兵である農民くらい
でも当の農民は戦見物が娯楽だし落ち武者狩りに精を出してたりするし
厭戦気分が高まったのは益のない朝鮮渡海のせいであって戦乱が長いからというのは
現代的な価値観に寄り過ぎではないのですか
159.名無しさん:2017年01月10日 16:55 ID:xz45p8.k0▼このコメントに返信
※19
それでも当時では中国とインドを除けばものすごい多い
スペインが欧州最強国で800万、フランスが600万、英国が450万だから
もし欧州がもっと近くにあって大兵力を送れたとしても人口1500万で100年戦争やって戦慣れしてる人間が40万もいる国は征服できるはずがない

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