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2016年10月24日 09:05

家康を追いつめた真田信繁や重臣を殺した赤穂浪士のヒーロー化を許してた幕府って寛容だったんじゃね

家康を追いつめた真田信繁や重臣を殺した赤穂浪士のヒーロー化を許してた幕府って寛容だったんじゃね

ieyasu

引用元:家康を追いつめた真田信繁や重臣を殺した赤穂浪士のヒーロー化を許してた幕府って寛容だったんじゃね [無断転載禁止]c2ch.net
http://hayabusa8.2ch.net/test/read.cgi/news/1477210847/

2: ショルダーアームブリーカー(チベット自治区)@無断転載は禁止 [GB] 2016/10/23(日) 17:22:55.41 ID:HOSe8/D90
明治政府も反乱者の西郷隆盛の英雄化を許してるし

3: ビッグブーツ(滋賀県)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 17:25:29.96 ID:CPE+jAXw0
真田兄弟は仲良しって設定だけど、
兄に迷惑かけるのわかってて
なんで大阪方に馳せ参じたの?

10: フェイスロック(チベット自治区)@無断転載は禁止 [GB] 2016/10/23(日) 17:30:28.26 ID:aV9Epfg30
>>3
冷静に考えて勝てるはずがないし
大人しくしてれば恩赦があって
子供たちも巻き込まなくてもよかっただろうに

21: クロイツラス(兵庫県)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 17:41:06.31 ID:TSjB9b2+0
>>10
恩赦はなかったと思うよ。
裏切って東についた連中でさえ改易されているし

12: スリーパーホールド(山口県)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 17:31:17.62 ID:hNTnpVMY0
>>3
父親の死に方を不様と感じたのでは?

37: キチンシンク(庭)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 18:04:44.33 ID:nI1I5PIy0
>>3
徳川が勝つ可能性も無くはなかった。お家を守るための処世術だな。真田家以外もあった筈。

51: 16文キック(SB-iPhone)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 18:27:57.67 ID:rnvzCSUS0
>>3
大御所様の首が欲しい by真田太平記

60: 頭突き(関西地方)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 18:54:03.32 ID:vfTbgKEA0
>>3
兄弟を両陣営に振り分けておけば、
どっちが負けてもどっちかは生き残って、家が存続する。
勝った方が、負けた方の助命嘆願もできるしな。
実際、それで助かったわけだし。

61: イス攻撃(禿)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 18:59:50.56 ID:lFLXQmZt0
>>3
両方にベットした奴は他家にもいる

5: 閃光妖術(新潟県)@無断転載は禁止 [IN] 2016/10/23(日) 17:28:15.37 ID:spyAPWpF0
こうやって幕府の株を上げる訳ですよ

6: 栓抜き攻撃(dion軍)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 17:29:17.66 ID:TMsxk4dE0
別に許してないが

9: 張り手(茸)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 17:30:17.47 ID:0dvVSB7n0
敵が強くないと幕府や徳川の面子が汚れるから

15: パイルドライバー(新疆ウイグル自治区)@無断転載は禁止 [FI] 2016/10/23(日) 17:35:13.49 ID:KwewvgTm0
赤穂浪士の件は実際相当議論されたらしいな
結局瓦版のステマに押し切られた

16: フルネルソンスープレックス(東京都)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 17:36:00.61 ID:Y5WRlVdT0
真田は江戸幕府の改革期に発表されて、またたく間に有名になってしまったから
取り締まる余裕がなかった。

赤穂事件は仇討ちは認められてたから、それほどでもない。

17: アイアンフィンガーフロムヘル(やわらか銀行)@無断転載は禁止 [IR] 2016/10/23(日) 17:36:05.47 ID:y2Mbct+V0
逆に言うとヒーロー化しても問題ない程度の小物ってことだ

107: メンマ(茸)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 22:06:23.48 ID:TRgjyVFG0
>>17
これな
ガチでやばかった第六天魔王や太閤は江戸時代の創作物で一切ヒーロー化してないし

19: ランサルセ(神奈川県)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 17:37:40.91 ID:bNCjCDqL0
まあウンコ漏らしたのが残るぐらいだしな

20: ジャンピングカラテキック(SB-iPhone)@無断転載は禁止 [DE] 2016/10/23(日) 17:38:02.78 ID:faVZmJao0
日本人は寛容

23: キングコングニードロップ(家)@無断転載は禁止 [TW] 2016/10/23(日) 17:45:57.39 ID:MbIJgf8a0
赤穂浪士は喧嘩両成敗が一般的だった不始末を浅野だけ切腹させたというのが
そもそもの発端だから、浅野家への詫びも兼ねて、忠臣蔵の上演認めてたんじゃないかな?

52: フランケンシュタイナー(福岡県)@無断転載は禁止 [JP] 2016/10/23(日) 18:29:50.32 ID:97Kx1UrL0
>>23
あれは勅使を迎える重要な式典時、高齢の吉良を背後から襲って切りつけた上に
仕損じるという大失態、理由すら不明(言わない)という悪行あるが故だぞ
あれで吉良を処罰したら、相当な理不尽で
通り魔に刺された被害者を処罰するような物だ

服装を嘘で教えたり、畳の件については作り話なんで喧嘩ですらない

24: フライングニールキック(北海道)@無断転載は禁止 [CN] 2016/10/23(日) 17:46:20.55 ID:TJckuJ8U0
大阪落とすのにやってることえげつな過ぎるから
多少バランス取らんと

26: イス攻撃(東京都)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 17:47:27.84 ID:OMOXMkY+0
 歌舞伎で仮名手本忠臣蔵が初めて演じられたのは、赤穂事件がもう50年も経ってからなんだよね。
それでも徳川は寛容だったと思うよ。
 役名を大石内蔵助じゃまずいから大星由良之助、浅野内匠頭を塩冶判官(赤穂は塩の名産地)
 で、舞台設定を室町時代にしたら上演できたからね
 

28: チキンウィングフェースロック(禿)@無断転載は禁止 [CN] 2016/10/23(日) 17:50:08.70 ID:TH5WK/bI0
怨霊化を怖れて作中で活躍させてんだろ
供養みたいなもんだね

29: ラ ケブラーダ(dion軍)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 17:52:42.86 ID:2PP2n2AX0
西郷どんは靖国神社に入ってない
今だに賊軍

31: サソリ固め(庭)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 17:54:49.70 ID:A/N7D44c0
>>29
でも国が管理してた上野公園に銅像建てたりしてるじゃん

33: イス攻撃(東京都)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 17:59:25.85 ID:OMOXMkY+0
>>31
 しかも、江戸を守る為に戦った彰義隊の慰霊碑に対して、江戸に攻め入った
西郷の象が慰霊碑に尻を向ける形で建立されたのは、明治政府の意図というか
一種の呪いというかそういうものだろう

30: タイガードライバー(長屋)@無断転載は禁止 [GB] 2016/10/23(日) 17:53:03.48 ID:L/QNRcQl0
仇討ちという手段は良くないにしても主君への忠節自体は幕藩体制を支える根幹だから見逃しても問題なかったんだろう

32: ツームストンパイルドライバー(庭)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 17:58:36.39 ID:Pzslr99a0
まあ忠義の名分を否定するとややこしいからな、朱子学的にも

34: キチンシンク(庭)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 18:02:39.49 ID:nI1I5PIy0
>>1
許してないがなw
だから赤穂浪士は登場人物が違う名で上演された

36: ファイヤーバードスプラッシュ(家)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 18:04:21.41 ID:95DbVq1g0
>>34
豊臣秀吉や福島正則なんかも実名アウトで取り締まり対象だしな

35: イス攻撃(東京都)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 18:04:12.53 ID:OMOXMkY+0
>>1
 現代の価値観では理解しがたいが、幕府が赤穂浪士に切腹を命じたのは温情なんだよね。
 本来なら将軍のお膝元である江戸府内での暴動討ち入り騒ぎの「犯人」達など
斬首が相当だが、幕府としては仇討ちを果たした赤穂浪士に温情として武士としての名誉を守れる
「切腹」を命じた。この処置により「赤穂浪士」達は義士となり、その子孫たちは他藩から高禄で
召し抱えれる事になった。これが「斬首」ではそうはいかなかっただろう。
 

38: キチンシンク(庭)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 18:06:55.56 ID:nI1I5PIy0
>>35
うん。それに幕内テロ殺戮行為だからね。認めてない届出のない仇討ち、つまりたんなる逆ギレの上の大量殺戮。
かなりの温情だよ。

43: イス攻撃(東京都)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 18:16:32.41 ID:OMOXMkY+0
>>38
 あとは幕府が赤穂浪士を処刑(切腹)「してあげた」も温情で、これが
生かしておいていつかどこかの藩に仕官がかなったりすると
せっかく世論は「この武士が軟弱、ひ弱になった時代に、忠義の為に我が身を
顧みないとは見上げたモノだ」と感心していた、町人をも含む世論が
「大石様が○○藩に仕官が決まったとさ、おいおいなんだよ、討ち入りは忠義の為
だと思っていたら単にどっかの藩への就職活動かよ、がっかりだな」となってしまうと
赤穂浪士全体の名誉が失墜するのね。
 何度も書くけど、御府内での乱暴狼藉、いまでいう大規模テロ、ほとんど武装のない
文官吉良家での虐殺行為、幕府を非難する反幕府行為というとんでもない犯罪行為をやった
赤穂浪士に対して、幕府は驚くほど寛容だったね

46: キチンシンク(庭)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 18:21:04.18 ID:nI1I5PIy0
>>43
うん。幕府が悪人にされてるけれど
かなりの温情だよ。

39: カーフブランディング(チベット自治区)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 18:10:20.42 ID:b1KrktkZ0
徳川幕府も完璧な一枚岩じゃないしな
豊臣政権と同じく武功派と奉行派の勢力争いはあった
本多正信本多正純親子の末路なんて凄まじいものがあるし

まあ素人は武功を語り
玄人は兵站を語るってえやつだ

40: ジャストフェイスロック(宮城県)@無断転載は禁止 [GB] 2016/10/23(日) 18:11:47.85 ID:Ya7jxJFE0
戦略的な見地から見逃したほうが楽って考えだったんじゃね?
政宗なんてDQN行動で何十回徳川に粛清されてもおかしくなかったけど
当人の立ち回りの妙とヘタに手を出すとヤケドしそうな勢力だったから
ほとんどスルーされてたし。

41: キチンシンク(庭)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 18:14:50.57 ID:nI1I5PIy0
>>40
まあ、政権が変わるたびに締め付け方も違かったから幕府といっても意見は一つではない。

42: クロスヒールホールド(茸)@無断転載は禁止 [RO] 2016/10/23(日) 18:15:13.96 ID:xq2/b/ax0
けっこう細かく取り締まってたよ
その度に法の網の目くぐってたけど

44: 河津落とし(dion軍)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 18:18:50.35 ID:hineqbjo0
赤穂浪士の場合
乱心による抜刀は本人切腹、家は存続て前例を
幕府というか綱吉が無視して家まで潰したもんだから
乱心じゃなかったなら遺恨だよなーで討ち入りされちゃったんで
ヒーローにして幕府の失態を誤魔化すしかなかったんでしょ

48: パイルドライバー(大阪府)@無断転載は禁止 [DE] 2016/10/23(日) 18:22:11.78 ID:EcUSQqFt0
家光の頃からアンチ親父だったから問題ないよね

50: イス攻撃(東京都)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 18:24:52.53 ID:OMOXMkY+0
>>48
 家光が建立した日光東照宮には、大好きなおじいちゃん(家康)と自分(家光)が
祀られているが、父親である秀忠は入っていない所に、家光の怨念を感じる

57: グロリア(WiMAX)@無断転載は禁止 [SE] 2016/10/23(日) 18:44:51.24 ID:B9LRSQtg0
許してねえから真田雪村とか大星由良介になったんだろうが

58: トペ スイシーダ(広西チワン族自治区)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 18:45:06.30 ID:4AQzCUS8O
ちょっと変えてフィクションです()とか抜かして言い伝えられてきたんだけどな

59: 頭突き(関西地方)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 18:51:05.51 ID:vfTbgKEA0
赤穂浪士のヒーロー扱いは禁止されてたぞ。
演劇なんかは、わざわざ別時代の別の事件ということにして、
「これは赤穂事件ではありません」という言い訳をして演じられてた。

ちなみに悪役(吉良)を割り当てられたのが高師直。

65: フォーク攻撃(福島県)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 19:14:33.62 ID:bbiIiAZI0
江戸時代から何度かあったらしい武田信玄ブームについて詳しい人、早よ
(家康を味噌まみれにするほど強かった武田が最終的に滅亡しちゃってるから?)

68: フランケンシュタイナー(福岡県)@無断転載は禁止 [JP] 2016/10/23(日) 19:22:12.40 ID:97Kx1UrL0
>>65
徳川は本能寺後に甲斐などを領地にして、そのとき武田旧臣を多く召し抱えており
のちに軍法も武田式に切り替えられているので武田を悪くは言えない
また家康に手ひどい敗北をさせている以上、ある程度は信玄を称揚しないといけないから
そういう事はスルーされた

115: 張り手(茸)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 23:16:08.50 ID:0dvVSB7n0
>>68
真田も武田系の武将だな
徳川は武田には弱いのかもね

69: ダイビングヘッドバット(茸)@無断転載は禁止 [CN] 2016/10/23(日) 19:33:23.41 ID:iEhOcXnk0
そら豊臣を無理やり理不尽に滅ぼしたし

幸村に関しては実際その強さに素直に敬意を表したかと

それとだから徳川は別に弱かったワケじゃないとしたかったんでしょ

70: タイガースープレックス(空)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 19:33:35.69 ID:HVK+uAON0
許してたら忠臣蔵を室町の話にはせんだろう

73: スリーパーホールド(山口県)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 19:40:51.38 ID:hNTnpVMY0
吉良邸討ち入りは現代で言うところの再審請求
実際、再審で吉良は裁かれている

77: シャイニングウィザード(WiMAX)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 19:44:57.26 ID:/MFDN1zq0
>>73
再審じゃないな。
不逞浪士に攻め込まれて当主は負傷して逃亡した、武士にあるまじき失態、
ということで改易。

75: 稲妻レッグラリアット(東日本)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 19:43:51.96 ID:P6QkXDeq0
切腹を命じたのに寛容だったとかねーだろ。

76: 栓抜き攻撃(東日本)@無断転載は禁止 [CN] 2016/10/23(日) 19:44:49.22 ID:CsvQh8mA0
そうやってガス抜きすることですむなら安いものだってことじゃないの。

ある意味狡猾って言い方ができるんだと思う。

80: マシンガンチョップ(庭)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 19:49:45.83 ID:tpj4BMYM0
綱吉が財政建て直すまで幕府潰れそうだったし一揆、焼き討ち等暴動なけりゃガス抜き認めて民衆に寛容な社会だろ

84: 男色ドライバー(dion軍)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 19:53:16.41 ID:/Fvz6NXr0
江戸時代の信長ってどんな扱いだったの?
一応のぶおの子孫とかも旗本におるし結構英雄扱い?

108: 目潰し(庭)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 22:30:59.12 ID:Aq8Gvgft0
>>84
不思議と今と変わらん。
死後一貫して変わらん。
ど変人で悪魔なんだけどヒーロー扱い。
なんか愛される不思議な人だ。

118: 張り手(茸)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 23:18:31.30 ID:0dvVSB7n0
>>84
一様名家の子孫ってことである程度の優遇はされてるよ
ただどこの藩も1、2万石なんだよな

86: 男色ドライバー(兵庫県)@無断転載は禁止 [ニダ] 2016/10/23(日) 19:55:21.83 ID:a3BZ/kcQ0
あんまり締め付け過ぎると反動が怖いもんな
日本は本来的に自由な言論の社会だったんだろう

87: アキレス腱固め(静岡県)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 19:55:50.58 ID:jc7JRaBz0
武士にも厳しかったもんな。町民から侮辱を受けて刀を抜いたら必ず打ち取らないと切腹とか
背後から切り付けられたら切腹とか…
新撰組の局中法度並みの厳しさ。

101: アトミックドロップ(庭)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 20:53:57.66 ID:1zgJPe1b0
>>87
まあ、穏便に済ます手順や逃げ道もちゃんとあったよ。
江戸時代は裁判制度も弁護士もいた。
きちんとした法治国家なんだよね。

92: ナガタロックII(家)@無断転載は禁止 [JP] 2016/10/23(日) 20:10:44.73 ID:IA/izqSO0
発禁本も大量にある
特に徳川や幕府を批判するようなものとか政治関して少しでも口を出したら厳しく取り締まられる
ロシアの脅威を書いた本すら発禁

93: ナガタロックII(家)@無断転載は禁止 [JP] 2016/10/23(日) 20:17:44.43 ID:IA/izqSO0
あと今の形の忠臣蔵は江戸時代にはやってない
時代や人物を変えてやってる
例えば時代は室町時代で吉良上野介の役は高師直とかそんな感じ
それとなく分かるようにはなってるけどね

ちなみに実際の話そのままに実名を出した本は発禁

96: ファイヤーバードスプラッシュ(関東・甲信越)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 20:46:30.73 ID:uteWyPKSO
江戸時代は他の諸国に比べたら自由があったそうだ。もともと日本は政権が変わる度に起こった文化破壊が少なかったし天皇制度もずっと存続された。

104: ビッグブーツ(京都府)@無断転載は禁止 [CN] 2016/10/23(日) 21:09:44.04 ID:76X8qAVR0
家康は寛容だったよね
弱いものいじめに見せないために強い敵を演出する必要はあったが

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2016年10月24日 09:13 ID:m3gFVPvI0▼このコメントに返信
当時は韓国マスゴミが無く,多少は正義が許されただけだ
2.名無しさん:2016年10月24日 09:15 ID:.Ll5YFEA0▼このコメントに返信
幕府がヒーロー化したんじゃない
庶民がヒーロー化したんだよ
3.名無しさん:2016年10月24日 09:19 ID:9sOuETb80▼このコメントに返信
本陣まで踏み込まれたのが史実か知らんけど、本当なら自分の失策を失策じゃなくす為に、相手が強かった事にして自分は悪くないと言い張ったんじゃね?

そういうの外国(主にアメリカ)も良くするやん。
4.名無しさん:2016年10月24日 09:20 ID:YvxOO7z10▼このコメントに返信
現代でいうところのアカヒ新聞記者が、娯楽が少ない時代に面白おかしく脚色
5.名無しさん:2016年10月24日 09:21 ID:lQuJ3PBD0▼このコメントに返信
お岩さんも幸せに暮らしたのにお化けのヒーローにされて
6.名無しさん:2016年10月24日 09:25 ID:szZvfcwd0▼このコメントに返信
2が正解。+本質的には幕府視点では庶民のガス抜きは許容範囲ということ。よーするにこのようなスレ欄みたいなもの。
7.名無しさん:2016年10月24日 09:27 ID:Elx.746w0▼このコメントに返信
「…もし私論を以て公論を害し、情のために法をニ、三にすれば、天下の大法は権威を失う。
法が権威を失えば、民は拠るところがなくなる。何を以て治安を維持することができよう。」

荻生徂徠はこのように赤穂浪士同情論を排して法を犯した罪を問うべきであり、情のために法を曲げれば、
法が権威を失って治安を維持できないと述べており、法治国家として極めて当然のことを述べている。

で切腹した四十七士、民進党の蓮舫さんもよくよく考えて行動しないとね
8.名無しさん:2016年10月24日 09:31 ID:5bzWTgW.0▼このコメントに返信
刃傷松の廊下事件は歴史番組が検証していたけど
日中でも暗い場所の松の廊下で暗闇に浅野は潜んで後ろから襲いかかった
武士にあるまじき卑怯な行為
理由はどうやら気に食わないジジイからの小言に耐えかねての犯行
日頃から小賢しいレベルで頭の回転が早くて上から目線で人と対峙していたらしいから
老害がうるせーよだったようだ
家臣はともかく殿様はあまり擁護する要因はないな
幕府が寛容だったのは犬公方の人道主義のおかげかな
9.名無しさん:2016年10月24日 09:33 ID:HNubwhP.0▼このコメントに返信
日本は醍醐天皇に流刑された罪人が一条天皇に天神位授かったり、江戸時代まで朝敵を解かれなかった謀反人が、14世紀に神として神社に合祀されたりする国ですから。
10.名無しさん:2016年10月24日 09:34 ID:KMTGq7pz0▼このコメントに返信
真田幸村なる人物はいない。信繁と書くと幕府に消されるので幸村として書いた。赤穂浪士も最初は本名では出されなかった。明治になって本名になった。この物語は空想上のものであり実在しませんでした、として規制を逃れた。今も昔も変わらない。
11.名無しさん:2016年10月24日 09:40 ID:AMXJQ0CCO▼このコメントに返信
まあ真田の場合は個人的怨みもあっただろ
大阪の陣で活躍して家康が信濃を条件に引き抜きをかけたが拒否したのも怨みが強かった説もある

若い時代を15年近く高野山追放で毛も歯も抜け落ちるストレス受けたらキレるやろ
12.名無しさん:2016年10月24日 09:49 ID:ivBQvCwX0▼このコメントに返信
基本的に江戸では武家相手では禁止事は多い、ただ、一般民衆相手ではお目こぼしって傾向がある。
13.名無しさん:2016年10月24日 09:53 ID:Ibm4YKGm0▼このコメントに返信
最初の忠臣蔵の舞台は、「本物の討ち入りより前」だったという
庶民は殺人ゲームを楽しんでいたし、幕府はそれがいいガス抜きだと知っていた
14.名無しさん:2016年10月24日 09:56 ID:19QSxO9G0▼このコメントに返信
吉良の殿様カワイソすぎる
DQNのおかげで近年まで悪役だからな
浅野のアホのおかげで全ての人間迷惑被ってるし
部下なんて路頭に迷って切腹とか
浅野糞すぎるわ
15.名無しさん:2016年10月24日 09:57 ID:hu2YVQpfO▼このコメントに返信
本当にヤバい毛利勝永はスルーだしな
16.名無しさん:2016年10月24日 09:57 ID:J36hS1sA0▼このコメントに返信
寛容ってよりパンとサーカス実践されてただけじゃね
17.名無しさん:2016年10月24日 09:58 ID:lZnNQk9R0▼このコメントに返信
西郷のは像だから、江戸を見ているように縁に建てただけだろ。
忠勇の彰義隊の方々が西郷に背を見せるわけにはいかないから、この配置でいいんだよ。
18.名無しさん:2016年10月24日 10:05 ID:fptdjJvL0▼このコメントに返信
※9
良くも悪くも大活躍したら神様になれるかもしれない、そう考えたら夢が有る時代だな。
19.名無しさん:2016年10月24日 10:07 ID:61b98wsd0▼このコメントに返信
江戸時代通じて知識人の間でも結構議論されてて、今言われてる説なんかも当時で出尽くしてるんだよな
まぁそれくらいの議論は許される土壌があったってことで
20.名無しさん:2016年10月24日 10:07 ID:lejj1VT.0▼このコメントに返信
許されないから架空の人物真田「幸村」なんだが
21.名無しさん:2016年10月24日 10:08 ID:t1D4OGYs0▼このコメントに返信
確か「赤穂浪氏」は南北朝時代の設定で、「信繁」なんて奴は存在しませんけど…何を言っているの?
22.名無しさん:2016年10月24日 10:10 ID:TvKzi5aa0▼このコメントに返信
平家だって族滅させずに落ち延びた先で暮らすのを許されたんやで
氏素性が明確になっている手前、苛烈に断じてしまうとやんごとなき格の
家に喧嘩売ってしまう事になりかねないから、名誉の名分を与えての
切腹に落としどころを求める
人間的に、家人的にどうよ?って奴は、その一族の中で「なかったこと」
にされるから家名剥奪のもと放逐
その家の人間として死ぬことも許さんよ
23.名無しさん:2016年10月24日 10:13 ID:wDmiApGb0▼このコメントに返信
江戸城近くにあった吉良邸が討ち入り前に「幕府の命令」で本所に移された記述があるから、幕府が高家として力を振るう吉良家を煩わしく思って、これ幸いと赤穂浪士の討ち入りを陰助した可能性も…
24.名無しさん:2016年10月24日 10:15 ID:v5QB2HDP0▼このコメントに返信
天下人家康に勝った信玄でその信玄に勝った義清や業正が云々〜
25.名無しさん:2016年10月24日 10:16 ID:R5JHmXoj0▼このコメントに返信
日本は現政権との戦いで非業の死を遂げた人間に対しては、怨霊対策の為に神様として奉ったり、物語の中で本懐を成し遂げさせたりとか割とあるでしょ
26.名無しさん:2016年10月24日 10:21 ID:wDmiApGb0▼このコメントに返信
※21
南北朝時代も大きく分けたら室町時代だろ。義満による南北朝合体以前は室町時代じゃないって言うなら勝手だが。
また、信繁が存在しないって説は初めて聞いたな。
27.名無しさん:2016年10月24日 10:21 ID:EbmqhdHTO▼このコメントに返信
赤穂浪士って朝廷側の人間じゃなかったっけ?
斬ったの
28.名無しさん:2016年10月24日 10:22 ID:y12Znu760▼このコメントに返信
吉良の件は実際には幕府内での勢力争いで吉良が負けたとかなんだろうな
29.名無しさん:2016年10月24日 10:27 ID:7xrlyYnp0▼このコメントに返信
最新の学説で、徳川家自体が吉良家に恨みのようなものを持っていた。
理由は征夷大将軍になったのが吉良家の仲介であった事で、代替わりの時も吉良家に頭を下げて
朝廷に奏上しなければならない習わしになってしまっていた。
武家のトップなはずなのに吉良家が実はトップではないかと言う流れになっていた事。
又、襲撃前に赤穂浪士が潜んでいたりした寺が徳川の菩提寺だった事。
あの時代にこれは幕府の意図が無いとあり得ない事。
後、なんかあったが忘れた。すいません。
30.名無しさん:2016年10月24日 10:31 ID:vZsls8qUO▼このコメントに返信
※27
吉良は朝廷の使者に対する接待を担当していた幕臣だよ
31.名無しさん:2016年10月24日 10:33 ID:wDmiApGb0▼このコメントに返信
※29
浅野内匠頭と赤穂浪士の墓がある泉岳寺は、徳川家康が高僧を招いて建立し後に焼失した時も家光が大名に命じて再建させた徳川家に縁が深い寺なので、幕府の意向なしには葬られないだろうってのも根拠にあった気がします。
32.名無しさん:2016年10月24日 10:34 ID:7xrlyYnp0▼このコメントに返信
真田は徳川への突撃で、あまりにも醜態をさらしてしまったから、褒めなしゃーないって話を昔から聞くが、
ひょっとしたら、昔から言われてる関ヶ原の徳川秀忠の遅参の出来レースに絡んでて後ろめたい所でもあったのだろうか。
遅れた事に関して徳川四天王側はあれで良いと納得してたと言う話と家康が一度その件で秀忠を廃嫡しょうとした話が
あるからどっちが本当か分からん。
33.名無しさん:2016年10月24日 10:34 ID:mE.S.YVu0▼このコメントに返信
江戸幕府は色々言われてるけど民衆には比較的寛容だよ
だからか日本人はお上意識があって、最終的には上がなんとかしてくれると思うらしい
34.名無しさん:2016年10月24日 10:42 ID:c2L.Atv60▼このコメントに返信
幕府への不満をそらさせる為のガス抜きや怨霊御霊、判官びいきな国民性だからだろ
信玄神格化は大権現への権威付けの意味合いもあるだろうけど
35.名無しさん:2016年10月24日 10:44 ID:7xrlyYnp0▼このコメントに返信
※31
ありがとうございます。
当時の記録見ると、どう見ても吉良は名君で浅野は暗君なんですよね。
非は浅野家にあるし。
それでも、ここまで叩かれると言う。
又、上杉家の後を継いだ息子もいたりするんですが、身内が数年内に全部亡くなってるのもまた。
あやしいと。
36.名無しさん:2016年10月24日 10:44 ID:t1D4OGYs0▼このコメントに返信
※26
「講談には"信繁"なんて奴は存在しない」って意味ね
あと時代設定の細かい講釈はどうでもいいが
江戸時代の話としての討ち入り話は許されていない

そういったアウトラインさえ守れば、寛容だったのは確か
37.名無しさん:2016年10月24日 10:55 ID:XN4y5.aEO▼このコメントに返信
真田十勇士が実在したとか思ってるレヴェル
38.名無しさん:2016年10月24日 10:57 ID:xg8fFzBP0▼このコメントに返信
※25
西郷隆盛は上野公園(彰義隊の本拠地)に犬を連れた普段着で銅像を建てた。
鎮魂の意味からは滅茶苦茶失礼な話で、案の定、そんなことやらかす明治政府は1回国を滅ぼしかける。
西郷の怨霊が国を直接滅ぼした訳ではないだろうが、日本が古来から持っていた良さを捨て、西洋合理主義一辺倒(植民地主義もその一つ)に奔ったせいであろう。
この辺は考察に値する。
39.名無しさん:2016年10月24日 11:03 ID:VlYLFy.B0▼このコメントに返信
たまたま残る物が残っただけで消された物も多いんだろう
40.名無しさん:2016年10月24日 11:03 ID:yExacoy30▼このコメントに返信
ガンダムでいうと
地球連邦=江戸幕府
ティターンズ=吉良家
ジオン残党軍=赤穂藩

そらジオン好き多いですわ
41.名無しさん:2016年10月24日 11:08 ID:6cywhhyH0▼このコメントに返信
現在で言う「このお話はフィクションです」って前置きしてヤクザ等の犯罪者や反社会的人物を格好良く描写しているものと同じなんだが
そして幕府(政府)側も「実名や時代背景を変更して配慮はしているし細かい事は言わないよ」ってだけじゃないのこんなもの
42.名無しさん:2016年10月24日 11:09 ID:FsjroEJ8O▼このコメントに返信
忠臣蔵では吉良が嫌味な人間で浅野が好青年みたいに描かれているけど本当は吉良は気さくな爺ちゃんで浅野はカッとなりやすい人物だった可能性も有るよね
43.名無しさん:2016年10月24日 11:12 ID:PQdyLoGy0▼このコメントに返信
赤穂浪士の方は、何故一刀のもとに切り捨て出来ないって言うのもあるんだよ。
今の世の中じゃ知らなければ、そんなことがあるなんて思いもしないだろうけれどね。
切り捨て御免ってあるが、あれだって一刀のもとに切捨てできなかったら、特に生きて逃げられたら刀振るった方が処分されるんだよ。
44.名無しさん:2016年10月24日 11:16 ID:RUe7kjGC0▼このコメントに返信
>ガチでやばかった第六天魔王や太閤は江戸時代の創作物で一切ヒーロー化してないし
太閤記「えっ?!」
むしろ家康の方が神格化されていてリアルな人生の伝奇物はご法度の風潮だったと思うんだが

信長は江戸時代にはあんまり持ち上げられてなかったみたいだね
45.名無しさん:2016年10月24日 11:21 ID:0cuzfMlk0▼このコメントに返信
真田に関して言えば幕府より徳川マンセ~の小粒な大名達が主に叩いてたやろ?
赤穂事件はキャラ名変えてたし忠臣蔵が成立した頃には綱吉の血筋は途絶えてたし
46.名無しさん:2016年10月24日 11:23 ID:9hNDUoAfO▼このコメントに返信
太閤さんは江戸期でも人気だな
歌舞伎や芝居の信長は、太閤さんの後ろで黙ってふんぞり反ってる赤ら顔の怖そうな人、くらいの扱い。
人気出たのは革命児として近代の文脈でだよ
47.名無しさん:2016年10月24日 11:25 ID:Qofhk6wu0▼このコメントに返信
本当に追い詰めたか怪しいものだ。何故なら家康に関して危機一髪助かったて話が多すぎる。
三方原の時のくそもらしも本能寺の時の伊賀越えも関ヶ原の時の島津の退き口もそして夏の陣の幸村だ。一歩間違えれば死んでいた。こんな武将他にいるか?危機一髪どころか危機四髪?
どう考えても後世のフィクションだろ。
48.名無しさん:2016年10月24日 11:27 ID:RUe7kjGC0▼このコメントに返信
※47
つまり家康は実際ろくに追い詰められたことがなく天下を取った まさに神だった訳だ (幕府史観)
49.名無しさん:2016年10月24日 11:31 ID:Qofhk6wu0▼このコメントに返信
神様だよ、権現さまで東照宮に祀られてるだろ?
50.名無しさん:2016年10月24日 11:33 ID:Y4SfFE5f0▼このコメントに返信
西郷隆盛は明治天皇のオキニだし、生前から旗印に掲げられるようなカリスマだたし。
51.名無しさん:2016年10月24日 11:36 ID:0cuzfMlk0▼このコメントに返信
家康の場合は天下どころか生き残ったのが奇跡に近いわな
個人的に思う家康の偉大な面は武家から徴収した財を
民衆にばらまく感じにした事だと思う
だからこそ江戸時代が永き泰平の世になったのだと思う
52.名無しさん:2016年10月24日 11:37 ID:s461fpLT0▼このコメントに返信
ヒーロー化して持ち上げなあかんかったほど残念な出来事だったという可能性もある
53.名無しさん:2016年10月24日 11:40 ID:.ZixWvF70▼このコメントに返信
「敵ながらアッパレ!」って奴だろ。

当時から、上田合戦などで家康に勝っていた実績がある家系だから、あまり卑下にできない。
優秀な人物で、最終的には徳川が勝ったでうまく纏まる。
徳川>真田の構図は変わりない。

54.名無しさん:2016年10月24日 11:42 ID:QIV2TC550▼このコメントに返信
>家康を追いつめた真田信繁
大坂の陣なければ、真田信繁はこんなに持ち上げられることもなかったろ。
目立たない息子の一人で終わってた。
55.名無しさん:2016年10月24日 11:43 ID:fptdjJvL0▼このコメントに返信
伊達に匿われてた真田家だって後に赦されたし、俺らが二次大戦の恨みをそんなにもってないのと同じような感覚なんじゃないのかね
56.名無しさん:2016年10月24日 11:47 ID:6cywhhyH0▼このコメントに返信
※14
ですなぁ・・・創作で倒される側が悪人扱いはしょうがないにしてもと

DQN「塩の作り方教えろ」吉良「何で商売敵増やさなきゃいかんのだというか遊び止めろよ」
吉良「上様お迎え役の指導することになったんだが授業料(当時の常識)は」DQN「うるせーそんなもん誰が払うか!」
DQN「どうよ俺のセンス上様も大喜び間違いなしだ」吉良「家の格で内装は決まってるんだよ!俺センスとか通用しないんだよ今すぐ直せ!」
DQN「爺うぜぇ・・・え?上様着た?俺礼服持ってないんだけど・・・あの爺俺に恥かせるつもりだったのかぶっ殺す!」

そして松の廊下からの切腹前夜に
世話役「なんか欲しいものある?」DQN「酒と煙草くれ」世話役「え・・・?酒はまあいいとしても煙草とか頭おかしいのかこいつ」

これが名君扱いとか草も生えないわな・・・
57.名無しさん:2016年10月24日 11:47 ID:aehGR8oT0▼このコメントに返信
幕府が、というより地元でもてはやされただけじゃないの?
幸村なんかは大坂の陣で活躍してたから大坂で持ち上げられて、民にひどいことしてた手前幕府が見ぬふりしてたとか
58.名無しさん:2016年10月24日 11:51 ID:I8NG0HRj0▼このコメントに返信
赤穂浪士が正しくなかったって考えは理解出来るけど、吉良は完全な被害者って断言する奴の考えは理解出来ん。
未だに議論されてるんだから断定なんて出来んだろうに。
59.名無しさん:2016年10月24日 11:54 ID:JYwQlPRY0▼このコメントに返信
※21
幕府もアホじゃないんだから元ネタぐらい普通にわかるだろ
クワトロが私はシャアじゃありませんと言ってるぐらいの白々しさ
幕府だって弾圧しようと思えばできただろうけどまあ許してたんだよ
60.名無しさん:2016年10月24日 11:55 ID:0cuzfMlk0▼このコメントに返信
※56
長矩は当時から現在に至るまで名君扱いなんてされとらんよ?
当時から典型的なルーピー扱いだったぜ?
ご当地赤穂ではあまり馴染みもないが、
「圧政者」として忌み嫌われた祖父の長直の影響もあって
やはり間違っても名君とは思われんかったよ?
61.名無しさん:2016年10月24日 12:00 ID:6cywhhyH0▼このコメントに返信
※60
ああ、すいません現在の創作の中での話ですわ名君扱い
一応赤穂浪士の若衆からは好かれてたみたいな話はあるそうですけどね
62.名無しさん:2016年10月24日 12:02 ID:md4t2Eo00▼このコメントに返信
ヒーロー化で、人が纏まった。政権が覆ったことなど、実は一回も無いのかもな。。。
63.名無しさん:2016年10月24日 12:05 ID:xCu4aye.O▼このコメントに返信
たとえ敵と言えども一命を賭して戦った勇士ならばそれを讃えるのが武士道。
64.名無しさん:2016年10月24日 12:07 ID:JrPbyOKOO▼このコメントに返信
別に幕府は赤穂のテロリストを容認などしてないだろ!
だから、出し物屋も堂々と出せれずに創作紛いにしてたくらいなんだから。

幕府時代に豊家賛美(それに付随する話)なんてありえんかっただろ

しかも、時代が幕末になるほど記憶からも消えていっただろうし…
65.名無しさん:2016年10月24日 12:10 ID:V2yqIGcd0▼このコメントに返信
寛容というより、許さないと政権転覆されかねないからってのが理由だよな。
寛容を心掛ける情けある人間より、寛容でも何でもない冷徹な政治家の方が寛容な結果を生むという、
よくある話。
66.名無しさん:2016年10月24日 12:13 ID:74B.84x60▼このコメントに返信
寛容というよりは、全て政治的判断。
支配層にとって、多くの民衆を敵に回さないようにするのが常套手段。
67.名無しさん:2016年10月24日 12:23 ID:YtiRCCuM0▼このコメントに返信
真田は幸村を強く設定することで、それに打ち勝った家康もっとすごいという逆張り
もし家康の首取ってたら、今度は秀忠を持ち上げる要員にされてたであろう

ハンニバルやロンメル、五十六など、そこそこ優秀な敗軍の将が過大に評価されるのを許されてるのは、全てそれに勝った者を持ち上げるための小道具だから
68.名無しさん:2016年10月24日 12:23 ID:weWlZBSa0▼このコメントに返信
赤穂浪士討ち入りが切っ掛けで、一度廃止された火付改と盗賊改が再設置されたってのを最近知った

ちなみに、この二つが後に一本化されて火付盗賊改方に
69.名無しさん:2016年10月24日 12:24 ID:Us.pFkBy0▼このコメントに返信
>>98
文化破壊が無いのは大きいよね
お隣なんか政権どころか皇帝が変わる時に文化破壊があったレベルで徹底してるもんなw

中国4000年って連続してないから4000年(笑)扱いって歴史学者に思われてるって話もw
70.名無しさん:2016年10月24日 12:26 ID:opS2eUgw0▼このコメントに返信
大塩平八郎「」
71.名無しさん:2016年10月24日 12:26 ID:YtiRCCuM0▼このコメントに返信
忠臣蔵は幕府に反逆する者ではないから許された
大塩平八郎だったらこうはならなかった
72.名無しさん:2016年10月24日 12:30 ID:weWlZBSa0▼このコメントに返信
※71
というか、本来なら松の廊下事件の裁定に不満があるなら幕府(最低でもその評定に関わった老中)を仇扱いするところを、その他大衆と同じで吉良を仇として討ち入りしてる辺り完全に幕府に踊らされたとも言える気が
73.名無しさん:2016年10月24日 12:30 ID:2jiXuXITO▼このコメントに返信
そもそも江戸城内で抜刀すること自体が将軍に対する反逆に等しい行為。ましては朝廷からの勅使が来た理由が綱吉生母の桂昌院叙勲だから綱吉が激怒したのは当然。
74.名無しさん:2016年10月24日 12:31 ID:lvOH8V050▼このコメントに返信
※51
ああ、それは上手いやり方だったよな
参勤交代を始め大名に金を吐き出させ続けるシステムとか、
下級武士でも武士としての見栄を共用させて、法事やら行事やらで常に収入の1/3ほどを消費させ続けるとか凄いシステムだよ
内部留保を認めないって言ってるようなもんだからな
75.名無しさん:2016年10月24日 12:32 ID:weWlZBSa0▼このコメントに返信
※73
どのみち逆恨みには違いないんだが、それでもあの裁定は吉良がどうこうした訳じゃなく幕府(綱吉)による裁きなんだから、不満があるなら本来は矛先が違うんじゃねえの?って思ってさ
76.名無しさん:2016年10月24日 12:36 ID:bD.LtEKI0▼このコメントに返信
殿中でござるの人もかわいそうだよな
止める→創作で赤穂浪士が義士扱いされたせいで陰口を叩かれる
止めない→殿中で刀を抜く重大違反を目の前にして止めない腰抜け野郎と陰口を叩かれる
居合わせた時点で詰んでた
77.名無しさん:2016年10月24日 12:36 ID:mSlFXA.E0▼このコメントに返信
西郷の場合は薩摩出身者が自分らの立場を考えて逆賊を持ち上げただけだからw
78.名無しさん:2016年10月24日 12:41 ID:BLmXU.rq0▼このコメントに返信
敵は悪魔で、侮辱し、罵声を浴びせることしか考えないとかの国のようになる。
79.名無しさん:2016年10月24日 12:45 ID:2jiXuXITO▼このコメントに返信
因みに江戸城内での抜刀は死罪(切腹)
80.名無しさん:2016年10月24日 12:47 ID:ReGfZ5NW0▼このコメントに返信
まとめの段階で全部消されてるな・・・
本スレ見りゃ分かるけど「許されてない」ってツッコミが入りまくってるよ
江戸時代の忠臣蔵は時代と登場人物を変えて全く無関係の事件として上演してたので
赤穂浪士として登場してません 敵方も吉良じゃなく高師直です そのままで書いた本は発禁になってる
81.名無しさん:2016年10月24日 12:50 ID:1E3.DmNYO▼このコメントに返信
名前は変えていても忠義心って面があるからな
見て見ぬ振りをするだけのメリットも幕府側にあったし
82.名無しさん:2016年10月24日 12:53 ID:n5P830Lc0▼このコメントに返信
赤穂事件の四十六士は名誉死である切腹だから幕府の温情なんだよなあ。
本気で弾圧するつもりなら斬首の上、獄門でいい。
83.名無しさん:2016年10月24日 13:09 ID:Nlr2Iqel0▼このコメントに返信
戦国時代でも、平時の刃傷沙汰は詳しく詮議した上で裁いていたぞ。

喧嘩両成敗は、あくまで幕下(戦場)の法で、双方ともに争う時にのみ適用された。

しかも、太平の世の江戸時代で、廊下で他の人間と会話中に後ろから奇声を上げて
切りかかった事案を喧嘩と言う理屈で正当化しようとする赤穂藩士の方がDQNと
言う物だ。

現在なら、本社の総務部長である吉良上野介と課長の梶川与惣兵衛さんの会話中に、
下請け会社の社長である浅野内匠頭が奇声を上げて切りつけたと言うのが真相。
84.名無しさん:2016年10月24日 13:11 ID:RUvdGLAx0▼このコメントに返信
吉良が浅野に何かして得する状況じゃないのに何でか悪役として語り継がれてるよな…
状況だけで見ると浅野さんが頭おかCとしか…
85.名無しさん:2016年10月24日 13:18 ID:n5P830Lc0▼このコメントに返信
浅野長矩が糖質レベルで頭おかしかったのは大前提。
ってことは、これがなくても押し込め騒動にくらいはなってたってことか。
86.名無しさん:2016年10月24日 13:29 ID:Lz3LDnjF0▼このコメントに返信
真田幸村に関しては徳川軍に落ち度があって一時的に追い詰められたってことを相手側が強くて一時的に追い詰められたってしたら仕方ないよねってなるからね。

創作物として徳川の失敗をうまく隠してくれるなら問題なかったんじゃないか?
87.名無しさん:2016年10月24日 13:41 ID:t1D4OGYs0▼このコメントに返信
※59
そうだよ。直接でなければセフセフって場合がほとんど。
春画で動物との絡みが出てきたのも、まぁ。そういう理由だったりもするしw

酷いとやっぱり駄目だったけどね
88.名無しさん:2016年10月24日 13:41 ID:RUe7kjGC0▼このコメントに返信
※60 ※84
君君たらずといえども臣臣たらざるべからず 的な忠義観だと名君に尽くすことは当然のことで
救いようのない屑の主君に対しても仇を立てて恩を返すのが美徳なんじゃない?

例えば身分をかさにきて領民や家臣の妻娘を犯したり、罪人や賎民を面白半分に虐げたり
逆らった家臣は家族もろとも拷問の末 に殺す みたいな自分の殿様が
真っ当で清く正しく人望のある人間に返り討ちで殺された場合 それでも殿の敵として仇を討つのが忠義
89.名無しさん:2016年10月24日 13:46 ID:IOW3i8i00▼このコメントに返信
前田利家の子孫の大名に織田信雄の子孫が、上座に座ろうとして信雄の子孫が利家の子孫を殴り謹慎処分。信雄の子孫はほかの大名から嫌われていた。
90.名無しさん:2016年10月24日 13:50 ID:LfD6Rdmj0▼このコメントに返信
※82
NHKのドキュメンタリー番組で観たんだけど、討ち入りに参加しなかった
赤穂浪士のその後を追跡してたんだが、亡くなった旧藩士の墓の名前に
”畜”の文字が刻まれていた時は驚いた。
91.名無しさん:2016年10月24日 13:56 ID:3rEzAo400▼このコメントに返信
忠臣蔵騒動は、幕府による名門吉良潰しの策略じゃないかと言われてるな
どうも歴代徳川幕府の陰湿さをみるに可能性はかなり高いっぽいが・・・
92.名無しさん:2016年10月24日 14:09 ID:kVoaLXlF0▼このコメントに返信
>大御所様の首が欲しい by真田太平記

妖怪首置いてけ かな
93.名無しさん:2016年10月24日 14:14 ID:kVoaLXlF0▼このコメントに返信
※2
庶民がヒーロー化するのを止めなかったって意味だろ
94.名無しさん:2016年10月24日 14:23 ID:p3.gaR650▼このコメントに返信
浅野さんは例の対朝廷のお役目が2回目だから家臣たちも仕事の内容がわかっている
という事実を知った時に・・・・(;一_一)・・となりましたね

将軍家の実の母に朝廷から高位をいただく大事な催し物の殿中で・・・・
その場で奇声を上げて背後から斬りかかる・・殿中で刀抜いたら死罪なのに・・・
浅野さんは精神に異常があったとしか・・・

大石たちは忠義の対象がバカ殿だろうが武士の意地をつらぬいたからいいけれども
吉良さんがあまりにも可哀そうすぎる・・・。

バサラ者筆頭の高師直と舞台のなかで合体して超悪役化w・・・
江戸時代から通じて舞台や講談やドラマや映画でのべ何万回と悪役として殺されてきたことか・・
吉良の家臣だった清水一学の子孫は吉良の家臣と知られたらいじめられるから
苗字を替えたというエピソードもあるね・・・可哀そうに・・・
95.名無しさん:2016年10月24日 14:27 ID:Kkp39LpV0▼このコメントに返信
※56
塩云々は赤穂の塩が日常消費用で吉良の塩は贈答用の高級品で
シェアそのものも比較に成らなかったのがハッキリしてる
いまさらそれを新説扱いでドヤ顔した童門冬二なぞ論外
遥か過去に海音寺潮五郎と司馬遼太郎がデマに過ぎないと一蹴した説なそれ
96.名無しさん:2016年10月24日 14:35 ID:QYK7WUed0▼このコメントに返信
切腹→武士として死ぬ。お家存続
斬首→罪人として死ぬ。お家断絶
物凄い温情だよ
97.名無しさん:2016年10月24日 14:41 ID:t1zbAaZU0▼このコメントに返信
首謀者の大石内蔵助さんは、明治の世に、祭ることがゆるされて、大石神社がつくられました(大正元年?)
98.名無しさん:2016年10月24日 14:48 ID:q1Z.MzR20▼このコメントに返信
真田幸村はとてつもなく強かった(それに勝った徳川はもっと強い)って手法なんじゃない?
イギリスあたりが大好きな手法だね。
99.名無しさん:2016年10月24日 15:08 ID:BMAgaImB0▼このコメントに返信
※96
関係ないけど
吉田松陰等を斬首にした幕府を関係者が許せなかったのも分かる気がする。
制度というのは重いものだ。
100.名無しさん:2016年10月24日 15:17 ID:SVyr4DuB0▼このコメントに返信
上手いこと別の話扱いにして検閲逃れしてるだけで、別に取り締まりに寛容なわけでは無い
仮名手本忠臣蔵は言うなれば歴史ものフィクション
101.名無しさん:2016年10月24日 15:21 ID:XN4y5.aEO▼このコメントに返信
浅野・大石は薄桜記のイメージで残っちゃった
102.名無しさん:2016年10月24日 15:37 ID:bALii8KJ0▼このコメントに返信
世間で言われるほど一族で示し合わせて敵味方に別れるなんてやってない
冷静に考えればデメリットの方が大きいってわかるだろ。
まず一族が割れてる時点で統率力がないって宣伝するものだし、戦後庇ったりしたら怪しまれる。
割れる場合は単純にガチで片方が家の惣領を狙ってる場合が殆どだ
103.名無しさん:2016年10月24日 15:37 ID:WYNHocew0▼このコメントに返信
寛容だったら大阪の陣自体起きてないよな
104.名無しさん:2016年10月24日 15:59 ID:v46d1m4q0▼このコメントに返信
赤穂浪士の別名にした方法ってよく考えると銀魂みたいな感じだったんだね
銀魂を歴史物として見る人はいないから歴史上人物をモデルにしたフィクションという手段
105.名無しさん:2016年10月24日 16:01 ID:yw8bQmG8O▼このコメントに返信
9: 張り手(茸)@無断転載は禁止 [US] 2016/10/23(日) 17:30:17.47 ID:0dvVSB7n0
敵が強くないと幕府や徳川の面子が汚れるから


これだよな!
局地戦とは言え、徳川を2回撃退した豪族、しかも既に周知された事実を隠蔽すれば、それだけ徳川が小さく見える。
ましてや真田にしてやられ関ヶ原遅延した秀忠が、二代将軍に成ったからな…(^^;
『将軍は名もない豪族にしてやられる程度!』と認識されたら、影響が大きすぎる。
106.名無しさん:2016年10月24日 16:05 ID:0p.bstij0▼このコメントに返信
※42
最近はそういう浅野悪玉・吉良善玉説ばっか言われてるけど
あくまで真相:不明であって浅野が狂人や精神病だとか吉良が真っ当だったなんてのも妄想の一種
忠臣蔵神話みたいへの逆張りに過ぎない

確実なのは当時の幕府の判断は間違ってると庶民には思われてたのと
無能な主君への忠義=朱子学的思想の否定は幕府自体の否定になるって事
107.名無しさん:2016年10月24日 16:09 ID:RUe7kjGC0▼このコメントに返信
※103
大阪豊臣家が例えば外様大名として徳川幕府の傘下にあるような状態で、それに幕府がいちゃもんつけずに滅ぼさない
という話なら 寛容 だと思うけど

あの頃の豊臣・徳川は、実質的に徳川幕府の世の中なのに 名分の上では大阪豊臣家が徳川の傘下になく
あくまで主筋は豊臣だ という立場を崩してなかった関係なので "寛容" というのはどうなんだろう
108.名無しさん:2016年10月24日 16:10 ID:sZN50GOG0▼このコメントに返信
どこの国でもパンとサーカスがあれば民衆はおとなしいってはっきし分かんだね
109.名無しさん:2016年10月24日 17:01 ID:opS2eUgw0▼このコメントに返信
そういえばドローンの人って今どうなってんの?
110.名無しさん:2016年10月24日 17:05 ID:kVoaLXlF0▼このコメントに返信
※106
吉良が良い奴かどうか知らんけど、
上杉が後継ぎ居なくてお家断絶に
なりそうなとき自分の息子を養子に
いれてお家存続を図った。
石高も半分に減ったけど。
その後、吉良は上杉に金品を集った
と言われるけど、赤穂浪人討ち入りの時
何もしなかった言い訳としては良いかもね
111.名無しさん:2016年10月24日 17:37 ID:xVRvcdJF0▼このコメントに返信
最近徳川ヨイショ記事多くない?
流行に逆張りしたくなるのが歴史オタの性なのか
112.名無しさん:2016年10月24日 18:01 ID:Njqh5xaT0▼このコメントに返信
なお、中国だと

庶民に人気の物語(講談)は

三国志の張飛とか、水滸伝の魯智深や李逵、岳飛伝の牛皐みたいなめちゃくちゃな暴れ者がいる一方、
そいつらをなだめ押さえることのできる主人公は品行方正で親孝行で上に従順でとにかく優等生、という構造
現実と違ってもリーダーはとにかく優等生

なぜかというと、お上にとがめられたとき「我々はこのように道徳的に正しい忠義者の物語を語っているのでございますハイ」と言い逃れるため

そして庶民は、役人をぶちのめし金持ちの屋敷をめちゃくちゃにする暴れん坊に喝采を送るという……

113.名無しさん:2016年10月24日 18:52 ID:Nlr2Iqel0▼このコメントに返信
※110
幕府に対する賦役の指標である表高が削減されただけ。
30万石分の賦役義務が、15万石分の賦役義務になった。
114.名無しさん:2016年10月24日 19:19 ID:Ybwy8Vl10▼このコメントに返信
石田三成の子も助命してる。

司馬遼太郎「関が原」にあったが、「秀頼のために戦いたければそっちいっていいぞ」と家康が言った時、「私一人ぐらい」と本当に西に戻った小大名がいた。
むろん取り潰しだが助命され、間もなく旗本として取り立てられた。

逆に加藤・福島などは徹底的につぶした。

忠実な者はさりげなく評価してる。
115.名無しさん:2016年10月24日 19:33 ID:R6V.KuCz0▼このコメントに返信
※106
浅野は当時の史料にそう書かれてる訳だから、
現代人の妄想では無いんだよ。
116.名無しさん:2016年10月24日 19:52 ID:fhroAM3j0▼このコメントに返信
そりゃあ、秀頼の首を人が通る門の下に埋めて、踏ませ続けるくらいだから。

お上じゃなくて、当時から日本に既に存在した世論に鑑みてだろう。
117.名無しさん:2016年10月24日 19:55 ID:fhroAM3j0▼このコメントに返信
それに真田が強かったことにしておかないと、
旗本総崩れが誤魔化せない。

歴史に残ってないことは以外に多いんじゃないか?

秀頼の首だって発掘しなかったら永遠に分からなかったわけだし。
118.名無しさん:2016年10月24日 20:17 ID:rhoL54P90▼このコメントに返信
竹取物語や源氏物語みたいな、天皇や皇室をネタにした小説が流行ってたくらいだし
日本は元々そういうのに寛容だったんじゃないのか?
119.名無しさん:2016年10月24日 20:18 ID:nsW4P8I20▼このコメントに返信
犬公方んときだから庶民は不平不満が凄かった
側用人政治を進めていたから大名の不満も大きかったからね
後は、天下泰平で武力の時代じゃなかったけど、武士ってのはこうだよなってのみんなが思っていたんじゃよ。
でもまー日本人はあだ討ちとか好きだからなw
120.名無しさん:2016年10月24日 21:50 ID:kueiEgdJ0▼このコメントに返信
浅野さんって実は良い人だったという話あるよね 民にも凄く慕われていたとか
121.名無しさん:2016年10月24日 21:59 ID:1B62o25m0▼このコメントに返信
天下泰平の世の中に放り込まれた世襲軍人がどの様に生きなくてはいけないのか、
5代将軍の頃は真面目に考えるほど変な結論を出しちゃう人が多かったのだと思います。


変に理詰めで考えると、意味不明な先例とそれによる浪費は「正すべき悪」でもありますし、
原理の極北に行ってしまえば「この世で存在を許してわいけない邪悪」を排除するのは
剣を持ちたるものの「義務」に化けることもありそうです。

この解釈ですと浅野内匠頭は『罪と罰』の主人公の同類ですね。

世の中は天下泰平、上の世代からは、「人も切ったことも無いなんて、マトモな武士じゃないな。」等と言われ、
社会的には「勝手な戦争は違法」「刀を鞘から抜いたら自己責任、逆に農民に殺されてしまってもそれは犯罪ではない」という社会制度。

時々変に思いつめた連中が辻切に出没する、まぁ現在でもよくある、最初は犬猫でガマン→その内段々・・・
というシリアルサイコなパターンが社会問題になっていた事が、動物愛護・弱者保護を人民に刷り込む
「生類憐みの令」につながっていくという説があります。

幕府を動かす人々にも、それまでの戦乱の時代では当たり前だった習慣法と、これからを考えた新しい統治の姿の
ギャップに混乱し、右往左往しながら進んでいたのでしょう。

五代将軍も、松の廊下では怒り狂い、浪士の討ち入りではよくやったと喜んだ矛盾した当時の常識を体現しています。
歴史とはそうやって、つまずいたり、迷ったりしながら進むものなのではないでしょうか。
122.名無しさん:2016年10月24日 22:16 ID:ueUvjBUF0▼このコメントに返信
※120
浅野の殿様が領国にいたのは数年で生涯のほとんどが江戸暮らし
いないほうが領民に慕われる殿様ってことは・・・・
123.名無しさん:2016年10月24日 22:47 ID:AYMVHU0S0▼このコメントに返信
明治維新で徳川幕府が滅びたことが大きいよね。
滅びていなかったら公では徳川幕府に逆らった極悪人の扱いのままだったんじゃねぇか。
124.名無しさん:2016年10月24日 22:56 ID:hdXFOEMx0▼このコメントに返信
赤穂浪士も、幸村も、主君への忠義を示した。
幕府は自身の、当時の社会の安寧のため、
主君への、領主への、家長への、あるいは雇い主への忠義を、庶民にも強要、奨励した。
そのために赤穂浪士や幸村の美談を、全てないがしろにすることはできなかった。
125.名無しさん:2016年10月24日 23:53 ID:YYKFAfyQ0▼このコメントに返信
佐藤直方「赤穂浪士は犯罪者」(キリッ

赤穂浪士は幕府は処分したが、その一方で主君の無念を晴らした忠臣ということで幕府の関係者が評価したのも事実。その矛盾した対応がのちの日本人の価値観に影響を与えたと。詳しくは山本七平の「現人神の創作者たち」で。マジおもろい本だからwww
126.名無しさん:2016年10月25日 00:51 ID:lJRQCMPW0▼このコメントに返信
赤穂浪士は当時朱子学にドハマりしてた将軍が肩持ったからなー
127.名無しさん:2016年10月25日 00:53 ID:ij.q1qIjO▼このコメントに返信
大衆娯楽的に仇討ち好きなんだろ
武士はこうあるべきとか
幕府的には道徳洗脳
128.名無しさん:2016年10月25日 00:58 ID:ij.q1qIjO▼このコメントに返信
後先考えず抜いたから浅野はあかん奴
当たり前だろ
129.名無しさん:2016年10月25日 05:22 ID:hLlva.HE0▼このコメントに返信
敵であっても倫理的、道徳的に利用した幕府は高レベルに有能だろ
幸村が大阪方へ付いたのは結果的には華々しく散って名を挙げた
政治的には家康へ被害を与えていなかった辺り上手だ
家康の筋書き通りの展開の中で敵の一人に混ざっただけ
最後まで生き残り指揮していたら危なかっただろうけど
無名に近い自分の名前と一族の名を表裏卑怯から日本一の兵に変えたのは見事です
130.名無しさん:2016年10月25日 05:56 ID:cnE.7NN90▼このコメントに返信
※114
だから司馬遼太郎を史料にするなとあれほど・・・
131.名無しさん:2016年10月25日 06:21 ID:EuKQUfB50▼このコメントに返信
※56
後世の創作ばっかじゃん
そもそも浅野があの仕事に選ばれたのは前に一回同じ仕事やったから
朝廷の特使の接待に絶対失敗したくなかった徳川家は経験者を選んだ
だからそんなミスするわけねえんだよ、浅野が十年前のことも覚えてられん馬鹿でも部下に前回の経験者がいるだろうから
132.名無しさん:2016年10月25日 06:50 ID:J6F1FuIF0▼このコメントに返信
当時は例の御犬様の至上主義だから幕府への不満も溜まってたから庶民の人気が衰えなかっただから劇にして売ればウハウハと考えて台本作っては役人が取り締まり、最終的に事実に近い創作の忠臣蔵になった。
133.名無しさん:2016年10月25日 08:20 ID:ij.q1qIjO▼このコメントに返信
勝てば官軍
浅野は悪い奴でおk
134.名無しさん:2016年10月25日 08:23 ID:ij.q1qIjO▼このコメントに返信
吉良はとばっちり
135.名無しさん:2016年10月25日 11:46 ID:GdSTP6Pn0▼このコメントに返信
※131
扱う政治案件で、供応内容も変わるよ。
重要な案件だったら、一段上の格式の供応が必要。
前回より重要な案件だけに、前回の供応と内容に違いが出る
のは当然のこと。
浅野の知識なんて、10年前に1回、それも違うレベルの政治
案件の供応だけなんだから、前回の経験だけでは不足も良い
ところだ。

吉良が総指揮をとり、浅野は吉良の指揮に従い庶務を担当してた。
供応の費用は、指南料と言う名目で浅野が出すのが当時の常識。

また、供応に失敗したら、総責任者の吉良の責任として切腹もの
だったから、「明日までに畳総取り換え」なんて糞餓鬼レベルの
イジメなんてしてる暇なんて吉良にはないよ。
136.名無しさん:2016年10月25日 18:19 ID:VMS2YZcQ0▼このコメントに返信
真田なんて講談師が滅茶苦茶な持ち上げ方したから。
三河一向一揆や三方が原の方が遥かに危険だったのに
 もしもソビエト幕府なら
兄の方の真田家も全員佐渡送りか、小塚原だろう。
137.名無しさん:2016年10月25日 19:08 ID:sx13ntx5O▼このコメントに返信
徳川家康は戦国武将の中で最も寛容だった。だから、天下を取れた。
幕府はイメージとは違い天領の農民に対しても、意外に寛大だった。
天領だった東京の三多摩地区の農民は、徳川将軍を慕っていた。刀狩りも緩かったので、水争いの時は、刀で斬り合ったと言う。だから、当時の旗本なんかよりも、実践的な剣術を身につけていた。幕末の時、新撰組の中核を担ったのが、多摩地区の農民だった。明治政府が余程憎たらしかったらしく、自由民権運動の中心地ともなった。

138.名無しさん:2016年10月25日 22:48 ID:3ZcYi8V50▼このコメントに返信
徳川にとって目の上のたんこぶだった吉良を追い落とすためのシナリオ通りに動かされただけ
新吉良邸は隅田川の向こう側だぞ?今の感覚だと市川あたりに「どうぞ隠居してね」って言われたようなもんだ

極めつけは四十八士の眠る泉岳寺は徳川由来の寺
139.名無しさん:2016年10月27日 02:10 ID:yUeesDTM0▼このコメントに返信
徳川秀忠は西軍について改易された立花宗茂を義を重んじる人物って側近として重用して
大坂の役前後には自分の護衛や江戸城の守衛を任せてたりしてて結構度量があったりする
140.名無しさん:2016年12月27日 08:57 ID:7Y4AqXDs0▼このコメントに返信
※9
楠木正成も朝敵にされていましたが、子孫の代に許されて明治時代には神社が建てられています。

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