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2016年08月11日 09:05

織田信長の火縄銃三段構え的なやつっていうほど賢くないだろ?火縄銃もってたら誰もが思い付く戦法じゃん

織田信長の火縄銃三段構え的なやつっていうほど賢くないだろ?火縄銃もってたら誰もが思い付く戦法じゃん

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引用元:織田信長の火縄銃三段構え的なやつっていうほど賢くないだろ?火縄銃もってたら誰もが思い付く戦法じゃん [無断転載禁止]c2ch.net
http://vipper.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1462111171/

1: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 22:59:31.697 ID:i/VU7zBa0
火縄銃を運用しようと導入したのはセンスあるけどその後の運用方法は特段誉めるほどのことはないだろ

2: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:00:17.105 ID:IspUqd1s0
あれ創作

3: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:00:22.136 ID:UbuTFzMra
すごいのは実際にアホみたいに金のかかる銃をいっぱい揃えられたことだわな

6: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:00:59.727 ID:exLCDFNZa
数な
歴史のわかりやすい一面だけ見るな

同時世界的にも鉄砲の生産数が尋常じゃなかった

31: 二階堂 ◆up0uojTooY 2016/05/01(日) 23:13:04.775 ID:VBYzYcuu0
>>6
世界一鉄砲もってたらしいから 海外も手は出せなかったみたいだよな

10: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:01:56.573 ID:K7YVuma+0
龍造寺の方が凄いんだなコレが

14: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:03:57.440 ID:pa1ubL7v0
>>10
そうなん?

19: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:06:44.744 ID:K7YVuma+0
>>14
信長よりはやく鉄砲を組織運営した

20: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:07:20.817 ID:exLCDFNZa
>>19
数は揃えられたの?

23: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:08:42.978 ID:wK4dq8yud
>>20
中央の大名と九州の大名比較してどうすんだ

22: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:08:29.810 ID:LFlQM/a2a
信長は武田家対策だったんじゃないの?
銃の音に慣れてない馬が暴れ出すから騎馬隊が意味なくなる
でも使っていくうちに「あれ?普通につよくね?w」ってなっていったのでは

40: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:20:41.028 ID:exLCDFNZa
>>22
現実は逆だろうね
馬が火縄銃の音にも怯えてくれたから武田の組織戦術を一網打尽に出来た

信長が元寇のこと知ってて、やったのだとしたら歴史のイフとしてはすごい楽しいけど

26: ラストクルス ◆ecYzyT77piuU 2016/05/01(日) 23:09:20.502 ID:gVqlAN/A0
最後列に移動する時間をリロードの時間に当てた方が良いと思うんだが(´・ω・`)

60: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:41:00.162 ID:WYwLa6BUx
>>26
そのリロードに時間かかったんじゃなかったか
筒の中のすすとったりして

62: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:44:11.210 ID:gC7mI0L/d
>>26
前列が打ったらしゃがんでリロードして、その間に中列が打ってしゃがんでリロードして、後列が打ってしゃがんだくらいで前列がリロード終えてるから絶え間なく撃てる戦法じゃなかったか?

寧ろこれ以上いい方法ないんじゃないのが

28: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:09:51.519 ID:Bc2yDyR80
長篠の戦か

29: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:11:07.239 ID:x4MvYQoa0
兵器の運用を考えられるって凄いことだと思うんだが
同じ戦車でも電撃戦と歩兵補助じゃ雲泥の差が

30: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:12:09.330 ID:Zn+wXbzJ0
火薬とか弾とか用意するのめんどくさいし弓でよくね?って皆思ったんじゃね

32: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:13:54.058 ID:zv+UBlxt0
そもそも三列も並ぶ必要なくね?
撃つ役と弾込める役で2人一組でいいじゃん

34: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:16:29.515 ID:pa1ubL7v0
三段撃ちじゃなくて単に数揃えて撃ちまくっただけだったような
戦場から遠いとこにいる味方には兵士動員は命じないで銃だけ送らせるとか、そうやって長篠に銃を集めて使ってた

36: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:16:54.317 ID:/8+Qywh7a
流通抑えて早期に銃の数揃えられた織田だから実践経験が多く練度も高くて運用法と呼べるだけのことができた
他の勢力は根本的に銃の数も練度も足りないから牽制程度にしか使えないってとこが多かった

39: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:19:35.985 ID:3/dQwYZw0
信長のすごいところは銃の3段構えに加え大量生産したこと
当時火縄銃はとても高かった
信長はお金がなく少ししか買えなかったがそれを分解し構造を解析させて作らせた
信長は科学者や企業のトップにも向いていた

45: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:23:33.890 ID:exLCDFNZa
>>39
信長はパトロンだったかもしれんけど実際作ったのは堺商人の系譜でしょ

48: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:29:22.913 ID:DhN1hvWZ0
当時の馬は今の高級車ぐらいの値段

58: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:38:59.770 ID:TLOhrKaF0
三段撃ちは創作で決まりらしいけど弾幕としてはどうだったんだろう
弓より射程は長くて殺傷能力はあるよね?

66: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:45:19.940 ID:7QvlLuhT0
普通に考えて撃つのは上手い人
リロードは雑兵でいいだろ

74: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:50:52.629 ID:u1HMLA0Gd
火縄銃は射撃精度ウンコだからヨーロッパでも三列になって一斉射撃は当たり前だった
むしろ三列が一列ずつ発砲ってどれ程意味あったのか

75: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:51:18.010 ID:0DEh8AUV0
馬は近くで銃を撃つことにより鉄砲におびえなくする方法はあったみたいだけど
武田って武士団が纏まっただけで別に武田家の純粋な家臣達ってわけじゃないだろ
だから馬を鉄砲の音におびえなくするための訓練なんて格武士達がやるんであって
武田家の一声でなんとかなることじゃない

76: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:51:32.601 ID:exLCDFNZa
あんま知識ないんだけど、当時武田軍は全騎馬隊に掃射されるような経験あったの?
なければなかなか想像できないと思うよ
で、長篠で総崩れになってというか統制取れなくなって負けたって普通にありえる気がする

77: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:56:09.731 ID:Sz8Jb3Gga
射手(練兵) 清掃係(農民) 弾込係(農民)

これでよいではないか?

80: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/01(日) 23:59:17.299 ID:eKONF9Fy0
つーか当時は黒色火薬だから一発撃ったら煙で前見えなくなる
戦列歩兵でググれ

85: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/02(月) 00:10:56.502 ID:46LJQDM00
武田の論功が一番槍制とか古くて織田はそうじゃなかったってのも前テレビでやってたな

92: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/02(月) 00:19:56.617 ID:IlbZZt0iM
長篠の戦いは武田軍が壊滅とまでは行かないが
それに近い打撃を受けたけど
2倍くらいの兵力
それも野戦築城している相手に8時間も戦い続けたって
ある意味武田軍の凄さを物語るな

94: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/02(月) 00:21:25.622 ID:IlbZZt0iM
重臣は撤退を進言する人が多かったな

96: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/02(月) 00:23:40.494 ID:IlbZZt0iM
火縄銃は西洋のマスケット銃と違って
狙撃目的の要素が強いから
それを長篠の戦いのような感じで運用したというのはコロンブスの卵的な話なのかも
てか武田軍も鉄砲は装備しているな

98: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/02(月) 00:28:33.087 ID:8f1TYwZS0
>>96
それこそ勘違い
ライフリング施されてない鉄砲の精度なんて五十歩百歩

99: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/02(月) 00:29:20.738 ID:pUJfkNavd
実際問題当時ってなんで鉄砲使ったの?
わざわざそんな三段撃ちとかするぐらいだからリロードむっちゃ遅かったんでしょ?
弓でよくね?
弓ばぁーって撃ちまくったほうがいいんじゃね?

101: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/02(月) 00:31:48.877 ID:8f1TYwZS0
>>99
鉄砲が出てからもかなりの長い間戦争の主役は弓
鉄砲の利点は弓に比べれば練習は要らないことだから、
ある程度大量生産できるようになるとその辺の奴にも配れるようになって有利になる。

103: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/02(月) 00:33:11.311 ID:pUJfkNavd
>>101
なーるへそ

112: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/02(月) 01:22:52.038 ID:BzaeHnj70
当時重要視されてなかった火縄をうまく運用して勝利したって話に尾ひれがついて今言われてる話になったんじなないかな?

113: 以下、無断転載禁止でVIPがお送りします 2016/05/02(月) 01:28:30.932 ID:8f1TYwZS0
>>112
鉄砲は信長以前から重要視されてたし、当然信長も銃以外も重要視してた。
信長の凄いところは大量の銃を集めて運用できるだけの経済力
信長の土地はもともと豊かで交易の拠点で裕福だったから、
結局経済が強うところが勝ったという見方もできる。
あとは信長の土地は豊かだからこそ弱兵だったというのもあるらしい、
兵が弱くても鉄砲の威力は変わらんからな

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2016年08月11日 09:11 ID:QSzwBfHx0▼このコメントに返信
実際は一人が撃って、二人が球込めじゃなかった?
2.名無しさん:2016年08月11日 09:12 ID:9YeY2oaz0▼このコメントに返信
実際の3段撃ちって一人が打ち手、後二人が弾込め役ってのが普及したんじゃなかったっけ?熟練の打ち手が一人ですむので効率的。
3.名無しさん:2016年08月11日 09:13 ID:e0BwOEkm0▼このコメントに返信
火縄銃の精度で熟練者って意味あるのかな?
4.名無しさん:2016年08月11日 09:17 ID:pXHqoLp9O▼このコメントに返信
一人が鉄砲係
一人が汗ふき係
一人が見物客(>_<)
5.名無しさん:2016年08月11日 09:18 ID:nCRkHahe0▼このコメントに返信
正直三段撃ちするより二人組みで撃つのを三段撃ちの1.5倍の長さでやったほうが強くない?
6.名無しさん:2016年08月11日 09:19 ID:.DWt.DRZ0▼このコメントに返信
高価な火縄銃を大量に集められた経済力が一番やばいんじゃないの?戦争するにも金が要る
7.名無しさん:2016年08月11日 09:19 ID:Y.DAanVL0▼このコメントに返信
マウリッツが全く話に出てこないとかどうなのよ
8.名無しさん:2016年08月11日 09:21 ID:HXiFk86z0▼このコメントに返信
上に同意、この辺の誤った定説は一度見直さないと
昔、モンゴルの力士だったか日本の馬は大きいから乗る時怖いですねって話してたけど
本来の日本馬はモンゴル馬同様に小さくて山岳など登れるくらい足腰が強い馬なわけで
サラブレッドばかり時代劇に多用するのいい加減やめてほしい
9.名無しさん:2016年08月11日 09:22 ID:1jmDBYb80▼このコメントに返信
大量に揃えられたことが凄いからな
少数運用なら島津や龍造寺の方が巧い。
10.名無しさん:2016年08月11日 09:23 ID:n6V2GI9K0▼このコメントに返信
>>8
それをやったら、時代劇がマキバオーになるんだがな
11.名無しさん:2016年08月11日 09:24 ID:qwzb8ZkS0▼このコメントに返信
長篠の戦いは実際は朝始まって午後までかかってるからこれらは創作なんだよね。
それから武田の騎馬隊も眉唾で、騎馬戦は大平原がないと馬が疾走できないのに武田が戦ったとこは山がちなところばかりだった。
あと鉄砲の一斉射撃の運用も無線がないので不可能ではないかとの指摘もある。
ここは当時の日本人の叡智に期待したいところだが。
12.名無しさん:2016年08月11日 09:24 ID:.kDE.M8z0▼このコメントに返信
三段撃ちは射手と弾込め二人という説が今の主流だけど
大河ドラマとかノブヤボとかはごく最近まで旧来の人が入れ替わる説を採用したりしてて、
歴史に詳しくない人の間では旧来の説の方だと思っている人の方が多い
野戦築城とかもあまり知られてなくて、馬防柵だけで相手の突撃を防いでたと思っている人も多い
13.名無しさん:2016年08月11日 09:24 ID:x5HMkDV.0▼このコメントに返信
弱いと思ってた兵が銃でパンパン敵を倒せたら 相当気持ちよかったろうな
14.名無しさん:2016年08月11日 09:25 ID:HXiFk86z0▼このコメントに返信
精度悪くてもおおよその鉄砲の個体差の癖があるから
例えば銃身が上下左右いずれかに曲がるのを把握してて修正して打つ事ができる奴と
闇雲に撃つのじゃ命中率も変わるだろうよ。
15.名無しさん:2016年08月11日 09:26 ID:FvA53lQA0▼このコメントに返信
当時としては新技術による革命的な戦術の変化だったんじゃないの?現代ならサイバー、無人機、レールガン、タブレットとか・・・
16.名無しさん:2016年08月11日 09:26 ID:VmzMJX.S0▼このコメントに返信
火縄銃ってやつは引き付けると威力がアホみたいに高い
矢とか槍の比じゃない
だから、長篠の戦いは騎馬武者がバカみたいに討ち死にすることになった
17.名無しさん:2016年08月11日 09:27 ID:9RD7FKcTO▼このコメントに返信
鉄砲って滅茶苦茶高いんだよな
1つで兵士500人の一年間の食費だったらしくて信長でも最初は200がギリギリで甲府や越後で買うなら輸送費で倍以上で上杉でも100無かった話もある

つまり需要が少なかった中で効果的な方法を思いつくのは相当難しい

三段撃ちは創作だが元は柵を盾にして2人が鉄砲で1人が長槍にして1人が鉄砲撃って次が構えるまでに長槍が突いて構えた鉄砲を撃ってから長槍が再び突くのが当時の戦法
18.名無しさん:2016年08月11日 09:27 ID:nU.9hi3E0▼このコメントに返信
信長が鉄砲で一番すごかったことは、一丁1000両で入ってきた鉄砲を他のどの大名よりもコストダウンに成功し、それを3000も揃えたことにある、打ち方なんて大した事じゃない。
ちなみにコストダウン第2位は、上杉謙信。

19.名無しさん:2016年08月11日 09:28 ID:JIQvipW30▼このコメントに返信
たしか三段撃ちなんか実はしてないって結論出てなかったか?
20.名無しさん:2016年08月11日 09:29 ID:veUlubqd0▼このコメントに返信
コロンブスのたまごというものがあってだな。
21.名無しさん:2016年08月11日 09:30 ID:YkC0.Tma0▼このコメントに返信
三段撃ちは撃つ人は一緒で、鉄砲を数人でぐるぐる回したらしいぞ
あと信長の鉄砲戦術が成功したのは鉄砲本体と鉛と硝石を大量に入手できたこと
鉄砲は大量にないと役に立たないし、鉄の弾ではあんまり飛ばないし、火薬が無いと訓練も碌にできない
そんな大量の物資を調達できたのは、信長が経済の発展と交易ルートの確立を地道にこなしてきたからで

つまり金こそ正義!金こそ力!!ってことだ
22.名無しさん:2016年08月11日 09:32 ID:qUPr58B40▼このコメントに返信
>>103嫌い
死んでくれ
23.名無しさん:2016年08月11日 09:34 ID:sUBcR2Qx0▼このコメントに返信
いろいろ思いつくのは簡単だけど実行してみると問題点があったりしてなかなか上手くいかないもんだ。
24.名無しさん:2016年08月11日 09:35 ID:p.x3R7Bx0▼このコメントに返信
火縄銃を集団で一斉射撃というような戦法を取り入れたのは、日本が世界初です。
ヨーロッパでさえ火縄銃の集団戦法は存在していなかった。
この戦法のためには鉄砲の数が必要となるわけだが、日本は世界に先駆けて
分業体制で銃の大量生産を可能にしており、日本にあった銃の数が全ヨーロッパ
にある数よりも多かったと言われています。
いくら思いついても、集団射撃を有効にするには、それなりの物理的存在が
必要で、それらを含めて織田信長と彼の押さえた堺の役割は大きく、独創的でした。
25.名無しさん:2016年08月11日 09:36 ID:qwzb8ZkS0▼このコメントに返信
まぁ戦力が信長側が3倍いて武田軍をやぶるのに八時間かけてるってのをどう評価するかだよね。
八時間かかってるなら影武者で描いたような戦闘ではなかったのは確かだろうし、逆に当時の戦い方からしたら八時間は短いから鉄砲はそれなりに効果があったのかもしれないし・・・
26.名無しさん:2016年08月11日 09:39 ID:OM.cIx.Z0▼このコメントに返信
信長公は三重の土塁に馬防柵の野戦城を築き、迫りくる武田軍をバッタバッタと打ち取った。
戦う前から信長公の勝ち戦に見えたって。
ばあちゃんが言ってた。
27.名無しさん:2016年08月11日 09:39 ID:tKoiain20▼このコメントに返信
※1、※2が正解だろうと、なんかの本で読んだ。

ライフリングが無いから有効射程はせいぜい50mだったらしいけど、要するに12番ゲージ以上のスラッグだからなあ。
射程内での威力は今のライフルより高かったみたいね。
28.名無しさん:2016年08月11日 09:39 ID:iWTQJ4fC0▼このコメントに返信
正しいかどうかは置いといて
センゴクの長篠の戦いは一度は読むべき
29.名無しさん:2016年08月11日 09:39 ID:jXtDv7c40▼このコメントに返信
三段だったにしろ交代で撃ったにしろそれだけの銃兵を用意できていた織田の軍制がすごい
合戦直前にそこらの農民集めて長槍持たすのとわけが違う
平時から相応の訓練をやっていたという証左だからな
30.名無しさん:2016年08月11日 09:43 ID:FPKogN2.0▼このコメントに返信
※3
鉄砲の速射名人だった光秀氏でさえ調子の良い時で7割弱だった唯当時とすれは、半分以上て段階で規格外の化け物括り。
31.名無しさん:2016年08月11日 09:43 ID:kD0o0AJKO▼このコメントに返信
武田の武将も全滅必至だから止めましょうといってるしな
鉄砲も各々の隊で五月雨式に射撃したり現場運用で交代で撃つことを思い付いたりかな
32.名無しさん:2016年08月11日 09:43 ID:x1gUA38L0▼このコメントに返信
だから創作だって!
33.名無しさん:2016年08月11日 09:43 ID:b9ZhBNGG0▼このコメントに返信
今でいう処の狙撃にしか使えないとされていた火縄銃を数で陣地防御の機関銃のように使うドクトリンを思いついていたなら凄い事なんじゃないだろうか?
全部の銃を一列に並べた一斉射撃を普通ならやりそうなもの。
34.名無しさん:2016年08月11日 09:44 ID:HXiFk86z0▼このコメントに返信
石山合戦で雑賀衆が先にこの運用方法を用いててそれを信長がパクって改良した説もあるけどね。
35.名無しさん:2016年08月11日 09:44 ID:SIIXPkI2O▼このコメントに返信
長篠合戦はその前に織田が雑賀に鉄砲で技術差で痛い目にあったから、数を揃えてやっつける発想になった。勝頼がのこのこと長篠に来たから大敗したから、脳筋と言われても仕方ない
36.名無しさん:2016年08月11日 09:44 ID:FPKogN2.0▼このコメントに返信
※25
平野戦に見せかけた攻城戦だからな~。
37.名無しさん:2016年08月11日 09:45 ID:4Af14jyv0▼このコメントに返信
基本は諜報戦略だろ。

ようは相手が向かってこなければ、何の役にもたたん。

当時の鉄砲は、重いし、雨に弱いし、先込めだし、火縄だし、不便で、篭城戦用なんだよ。

後に馬に乗って撃ったり、色々あるが、基本的に機動力が落ちる。

38.名無しさん:2016年08月11日 09:46 ID:52.JC.WO0▼このコメントに返信
射撃手と装填手セットで2丁で回せばよくね?
39.名無しさん:2016年08月11日 09:48 ID:FPKogN2.0▼このコメントに返信
※35
勝頼にしたら後方を徳川の別働隊に襲われていたから前に出るしかなかった後まだ正式に武田の家長になれて無かったから此処で勝って起きたかったてのは、在るよ。
40.名無しさん:2016年08月11日 09:49 ID:O5FyfzTx0▼このコメントに返信
銃身冷却とかどーなんだろ?
確か3発も撃つともう駄目なんでね。
41.名無しさん:2016年08月11日 09:49 ID:sUUgA50r0▼このコメントに返信
※3
50m以内ならあるんじゃないですかね。
あと、どの距離で撃つかみたいな技術は必要かも。
そういえば、日本の銃が火打ち式にならなかったのは
着火衝撃がでかくて命中率落ちるからという話があったな。
42.名無しさん:2016年08月11日 09:51 ID:F5arqfQI0▼このコメントに返信
三段撃ちの是非とかは兎も角。
戦国モノの創作物読めば、火縄銃の利点欠点弓との相違などなど
説明するシーンはいくらでもあると思うんだが、それこそ、漫画アニメレベルでも。

この類の話題上げてて、そういうの見もしないとは思わないんだが、なんでここまで無知なんだ・・・?
43.名無しさん:2016年08月11日 09:52 ID:.b5ew5h70▼このコメントに返信
※38
2丁だと装填待ちが発生するから、運用的に3丁なんじゃね?
44.名無しさん:2016年08月11日 09:53 ID:mzZOAR0bO▼このコメントに返信
せいぜい数十騎程度で武田軍に大規模な騎馬隊は無いでしょう。
そもそも、野戦築城で丘陵の斜面を削ってその上に柵まで建ててるのに騎馬で突っ込むのは意味が無い。
やったとしたら柵の無い所を回り込む意図で迂回して突撃かな。
45.名無しさん:2016年08月11日 09:54 ID:HXiFk86z0▼このコメントに返信
くれしんの映画の戦国合戦は上手く戦闘描写できてる方じゃ
46.名無しさん:2016年08月11日 09:55 ID:z.kJ1Eyl0▼このコメントに返信
世界一の鉄砲数?
それほどの力があったのになんで秀吉の朝鮮出兵は失敗したの?

またじゃっっぷ(礻トウヨ)の捏造かよw
47.名無しさん:2016年08月11日 09:55 ID:4ofrOWlM0▼このコメントに返信
スレ主みたいな奴がコロンブスにいちゃもんつけて卵を立ててられずに恥をかくバ力
48.名無しさん:2016年08月11日 09:55 ID:BzFDDMNc0▼このコメントに返信
ノブが強かったのは鉄砲の数を揃えられてかつクロスファイヤしたからだぞ
特に長篠では障子堀にかかったところに浴びせたから絶大だった
49.名無しさん:2016年08月11日 09:57 ID:COzenxfU0▼このコメントに返信
それは凡人が後世から見るからそう思えるんだよ
今でこそ我々は高性能の銃を知っているし、それが戦争における主兵器となることも既存事実として十分に知っている
だが当時の人々にとっての火縄銃とは、命中精度もおぼつかない、戦争で使えるものであるかすら定かではないものだった
それを初めて実戦投入することがどれだけ勇気のいることか
大金をつぎ込んで数を揃えることさえ一つの賭けだっただろう
下手すればもの笑いにもなりかねない
しかも相手は最強武田の騎馬軍団だからな
三段構えは単に銃の欠点をおぎなうものだから、天才の発想というほどではないかもしれないが
銃を実戦に大量導入したことが凄い発想だったわけだな
50.名無しさん:2016年08月11日 09:58 ID:uau18FKF0▼このコメントに返信
※27
火縄銃の有効射程は確か100Mでそれ超えるとほぼ当たらないって言われたはずって聞いたけど少し不安になったから調べてみたら
2005年にやった検証実験だとMAX200Mでヒトを模した身長160cmの静止した的に対して、30mで5発全てが胸部に着弾、50mでも5発中4発が着弾する。wikiより
51.名無しさん:2016年08月11日 09:58 ID:72.FJMHO0▼このコメントに返信
※39
陣代説は否定的な見解もあるがな
それでもまだ信玄死後3年目ぐらいだから家臣が末端まで心服してるって手応えを得てなくて
ここで大勝してって思ってはいたんだろうな
52.名無しさん:2016年08月11日 09:58 ID:FPKogN2.0▼このコメントに返信
※46
と嘯く負け犬在日その鉄砲の威力に粉砕されて当時の中国国境まで逃げた朝鮮人。
53.名無しさん:2016年08月11日 09:58 ID:eegSOkNB0▼このコメントに返信
3丁一組のルーチンでも装填が騎馬の突撃速度に間に合わないから、弾と発射薬がセットのペーパーカートリッジを使ったんじゃないかって話もあったな。
54.名無しさん:2016年08月11日 09:59 ID:djfyJE1b0▼このコメントに返信
※46
ほとんど関係してない二つの事を並べて、何言ってんだコイツ?
55.名無しさん:2016年08月11日 10:00 ID:uBrOBce20▼このコメントに返信
火縄銃本体もお高いけど火薬の材料の硝石も高いんじゃなかたかな?外国から輸入だから
火縄銃と硝石それらを購入して運用する。その経済力と銃兵の練度。それらが織田家は全国区だったから、天下統一まであと一歩まで行った。
56.名無しさん:2016年08月11日 10:01 ID:pX3uUJeU0▼このコメントに返信
知っているだけと、実際に運用して成果を残した事とは、雲泥の差。

二番じゃ、ダメなんです。
57.名無しさん:2016年08月11日 10:02 ID:FPKogN2.0▼このコメントに返信
※51
信玄の死後織田や徳川の領土に絶えず侵攻繰り返していたけど織田の主力は、いっも直前に進路変更して帰宅するか遅れるから捕捉出来ずイライラしていたらしい。
58.名無しさん:2016年08月11日 10:02 ID:L2OQ8ZJf0▼このコメントに返信
織田家は家臣毎に鉄砲隊を組織してた。
家臣毎に得意とするタイミングや距離にばらつきがあるから、間断なく発砲してる様になったので、その記述から三段撃ちという先方が創作された。
ちなみに武田も相当数の鉄砲を保有してたから、長篠の戦いの大半は鉄砲隊による撃ち合いに費やされている。
織田の方が火薬と弾を沢山持ってたから撃ち勝った。
火縄銃を一発撃つのにかかる費用は織田家の足軽の日当と同じ額らしい。
59.名無しさん:2016年08月11日 10:02 ID:PTFMUfc70▼このコメントに返信
もともと信長オリジナルの戦術じゃなくて
苦労させられた雑賀衆の戦術じゃなかったっけ?
それを野戦で大々的に使ったってのに意味がある
60.名無しさん:2016年08月11日 10:02 ID:aoQaf9YK0▼このコメントに返信
当時は火縄銃はある程度生産能力が上がったものの国産火薬がなく、
イエズス会と組んで南蛮貿易を牛耳ってた信長だからこそ、
大量の鉄砲を実戦運用出来たんじゃなかったっけ?
61.名無しさん:2016年08月11日 10:03 ID:BzFDDMNc0▼このコメントに返信
※46
朝鮮は明出兵への通り道だっただけで朝鮮出兵ってわけでは全くないんですが
それに撤兵したのは秀吉が死んだからだろ・・・
62.名無しさん:2016年08月11日 10:04 ID:K5gDsQrW0▼このコメントに返信
武田の騎馬隊は存在しない。倍以上の敵が籠る陣城につっこんで勝てるわけない。
63.名無しさん:2016年08月11日 10:04 ID:QunLAxJfO▼このコメントに返信
黒色火薬の銃は、2発目以降視界が無くなるからめくら撃ちだぞ(特に集団運用時)。

技術的には完成していた連発銃が、無煙火薬の発明まで一般化しなかった理由の一つ。
64.名無しさん:2016年08月11日 10:04 ID:kD0o0AJKO▼このコメントに返信
軍事や生産で銃の普及を促すステマのような意味合いもあったのかもな
大金と大量の資源を使うのだから活躍は欲しいだろうしそれに見合う潜在的な威力もあったわけだ
守旧派からはまだ遅い高い使えないなどとディスられてはいただろうしな
65.名無しさん:2016年08月11日 10:07 ID:9.W4NdhQ0▼このコメントに返信
実際には、尾張は弱兵だから「織田には鉄砲という最新兵器があるから絶対勝てるから、(逃げずに)戦え」ってなもんだろうけどな。
弱兵に高価な武器渡すわけないし。
66.名無しさん:2016年08月11日 10:07 ID:JElbnJ540▼このコメントに返信
鉄砲の三段打ちは創作だろうけど設楽原合戦の武田の敗因は敵方が野戦築城で強固な陣を構え万全の準備をしているところに、相手の三分の一程度の兵力しか保有してないのに攻めかけた事だろう。
普通に考えれば負けて当然の戦いをなぜ決行したのか謎。
武田方による長篠城の包囲から始まるこの合戦は、武田が相手領に攻めて行った合戦で防衛戦ではないから不利な状況なら兵を引いて無理に開戦する必要もなかったのにな。
67.名無しさん:2016年08月11日 10:07 ID:t.lb08iC0▼このコメントに返信
いっぱい銃持った兵用意して、弾込め終わった奴から前に出て撃ち終わったら後ろに下がって・・・で撃ちまくっただけやん?
大勢居るのにタイミングも三段も順序も役割もくそもあるかよwきれいに並んで順番に一斉に撃っていたとか、現代日本人的な発想だわ。
指揮執れるほど少人数で戦争してたわけでもあんめえよ。
68.名無しさん:2016年08月11日 10:07 ID:.04kJDgX0▼このコメントに返信
ワイも流れ作業で弾込めやって銃だけ回してた説が現実的やと思う
69.名無しさん:2016年08月11日 10:09 ID:3tGNdUtU0▼このコメントに返信
>>31
少し後の話だが、秀吉が海賊禁止令を出して国内の水軍衆を統制したわけだけど、
海賊行為の禁止についてはスペインやポルトガルの船にも適用(当時は交易商人が
容易に海賊になった)されて、連中もそれに従わざるを得なかった。
江戸時代になって幕府が再びこれを出すんだけど、これは事実上外国船(スペインや
ポルトガルに代わって勢力を伸ばしたオランダやイギリス)が対象で、これも当然従わせた。
70.名無しさん:2016年08月11日 10:09 ID:uI4bFRMQ0▼このコメントに返信
火縄銃は結構バカにできない威力がある
ショットガンの一粒弾並の威力
ただし有効射程はショットガンと同じく短いし、50mくらいまで引き付ける必要がある
黒色火薬も圧縮して爆発させると、ごく少量でも軽く指が飛ぶ(静電気でもアウト)
71.名無しさん:2016年08月11日 10:12 ID:UYLUz3KJ0▼このコメントに返信
村木砦攻めで既にやってんだよね。家来に球込めさせた鉄砲をとっかえひっかえして撃ちまくるってやつ。大名本人が。
あと、普通編成の鉄砲と鉄砲隊編成は区別すべきだ。
鉄砲隊は維持費が掛かりすぎるので長篠時の織田家でも臨時で畿内の配下武将から鉄砲撃ちをかき集めて作ってるんだ。
10人に1人2人鉄砲撃ちがいるみたいな普通編成の部隊とは全然違う。
72.名無しさん:2016年08月11日 10:14 ID:z.kJ1Eyl0▼このコメントに返信
※54
じゃっっぷのくせしてわからんの?
当時は勢力図等を見る限り鉄砲数と経済力がその軍隊の強さに比例してるよね?
じゃっっぷは自分達で、当時は世界一の鉄砲数を持っているといっている。
つまり世界一の強い軍隊を持っていると言っても過言ではない。

織田家はあくまで日本の一部勢力。
朝鮮出兵の時は日本全体での軍隊。織田家よりも圧倒的に朝鮮出兵の時のが強いよね?
しかも世界一の鉄砲数を持っていて、自分達で生産もできる。

それなのになんで秀吉の朝鮮出兵は失敗したの?
つまり世界一の鉄砲数も軍隊の強さも捏造してたってこと。
本当は弱かった。過去のじゃっっぷが捏造して自分達凄いと思いたかっただけ。今のじゃっっぷと変わらないの。
73.名無しさん:2016年08月11日 10:15 ID:2qY0SrfV0▼このコメントに返信
三段撃ちがすごかったわけじゃなく銃を揃えた経済力がすごかった
なぜ経済力があったかというと全国の商人の通信網を抑えられた
「太平の時代の戦力」であった商人を
「戦国の時代にも戦力になる」ことに最初に気づいたのが信長
74.名無しさん:2016年08月11日 10:16 ID:JTUJ3SFr0▼このコメントに返信
資金力が凄い。
量産化が凄い。
75.名無しさん:2016年08月11日 10:16 ID:FPKogN2.0▼このコメントに返信
※72
もう良いから在日君の俺の知る正史(在日史観)は、。
76.名無しさん:2016年08月11日 10:17 ID:2qY0SrfV0▼このコメントに返信
※65
どこそこは弱兵どこそこは雄兵ってのは
明治以降に創作のなかで出来た言葉だ

戦力に強弱という概念が出来たのは武士が剣を習いごとに変えた
江戸中期以降
77.名無しさん:2016年08月11日 10:17 ID:kD0o0AJKO▼このコメントに返信
朝鮮では鉄砲があると食い物や兵隊が湧いて出るのかな
78.名無しさん:2016年08月11日 10:17 ID:oKcnmLFK0▼このコメントに返信
コロンブスの卵を批評してどうすんの?
79.名無しさん:2016年08月11日 10:18 ID:9.W4NdhQ0▼このコメントに返信
※46
亀船で補給を断って撃退したんでしたっけ?

現代に設計図通りに作ったら浮かびもせず、ひっくり返った奴www妄想に頼らんと英雄も生み出せないくせに。
80.名無しさん:2016年08月11日 10:18 ID:p4wQtnG10▼このコメントに返信
弾を3個込めればいいのに。
81.名無しさん:2016年08月11日 10:19 ID:aLpd2wA40▼このコメントに返信
物流
82.名無しさん:2016年08月11日 10:20 ID:djfyJE1b0▼このコメントに返信
※80
暴発待ったなしなんですが・・・
83.名無しさん:2016年08月11日 10:20 ID:dNOEduC10▼このコメントに返信
当時は、銃の数をそろえるのも大変だけど、弾丸や火薬を揃えるのも大変だったのよね
だから銃を揃えても資金的に余裕がなければ、鉄砲隊は運用できないんだよね
84.名無しさん:2016年08月11日 10:20 ID:z.kJ1Eyl0▼このコメントに返信
※75
まあ反論できなくなるとすぐそう言って逃げるよねw
嘘付きにウソを指摘するとすぐ怒るのと同じ構図
85.名無しさん:2016年08月11日 10:22 ID:N.12PbG70▼このコメントに返信
というか8時間も戦ってるんだから散発射撃してるだけだよ
三段撃なんてないし
フリントロック式じゃないとそもそも密集射撃も無理
fire by rankも欧州で実現したけど誤射しまくりで実際に実用された期間は短かった
86.名無しさん:2016年08月11日 10:22 ID:FPKogN2.0▼このコメントに返信
※84
で毎回正論言われて真っ赤になるんだろう在日君。
87.名無しさん:2016年08月11日 10:24 ID:8tPAg1.fO▼このコメントに返信
一番槍狙いが普通は一番強いらしいから、
逆にそいつら動けなくしたら
戦力は激減するよね。
88.名無しさん:2016年08月11日 10:24 ID:BzFDDMNc0▼このコメントに返信
※72
文禄の役は小西が勝手に和睦かまして休戦
慶長の役は秀吉が死んだから撤兵

唐入りって名の通り朝鮮は通り道なだけで
朝鮮出兵ってことになると平定までしたから大成功ですが?
89.名無しさん:2016年08月11日 10:24 ID:5UIAX59X0▼このコメントに返信
※82
さすがに弾倉の意味だろう。
後にそのための上下水平2連が出てきたりしたけど
90.名無しさん:2016年08月11日 10:24 ID:KWUsav9A0▼このコメントに返信
>>72
あのな朝鮮と言う土地を見てもらえば分かるが
食料生産が一地方以下なんだ
南部は肥沃ではあるが日本より緯度高い為
生産しづらい
そして日本より農業も劣っていたため
そもそもの備蓄も少ない
当時の軍隊は現地調達が多い
ここまで言えば分かるだろ
基本焦土の所でマトモに補給出来る?
91.名無しさん:2016年08月11日 10:25 ID:pZwekrjg0▼このコメントに返信
3段撃ちなんてしてない
同じ3人使うにしても射撃が上手い奴に撃たせて弾こめる役が2人付く方が効率がいいし
92.名無しさん:2016年08月11日 10:26 ID:mzZOAR0bO▼このコメントに返信
※31
信頼できる史料に、重臣が挙って決戦に反対したなんて記述はない。
そもそも長篠城攻め自体が城を落とす事より後詰めに来た家康の首を取るのが目的だった可能性が高い。
ただ、信長自ら大軍を率いてきて防御陣地に立て籠るのは予想外の事で、勝頼の書いた手紙にあるように、決戦を避けた方が良いという意見が出たのは事実。
ただ、ここで退いたら何のためにちんたら城攻めをして長篠城を落とさず誘きだしたのか分からなくなるし、信長と家康をまとめて葬る最大のチャンスではあったので意見は割れたけど強攻策を取ったのだろう。
当時の武田は信長包囲網がほぼ瓦解し、織田との勢力差は開く一方。
あそこで武田が退いても信長と家康(特に後詰めの役目は果たした信長)は困らないが、武田はじり貧になり、今後は決戦に持ち込む事すら難しくなる。
そう考えると、ワンチャンに賭けた勝頼の判断はあながち責められない。
家臣達もそれが判っていたから最後まで諦めずに粘り強く戦ったんだよ。
93.名無しさん:2016年08月11日 10:26 ID:XkcwcnvC0▼このコメントに返信
銃を実践で運用したことのない素人ばっかだな…
寄せ集めの農民あがりに銃を持たせて「はい、打ってください。相手は○にます。」ってやったらビビって打たないか、わざと明後日の方向に打って外すだろ。
自分は○したくないから。
こうやって、3人1チームにしてお互いを見張らせながら、誰かがサボったらチームが全滅するようにすればサボらなくなるんだよ。
94.名無しさん:2016年08月11日 10:27 ID:4mGoPQJg0▼このコメントに返信
史実と現代の銃の威力を知ってるから言えることなんだよなぁ。
実際は武田のよく訓練された軍馬に対して、銃の音が
めちゃくちゃ効果があるって事すら、事前に確認なんてとれなかっただろうし。
95.名無しさん:2016年08月11日 10:27 ID:X9CsdMJx0▼このコメントに返信
※66
勝頼を逃がす退路を確保する為に一戦必要な状態になったという説もある
長篠城側は酒井別動隊で閉鎖されているので
連子川沿いに本隊を撤収させるために武田主力は織田徳川と交戦しこれを拘束
最後に最上流の馬場勢が殿軍を務めて勝頼を離脱させる作戦だったという説

本題
三段撃ちははっきりとしないんだよね
効果的ならその後の織田系大名の鉄砲隊の戦術もそれに準ずる筈なので
各大名家や鉄砲指南役の家に伝わっていると思うんだが

最も鉄砲隊の指揮運用方法は当時の最高機密なので口伝扱いなのかもしれない
96.名無しさん:2016年08月11日 10:28 ID:X9CsdMJx0▼このコメントに返信
※93
>銃を実践で運用したことのない素人ばっかだな…

クソワロスww
お前はどこの軍人だよwwwwww
97.名無しさん:2016年08月11日 10:31 ID:BzFDDMNc0▼このコメントに返信
※93
この時代まだ寄せ集めの農民に持たせられるほど低価格になってないよ
98.名無しさん:2016年08月11日 10:32 ID:BzFDDMNc0▼このコメントに返信
※84
88で反論しているけど
無視すんなや
99.名無しさん:2016年08月11日 10:33 ID:.jCalLqy0▼このコメントに返信
梅雨の季節最中に火縄銃メインの作戦て。理解不能なんやけど。
単に勝頼が阿呆なだけ。4万に近い大軍に 2万にもならん少勢で突撃って普通に自殺。
100.名無しさん:2016年08月11日 10:35 ID:GmGcs3go0▼このコメントに返信
鉄砲隊って柵の内側から迎え撃つだけで、突撃はできないわけだから、適当な距離を置いて布陣するだけで鉄砲は封印できる。
その間に騎馬隊で敵の背後に回ればいいのに。
101.名無しさん:2016年08月11日 10:40 ID:t.lb08iC0▼このコメントに返信
そもそも銃だけで決着つけたわけじゃなかろうもん。
途中からはいつもの合戦模様になってったはずやでw
102.名無しさん:2016年08月11日 10:41 ID:ViHekk8v0▼このコメントに返信
コロンブスの卵とは違う。

火縄銃うんぬんは、誰でも思いつくが、信長は「超大量に製造した」という違いがあるだけだ。
ステータスの振り分け方の違いだな
103.名無しさん:2016年08月11日 10:42 ID:mzZOAR0bO▼このコメントに返信
※100
実際武田の山縣隊が柵を迂回して攻撃しようとして、それを阻む為に予め布陣していた大久保隊と激戦になっているが、結局突破出来なかった。
設楽ヶ原は皆が思っているより狭くて複雑な地形だから騎馬で突破とか難しいんだよ。
104.名無しさん:2016年08月11日 10:50 ID:72.FJMHO0▼このコメントに返信
※95
武田は酒井別働隊関係なしに連吾川へ前進してる
連吾川じたいが野戦陣地の堀程度の小さな川だからそれを退却路にするってことはないだろう

105.名無しさん:2016年08月11日 10:50 ID:1F6KbYfa0▼このコメントに返信
野戦築城と、鉄砲の大量運用が決め手。三段撃ちはなかったという説が有力(火縄銃の前方は燃え残りの火薬カスとかがすごくて頭越しには撃てないし、密集隊形も危険でできない)
普通、柵や堀をつくっているポイントに正面から力攻めはしないんだけど武田側は織田側の戦力を読み間違えていたという説もある
106.名無しさん:2016年08月11日 10:53 ID:Xrx2himv0▼このコメントに返信
一斉に撃って一人に何発も当てる必要無いから三段撃ちよ
何発も当てて確実に頃すより戦闘不能狙ったほうがいい
107.名無しさん:2016年08月11日 10:57 ID:EOnHuwDK0▼このコメントに返信
火薬と弾がセットになって1発分が筒に入っている「早合」を使ってたはずだよ。
これを使うと1アクション減るし、火薬の量も気にせずに素早く入れられる。

108.名無しさん:2016年08月11日 11:03 ID:onLBeIFi0▼このコメントに返信
鉄砲だけで勝ったような話になりがちだけど、鉄砲が有効なのは防衛戦で相手を狙い撃ちできた時で、信長隊と酒井忠次隊とで武田軍を挟み撃ちにして信長隊に武田軍を突撃させたのが良かった。
酒井忠次が武田に情報戦で勝った点が大きかったけど、それに注目されることってあまりないね。
109.名無しさん:2016年08月11日 11:04 ID:FGbeovBG0▼このコメントに返信
鉄砲の三段撃ちなんて当時の歴史資料のどれにも記述ないし
当時の火縄銃で三段撃ちは不可能と検証までされて結論付けられてるのに
なんでこんなデマが史実として未だに流布されてるんだろう?
110.名無しさん:2016年08月11日 11:05 ID:1WFRuOQZ0▼このコメントに返信
織田信長の事績を記した第一級史料の「信長公記」には
三段撃ちに関する記録がなく、実在が疑われているんだよ

確実なのは、決戦場たる長篠に馬を足止めする柵や盛り土を行ったことと
総数不明ながら最低千丁以上の火縄銃を用意したこと

つまり、武田騎馬軍団を柵や盛り土(野戦築城)で足止めし
騎馬の衝撃力が落ちたところを一斉射撃で殲滅する
これが現在考えられる最も合理的な説明
111.名無しさん:2016年08月11日 11:06 ID:LBBnAvFa0▼このコメントに返信
火縄ぶら下げた人が弾込めされてる火縄銃の近く通るとかめっちゃ暴発事故起こしそう
112.名無しさん:2016年08月11日 11:08 ID:q67YoArV0▼このコメントに返信
戦国時代の瞬発式火縄銃は、滑空銃身のマスケット銃としては、
命中精度も良く優秀な銃だが、
密集隊形で一斉射撃を行う事は出来ない。
火皿が開放されているため、横に爆煙が数メートルも飛ぶ、
装薬や口薬を身につけた兵士が密集していたらどうなるか、其の危険さは解るだろう。
日本の火縄銃は、そういう狙撃的用途に特化した銃だった。
狙撃ならばアホでも解るが、発射のタイミングを射手に任せなければ、決して当たらない。
実際は、適当な間隔を空けた兵士が、それぞれの判断で射撃していた。
故に一斉射撃なんて事は、していない。
発射速度を高めたいなら銃手を決め、二人の装填要員が次次と銃を渡す。
之の法がよっぽと理屈に合っている、
実際 雑賀の鉄砲衆がそういった戦術を使っている。
密集隊形による一斉射撃戦術は、フリントロック式マスケット銃が完成して、取り入れられた戦術だ。
この銃など何処へ玉が飛ぶか分らないほど命中精度の悪い銃だったか、
密集隊形が取れる唯其の一点において、近代戦術に合致していた。
其の合理性と、戦術の優位性は、イギリスが侵略戦争で証明している。
113.名無しさん:2016年08月11日 11:10 ID:1WFRuOQZ0▼このコメントに返信
※109
明治時代に陸軍参謀本部が戦史研究を行い、長篠を取り上げた際に
「三段撃ちにより織田が勝利した」という報告文書を作成
それが権威づけとして強力に作用した

陸軍としては、軍備の近代化にあたって
火力重視の方針を強調する必要があり
長篠はそれを証明する格好の題材だった
114.名無しさん:2016年08月11日 11:10 ID:.rxKEwmG0▼このコメントに返信
長篠のエポックメイキングなところは大規模な野戦築城だろ
塹壕戦のはしりみたいなものをやったことこそ凄い
賤ヶ岳の戦いとか小牧・長久手の戦いとか若神子の対陣とか沼尻の戦いとか明らかに長篠の影響を受けてるしな

※107
早合が戦国末期にあったのは間違いなさそうだけど、
いつ出来たのかがわからないから長篠当時の織田家にあったかはわからないよ
115.名無しさん:2016年08月11日 11:11 ID:PPqiqEqRO▼このコメントに返信
信長公記では山県勢、正用軒勢、小幡一党(騎馬兵の記述あり)、典厩一党、馬場勢と順々に攻めかかってきたのを鉄砲と足軽で防いだとある。
信長側に三段撃ちの記述はなく、鉄砲1000挺ばかりと奉行5人、足軽の活躍くらいしか書かれいておらず、徳川方の活躍も書かれていない。
日の出から未の刻までトラ卯の方向に向いて戦ったようだ。
116.名無しさん:2016年08月11日 11:13 ID:uBmotxuZ0▼このコメントに返信
>> つーか当時は黒色火薬だから一発撃ったら煙で前見えなくなる

1発撃ってこのザマだから3000丁、述べ数万発が撃たれたら何も見えなくなる。
硝煙で目が痛くて開けていられないし、我慢して開けても何も見えない。

騎馬で突撃してくる相手以外には、メリットよりデメリットのほうが大きそう。
鉄砲の大量投入により戦局が大きく変わったという話は、この後大きくとり上げられていない。
117.名無しさん:2016年08月11日 11:13 ID:UcepSCZy0▼このコメントに返信
三段云々よりも、各家臣から鉄砲衆を徴用して信長直轄指揮にしたのが凄いんだよ。
こういう方式は幕末まで取られなかった手法。
118.名無しさん:2016年08月11日 11:14 ID:YfS3cM.S0▼このコメントに返信
※113
へえ
そういう説もあるんだ
119.名無しさん:2016年08月11日 11:19 ID:PPqiqEqRO▼このコメントに返信
一年ほど前かな。岐阜の高校生が信長公記に書かれた三千挺の「三」を解析したというニュースを見た覚えがあるんだけど、解析結果は覚えてない。
120.名無しさん:2016年08月11日 11:19 ID:0.ycK2dW0▼このコメントに返信
弾と火薬を紙で包んでパッケージング化した早合を使っていたから、熟練者の装弾って20秒くらいじゃなかった?
連射ってほどではないけど、思ったよりは短いんだよな
121.名無しさん:2016年08月11日 11:22 ID:mTxI79fa0▼このコメントに返信
鉄砲は当時の日本ではもう槍刀と同様の普遍兵器で武田にとっても目新しい武器じゃない
信長が天才なのは野戦築城と組み合わせた点だ
野戦築城はナポレオンもやってない、クラウゼビッツ以降だ
長篠戦はまるでパックフロント戦法だ、16世紀に実在したってことがオーパーツみたいな作戦なんだよ
122.名無しさん:2016年08月11日 11:23 ID:qQZH7pfX0▼このコメントに返信
勝頼に対する謀略と野戦築城が正解じゃね?
火縄銃は、火薬を入れるところから加減が有るようなので、心得のない奴じゃ装填手にすらなれないし
撃った銃を回れ右で下げるか左で下げるか、余程訓練しないと現場が混乱するし暴発の可能性も高くなっちまう
123.名無しさん:2016年08月11日 11:28 ID:a4DW5Nud0▼このコメントに返信
※116
だから射撃タイミングを合わせる必要がある。みんなが勝手に撃つと本当に見えなくなるので。
時代は違うけど戦列歩兵を描いた映画なんか見るとよくわかる。
ちなみに砲兵は射撃タイミングはずらす、着弾点の確認が必要なので。
124.名無しさん:2016年08月11日 11:29 ID:8NYSrZ1j0▼このコメントに返信
戦いは数だよ!
125.名無しさん:2016年08月11日 11:29 ID:HjnLyOTt0▼このコメントに返信
戦法は考えても実行は途方もなく難しい。
信長のすごい所は金掛けて軍備をそろえる事を実践した・できた所だろう。
126.名無しさん:2016年08月11日 11:32 ID:Vmh7vQ..0▼このコメントに返信
まだ大名になっていない信長が若かった頃に間者(忍者)に命を狙われて「種子島」の連射を見て考案
大名で本格的に運用したのは信長が最初
誰でも思い付く?他の大名が信長より先に運用していないだろ?
127.名無しさん:2016年08月11日 11:33 ID:lMPPn3jj0▼このコメントに返信
まぁ現代で言えば、ラプターを大量生産して、F15クラス相手に無双するようなものじゃね?

戦いは数と質だよ兄貴!ビグザムも後1ダースくらい揃えられればソロモンも落ちなかった。

要するに・・・・・戦いは金だよ!兄貴!
128.名無しさん:2016年08月11日 11:36 ID:PPqiqEqRO▼このコメントに返信
新人物往来社の新訂信長公記によると、信長公記には幾種類か伝本があって、太田牛一自筆は前田元侯爵家所蔵の「永禄十一年記」一巻だそうだ。
内閣文庫所蔵の「原本信長記」は寛延三年に牛一自筆本より書写したとされる写本で、首巻を除く十五巻。
他に、町田家には内閣文庫より古い寛永頃に写本された「信長公記」十六巻があった。

引用する写本によって、鉄砲が「千」か「三千」かの違いがあるようだ。
129.名無しさん:2016年08月11日 11:42 ID:djfyJE1b0▼このコメントに返信

数を揃えるのに金がいる、数を運用するのに金がいる、数を維持するのに金がいる

世の中、金だな!
130.名無しさん:2016年08月11日 11:43 ID:eLBA2nFq0▼このコメントに返信
ドラマ、時代劇で三段打ちを3列にするのは、その方が見栄えがするって事だろ。
元々、講談で演じられた一説だ。その方が話として面白い。それが広まったいったってだけだな。

長篠の戦いで一番重要なのは、火縄銃とそれを使える人の準備、更に補充弾薬や雨に対しての備えが出来たこと。
武器種の違いによる戦い方の変化について来れたか、取り残されたかを判りやすく示している訳だ。
131.名無しさん:2016年08月11日 11:43 ID:L1nzU8q50▼このコメントに返信
火縄銃って、城に籠って防衛する側を有利にしちゃう兵器らしくて。

常に城攻めをやらなきゃならない状況だった信長には、とても困った兵器だったと思う。

とはいえ柵を築いて防衛する側に回れば徹底的に火縄銃を使ってみせる信長さん。

132.名無しさん:2016年08月11日 11:45 ID:q67YoArV0▼このコメントに返信
※123
そんな訳は、無い
一斉射撃戦術を行う理由が、
砲煙の軽減の為なんて、珍説は、聞いた事がない。

一斉射撃は、密集隊形じゃなきゃ意味が無いし、
基本、火縄銃での一斉射撃は銃の構造上無理。
133.名無しさん:2016年08月11日 11:49 ID:W3BZRZNa0▼このコメントに返信
「当時の鉄砲は威嚇にしかならない」っていう意見を時々見るけど威嚇だけなら
信長の台頭より百年は前に導入されてた単純な火槍とかで十分だよな
やっぱり攻撃力が桁違いだからこそ全国の大名が大金をつぎ込んで買ったり作ったりしたんだろ
134.名無しさん:2016年08月11日 11:50 ID:N8hLlXmS0▼このコメントに返信
ヤン・ジシュカはただの服来た農民、老人、女子供8000で重装備の十字軍10万に元祖マスケット銃で勝ったけどね。
荷車並べて防御壁を築き架台で騎馬の突進を無効にしそのうえからマスケット銃、弩、鍬、脱穀機で撲殺した。
信長よりすげーよ。
映画化もされてる。
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm11506277
135.名無しさん:2016年08月11日 11:52 ID:fyh2Hsga0▼このコメントに返信
火縄銃の命中率を、ボロカスに言っている人がいるが、実射実験の結果は、百メートル以内なら、人間の胴体に当てて致命傷を与えることができる。
日本の火縄銃は、銃身の強度が高いため、距離と目標に合わせて火薬量を変える事ができる。つまり、訓練を積んだ熟練射手と、素人とでは雲泥の差がある。薬莢に入った定量の発射薬で撃つ、規格化された今の銃器と同じに考えないほうがいい。
136.名無しさん:2016年08月11日 11:52 ID:qQZH7pfX0▼このコメントに返信
勝頼は、敵が野戦築城陣地に鉄砲で待ち構えているのに、そこに正面から突っ込んでいったアホなんだな
別に織田本隊を攻撃しなくても、長篠攻略には影響なかったのにw
137.名無しさん:2016年08月11日 11:53 ID:X9CsdMJx0▼このコメントに返信
※126
なあ、おバカさんどこから突っ込めばいいんだ?

>種子島の連射
狙われてんのに連射を見届けてたのか?
随分と余裕だな、普通は退避するのでそれどころじゃないよなw


>他の大名が信長より先に運用していないだろ?
当然九州の大名が先に運用していますが?
島津だと種子島衆鉄砲200余とかな


近年稀にみる馬鹿レスですね、ありがとうございますw
138.名無しさん:2016年08月11日 11:56 ID:N8hLlXmS0▼このコメントに返信
騎馬隊なんて見た目は恐ろしいけどちょっとした障害物で無効化され山では使い物にならず夜には指向性失い速度出せず長槍で簡単に騎乗者突き刺されてたいしたことない。
信長の騎馬隊もただの農民の一向宗に殺されまくりました。
だから長槍普及してる戦国時代には廃れた。
槍が無かった源平、元寇は馬乗って戦ってる絵がいっぱいあるけど戦国時代に少ないのはこれだな。戦国時代には騎乗戦法は廃れていた。
139.名無しさん:2016年08月11日 11:58 ID:sn4A..Se0▼このコメントに返信
誰でも思いついたのは確実だろうね
だけど鉄砲の数が多いからそういう運用にも意味がでてくるということなんだろう
散々既出意見だろうけどさ
140.名無しさん:2016年08月11日 11:58 ID:L1nzU8q50▼このコメントに返信
映像にもよるけど、火縄銃の射撃の映像みたら、迫力が半端ないんだよね。

大型の火縄銃だったのかも知れないけれど「これ••大砲?」って一瞬思うぐらいの迫力あった。

現代のピストンより、火薬をガッツリ使用してんのかな。

141.名無しさん:2016年08月11日 11:58 ID:wiVb0xTy0▼このコメントに返信
センゴク読めよ。多分あれが史実に近い。地理と地名と運用と諸勢力の当時の状況とかを全て考慮して書いてる。
142.名無しさん:2016年08月11日 11:58 ID:PlYyikWr0▼このコメントに返信
せめてクレしん映画ぐらいでも見ておいてほしいな
鉄砲と弓の同時使用は当然されていたし、互いの得意不得意を補ってたんだよ
143.名無しさん:2016年08月11日 11:59 ID:s1LMSYJp0▼このコメントに返信
創作だっつってんのになんで長篠三段撃ちの話の検証が進むかねえ
144.名無しさん:2016年08月11日 11:59 ID:mj0gVSeG0▼このコメントに返信
初めて銃を持った兵隊でも数が多ければ少数精鋭の部隊をせん滅できる💛どうせ誰の銃が相手を殺したか分かりやせんし
145.名無しさん:2016年08月11日 11:59 ID:L1nzU8q50▼このコメントに返信
×ピストン→ピストル
146.名無しさん:2016年08月11日 12:00 ID:N8hLlXmS0▼このコメントに返信
※137
横だが126は本格的にって言ってるジャン。
島津のはただ戦場で使ったってだけでしょ。組織的に鉄砲隊大量に揃えて運用したのとは違う。
それとも種子島が先に1000名による鉄砲隊組織して野戦に勝利したことでもあるのかな?
147.名無しさん:2016年08月11日 12:00 ID:s1LMSYJp0▼このコメントに返信
✳8
撮影に使えるほど数がいねえんだよ絶滅危惧種だぞ
そんぐらい気づけよ
148.名無しさん:2016年08月11日 12:03 ID:L1nzU8q50▼このコメントに返信
※138
>ただの農民の一向宗

兵農分離前だから、あんがい戦闘経験豊富な奴らかも
149.名無しさん:2016年08月11日 12:03 ID:q67YoArV0▼このコメントに返信
※135
これな、火縄銃の命中率を、ボロカスに言うのは、
多分、フリントロック式マスケットと混同しているから。
実際は、遥かに命中精度が高い。
滑空銃身の鉄砲としては、精度は略究極の銃になる。

世界前装銃射撃選手権では、滑空銃身の部門では勝利を独占している。
因みに、この種子島の歴史と、伝統をたたえて、
「長篠」と言う立射の団体戦種目もある。
150.名無しさん:2016年08月11日 12:04 ID:t.lb08iC0▼このコメントに返信
馬に牙生えていれば馬もまだまだ強かったかもな。
騎馬だけに
151.名無しさん:2016年08月11日 12:04 ID:eLBA2nFq0▼このコメントに返信
>>129
その事は戦国大名なら判っていたが、徹底したのが信長。
さらに何でも出来る事を証明したのが秀吉。
家康はその継承者。

秀吉の水攻めは有り余る金が有っての作戦。ちなみに徹底すればどんな城でも最終的に落ちる。
152.名無しさん:2016年08月11日 12:06 ID:UDcEG3m10▼このコメントに返信
※126※137※146
信長が畿内に出てくる前、1562年に三好vs畠山で行われた教興寺の戦いは根来衆中心に数千の鉄砲が使われてたって言われてるな。
詳しいソースは知らんが
153.名無しさん:2016年08月11日 12:08 ID:GkIdjFzAO▼このコメントに返信
まず窪地に武田軍先頭集団(真田兄弟)を引きずり出して多重馬柵で足留め。後方分断して高台からの鉄砲奉行衆の一斉射撃による殲滅戦。これの繰り返しでしょ。
154.名無しさん:2016年08月11日 12:19 ID:6ceQdcCh0▼このコメントに返信
※14
弾丸が厳格な精度で規格統一されてて全ての弾丸で弾道特性が同じ、且つ銃身が熱で変形しなければ。だね。

精度の安定しない鋳造の不完全な球体を滑空砲で撃つのだし、一度に使用する火薬の量、それを圧縮する密度、ロッドで突き固めるのだから当然圧縮ムラも出る。だからライフリングが無い以上弾丸の回転はどうなるのか分かったもんじゃない。当然、気温や湿度、風、日差しによっても影響を受けるから、腕前で補正する、というのはちょっとムリゲー。気休め程度だと思う。
155.名無しさん:2016年08月11日 12:20 ID:wCIUkTVH0▼このコメントに返信
だっせーなオマエw
今どき小学生でももうちょっと考えてモノを言うぜw
オマエ、朝鮮人だろ?笑
156.名無しさん:2016年08月11日 12:23 ID:Tsuscuyf0▼このコメントに返信
うるさいわ。コロンブスの卵といっしょや。最初に思い付いたもん勝ちじゃ。先思い付いてから言えクズニート
157.名無しさん:2016年08月11日 12:41 ID:XbXiEJqj0▼このコメントに返信
三段撃ちが成立するためには練度はさることながら綿密な打ち合わせが必要。
集団行動なんかを見ていると良く判る。
部隊を動かさずに相手がバカみたいに正面突撃を繰り返してくれるなら可能だが、一度でも陣形に乱れが生じればあっという間に乱戦に巻き込まれて壊滅すると思う。
速射なら立花宗茂の用いた早合の方が遥かに実用的。
158.名無しさん:2016年08月11日 12:43 ID:lWmIjwv80▼このコメントに返信
どうかなー?
薄く広く補助的に配置して
装填速度は根性でなんとかしろ
みたいな戦術を取る牟田口君が多そうだけどな―

159.名無しさん:2016年08月11日 12:44 ID:qwzb8ZkS0▼このコメントに返信
話は完全に逸れるが、やっぱり日本人だなぁと思うのはこの南蛮渡来の火縄銃も武術化して作法流儀を体系化して門派をつくり、各派が存在すること。
銃を撃つまでの演武もあり、伝統武術各派の演武セレモニーがあれば剣術や徒手武術にまじって火縄銃の演武があるという。
160.名無しさん:2016年08月11日 12:53 ID:PPqiqEqRO▼このコメントに返信
歴史群像2016年4月号「ヴァルミーの戦い」中に書かれたマスケットについての説明。

・精度と威力は射距離100mを超えると急速に減退
・発射速度は理論上毎分6発。実戦では最高の練度で4発。持続的な発射速度は毎分2~3発
・連射の場合、銃身の加熱と発火機構の劣化で機械的信頼性は急速に低下
・前装構造のため伏射はできず、身を隠すところがないと無防備なまま射撃することになる
・黒色火薬の煙はきわめて濃く、厚く、連絡手段が人馬の伝令頼りでは指揮所から部隊を動かすのも困難
161.名無しさん:2016年08月11日 12:55 ID:tNL8BZVO0▼このコメントに返信
そもそも当時のヤツはまっすぐ飛ばんやろ。命中率が微妙なんだから複数の同時発射じゃないと使い物にならないのでは。
その辺りはマスケット銃抱えた戦列歩兵と同じ考え方なんだと認識してるんだけど。
162.名無しさん:2016年08月11日 13:05 ID:njXfAJdC0▼このコメントに返信
自分が考えるなら
射手、玉込め、すす払いの分業1セットだと思う。
テレビで見た実験では、一番効率が良かったのが、3人ワンセットの乱れうちだったけど。


少なくとも
3列に並んで号令一下なんてのは駄目でしょう。
163.名無しさん:2016年08月11日 13:05 ID:eM98KTn.0▼このコメントに返信
だから創作にマジになんなって・・・。
元ネタは古代中国の弩の三段撃ちだよ。これ自体も古代の創作かもしれんけど。

ちなみにヨーロッパのオランダ式大隊のマスケットは10列、のちのグスタフアドルフ2世のスウェーデン式は5列。
当時の発射間隔ではそれくらい列がないと無理。
ヨーロッパのマスケットは火縄式じゃなくて精度の悪いフリントロック式だったからこのように隊列を組んで斉射する必要があった。
いずれもそれなりの訓練が必要だから、もしも日本で似たようなことやってたら訓練資料が残ってただろうね。
164.名無しさん:2016年08月11日 13:08 ID:ZoBdHNJQ0▼このコメントに返信
スレタイ見て真っ先に思ったことが「コロンブスの卵」

鉄砲本体揃えたことよりも、南蛮船が来航する堺抑えたことで海外からコンスタントに(日本では産出しない)硝石確保できたことの方が大きいと思う
木炭と硫黄は山ほどあるけど、硝石がほとんど採れないからなぁ日本は
165.名無しさん:2016年08月11日 13:09 ID:jZ6czfMI0▼このコメントに返信
火力を集中しすぎると効率が落ちるから、
一定の割合ずつ発砲するのもありだろう
166.分隊長:2016年08月11日 13:09 ID:qWR5X.VaO▼このコメントに返信

まるで[コロンブスの玉子]ですね
イッチ氏は
もっと視野を拡げましょう
167.名無しさん:2016年08月11日 13:14 ID:y0VfvD2y0▼このコメントに返信
三段撃ちが事実だとして、それを今考えたらすぐ思い付けることだとして。
それでも他がやれてなかったから優秀だろ?
ゼロなんて概念すぐわかるだろ。っていうくらい馬鹿げてる。
168.名無しさん:2016年08月11日 13:26 ID:1dItMM1q0▼このコメントに返信
やり方見てるから出来ると思ってるだけだろ

流石にこれをやろうとは思いつかないはず
169.名無しさん:2016年08月11日 13:42 ID:5GrbqU1M0▼このコメントに返信
単純に兵力が多いほうが勝った。鉄砲一杯持ってる方が勝った。
もちろん不利なのは勝頼も分かってたけど、戦略的にあそこで決戦を回避することは出来なかった。
結果だけ見ちゃうにわかには勝頼を脳筋扱いしちゃうのよねw
170.名無しさん:2016年08月11日 13:46 ID:sn4A..Se0▼このコメントに返信
弓でも途切れなく攻撃する考えは昔からあったと思う
171.名無しさん:2016年08月11日 13:55 ID:YcZi776L0▼このコメントに返信
みんな勘違いしとるな。
信長が鉄砲を沢山揃えようと思ったのは尾張兵が伝統的に弱かったから。

・・・と言うわけで名古屋人の俺らの祖先が偉いんだよ?
172.名無しさん:2016年08月11日 13:56 ID:PPqiqEqRO▼このコメントに返信
明の兵法書「軍器図説」に鉄砲輪番一斉射撃の図ってのがある。
朝鮮役で日本が用いた戦術を導入したという説が有力なんだけど、明実録をもとに輪番射撃はそれ以前からあったという説もあがっている。
173.名無しさん:2016年08月11日 13:58 ID:6DgHfMYv0▼このコメントに返信
「夜這い間」に候
174.名無しさん:2016年08月11日 14:03 ID:l2MLQ0c90▼このコメントに返信
個人的にはむしろ3人ローテーションでちゃんと回るの?って感じる
5人くらいで回さんと厳しくねーか?
175.名無しさん:2016年08月11日 14:07 ID:L3Zongak0▼このコメントに返信
設楽が原古戦場の発掘調査では、上の人も書いてる通り「野戦築城」と評される程の堅固な陣地を造ってたんだよな。
・空堀を掘る
・残土で空堀の後ろに土塁を築く
・土塁の上に柵を立てる
・空堀の底から土塁の頂上までの高低差は約2m
これだけ堅固な陣地に籠って撃つなら三段撃ちなんて必要なかったんじゃね? って話。
早撃ちするなら、射手と装填手で役割分担すれば十分だったろうと。
176.名無しさん:2016年08月11日 14:13 ID:X2RXXZyg0▼このコメントに返信
そりゃ答え知ってりゃ何とでも言えるわな
177.名無しさん:2016年08月11日 14:23 ID:6X4f9g.G0▼このコメントに返信
観賞用、保管用、布教用じゃなかったんだ、、、
178.名無しさん:2016年08月11日 14:23 ID:fyh2Hsga0▼このコメントに返信
「火縄銃が真っすぐ飛ばない」と言っている人がどこのデータを元に言っているのか知りたい。
「思い込み」という脳内データで物を言っているとしか思えない。
179.名無しさん:2016年08月11日 14:27 ID:QNoSizZi0▼このコメントに返信
なんか昔ドリフのコントで、後ろのやつが前のやつを撃つのがあったような気がするが
思い出せん
180.名無しさん:2016年08月11日 14:28 ID:Fy8mli4R0▼このコメントに返信
※178
モデルガンでBB弾撃ってもまっすぐとばねーもん。
ライフリングしてない球体の弾丸がまっすぐ飛ぶとは思えない。
空気の抵抗とかあるだろ。
181.名無しさん:2016年08月11日 14:42 ID:6A.1Wwyu0▼このコメントに返信
※180
モデルガンは基本BB弾発射機構はないけど、まともなエアガンなら40mで大人の胴体は狙えるぞ
182.名無しさん:2016年08月11日 14:48 ID:fHVyxAgB0▼このコメントに返信
三段構えは状況の把握をしている射手を変えて、何度も何度も状況の認識をリセットする愚策

効率的に射撃陣を運用するなら、射手は固定して
掃除と弾込めで分業化してバックアップ体制とし、銃だけをローテーションするべき。
射手と銃の数が1:1である必要がなくなるし、各工程が専属になることで精度が上がるし
戦況に応じて連射が必要なところと、そう出ないところが出た場合に
バックアップの割合を柔軟に変えて対応することが可能になる。
183.名無しさん:2016年08月11日 14:48 ID:N8hLlXmS0▼このコメントに返信
※171
そうでもないぞ。
尾張兵弱くて三河武士が強いなんて徳川が最終勝利者だからそういう風にしただけ。
姉川で徳川は倍の朝倉押しまくったニダ、織田は半数の浅井に押されまくったニダって奴でそんな感じになったるけど
あんなの負ければ後が無い背水の陣で死に物狂いの浅井と違って朝倉なんて総大将も参加してない不利になれば引き返せばいいやのやる気の無い朝倉では浅井の方が強くて当然。
ってかあんま知られてないけど浅井長政って朝倉抜きの独力で1万1千で六角軍2万5千と真正面からぶつかって野戦で戦い大勝してる。浅井はめちゃくちゃ強い。
関が原で福島率いる尾張兵は3倍の宇喜田勢と戦って尾張兵は結局総崩れになることなく持ちこたえた。
184.名無しさん:2016年08月11日 14:50 ID:qVwOzhIn0▼このコメントに返信
※140
ピストンに対して、三 段締め…何だかえロいなw
いつから「大艦巨砲主義!」って18禁サイトになったんだwwww
185.名無しさん:2016年08月11日 15:11 ID:GR.o4fKU0▼このコメントに返信
三列になるってことは、単純にいえば同時発砲数が保有する銃の3分の1になるということだから、数ないと使えない戦法。
186.名無しさん:2016年08月11日 15:12 ID:GR.o4fKU0▼このコメントに返信
※8
それじゃ見栄えがよくないからTVでは却下w
187.名無しさん:2016年08月11日 15:13 ID:72.FJMHO0▼このコメントに返信
※174
ローテーションでなく分業(射撃手、装填手、煤掻き)だったんじゃね?
188.名無しさん:2016年08月11日 15:32 ID:W3BZRZNa0▼このコメントに返信
※183
尾張弱兵説は徳川のせいも多少あるのかも知れないが、それ以上に現代人が
自分たちが勝手に作った「革命家信長」像を満足させようと「信長は武器や戦法を工夫し弱兵でも勝った!従来の脳筋武士とは違うキリッ」
って強調したいがために(特に客観的根拠の無い)尾張弱兵説に都合のいい論拠として飛びついたのが大きいと思う
実際には寡兵での脳筋ゴリ押しこそ信長の特徴尾張兵も十分その役に立ってるのにな
189.名無しさん:2016年08月11日 15:32 ID:L1nzU8q50▼このコメントに返信
野戦は野戦なんだけど、織田方は実質的に城を築いてしまったようなもんで。

当時の火縄銃は城から撃つ時にもっとも力を発揮するような兵器らしいんで。

三段撃ちとか関係なく、押し寄せる敵を蹴散らしてたと思う。
190.名無しさん:2016年08月11日 15:33 ID:tCmKmdZv0▼このコメントに返信
まあ銃(ないし矢)をまとめて弾込め役を分担、
その周辺を柵や槍兵で守備するのは
西洋でも行われている
信長がやったのはさすがではあるが
唯一の作戦というわけではない
191.名無しさん:2016年08月11日 15:59 ID:JqFA03dG0▼このコメントに返信
※187
野戦に限ると、、、
黒色火薬って発射すると銃身に燃えカス残るんで、戦闘中で3発目とかは命中率とか狙撃できるレベルにないのよ
だから連射するには銃自体の交換は必須、しかも当時の記録だと初弾は十間(18m)で撃て、とか残ってる、、、

でもね、当時の装備録見てると一人一丁が普通、しかも射撃での功名も記録されてるので
わざわざ功名を取る機会をすてて一人に銃を集中する、って運用が当時の兵に強要できたのかどうか
しかも長篠なんて色んな所からの借り物の鉄砲部隊だったわけで、作業の分業なんて難しいものだったんじゃないかと、、、

しかも細川家の軍書なんかだと、鉄砲相手は発射後黒煙がでてる時に突撃白兵戦しろ、って書かれてる
つまり連射するだけの余裕が当時の野戦であったかどうか(初弾後すぐに白兵戦に突入するなら)非常に疑問なんだよ、、、

一人あたりの所持早合が数発にも満たない実情も合わせて「野戦で鉄砲部隊が連射した」という前提自体
あんまり史実に沿ってない仮定なんじゃないかと自分は思ってる、、、まぁ派手味のない話だけどねぇ、、、
192.名無しさん:2016年08月11日 16:05 ID:zjncBwn90▼このコメントに返信
日本じゃないけど、
 昔の中国が遊牧民対策で、弩を連射するため3段、4段射ちとかした
記録ないの?
193.名無しさん:2016年08月11日 16:45 ID:JqFA03dG0▼このコメントに返信
※192
いちお、遠隔兵器部隊への騎兵突撃を長柄武器装備部隊で防ぐ、っていう西欧風スタイルが中国でも主流だったよ、、、
まぁ遊牧民族って機動戦部隊だから、ほとんど動けない弩部隊本気で突撃することがなかったんだよねぇ、、、
まぁ複合弓だったら弩の射程外から射撃できたし、、、
つか火力制圧ってのはマスケット部隊成立するまで実現できなかったわけで、、、

ただ明の時代戚継光の車営戦術ってのが火力制圧の最初かも、、、
大砲(フランキ)積んだ武装馬車で円陣を組み戦場に根拠地作って騎兵の攻撃を待つ
車上からの射撃と馬車の隙間から槍で突っついて騎兵攻撃を防ぎ、退却してく敵を騎兵で追撃する
朝鮮の役では日本の種子島に隠れちゃうけど、当時の明軍の火器装備率って4割超えてんだよね、、、

そのためか当時の明軍の銃弾保有は日本の倍以上だったりする、、、
一丁につきフランキは120発、鳥銃1200発くらい帳簿上用意することになってたよ、、、
194.名無しさん:2016年08月11日 16:51 ID:eL4lP2h40▼このコメントに返信
長篠合戦研究の現時点での到達点は、平山優の「検証 長篠合戦」だろ。
195.名無しさん:2016年08月11日 17:15 ID:4PYM1xwH0▼このコメントに返信
西洋にも机上の戦術だけどカラコール、リマソンっていう戦術があったよ
三段うちが史実か創作かは知らないけど考えた人はいろんなところにいたってのはそうだな

内容は
・ピストル騎兵を何列かに並べる
→前列が斉射
→前列は左右に分かれて最後尾へ走る
→最後尾で再度整列して弾を込める
→二列目が前にでて斉射
→二列目も後ろへはしり、以下繰り返し

戦列歩兵の方は同じく複数列だけど基本的に打ったら交代ではなくて死んだら交代だからちょっとちがうか
196.名無しさん:2016年08月11日 17:17 ID:q67YoArV0▼このコメントに返信
※160
だから、何でフリントロックマスケットと、種子島を比べるかな、
共通なのは、滑空銃身って事だけじゃん、
発射機構も火皿にフェザータッチで落ちる火縄と、
銃身にオフセットした場所へ大打撃をあたえて、遅延発火させるフリントロックじゃ全然違うだろ。
命中精度は、雲泥の差が出る。
弾にしたってキッチリサイズを合わせ、発射回数によって、弾の径を変える工夫までした種子島と、
ガバガバの上、そもそも丸いか如何かもテキトーなフリントロックマスケットじゃ
比べるのがナンセンス。
因みに、
実は、此の時代の鉄砲を作る際、最も難しかったのは弾だと言われている。
此れは、弾の鋳型の製作が非常に難しかった所以で、
口径にあった球形の弾の鋳型を作り難かった現実を物語っている。
日本と言えば、どうやって作ったのか解からないのだが、
かなりの精度の鋳型が作られている。
偶にヤフオクに出品されているので、購入し試してみたが、
鉛を鋳込むと、結構良い丸玉が物が出来る。
本当に不思議だ。
197.名無しさん:2016年08月11日 17:57 ID:umrEF9gB0▼このコメントに返信
※46
そりゃぁ、太平洋戦争の時とおんなじヨ。初戦で半島制圧するも、統治に乗り出す前に義兵活動で兵站が脅かされる。
腐敗していたとはいえ、明が本格出兵すれば兵力は段違い。これで勝てと言うのは難しい。

朝貢した国を中国が出兵して支援するって、あんまり聞いたことないけど、他には有ったのか?
198.名無しさん:2016年08月11日 18:34 ID:u7HUWYwc0▼このコメントに返信
実際は三段撃ちじゃなくて
夜戦築城して十字砲火出来るように鉄砲配置して、あの辺に敵が来たら撃てって感じだったらしいやん
  ◎
△   △こう△に鉄砲隊配置してるから真ん中が薄そうに見える、だから◎が突っ込んで来るから来たら撃てみたいな
199.名無しさん:2016年08月11日 19:16 ID:p.x3R7Bx0▼このコメントに返信
>>46
秀吉の朝鮮出兵でも鉄砲部隊は威力を発揮しましたよ。
朝鮮兵の主力は弓ですが、これが鉄砲の前にまるで刃が立たなかった。
白兵戦ともなれば、日本刀をふりまわす日本兵に、泣きわめいててんでに
逃げ出すしまつ。 朝鮮の刀は短くてしかも脆いから相手にもならなかった。
おまけに朝鮮の悪政により朝鮮の多くの農民が日本兵として自国を攻めたぐらいだからね。
朝鮮の王族や城をまもるべき立場の人達が民衆を捨てて真っ先に逃げ出すので
死ぬまで守り抜くという日本の侍達があきれかえったりしました。
結局、あっというまに朝鮮は中国国境まで追い詰められ、朝鮮王は亡命を
しようとしましたが、さすがに明はそれを許さず、大軍でもって反撃しました。
数では日本を上回っていましたが、日本兵を駆逐することはできませんでした。
朝鮮は日本人が思って居たいじょうに貧しく、生産力の無い国で食料の現地調達も
ままならない状況だったのは日本の予想外でしたね。
さらに、日本兵はこの戦争に意義を見いだしていませんでした。 可能ならいつでも
撤退しようという雰囲気の中で戦っていたのにそれでも朝鮮は日本兵を駆逐できませんでした。
結局秀吉の死によって撤兵を計るわけですが、朝鮮は勝利したのでしょうか? 進駐した
明軍による略奪を好きにさせただけなわけです。
ちなみに、日本は鉄砲数では断トツでしたが、日本には大砲があまりありませんでした。
明にはこれが有りました。 それでも戦闘記録では日本強しの資料しか残っていませんよ。
海戦でも日本の船が大砲を積むようになる後半戦では朝鮮海軍は壊滅状態でした。
以上が歴史の真実ですよ。 在日さんは良く勉強して当時の朝鮮の実情の情けなさを噛みしめた
方が良いですよ。
200.名無しさん:2016年08月11日 19:30 ID:WFlCJ0sW0▼このコメントに返信
※179
カトちゃんがくしゃみした拍子に引き金を引いてしまい…って感じだったっけ?
弾込めた銃を肩に担いで、後ろの奴の鼻先で発砲ってのも見た気がする。
よく思い出せん。見た気がするだけかも知れん。
201.名無しさん:2016年08月11日 19:32 ID:Z4LusWq.0▼このコメントに返信
そこまでお金かけて銃を集めるのは効率が悪いって思われてる中で1000丁とか3000丁とかだからなー
当時の鉄砲の法外な値段を考えると通常戦力ならもっと沢山用意できたはず
あえて4万とか集めずに鉄砲隊に注力したのが当時では信じられないことだったんだと思うよ
202.名無しさん:2016年08月11日 19:50 ID:JqFA03dG0▼このコメントに返信
※198
長篠の場合、陣地内に突っ込んできた武田隊と白兵戦は煩雑に起こってた(各種資料によると)
内藤昌豊なんて家康本陣にまで切り込んでる、、、まぁ信長が「柵から出るな」って厳命したからなんだけど、、、

つまるところ、十字砲火のような(接敵前に)火線で敵を制圧する、なんてことがあったなら
こういう白兵戦の記録が各種残っているわけがなく、、、

つか文献見てる限り、鉄砲ってそんなに大活躍したわけじゃなさそうなのよね、、、
三段撃ちとか十字砲火とか、なんかみんな当時の種子島に夢を持ちすぎてるよねぇ、、、
そういう概念(使われ方)って、もっと進化(規格化)した銃器でしか行えないよ、、、
203.名無しさん:2016年08月11日 20:56 ID:uo.3eLxU0▼このコメントに返信
※149
下手なライフル銃よりも精度いいからなぁ・・・。
向こうはフリントロックでこっちは狩り用のマッチロックやからな
フリントロックは火打ち石を力いっぱい叩きつけるから銃が揺れて精度落ちるけど
マッチロックは乱暴な言い方だと割り箸ゴム鉄砲みたいな引き金だからな
それに日本のHENTAI技術が合わさればソードオフ仕様で量産してても海外に引けはとらんわ
204.名無しさん:2016年08月11日 20:56 ID:q67YoArV0▼このコメントに返信
現実では、銃兵対騎兵の戦闘において、銃のみで騎兵を圧倒するのは日露戦争までかかり、
小口径、高初速、超射程の無煙火薬を使う連発ライフルの登場まで、お預けだった。
信長の時代では、三段撃ちだろうが、一斉射撃だろうが騎兵の突撃を防ぐのは無理、
故に、騎兵の突撃力を削ぐ初歩的たが野戦築城を行った。
この時代の銃は、攻撃兵器では無く、純然たる防御兵器であり。
地の利を得てこそ、その真価を発揮した。
信長の非凡さは、其の事にいち早く気ずき、戦略的に活用したこと、
敵に攻めさせ殲滅すると言う戦術は、
其の状況を手に入れる為のハードルが、結構高い。
205.名無しさん:2016年08月11日 21:22 ID:uo.3eLxU0▼このコメントに返信
※204
弓兵の天敵である騎兵をイギリスは各人携帯してる杭で無効化
騎兵の突撃力さえ封じればこっちのもんよ
206.名無しさん:2016年08月11日 21:26 ID:nMfXtJbn0▼このコメントに返信
いるよね、そんなの俺だって考えてたとか、俺ならもっと上手くやったとか言う人。笑われてるのがわからないんだろうなあ。
207.名無しさん:2016年08月11日 23:15 ID:edUZtp8q0▼このコメントに返信
新しい武器の特性をすぐに掴んで有効な運用法を確立したのが凄いんだよ。
理解力と発想力が半端じゃないよ。
208.名無しさん:2016年08月12日 00:26 ID:q5CckW5L0▼このコメントに返信
※62
騎馬隊が存在しないなら、なぜ馬防柵を構築したと記録に残ってるんだ?
信長記に一番山県昌景、二番武田逍遥軒、そして三番西小幡上野一党が「是又馬入るべき行にて、
(これまた馬にて攻めて来た)」と記録もある。

最新の到達点と言える平山優の著作「長篠合戦と武田勝頼」「検証 長篠合戦」のどちらかは読んで論ずべき。
209.名無しさん:2016年08月12日 01:07 ID:XXzybZan0▼このコメントに返信
>>1の言ってることは間違ってないんだけど…色々と惜しいな
“センスある”って認めてるけど、信長のセンスは>>1の想像のはるか上

信さんはホンマ化け物やで
210.名無しさん:2016年08月12日 02:22 ID:pxdK3Y9X0▼このコメントに返信
信さんは地球が丸い事を理解したらしいからな、
211.名無しさん:2016年08月12日 02:40 ID:a4K7DOpw0▼このコメントに返信
電車の乗り降りでさえ
列をつくる。降りる人が先。
現代ですらこんな当たり前のことが出来ない国がたくさんあるんだぜ
誰でも思いつく効率性を誰でも実践できると考えるのは間違い
212.名無しさん:2016年08月12日 02:57 ID:AHHWyqNV0▼このコメントに返信
三段構えも諸説あって、順番に打つだけじゃなく、まず溝を堀、その土で土のう作り覗き穴から鉄砲を打つ、さらに溝と土のうの間に木の策を作ると。
これだけで全然違うけど、もっと違う話があって、実は山城を築いていてそこで待ち構えたという話もある、山城は圧倒的な防御力なので、武田軍が不利なのは明白とかいう・・・
213.名無しさん:2016年08月12日 07:39 ID:J8m84co20▼このコメントに返信
※208
武田に相当数の馬がいたのは事実でそれは兵站や部隊の移動展開に有利に働いていたらしい。
ただ当時の馬は小さいし、日本に平原なんてないから馬の全力疾走による戦闘、映画の西部劇で描くような騎馬戦はありえなく、だからあの手のイメージの騎馬隊はなかったとは言える。
また小さくても馬は馬だから柵は作るだろう。
しかしフロイスは自著に日本人の戦争は馬から降りて戦うと不思議がってる。
それはたまたまフロイスがそういう戦をみたのかもしれないが、もしも日本人が馬に乗って戦うのに不慣れななか、武田軍だけが馬に乗ったまま戦える集団だったとしたらそれが強さの要因だったのかもしれないな。

214.名無しさん:2016年08月12日 07:52 ID:HMeV7.3z0▼このコメントに返信
火縄銃大量に運用したら強いよね。←だれでも思いつく
大量運用して成果をだした。←信長が初
215.名無しさん:2016年08月12日 09:24 ID:c3XPl7zn0▼このコメントに返信
※210
「その説明(遠くの船が見えないのは地球が丸いから、的な)に異論はないけどホントかどうか俺自身で体感したい
具体的には世界一周(征服)だ」っていう風雲児信長のイメージに都合よく使われてる気がしてならない
216.名無しさん:2016年08月12日 10:14 ID:JjlCK2MU0▼このコメントに返信
鉄砲は高いし
金があっても生産地や貿易港は信長が抑えてる状況

思いつくだけならバカでも出来る
217.名無しさん:2016年08月12日 20:22 ID:EztqB0fP0▼このコメントに返信
※213
それもう相当古い話やで
ごく一部の騎兵大国や近代軍みたいな数千以上の騎兵集団での突撃は無かったと考えるのが自然だが
数十~数百騎程度での突撃は史料や軍記に複数記述があるのであったと考えるほうが自然
小さい馬うんぬんは日本の馬が外国の騎兵馬とそう変わらないってことを知らない馬鹿が言い出した話
他には封建制度ゆえにそれぞれが家来を持つ指揮官である騎乗の武士階級のみを束ねた部隊は作れなかった、って説もあるが
戦場で騎馬身分を抽出・編成したと見られる記録や明らかに指揮官兼務では無さそうな「馬足軽」とか「一騎衆」って言葉も残ってる
フロイス日本史にあるのはあくまで宣教師の見た範囲内での話に過ぎず日本の書物にある乗馬戦闘を全否定する材料にするのは乱暴すぎ
218.名無しさん:2016年08月12日 22:32 ID:CsaQHeIU0▼このコメントに返信
※204
近年では野戦築城説は否定的だぞ。
僅かな時間でそんなもん出来る訳ないってな
219.名無しさん:2016年08月13日 12:25 ID:ntUCLlf10▼このコメントに返信
※218
わずかな時間でもないぞ。

情報操作と長篠城の頑張りで引っ張り出された武田軍が
撤退するためにも一回当たらないといけないからああなったわけで。

かなり準備期間はあったよ。
220.名無しさん:2016年08月16日 14:00 ID:pr6b17.Q0▼このコメントに返信
※1

だよね?三段構えの鉄砲の運用は、実は理に適っていないようだよ。
実際は、先に言われたように一人撃ち手二人弾込めをして間断無く発砲し、騎馬隊の一撃から簡易砦で防いだのが実際みたいだね。因みにこの頃のヨーロッパの鉄砲保有数は数万丁で、日本は数十万丁の軍事大国だった。だから、ヨーロッパ諸国が日本を植民地化など出来ないのは、無理からぬことだった。

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