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2016年01月16日 09:05

日本の騎馬隊の馬をポニーと馬鹿にするやつ・・・

日本の騎馬隊の馬をポニーと馬鹿にするやつ・・・

タグ:
02

引用元:日本の騎馬隊の馬をポニーと馬鹿にするやつ・・・

http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1452682416/
1: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)19:53:36 ID:tnj
https://www.youtube.com/watch?v=9aAvf1clnS4

これが真実。凶暴だよ。

3: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)19:56:21 ID:tnj
最近、日本の馬を馬鹿にする本が増えた気がする。

4: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)19:56:26 ID:s1z
見てないけどポニーってのは肩までの高さが147cm以下の馬であって
凶暴とかおとなしいとかは関係ないぞ

5: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)19:57:06 ID:xhm
いいじゃんポニーかわいいじゃん

6: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)19:57:32 ID:5PJ
セントールってこの位の足の長さなのかも知れん

9: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)19:59:49 ID:tnj
モンゴルが使っていた馬とほぼ同じ大きさ。

10: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)19:59:56 ID:nV4
>>9
そんな事言ったら古代ローマの馬をDisれないw

11: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:00:22 ID:NRs
つうか戦国時代の軍馬って、今の木曽馬とは違うんでしょ?
外来から取り寄せた馬との掛け合わせで身体はもう少し大きかったとか聞いたし

12: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:01:51 ID:tnj
今日、本屋に行ったら
騎馬隊は存在しなかったとか書いてある本を見つけてしまった。

13: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:04:48 ID:tnj
https://www.youtube.com/watch?v=nMgn8NxTlIk

子供たちが頑張って走るのと同じ速さとか・・・

大鎧を装着した人を乗せて時速20kmで走るのに。

14: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:05:12 ID:s0W
赤い鎧の武田騎馬隊の話?
当時の軍馬は背中までの高さが4尺5寸(135センチ)前後が標準で、4尺8寸(144センチ)を超えるものを「大馬」と呼んでいたとの
記録があって、西洋種ほどではないにせよ相応の大きさはあったはず。
アラブのサレブレッドには適わないけどさ…

15: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:06:23 ID:pKj
どちらかというと道産子のが近いんじゃなかったっけ?
シャイヤーのポニーサイズが日本馬

16: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:06:29 ID:tnj
珍説が広まると困る

17: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:09:14 ID:sKd
体高(肩までの高さ)160~170センチ体重450~500キロ
道産子ってけっこう大きいのな

18: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:10:04 ID:tnj
武田の騎馬隊がなかったと書いてある本が多い。

20: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:11:19 ID:sXU
>>18
負けた軍の記録は残りにくいだろうな…
どこぞの軍がそのまんまパクったらしいが

19: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:10:34 ID:Ew3
サラブレットは見た目や速さを追求した結果だから
戦向きではないわな

21: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:13:44 ID:tnj
TVで日本の馬はショボかったと言っていたから気になって調べた。

22: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:14:42 ID:sXU
>>21
当時の日本人の平均身長を知らないアホどもがDisりたかったんだろうよ

23: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:16:53 ID:tWf
騎馬による突撃なかったしな
移動だけして下馬してからの攻撃だし

25: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:20:08 ID:tnj
>>23
その珍説が許せない。

弓の射程距離が100m、火縄銃が150m位
大鎧でフル装備した武者を乗せて時速20km
戦国時代は当世具足だから15kg位 

36: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:40:05 ID:2fH
>>25 取り敢えず1回弓道場行ってこい
馬の上から10mくらいの距離の動く的に当てられるか、、上から槍でつくとかいうなよ、、
週五で10年以上やっても降りてからのが良いってなるだろうな

40: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:45:30 ID:8nE
日清戦争だか北支事変だかで、日本軍が使ってる馬によく似た猛獣は何だ
って質問があったって記録があるくらいだしね

>>36
横槍いれるけど、できるできないは知らんが、一騎打ちは馬上で弓だよ

41: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:46:05 ID:igy
>>36
当てられないのは甘えやぞ
弓矢装備の騎馬民族が、世界史でどんだけ猛威振るったと思っとるんや

56: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:05:45 ID:sJ3
>>36
相手は陣形組んだ集団だから的が多い

27: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:28:30 ID:tnj
当世具足だと大鎧より軽いので馬にかかる負担が少なくなり
時速25km位で走れるだろう。
短距離だったら時速30kmは出る。
200mを24秒で走れる。

28: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:30:24 ID:tnj
軍馬は噛みついたりする

31: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:34:15 ID:tnj
http://i.imgur.com/PKwyrmh.jpg
no title

日本の馬は素晴らしい

33: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:36:42 ID:tnj
http://i.imgur.com/59bgOOA.jpg
no title

騎馬武者

34: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:37:28 ID:Wem
浅い知識で他国の歴史を批判するのはよくあることでして

35: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:38:37 ID:tnj
http://i.imgur.com/UPcE0qf.png
no title

力強い馬

37: ※若者◆3pjKdXJBEg 2016/01/13(水)20:43:20 ID:G4x
>>1
昔の日本人は走れなかったとか、馬が小さかったとかデマカセを流すのがテレビ局の使命だからね。

こうやって日本人の尊厳や誇りを奪い欧米信者にさせようとしてるんや

38: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:44:10 ID:tnj
>>37
デマが多くて困る。

39: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:45:27 ID:3KD
本にしても奇説珍説のほうが売れやすいのが問題

42: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:46:08 ID:Wem
日本の騎馬を過大評価し引き合いにだして18世紀ヨーロッパの戦列歩兵を批判する大バカがいてな

49: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:51:18 ID:tnj
http://i.imgur.com/qM1ASdu.jpg
no title

元寇

50: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:52:54 ID:tnj
http://i.imgur.com/kh7nPhu.jpg
no title

52: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)20:56:04 ID:EKi
武士は鎌倉時代の武士が1番強い気がする
あんな重い鎧着ながら泳いで
夜襲掛けてくるとか怖過ぎるw

58: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:09:36 ID:PWa
そりゃお前
ポニーいうてもシェトランドみたいな
ちっちゃいのとはちがうだろ
日本の軍馬はポニーでも最大級だぞ?

俺は時代祭りで和馬のケツの位置を何キロか徒歩で歩いたことあるけど
想像以上にでかくて怖いぞ

まぁ西洋でもドイツあたりのエリートの重騎兵の馬は
デストリアっていうお化けみたいな馬だけど

59: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:12:44 ID:tnj
笠懸
http://i.imgur.com/yjU49ej.jpg
no title

61: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:16:19 ID:PWa
笠懸とか流鏑馬の横向き射撃は
実戦的なわざと言うより技術を磨くっていう意味みたいだね
実践に近いのは追物射と捩射とからしい

坂井三郎の言う実戦では一撃離脱や奇襲を多様
だけど格闘能力も持ってたらいざという時の自信と保険になる
ってのと似てる

62: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:16:53 ID:KPS
いや武田騎馬隊の規模は大したことないぞ
騎馬隊は維持費が大変だし多数の馬引き連れて戦うのはかなり難しいぞ。せいぜいあって10頭の馬に乗って戦うのが
また極端な話戦国時代の兵員動員体制を考えるとなかったんじゃないかという話もある

80: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)23:17:54 ID:NRs
>>62
それで信濃を押さえていた事が重要な意味を持ってくる
信濃には中馬輸送がある関係で、馬に乗れる人達が沢山いた
それで馬に乗って戦える兵役の課せる農兵が豊富にいるという事で
俗に言う武田騎馬隊というのが出てくるわけ
主力は木曽馬って言葉が指すように木曽郡の豪族木曽氏と
その他の信濃国内の馬に乗った農兵
特に伊那郡は一門衆の下条氏の居城があった関係で
かなりの騎馬兵をいくさに出してる

63: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:19:03 ID:tnj
極論だな

71: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:33:36 ID:KPS
>>63
戦国時代の兵員動員の形態ご存知?

戦国大名の兵士は家臣がその知行地(家臣が大名から貰った領地のようなもの)から騎馬武者1人、長柄鑓持ち、持ち鑓5人、弓何人、鉄砲1人、旗持ち・手明何人などと各村から農民を集めて兵士にするわけだ
でこの場合騎馬武者は多くは指揮者などの上級兵士が多かった。
なので当然騎馬武者だけを集めて集団生活や訓練などはきほんしないぞ。指揮官だからな
仮にするにしても訓練などは知行地ごとのいわば各村ごとにしか出来ない。これじゃ騎馬軍団を造れないわけ。これが騎馬隊が存在しなかった説だ
で仮に存在したとしてもおおよそ騎馬武者一人に付き7人~10人の歩兵が一つの基本単位となって行動している
なぜかと言うと戦国時代の基本戦術単位である備(基本的には300人)が小規模の様々な兵士で編成されてる。刀で戦う人、弓兵、鉄砲隊、またここに騎馬隊も含まれる。
戦国時代の軍勢は十数~数十個の備によって編成されていた事を考える必要がある。備の騎馬隊(数十騎ほど)はそれぞれの備で個々に運用されていた
したがって武田騎馬軍団というものはあったとしてもそれほどたいした規模ではなかったと考えられる。騎馬を大量に養うには非常にコストがかかるから

ただしよく時代劇であるような騎馬隊だけが突撃するような事はあったが多数の馬が突撃するようなものではないので

81: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)23:26:50 ID:NRs
>>71
武田に関してはちょっと違うな
例えば伊那郡吉岡城を根拠とした下条氏には
武田から1000騎、騎馬武者を出すよう指示が出ていて、実際に出している
出された騎馬武者は武田氏の誰かにつけられて、いくさに出て行ってる
○○〇(名称は忘れた)という名前まで隊に与えられていたから
木曽氏の騎馬武者と信濃の騎馬武者が武田騎馬隊の主力と呼ばれるのは
そういった事実がある為

64: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:20:40 ID:tnj
弓術と馬術は、武士が必ず身に付けるべき武芸だよ。

67: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:29:42 ID:tnj
お馬さん飼ってみたい

68: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:30:56 ID:kI5
>>67
手間むちゃくちゃかかるっぽい(実際に飼ってはいない)
でも死ぬほど可愛い

この前も東武動物公園にいるポニーに悩殺されてきたばかり

70: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:32:21 ID:tnj
>>68
可愛いよね。
しかし、残念なことに日本の馬は数が減ってきたらしい。

69: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:32:00 ID:8nE
一般化された常識を覆すって格好いいしねw
で、だいたい、やり過ぎた状態が一般化して、その逆がまたでてくるとw

72: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:37:06 ID:tnj
俺も時代劇はやりすぎだと思うよ。

73: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:37:19 ID:XDz
だいたい大河とか忠実にすべきってのはどうなのか
ある程度脚色無いと時代背景詳しくないと地味になるし
現代の日本人のサラブレッドに対する衝撃が当時の日本人の馬に対する衝撃だったわけだろ

75: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)21:45:56 ID:tnj
そろそろ終わりにするね。
みんな付き合ってくれてありがとう。
さようならー

78: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)22:10:52 ID:7mT
いや騎馬は現地まで馬に乗っていって戦いは下馬して行ったってのは有力な説でしょ
西洋の騎士みたいに馬で突撃みたいな戦闘なんて稀も稀だと思うよ

79: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)22:15:03 ID:7mT
日本みたいな七割を山が占めている土地で騎馬の出番などそうあるものじゃない
そんで平野で真っ向勝負しようとする馬鹿な武将なんか滅多にいないしな

82: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)23:57:20 ID:gcO
>>79
1600年のなんとかヶ原での合戦とかな

83: 名無しさん@おーぷん 2016/01/13(水)23:59:28 ID:7mT
>>82
お前関が原を平原でわいわい殴りあった戦だと思ってんのか

84: 名無しさん@おーぷん 2016/01/14(木)00:10:19 ID:N2z
山んなかでゲリラ戦やってたり渓谷で雨宿り中の部隊に奇襲攻撃した戦闘ってわけじゃないと思ってるよ

どっかの剣豪が足に石当たってリタイアしてたらしいから殴り合いよりは激しい戦いだったろうし

1001: 名無しさん@大艦巨砲主義! 2011/7/24(日) 12:20:40.20 ID:milio


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コメント

1.名無しさん:2016年01月16日 09:14 ID:usuBij5g0▼このコメントに返信

室町時代の旧絵画の馬の絵って結構大きいから山岳地帯のポニークラスと平野地帯に他の大きな馬も存在していたんじゃないのか?
2.名無しさん:2016年01月16日 09:14 ID:CddNrZhYO▼このコメントに返信
ま、サラブレッドやアラブ馬の長脚では無いわなw
日本人と同じ短脚
3.名無しさん:2016年01月16日 09:20 ID:m9SUHQA40▼このコメントに返信
千の馬を食わせるには、一週間で野球グランド3つ分は草原が禿るんだぞ?
だから篭城戦につき合わされると維持費で酷い事になるのが騎馬隊。
連中草食ってるけど基本新芽新緑って評されるものしか好んで食わんから秋以降から真冬は別枠で巻き藁を運ぶ訳だが
運ぶにも馬が要るジレンマなめるへんw
4.名無しさん:2016年01月16日 09:20 ID:AVXNUVCQ0▼このコメントに返信
西洋でアラブ馬系列の足細長い馬を前線に出せるようになったのは
重いプレートメイルを脱ぎ捨ててからやぞ
5.名無しさん:2016年01月16日 09:21 ID:wpKPSAtX0▼このコメントに返信
ばんけい競馬...。
6.名無しさん:2016年01月16日 09:22 ID:Ek5bijDK0▼このコメントに返信
体高は高くなくても、ガッチリ四角い体形で足が太くパワフルだったらしいな
蹄が固くて粗食に耐え、高低さのある悪路に強い

まさにジムニーみたいな馬やで
7.名無しさん:2016年01月16日 09:23 ID:Hb3nJkv60▼このコメントに返信
その場にいて見てた訳じゃ無い歴史は全て
推測と憶測。
8.名無しさん:2016年01月16日 09:23 ID:Xq2ZS94v0▼このコメントに返信
馬は踏んだり蹴ったりだな
9.名無しさん:2016年01月16日 09:23 ID:uhSo034I0▼このコメントに返信
一番よく見る低レベルで聞く価値なしの説がポニーだから戦えなかったキリッって説で
その次に封建制だから騎兵の集団での運用は無理キリッって説をよく見るけど
封建制を理由に騎兵運用を否定すんなら同じ封建制のヨーロッパとか
封建制よりもっと原始的な社会体制だったとも考えられる遊牧民もロクに騎兵を運用できなかったってことにならねーか?っていつも思うわ
まあそもそも元寇に見られるように史料に普通に残ってるんだけどさ
10.名無しさん:2016年01月16日 09:25 ID:XLfDHo7c0▼このコメントに返信
※5
ばんえい競馬、な。
11.名無しさん:2016年01月16日 09:26 ID:rqGi2l1E0▼このコメントに返信
徳川吉宗の時代に西洋馬を輸入して、ようやく大きくなったという噂があるしなwwww
12.名無しさん:2016年01月16日 09:27 ID:4NWKfxLC0▼このコメントに返信
結局、戦国時代の戦い方って純粋な殺し合いなの?威嚇して脅して金品奪うだけなの?
13.ゲハロエおやじ27号っス:2016年01月16日 09:28 ID:frV5Ipq.0▼このコメントに返信
面白いかどうかはわからないけど、1度ホンマもんの時代劇をみてみたいネ。
タイムスクープハンターはけっこう好きだネ。
14.名無しさん:2016年01月16日 09:28 ID:fylgEq.S0▼このコメントに返信
戦場をグルリと囲む高所を抑えて
敵総大将を後背から突ける絶好の位置に味方が居ながら
そいつらがまともに戦闘せず敗戦してしまった勢力がいるらしい

一万五千の兵力を持って裏切ったのにその十分の一以下の兵力の集団に
600メートルも後退させられたうえ何度も押し返さえられたヘッポコ軍がいるらしい
15.名無しさん:2016年01月16日 09:33 ID:Ek5bijDK0▼このコメントに返信
※9
だな
地形や植生を理由にしたほうが遥かに説得力ある
16.名無しさん:2016年01月16日 09:34 ID:2yi5nz7RO▼このコメントに返信
本スレ※3
>最近、日本の馬を馬鹿にする本が増えた気がする。

そらそーよ。
メディアにしろ出版業界にしろ在日どもが日本sageの工作活動しまくりだもの。
時代劇も以前とはすっかり変わった。言葉使いも所作も現代風になり、逞しく力強く凛々しく優しかった主人公たちが大半だったのに、情けない頼りない主人公が増えた。某少年誌の浮世絵風マンガもギャグマンガとはいえ日本人を貶めているようにしか見えない(マンガは翻訳され世界中の人に読まれるから尚更…)。

若い人たちが正しい日本の歴史文化等々を学べる環境を私たち大人が整えなければ。それにはやはりまずは在庫一掃から!
17.名無しさん:2016年01月16日 09:34 ID:wAWIF0oH0▼このコメントに返信
基本馬は凶暴、日本の馬は小さくて大人しい方なのが現実
重装の兵士乗せて馬用の防具も付けて突撃攻撃が出来た西洋の馬種に比べると
どう足掻いても軍馬として劣るのは誤魔化しようが無い
日本の騎馬は馬上戦闘じゃなくて、連絡や偵察、すばやく布陣する為の手段だった
18.名無しさん:2016年01月16日 09:38 ID:uUJa24O90▼このコメントに返信
これは特亜のコンプレックスだろ?今のメディアを牛耳ってるのが特亜な訳だし。

日本人が根性が腐った弱虫って言いたいだけ。糖質な主張ばかりで嫌になるよね。日本がとてもひどいやつだったって言いながら弱虫だったっていう。弱虫なのは事実なんだが、そいつらにボロ負けしてた事実はどうなるんだよ?強盗団と侍の戦いだろ?


現実には特亜がどうしようもないクズだってことがわかるだけなのにね。

唐が強かった。でも唐は支那じゃない。中共は自分のやった悪事を人のせいにして、他人の功績を自分のものにしたがる。最初からずっとそう。強かったのも立派だったのも日本と中共の周辺国。中共だけがアジアの裏切り者だった。今は白人を裏切って欧州を地獄に叩きこんでる。アメリカもかなり汚染されてる。内部監査が必要なのにね。

中共の得意技は離間策であり、自分以外のすべてを悪に仕立てることが大事だと思ってる。悪いやつなんて極論すれば中共しかいない。みんな騙されてるだけ。そういう内容の本がたくさん出てるよ。

近頃は最初からアメリカと同盟を組んでたとか言い出した。アメリカが中共に嘘と略奪と虐殺をやらせてたって言いたいらしい。何でも責任を人に押し付けていくね。こんな連中がのさばっても滅びるだけだから大陸は2000年の地獄にいるのに。
19.名無しさん:2016年01月16日 09:39 ID:6AagEuYzO▼このコメントに返信
黒王や松風みたいなのをいると信じていたあの頃は
20.名無しさん:2016年01月16日 09:40 ID:bSFG7dam0▼このコメントに返信
日本人に成りすました左翼テヨンが何とかして日本人を貶めたいようだ。
21.名無しさん:2016年01月16日 09:41 ID:FL.Eed6q0▼このコメントに返信
去勢技術がないから凶暴。昔は人の肉を食べさせたりするらしいぞ。
馬に体当りさせたり噛ませたりするんだって。
22.名無しさん:2016年01月16日 09:42 ID:d9scJ0Sw0▼このコメントに返信
日本馬は西洋馬と比べると小さいが
戦場には日本馬しかいなかったから、普通に強いぞ
23.名無しさん:2016年01月16日 09:44 ID:d9scJ0Sw0▼このコメントに返信
なぜ戦国時代に西洋馬が彷徨っているのだ
日本馬しかいないから普通に運用されるぞ
24.名無しさん:2016年01月16日 09:46 ID:ODkh5v6S0▼このコメントに返信
戦場の馬だからタフでないとな
爆音も飛び交うし弓矢に怯んでるようじゃ駄目
性能も瞬発力よりは持久力が問われるのではないか
サラブレッドとかピーキー過ぎて使い物にならないだろう
25.名無しさん:2016年01月16日 09:47 ID:5l.bhj8Y0▼このコメントに返信
ポニーであることよりも
・去勢していないので凶暴で言うことを聞かない。
・蹄鉄してないので長距離移動できない。
ことの方が重要。
こんな馬戦争で使えるかよ。
26.名無しさん:2016年01月16日 09:47 ID:gO8qeR.i0▼このコメントに返信
馬から矢を射れるのかって、流鏑馬総否定かよ
27.名無しさん:2016年01月16日 09:47 ID:63aUnaIA0▼このコメントに返信
鵯越えの逆落としができる馬だぞ
競馬用のサラブレッドじゃ島国の戦・農耕・荷物運搬に向かない
28.名無しさん:2016年01月16日 09:47 ID:uUJa24O90▼このコメントに返信
※17
みんな言ってるけどさ。日本の馬が小さいってのがどこから来たものなの?

ソースがそう思いたいってのしかないと思うんだけど?絵で見る限りはフル装備の侍乗せて走ってるんだけどね?


あれが小さく見えるんだったら目がおかしい。鎌倉時代は日本人でかいんだぞ?


特亜がやってるのは超限戦。情報戦ってのは要するに嘘。特亜は一切信用しないことだね。
29.名無しさん:2016年01月16日 09:47 ID:otrvgfss0▼このコメントに返信
いちいち馬降りて従者に待たせるよりも馬ごと突っ込んだほうが早いし従者も一緒に突撃させて衝撃力確保するだろ定期
30.名無しさん:2016年01月16日 09:48 ID:upZlS8.50▼このコメントに返信
テレビでやってたけど小さくてもがっしりしていて馬力も有りメッチャ速かったぞ。
31.名無しさん:2016年01月16日 09:48 ID:Ek5bijDK0▼このコメントに返信
※17
全く認識が間違ってる
まず、おとなしい馬だからこそ人間の指示に素直に従い、集団での運用が容易となり、騎兵突撃等に向く。虚勢馬などもよく用いられる。
一方で。日本の軍馬は少なくとも戦国初期までは気の荒いのが良しとされ、そういう用途には傾向として向かない。

また、重装騎兵に用いられる軍馬はペルシュロンなどの重種であり、これらは総じておとなしい。神経質ではなく、のんびりしている。
32.名無しさん:2016年01月16日 09:48 ID:rBV1LCRX0▼このコメントに返信
※18
「日本は弱いから糞www」「日本はアジアに酷い事した犯罪者www」ってレッテル貼って
日本人が悔しい顔するのが見たいだけだから、整合性なんて端から無いよ。「嘘を100回言えば
真実になる」って妄想に逃げるのがデフォの、生粋の差別生物だから。
33.名無しさん:2016年01月16日 09:50 ID:f0H5kh0n0▼このコメントに返信
BGMがボトムズでワロタw
34.名無しさん:2016年01月16日 09:52 ID:63aUnaIA0▼このコメントに返信
※25
日本の馬は蹄硬いから蹄鉄いらず
よく考えてみろ、山が多い日本で蹄弱いなんて生物的におかしいだろ
35.名無しさん:2016年01月16日 09:58 ID:tfmAvfr.0▼このコメントに返信
元寇の絵とかもそうだけど、一応馬に乗って突撃していたと思うけどな。

馬を小さい小さい・速くなかったと言うだろうけど、肩までの高さが140cm近く・体重200kg以上の巨体で走って来る動物(+それに乗る人間)相手に白兵戦なんて実際は怖くてできないって。そして、馬に乗って攻撃する側からすれば、馬上から戦意喪失した相手を不確実な方法で攻撃するのと、わざわざ地上に降りて相手と同じ土俵で戦うのと、どちらが有利かという話だと思う。私なら前者を選ぶけど。

ただ、揺れる馬上から槍や弓で精密な攻撃をするのが困難だとすると、西洋のように棍棒(メイス)が発達しても良かったとは思うけど
36.名無しさん:2016年01月16日 10:00 ID:9ABT9dAzO▼このコメントに返信
馬上から矢を当てられないとか騎射全否定かよ
週五で10年以上とかそんなバイト感覚で訓練してると思うのか?
37.名無しさん:2016年01月16日 10:01 ID:Zdfdrip90▼このコメントに返信
そりゃアンデス登り降りする馬もいまだに短足だからな
山地と平地の馬が同じなわけない
38.名無しさん:2016年01月16日 10:01 ID:Nt5G0W2A0▼このコメントに返信
そもそも「ポニー」「小型馬」というイメージに引き摺られて異様に小さいものと思いこんでねえか?
実物見たら迫力にびびるぞ。
39.名無しさん:2016年01月16日 10:02 ID:IHuMcsuq0▼このコメントに返信
戦馬はサラブレッド種みたいに貧弱な品種じゃないぞ。
小さくても骨太、ペイロード能力やトルクでは決して負けん馬だ。
40.名無しさん:2016年01月16日 10:03 ID:5kDc2hoN0▼このコメントに返信
>>61
>>笠懸とか流鏑馬の横向き射撃は 実戦的なわざと言うより技術を磨くっ ていう意味みたいだね 実践に近いのは追物射と捩射とからし い

武士は騎射で前後左右どの向きでも撃てなきゃならんのだよ
流鏑馬などはその訓練の一つだと思われるが
41.名無しさん:2016年01月16日 10:06 ID:119sgWkZO▼このコメントに返信
人間は生身だとボニーにすら勝てないし
42.名無しさん:2016年01月16日 10:06 ID:NAZ3J2mU0▼このコメントに返信
軍馬と競走馬じゃ適性が違うからな
サラブレッドみたいな臆病で故障しやすい馬は戦場じゃ使い物にならんよ
戦場では速く走る瞬発力より悪路を長時間走れるタフさが重要
43.名無しさん:2016年01月16日 10:09 ID:hwLkqY.gO▼このコメントに返信
騎馬突撃は攻撃力は高いが犠牲が大きいって坂の上の雲で否定してたがな
ドラグナーって聞こえはいいけど維持費は高い補充はきかない
欠陥品じゃん
そりゃあ火縄銃とランスチャージと馬上からの弓を得意技とした武田も織田の待ち伏せ戦法に負けたわけだ
武田の騎兵用の短弓はコンポジットボウで飛距離長いんだよな
44.名無しさん:2016年01月16日 10:10 ID:Of7byMUk0▼このコメントに返信
戦国時代は150cmを超える大きい馬もいたりしたけど、平和な江戸時代になると大きい馬は減ってしまった。
海外から品種改良の為に馬を輸入した例もあるけど、遺伝法則とか分かっていなかったので成功せず明治になるまでは日本の馬は小さいまま。
45.名無しさん:2016年01月16日 10:10 ID:uhSo034I0▼このコメントに返信
※17
日本馬は中世ヨーロッパ騎士をぼこったモンゴル馬とほぼ同じやで
※25
そうは言っても実際普通に使ってるんだからなんとも
元寇は蒙古襲来絵詞の突撃の描写だけじゃなくて元側史料にも日本軍の特徴として「騎兵結束」なんて文言があるし
騎兵の使用が減ったと言われる戦国時代でも史料や信憑性高めの軍記に騎兵の編成や使用を思わせる記述はあるよ
騎馬隊否定派は「騎兵部隊という発想自体が無かった」って説を取ることが多いけど少なくともそれは有り得ない
もちろん映画みたいな何千騎が横並びでとつげきーなんてのは無かっただろうけど
46.名無しさん:2016年01月16日 10:12 ID:Nu9p.4.l0▼このコメントに返信
>>73
時代劇が本物だと思うガイジがでてくるなら、地味な方がいい
派手さを売りにするなんて抗日映画みたいで恥ずかしい
47.名無しさん:2016年01月16日 10:13 ID:SLKCd.k80▼このコメントに返信
>3 最近、日本の馬を馬鹿に
在庫がウサを晴らす新しい材料になっているんだろ?
48.名無しさん:2016年01月16日 10:13 ID:uUJa24O90▼このコメントに返信
※19
輓馬。サラブレッドの二倍のサイズなんだが?

日本の馬もそうやって改良されてきてる。西洋も同じ。


昔はどうこうとかいう研究自体、目的がなんなのかわからん。

ただ結論ありきなのが見え見えだから馬鹿げている。


実際には元が主力を失う程度には日本は強かったということ。其の主力に、いろいろと論があるけどね。所詮周辺部族しか来てないとか?あっちが本隊って言ってただけ。多分本隊が来て全滅したから、其のあとは来ることも出来ず滅んだものと思われる。主力を失ったことをひた隠しにしてても、どこにも参戦も出来ないから影響力を失って分裂するはめになったんだよ。まあ、これはわからない。本当に本隊は南部で暴れていただけかもしれない。ただ北へ帰ることがなかったから、北への影響力がなくなって分裂したという事実があるだけ。

半島は2万で攻めてきて好き勝手した挙句、200+400に蹴散らされて逃げ帰るレベルだしね。事実だけをみると、日本はめちゃくちゃ強いってなるね。

外国と揉めた時の記録を研究しての結論以外に見るべき価値はないよ。妄想でしかない。


白村江なんて数万の軍勢を動員してる。随分と荒ぶる弥生時代だな?
49.名無しさん:2016年01月16日 10:13 ID:lRnDQHLv0▼このコメントに返信
動物園によくいるポニーが小さいから、同じポニーに分類される木曽馬とかも小さいんだってイメージさせたいんだろうな
体高135cmあるってことは頭の位置は俺らの頭の位置と同じぐらいになるのにな
50.名無しさん:2016年01月16日 10:14 ID:ltRqk71g0▼このコメントに返信
日本にいた南部駒は大型の馬でばんえい競馬に流れるんだけどね
51.名無しさん:2016年01月16日 10:14 ID:DC7cIDM40▼このコメントに返信
中型犬の突撃ですら怖いわ
52.名無しさん:2016年01月16日 10:15 ID:uVmuvKdz0▼このコメントに返信
馬は小さかったかもしれんがひとも小さかったんだからちょうどええんちゃうか?
狭い日本の道を軽で走るのと似てる、アメ車じゃ近所の道に入れんぞ
53.名無しさん:2016年01月16日 10:17 ID:VyGxThoy0▼このコメントに返信
騎馬突撃でいつも思うのは敵味方どのぐらいの被害が出たんだろうって点だな
具体的には突撃側の騎馬隊は突進力で掻き乱す以外の有効な攻撃法が有ったのかとか突撃の生存率とか
逆に突撃される側は槍ブスマや飛び道具でどの程度迎撃できたのかとか
54.名無しさん:2016年01月16日 10:18 ID:EROilMs40▼このコメントに返信
大戦中の軍馬も気性が荒くて、近づいたら噛みついてくるようなのが多かったみたいね
で、ハミに赤い布きれを付けて「要注意馬!」って目印にしたそうな
通るときに「おい!「危」が行くぞ、気をつけろ!」みたいに(祖父さん談)
今でも元競走馬なんて気性が荒くて注意して近づかないと危ないから、当時の馬は推して知るべし
戦国時代の一騎打ちでも、馬同士が食いつきあったり相当激しかったから、宣教師が「日本には馬に似た猛獣が居る」と言ったとか言わなかったとか・・・
それと日本は蹄鉄が普及しなかったから、代わりに移動の際には草鞋を捌かしてたんだよね 牛も馬も
だから長距離の移動ができないなんてことはないよ
55.名無しさん:2016年01月16日 10:20 ID:9bMn.mI.0▼このコメントに返信
>>62
武田勝頼の最期の攻勢では、3~40騎ごとにまとまった集団が、大量に押し寄せてきたから大変だった、
みたいに書かれているが?当時の記録に。
56.名無しさん:2016年01月16日 10:20 ID:9bMn.mI.0▼このコメントに返信
というか、サラブレッドは競馬に特化した馬なので、
脚もおれやすいし耐久力もないので、軍馬には向かないぞ。現代のサラブレッドはな。
大きいし見た目も美しいがな。
57.名無しさん:2016年01月16日 10:21 ID:Xx9O5h0l0▼このコメントに返信
ポニーって品種じゃなくて馬格(馬のサイズ)の話だからなぁ。
そこら辺でお遊びで乗れるせいで気性がおとなしい馬って印象があるけどそんなくくりではない。
実際、騎兵を一番活用したモンゴル騎兵もサイズ的にはポニーだし。

※25
去勢については必須ではない。
セン馬の方が取り扱いは容易だけど、牡馬の方が闘争心が強くてどっちが軍馬向きとも言いにくいから。
(実際、有名どころならコサック騎兵とモンゴル騎兵はセン馬を使っていない)

※34
それもあるけど、日本は道とかが石造りじゃなかったのも大きいと思う。
馬は元々草原の生き物だから下が石造りってのは蹄に負担が大きくて蹄鉄が必要だったわけで、
元々草原が少ない地形育ちの馬で蹄が堅い上に、土の道主体で蹄鉄っていらんかったんだろうね。
58.名無しさん:2016年01月16日 10:21 ID:GxqPBIN.O▼このコメントに返信
昔の日本は木曽馬とか小型ばっかりだけど走るのは早くないけど山道の勾配には強いんだよ

逆にサラブレッドみたいなのは平地には強いし早いけど山道や勾配には弱いし戦国時代の日本には不向き

時代劇なら見栄えはサラブレッドみたいなのはいいんだが現実的には木曽馬みたいなのが日本に適応した馬だったからね
中国なら大型で足の速い馬が走ってたと思うわ
59.名無しさん:2016年01月16日 10:22 ID:hXyg6ezj0▼このコメントに返信
騎馬隊は騎兵とイメージがごっちゃになってるのが悪い。
60.名無しさん:2016年01月16日 10:23 ID:9bMn.mI.0▼このコメントに返信
※17
ボストン博物館には、馬用の防具を装着した状態での騎馬武者が展示されているが。
当時の書物にも、騎馬の運用の話はよくでてきているぞ。
もちろん「野戦なら常に突撃した」わけではなく、雑兵物語によると、状況に応じて騎馬を集成して戦ったようだ。
もちろんこれは徳川家の話。

馬上打ち物は江戸時代でも競技として開催されているしな。
61.名無しさん:2016年01月16日 10:23 ID:uUJa24O90▼このコメントに返信
※45
いや・・・。

史実があるのに、それはお話って言いたい連中がいるだけだよ。


中身が信じたくないから始まってるから聞く意味が無い。日本の歴史学会ね。
62.名無しさん:2016年01月16日 10:25 ID:EROilMs40▼このコメントに返信
※50
いやいや、輓馬はあくまでヨーロッパ原産のペルシュノンなんかの重種馬だよ
よく誤解されるけど、道産子なんかの国産馬とは全然体格も体型も違う
体重1t近くで背も高く、背中にギリギリ手が届くぐらいの大きさ
リアル黒王号
しかも競走馬は気性が荒いから、結構怖かったよ・・・・
63.名無しさん:2016年01月16日 10:26 ID:.8vfiVhZ0▼このコメントに返信
ポニーサイズの体高140センチってのは馬の肩までの高さだからな。
木曽馬は体重300㎏は余裕で越える。
そんなもんに体当たりされてみろ、普通に死ぬぞ。
64.名無しさん:2016年01月16日 10:27 ID:oIj9.e9L0▼このコメントに返信
金砕棒なんかはあったけどな
65.名無しさん:2016年01月16日 10:30 ID:SYdIZ.WW0▼このコメントに返信
ポニーなんて単なる大きさによる区分だから、蒙古馬だってポニーだ。

もちろん、西洋の軍馬と比べたら乗せられる重さは限られるけど、日本人が鎧着て乗っても大丈夫なことは木曽馬で証明されている。
66.名無しさん:2016年01月16日 10:30 ID:uUJa24O90▼このコメントに返信
※56
軍馬はサラブレッドより大型なのが多いよ。

サラブレッドは競走馬としてスピードに特化してる。


品種改良って結構新しい時代なんだけどね。
67.名無しさん:2016年01月16日 10:32 ID:pqf0RYdy0▼このコメントに返信
「馬鹿」も馬の一種で鹿との雑種と思っているのかもしれない。
68.名無しさん:2016年01月16日 10:32 ID:.8vfiVhZ0▼このコメントに返信
あと日本は山地が7割とか言うが馬が平地しか走れないと誰が決めた?
それに残りの3割の平地でも馬が走り回るのには十分すぎる広さ
69.名無しさん:2016年01月16日 10:33 ID:9bMn.mI.0▼このコメントに返信
※48
気持ちはわかるが、白村江の戦いは弥生時代ではないぞ…。
朝鮮の首都を囲んだりしていたのは、2~3世紀。
70.名無しさん:2016年01月16日 10:34 ID:XyP8q38a0▼このコメントに返信
まあ流石にメディアの情報は総てネガティブキャンペーンだ!みたいな極端な話はどうかと思うがね。結局普段言われている事とは違う事を誇張して言う方が注目は集められるわけだしな
馬の話に関しては、大体現代人の馬の基準が競馬のサラブレットなのが問題だろ。そりゃサラブレットに較べりゃ小さいし遅いけどだからってサラブレットが合戦で使えるわけじゃないしな。と言うか競馬に特化した品種改良してるんだから、日本の合戦に特化した軍馬を外国産の馬も掛け合わせて作ってると考える方が自然だろ特に戦国期は。その後は大きな合戦無く二百年だから廃れてるだろうしね
だから当時の軍馬にしたって差が大きいだろうし、一概にこういう馬だと語る方がおかしい
71.名無しさん:2016年01月16日 10:35 ID:bSFG7dam0▼このコメントに返信
今の基準と比較して、500年前はこんなにダメだったという歴史学者が多い。馬◯の極み。
イデオロギーというガン細胞に汚染されると、こうなってしまう。
72.名無しさん:2016年01月16日 10:40 ID:A62XwEvE0▼このコメントに返信
そもそも山登りなら尚更馬乗っていた方が楽だろ。
73.名無しさん:2016年01月16日 10:42 ID:VyGxThoy0▼このコメントに返信
まぁ騎馬に関して極端な話が流布してるのはだいたいは鈴木慎哉が悪いと思う。
当時も斬新な説だ真実だとメディアもロクに史料を検証もせずにもてはやしてたし。
もっとも、今も明智憲三郎の珍説を無批判に持ち上げて宣伝したりと当時と構図が全く変わってないが。
74.名無しさん:2016年01月16日 10:45 ID:bQa.6e0C0▼このコメントに返信
「日本人は戦の時は馬にすら乗ってなかった」って歴史専門家のおっさんがテレビで言ってたのを半年前くらい見たわ

流鏑馬が鎌倉時代から続いてるのは小学生でも知ってるのに、……今さら何を言い出すわけ???



75.名無しさん:2016年01月16日 10:45 ID:fylgEq.S0▼このコメントに返信
現代の馬のサイズもスピードもまったく違うのに流鏑馬やってる人は大変だと思う
サラブレッドも大変そうだけどw
ヒヨドリ越えも当時の馬だったから出来たんであってドラマでサラブレッドに乗って
駆け下りるのはちょっと…って
平安鎌倉の騎馬武者は太刀で馬上から殴るのが常套手段だったし(騎射後は)
76.名無しさん:2016年01月16日 10:45 ID:hIT.mN.K0▼このコメントに返信
この話題って家畜が身近じゃない現代人の勝手なイメージをもとに
「昔の日本で馬の大量飼育なんかできるわけがない!だから馬を戦争に使う余裕は無かった!」
って言ってる奴が多いんだけどこれも相当怪しい
明治初期の調査によると東国では一家に一頭くらいの割合の数の馬が飼われていた
もっと前の時代も同じような割合だったと仮定すると組織的に動ける数の馬を戦闘に回す余裕は十分あったことになる
逆に西国、特に畿内では東国に比べて桁違いに馬が少なかった(逆に牛が多い)って調査結果が出てるので
フロイス日本史の「この国では下馬して戦うのが習慣」って記述は少なくとも畿内では事実だった可能性もある
77.名無しさん:2016年01月16日 10:57 ID:dRdReqPS0▼このコメントに返信
そもそも大陸で猛威を振るった蒙古馬だって小さい馬だぞ。
シェットランドポニーを連想してる馬鹿記者が広めた馬鹿話をいつまで引きずってるんだろうね。
78.名無しさん:2016年01月16日 10:57 ID:119sgWkZO▼このコメントに返信
ヤックルが居たんでね?
79.名無しさん:2016年01月16日 10:58 ID:F5j.6Z.00▼このコメントに返信
スレにある通り日本有数の馬牧地を押さえた武田の騎馬隊は特殊例
馬との生活が日常の地域では騎乗した兵を主体とした軍団を編成することも容易に想像が付く。当時の軍制といっても土地柄だってあるんだから、一概に決め付けるのは頭が固い、もっと言えば頭が悪い意見としか言えない
あと何故小柄なのかを考えるときはヨーロッパの軍馬でよく使われる1t超の重種を日本の野山で走らせることをまず考えてみろ。一秒かからずにわかるよな。自重で潰れるぞ。そういうことだ
80.名無しさん:2016年01月16日 10:58 ID:UDELw4qs0▼このコメントに返信
最初から貶めるやつより
最初ちょっと上げてから盛大に貶めてくるパターンが最近多い
81.名無しさん:2016年01月16日 11:04 ID:h.ujQYW90▼このコメントに返信
大戦中の日本軍の輸送用の馬は他国に比べ体格が劣ったらしけど
82.名無しさん:2016年01月16日 11:08 ID:u7h188dj0▼このコメントに返信
一般的な軍編成では1000の兵力に騎馬は50騎程度
役回りは部隊指揮官や伝令、武将の護衛など
武田ではそれが150とか200とかいたらしいので一般的な軍よりは騎馬が多い

そういう役回りなので基本戦場で戦わないが
大勢がついたら決戦・掃討戦力として投入されることはあった、らしい
83.名無しさん:2016年01月16日 11:09 ID:9ygbw3Dm0▼このコメントに返信
アラブ種は草原に適した馬で
湿地と山岳地帯の多い日本に適してないが
84.名無しさん:2016年01月16日 11:21 ID:feWW4VM30▼このコメントに返信
騎馬隊居なかった説は、編制と編成の違いが理解出来てない気がする。
85.名無しさん:2016年01月16日 11:22 ID:ENWRTtBAO▼このコメントに返信
道産馬で騎馬隊組んで突撃されたら、近接武器オンリーでは生きた心地しない。
86.名無しさん:2016年01月16日 11:25 ID:ENWRTtBAO▼このコメントに返信
道産馬で騎馬隊組んで突撃されたら、近接武器オンリーでは生きた心地しない。
87.名無しさん:2016年01月16日 11:26 ID:sgN.GMuV0▼このコメントに返信
まあ、欧米の様な、馬事全般に関わる洗練された技術は無いわな、
現在の調教、装蹄、などの所技術も明治期に導入されたもんだし、
実際馬を兵器として運用するには恐ろしく手間がかかる、
蹄の手入れ一つにしたって、蹄鉄の交換から始まり、日々足裏に詰まった馬糞を取り、清潔を保ち、
蹄鉄の為、渇き割れやすくなった蹄に油を塗る。
これを怠ると、水虫になって兵器として致命傷になる。
その点、戦国時代の馬は、蹄鉄も無いし、メンテフリーなところが有るが、
手が掛からない兵器は、能力もそれなりという相場は有る。

88.名無しさん:2016年01月16日 11:28 ID:Cvf.2szb0▼このコメントに返信
武田よりも北条の方が数も割合も軍馬を多く揃えていたってのは聞いた事あるんだけど
時代は違うけど>>1の動画で関東に牧場が集中してるって事で納得。
89.名無しさん:2016年01月16日 11:30 ID:GMCsxHlw0▼このコメントに返信
馬も飼育できずに、猫車を人にひかせてた朝鮮人w
90.名無しさん:2016年01月16日 11:33 ID:wkF6eS.P0▼このコメントに返信
日本の場合、遺伝選別してないから、
たまにトンデモナイデカイ馬が市場に出回るって話もあるな
はてさて、真相のほどは・・・
91.名無しさん:2016年01月16日 11:35 ID:CsygyBz90▼このコメントに返信
日本の馬は時代が下るにつれて劣化してる、って説もあったな
良い馬は戦争につれてかれて死ぬので子孫を残せない
繁殖に使われるのは戦争に「行けなかった」格の下がる馬
駄目な馬ほど繁殖機会が与えられることになるため、世代が進むにつれて駄目な形質が広まっていったという説
92.名無しさん:2016年01月16日 11:36 ID:NIGTgKT80▼このコメントに返信
 西洋で言うところの「騎兵隊」みたいな、騎乗した兵士のみで構成される常設の大規模な部隊は無かったんじゃないかな。
 でも、幾人かの郎党を率いる士官クラスの武士は馬をもってるし、先駆け争いで軍団の中から騎馬武者が抜け出て、ある程度の集団で先頭を切って突っ込んでいくとかは充分にあったはず。
 源平の鵯越みたいに、騎馬武者だけを選抜して奇襲するとか、臨時に騎乗できる武士を集めて騎馬隊を構成して運用するとかはやっているはず。
 何百、何千という単位での運用ではなくて、数十とか、百いくつとか、そういう単位での運用だったんだと思う。この程度なら、まばらな林ぐらいの場所だったら使えるだろうし。
 日本の古代の徴兵制から専門の武士集団が台頭していったのは、武士が弓馬の術を身に着けた戦闘技術者の集団だったからだと思うんだ。
 日本の馬の体格がそれほど良くはなかったからといって、騎乗することの利点を諦めるとかはやらないはず。

 兵站の問題を指摘するのは正しいことだけど、馬は第一次世界大戦でも荷役の中心だったし、何とかなる、というよりも「何とかするもの」なんじゃないかな。生死をかけたことをやっているわけだし。
 もちろん、場所が悪ければ降りて戦っていたんだと思う。でも、使えるところでは使う。
 山内一豊の「馬揃え」のエピソードも、当時の世間に「騎馬武者」の有用性が認識されていなければ、「いい馬だから何?」となってつうようしないはずだし。
93.名無しさん:2016年01月16日 11:36 ID:BX06ONOm0▼このコメントに返信
体高150センチの馬なら、頭の大きさ入れると2メートル近いんだよなぁ。
94.名無しさん:2016年01月16日 11:37 ID:vszBkAlK0▼このコメントに返信
日本人が朝鮮半島を統治し始めた際に、朝鮮半島の馬を利用しようとしたが、子馬よりも小さな馬しかなく、鞍が利用できなかったと記録にある。

Ancient Photography ~朝鮮半島の馬たち~ で検索すると良い。

要は、朝鮮人お得意の自己紹介兼自己投影と言う事。
連中が日本人を蔑む方法は、過去の自分達の国、民、風習を全て日本人に投影する。
恥ずかしい日本人とは、恥ずかしい朝鮮人の過去そのもの。
そんな民族なのである。
95.名無しさん:2016年01月16日 11:38 ID:ZME3AXc60▼このコメントに返信
ポニーってゴールデンレトリバーぐらいのだけじゃないぞ。でかいのは普通に怖いのと、モンゴル馬も大きさは似たようなもん。
モンゴルが強かったのも一般にイメージするような騎馬戦術より生活基盤毎移動する兵站面の強みが大きい。



96.名無しさん:2016年01月16日 11:39 ID:6CYFZ9ZY0▼このコメントに返信
ポニーというより牛に近いだろ
そんなのが突っ込んで来たら、俺なら逃げる
97.名無しさん:2016年01月16日 11:40 ID:VbYH8AyGO▼このコメントに返信
日本の馬っていつから蹄鉄つけるようになったんだっけ。
蹄割れやすいから、藁で靴みたいなのはかせてなかったかな。
98.名無しさん:2016年01月16日 11:41 ID:nvXAbd.10▼このコメントに返信
さすがに千単位の騎馬武者が突撃なんてことはなかっただろうね。
99.名無しさん:2016年01月16日 11:42 ID:rnIKu9cB0▼このコメントに返信
※76
そうそう俺も思うんだ。東国と西国では少し事情が違うって事をね。
戦国時代を勝利したのは尾張・三河の大名を中心にした西国の大名達だった。
戦国時代の大体が西国の大名を中心に書かれるんだよな。
馬を多用したと思われる東国があまり取り上げられない。
秀吉の侵攻でズタズタになったせいか記録も少ないかもしれんが。
後北条の記録だと馬を多用してるんじゃなかったか。
源平の頃から馬の扱いは東国の武士が勝っていたのだしね。
100.名無しさん:2016年01月16日 11:42 ID:l..BZvdr0▼このコメントに返信
なんで戦国時代の馬が純日本種だという前提で話してるんだか。
島津(薩摩)も蠣崎(蝦夷)も海外から輸入してるという話があるんだが。
特に島津なんかシャイアーみたいなの輸入しててもおかしくないやろ。
101.名無しさん:2016年01月16日 11:43 ID:sgN.GMuV0▼このコメントに返信
※76
此れね、農耕の動力現として関西は牛、関東は馬がメインだったからね、馬の方が良いもん食わせなきゃ成らんけど
瞬発力があって生産性が高い、
牛は、粗食に耐え力は有るけど実際トロイ。
只、牛は美味しく頂くことが出来る。文明開化後の松坂、神戸と、牛肉文化は、関西の一人勝ちだよね。
何故か馬は、信州の一部をのぞいて食べるという文化が発達しなかった。
やはり関東武者の本場だけあって、
馬に思い入れが在ったのかな?
102.名無しさん:2016年01月16日 11:46 ID:9ygbw3Dm0▼このコメントに返信
※101
日本の馬は西洋馬に比べると粗食に強いんだけどね
103.名無しさん:2016年01月16日 11:54 ID:nvXAbd.10▼このコメントに返信
東北の騎馬武者を西国の人間は恐れていたらしいし、漢人の騎馬民族恐怖症みたいなのはあったのかもしれんないね。
騎馬隊ではなくいわゆる騎兵隊のような運用・技術は東北のほうが圧倒していたかもしれない。
104.名無しさん:2016年01月16日 11:54 ID:VbYH8AyGO▼このコメントに返信
スペイン牛追い祭の映像見たらわかると思うけど、一旦暴れだしたら牛は簡単に抑えられない。
105.名無しさん:2016年01月16日 11:54 ID:vszBkAlK0▼このコメントに返信
※97
戦国時代でも蹄鉄はなかった模様。
随分最近みたいですね。
もしかして、明治からかも知れない。
106.名無しさん:2016年01月16日 11:55 ID:Sfm6gy7MO▼このコメントに返信
馬上打物戦や絵巻の騎馬にて突撃する旨の記述があったりしたような…

西欧の戦列歩兵みたいに銃剣を付けて方陣を組むまではいかなかったけど、騎馬突撃が臨時に騎馬武者だけで組まれて行われた可能性はあるでしょうとね…
107.名無しさん:2016年01月16日 11:57 ID:hIT.mN.K0▼このコメントに返信
※92
古代の律令軍団の時点で騎兵と歩兵をちゃんと使い分けるよう規定したり弓騎兵養成に力を入れてた記録が残ってるしね
武士階級は主に弓騎兵を務めた律令軍エリート層の後身だし騎兵の発想そのものが無くなるのはありえんわな
108.名無しさん:2016年01月16日 12:04 ID:TJKp.a920▼このコメントに返信
米92
ざっくり日本と、海外全域を比べすぎ。
例えば、封建制日本は主力は騎馬武者。数百騎の集団でも十分脅威で、元寇の際に
松原方面に上陸した数千の高麗歩兵を壊滅させている。
その後戦国時代になり、各大名がそれぞれの持ち味を生かしてるから大名によって編成は違う。

徳川家のように中部であまり馬には縁がないところであっても、地形に応じて武者を集成して運用してる。
東北のほうでは常設の騎兵もいたようだ。

ひるがえって西洋でも、たとえばローマ帝国は主力が歩兵で騎兵は軍団ごとに数十レベル。
イギリスは騎士が有名だが数がおおいし、スコットランド槍兵にやられた記憶から状況に応じて降りて戦う。
スペインも歩兵中心。大規模な騎馬隊がいたのは100年戦争期フランスや、ポーランドだ。

十字軍戦争でも数百人クラスの騎士がまとまって戦ったくらいで、フランスやポーランド、ハンガリーをのぞけばそんなもんだぞ?
109.名無しさん:2016年01月16日 12:04 ID:F36XKjwe0▼このコメントに返信
武士って首(耳)取ってなんぼの商売だから、殺すだけで走り去るような騎馬突撃なんて無かったって本当?
110.名無しさん:2016年01月16日 12:08 ID:GxqPBIN.O▼このコメントに返信
米106

真田の騎馬隊は馬上で銃を撃ったあと突撃して戦ってたはず
真田の騎馬隊の場合騎馬隊も鉄砲つかったり用兵はかなり特殊なほうとは思うけどな
111.名無しさん:2016年01月16日 12:08 ID:TJKp.a920▼このコメントに返信
そもそも、日本や蒙古系の馬が貧弱だったら、蒙古騎馬軍団とかありえないし、
蒙古も初期は確かに革の鎧みたいなの中心だったが、中期には、綿や絹の衣服の裏に、びっしり鉄札などがはられた「綿オウ甲」(律令制日本でも流行した)だからな。意外に重武装だよ。
112.名無しさん:2016年01月16日 12:16 ID:GxqPBIN.O▼このコメントに返信
米109
敵将クラスの首は価値はあったろうけどな

当時の脇刺も取っ組み合いになったとき刺したり殺した敵将の首切ったりするための今でいう道具兼武器のアーミーナイフだし
突撃も全くなかったことはないとは思うけど馬から降りて戦う場合が多かったらしい
113.名無しさん:2016年01月16日 12:17 ID:TJKp.a920▼このコメントに返信
米105
わらじをはかせていたね。
ちなみに、「馬のわらじ」は、楮や棕櫚などの樹皮や、女性の髪の毛、馬の尾毛など耐久性がある素材で作られていた。
さらに、野生馬に近い生産方法で本来蹄が丈夫だったこと、蹄の裏を焼くなど蹄を丈夫にする方法が取られていた。

一概に蹄鉄がない=脆弱!というわけではない。
蒙古軍も別に蹄鉄は使っていない。
114.名無しさん:2016年01月16日 12:20 ID:TJKp.a920▼このコメントに返信
米109
君の説が正しいなら、
当時、武田の部隊と戦った信長側の記録に、騎馬の集団が何波も押し寄せてきたって話は間違いだってことになるな。
115.名無しさん:2016年01月16日 12:23 ID:TJKp.a920▼このコメントに返信
米112
鉄砲が本格的に日本で生産され始めてから、
日本の戦闘の様式が変化してる。

どんな鎧でも鉄砲や狭間筒には耐えられないので、従来の大盾ではなく、
竹束や陣地構築をして歩兵同士で距離をとって撃ちあいから始まるようになってしまった。
その状況では騎馬の正面突撃のような使い方が減るのは当然かと。
116.名無しさん:2016年01月16日 12:24 ID:QY0vHs9u0▼このコメントに返信
※22
「大きさ」と「強さ」は関係ない。
平地を進むことが前提の馬と、山岳地帯にも適応できる馬。
どちらが日本で有利かなんて、バカでも理解できる。
117.(たま):2016年01月16日 12:25 ID:UI9YF96dO▼このコメントに返信
龍騎兵の格好良さ。
118.名無しさん:2016年01月16日 12:25 ID:TJKp.a920▼このコメントに返信
>>36
正確に当てる必要がない。
集団で適当に敵がいるっぽい方向に撃ちかければいいんだからね。
日本の騎馬弓兵が存在しえないなら、蒙古の騎馬弓兵とかは何で存在しえたのか。

週五で、様式化した道場に通ってるだけで何を言ってるのやら。
当時の騎馬武者は、それこそそれが仕事だったんだからな。
119.名無しさん:2016年01月16日 12:32 ID:hwLkqY.gO▼このコメントに返信
戦国時代合戦になれば何千って武者が横一列に小隊を組んで馬上から火縄銃や弓を乱射しながら敵陣に突入した
歩兵しかいない織田や徳川は防御陣地を構築するしかなかったが
わざわざ騎馬突撃するより待ち伏せして長槍配備して防御柵作って火縄銃撃ってたほうが効率よくね?って織田は気づいてしまったんだ
120.名無しさん:2016年01月16日 12:35 ID:bZFXSacD0▼このコメントに返信
日本のうまが急勾配の密林地帯(山)でも動けたとかTVで見たことある
121.名無しさん:2016年01月16日 12:35 ID:hY5.UB0f0▼このコメントに返信
鉄砲や大砲が戦争で使われるようになってから騎兵は没落して使われなくなったとよく学校で教わるけどそれは本当なのかね。第一次世界大戦まで割と戦争で使われていたと思うけど。
122.名無しさん:2016年01月16日 12:39 ID:TJKp.a920▼このコメントに返信
米119
それでも徳川家は騎馬運用はしてたがね。
123.名無しさん:2016年01月16日 12:45 ID:uCcheOED0▼このコメントに返信
西洋馬を無条件に崇拝してるけど、イギリスがアラブ馬(大型)で交配開始するまで、馬ってだいたいポニーサイズ。
というか、アラブ馬交配(後のサラブレッドなど)してから、馬の大きさ区分ができてポニーって分類ができた、だったかな。
馬の交配って概念自体が、アラブ馬由来なんじゃないかね。これは日本の戦国以降の話。

騎馬隊居なかった、概念がなかった、小さかった、これ実は、全部半島の話なんだよね。
半島原産(真偽は怪しいおそらくモンゴルの残り物)の馬が見つかったけど、凄く小さくて(ポニーより小さいけど無理やりポニー区分に押し込んだ)、騎馬部隊なんて当然存在しないと。
で、日本を見て、自分たちより良い物が日本にあるはずがないって、いつものを発動。これが真相だろうね。
妙にポニーにこだわるのは、最低でも日本と同じって印象付けたいから。
※94の人も言ってるけど、
その手の話が出たら、朝鮮半島ではそうだったね。って言っておけばいいんじゃないかな。

関東~武田領に騎馬武者が多かったのは、蝦夷→東夷→坂東武者の名残でしょ。武士の本拠地で使える土地も広い関東に、馬が少ないわけがない。
天災とお家騒動と戦国の混乱で貧しくなった関東から、そこそこの家柄で金回りも良い武田に馬や騎馬武者が集まったとかかね?

とりあえず、律令軍、武士団、戦国軍政、この3つくらいに分けて考えた方がいいよね。一緒にして日本の~~はって語ると齟齬が大きすぎる。
124.名無しさん:2016年01月16日 12:47 ID:1b2PCcc20▼このコメントに返信
モンゴルの馬と日本の馬は、サイズも種族もほぼ同じという
そうなると日本の騎馬隊が嘘だとなると、モンゴル騎馬隊も降りて戦ったと言うことになり
文献調べてもいろいろおかしな点が出てくるんだよなあ
125.名無しさん:2016年01月16日 12:51 ID:GxqPBIN.O▼このコメントに返信
米122

騎馬隊の足の速さはまだまだ有効だったんじゃないかな

突撃戦法は通じなくなっても騎馬隊なら偵察なり攪乱なり足を生かした使い道はあったろうし
126.名無しさん:2016年01月16日 12:56 ID:F8XM.cQS0▼このコメントに返信
※121
銃そのものというより、ライフル銃や機関銃が一般化してからじゃね?
それこそWWⅡ中でも成功した騎兵突撃って幾つか存在するわけだし。
127.名無しさん:2016年01月16日 12:58 ID:jYtELZWb0▼このコメントに返信
※33
しかもチョイスが「ザ・チェイサー」www
128.名無しさん:2016年01月16日 12:59 ID:MjA.62iL0▼このコメントに返信
そうですか
129.名無しさん:2016年01月16日 13:00 ID:T7q4SFLY0▼このコメントに返信
那須与一は立ち泳ぎしながら、扇の的を射たのか?と聞いてみる。

騎射は的に当てなくとも、まあ、当てられる方が良いが、横から矢を降らせて盾の向きを変えさせたり敵の陣形を崩せばOKなんじゃね?
それでも、横から敵の隊列に矢をぶっこめば、かなりの損害を与えられると思うけどね。
信長が堺衆に出させたのも「矢銭」だ、一矢必殺なんて合戦では考えてないでしょ、要は多くの矢を効果的に敵に射るほうが有利だということ。
130.名無しさん:2016年01月16日 13:01 ID:opdNgONU0▼このコメントに返信
競馬博物館で見たが日本固有種の馬はサイズが大きく分けて三種類いるって見たぞ
皆が想像するポニーからサラブレッドとまでは言わなくてもそれに近いサイズも普通にいる
131.名無しさん:2016年01月16日 13:02 ID:FABIfTi7O▼このコメントに返信
在来種で騎馬打毬やってくれたらなぁ。大型の馬とはまた違った面白さがあると思う。八戸と山形のどちらかでも一度やってくれないかな

132.名無しさん:2016年01月16日 13:05 ID:bDY7laPY0▼このコメントに返信
少なくとも平安から鎌倉時代には騎射と騎兵突撃を中心とした騎兵の集中運用をしてたというのは各種資料に残ってる
平安~鎌倉~室町時代武士の装備なんて考えると武士の実態は刀を振り回す歩兵ではなくまさに弓取りというにふさわしい重装長弓騎兵というものだった
日本で騎兵が減ってくるのは戦国時代に足軽が中核となって歩兵中心の戦術に移り変わったから
133.名無しさん:2016年01月16日 13:06 ID:TJKp.a920▼このコメントに返信
米121
騎兵突撃というのはわりと魅力的なので、痛手を忘れる頃にまた再発する。
WW1ではドイツ騎兵隊が散々な目にあったしね。

しかし、奇襲や襲撃、追撃や偵察には有効。
日本の戦国時代期、騎兵中心から歩兵主力の野戦へと様変わりしていったのは事実だが、
何だかんだと戦力の一部としてはきっちり残っていた。
日本軍も内蒙古や満州、中国戦線では結構騎兵を使っていた。
134.名無しさん:2016年01月16日 13:10 ID:ksbO.DDg0▼このコメントに返信
朝鮮や中国の馬のほうが小さかったと言われるな
日本は森林、丘陵地帯だから馬を使いこなす騎兵の職業武士は圧倒的に強かったんだぜ
そういった地勢で運用するだけでも大型で力がある必要があり、改良されていった
あと弓術など戦闘技術を今の人間のレベルと比べないほうがいい
身体能力や五感が違うし、命懸けで技術を磨いてるんだから
135.名無しさん:2016年01月16日 13:12 ID:bFdMuVx80▼このコメントに返信
ナポレオンは騾馬
136.名無しさん:2016年01月16日 13:15 ID:6CYFZ9ZY0▼このコメントに返信
畠山重忠は馬担いで鵯越してるしな、馬が小さいのか重忠がバーバリアンなのか分からんが
137.名無しさん:2016年01月16日 13:23 ID:sjjVgMcJ0▼このコメントに返信
※136
生田口に布陣してたのにいつの間に一の谷で鵯越をしてる位だからテレポート能力も持ってるんやで
138.名無しさん:2016年01月16日 13:31 ID:GxqPBIN.O▼このコメントに返信
米133

日露戦争で秋山好古は有名だしな

良くも悪くも日本じゃ日露戦争が最後の騎馬隊の晴れ舞台になったけど
139.名無しさん:2016年01月16日 13:36 ID:7cQ.T0Nd0▼このコメントに返信
※121
銃の普及によって甲冑に身を包みランス片手に敵陣に突撃する「騎士」は没落したけど、
依然として騎兵の機動力は魅力的だったから遊撃や偵察・追撃を主任務とする軽騎兵を主として第一次世界大戦まで騎兵は有効な戦力であり続けたよ
竜騎兵(ドラグーン)や驃騎兵(フザール)なんて16~17世紀のマスケット全盛期でも大活躍しているし
140.名無しさん:2016年01月16日 13:37 ID:rJfnQOvw0▼このコメントに返信
他の記事でも書いたけど、ポニーってお前らが思ってるほど小さく無いんだぞ?

仔馬か何かと思い違いしてるのと違うか?
141.名無しさん:2016年01月16日 13:42 ID:6CYFZ9ZY0▼このコメントに返信
イノシシよりは確実にでかいもんが突っ込んでくるんだぜ、逃げるわ
142.名無しさん:2016年01月16日 13:47 ID:Irf7hLVB0▼このコメントに返信
昔、木曽馬とサラブレッドを比較してるのを見たが、
サラブレッドじゃ上れない山の斜面を、木曽馬は平気な顔でずんずん登ってったわ
143.名無しさん:2016年01月16日 13:51 ID:EFPw2bS00▼このコメントに返信
長崎では、1990年代まで狭い急こう配の坂道を馬に荷物を運ばせてたけど、結構大きかった。多分、対州馬だったと思うが。
144.名無しさん:2016年01月16日 13:56 ID:KsuxzyoB0▼このコメントに返信
※138
騎馬隊というよりは「騎兵隊」の最初で最後の活躍の場だったかと、、、

つか騎兵戦術はパイク戦列で一度廃れてる(特に重騎兵)ので、それ以前(騎馬隊)と以後(騎兵隊)では別モンと考えたほうが、、、
145.名無しさん:2016年01月16日 14:03 ID:J6JayDWA0▼このコメントに返信
一部の否定要素があれば全否定って0か1としか考えられないオマヌケ思考の奴が居るよな

本当に馬が使われていなかったら、馬具や乗馬して敵を斬るための太刀やそれに対抗して馬ごと敵を切る大太刀なんかが作られるわけないだろ
他にも絵図とか馬に跨って戦をするお侍さんとか多く描かれているぞ
146.名無しさん:2016年01月16日 14:04 ID:N2ucs4Qu0▼このコメントに返信
当時の日本人の平均身長150㎝くらいでしょ?それ考えたらポニーサイズの馬でも十分軍用場になりそうだけどな?
147.名無しさん:2016年01月16日 14:09 ID:L5QwnEcF0▼このコメントに返信
舗装されていない道路を走るんだから丈夫な馬が重宝されたんだろうなあ
サラブレットじゃすぐに怪我しちゃいそう
148.名無しさん:2016年01月16日 14:13 ID:Wlpr.81k0▼このコメントに返信
というか、高低差一メートル近い上から加速度まで付けて突き込まれる槍が怖くないわけがない。
馬格の大小で出る脅威度の差なんて、100だといわれてたけど実は80くらいだったんだよ!とかいわれてもこっちが3・40くらいなら意味が無い訳で。
149.名無しさん:2016年01月16日 14:13 ID:6mIopH1C0▼このコメントに返信
日本人の自尊心を奪おうって、キャンペーンの1つだよ
連中は他にも日本人は小さい、モテない、不細工、白人コンプレックスなど過去の朝鮮人のイメージを日本人に押し付けようとする
デマをばら蒔く連中を見てみ日本人を嬉々としてやってるぜ
悪意丸出しなのに日本人とか言いはってる馬鹿チョ,ン
150.名無しさん:2016年01月16日 14:26 ID:iRHX.Fgy0▼このコメントに返信
登坂力がないサラブレッドが日本の戦で役に立つわけがないのに
サラブレッドがすべての面で優ってるな風潮はなんなんだろうねぇ
151.名無しさん:2016年01月16日 14:32 ID:jcCiAtQuO▼このコメントに返信
天然記念物にしていされている『トカラ馬(鹿児島)体長100~120』『御崎馬(宮崎)130』体は小さめでも頑強だそうです。崖や坂道を登るのが得意な体型をしてます。参考までに失礼しました!
152.名無しさん:2016年01月16日 14:38 ID:v8I1rkBP0▼このコメントに返信
防衛戦では、騎乗戦闘せずに騎馬武者は降りて戦った。これはあたりまえ。
その話をすべて戦で騎馬武者が下りて戦ったっていう印象操作された。
153.名無しさん:2016年01月16日 15:08 ID:durMkT8Z0▼このコメントに返信
※146
日本在来種は蒙古馬の系列で品種としてはポニーだけど、その中では大型になる
日本在来種がポニーってのは間違ってないが、無知か意図的に説明を省いて
動物園や観光用の牧場で見られるような小さい品種と同じだと印象操作しようとしてる人がいる
154.名無しさん:2016年01月16日 15:14 ID:f4vIg62U0▼このコメントに返信
※123
この手の議論何だかキムチ臭いにおいがプンプンしてるなと思ってたけど、やっぱりそういうことか。
ありがとう、ためになったよ。
155.名無しさん:2016年01月16日 15:20 ID:niaAy.sA0▼このコメントに返信
※113
蒙古軍の馬は蹄鉄してなかったのか!
考えてみれば…蹄鉄作るには常設の鍛治場が必要だが遊牧民の生活形態には合わないし、地面が舗装されてないなら蹄もそんなに磨耗しないよな
目からウロコだ

あと日本の在来馬ってそこそこデカイぞ、木曽に行った時に牧場で見た
サラブレッドよりは背は低いけど、ガタイすごかったぞ
156.名無しさん:2016年01月16日 15:33 ID:xpIDBiOV0▼このコメントに返信
なんでポニーってのが馬鹿にされたと思うんですかねえ?
ポニーってのは体格が小型なだけで、輸送力や登坂力は、サラブレッドなど足元にも寄れないんですが?
157.名無しさん:2016年01月16日 15:35 ID:xpIDBiOV0▼このコメントに返信
※155
日本が蹄鉄使いだしたのは江戸末期のフランス式騎馬整備した時から
158.名無しさん:2016年01月16日 15:38 ID:.HC1TtWK0▼このコメントに返信
馬格が小さいのは事実。
ただし、馬格が小さい馬(ポニー)で勇名をはせた連中もおり(セルビア騎兵とか)、別に変ではない。セルビア騎兵は、丈夫なポニーで迂回、追撃とかに活躍した。

あと、日本の馬は、かみ癖がひどいのが多く、去勢していないので、やたら気性が荒い危険な馬だった。
大戦中も、山砲の駄馬とか、かむ奴とか、最悪なのは抱きついてくる馬(すごく危険、死ぬ)とかおり、めっちゃ危なかった。山砲の砲兵は馬に対して四六時中怒鳴っているのでものすごいおっかない人かと思ったら、すごく優しい人が多くて驚いたという話がある。
159.名無しさん:2016年01月16日 15:48 ID:uXEH5VnL0▼このコメントに返信
※119
その長槍の使い方に、石づきを地面に突き当てて斜め前方に穂先を向けて騎馬を迎え撃つというのがある。いわゆる槍衾だな
こんな戦術が開発され運用されるほど、騎馬突撃は現実的な脅威だったわけだ
160.名無しさん:2016年01月16日 15:50 ID:S1LsY.W10▼このコメントに返信
サラブレッドは競走に特化しすぎて軍馬や使役用には不向き
まあ今時軍馬や使役用の馬なんていないから現代ではサラブレッドが持て囃されるのは仕方ないが
それを現代以前の戦争に当てはめるのはなぁ
第二次大戦でさえ騎兵突撃が行わてるんだぜ
161.名無しさん:2016年01月16日 15:59 ID:S1LsY.W10▼このコメントに返信
武田の騎馬隊が無かった説は
モンゴルのような騎兵だけの部隊がなかったってだけで
そんな騎兵はむしろ遊牧民以外には存在しない特殊例
162.名無しさん:2016年01月16日 16:04 ID:fylgEq.S0▼このコメントに返信
※110
伊達政宗も騎馬鉄砲部隊を運用してたけど
かなり限定的な使い方だったようだ
現代みたいにバンバン連射出来ないからな
玉込めが簡素化されたっていっても出来ても2、3発が限度だろ
163.名無しさん:2016年01月16日 16:15 ID:uXEH5VnL0▼このコメントに返信
調べてみたら、南北朝期の軍馬の死傷率のうち四八パーセントは刀傷だったそうな
矢は四八パーセントで鑓は三パーセント

軍馬に乗ったまま相手の刀のレンジにまで近付くことも、接近した騎馬兵を刀で迎え撃つことも極めて当たり前のことだったというのが現実
164.名無しさん:2016年01月16日 16:16 ID:BtLuj8X70▼このコメントに返信
※110、162
カラコールは使えないって結論出ちゃってるから
だから三兵戦術が確立するんだしな
165.名無しさん:2016年01月16日 16:22 ID:sCvb.fbh0▼このコメントに返信
騎馬武者「私の愛馬は凶暴です」
166.名無しさん:2016年01月16日 16:24 ID:sCvb.fbh0▼このコメントに返信
※149
そういうのが大好きな反日親韓のなんJをまとめるブログが多いから、結局日本を馬鹿にする子供たちは減りそうにないと思う。
社会科教師も反日多いしね。
167.名無しさん:2016年01月16日 16:30 ID:GMWILK4Y0▼このコメントに返信
>36
>>25 取り敢えず1回弓道場行ってこい
>馬の上から10mくらいの距離の動く的に当てられるか、、上から槍でつくとかいうなよ、、

いくさ場で弓道が使われてたと思い込んでるバカ一人
流鏑馬は弓道か?
168.名無しさん:2016年01月16日 16:33 ID:GMWILK4Y0▼このコメントに返信
※12
脅したり捕虜と引き換えに身代金とか取るのは中世ヨーロッパの傭兵戦闘だぞ
日本の戦国時代は頃しあい。奪うなら頃してから奪い取る
捕虜にしても後で処刑するパターンが多い
169.名無しさん:2016年01月16日 16:41 ID:qBjh1LLiO▼このコメントに返信
固い蹄に固い骨、病気になりにくく飢えに強い。サラブレッドほど速くはないが、持久力は勝る。ユーラシアを恐怖のどん底に陥れたフン族やモンゴル帝国の馬と同種。
170.名無しさん:2016年01月16日 16:47 ID:FHU0nXFT0▼このコメントに返信
騎馬の有効性はサイズやなくて機動力なんだから、小さいから何?
司馬遼太郎はモンゴル馬が大きかったら、あそこまで世界を席巻してないって言ってる。

馬が小さかったら騎馬突撃に意味がないとでも思ってんのかな。
基本的に下馬をして戦うってアホか。愚将はやるだろうけど、名将はしないよ。
日本はあんまり資料が残ってないけど、源義経が騎馬突撃を利用した戦術を使ったのは間違いないし
もっとわかりやすい、アレクサンドロスのイッソスの戦いかガウガメラの戦いの経緯でも見てくりゃいいのに。
馬のサイズは関係ないで。

むしろ、遠征するなら小さいほうがいい。
171.名無しさん:2016年01月16日 16:59 ID:10pJwLJ60▼このコメントに返信
「ポニー」といわれると動物園によくいるシュトランドポニーを連想するのが多い
だから「日本在来馬はポニーだからちっちゃいんだ!」って勝手に思っちゃうんだろうな
172.名無しさん:2016年01月16日 17:20 ID:sJgxF5DB0▼このコメントに返信
まあまた20年ほどしたら今主流の下馬して戦ったという説も少数派になるだろうなとは思う
こういうのはコロコロ変わるんだよね
173.名無しさん:2016年01月16日 17:25 ID:qPSScpKE0▼このコメントに返信
集団での騎馬突撃は眉唾かな
鎌倉武士時代の延長の個人戦とか追い打ち・伝令とか限定的な使い方だったと思うよ
174.名無しさん:2016年01月16日 17:33 ID:2oxfP.7r0▼このコメントに返信
日本の馬はユーラシア大陸の大半を支配したモンゴルの馬の近縁
そもそも馬が大型化したのは近世のこと
古代カルタゴの名将ハンニバルのヌミディア騎兵もリビア種またはヌミディア種と言われるポニーに乗って戦っていた
175.名無しさん:2016年01月16日 17:54 ID:aCdAa4vD0▼このコメントに返信
奇抜なこと言わないと本は売れない。
新しいことを言わないと論文が書けず学者で居られない。
176.名無しさん:2016年01月16日 18:01 ID:JuBx.vDY0▼このコメントに返信
へー
木曽馬って足がぶっとくて筋骨たくましいんだな
それに言うほど背は低くないよね
これだったら十分戦闘力あるわ
177.名無しさん:2016年01月16日 18:12 ID:OPhK0NDH0▼このコメントに返信
※173
鎌倉時代こそ騎馬集団戦全盛期なんだが?
騎兵のみで集結して集団野戦から始まって打ち物に移る
蒙古襲来絵詞でも書かれてるだろ
178.名無しさん:2016年01月16日 18:13 ID:TlR.dShc0▼このコメントに返信
※81
そのせいで在来馬は馬匹改良の名目でほとんど牡馬が去勢されちゃったんだよな。
終戦時生殖能力のある木曽馬牡馬は神馬として寄贈されていた第三春山号一頭だけだった。
この馬が結局最後の純血木曽馬になっちゃったんだよなあ。いろいろ珍説が出るホントの理由は
絶えてしまってるから言い放題ってとこもあるんじゃないのかね?
179.名無しさん:2016年01月16日 18:15 ID:CPXeBYR70▼このコメントに返信
※124

種族以上にモノをいうのは世代通しての調教なんだよ。武田騎馬隊が存在しなかったってのもまた極端な論だけど、遊牧国家の馬の運用法ともまた比べられるものじゃない。馬術は武術の一つとして古くから伝わっているけど、軍馬の調教術ってのは伝わってないだろ、というかそも存在してない。
180.名無しさん:2016年01月16日 18:19 ID:4PkWgzzg0▼このコメントに返信
※173
鎌倉時代の元寇でどう見ても集団で突撃してるんですが
というか上にもあるけど武士は細かく組織化された軍隊だった律令軍の騎兵が原型だよ
乱戦中の偶発的な個人戦はともかく試合みたいな一騎打ちなんて
大規模軍縮が行われた平安時代中期ですら物語にひとつかふたつ登場するだけっていう例外中の例外
181.名無しさん:2016年01月16日 18:20 ID:.uUFCYGA0▼このコメントに返信
日本の馬は山道に強い
車で言えばSUVだな
サラブレッドはスピード特化
車で言えばF1だな
どっちも用途に適した種類なんだから優劣なんてないよ
182.名無しさん:2016年01月16日 18:23 ID:OPhK0NDH0▼このコメントに返信
鎌倉時代が騎馬全盛期で、その後の南北朝時代になると足軽による槍や短弓による集団戦術が発達して、騎馬の優位が崩れて騎兵だけでなく歩兵や弓矢などを扱う部隊を纏めて指揮をする諸兵科連合による戦闘が主流となり、一人の武士が指揮する兵力が増えて騎馬の比率も下がっていく
これはヨーロッパでも同じだったりする
183.名無しさん:2016年01月16日 18:25 ID:XYjlts7e0▼このコメントに返信
室町時代から寒冷化で馬が激減したって説を聞いた
それが本当なら鎌倉武士とは比較できないかもな
大鎧と当世具足の違いをはじめとして、戦国になって戦闘文化もだいぶ変容してる感じだし
184.名無しさん:2016年01月16日 18:43 ID:rUkGuqhn0▼このコメントに返信
なんかみんな和弓が騎乗射撃に特化して進化してるところは無視なのな。
下を短く、上を長くすることで騎乗射撃でも邪魔にならないようになおかつ長弓であるので威力もあった。
元々日本の戦てのは騎乗メインだよ。一騎に対して随伴歩兵数名単位の運用。敵将倒した後の大将首の獲得とかってのは基本随伴歩兵の役割だわな。
元寇の話出てるけど比較にはわかりやすいね。双方の弓は威力は同程度。元の短弓は引き絞りがきついため、力は要るけどストロークが短いため連射が可能。逆に和弓は引き絞りは緩いけどストロークは長く連射に向かない。その代わり射程と命中率が桁違い。
今の弓と同じに考えてるようだけど元々和弓てのは一撃必殺の武器。刀剣はむしろ防御兵装。別物だよ。
射程も鉄砲なんかより圧倒的に長かったけど鉄砲がさらに圧倒的に普及したのは運用の容易さに他ならない。
騎兵は金かかる。とにかく金かかる。訓練にしても10年単位。即席で使う兵力としては手に余る。
そこで登場したのが鉄砲隊。槍にとって代わって集団でたいして狙う必要ない面制圧であれば大して訓練してくても農民で十分な戦力になるわけです。
そうやって日本での戦てのは変化していったわけですな。
弓の長射程の一撃必殺の武器としての有用性が無くなったわけじゃないから江戸の太平の世になっても武家でたしなみとして残ったわけだけども。
ちなみに鉄砲もガンパウダーが開発されるまでずっと黒色火薬。威力も射程も頭打ちで数を揃えるだけに留まり日本では明治になるまで大した進化はしなかったんだよ。せいぜい大型化する程度。
185.名無しさん:2016年01月16日 18:58 ID:XYjlts7e0▼このコメントに返信
※184
和弓の上が長く下が短いという特徴の理由は実際には不明だよ
魏志倭人伝にも「木弓短下長上」と記述されるほど由来の古い構造だが、この時代の日本に馬はいない
186.名無しさん:2016年01月16日 19:10 ID:Icsj4ddR0▼このコメントに返信
本記事36

そもそも弓は「狙って当てる」ものではないよ。
敵の集団に文字通り矢を「雨のように降らせて」確率で当たるに任せてゆくもの。

敵が「矢の降り注ぐエリアに、自分から突っ込んで行っている」と言う状況が基本。
187.名無しさん:2016年01月16日 19:19 ID:1FZqyZYcO▼このコメントに返信
機動力と火力
装甲化した一輪車バイクを戦闘ポッドに使えるんじゃね
半島や中国大陸でヒャッハー
現代版、騎馬軍団。
188.名無しさん:2016年01月16日 19:38 ID:fGifXxIAO▼このコメントに返信
山河越えるにはあの馬が最良なの!身長手足の長いだけの女に騙されるな!・・・・観てくれで女選んで泣いている私か言うからには間違いない!!!
189.名無しさん:2016年01月16日 19:39 ID:tETHQMMA0▼このコメントに返信
このテレビでやってたからこっちがしんじつ!
ってバカは何時までも居なくならないのな
そりゃメディアは嘘つきにしかなりませんわ
190.名無しさん:2016年01月16日 19:45 ID:fGifXxIAO▼このコメントに返信
今でも儀典以外の騎兵隊てあるの?騎馬警官てのはデモ隊排除に残ってるけどさ
191.名無しさん:2016年01月16日 20:21 ID:cy9RLe1q0▼このコメントに返信
※186
騎射みたいに明らかに狙って当てることが前提の戦術もあるからそれは極論でしょ
というか狙って当てることに最初から期待しないなら弓を引く最低限の力を付ける以外の訓練がいらなくなる
192.名無しさん:2016年01月16日 20:21 ID:I5tljAcp0▼このコメントに返信
個人的に戦艦大和を役立たずだの鉄屑だの言われてもなんとも思わんが
木曾馬を馬鹿にされると本岐で腹が立つ
193.名無しさん:2016年01月16日 20:31 ID:rUkGuqhn0▼このコメントに返信
※185
当時の弓は3mを超えるものもあってたぶんそれを引くために自然と上長下短の持ち方になったようだね。
威力を追及するために弓の長さを長くしたようだってのもあるね。それと進化の話はまた別だけども。
古来日本の鎧てのは頑丈で重く地形も険しいので騎乗での戦闘てのは必然的に発展したと思うしさながら当然弓も大艦巨砲主義のように発展したことだろう。あんなに長いのに合わせ弓なんだよ?しかも木と竹で。どんだけ凄い技術なんだよと。
調べてみて思ったけど矢の性能からか英国のロングボウより威力が勝ってたてのは正直びっくり。
194.名無しさん:2016年01月16日 20:32 ID:4MH16AVb0▼このコメントに返信

お前らいい加減に気付け。
黒幕はアメリカだぞ
195.名無しさん:2016年01月16日 20:40 ID:rUkGuqhn0▼このコメントに返信
※191
元の短弓は大して狙わなくていいように連射でカバーするように進化してる。その代わり攻撃レンジは槍よりちょい長い程度だったと思われるね。
あと毒を塗ってたから掠る程度で十分な殺傷力を持ってたと思うし。狩猟を捨てて牧畜メインの元はそれでよかったてのもある。
日本は訓練も兼ねて狩猟が盛んだったから矢に毒を塗るなんて発想なかったし普及もしなかったんじゃないかな。
196.名無しさん:2016年01月16日 20:59 ID:ZzyQ2lZD0▼このコメントに返信
三十年戦争で猛威を振るったスウェーデン軍の騎兵突撃の馬は、日本の木曽馬なんかよりも小型なんだよね。

※164
カラコールが使えないのは戦術的な問題ではなく、歩兵の槍より有効射程の短いピストルを、歩兵に反撃されない距離で発砲して逃げてたから。
当時は傭兵の全盛期であり、金次第で敵になったり味方になったりしていた。
だから命をかけて戦うことは非常識で、一日中戦って死者が落馬事故による一名のみだった戦いすらある。
司令官である王侯貴族は遠くの安全な場所から眺めているだけなので、黒色火薬による派手な白煙を見て満足していた。
ただ都市への略奪となると傭兵は本気を出し、最悪な例では若い女性のみ性的な理由で生き残り、他は皆殺しになった事もある。
旧ソ連軍による略奪・暴行を先取りした感じ。
197.名無しさん:2016年01月16日 20:59 ID:ovQ2Zzbj0▼このコメントに返信
そもそもポニー説の根拠が品種改良を止めた木曽馬を見たただの感想でしかないんだから
話にもならんし学説ですらない
198.名無しさん:2016年01月16日 21:24 ID:L7w.D74w0▼このコメントに返信
日本獣医師会雑誌の記事だけど
ttp://nichiju.lin.gr.jp/mag/06406/a6.pdf
199.名無しさん:2016年01月16日 21:27 ID:2I33vq7K0▼このコメントに返信
まあ有名な話であればある程
否定する説じゃないと
番組やら本やらにし難いんだろうなぁ
とは思う
200.名無しさん:2016年01月16日 21:30 ID:BtLuj8X70▼このコメントに返信
※196
それはもちろんだけど、加えて
その有効射程の短いピストル、ついでに言うと歩兵銃より威力の低く連射性能がないピストルを、
揺れて高速で移動し続けてる馬上から有効な射撃を単発で与えるなんてのがそもそも無理なんすわ
カラコールが失敗した要因は二つ、仰るとおり兵員の問題と、発展途上の銃器の問題
できればライフリングがあって、せめて高火力かセミオートでいいから連射性能があれば有用なんだけど、
先込め式滑空銃の限界っすわ
201.名無しさん:2016年01月16日 21:58 ID:pRPnb.rN0▼このコメントに返信
騎兵突撃が実際に行われたかどうかはまた別にして、ポニー程度の馬格だから騎兵突撃が成り立たなかったなんてことはないと思うな。

実際ポニーだろうが人間だろうが集団で突っ込んでくれば精神に与える衝撃は半端ない。
以前牧羊犬に追われた羊の群れに突っ込まれた事があるが、小便チビるレベルだぞ。

火縄銃もそうだが、本来の狙いは敵兵の殺傷じゃなくて士気を砕くことやぞ。
202.名無しさん:2016年01月16日 23:45 ID:Icsj4ddR0▼このコメントに返信
※191
個人技としての弓術ならそれは有るね。そこは否定しない。

でも、戦争における弓(弓兵)の役割ってのは上で書いたとおりのものなんだよ。
一般の弓兵にそこまでの技術は求められない。求めても早々得られるものではないから。
そして求めようとしても無理だから。必然的にそうなる。
203.名無しさん:2016年01月17日 00:24 ID:mT3cO.7L0▼このコメントに返信
※202
歩兵に比べ数は少ないとは言え直射が前提の弓騎兵が近代以前の戦争で大活躍してるのに
直射は戦場の技術じゃないみたいな言い方は流石にないっしょ
204.名無しさん:2016年01月17日 00:41 ID:52nTpPCN0▼このコメントに返信
※202
ひょっとして弓にとって代わって鉄砲が普及したとか勘違いしてる?
鉄砲が代替えになって廃れていったのは槍だぞ?
弓の弾幕射撃は確かに歩兵の役目だけどそもそも和弓は集団戦に適さない。場所を取るからね。故にあなたの説はおかしい。
全然必然じゃない。
205.名無しさん:2016年01月17日 01:03 ID:cp2qFYeC0▼このコメントに返信
※164
カラコールはテルシオ時代の遺物だよ。
テルシオ歩兵陣形の時代は、歩兵の機動力が皆無に等しいくらい無いから
カラコールは、槍が届かない距離で班ごとに順次周回しながら射撃と離脱を繰り返して消耗させることが目的。
それで損耗したテルシオに対して、味方テルシを当てたり、崩れた槍衾に騎兵突撃をかける。

当時の歩兵銃の命中精度と連射性能も悪いし、歩兵側としては常に陣形を組む事を強要される。
カラコールは当時としては超有効な戦術だし、当時は騎兵黄金時代で、騎兵戦を制するものが戦を制するって言われてた。

騎兵史上最強の騎兵であるポーランドウィングフサリアだって使ってた。

カラコールが使えなくなったのはスウェーデンの軍制改革で、歩兵銃の軽量化と銃剣、戦列歩兵の誕生によって
歩兵の火力が騎兵火力を圧倒的に上回ってからだよ。
206.名無しさん:2016年01月17日 01:12 ID:EqVJLeLv0▼このコメントに返信
岬馬でぐぐれ
207.名無しさん:2016年01月17日 01:18 ID:UnU8GRV90▼このコメントに返信
※142
「所さんの目がテン」でみたな

サラブレッドの方はイヤイヤして登ろうともしなかった
208.名無しさん:2016年01月17日 01:21 ID:cp2qFYeC0▼このコメントに返信
※195
モンゴルの短弓は合成弓で、動物性素材や木材、海産物などの、別属性の合成して強烈な張力作る弓で、
モンゴルの短弓は合成弓の中では射程距離が極端に短い。
ただ、合成弓の中ではトップクラスの環境適合能力持ってる。

そもそも合成弓は別属性の素材で作るから、膨張率とかが違うため、
湿気/冷気/熱気/風化に弱く、合成した部分が破れたり、溶けたり、剥がれたりするから維持補修が大変。
だから主に生産された地域でしか100%の能力が発揮できない。


その点、モンゴルの短弓は湿気/冷気/熱気に強く、維持補修も容易で、ほとんどの環境でも100%の能力が出せるメリットが有る。

というかそもそも、ヒット&ウェイの一撃離脱戦法の弓騎兵にとって
自分から的に近づくんだからロングレンジはそこまで重要じゃなかった。

209.名無しさん:2016年01月17日 01:55 ID:RYtLbnQt0▼このコメントに返信
※204
鉄砲の普及とか全く関係ないことを言い出されても「は?」で終わるよ。

何百人・何千人単位が集団で行動する近代以前の戦場における弓ってのはそう言うものだって話でしかない。
そしてその時代の兵士と言うのは基本的に半農半兵だからそこまで個人技を求める事ができなかった。
ゆえに「命令に従い、矢を前に放つことができる」と言う最低限のレベルを基準に考えるしかなく、
その結果が「矢の雨を降らせて、兎に角数を増やして確率で当たるに任せる」と言う面制圧型の戦術になったのは必然、と言う話。

なお、これは弾道が直線になる鉄砲では出来ない事だから、鉄砲と比較してもあまり意味は無い。
弾道射撃のできる大砲や迫撃砲の登場とともに代替わりしていったという事であるが、それはまた別の話。
210.名無しさん:2016年01月17日 09:38 ID:52nTpPCN0▼このコメントに返信
※209
矢の弾幕射撃なんてわりと限定的な所でしか使われてないんだけどな・・・。
だいたい和弓は弾幕射撃に向かないと何度言えば・・・。

戦上手を弓取りと称したように弓を使える人てのは割と上流階級。高給取りで優遇された。
農民が高給欲しさに嗜んでもなんら不思議じゃないんよ。

イギリスでも同じこと起きてるし。
211.名無しさん:2016年01月17日 11:00 ID:m1imcY2B0▼このコメントに返信
雑兵物語に弓は良く狙って射ろ、みたいな記述がある
まあ一射一殺なんて話じゃなく無駄撃ちするなって意味だけど
212.名無しさん:2016年01月17日 13:29 ID:l9TqfPOa0▼このコメントに返信
※197
普通に鎌倉~江戸時代の軍馬の馬骨が大量に発掘されていて
当時の馬の体高は完全に判明しています(江戸に入って馬が小さくなった説は嘘ですよ。普通にポニーです)
日本人は記録魔で馬の飼育書も現存しています(そこに書かれている体高はポニーです)
そもそも欧州の軍馬もポニーですよ?
ポニーに異様に偏見がある人が多いですが
ポニーは粗食にも耐え病気にも強く足腰も強健な名馬です
戦場で一番活躍した馬は大型馬では無くポニーです
213.名無しさん:2016年01月17日 17:26 ID:XMSCRPPX0▼このコメントに返信
鈴木眞哉が変な説を広めたからだ。
モンゴルの馬と同じ大きさなのに。
214.名無しさん:2016年01月17日 21:21 ID:RYtLbnQt0▼このコメントに返信
※210
だからね? 個人技としての弓術はなんにも否定してないの。
巧い人居ただろうね。凄いと思うよ。

でもね、一人二人でいくさは出来ないんだよ。大多数は農民の兵卒。
でもって、「一兵卒のレベル」では、「最低レベルを基準に」考えるしかないの。
そうでないと戦術も戦略も成り立たないから。
その最低レベルってのが、「命令に従い、矢を前(敵の居る方向)に飛ばす事ができる」って事。

今と違って、専業の職業軍人でガッチリ訓練してるところの方が遥かに少数派な時代だったんだから。
215.名無しさん:2016年01月17日 22:12 ID:3S12F0Op0▼このコメントに返信
※214
各国の弓騎兵とかイングランド弓兵とか勝軍地蔵山の戦いの六角軍とか
弓兵が精鋭であること前提に戦術組み立ててた例なんて普通にあるやん
216.名無しさん:2016年01月18日 09:53 ID:T44FUdGT0▼このコメントに返信
絵巻物なんかで見られる騎馬は、いまでいういわゆる「ポニー」よりも1周り大きい。
もちろんサラブレッドよりは小さいが。

ポニーはある一定以下の肩高の馬をさすが、日本で古来から戦場で使われてきた馬は、
一般的な現代のポニーよりは大きい。ここがミソ。
217.名無しさん:2016年01月18日 12:28 ID:3660w.f80▼このコメントに返信
戦国時代の弓足軽なんてある程度の技能が無いと雇ってもらえないと思うけどな
それこそ矢を前にしか撃てない程度なんて問題外だと思うが
それゆえに訓練が少なくてすむ火縄銃に大名達は傾倒していったわけでね。
最低レベルってのが低すぎると思うぜ
218.名無しさん:2016年01月18日 14:30 ID:RQpejB930▼このコメントに返信
※214
そうであるなら和弓じゃなく短弓かロングボウとして進化してるんだなぁ。これが。
知っての通りロングボウは引けるようになるだけでも10年の訓練が要る。和弓が比較的弱い力で引けるにもかかわらずロングボウを上回る威力を出せることを不思議に思ったことないの?和弓のキモは射出後のフォロースルー、弓を持つ手の返しにある。これによって威力を増したり曲げたり微調整したりする必要がある。これができないなら足軽の粗末な鎧も抜けないよ。もっと言えば素人でも簡単に切り払われる。
弓矢なんて飛べばいいものなら古墳時代にすでにあった石弓が廃れずに進化してるっての。

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